常闇。
視界を埋め尽くす黒の世界のなかでルルクは立っていた。パチ、パチと松明の燃える音のみが鼓膜を震わす。周りの兵士達も全神経を研ぎ澄ませて、前方の闇を睨んでいる。
「そろそろ、攻めてきてもいい頃ですがね。どの門にも変化なし…か。」
各門、敵が来たときは連絡を取る事にしてあったのでそろそろ連絡が来ると思っていた。虚偽の情報を掴まされたかと疑いかけたとき、前方で足音がした。それも、段々聞こえてくるのでは無く急にだ。すぐに指示を出す。
「戦闘配備っ!」
皆慌てて各々の得物を構える。連絡要員は他の門へと連絡を取る。足音はすぐそばまで来て止まった。一人のようだ。松明の光に照らされ姿が現れる。
「どうも皆様こんばんは。こんな夜半まで総員配備とは仕事熱心でございますね。」
そこには優雅に礼をする、黒の燕尾服を着た壮年の男がいた。白髪に髭、手には白の手袋が見える。まさに執事のような佇まいである。
「何者だ。名乗れ。」
兵士が一人話しかける。
「おぉ、私としたことが失敬、失敬。私、魔王軍幹部が一人ロントゥールム、と申します。」
「魔王軍…だと?」
魔王は世界を治めるものだ。また、世襲制で今代の魔王は今までの魔王より、統治に無関心なことで話題になっていたので、魔王軍の更に幹部が来るなんて事態は珍しいのだ。また、あくまでも上の者なので貴族でさえ下手にでなければならない相手だ。
「失礼致しました!して、このような地にいらっしゃるとは如何致しましたか?」
「此方に出向いたのは、我が主のご意向にございます。主はここ最近人族の皆様が召喚していらっしゃる、転生者と呼ばれるものにひどく興味を持たれているようで。それらについて見に参った次第で御座います。」
転生者に興味だと…?つくづく今代のは変わっているようだ。一応この門の責任者なので兵士と代わる。
「こんばんは。この門の責任者のルルク=ニル=ホーエンと申します。我々はどういたしましょうか。」
「そうですねぇ…こんな夜更けですし転生者については明日にします。宿を、手配していただけませんか?」
「承知致しました。宿でよろしいのですか?」
「はい。変に気を遣われてもこちらが疲れてしまいますしね。」
「では、一番環境の良い宿をご用意致します。」
近くの兵士を呼び、宿の名前を教えて案内させる。
「それでは明日、宿でお待ちしておりますゆえ転生者の件、くれぐれもよろしくお願いしますよ。」
「承知致しました。」
それだけ言って幹部殿は宿に向かっていった。さて、そろそろ敵襲来ないだろうか…
☆☆☆☆☆☆
朝だ。結局敵襲などなかった。ゼリラフェルンによる嫌がらせだろうか。確かに、兵士に深夜の緊急召集による手当てを出したし、対策本部の敷設、城壁の防衛設備の増設などで出費したが、微々たるものだ。ゼリラフェルンともあろう国がこの程度の嫌がらせをしてくるとは考えられない。
「何か…何かあるはずなんだ…」
一人書斎でうろうろと考えていると控えめなノックが聞こえてきた。
「ルルク様、出発のお時間です。」
「わかった。出よう。」
学園長の秘書がわざわざ呼びに来ていた。今日は魔王軍の幹部殿に転生者の召喚について案内しなければならない。はぁ…非常に面倒だ…
☆☆☆☆☆☆
ホーエンの祠の中では今日も一人の少女が惰眠を貪っていた。
「うぁー…日の光が無いー。朝晩の感覚がなくなるー……寝るか。さっき起きたばっかだけど。」
そういってまた眠りに落ちていった。この少女、完全にダメ人間である。部屋にただ健やかな寝息だけが聞こえる。ホーエンの祠は今日も平穏だった。