SAO -Epic Of Mercenaries-   作:OMV

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十話 禁忌の発露

アルヴヘイム・オンライン シルフ領首都スイルベーン

 

マロン・シルフ/剣士

 

取り敢えず情報収集から手を付けようと、近くにあった大都市に入ったマロンは、多くのプレイヤーが集まる酒場へと向かっていた。「スイルベーン」と名の付いたこの都市は、どうやらマロンが選択したシルフという種族の首都であるらしい。街の中央を縦断する大通りを歩いていて、見かけるプレイヤーは殆どが緑がかった容姿を持つシルフのものであった。

 

左手側に、大きな建物が見えた。看板を見るに、防具を売っている店であるらしい。軒下には多数のショーウィンドが並んでいた。その前を通り掛かる時、そのショーウィンドに使われていた硝子が、マロンの姿を反射して光面に写し出した。アイス・グリーンのショートカットに藍色で書き込まれた菖蒲柄の白い浴衣。足には漆塗りの下駄を履き、腰には「後生」「絶風」の二刀が指さっている。

 

SAOの時は現実世界の容姿に基づいたアバターであった為か、硝子に写った自分のアバターが、新鮮なものに感じられた。やはり、ゲームの世界というものは心地がいい。現実世界の事を考えなくて済む。その考えで、人生を無駄にする人も居るが、マロンにその杞憂は無かった。

 

ショーウィンドから視線を外し、再び酒場へと歩き始める。

 

大通りから少し外れた場所にあるこの街最大の酒場へ向かう為、大通りから逸れて小路へと入っていった。

 

その途中、何故か何度も歩道上のプレイヤー達から視線を向けられた。「後生」と「絶風」の装備が目立つからなのか、アバターへの好奇の目線なのかは判断が付かない。視線を集める行為は何もしていない筈だ。

 

MMORPGにおいて、レアなアイテムというものは一番価値のあるものだと言える。それを手に入れる為に、プレイヤー達は多大な時間を掛け、他人よりも優れた装備を獲得しようとするのが普通だ。[後生]と[絶風]、この世界に存在しないはずの二つの刀が多くの人の目線を集めるのは当然のことだろう。そして、その見たこともない刀を、見たこともない新人のプレイヤーが持っていることも、一段と目を引くのだろう。

 

それゆえに、引っ掛かる物は有益なものだとは限らない。

 

「おい、お前さんよぉ」

 

突然、右後ろから声が掛けられた。あまり馴染みのない、ドスの効いた男の声であった。

 

声のした方向へと振り返ると、そこには髪をシャンパンゴールドに染め、多数の装飾品をガチャガチャとさせている青年達が立っていた。種族こそ同じシルフなのだろうが、雰囲気はおよそこの街に似つかわしくないと言えた。その数、感知出来るだけで六人ほど。どれもまるでならず者の様な態度を取り、街の中であるのにも関わらず武器を構えて威嚇している。それだからか、周囲の人間は遠巻きにこちらを見てくるだけで、野次馬のように押し寄せたりはしなかった。それだけこのならず者集団が恐れられているということだとろう。

 

しかし、何故絡まれたのかは分からない。目の前にいる集団とは今さっき出会ったばかりだ。SAO内でもこんな人物と関係を持った事は無い。そもそもアバターが違うのだから、このキャラが「マロン」である事を知るのは不可能に近い。いや、彼らが[攻略組]の面子であったり、[殺人者]であるのならこの[後生]を見て気付くのかもしれない。しかし、彼らとは何の関わりも無い筈だ。だが、目の前のならず者達は、明らかにマロンを標的として何かを起こそうとしている。嫌な予感が全身を包んだ。

 

「何でしょうか?」

 

出来るだけ相手方を刺激しないように問いかける。

 

「あぁ?てめぇどこ通ってると思ってやがるんだ?」

 

どういう事だと周りを見渡してみるが、良く分からない。何も境界線のようなものはないし、特に何かした訳でもない。ただ歩いていただけだ。

 

困った表情をしていると、ならず者の一人が痺れを切らしたように喚き立てた。

 

「俺達の目の前を横切りやがった事を覚えてないのか?!」

 

最初、彼が言っている事が全く理解できず、思わず「は?」という言葉が出てしまった。それほどまでに彼らの主張は突拍子も無く、無茶苦茶なものだった。

 

「貴方達は大名行列か何かですか....?」

 

「知るかよ。そんな事より大事な事があるよな?通行代だよ、通行代」

 

さらに唖然とした。展開が早すぎる。彼らが初心者をカモにした搾取集団なのか、またはただ単に粋がっている集団なのかは知らないが、このゲーム内の治安はそこそこに悪いらしい。おそらくではあるが、初心者かつレアな装備を持っていたのでカモにしようと企んだのだろう。

 

だからと言って彼らに通行料を払う義理は無い。もう無視して行ってしまおうか、と考えたが、すぐにその考えが甘い事に気がついた。二人の男、一人の女に前後の退路を塞がれていた。どれもこれも初心者から搾取して楽しもうという魂胆が見え透ける笑いを浮かべていた。

 

「すいません。このゲームを始めたばかりなので、払える物は何も」

 

「じゃあその腰に下げてる刀は何だ? その浴衣は? 俺の鑑定スキルで見たとこ、かなりのレア物じゃねぇか。まぁ、金が無いならそれで払ってもらうかな」

 

「断る....と言ったらどうするんですか?」

 

正面の男は好戦的な眼を見開き、腰に下げていた短剣を抜いた。その表情は、前に何度も目にしたものだった。

 

「そりゃ、強行手段で徴収するまで、でしょ」

 

マロンは暫くその男の眼を見つめていた。見開かれ、血管が血走った眼差し。それはSAOで何度も相対し、殺めてきた殺人者達の眼とそう変わりは無かった。ここでもか...と人間の本質の変わらなさに落胆したが、それを面には出さず、一瞬瞑目したに留まった。そして、眼を開いて男を見返すと、毅然と言い放った。

 

「分かりました。ここは武力で決着を着けましょう」

 

その応えに対し、男は口元を歪め、笑った。

 

「望むところだ。いくらレア装備持ってるからって、このゲーム舐めたら痛い目見るぞ、初心者」

 

そう言いながら男はウィンドウを開き、デュエルの申請をこちらに飛ばしてきた。内容は3vs1の[HP全損決着モード]、相手側の内訳はリーダー格で、短剣を装備した男、槍を装備した細身の男、片手剣を装備した紅一点の女といった面子だ。3対1とは初心者に対して大人げない、と思ったがあの眼差しをした者はそういった情けを知らないと思い、自身の準備を始めた。

 

左腰に下げられた「後生」の柄を握る。久しぶり、とは言っても三ヶ月ほどであるが、それ以来の戦闘だ。自然と身体が疼いてくる。

 

身体の重心を気持ち前に置いて、視界内には常に全ての敵を捉えておくように心掛ける。HPは三分のニまでは安全圏。それを過ぎたら回復を優先.....脳内に染み付くほど叩き込まれた戦闘の心得を思考に呼び出し、さらに今まで意図的に意識の外へ放り出していた頭痛も呼び覚ます。

 

[DUEL READY.....]

 

視界の中央に紫色のシステムメッセージが表示され、カウントダウンが始まる。数字が減っていることを確認し、深呼吸を一つ吐く。カウントが減る毎に意識が研ぎ澄まされていく。

 

「後生」を握る右手に力が入る。カチャ、と金属が擦れ合う音が鳴った瞬間、それが合図になったように開戦の号砲が上がった。

 

[DUEL!!!]

 

戦闘開始と同時に、地面を蹴り出して敵との距離を詰める。飛ぶ前の対峙距離は約十五メートルだったが、ショートジャンプで五メートル程までに間合いを詰めた。その勢いのまま、向こうから近付いてきた短剣持ちの敵に対して「後生」を抜き付けた。

 

赤い軌跡を残し、妖刀「後生」が抜き放たれる。その刀身は敵の右腕を狙ったが、その短剣持ちは意外に速い反応を見せ、防がれる。

 

「後生」の赤い刀身と短剣の重厚な刀身とがぶつかり合い、その間に火花を散らした。

 

初撃が失敗したと悟ったマロンは、納刀しながらバックステップで後退し、再び距離を取った。

 

しかし敵は休ませてくれない。短剣持ちと戦っていた間に左側に回り込んでいた槍持ちが、得物のロングスピアで強烈な突きを放ってきた。

 

「クッ....!」

 

間一髪、ショートステップで後ろに下がり回避。もう一発放たれた突きはもう一本の日本刀「絶風」で受け、持ちこたえる。

 

そうしている間に、次は右側から片手剣を持った女が襲いかかってくる。左手は「絶風」で埋まっていたので、空いていた右手で「後生」を掴み、女の攻撃を防ぐ。

 

片手剣を弾き、一瞬の隙が出来た瞬間に左側で槍を防ぎ切った「絶風」を右側へと引き付け、二刀で女へと打ち込み、ダメージを与える。だが、正面の男が割り込んできた事によって決定的な有効打は与えられないまま引き下がる事となった。

 

(このグループ、連携が上手い.....!!)

 

予想外だった。三人が攻撃位置を被らせず、マロンを包み込む様にしてフォーメーションを取っている。連携が生死を分けたSAOの熟練パーティー程では無いにせよ、中々の連携だ。

 

再び刀を納刀し、三人の敵に向き直る。

 

既に余裕は無い。敵の攻撃を受け流すのに精一杯といった所だ。

 

「余裕無いねぇ....よくそれでアタシ達に刃向かって来たものだよ」

 

「ハッ、全くだ。まだ本気出してねぇのになぁ」

 

敵は三人とも、余裕の表情だ。そして、まだ本気を出してないときた。戦闘開始から一分程しか経過していないが、すでに劣勢に追い込まれたこの状況で、なにか打開策はあるのか。

 

(戦いながら考えるしか....ない!)

 

再び地面を蹴った。正面の男に、「後生」での抜き打ちを仕掛ける。一見、先程と同じ攻撃を仕掛けているように見える。が、同じに見えるのはマロンの狙いであり、本当は右の「後生」を抜き打ちすると見せかけて左の「絶風」で切り付けるというフェイントアタックを男に対して仕掛けていた。

 

男はそれに引っ掛かり、マロンの攻撃は成功した.....かのように思われた。が、男はマロンの思いもしなかった方法で攻撃を回避してのけた。

 

「絶風」の抜き打ちが命中する寸前、男の背中に突然透明の羽が生えた。男はそれを羽ばたかせ、飛び立ちマロンの頭上を越えて攻撃を回避した。

 

「なっ....!」

 

完全に忘れていた。この世界のウリは「飛べる」事であると。

 

「頭上がガラ空きだぜ!」

 

咄嗟に「後生」で頭を庇ったが、相手の短剣はそれをすり抜けマロンの肩に突き刺さる。鈍い痛みと共に、左下の視界にぼんやりと映るHPゲージが、三分の一程減少した。

 

左手に持つ「絶風」を男に振るうが、相手は既にマロンから距離を取っており、その剣先が相手に命中する事は無かった。

 

納刀し、背後にある二つの気配を探知しながら呼吸を整える。

 

(忘れていた.....完全に失態です...)

 

何故エギルの話を覚えていなかったのか。否、覚えてはいた。だが、未だ頭に残る頭痛が、その記憶の引き出しを閉ざしていた。

 

背後から一つの気配が迫ってくる。反射的に振り返り、「絶風」を抜き打つ。マロンの日本刀と女の片手剣が打ち付けられ合う。

 

「背中が空いてるぜぇ?」

 

背後から伸びてきたロングスピアがマロンの胴体を貫いた。HPはレッドゾーンに達した。回復しようとしたがアイテムは無い。そもそも剣を押さえられ、槍に貫かれ身動きが取れない。

 

もうどうしようもない状況であった。ダメージによって霞んだ視界に、離れた所から飛び立った短剣の男を捉える事が出来た。身体を捻ってもがくが、返しが付いている槍だからかダメージを受ける量が増えるだけであった。

 

燦々と照っていた太陽が陰った。頭上を向くと、男が短剣を振りかぶって急降下してマロンに近付いていた。絶体絶命、万事休す。負けを覚悟したマロンは、目を強く瞑った。同時に、頭痛が酷くなる。脳を直接刺激しているような痛覚に、マロンの意識は朦朧とし始めた。

 

「....ま....れない.....」

 

急降下してくる男の眼差しを見ないように。殺人者と同じ眼差しを持つ者に殺さるという現実から逃げるように、瞑目した。

 

「....た....を...このまま.....せず終われない....なたを....」

 

「刃向かった罰だ! 死ねぇぇぇえ!」

 

短剣の剣先がマロンの頭へと突き刺さるその一瞬前、牙を潜めていた最凶の「妖刀」は抜き放たれた。

 

[貴方を殺す!]

 

ACT.1 [The another "Fairy Dance"] 完


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