共に罪人とされる親を持つ少年と少女が出会った時、物語は始まる!

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試作的な作品その2です。
こちらはファンタジーものを目指していますが、やはり至らぬ点が多々あると思います。




アレイスター・ガール

 「逃げなさい! 」

 

前方に立つ敵にその右手に握る、通称「象殺し」と呼ばれる大型の回転式拳銃を向けながら、傭兵の肩書きを持つ女は、背後で座り込んでいる幼い少年、自分の息子に向けて叫んだ。

 

「やつらは本気で私を殺すつもりよ!護を巻き込んででも奴らは私を確実に仕留めようとするはず。あなたを死なせるわけにはいかないの! 」

 

その言葉に少年、護は未だ状況が理解できないまま、恐怖に彩られた潤んだ瞳を母に向けた。

 

「大丈夫よ護。母さんは必ずあなたの前に現れる。ここで二度と会えなくなるなんてことにはしないから 」

 

安心させるかのように護の頭を優しく撫で、その頬に優しくキスをして、女は再び迫る敵に向き直った。

 

敵の数は4人、その全員の手には俗にAKと呼称される突撃銃が握られている。

 

「市街地の中で隠すことなく銃口を晒すとは、余程私を消したいと見えるな.....いや、例え事実を知られても揉み消せる絶対の自信があるのかしら? 」

 

女の問いに男たちは答えない。その必要はないて言わんばかりに、彼らは銃口を明確に女に向ける。

 

「そう.....やはりそうなのね.....護! 」

 

なにかに気づいた女は、背後の息子に向けて、小さな袋を投げた。否、それは布袋のお守りであった。

 

刹那、敵である兵士たちが一斉に射撃した。

 

投げられたお守りを間一髪、キャッチした護は、まだ震える足となかなかいうことを聞こうとしない腰を無理やり動かして、母に背を向け走り出した。

 

母さんがこんなところでやられるわけがないとそう信じて。

 

実際、母に連れられて回った世界中の戦場で、護は母が戦闘で敗れる姿を一度も見たことがなかった。

 

だからこそ、信じたくはなかったのだ。背後で鳴り響いていた銃声が鳴り止んだことを。

 

銃声が鳴り止んだということは、射撃を続ける必要がなくなったということである。

 

それが意味することはただ1つ。彼等が射撃を浴びせていた相手、母がついに倒れたのだ。

 

「母さん....! 」

 

思わず振り向いた少年は、そこで地面に横たわりながら、こちらを見つめる母を見た。

 

弾を喰らったのだろう右肩から血を流しながらも、それでも母は左手を動かし、いつも羽織っているパーカーの中に突っ込んだ。

 

なにかまた投げるのだろうか、そう思い護が身構えた瞬間、なにかが外れるような音と共に、護の全身を凄まじい衝撃と閃光が襲い、容赦なく彼の意識を剥ぎとった。

 

 

日本国内に存在する、特殊な自治領である人口浮遊島の一つ、ヒンメルの学園エリアを1人の少年が歩いていた。

 

このヒンメルでは巨大な正四角形な土地が四つに区分けされている。一番大きいのが住宅エリアで、島の4分の2を占めている。その他の土地を学園エリア、商業エリア、工業エリアがそれぞれ占めてこの島を構成している。

 

少年が歩いている学園エリアは島でももっとも面積が狭いエリアである。少年はその肩までかかる程度の長さの黒髪のあちこちにできているくせ毛を気にしながらエリアを進んでいく。

 

その容姿は髪の毛のあちこちに発生しているくせ毛を除けば整ったもので、むしろいわゆるイケメンの部類に入るだろう。だが少年とすれ違う同年代の少女少年が向ける視線はそう言ったものではなかった。

 

「仕方ないよな........ 」

 

そう呟いた少年は、その瞳に悲しげな色を浮かべつつ足を進めた。

 

彼、古門 護が皆から避けられている理由はただ一つ、自らの体に流れる血筋である。

 

「おい、来たぞ悪人の子が......」

 

「よく毎日顔を出せるよな...... 」

 

「腹の中では何考えてるか分かったもんじゃないわ......たまに人助けとかしてたらしいじゃない 」

 

「偽善者ぶって.....何を考えてるのかわかったもんじゃないわ......しかも最近はそれすらしなくなったようだし....やっぱり悪人の子だわ.....」

 

エリア内にある市立、海原高等学校の教室に入った護を迎えたのはあちこちでささやかれる自分への陰口。

 

だがそれももはや彼は聞きなれていた。すでに彼はこの状態を3年間味わってきていたのだ。

 

代わり映えのない日常の中、さりとて楽しみなことがあるわけでもなく、3年前から味わうこととなったこの苦難の日々をただただすごしていく。

 

授業もそれとなく受け、休み時間はただ大人しく読書をし、部活は一応文芸部に入っているものの半ば幽霊部員と化しており放課後は屋上で時間を潰す。

 

そんな日々を高校に入学してからの4か月間彼は続けていた。

 

このままこの日常が続いていくと思っていた。そしてやがてそれら全てを終えて自分の行きたい場所に行こうとそう思っていた。

 

だが、そんな少年の日常はある日突然変わった。

 

屋上で遭遇した不思議で綺麗な少女によって。

 

 

その日も、いつものように護は放課後の屋上に向っていた。

 

屋上は基本的に誰も来ない。というか彼が放課後に屋上を使用するようになってから誰も来なくなった。

 

「まあ、静かになるしちょうど良いや............」

 

そう自虐的に呟きながら屋上へのドアを開けた護だったが、次の瞬間彼の動きは停止した。いや、停止せざるを得なかった。

 

なぜなら誰もいないはずの屋上で、堂々と猫のように丸まって眠る金髪の美少女がいたからだ。

 

数秒間、護の思考は間違いなく停止していた。だがすぐに頭を振って目をこすり目の前の光景が幻覚でないことを確かめ、ついで 頬をつねって夢でないことを確認し、義男はとりあえず目の前の少女について考察を始めた。

 

少なくとも 護はこの高校でこんな少女を見たことがない。様々な人種が入り混じっているこのヒンメルでは白人で金髪の少女もそう珍しくはないが、少なくとも制服でない格好をして堂々と屋上で寝るような生徒に護は心当たりがない。

 

上級生だとすれば可能性がなくもないが、どう見ても目の前の少女は自分と同じくらいか下手すると自分より年下にさえ見える。

 

その服装も奇抜......というか、どう見たってキリスト教会のシスターが来ている伝統的な黒を基調とした修道服に見える。その両手の特定の箇所に光り輝くピラミッドの絵柄があることと本来ならあるべきフードがなく、代わりに修道服の上からコートを羽織っていることを除けばだが。

 

「この子.........いったい?」

 

首をかしげながら彼女のそばに屈んだ護は彼女の顔をしげしげと眺めた。

 

「綺麗な子だな......まるで人形みたいだ......」

 

そんなことを呟く護は一瞬本当にこの子は誰かが屋上に置き忘れた等身大のアンティーク人形ではないかという考えを抱いた。

 

だが、そんなはずがなく、目の前の少女はスースーと寝息を立てて丸まっている。

 

「人形じゃ......ないよな.......まるで眠り姫みたいだ...... 」

 

そんなことを思いつつふと悪戯心が湧いた護は彼女の頬を指先で軽くつついた。

 

その瞬間、直前まで穏かな寝息を立て眠っていたはずの少女の目がまるで機械仕掛けのびっくり人形のようにカっと見開いた。その瞳の色は濃いグリーンだった。

 

「!? 」

 

驚いて、腰を抜かしている護から凄まじい跳躍力によるひと飛びで距離を離した少女は護に警戒の目線を向けながら、透き通るような正しい発音の日本語を放った。

 

「あなたは誰?」

 

いつの間にか、彼女の手にはナイフ、いや短剣が握られている。

 

「それ、本当のナイフ?いや、俺は別にただ屋上にいつものように上がってきたらここで寝ていた君を見つけただけで...........」

 

そう言う護に少女は右手で右頬を触りながら言葉を返す。

 

「それじゃあ、なんで私の頬を突っついたの? 」

 

護は思わず言葉に詰まってしまった。なぜかと言えば余りに彼女が人形の様で寝息を立てているにしてもまるでアンティーク人形のようでつい悪戯心から突っついてしまったわけなのだが......それを言うのはいくらなんでも恥ずかしすぎるしこの場で言ってよいのか戸惑うところがあった。

 

「それは......」

 

「それは? 」

 

少女の視線と義男の視線がしばしぶつかった。

 

「それは........君が.......アンティーク人形みたいに綺麗だったから.......つい 」

 

 

その護の言葉に少女は毒気を抜かれたような顔をし、直後口に手を当ててクスクスと堪え笑いらしきものをした。

 

「なんだ、そうだったの。道理で追手にしては殺気がなさすぎると思った 」

 

そう言って、握っていた短剣を修道服のポケットにしまった少女は軽く跳躍したと持ったら一瞬で護のすぐ前に着地した。

 

「うわ!ちょっと近すぎ近すぎ!」

 

慌てて彼女の体を向こうに押そうとして義男はうっかり彼女の胸のふくらみ..........要するに乳房に触れてしまった。

 

「!!」

 

「!? .........こんのォ.......変態! 」

 

少女の叫びにびくっと体を震わせた護は同時に何かが腹に侵入してくる感触を感じた。

 

その感触がする場所、つまり腹の中心点辺りに目を向けてみれば、いつの間に出したのか少女の持っていた短剣が刀身が見えないほど深々と突き刺さっている。

 

「え........あ........しまった!!」

 

しまったじゃねえよ.........つかなにこれどんな状況?などと思いながら護の意識は闇に沈んでいった。

 

 

 

「起きなさい......ちょっとしっかりしてってば! 」

 

 自分を呼ぶ少女の美声に護は一瞬ここが天国でこの声は幼児化した母の声かなどという妄想を浮かべていた。

 

「なに、至福の笑みを浮かべて眠りに就こうとしてるのよ!もう治ってるわよ!」

 

「んん!? 」

 

そこでようやく目を覚ました護は自分の腹を撫でてみて首をかしげた。

 

「傷が消えてる? 」

 

「私が治したのよ。あのくらいの怪我ならなんとか私でも治せるから」

 

あのくらいの怪我といたって護の傷は結構重傷の部類に入っていたのだが、それを治したということは彼女は医療の技術を持っているのだろうか?そう思った護は少女にこう問いかけた。

 

「俺が君に刺されたから何日たった?」

 

そう言った護に少女はキョトンとした表情を浮かべ、直後護にとって衝撃的な言葉をさも当たり前のように放った。

 

「まだ1時間もたってないわよ?」

 

その言葉に改めて周りを確かめてみれば、そこはいまだ学校の屋上であり近くに血で刃を染めた短剣が転がっており、彼の体から流れた血が 地面を赤く染めている事実が確認できた。

 

「ちょっと待て!君はたかが1時間であれだけの傷を治したって言うのか? 」

 

「正確には5分足らずで治療は完了していてその後の55分はあなたが気を失っていただけ」

 

その言葉にますますよく分からなくなった護は、こういう状況になって恐らく万人が一度は聞くであろう言葉を彼女に問いかけた。それがこれから始まる不可思議な出来事の引き金となるとも知らずに。

 

「君は.......誰? 」

 

護の言葉に少女は、これも同じように彼を不思議世界に誘うことになる一言を発した。

 

「私は、魔術師。20世紀最大にして最低の魔術師、エドワード・アレイスター・クロウリーの孫、忌むべき血を継ぐ罪人、フェアリー・アレキサンダー・クロウリーよ 」

 

この時、世界は変った。フェアリーの言葉に驚きの表情を浮かべる護にとっての、彼に自慢げに自分の名を告げるフェアリーにとっての、そしてこの地球と言う惑星に住み21世紀後半を生きる人々の世界はこの2人の邂逅の瞬間に確かに変わった。それが良い変化か、はたまた悪い変化か、それをこの時点で知る者など誰も存在するはずがなかった。

 

 

「フェアリー・アレキサンダー・クロウリー...........エドワード・アレイスター・クロウリーの孫........」

 

驚いた様子で呟く護を見て満足げな笑みを浮かべるフェアリーに対して彼は極めて正直な質問をした。

 

「そのエドワードなんとかさんって誰?錬金術師? 」

 

「それは○ ○ ○ の錬金術師のキャラクター! ていうかそれはアニメの登場人物でしょうが!」

 

「元はマンガだけどね」

 

そんな世界で一番どうでもよいような言葉を返しながら護は会話を続ける。

 

「いや、いきなり魔術師とか言われてもさっぱり訳分からないし。俺、そういったオカルト関係に疎いっていうか信じてないし 」

 

「目の前に私と言う魔術師がいて、実際にあなたの傷を治したのに信じないの!?」 

 

「俺はその場面を見たわけじゃないし...... は!」

 

護は思わず声を上げて後ずさった。なぜなら、なにか暗いオーラを漂わせながらフェアリーがポケットから短剣を取り出したからだ。

 

「これだから魔術を知らない人間は..........そう言うならもう一度刺してあなたの意識があるうちに治してあげようか? 」

 

「うわ!ちょっと待ったストップストップ!それはまずいって魔術とやらを見るどころじゃなくまた意識失っちゃうって!」

 

そう言いながら、俺ここで終わるかもと護が本気で思った瞬間。

 

リリリリリリン!と場違いな黒電話の音が鳴り響いた。

 

その音の発信源はフェアリーの羽織っているコートの内ポケットのようだった。

 

ハッとなにかを思い出した表情となり内ポケットに手を突っ込んだフェアリーはつい最近発売されたばかりのスマートフォンを取り出して、なにやら表示を覗きこみ操作して、しまったという表情を浮かべた。

 

「どうしたんだ? 」

 

「しまった。ここにはそう長居するつもりはなかったのに乳を掴んでくる変態少年に余計な情をかけたおかげで約束の時間を1時間以上オーバーしてしまった...........ええい!仕方ない遅れてしまったものは仕方ないという開き直り戦法で行くしかない!ええと.......あなた名前なんて言ったけ?」

 

「護。古門 護 」

 

「そう、マモルね。覚えとくわ。機会があったらまた会いましょ 」

 

そういって屋上の端に向けて跳躍したフェアリーはそのまま手摺に手をかけた。

 

「そうだ、ねえフェアリー。君はなんで自分のことを忌むべき血を継ぐ罪人なんていったんだ?」

 

その問いにフェアリーは微笑を浮かべつつこう言った。

 

「言葉どおりの意味よ、私の祖父アレイスターは魔術世界の罪人で悪人なのよ 」

 

その言葉に護は本人も意識しないままに口が動いた。

 

「それじゃあ、俺と君は.........」

 

そう護が言い終える前にフェアリーは手を振りながら手摺を飛び越え下に落下していった。

 

「フェアリー! 」

 

慌てて彼女が落ちたであろう地点を見降ろしてみるがすでにフェアリーの姿はどこにもなかった。

 

この高さから自分と同じくらいの少女が落ちたらどうなるかは想像に難くない。

 

だが、その 想像のはるか外を行く事象に護は驚きを隠せなかった。

 

「魔術、魔術師か...........にしてもアイツ、あの最後に言っていたこと.......まるで俺と同じじゃないか......... 」

 

そう呟きながら とにかくもう屋上にいる気もなくなったので屋上への入り口に向って歩き出した。

 

と、そんな護の視界の端にチラッとなにやらぶ厚そうな赤と黒の色彩の本が映った。

 

「ん?これは?タイミング的にアイツの持ち物か?」

 

その本の表紙には巨大な丸い円のなかに描かれた五芒星が裏表紙には奇妙な形の六芒星が描かれており、なにやらいかにもオカルトじみた雰囲気を出している。

 

「うん.......間違いないな。このオカルトっぽさから考えてこれはアイツのだろう..........だがこれをどうすべきか.......」

 

持っていくか、放置するか、迷った末に結局、護はその本を持っていくことにした。

 

魔術とやらを使えるのなら自分の居場所ぐらいすぐに掴むことができるだろうと言うのがその理由である。

 

 

すでに時間は放課後であり、文芸部部室にははなから向う気がない護はさっさと帰り支度をすると高校を出て住宅エリアに向った。

 

人工浮遊島ヒンメルの交通の要はリニアモーターカー、つまり第2世代型新幹線である。島の隅々まで張り巡らされたリニモ専用の高架を使って、多くの人々をエリアからエリアに運んでいる。

 

これが交通の要であり、この島では車に乗る人間の方が少なく、本土ではエコな島などと宣伝されることもあるそうだ。だがそれは真っ赤な嘘で実際は工業エリアやらから出る排煙等のせいで大いに環境を破壊しており結局±0なのである。

 

リニモを乗り継いで護は住宅エリアの東側に位置するとあるアパートの自分の部屋に到着した。

 

「ただいま........」

 

そう言ってドアを開ける護。それに対する返事はない。

 

もちろんそれは護も分かってるのだが、なんだか言わなければ気がすまないのだ。

 

彼にはかつては母と父、祖父と祖母がちゃんといた。母は仕事で忙しく中々一緒にいられなかったが彼が大きくなるにつれて仕事のついでとして彼を世界各国に連れて行ってくれていた。年に1回か2回は父方の祖父祖母とも合い、それなりに充実した日々を送っていた。

 

だが、そんな日々は中学1年生の春を境に変貌する。傭兵として世界各地を飛び回っていた母が日本に久々に戻っていた時、突如、正体不明の武装集団の襲撃から護を守ろうとして戦闘を行った末に行方不明になったのだ。さらに直後、アメリカ政府により『世界最悪のテロリスト』と断言され、FBI、果ては国際刑事警察機構

から国際指名手配されたのである。

 

この直後、父は祖父の強い勧めもあり母との離婚を公表。 護は訳も分からぬまま父方に強引に引き取られた。

 

後になって事情を知った護は父や祖父に反発し大ゲンカを経て結果的に家を追い出された。

 

一応家族としての情からか生活費は支給された。そこで護は母が行方不明になる直前に自分に投げてよこしたお守り袋の中に入っていた紙に書かれていた「何かあったらヒンメルに向かえ」というメッセージに従い、天皇の指示のもと造られた為に独立色が強い、人口浮遊島の一つヒンメルへと移住したのだ。

 

現在も指名手配中の母の行方は分かっていない。死んだのか生きているのか、今何をしているのか。そもそも母が罪を本当に犯したのか。それらはすべて分からないままである。

 

しかも半ば逃げ込む形で移住したこの島でも護の苦難の日々は続いた。『世界最悪のテロリスト』の息子だという事実はマスコミを通じて既に島の人々にも知れ渡っており、中学1年から様々な苦難をうけた。

 

「結局、どこにいっても俺は『テロリストの血を継ぐ息子』ってことなんだろうな.........」

 

そう独り言をつぶやいた護は部屋に置いてあるちゃぶ台の上に例の本をドカッと載せる。

 

「さてと、即席ラーメンの夕食にしようかね 」

 

てな訳でコンロで水を熱して熱湯にして即席カップラーメンのふたを開けお湯を注いで3分まつ。

 

「フェアリー・アレキサンダー・クロウリー.........か。俺と同じ『忌むべき血を継ぐ罪人』......か。しかしアレイスタークロウリーってそんなに有名な奴なのかな?」

 

ふとそう思いたち、携帯電話からインターネットにアクセスし検索してみると、でるわでるわとんでもない数のサイトがヒットした。

 

それらを見ていくと確かに彼女が言っていたように『20世紀最大にして最低の魔術師』だの『世界最大悪人』だのと書かれている。

 

もっともそれらのサイトは面白おかしくそれについて記述しているだけで魔術を肯定しているわけではない。

 

だが、彼女の語っていたことと部分的に一致することもまた確かである。

 

そんなことを護が考えている間に気がつけばすでに5分以上が経過していた。

 

「いっけね、早く食わんと麺が伸びちまう! 」

 

大慌てでふたの抑えを取り、箸で麺を口に運ぼうとしたその時だった。

 

ピンポーンというインターホンの音が絶妙なタイミングで鳴り響いた。

 

「なんていうタイミングで........!」

 

少し本気で苛立ちながら護は即席ラーメンに再びふたをし、部屋のドアに向った。

 

覗き穴から外を覗いてみると、帽子を深くかぶっているため顔が見にくいが、いたのはいかにもに格好をした郵便配達員の男だった。

 

「すいません!お届け物です! 」

 

そう言う言葉と共に再びインターホンがなる。

 

護は自分に郵便なんて珍しいこともあるものだと思いながら、ドアを開けた。

 

その途端、開けたドアの隙間からにゅっと伸びてきた郵便配達員の腕が護の首を掴んだ。

 

「!? 」

 

慌ててその手を払いのけようとする護だがそれほど筋肉質にも見えないはずのその腕はまったく離れない。

 

「そう慌ててもどうにもならんぞ 」

 

そう言いながら郵便配達員、いや恐らく郵便配達員を装った何者かは帽子を取って素顔をさらした。

 

その顔は黒いあごひげを生やしたおっさんと言った風貌だった。顔立ちはアジア系なのだが瞳は緑色をしている。

 

ブン!と腕を振って護を部屋のちゃぶ台のあたりまで吹き飛ばした男は周りに目をやり、やがて衝撃でちゃぶ台から転げ落ちて窓のあたりに転がっていた例の本に気がついた。

 

「そこにあったか..........さあ、渡してもらおうか『法の書』を」

 

「法の書?」

 

「その本のことだ..........あの忌々しい小娘に長年奪われたままだったからな............まさか本当に情報通り一般人である貴様が持っているとは思わなかったぞ 」

 

「いったいなんの.............」

 

「何のこと?とは言わせんぞ。貴様は今から数時間前確かに奴といたはずだ。忌々しい罪人の血を継ぐ小娘とな 」

 

「忌々しい罪人の...........フェアリーのことか! 」

 

護の言葉に男はにやりと笑った。

 

「やはり、出会っていたようだな。捜索組のいうこともざらに嘘ばかりじゃないってことか 」

 

「この本は渡せない!」

 

「ああ?別に貴様の主張など聞いていないんだ。とにかく、その本をもらい貴様を始末する」

 

始末する。その言葉に護が全身を強張らせた直後、部屋に何人もの引っ越し業者のような服装の男達が入ってきた。

 

「だが、ここで殺すのはさすがに色々とまずいからな。貴様の始末は別の所で殺ることにするよ 」

 

近づいてきた引っ越し業者風の男の1人に頭を棒のようなもので叩かれ意識を失う護が見た最後の光景はフェアリーの落としていった本『法の書』を手にとって笑みを浮かべるひげ男の姿だった。

 

どのくらい意識が途切れていただろうか。ふと護は目を覚ました。

 

「ここ.....は 」

 

「目が覚めたかしら?お節介焼きさん?」

 

その聞き覚えのある少女の美声に護は思わず彼女の名を叫びそうになった。

 

「しー!声は出さないで!まだ逃げている最中なんだから!」

 

そう言われて改めて自分の周りの風景を確認した護は自分が横たわっているのが、なにやら硬い感触がする船の甲板のような場所で、位置的には積まれている荷物の影に隠れる場所だと言うことに気付いた。

 

「ここは船の上か? 」

 

「そうよ、あなたはこの輸送船でどこかに連れて行かれそうになっていたわけ 」

 

船の規模はそう大きくはない、中型クルーズ船程度と言ったところだろうか。

 

「この船はあなたを誘拐した連中、恐らく北方聖堂騎士団の私物よ。やつらはかなりの資金力を持っているから 」

 

「なんだよその北方なんとかってのは!」

 

「私の祖父も一時リーダーの一人、グランドマスターとして加入していた魔術組織の名よ 」

 

その言葉にいくらなんでもそんな.......と言おうとした護だが直後、彼らが隠れるのに利用していた積荷が突然轟音共に2人の上に崩れてきた。

 

間一髪、フェアリーが護の手を引いて跳躍し、その崩落から逃れる。

 

そんな2人の眼前には、1人の女が立っている。ボサボサの長髪で真っ黒なマントを羽織っているその女はその顔に歪んだ笑みを浮かべながら上空にいる2人に向けて、ゆっくりとした動作でその右手を向ける。

 

その瞬間、フェアリーの表情が変わった。

 

「エイワス!」

 

彼女が叫んだのとほぼ同時に彼女の前方で突然光が表れ、閃光が満ち、なにかとなにかがぶつかる凄まじい衝撃音がとどろいた。

 

「今だわ!」

 

そう言って、地面に降り立ったばかりだと言うのに再び跳躍の姿勢を取りながら、フェアリーはその修道服の中から奪われたはずの本、『法の書』を取り出した。

 

「奴は私が倒すわ。あなたはここでその本を持って待っていて」

 

「でもまだほかに敵が......... 」

 

「大丈夫、奴以外の敵はすべて私が片付けているから 」

 

サラリとすごいことを言いながらフェアリーは、その修道服のポケットから義男をさした時と同じ形の短剣を取り出す。

 

「ちょうどよい機会だし、魔術というものをたっぷりその眼に焼きつけて!」

 

そう言い放ちフェアリーはひと飛びで数メートルの距離を跳躍して、自分を攻撃してきた女のもとに向う。

 

 

「忌々しい小娘め!」呪いの言葉を吐きながら、フェアリーに向けてその右手の人差し指を向ける女。

 

それを予期していたように彼女は叫んだ。

 

「エイワス、守護を!」

 

その途端、空中に突如現出した揺らぐ盾のような煙と透明な何か、衝撃波のようなものが衝突して轟音を発する。

 

「やっぱりね、その魔術、北欧系のガンド魔術、攻撃術式の『フィンの一撃』ね?」

 

フェアリーの言葉に女は目を見開き驚きを露わにする。

 

「ガンドとは北欧の言語で幽体離脱をさし、ガンド魔術を極めたものは体から魂を切り離し、杖に乗るかあるいは狼の姿を取って自由に動き回ることができる..........そう言い伝えられている 」

 

言葉を放ちながら着地したフェアリーは女に向って駆ける。

 

「普通のガンド魔術では他者に物理的なダメージを与えることはできない。でもごく稀にほんの一部の術を極めたものが体から部分的に抜き出した魂を杖に載せて飛ばして相手に物理的なダメージを与える『フィンの一撃』を扱えるようになる.......だったわよね。私も文献でしか知らなくて本物と出会うのは今回が初めてだったわ 」

 

フェアリーと女の距離はもういくばもない。

 

「だけど、それだけのパターンしかない術式で............私を倒そうなんて1000年早いのよ!」

 

女より数メートル前で高々と跳躍したフェアリーはその手に握る短剣を大きく振り上げる。

 

「エイワスを中継として神に請う!神の武器庫より剣を出したる許可を!」

 

そう言い放ち、短剣を腰のあたりに下向きに添える彼女の行動に首をかしげた女だったが直後、その顔を驚愕に染め上げた。

 

彼女の下向きの短剣の剣身を覆うように光の鞘が現れる。その大きさ長さは明らかに短剣と不釣り合い。

 

まるで西洋のバスタード・ソード、あるいはロングソードの鞘のようである。

 

「神の慈悲に感謝し、その刃によって宣告す、鞘より抜かれしミセリコルディアの名のもとに目の前の敵を地獄(ヘレ)に送らん!」

 

叫びと共に短剣を光の鞘から大きく引き抜き同時に振るったフェアリー。その短剣の剣身は黄金食輝く光の剣と化し、横なぎの斬撃となって女に向う。

 

無駄だと悟りつつも右手人差し指を向けようとした女だったが、間に合うはずがなかった。

 

光の剣は容赦なく女に迫り.........その体をすり抜けた。

 

「すり抜けた?」

 

思わぬ展開に唖然としてフェアリーを見る義男だが彼女は平然としたまま、護に向けてウインクしてきた。

 

その余裕感あふれる表情を見て失敗したわけではないことを悟った義男が視線を女に戻したその時だった。

 

突然、女の周囲を囲むように巨大な黄金食に輝く輪が現れた。

 

そして次の瞬間、輪が一気に狭まり女の全身を拘束する。

 

「な、これは!?」

 

彼女はわめきながら必死に体を動かして拘束を解こうとするが、光の輪はビクともしない。

 

その足元が突如暗くなり、まるで底なし沼にはまっていくようにずぶずぶと女の体が沈んでいく。

 

「くそ........なにをしたあァァァ!! 」

 

わめく女はそれでも必死に奈落の底に続く暗闇から逃れようともがくが、体はゆっくりしかし確実に沈んでいく。

 

 

「すごい..........」

 

護は目の前でフェアリーによって繰り広げられる大立ち回りを呆然と眺めていた。

 

魔術という技術、それにより引き起こされる事象の数々、それらは都市伝説で語られる怪奇現象の比ではない。

 

ガンド魔術という術式を使う女魔術師をあっさりと謎の魔術により奈落の暗闇に沈めたフェアリーは、その器量を誇るでもなく淡々と冷静に、かつ非情にまだなんとか顔を出し必死に呼吸しようとしている女魔術師の頭をその可憐な細い腕からは想像できないような力で強引に沈めている。

 

それ自体は、彼女を狙った敵に対する報復なのだから当然と言えなくもないだろう。

 

だが、その時にフェアリーが浮かべた表情を見て護は戦慄した。彼女は嗤っていたのだ。

 

いくら敵とはいえ、そこまですることはない。そう思ってしまうのは護が俗に言う平和ボケした日本人故であろうか。護は自分が信じる日本の良識に従ってフェアリーの行動を諌める発言をしようと口を開きかけた。

 

その時だった。

 

突然、護の両手が彼の意思に反して勝手に上がった。驚く間もなく上がった手は左右水平の位置、肩の高さまで上がり、ピタリと停止する。

 

突然の出来事に驚く義男。そんな彼の後ろに突如光り輝く十字架が出現した。

 

「しまった!まだ...........」

 

叫びながらフェアリーが護に向けて跳躍したのと、奇妙な男が物陰から飛び出したのは、ほぼ同時だった。

 

飛び出した男は、鉄兜をかぶり、同じく鉄の鎧を着込み、鎧には赤いマントがついている。歴史に造詣がある者なら気付いただろう。その服装が古代ローマの軍人のものだということを。

 

無言のまま男は手に持つ槍、古代ローマで使われたショート・スピアーの一種を構える。

 

かつて使われたものと違うところがあるとすれば、その刃の側面に小さく赤色で Longinusと刻まれていたことだろう。

 

男の構えが投擲の構えだということに気付いた護は恐怖に体が動かない。

 

いや、仮に動かす意思があったとしてもこの時点で動かすことは不可能だっただろう。

 

「(死ぬ..........死ぬ、死ぬ死ぬ死ぬ!)」

 

無駄な行為と悟りつつも、それでも目を閉じ、その瞬間だけでも現実から目を逸らそうとした護だったが、その時、彼の鼓膜をフェアリーの声が震わせた。

 

「現実から逃げちゃだめ!前を見て!」

 

その言葉にとっさに目を開けた護は見てしまった。

 

目の前でフェアリーの可憐な体を容赦なく男の放った槍が貫く瞬間を。

 

「ゲホ........!」

 

口の端から血を流しながらせき込む彼女は医学に素人の護から見ても重傷に見える。

 

強力な魔術師を相手にして互角以上の戦いを演じて見せ、敵の強力な魔術攻撃をいとも簡単に防いで見せた彼女が攻撃をむざむざと受けた理由はただ1つしかない。

 

敵の魔術攻撃が彼女ではなく護を狙っていたから。そして彼女が義男を庇おうとしたからである。

 

「............ゴホ!..........エイワス! 」

 

咳き込みながら言葉をフェアリーが叫んだ途端、追撃をかけようと距離を詰めていた男の前で突如閃光が走り、透明な衝撃波のようなものが男の体を吹き飛ばす。

 

迫撃砲弾のように弧を描いて飛んで行った男は船の艦橋の窓ガラスをぶち破り内部に突っ込んでいった。

 

「しっかりしろ!おい、しっかりしろよ!」

 

術を放ったフェアリーは、体を槍が貫いた状態で苦痛に顔を歪めながら、崩れるように地面に膝をつく。すでにその表情は血の気は引きはじめており、目も虚ろになりつつある。

 

「早く........逃げて........あいつはまだ..........死んでない..........あいつ..........の狙いは.......私........マモルが犠牲に.........なる必要は........ない 」

 

「なんでだよ!? なんで俺を庇った?それさえしなければお前がこんなことになることもなかったのに!」

 

途切れ途切れに語る彼女の体を支えながら、護は叫んでいた。

 

護の言葉に彼女はフッと口元をゆるめて静かな声で返した。

 

「護の.........表情に.......同じもの........を.......感じたから.........悪人.......の........罪人の血を継ぐ.........苦しみを.........感じたからよ 」

 

その言葉に護の頭の中で一瞬、彼女の言葉以外の全てが消え失せた。

 

「私は..........悪人の...........血を継いで...........これまでに........敵と戦うたびに..........罪を犯してきたから..........殺されても.........それは報い.........神様の罰が下っただけ..........でもマモルは違う..........マモルは罪を犯してきたわけじゃない...........そうよね?」

 

「俺のことを........調べたのか?」

 

護の言葉にコクリと頷いたフェアリーは、すでに言葉を発するのも辛そうに見える。

 

「私が.......ここで死ぬのは........定めかも........敵を......人を殺すときに.......自然に嗤っちゃうような..........人間だもん.........最後に人助けして死ねるなら...........それも良いかも.......ね 」

 

「そんなこと言うな!死んじまったら礼も何もできないだろう!なあ、お前の知ってる魔術の中に傷を治すような魔術はないのかよ?」

 

「ないことはない..........でも、傷を負って死にかけの............こんな精神状態じゃ無理だし..............素人のマモル........では治癒魔術は.......無理...... 」

 

「じゃあ、あの本は?あれも魔術の本なんだろ? それを使えないのかよ!? 」

 

「法.........の書のこと?無理........だよ。あれは持ち主の私で..........すら...........封印を解けない..........解読できない.........本なのよ?」

 

「殆ど可能性がないとしてもゼロじゃないんだろう!やれるだけやらせて貰うぞ! 」

 

「マモル..............」

 

殆ど光を失った瞳で義男を見たフェアリーは諦めたかのように息を吐いて頷いた。

 

「くそ!もう時間がない! 」

 

焦りながらフェアリーによって預けられていた『法の書』を開いた護は目を疑った。

 

「なんで.........白紙?」

 

見開きのページ、それどころか最後の1ページに至るまで、書物であるはずの法の書には1文字たりとも文字がなかった。

 

「これじゃあ封印を解くどころか読むことも............どうなってるんだよ!? 」

 

彼女が、フェアリーが嘘をついていた可能性は否定できない。護を守るために身を呈した彼女なら素人には危険な魔術書を扱わせないために護が気絶している間に魔術書をすり替えてもおかしくはない。

 

だが、護はその可能性をあえて否定した。否定しなければ、彼女を救える可能性が完全に潰えてしまうからである。

 

「くそ...........!神様、周りの罵倒を恐れて、人を助けるのを避けてきた............卑怯者の俺に、どうかもう一度だけチャンスを下さい! 」

 

義男は法の書を両手で掴んでその目を見開き本に意識を集中させる。

 

そんな護にとどめを刺すため、フェアリーの攻撃で艦橋に突っ込んでいた魔術師の男が割れた窓ガラスから飛び出して義男の方に向ってくる。

 

「解けろ!魔術書ォォォ! 」

 

護の叫びがこだました瞬間、彼を中心とした船全体が突如純白の光に包まれた。光の発光源は法の書である。

 

「なに.........!?」

 

突然の出来事に驚愕しながら男も光に呑まれていった。

 

 

 

 

音も、物も、陰も、言葉も、そのすべてが消え失せ、ただ純白の光と護と横たわるフェアリーだけが存在する空間で護は佇んでいた。

 

目の前には純白の光の中でなお輝きを放つ朱色の剣と黄金色の盾が浮かんでいる。

 

無言でそれを眺める護に、どこからか姿なき声が呼び掛ける。

 

「汝の欲するところを行なえ、それ汝の法の全てとならん 」

 

「そんなの...........決まってる 」

 

護の腕はごく自然にその方向に向かっていく。

 

「俺が欲するのは..........俺が今、法としたいのは...........」

 

その伸びる手の先にあるのは、黄金色の盾。

 

「護る力だ!!」

 

護の手が黄金色の盾を掴んだ瞬間、彼とフェアリーを包み込むように純白の光の中にあってなお光を放つ黄金の光球が包み込む。

 

それと同時に船全体を包みこんでいた純白の閃光が崩れるように、消え去っていく。

 

「…………..いったい、何が………… 」

 

光に呑まれ一瞬意識を失っていた男魔術師は頭を振って、これも古代ローマで使われていたグラディウスと呼ばれる剣を腰から抜いて構える。

 

「あれは……..? 」

 

男の視線の先には半径5メートルほどの大きさの黄金色の半円状の球体が存在している。

 

「この球体………そうか、あの少年を守るためか………だが、無駄だ! 」

 

グラディウスを高々と上げる男、その刃の部分が淡く青白い光を放つ。

 

「とどめだ、罪人! 」

 

一気に振り抜かれたその剣から青き斬波が放たれる。

 

だが、その斬波は球体に到達する前に、空中に現れた『側面に十字架が描かれた黄金の盾』により防がれる。

 

驚愕する男に向けて黄金の球体の内部から声が掛けられる。

「お前らが何のために、フェアリーを狙っていたのか………それは俺には理解しきれない…………..だけど、自分の命を捨ててまで赤の他人である俺を救ってくれた………….今の彼女を見捨てて逃げられるほど俺は非情にはなれない………….だったらすべきことはたった一つだ 」

 

男の目の前で徐々に球体は消えていき、その内部にいる護とフェアリーの姿を晒していく。

 

「俺、古門 護は、フェアリー・アレキサンダー・クロウリーを護る! 」

 

その言葉と共に完全に黄金色の球体は消え失せ、同時にフェアリーの体に突き刺さっていたはずの槍、ロンギヌスの名を冠する古代ローマのショート・スピアが凄まじい勢いで男の足元に突き刺さる。

 

護の体が薄く黄金色に発光している。まるで薄い黄金の膜が彼を覆っているかのように。

 

護から視線をわずかに下にずらした男は、そこに信じられないものを見た。

 

自分の魔術攻撃によって、確かに瀕死の状態に追い込んだはずの少女。フェアリー・アレキサンダー・クロウリーの体を貫いた槍による傷跡がきれいさっぱりなくなっている。

 

良く見れば彼女の体全体を薄い黄金色の盾が覆っており。透けて見えている体の傷跡から噴き出た血液が薄くなって消えていく。

 

「どういうことだ……….貴様、何をした! 」

 

「さあね………..俺にも理屈は良く分からないし今はそれを考えてる余裕なんてない………..俺はただ掲げられた選択肢のうちの盾を選んだだけだ 」

 

「なに…………? 訳のわからんことを! 」

 

怒鳴りながら男は自分の足元に突き刺ささったままのショート・スピアを引き抜き一挙動で護に向けて投げつける。

 

だが、その槍は護のはるか手前で再び黄金の盾に防がれ、今度は男のやや上方向に向けて跳ね返された。

 

そのまま空の彼方に槍が吹き飛ばされるのを見て、焦りの色を顔に浮かべる男はグラディウスの刀身を水平に構えその態勢から連続して青白い斬波を放つ。

 

迫りくる斬波に対して護の取った行動は単純明快だった。彼はただ連続して無数の方向から迫る斬波1つ1つに目をやっただけである。

 

そして次の瞬間、合計10か所に現れた黄金の盾が男の放った斬波すべてを防いだ。

 

「馬鹿な………この攻撃を…….! 」

 

明らかに焦りの色を浮かべる男は慌てた様子で肩から下げていたもう1つの剣、グラディウスよりやや細めの刀身をしている剣、スパタを右手に構え、左手に持ち替えたグラディウスと合わせて2振りの剣による2刀流の構えをとる。

 

「沈め!この異端者が! 」

 

護に向けて駆けながらグラディウスを振りまわし再び無数の斬波による攻撃を浴びせる男。

 

「同じ手をいくら使っても無駄だ!」

 

先ほどのように攻撃を確認し、その迫る斬波全てを再び盾により防ぎきった直後、その隙間を縫うような動きで男がスパタを突きいれてきた。

 

突然の行動に義男の動きがワンステップ遅れた。

 

とっさに護は右手を前に突き出すが、それは『盾』ではない。

 

決まった。そう男は思った。だが、それは大きな間違いだった。

 

直後男は気付いた、剣が肉に食い込む感触がない。彼の持つスパタは馬上から敵に刺突するための剣である。刺突専用である剣が柔らかい人間の肉に食い込まないわけがない。ならば、なぜその感触がない?

 

改めてその理由を探して前を見つめた男はその理由に気付いた。

 

剣は確かに義男に接触していた。正確にいえば、護の突きだした右手に接触していた。

 

だが、その剣の刃は一ミリたりとも護の肌の内部に侵入していない。

 

それどころか、刃の先が僅かに欠けている。

 

「なるほどね…………多分今の俺そのものが『盾』なんだ 」

 

つまり、護の突きだした右手のひらはそれ自体がグラディウスによる斬波やショート・スピアーによる攻撃を防いだ黄金の盾と同じものとなっているのである。

 

「法の書…………..状況から考えるに………お前があの封印を解いたと言うのか!? 素人の貴様が!? そしてその結果がこれだと? ふざけるな! 」

 

「正確には分からないけど…………..多分、そうなんだろうな 」

 

本当に自分が使っている力について理解しきれていない表情を浮かべている護に、男は背筋に悪寒を走らせた。

 

護は、今、直観と感覚で法の書の力を行使している。よって力の加減など細やかな作業を意識してすることができない。言い換えれば今でこそ防御に終始している護だが手加減なしの即死級の攻撃を何の前触れもなしにいきなり浴びせられる可能性もなきにしも、あらずなのだ。

 

「なあ………ここは引き上げてくれないか?俺は人を殺したくはない。フェアリーを守りたいだけなんだ 」

 

「その女を守ろうとすれば、我々組織の全員はおろか、この世界の半分以上を敵に回すことになるぞ! 」

 

「元々、その世界から血筋が原因で弾かれていた俺がいまさらそんなことを気にしてどうするんだよ。それに半分は味方がいるのなら恐れることはない! 」

 

「貴様………!」

 

護の言葉に信じられないといった表情を浮かべた男は先端の欠けたスパタを放り捨てグラディウスを両手で真っすぐ水平に構える。

 

その切先を義男に向けた男は一声叫んだ。

 

「狼王、マルスの息子たるロームルス、その刃により敵を討て! 」

 

言葉と共にグラディウスの先から爆発的な光が走り、その光の中から滲みだすように蒼き巨大な狼が姿を現し咆哮した。

 

刹那、狼は凄まじいスピードで護に向けて疾走する。

 

当然護はその狼の進路上に盾を配置するが、狼はそれら全てをぶち抜いて護に向けて突き進む。

 

若干焦りの表情を浮かべながら、護は次から次へと盾を配置するが、それを用いても狼の突進は止められない。

 

「潰れろ、異端者! 」

 

刹那、狼は大口を開けて護を飲み込み爆発した。

 

爆風と衝撃波、閃光と轟音が走り巻き上げられた粉塵が辺り一帯を包み込む。

 

その余りの衝撃波に放った本人ですら思わず目を閉じた。

 

そしてその粉塵がやや薄まった時、男の目の前には巨大な穴が広がっていた。

 

どうやら船底まで攻撃が貫通したらしく、水が侵入してくる音が聞こえてくる。

 

「やったか……….さすがに…….. 」

 

男は安堵を感じさせるため息をつきながら、穴を見つめた。

 

「しかし少しやりすぎたな。この船がボスの所有とは言え沈めてしまうのは、さすがに…………. 」

 

「ボスのお叱りを受けちゃうなー………かしら? 」

 

まさか……….と信じられない思いで男は目を凝らした。

 

声は前方、まだ粉塵によって靄がかかったかのようになっている穴を挟んだ向こう側である。

 

「なに黙っちゃうのかしら? 私の傷が治っていることは把握してたはずでしょう? 」

 

粉塵の向こうの声は徐々に近づいてくる。

 

「傷が治った私が眠り姫みたいにいつまでも寝たままだとでも思った?それとも……….法の書の封印を解いたマモルに意識を集中させ過ぎてたのかしら? 」

 

「法の書の………封印を……解いた!? 馬鹿な、お前すらできなかったことを……..こんな国の……..しかもこんな素人のガキがして見せたとでも言う気か! 」

 

「私だって今だに信じられない気持ちはあるけど………..でも状況から考えて、その線しか考えられない。途中から意識だけ戻って寝たまま見ていた限りでは……….マモルが使っていたのは明らかに魔術的な力だった……….そしてあの場所にあった魔術的物品は『法の書』しかない 」

 

ぐっと言葉に詰まる男を前にフェアリーは、その両手を開き左右に広げる。

「エイワス! 」

 

言葉と同時に彼女の開かれた両手に光の粒子の集まりのような剣が滲みだすように現れる。

 

そのふた振りの剣を握りしめ、フェアリーは男に向けて跳びかかった。

 

「この……! 」

 

跳びかかってきたフェアリーに対して男はその手に持つグラディウスを横薙ぎに振るう。

 

だが、その振るわれたグラディウスは同じく横薙ぎに振るわれた光の剣に一撃で刀身を切り裂かれ、その衝撃で男自身も吹き飛ばされる。

 

「ぐわあァァァァ!? 」

 

叫びをあげながら吹き飛ばされた男は地面に無様に転がった。すでに男に得物はない。

 

「マモルは………自分の危険を顧みず魔術書を使用し私を助けた。ならば私は彼にたいして恩義があるわ。もう、これ以上マモルに魔術を向けさせるわけにはいかない 」

 

彼女は後ろに一瞬目をやる、そこには相変わらず全身を淡い黄金食の光で照らしている護がいる。

 

穴の向こう側で心配そうにこちらを見る護に親指を立てて、彼女は男に視線を戻す。

 

「これ以上の戦いは無益よ。武器を失ったあなたに私に勝てる道理はない。帰ってボスに失敗しましたと報告した方が良いと思うけど? 」

 

「いまさら退けるか!こんなありさまで戻ったらボスに何をされるか…………それにまだ隊の全員がやられたわけでは……….. 」

 

「やられてるわよ 」

 

大したことではないとでも言うような軽い口調で言うフェアリーに男に額から嫌な汗が流れる。

 

「どういう……..ことだ? 」

 

「だから言葉の通りよ。あなたの仲間はすでに私があなたが見ている前で葬った女魔術師も含めてその全員を倒されてるのよ。もちろん私との戦いでね 」

 

その言葉に男の中の恐怖の針が限界を超えて振り抜けた。

 

「うわァァァァァァ!! 」

 

絶叫しながら背を向けて逃げ出した男を冷めた目で眺めるフェアリーは、静かに告げた。

 

「その進む先に、あなたの得物が転がってるわよ? 」

 

恐怖の中にあって、唯一の対抗手段を見つけた男の中で恐怖が少し薄らいだ。

 

その視線の先にあったのは、先ほど彼自身が投げ捨てた刺突用の剣スパタである。

 

だが男がその剣の柄に手を触れるよりも早く、非情にもフェアリーの放った光の剣が地面に突き刺さるスパタを粉々に粉砕した。

 

わざと男に希望を持たせ、その上で希望を徹底的に破壊して男の精神を追い詰める。そんな悪意に満ち溢れた戦法を淡々と行なって見せるフェアリー。もはや男にはフェアリーそのものが恐怖に見えた。

 

今度こそ言葉にならない金切り声をあげて逃走を開始する男を眺めながらフェアリーは後ろにいる護に声を投げかけた。

 

「マモル! あの男からこの船を防御して! 」

 

意味が分からないままに彼女が言うように感覚で、それを護が行なった瞬間、船全体を覆うように、内部から湧き出すように現れた黄金の盾が出現し、護達に背を向けて逃走していた男の体が空の彼方に跳ね飛ばされた。

 

護は盾を消しながら、穴の向こう側で男が飛ばされていった先、空を見つめるフェアリーを見つめた。義男のいる位置からは彼女の顔を見ることはできない。だがその可憐な背中は少しさびしげに見えた。

 

その時、義男の髪の毛に何かが当たった。

 

「ん?雨か? 」

 

そう義男が呟いた途端、まるで夕立ちかスコールのような勢いで雨が降り出した。

 

「おい!せめて雨の当たらないところに…….. 」

 

そう彼女に呼びかけようとした護は思わず言葉を途切れさせてしまった。

 

フェアリーがこちらに顔を向けていた。

 

豪雨のなかで静かな瞳で彼女は護を見ていた。その目元を水が流れていた。

 

護にはそれが、彼女自身の涙に見えて仕方なかった。

 

なにか声をかけるべきだろうか、そう護が思った時だった。

 

唐突に、護の体を覆っていた黄金の光が消えた。

 

「? 」

 

突然の出来事に唖然とする義男。そんな彼の耳にバキバキという耳障りな音が響いてきた。

 

音の発信源に目をやった護は目を疑った。

 

地面に転がっていた本、魔術書『法の書』が石化し、あろうことかその真ん中にヒビが入って真っ二つになっていた。

 

「そろそろね………さっきの男の攻撃で船が沈むのも時間の問題だし、早く救命ボートかなんか見つけて脱出しましょ………..ってえええええええ!?」

 

穴を飛び越えて義男の隣に着地してきたフェアリーは目の前にある自分の持ち物『だった』法の書のなれの当てに思わず悲鳴を上げた。

 

「なんてことしてくれたのよォォォォォ!! 」

 

「いや、そんなこと言われてもわざとじゃないし! 」

 

「あれはお爺ちゃんから譲られた大事な大事なもんなのよ!ぶっちゃけお金じゃ価値がつけられないくらいのお宝なのに!使えないけど老後の蓄えにでもしようと取っておいたものなのに!! 」

 

「大事なものなのに結局売り飛ばすつもりだったのかよ!?それって先祖敬ってねえじゃん! 」

 

「うるさい!どうせ私は悪人で罪人なお爺ちゃんの血を継ぐ悪者よ!それで良いわよ!さあ弁償しろ! 」

 

「いや、なんか違うだろ!もはや本末転倒どころの話じゃなくなってるじゃん! 」

 

そんな2人の不毛の会話は船の沈没寸前まで続いたという。

 

 

 

そんな事件から2日後、護は教室の自分の机で頭を伏せてぐったりとしていた。

 

結局沈没直前になんとか救命ボートを見つけ出し、2人でいがみ合いながらも必死でボートを漕ぎヒンメルの第3埠頭にたどり着いた護とフェアリーはフェアリーの提案で商業ゾーンにあるビジネスホテルを借り一晩泊まった。

 

疲労でくたくただったことと、雨と津波で冷え切った体を考慮してのフェアリーの提案だったわけだが、護からすれば女子と一緒にホテルに泊まるという行為をこの島の人間に見られればあらぬ噂を立てられかねないという判断から固辞したのだが、フェアリーは問答無用で彼を気絶させホテルに連れ込んだのである。

 

翌日になって気付いた時には、いつの間に服は着替えさせられているは、ベットで一緒に寝かせられているわで護は赤面してフェアリーを問いただしたのだが彼女は「私は介抱しただけ」というだけで具体的に何をしたかについて言及してくれない。

 

だが濡れていた全身が乾いていることや、服が着替えさせらていることや、その他もろもろから考えれば何をされたかはおのずと分かるというものであり…………..それらをリアルに想像してしまった護は、何だかよく分からない叫びをあげてホテルの一室を飛び出してアパートに逃げかえるように向ったのである。

 

それら一連の出来事のせいで、なんだか学校に行くのも億劫になっていた護は、雨にぬれて風邪をひいたという理由で仮病を使い学校を欠席した。雨に濡れたのは事実なのでまるっきり嘘というわけではないのだがはっきり言ってずる休みであった。

 

そんなわけで1日休養を取った護は、その間、フェアリーが押し掛けやしないかとビクビクしていたが、幸いにも彼女が部屋に押し掛けてくることはなかった。

 

そんなわけで事件の2日後、学校に登校した護は2日前の事件とそれからのあれやこれやを思いだしつつ抜けきれない疲労感のせいで机に突っ伏していたのである。

 

「よし、朝のホームルームを始めるぞ! 」

 

そう言って教室に担任が入ってきた。1年10組担任の遠山忠雄はなんというか軍人と勘違いしそうなごつい体格をした教師で実際、教師になる前は傭兵をしていたという噂がある。腕っ節でかなう生徒はいない上に苛めなどを極端に嫌う性格のため学校ではほとんどいじめは起きない。護に対してなどのごく一部を除けばだが。

 

忠雄教諭は義男の境遇についても気にかけてくれており、この学校で唯一といってよい味方だったが、義男は自分を庇うことであまり迷惑をかけたくないとあえて忠雄教諭とは関わらないようにしていた。

 

そんな忠雄教諭は教壇に立つと良く響く声で言った。

 

「今日は、このクラスへの転入生を紹介する。イギリスからの転入生だ 」

 

教室がざわめいた雰囲気になる。外国人は珍しくないこの島であるが、そのほとんどは島への移住を義務ずけられた、朝鮮人、中国人、ロシア人であり、それ以外の人種の人間が転入してくるのは大変珍しいのである。

 

もっとも義男は相変わらず疲労がたまったままなので、半ばボーとした状態で話を聞いていた。

 

「さあ、入ってきてくれ! 」

 

その声に促されて教室に入ってきたのは腰のあたりまでの長さの黒のロングヘアーの少女だった。

 

教壇の前に来た少女は、その濃緑色の目で教室の生徒を見つめて言った。

 

「イギリスから来ました。アンブロジウスと言います。皆さん、これからよろしくお願いします! 」

 

そう言ってぺこりと頭を下げたアンブロジウスと名乗った少女に、クラスの男子達が色めきたち女子たちでさえハーとため息をついて感嘆した。それほどまでに少女の行動、姿は愛らしかったのだ。

 

「えー…….彼女は、知り合いに日本語を習ったので日本語はペラペラだそうだ。だが日本で暮らしたことはないそうだから色々教えてあげろよ! 」

 

忠雄の言葉に男子全員 (護を除く)が頷き、女子も大半が頷いた。

 

「さて、それで彼女が座る席なんだが………. 」

 

忠雄はちらりと護に目をやって言った。

 

「護の隣が空席になっているな?そこを彼女の席にしようと思う 」

 

その瞬間、クラスの護以外全ての視線が彼に集中した。なんでこいつの?という視線を浴びて護はいますぐ教室から出たい心境になっていた。忠雄教諭は気を聞かせてくれたつもりなのだろうが、これでは逆効果である。

 

「いや、先生俺は…………」

 

護が断ろうと声を上げかけたその時だった。

 

「先生、私、彼の隣で良いです 」

 

そう言って前にいた転入生、アンブロジウスは机と机の間を進み、義男の隣の机に通学カバンを置き、椅子を引いて席に座った。

 

クラスの生徒のざわめきが高まるのを咳払いをして静め忠雄は、クラスの全員を見渡して話し始めた。

 

「みんなも知っているだろうが2日前、このヒンメルの近海で中型貨物船が爆発を起こして沈没した。皇居特別警護軍の捜査隊が調査した結果、テロ事件の可能性があると判明したそうだ。各学校に通達が来て生徒は寄り道をせずにすぐに下校すること、各埠頭には消して近づかぬようにとのことだ。これだけはしっかり守れよ! じゃあホームルームはこれまでだ。解散! 」

 

そう言って忠雄が教室から出た途端、クラスの生徒ほとんどがアンブロジウスの席に集まってきた。

 

「イギリスのどこに住んでいたの? 」

 

「ロンドンです 」

 

「家族はいるの? 」

 

「お爺ちゃんと、マザーとファザーがロンドンにいるわ 」

 

「日本語はだれに習ったんだ? 」

 

「お爺ちゃんよ 」

 

「その緑の目は遺伝? 」

 

「お爺ちゃんからの遺伝なの 」

 

そんな会話がされているのを隣の席の護は、特に意識して聞かないようにしていた。

 

どうせ彼女もいずれクラスの空気に毒されて自分を避ける人間の1人になるに違いない。ならば話を聞いていてもむなしくなるだけだ。そう判断していたのだ。

 

「そう言えば、アンブロジウスって名前なの?それとも名字? 」

 

1人の男子の質問にアンブロジウスはなぜかふっと口元を緩めた。

 

そして護にとって衝撃的な一言を放った。

 

「アンブロジウスは名字。私の名前はフェアリーよ 」

 

その言葉に護は思わずバッ!と顔を上げて横にいるフェアリーに顔を向けた。

 

彼女の周りにいる人間が怪訝な視線を向けていたが護はフェアリーから視線を外せなかった。

 

なぜなら彼女の瞳、そしてその名前に、義男はとても覚えがあったからだ。

 

つい2日前、屋上で出会い、貨物船の上で共闘した少女。

フェアリー・アレキサンダー・クロウリー。それが目の前に立っている人物と同じではないか?

 

そんなことを心の中で浮かべた護に対してフェアリーは、首をかしげながら、それでも口元は緩めたままでその可憐な腕を義男に向けて差し出し一言言った。

 

「これからよろしく、古門 マモルくん 」

 

 

 

クラスでの転入生の紹介から、時は過ぎて放課後、護は学校の屋上でねっ転がっていた。

 

フェアリーが握手を求めてきたときに護の名を知っていたことにクラスの人間たちは驚き、フェアリーと彼がどんな関係かを知りたがり、護に詰め寄った。

 

それらの猛攻からのがれるために授業の合間の休み時間、学校中を逃げ回る羽目になり、果ては3階から壁に沿って設置してあるパイプをつたって降下するというアクロバティックなことまで駆使するはめになった。

 

そんなわけで疲れ切ってしまった護は、さすがに屋上ならこないだろうという目論見の元、部活に向うついでに追ってくるクラスの生徒たちを振り切り屋上に逃げ込んだ。

 

案の定、クラスの人間は屋上までは追ってこず、護はようやく安息の時を得ることができたのだ。

 

「なんだかここ数日、ろくに休めていない気がするんだよな……… 」

 

溜息をつきながら目を閉じ眠りに入ろうとした時だった。

 

キイ、とドアが開く音がした。

 

「まさか、ついにここまで!? 」

慌てて逃走の準備を始めた護だったが、直後扉の向こうから現れた人影を見て。拍子抜けしたかのように力を抜いた。

 

扉の向こうから現れたのは、話題のお人、フェアリー・アンブロジウスだった。

 

「そこでなにしてるのマモルくん? 」

 

「君に関することで追いかけまわされて疲れたから休んでんだよ。そちらこそどうしてここに? 」

 

「え?私は、あなたに会いに来たの。伝えたいことがあって 」

 

そう言ってフェアリーは義男の隣に腰を下ろした。

 

「もう検討は付いていると思うけど私は…….. 」

 

「魔術師のフェアリーさんだろ? 」

 

護の言葉をフェアリーは軽く頷いて肯定した。

 

「それで、伝えたいことってのは? 」

 

「あのね、実はあなたがホテルから逃げ去った後、私は独自にあなたが法の書を使えた理由を調べてみたの。そうしたらある可能性が浮かんだのよ 」

 

「ある……..可能性? 」

 

「そう、魔術関連の私の所有する文献を調べていたら、遠い昔のイギリスにあなたと同じような力を持った人物の伝承があったの 」

 

「それは? 」

 

「魔法使い、マーリン。古代ブリテンの伝説の王、アーサ―を支えた大賢者よ 」

 

「さっぱり分からないけど、その人はどんな力を持っていたの? 」

 

「伝承によれば、そのマーリンは、あらゆる魔術的道具の本質を理解し、封印されている魔術書であればそれを解き、一度だけその魔術道具のすべての力を行使できたそうよ。それを魔術業界ではディーオ・アイ。日本語にすると『天眼』と呼んでいるらしいわ 」

 

「天眼ね………….確かにその人の力は俺があの時やったことと似ているけど、1つだけ違うところがないか? 」

 

「その通り、伝承のマーリンにすらないことが1つあなたにはある。魔術書を石化させたことよ 」

 

彼女の言う通り確かに義男は戦いが終わった後、魔術書『法の書』を無意識のうちに石化させ、さらにひびを入れて破壊していた。

 

「魔術世界の中にはまれに『第3の眼』と呼ばれる力を持って生まれてくる人たちがいるの。そしてその中でももっとも異質かつ強力な力が『天眼』とされてるそうなのよ。でもその力は伝説上の力だと思われていて理論上は存在するだけの力だったみたいなの。それをあなたが持っていた。もし、それが魔術世界の人間に知れ渡ったら大騒動になるわ 」

 

そう言われも、いきなりはあまり実感が湧かないものである。実際護もふーん、そうなんだ?みたいに他人事のように彼女の話を聞いていたわけだが次に彼女が言った言葉には思わず耳を疑った。

 

「それで非常に悪いんだけど………..2日前の戦闘のこともあって、あなたが私の協力者だといくつかの組織に思わせちゃったみたいなのよね 」

 

「はい? 」

 

「つまり、そいつらの殺害リストに載せられちゃったってことなんだけど 」

 

「ちょっと待て!そりゃあないぞ!確かに共闘はしたけどあれは成り行きだし………… 」

 

「私を守るって言ったくせに? 」

 

う………..と言葉に詰まる護。まさか彼女がその時にすでに意識が戻っていたとは考えていなかったのだ。

 

「そう言うわけで私は君に命を助けられた恩もあるし、君を守るためにこの学校にコネを使って転入したというわけなのですよ! 」

 

「いやむしろ俺を守りたいのなら、国外に行ってくれよ!お前を狙う魔術師が俺も一緒に襲ってくるってことだろ?そっちの方が危険じゃん! 」

 

「あなたが一人でいるところを襲われたらもっと危険だと思うけど?あなたが『天眼』の力を持っていてもそれは魔術的な道具がなければ意味を為さないんだから 」

 

それはその通りで、魔術的道具がなければいくら魔術的に強力な力といえども役立たずであり、それがなければ義男はただの高校1年生である。敵に襲われれば恐らく瞬殺であろう。

 

「嫌でもその運命に巻き込まれたらあとは受け入れていくしかないのよ。私が罪人の血を継いで生まれたように、あなたが突然親が悪人とされる苦しみを味わったように 」

 

その言葉に護ははっと顔を上げ、直後にそれに気づいて苦笑した。

 

「そっか……..そう言えば俺について調べたんだったよな 」

 

はあ、とため息をつき相変わらずくせ毛が発生している髪の毛をかいて護は立ちあがった。

 

「とんだ3日間だったな。不思議な少女に出会うは、魔術師に会うわ、戦闘に巻き込まれて死ぬかけるわ、ホテルで恥ずかしい目に遭うわ…………..でも、あの時確かに俺は自分の意思で君を守りたいと思って行動したんだよな 」

 

「うん。そして私もあなたを守りたいと思ってあなたを庇った 」

 

「巻き込んだのはフェアリーかもしれないけど、守ることを選んだのは俺だ。だから今更それを否定することはできないよな 」

 

そう諦めたように呟いて護はフェアリーに向けて右手を差し出した。

 

その行動に首をかしげるフェアリーに向けて義男は告げる。

 

「約束しよう。2人の約束、盟約を。2人はその身が破滅するその時までお互いを守り抜くことを誓う 」

 

義男の言葉に驚きの表情を浮かべたフェアリーだが、それでも義男の手をしっかり握って頷いた。

 

「こんなことを他人から言われたのは初めてだし……….そんな約束を今までしたこともない………..でも誓うわ。私はあなたを絶対守る。だからあなたも私を守って 」

 

「ああ、約束する 」

 

その日、2人の間で約束が交された。とても美しくそれでいて困難な約束。それでも2人は躊躇わず結んだ。この時の2人はそれを絶対に守れるとそう信じていた。

 

 

「ところで、その髪の毛はかつら? 」

 

「え…….? ああ、なんで金髪じゃないかってことね?そりゃあ目立つから…….ロシア人の中にも金髪は居るけど緑の瞳に金髪となるとそういないでしょ? 」

 

「逆に黒髪に緑の瞳の方が目立つと思うけどな………… 」

 

「まあ、細かいことは気にしない! それより色々この島案内してよ。私は日本をほとんど知らない設定なんだから 」

 

「日本語ペラペラ話してたり、埠頭の位置やらホテルの位置やら理解している人間に教えることなどない! 」

 

「ひっどい!人種差別だ! 」

 

「人種差別とは違うだろ!ていうか自分で設定はとか言ってるくせにその上で赤裸々に語った相手にお願いするのが間違ってるだろ! 」

 

そんな不毛な会話を続ける2人の上には2人を祝福するように黄金色の太陽が輝いていた。

 

だが太陽には2つの面がある。大地に恵みを与える面と大地に死を与える面と。はたして2人の上に輝く太陽がどの面を見せるのか。それを知るのはそれこそ天にいるであろう神のみ。

 

2人行く先になにがあるのか、それについて知る者はこのとき誰も居なかった。

 

全ての魔術的道具を1度だけ使用でき、それを破壊する力『天眼』に目覚めた少年と魔術界最大の罪人にして悪人と言われた男の血を継ぐ少女。

 

この2人を巡り合わせた運命のいたずらはこの時まだ始まったばかりであった。



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