第百五話です。
「…つまり、魔法力が枯渇気味なことを除いて、体の健康状態には何ら問題ないと?」
「そうらしいです――この体で問題ないは変ですけど…」
「うえ~ん!ごめんなじゃ~い゛!」
「全く…」
部屋の中で泣きながら謝罪をするルッキーニに、シュミットはやれやれと言った様子で肩を落とす。
現在ルッキーニは『シュミットの胸を揉んだ罪』により502名物の正座をやらされていた。ただ、彼は特に泣かせるつもりは無かったが、その時に見せた形相に思わず泣いてしまったのだ。
シュミットはこれまで起こった出来事に段々と慣れて来たのか調子が戻って来ていた。シュミットは手のひらを閉じたり開いたりし、次に腕を動かし感覚を徐々に体へ馴染ませていく。
「まあ、体格が少し変わった分違和感は凄かったですけど、だんだん慣れてくるとしっくりしてきましたし…って、何じっと見てるんだエイラ?」
「うえっ?」
そう説明していたシュミットだが、会話中に向けるエイラの妙な視線に違和感を感じ声を掛けた。突然名前を呼ばれたエイラは変な声を出しながら反応する。
「さっきから、なんか妙に私に向ける視線が変だし…」
「な、何でも無いゾ…」
シュミットがエイラに問うが、本人は何もないと否定をする。
が、実際にはシュミットの方を向いてエイラは考え事をしていたのだ。
(あの胸…
彼女は、先ほどルッキーニがシュミットに飛びついた際の感想から、501では揉んだことの無い感触なのだろうと揉んでみたいという衝動に駆られていた。
しかし、その胸の持ち主がよりによってシュミットであるため、どうしても手を出すことができずにおり、躊躇いと欲望の葛藤に悩まされ先ほどのような表情を作っていたのだった。
「――エイラ?」
「え?」
「どうかしたの?」
ついには、サーニャにまで心配されるほど顔に表情が出てしまっていたエイラであった。
「…そういえば君…って、君って言うのもなんか違和感あるな。もしかして君、名前とかある?」
シュミットは横に静かに座っている雌狼に対して質問しようとした時、ふとあることに気が付いた。今まで"君"と言っていたのだ。そもそも、彼女には名前があるのだろうかという疑問すら湧いてきていた。
シュミットがそんな質問をする為、周りにいた全員も思わず彼女を見た。雌狼は静かに瞳を閉じ、そして話した。
(…ジャーニーです)
「…ジャーニー、と言うのか」
シュミットはその声を確かに聴いた。透き通るような女性の声だが、その中に含まれる明確な何かを感じ取ることができた。
「ジャーニー?旅って意味か?」
シャーリーはジャーニーの名前がリベリオン語で旅を意味する単語であることに気づき、変わった名前だと感じた。
「そうなのかシャーリー?そう考えると不思議な名前ではあるのか…」
シュミットはその意味を考え、そして僅かに微笑む。
「…でも、なぜかしっくりくる名前かもしれない」
「そうか?」
「ああ…」
そしてシュミットはジャーニーの頭をゆっくりと撫でる。撫でられたジャーニーは少し気持ちよさそうに目を細めた。
「これからもよろしくよろしくな、ジャーニー…って、そうじゃなくて!」
シュミットは一度それでサラッと流そうとして、本来の目的を忘れかけて急な切り返しをした。その変化にジャーニーはビクリと反応してシュミットを見た。
「ジャーニー、君は私を助けてくれた…そして、その結果私は女性となった。女性になったのは、君の中の女性としての個性が私に上書きされているんだな?」
(そういうことになります)
シュミットの問いに対し、ジャーニーはその考えは間違いないと肯定した。しかし、その肯定に対して、シュミットは逆に謎を深めた。
「なら、その個性は君の情報であるはず。にもかかわらず、型は私を踏襲して、君の情報は殆ど判別できない。君の個性は、本当に私に出ているのか?」
シュミットは、ジャーニーの個性が出ているのであれば、何かしらの形で自分の今の姿に影響を与えると考えていた。
しかし、その考えに対して、ジャーニーは少し微笑むと、光になってシュミットの中に吸い込まれた。そして、シュミットの体からいつものように狼の耳と尻尾が生える。
「それが個性、ということですの…?」
「…そうかもしれないな」
ペリーヌの言葉に、シュミットは魔法力をカットし、耳と尻尾をしまったのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
その後、シュミットはいつも通り訓練に参加することとなった。魔法力を大幅に使い果たしたと言っても、体が動かないわけではない。
シュミット自身も、性別や肉体が変わろうと、今まで作り上げた肉体であれば訓練は通常通り参加しても問題ないだろうと考えていた。その考えに、坂本は訓練に参加することを感心し、ミーナもシュミット自身がジャーニーと対話してそう判断してるのなら、訓練に参加することは問題無いと考えた。
――しかし、彼の考えとは裏腹に、肉体変化の影響は小さいものでは無かった。
「はぁ…はぁ…」
「どうしたシュミット!息が切れているぞ!」
声を張る坂本に忠告されながら、訓練を終えたシュミットは膝に手を置きながら呼吸を整える。
(あ、あれ…?)
シュミットは、いつもなら息切れしないはずの訓練で自分の呼吸が乱れていることに困惑していた。
ロマーニャ基地に来てから、訓練でシュミットが基地の外周を走るだけでここまで息切れをしたことは無かった。しかし、女性の体になって初の訓練では、彼の予測しなかった息切れが発生していた。
「大丈夫ですの、シュミットさん?」
「シュミットさんが息切れしてるの久しぶりに見たかも…」
「だ、大丈夫…」
ペリーヌやリーネは、シュミットが汗を垂らしながら肩で息をしている姿を見て、彼の様子がいつもと違うことに気づき声をかける。
(体は軽いのに…息切れなんて久しぶりだ…)
シュミットは呼吸を整えながら考える。訓練をしている間、彼は今の体がいつもより軽いと感じていた。それは、彼の男性としての体よりも線の細い女性らしい体になり、男性体であった頃に比べてだいぶ鍛えた筋肉などが体に合わせて減っていたからであった。
だからこそ、いつものペースならバテる心配はなく、そのまま走れると考えていた。しかし、現実にはいつもより疲れてしまっていた。
(もしかして、肉が減ったんじゃなくて、無くなったのか…)
シュミットは体中を触り、そこからあることに気づいた。彼の肉体は女性らしいものになったが、あまりにも女性らしくなりすぎた。彼の肉体は使い魔の影響により
(なぁジャーニー…これって、私の肉体は男に戻った時にちゃんと治るよな?)
(安心してください、それは保証します)
しかし、弱音を吐いたところで訓練が中止されるわけではない。午前に起きた混乱の為、午後に訓練が流れてしまっており、中断ができる状況でも無かった。
「よーし、今日の訓練は終了だ!」
結局最後までこの状態でシュミットは訓練に挑まなければならないのだった。坂本の号令と共に訓練が終える頃には、既に日は傾き、景色はオレンジに染まりかけていた。
「あ~、終わった~…」
「このぐらいで音を上げるなハルトマン」
バルクホルンがエーリカのぼやきに注意する。だが、なんだかんだ言ってもハルトマンは訓練にちゃんと参加していたりする。
(ハルトマンはなんだかんだ言っても、根は真面目だったんだろうな。となるとあのニセ伯爵は本当に何を吹き込んだんだろうか?)
無くなった筋力や体力に振り回されて疲弊しながらも、シュミットはバルクホルンが以前言っていたことを思い出しながら、次クルピンスキーに出会ったら何をしようかと考えるのだった。
と、横を歩いていたシャーリーがシュミットの疲弊した姿に気づいて声を掛けた。
「シュミットどうした?凄い疲れた様子だけど、もしかしてそのセクシーボディに振り回されたとか?」
若干茶化しながらも、相手の様子をうかがうシャーリーに対し、シュミットは思考をいったん中断して振り向いた。
「あ、ああ…なんか肉がなくなった」
「胸についてるのにか?」
シャーリーはそう言うとシュミットの胸元を見た。本来ならありえないその膨らみは、ルッキーニなら容赦なく手を伸ばすだろうと考えながら、自分でもその感触についてどんなものなのか若干興味を持っていた。
そんなシャーリーの言葉にシュミットは思わず胸元を隠す仕草をする。その動きや仕草は、さながら女性のそれであり、シャーリーは僅かに驚いた様子で表情を変えた。
「何処見て言ってるんだシャーリー…それに、肉じゃないだろ。そうじゃなくて、体についてた筋肉がなくなったって言ったんだ」
「へー」
そう言ってシャーリーは腕を伸ばすと、横を歩くシュミットの二の腕を掴んだ。するとそこには筋肉質な腕特有のかたさを感じさせない、やわらかい感触があった。
「ホントだ、柔らかいな。肉体が変わるってのも不便なもんだなぁ」
「あぁ、全くだ…はぁ」
シュミットはげんなりとした様子で自分の腕に触れ、その柔らかい肉と汗でざらつく肌を見て溜息を一つ吐いた。
「随分疲れた様子だなシュミット。風呂に浸かって温まれば、疲れもとれる」
「ねーねーシャーリー!あとでいっしょに洗いっこしようね!」
坂本の言葉を聞いたルッキーニがシャーリーと約束する。シュミット叱られてシュンとしていたルッキーニも、時間が経っていつもの調子が戻っていた。
シュミットはいつもシャワーばかりであったが、今回ばかりは坂本の提案に乗ってみるのもアリかと考えた。
(流石に今日は疲れたし、少佐の提案に乗るのも――)
しかし、シュミットはここであることに気づいた――否、気づいてしまい歩みを止めて立ち止まった。
シャーリーが突然止まったシュミットに気がつく。
「あ」
「ん?どうしたシュミット?」
その言葉に周りにいた者も気づいてシュミットの方を見た。そこには信じたくない物を知ってしまった絶望感のようなものを感じたように、目を見開き口元を手で押さえたシュミットの姿があった。
そして、シュミットはゆっくりと口を開いた。
「…風呂」
「へ?」
「私は…っ!」
彼が言おうとしたその時だった。突然基地中にけたたましい警報が鳴り響く。ネウロイの襲来を意味していた。
「なっ、ネウロイだと!?」
基地に響くサイレンに訓練に居た者たちは全員臨戦態勢に入り、格納庫へ走り出す。
「出撃準備!バルクホルン、ハルトマン、シャーリーとルッキーニが前衛!ペリーヌとリーネが後衛だ。残りは基地で待機だ!」
「了解!」
坂本は走りながらフォーメーションを言っていく。選ばれたメンバーはストライカーを履いて武器を手に取ると、滑走路を離陸していく。基地待機を命じられたのは昨晩出撃したメンバーだった。
「なにが起こるか分からない。私たちも基地に戻るぞ」
シュミット達も、急いで待機部屋であるブリーフィングルームへと走り出した。
みなさんお久しぶりです。深山です。
一年以上の間を開けての投稿になってしまったことをまず皆様にお詫び申し上げます。
最初は私自身の用事もあったのですが、小説に対してスランプとモチベーションがなくなってしまったことにより、全く書かない期間を作ってしまいました。
これからもこの不定期な更新が続くことになる可能性は高いと思います。しかし、私はそれでもしっかりと物語の終わりまで書くことを目標として書いていきます。
これからもよろしくお願いします。誤字、脱字報告お待ちしております。それでは次回!