ストライクウィッチーズ 鉄の狼の漂流記   作:深山@菊花

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第百六話です。
今回はだいぶ意味深な回です。どうぞ!


第百六話「夢の中で」

 予想外のネウロイ襲来により、501は臨戦態勢に入った。夜間哨戒に出撃したシュミット達は現在、ミーナを含めたメンバーはブリーフィングルーム内で待機していた。サーニャとエイラは同じ席に、宮藤は少し離れた前目の席に座り、ミーナが無線機の前に立って状況確認をする。

 シュミットは、ミーナの横で腕を組みながら無線機を睨む。

 

『コア確認!』

『いくぞルッキーニ!』

『おっけーシャーリー!くーらーえー!』

 

 無線機の向こうでは今まさに戦闘を行っている坂本達の声が流れてくる。戦況は極めて有利であり、ルッキーニの声の後に、ネウロイの攻撃音が止む。

 

『こちら坂本美緒。ネウロイの撃破を確認した』

「了解。全員帰還してください」

 

 無線のやり取りを終え、ミーナはホッと一息つく。隣に立っていたシュミットも、組んでいた腕を解いて胸元に持っていき、肩を撫で下ろした。

 

「どうやら、無事だったみたいですね」

「そうね」

 

 シュミットが席に座る芳佳達の方を向く。芳佳達もシュミットの様子に気づいて引き締めていた表情を緩めた。

 

「とりあえず、私たちの待機は終わりだな。全く、こんなときにネウロイとは…」

「訓練後に襲撃なんて趣味悪いヤツ~」

「エイラ、行儀が悪いわ」

 

 エイラは腕を頭の後ろで組んで椅子を揺らしながら愚痴る。そんなエイラにサーニャは注意するが、周りに居た者もウンザリするエイラと同じような思いだったが、この声はネウロイに届くことはまず無いのが現実だ。

 

「まあ、ネウロイがこちらの事情を察する事なんて……うっ…」

 

 エイラに話しかけていたシュミットだったが、突然その言葉が途切れた。シュミットは体をぐらりと揺らし、目元を手で押さえると小さく呻き声を零したのだ。

 シュミットは慌てて机に手を伸ばし、崩れ落ちそうになった体を支える。周りで見ていた者たちも、シュミットの容体の変化に気づいた。

 

「シュミットさん?」

「だ、大丈夫ですか?」

「…大丈夫。ちょっとふらついただけ」

 

 サーニャと芳佳が心配そうに駆け寄るが、シュミットは頭を振って周りに無事を伝える。しかし、傍から見てもシュミットの様子は正常には見えなかった。よく見ると、彼の顔色は青白く、見るからに元気が無かった。

 

「顔色が悪いわシュミットさん。今日はもう上がりなさい」

「ですがミーナ中佐…」

「昼間は大丈夫と判断して許可を出しましたが、本来なら貴方は昨晩に魔法力と体力を大きく消費しています。体も万全な状態ではないのに、大丈夫なはずありません」

 

 ミーナに説得され、シュミットは押し黙る。ミーナの目は、心配そうにシュミットを捉えていた。その目を見せられては、シュミットも反論することはできなかった。

 

「…わかり…ました」

 

 シュミットは言葉を途切れさせながら返事を返した。そしてその瞬間、彼の瞼は閉じられ意識を失い、足元から崩れ落ちるようにブリーフィングルームの床に墜落する。

 

「シュミット!」

「シュミットさん!」

 

 周りは慌ててシュミットの名を叫ぶ。彼の体は、シュミットの使い魔のジャーニーが突如現れて自らの体をクッションのようにして地面に叩きつけられるのを防いだ。

 ジャーニーの登場に周りは一度立ち止まった。しかし、彼女の目が一度シュミットを労わるように見ると、今度はミーナ達に向いた。

 

(彼を休ませてください)

 

 ミーナ達の脳に響く透き通るような優しい声。その言葉に、ミーナ達はシュミットを医務室へと運ぶ手配をしたのだった。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「シュミットが倒れた!?」

 

 ネウロイ迎撃に向かった坂本達は、帰還するとシュミットがブリーフィングルームで倒れたことをミーナから知らされた。

 ブリーフィングルーム内で突如倒れたシュミットは医務室に運ばれ検査を受けた。その結果は、過労による疲れが気絶の原因だった。

 

「シュミットさんは過労のため、現在は医務室で宮藤さんの治癒を受けています」

「過労って、午後の訓練も普通に受けたじゃないか」

 

 バルクホルンは信じられないと感じた。午後に行われた訓練では、女性の体になったシュミットはいつも通り訓練をこなしていたのだ。

 しかし、ハルトマンは訓練の時を振り返ってバルクホルンに聞いた。

 

「でもさー、なんかシュミット変じゃなかった?」

「変?」

 

 その言葉に周りの視線はハルトマンへと向く。すると、訓練の時を振り返ったシャーリーも顎に手を当てながら思い出す。

 

「そういえば、確かに今日のシュミットは変だったな」

「具体的に何がだ」

 

 坂本がシャーリーの言葉に尋ねる。

 

「シュミットって訓練は涼しい顔してんじゃん。だけど今日のアイツはなんか疲れてたぞ?」

「そういえば、今日のシュミットさん、訓練の途中で息切れをしていましたわ」

「確かに、シュミットさんらしくなかったかも…」

 

 シャーリーの言葉にペリーヌやリーネも思い出す。いつものシュミットなら、汗をかいても息切れはほとんどせず、涼しい顔で訓練をこなしている。しかし、今日のシュミットは珍しく滝のように汗を流して肩で息をしていた。

 

「本当かペリーヌ?」

「はい。ですが、本人は大丈夫とおっしゃってらしたので…」

 

 会話をしていく内に、シャーリーはもう一つあることを思い出した。

 

「そういやシュミットの腕、今日触ったら肉が無かったなぁ」

「それはどういうことかしら?」

 

 シャーリーの発言が気になったミーナが質問をする。訓練中の状況を知らなかったミーナは、シュミットとシャーリーの間で交わされた会話について興味があった。

 

「なんかシュミットが『肉がなくなった』とか言って腕を出してきたんだ。そしたら凄い柔らかくてさー」

「なんで?おっぱいがあったのに?」

 

 ルッキーニは昼間のシャーリーと同じようなことを聞く。彼女にはシャーリーの言葉の意味がよく分からなかったが、その意味は坂本が理解した。

 

「なるほど。つまりシュミットの筋肉が無かったというわけか」

「筋肉が無いって、それじゃあシュミットの体は一般人の物と大差がなかったということか?」

 

 坂本の言葉にバルクホルンが信じられないと言った様子で言った。

 

「じゃあ、シュミットは無理をして訓練を受けていたってこと?」

 

 ハルトマンの言葉に全員がシュミットが倒れた原因を理解をした。シュミットの体に起きた異変は、彼が訓練で得た身体能力が全て一般女性のレベルにまでリセットしていた。そのことをシュミットを含めた全員が認識をせずに、一般的な軍の訓練してしまった結果、彼の体が耐えきれずに倒れることになってしまったのだ。

 

「私たちはもっとちゃんと理解しておかなくちゃいけなかったわ。シュミットさんは途中で気づいたのでしょうけど…」

 

 ミーナの言葉は最後まで続かなかったが、全員が理解する。シュミットはバルクホルンやシャーリーみたいに極端な考えはないが、基本的に決めたことに対して妥協を行わない。途中で体に起きた異変に気づいても、訓練を中断するような性格ではない。

 それは彼の美徳となる部分だが、今回はそれが裏目に出てしまっていたのだった。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 どこまでも続く真っ白。まるで白いペンキが世界を塗りつぶしてしまったかのような場所に、シュミットの意識は居た。

 

(ここはどこだ…)

 

 体が光の中を落下していく――否、落下しているという表現だけではなかった。まるで光の中を漂っている、もしくは彷徨っているともいえる状況であった。それほどまでに、この空間では出来事が定まらなかった。

 

(…広い)

 

 シュミットはただ単純にそんなことを感じた。彼の体はただ只管白い世界の中にポツンと存在していた。その気持ちは、真っ白でただ只管広い部屋の中に立たされているような気分だった。

 そして、その視界はシュミットの体を包み込んだ。彼の瞳に一度何も映さなくなると、次の瞬間ぼやけた景色が映しだされた。

 

(これは…吹雪?)

 

 シュミットは、徐々にこの景色について理解していく。真っ白な景色は、吹雪による視界不良だったのだ。そして周囲に目をこらすと、雪をかぶっている木々が見え、その木は彼の視界の向こう側のどこまでも続いていた。

 

(吹雪の森…)

 

 シュミットは、周囲に見える森や吹雪を具体的には知らない。しかし、彼の記憶の中で似たような出来事はいくつかあった。

 その中には、雪の中を歩いたことも、森の中を歩いたことも多数あったが、猛吹雪の森の中を歩いたのは、()()()()しかなかった。

 

「この景色…っ!」

 

 シュミットは思わず声を漏らし、そして気が付いた。彼の手には厚い手袋があり、そして服装も分厚いドイツ空軍のパイロット服だった。吹雪に煽られた彼のコートは白く染まり、水がしみ込んでいた。

 間違いなく、この格好はこの世界の物では無かった。

 

「この格好…なぜ…?」

 

 シュミットは混乱していた。記憶の中では、温暖なロマーニャ地域に居たのに、今目の前に見えるのはドイツ空軍時代の軍服と深い森と猛吹雪だ。

 間違いなくこの光景はドイツ時代に経験した者に酷似していた。敵軍に撃墜された時に吹雪の中を帰還した時の出来事だったのだ。

 

(一体…私はどうしたんだ…?)

 

 彼は心の中で自問自答する。その時だった。彼の後ろから、吹雪の風の音に紛れて「ギュッ!」と何かが雪を踏む音が微かに聞こえた。

 シュミットは音に気づいて勢いよく振り返った。

 

「グルルル!」

「っ!」

 

 そこには、シュミットを威嚇するシベリアオオカミの姿があった。シベリアオオカミは目元をギラリと睨ませながら一歩ずつ近づいてきていた。まるで、今にもシュミットの事を襲おうと姿勢まで低くしているではないか。

 

(そうだ…あの時も確かこうだった…!)

 

 シュミットは完全に思い出した。これは、彼が撃墜された頃、吹雪の森の中で狼に襲われたときの記憶だった。そして、彼はこの時に今の使い魔であるジャーニーと契約をしたのだ。

 シュミットはこれが夢の世界であることを途中から理解していた。しかし、只の夢ではなく、これが過去を映している夢であることも理解した。

 そして、シュミットは自分を威嚇するシベリアオオカミに対して思わず声を零した。

 

「…ジャーニー?」

 

 シュミットは、威嚇するシベリアオオカミに向けて聞いた。しかし、その言葉に帰ってくるものはなく、オオカミは何も反応しなかった。

 そして、オオカミの目を見たシュミットは直感的に感じた。

 

(違う…これはジャーニーじゃない…!)

 

 その目は、501基地で見たジャーニーのものでは無かった。このオオカミから、非を認めた時に見せた落ち込みや、面白いものを見た時の目を細める表情は無い。獲物を逃がさない狩人の鋭い目そのものをしていたのだ。それは、使い魔のように話す生き物がする表情ではなかった。

 そして、シベリアオオカミはシュミットに向けて飛び掛かる。シュミットを襲ってきたのだ。

 

「わぁっ!!」

 

 彼は思わず尻餅をついて腕を顔の前に持っていき身構えた――あの時と違い、今回は目を開いたままだった。

 すると、目の前でとんでもないことが起こった。

 

「っ!?」

 

 突然、目の前が先ほどとは比べ物にならないほどの光に包まれる。そして、飛び掛かった狼が頭から光の粒子になってしまったのだ。そして、その粒子はシュミットに向かって飛んでくると、彼の体に吸い込まれるように消滅したのだった。。

 以前は目を瞑ってしまい見ることの無かった景色。しかし、その時の景色を彼は夢の中で見た気分だった。

 

(こ、これがあの時の…)

 

 そして、シュミットの景色はここで暗転したのだった。

 




シュミットは無理をして倒れてしまいました。
そして、彼は自分が使い魔と契約した瞬間を夢の中で見た形になります。
誤字、脱字報告お待ちしております。それでは次回!

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