目を開ける。しかし再現なく広がる完全な暗闇のせいで目を開けているかすらわからない。軽く手を開いたり閉じたりしてみる。感覚はあるが果たして手が無事な状態なのかは確かめられない。無の空間ではする事もなく、ただ漂うだけなので暫く漂うことにした。
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1時間程漂っていただろうか。急に無の空間に穴があき、光が差し込んできた。光は一気に闇を呑み込み、ボクに視覚を与えてくれた。完全に闇がなくなる頃にはボクの視界は明瞭なものとなっていた。
「おい!これはどうゆう事だっ!」
大きな城の一室で誰かが言い争っている。ボクは窓から覗いているようだ。禿げているおじさんが凄い形相で眼鏡をかけた男の人に詰め寄っている。
「さぁ?何の事でしょうか。その書類がどうかしましたか?」
「しらばっくれるのもいい加減にしろよ!この『勇者召喚策』はお前が提案したものだろ!」
「ええ、確かに。私が提案したものですが。何か問題でも。」
「あぁ、あぁ!問題しかねぇよ!何だって別の世界から部外者を喚ぶんだ!勝手にこっちの世界に召喚して戦争させるんだろ!?そいつらの人権はどうなる!」
禿げているおじさんは至極まともなことを言っている様だ。対する男の人は、正直嫌いなタイプだ。
「くっ、クフッ、クハハハハハッ!!」
「な、なにがおかしい!」
「いやいや、軍部のトップの方が人権を説くとは世の中も変わりましたねぇ!」
そこまで言って男の人の愉快そうな顔が急に歪む。
「しかしねぇ、僕は戦争のなく、平和な世の中ってものが大っ嫌いでしてねぇ!」
ふと男の人がこちらを見る。そして忌々しげな表情を浮かべ手を翳した。すると彼の手に炎が浮かび真っ直ぐに飛んできた。当然植物の視点になっているので、避けることは出来ない。直撃。目の前が炎でいっぱいになり、ボクの視界はもう一度無の世界に落ちた。
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「気絶してしまった...か。」
『鷹ノ眼学園』の生徒会会長、ルルク=ニル=ホーエンは種を呑み込んで気絶してしまった、と言うよりは記憶の世界に入った、と言った方が正しいが、白目を剥いている目の前の幼...少女を見ると気絶したと言わざるを得ない感じだった。そして笑いを堪えるのに必死であった。
それは置いておいて彼女が倒れてしまった原因は自分にあるのは明白なので、保健室まで運ぶことにした。
「...よっと。うん。軽いな。」
年齢を聞いた訳では無いが、彼女の軽さに対しルルクの頭には年相応と言う言葉が浮かんだ。例え転生者が怪物じみた能力を持っていたとしても、体自体は普通の人間なのだ。とルルクは考えていた。そして心もまた、普通の人間なのだ、と。
三年前、王都ハイファムでは多くの国民が悲しんだある"出来事"があった。当時、軍部のトップでありながら戦争に勝つことのみではなく国民の命を第一に考え、王に進言できるほどの立場があったため、絶大な人気を誇っていた者がいた。
ーー王国軍総司令『ヘガロス=グラン=マーロン』。
彼が殉職したと言う知らせが王都に入り、瞬く間に国中に広がった。今では只の不幸な"出来事"と周知されている。しかし、一部の者はその"出来事"が本当は誰かによる計画的な"犯行"だと気づいていた。更に、ルルクにはその全容が見え始めていた。恐らく主犯は、侯爵以上の者であること、王国軍の内部に主犯の協力者が居ること、そして目的が『勇者召喚策』を王に認めてもらうと言う事だ。
確かに異世界から人を喚ぶ事によって、この国はかつてないほどの発展を遂げている。『鷹ノ眼学園』の校舎等もそうだ。"ビル"と呼ばれる建物で、異世界の人がもたらした知識によって建てられた。
しかし、良い点ばかりではない。今まで何人も強力な戦闘スキルを持った勇者が召喚され戦場へと駆られたが、その殆どが帰らぬ人となっている。勝手に喚ばれて戦争に行かされて、死ぬのだ。そんなこと有ってはならないが、事実起こっているのだ。しかし、許容しておく訳にはいかない。ルルクはこの国がこれ以上非人道的な道を辿らないよう、あの日から水面下でずっと動いてきたのだ。
そして、今回の召喚で彼女、『星河月夜』が召喚されたことにより人員は揃った。あとは、彼女が成長したら作戦に移るだけだ。
大きな使命感を改めて感じながら、ルルクは月夜の目覚めを待った。
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ーーガバァ!!
まるで悪夢でも見たかの様な勢いで布団を跳ね上げる。同時に視界の右端には心底驚いたといった顔の生徒会会長が映っていた。相変わらず整いすぎの美顔だ。と、顔が普通に戻り話しかけてくる。
「やぁ、元気な目覚めだね。おはよう。聞くまでもないかもしれないが、調子はどうだい?」
「おはようございます。調子は最悪ですよ。」
「おっと、それは残念。しかし今すぐにでも動いてもらわなければならないのでね。着替えてくね。」
「...はぁ。わかりました。」
文句すら言わせてもらえなかっただと!?終始彼のペースに乗せられている気がして悔しい。取り敢えず立ち上がっても問題なく、歩くのも大丈夫そうだ。確認しながら、更衣室へ向かい、制服に着替える。...なんだ?なんで、着替えないといけな...い?そこまで考えてあることに思い至る。
ま、まさか、会長に着替えさせられたの!?え、じゃあ、見られたってこと!?
「はあぁぁぁ...」
割りと大きな溜め息だった。会長には後で絶対文句を言うとして、考えると恥ずかしいから早く着替えて会長の所に行くことにした。
そもそも今すぐ動かなければならない事情とはなんだろう。あまり良い事は起こらなさそうだ。しかし、これではじめの懸念は取れたわけだ。
初日から生徒会会長に会って、なんか食べさせられたと思ったら、これまた凄い大変な物を見せられた訳だ。予想してた、もとい望んでいたものとは少なからず違うけど、割りと大きなことに巻き込まれている気がしてならない。
月夜もまたルルクと似た大きな何かを感じていた。
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「それで、なんでツクヨはそんな顔を真っ赤にしているんだい?」
「そんなの決まってるじゃないですか。」
月夜はぼそぼそと呟く。絶対に文句を言うと決めていたのに、実際会ったら何故かなにも言えなくなってしまう。顔を直視出来ないのだ。なんか空気が居たたまれない感じだから頑張って話を逸らす。
「そ、それより、なんで、ボクはこんなすぐに動かなければならないんですか?一応ボク、今日が入学初日ですよ?」
思いの外声が大きくなってしまって、すれ違った生徒に一瞬見られてまた恥ずかしくなる。
「それがね、普通に入学してたら事前に知らされている事なんだけど、この学園は入学した3ヶ月後に国から視察が来て、将来卒業した後で国軍に取る人の目星を付けていくんだ。だから、視察の前で実技披露をしなければならない。」
「え、じゃあボクもやるんですか?初日ですよ?無理ですよ?」
「大丈夫。君を引き抜かれると僕にも色々と不都合が生じるからね。盛大に失敗して欲しい。」
「そ、そうですか…ええ、では頑張って失敗します。はい。」
「そう落ち込まないでくれ、要は君に居て貰わないと僕は困ってしまうんだ。頼むよ。」
くそう!なんだこの女たらしめ!でも、ちょっと言われてみたい感じ
そして、ボクは視察が来ていると言う部屋の前に着いた。不思議と緊張はしていなかった。先程の事で少し浮かれていたのかもしれない。この視察、実技披露でこの先が決まると言うのに。