「夜間哨戒に?」
執務室の部屋で、ミーナは目を丸くした。
朝、シュミットはミーナのところへやってきてミーナにある提案をしたのだ。その内容は、
「中佐、私を夜間哨戒に出して貰えないでしょうか?」
という内容だった。
ミーナは突然シュミットがそんなことを言ったことに驚き聞き返した。
「……どうしてですか?」
「サーニャのことです」
「サーニャさんのこと?」
ますます分からなくなるミーナである。
「サーニャは一人で夜間哨戒をしていると聞きました。それはかなりの負担になると思うんです」
その言葉にミーナもシュミットが言いたいことを理解した。
「なので――」
「少しでもサーニャさんの負担を減らしたい、と?」
シュミットは言おうとしたことをミーナに先言われ少し驚くが、少しして頷いた。
ミーナは内心どうしようかと考えていた。今まで夜間哨戒はサーニャが主にやっていた。そこにシュミットを入れることは確かに負担軽減にはなるだろう。しかし、シュミットはフォーメーションにおける火力の中核にもなる。
しかしミーナは、ここにきてから初めて頼みごとをしてきたシュミットを見た。その目は真剣にミーナを見据えていた。
「分かりました、後で全員を招集して伝えます」
「ありがとうございます」
シュミットはミーナに礼を言い、頭を下げた。
その姿を見たミーナは、少しだけ微笑んでから自分の書類仕事に移るのだった。
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「というわけで、シュミットさんをこれから夜間哨戒班に組み込むことにします」
ブリーフィングルームにウィッチーズ全員が集められ、これからの方針について説明された。
「唐突だなミーナ、どうしてだ?」
坂本はミーナに質問する。他の隊員も同じだ。突然シュミットを夜間哨戒班に入れる理由を知りたかったからだ。
「これはシュミットさんと話し合い、サーニャさんの負担を減らそうと考えた結果シュミットさんを夜間哨戒班に入れ、交互に出撃させようと考えたの」
「はい、はい!それなら私もやるゾ!」
突然、エイラが自分も夜間哨戒班に入ると志願した。
「そうね、シュミットさんはここでの夜間哨戒は初めてでしょうし、エイラさんもシュミットさんに指導をお願いするわ」
そう言って、ミーナはエイラの夜間哨戒班への志願を了承するのだった。
そしてその日の夜は、シュミット、サーニャ、エイラの三人で一度夜間哨戒に出て、シュミットの指導をすることに決定した。
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夜になって、三人は格納庫に行きそれぞれの武装を持ってユニットを始動させた。
しかしそこでシュミットはある違和感を感じた。
(……なんだ?)
シュミットは、ユニットを始動した時の微妙な変化のようなものを感じた。シュミットは自身の足を見る。しかし、その違和感の答えを見つけることは出来なかった。
「おーいシュミット、なにしてるんダ?」
「……いや、何でもない」
エイラの呼びかけにシュミットは応え、先ほどの違和感のことを頭の隅に追いやる。
そして3人は横一列に並んだ。中央ではサーニャが魔道針を発現させている。
「初めて見た時もそうだったけど、やっぱりこの魔道針?ってすごいな」
シュミットは純粋にサーニャの魔道針に興味津々だった。
「そうだゾ!サーニャは501唯一のナイトウィッチなんだゾ!」
「そうか、すごいな……」
そんな会話をエイラとシュミットがする。それを聞いていたサーニャは少し照れたように頬を赤くしていたが、夜の暗さでそれは見えなかった。
「よし、離陸開始だ」
そう言って、まずエイラが先導して離陸を始めた。それに次いでシュミット、最後にサーニャが離陸した。
そのまま三人は横に並び、雲の上まで到達した。
「……ほぉ」
そして、雲の上に到達した時、シュミットは思わず目の前に広がる光景に溜息を漏らした。
「どうした?中尉は戦闘機に乗っていた時も夜の空を見たことあるんじゃないのカ?」
エイラがシュミットの溜息に疑問に思い聞く。その様子をサーニャも見る。
「今まで戦闘機の中から空は見たことあるけど、ユニットを履いて空を飛んでみたのは初めてなんだ。こんな景色は初めて見た」
シュミットはわくわくしたように答えた。それを見てエイラは呆れたような表情をした。
「中尉ってなんか、偶に子供っぽいよナ~」
「フフフッ……」
その光景に、サーニャは笑って見ていた。ふと、サーニャはあることを思い出しシュミットに向き直った。
「シュミットさん、昨日はありがとうございました」
「へ?」
「えっ!?」
突然のお礼に、シュミットは一瞬何のことかわからず驚き、エイラはシュミットがサーニャに何かしたと勘違いし驚いた。
「シュミット、サーニャに何をしタ!」
「え、うぇ……?」
突然詰め寄って顔を近づけてきたエイラにシュミットは思わず後ろに後ずさる。
「何って、昨日の夜間哨戒の時用にサンドイッチとミルクティを渡しただけなんだが……」
「へ?」
その内容に、エイラは一瞬呆気にとられたように声を出す。そしてエイラはサーニャの方を向いた。
「本当だよエイラ。シュミットさんは私に差し入れをしてくれただけだから」
サーニャの言葉にエイラは納得したように下の配置に戻った。
ふと、エイラはシュミットのある物が気になり質問した。
「そういえば中尉、腕に巻いているそれはなんダ?」
エイラはシュミットの右腕に巻いているあるものに気が付き質問した。それは外観からすればアクセサリーのようだった。
「ああ、これか……これはドッグタグだ」
「ドッグタグ?」
「ああ、私の親友二人の大切なドッグタグなんだ……」
その言葉は、二人に何かシュミットが暗いことを隠していると感じた。
意を決して、サーニャが聞いた。
「その親友さんのってことは……」
「死んだよ」
シュミットの言葉に二人は驚いた。今まで何も話さなかったシュミットの、知られざる過去を知ったからだ。
それを察したエイラは、質問を変えた。
「そ、そういえば中尉はこの世界に来る前は何をしていたのダ?」
「わ、私も気になります」
エイラの質問にサーニャも一緒になって質問した。シュミットは内心、どうしようか困っていた。この世界に来る前のことと言えば戦争のことが先に浮かんだからだ。
「そうだなー……」
そう考えながら、シュミットは戦争のことは避ける形で話すことにした。
「生まれはドイツ――こっちで言うカールスラントのベルリン生まれ。育ちはハンブルク」
「ということは、こっちで言うカールスラント人?」
「そうだね」
エイラの言葉にシュミットは肯定した。
「そこで私は、普通の生活をしていた。家族は、両親と妹が一人いたんだ」
「えっ、妹さんがいたのですか?」
「うん……」
サーニャの言葉に、シュミットは少し声のトーンが低くなりながら答えた。
「サーニャは?」
「えっ…」
突然、シュミットはサーニャに質問した。いきなりの質問にサーニャは驚く。
「いや、妹がいるって言ったら驚いたから、サーニャのほうはどうなのかなと思って」
シュミットが突然の質問の理由を説明した。それを理解したサーニャは話し始めた。
「私は、モスクワ生まれのウィーン育ちです。両親と共に音楽を学んでいました」
「そうなんだ。エイラは?」
「私は陸戦ウィッチの姉がいる」
「姉!本当か」
シュミットは本当に驚いたようにエイラを見た。その様子に今度はエイラが後ろに後ずさった。
しかしシュミットは、その反応をした後すぐに悲しそうな表情をして前を向き直った。
「ど、どうしたんだ?」
突然反応が変わったシュミットに、エイラが不思議に思い質問した。
「いや、家族がいるっていいなって思ってさ……特に上がいるって」
「そっか。中尉は、家族を置いてこっちに来てしまったからナ」
「いや、違う……」
エイラの言葉をシュミットは即座に否定した。その否定に、エイラとサーニャは思わずシュミットを見返した。
「私の家族は――っ!」
そこから先の言葉は続かなかった。突如、サーニャの魔導針が警戒色に変化し、全員がそれを見て戦闘態勢に変わったからだ。
「ネウロイ!」
「何処だ!?」
シュミットはサーニャに聞く。サーニャは場所を特定する。
「ネウロイの反応……位置……直下!」
「っ!散開!」
サーニャの位置特定に、シュミットがいち早く命令をする。それを聞いて全員が散らばる。
その直後、雲の中からネウロイが姿を現した。
「サーニャナイス!」
シュミットはそう言い、背中に背負っていたMG151を構え、セーフティを解除する。そして、武装に固有魔法を使う。
「喰らえネウロイ!」
そしてシュミットはネウロイに向かって武装のトリガーを引く。勢いよく発射された弾丸は、そのままネウロイの体を思い切り抉り始めた。
「す、すげぇ……」
「……」
その光景にエイラとサーニャは驚きながら見ていた。
するとネウロイはシュミットのことを危険と判断したのか、ビームをシュミットに向けて集中的に向け始めた。
シュミットはそのビームをシールドを張りガードする。そしてサーニャとエイラに言った。
「今のうちに攻撃をするんだ!」
それを聞いたエイラとサーニャは即座にネウロイに攻撃を開始した。
サーニャがフリーガーハマーで攻撃をする。その攻撃でネウロイの表面は剥がれ落ち、コアが露わになる。そこに向けて、エイラがMG42で攻撃を開始する。攻撃をうけたネウロイは回避行動を開始するが、その中の一発がネウロイのコアに命中しコアを破壊した。そしてネウロイは空中でバラバラになって砕け散った。
「ナイスだ!エイラ、サーニャ!」
シュミットは二人に向けてガッツポーズをする。それを見てエイラとサーニャも微笑み返す。
そして三人は再び編隊を組み直し、基地に向かって連絡を開始した。
「こちらシュミット、501基地応答願います」
『こちら501、シュミット中尉どうしました?』
無線に応えたのはミーナだった。
「たった今、ネウロイと遭遇しこれと交戦、撃墜をしました」
『ネウロイですって!?』
ミーナは無線の向こうで驚いたようにシュミットに聞いた。
『詳しく聞きたいわ。基地に帰投して』
「了解しました、中佐」
そう言って無線を終了するシュミット。その横ではエイラがさっきのことを再び聞き出した。
「なあなあ、中尉」
「ん?」
「さっき言ってた、“違う”ってどういう意味ダ?」
「ああ、そのことか――、」
シュミットは思い出したように言った。
「私の家族はもういないんだ……」
「え、どういうことダ?」
「あっ……」
シュミットの言葉にエイラは気になり聞き返す。その横でサーニャは察したのかエイラの質問を止めようとする。しかしシュミットはそれに気づかずに話してしまった。
「私には前の世界に家族がいないんだ……皆死んでしまって……」
その言葉に、エイラは質問したことを後悔した。その横でサーニャも話を聞いて何も言えなくなった。その時のシュミットは、目元に今にも涙を浮かべそうにしながら前を向いていた。
そしてさらにシュミットは言った。
「両親はハンブルク空襲で無くなって、妹はその空襲で大怪我を負って入院したんだ。それで、軍に入って医療費を稼ぎ始めたが、妹も容体が急に悪化して、そして――」
「も、もういい!もういいから!」
シュミットの説明をエイラは焦りながら止めた。
シュミットはエイラを見る。その表情は本当に泣き出してしまいそうな表情をしていた。
「もう、話さなくていい……」
エイラはそんなシュミットを見ていられなくなった。サーニャも、シュミットのそんな姿を見ていられなくなり顔を背けた。
「そうか、すまない……」
そう言って、シュミットも話をやめる。そして三人は無言のまま基地に帰投した。
その時も終始、シュミットは表情を暗くしたままだった。
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「報告は以上です、中佐」
「ありがとう、シュミットさん」
基地に帰投したシュミットは、ミーナの執務室に行き報告を終了した。
しかしミーナは、シュミットの様子が少しおかしいことを感じた。
「どうしました、シュミットさん?」
「あ、いえ、なんでもありません……失礼します」
そう言って、シュミットは部屋を後にした。その後ろ姿を、ミーナは心配しながら見ていた。
そしてシュミットは部屋に戻ると、すぐさまベッドに倒れこみ、枕に顔を埋めた。
(家族……そういえば、こっちに来てしっかり考えたこと無かったな……)
シュミットは顔を枕に埋めたまま眠りについたのだった。
というわけで、シュミットの暗い一面についてすこし触れました。
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