哿と婚約者   作:ホーラ

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なんとか試験勉強の合間に書けました

注意:三部構成の前編、クロメーテル


第6話:転校生クロメーテル

『おーいキンジ聞こえてる?』

 

耳に付けたインカムから銀華の声が聞こえる。聞こえてるには聞こえているのだが、今この時は俺にこの状況を現実逃避させてくれ…

 

(どうしてこうなった…)

 

俺は排気口の狭い通路の中、クロメーテルに女装した姿でぐったり項垂れた。

 

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 

発端は1ヶ月前。

 

「キンジまた貰ってきたよ!」

 

銀華は手に持った書類を振り回しながら俺の家へやってきた。それは二学期も終わり、もう年の瀬も迫っている時であり、銀華の銀髪と映えるような雪が降っていた時だった気がする。

 

「お、またか。今回はどんな内容だ?」

 

銀華が貰ってきたのは学校から直接下された任務(クエスト)が書かれた書類。

武偵中の生徒が受ける任務には二種類あり、学校から直接下された任務(クエスト)と自分で受注する任務(クエスト)がある。

大きな違いは学校から下された任務は断れないというところがあるだろうか。これは成績優秀者にだけ下される任務であり、断れない代わりに自分で受注する任務よりも多い単位と報酬などが貰える任務となっている。

成績優秀者ではない俺には縁のないものであるはずなのだが…ところがどっこいこの任務には相棒(パートナー)制度がある。

一般的に任務を手伝っても報酬は分割、単位は受注者の総取りで旨味が少ない

そして、成績優秀者が受ける任務は難しいものが多いので、他の武偵に手伝って貰える事が少なくなってしまう。それを解決するのが相棒(パートナー)制度だ。

これはあらかじめ任務が始まる前に相棒として1人登録しておき、その生徒も任務に同行し

任務成功(クエストクリア)の暁には成績優秀者だけではなく登録した生徒も単位が貰えるといったものだ。

中学で単位を取ることにはあまり意味がないのが武偵ランク試験で考慮されるのと、武偵高に進む場合、少しそのまま生かしとなるので有利に働くからな。単位をとっておくことに越したことはない。

 

俺は2学期、成績優秀者の銀華とこの制度を使い単位をボロ稼ぎしていたんだよな。最初にこの方法を気づいたのは銀華だし、相変わらず銀華は頭がいいぜ。

 

「うーんと…今回の任務は学校への潜入だね」

 

どうやら潜入対象の学校の理事長には麻薬の密輸入の容疑がかかっているらしい。だが家を探索しても麻薬は出てこず、手詰り。怪しいのは経営する学校内部となったが外部からの侵入は警備が固くて無理とのことで学校内部から潜入調査を行って欲しいとのことだった。外部から無理なら内部から。理にかなった考え方だな。

 

「キンジ、やる?」

「銀華はどうして欲しいんだ?」

「キンジが一緒に来てくれると心細くなくて嬉しいな」

「じゃあ、やるよ」

「ありがとうキンジ」

 

このやり取りももうおきまりのもんだな。

銀華がわざと可愛らしく俺を誘惑して、任務に誘う。いつもこのやり取りをするからヒス耐性も少し高くなった。

実際1人でやる任務は寂しいからな。銀華の気持ちも分からんこともない。

 

「じゃあ出してくるね」

「よろしく頼む」

 

この時の俺は重要なことを確認し忘れていた。そのことに気づいたのは年が明けてからだ。

 

『私立横浜女子中学』

 

それが3学期から俺が潜入することになった学校だ。

 

 

 

 

 

 

 

(詰んだ…)

 

その手紙を見た瞬間に項垂れてしまった。新年早々これ以上ない悪夢が押し寄せて来たぜ…

相棒制度の不便な点として一度登録してしまうと受注者と同じようにキャンセルする事ができない。つまり俺は横浜女子中学に潜入しなくてはいけないのだ。男なのに。

そうだ、銀華に連絡しようと思ったその時、

ーーピンポーン!

家のチャイムがなり、ガラガラっと誰かが入ってくる。あの足音は銀華だ!ナイスタイミング。

銀華が俺の部屋に入ってくると同時に

 

「銀華、潜入の学校が横浜女子中学って知っていたか?」

 

そんな質問を投げかけると

 

「知ってたよ」

 

驚愕の真実が発覚する。こいつわかってて俺をハメたな…しかし武偵でハメるハメられたはよくあること。もし武偵中の教師に言ったら、ハメられる方が悪いと言われるだろう。しかしこれだけは言わせて欲しい。

 

「俺は男だぞ、女子校に潜入なんて無理だぞ!」

「無理じゃないよ、キンジ。この世界には無理なことなんてない。不可能なことなんて何もないんだ」

 

いや、確かに無理じゃない…無理じゃないのだが…

 

「だってキンジにはクロメーテルがあるじゃない」

 

やっぱりそう来たか…銀華にもう一回クロメーテル見せて欲しいって言われて何回も拒否してたからな。

こんなことならさっさと銀華に見せとけばよかったぜ…

自分でも驚くぐらい美人だったが、もしバレてみろ。俺の人生が終了する。

 

「それだけは嫌だ」

「嫌だという気持ちはわかるよ?でもキンジは3学期から女子校に通わなくちゃいけない。キンジは男。それならどうするべきか推理するまでもなくわかると思うんだけど?」

 

くそ……頭いいな銀華は……

 

 

 

銀華の口車に乗せられた感はあるが、もうどうすることもできないし、他に名案も思い浮かばないしでクロメーテルに化けることにした。

俺は魔の3学期を乗り切るため、銀華に「バレないよう訓練しよう」と言われるまま、やむなく兄さんの押入れからヅラを取り出して来た。

泥水に顔を突っ込むより嫌なそれを、姿見の前で嫌々つけると……もうこの時点でクロメーテルさんに見えるよ…

 

「すごいね。やっぱりキンジは女装の神に愛されてるよ」

 

だからなんなのその神。

 

「……」

 

前と同じく気分を害した俺は誰かに見られないようにと部屋のカーテンを閉めに行くと…銀華がうーんという風に首を傾げている。

 

「どうした?」

「歩き方がまだ男性的だね」

「いいだろ別に」

「それだとすぐバレると思うよ。日本は他の国に比べて男女の仕草の違いが大きいからね」

「そうなのか…」

「立ち振る舞いや表情の作り方も徹底しなければ完璧な女装者にはなれないよ。今日は私が女性の先輩としてのコーチをしてあげるね」

 

完璧な女装者になんかなりたくねえよ!っとバッタリと四つん這いして落ち込んだ隣に、女性らしく膝を閉じてしゃがんだ銀華は…

 

「キンジ。婚約者がどんな姿になっても私の婚約者はキンジだよ。キンジなら必ずこの天が与えた試練も乗り越えられるよ。大丈夫。きっと変われる。性差なんて小さな問題だから」

 

まず根本的な問題で、天じゃなくてお前が半分ぐらい与えた試練だろうが!まあ確認しなかった俺が悪いって言われたらぐうの音も出ないんだけどさ…ちゃんと確認しとくべきだったわ…

後悔でよよよっと女泣きしたクロメーテルさんは…

ハッと気づいて小声で銀華に相談する。

 

「そうだ。こ、声。どうしよう」

 

兄さんに変声術を少し習ったがそこまで兄さんのカナモードのように完璧に声を変えれるほど上手くない。どっちかというと下手くそだ。今みたいな小声ならそれっぽく聞こえるが、普通に喋ったらバレるぞ…

 

「普通に上手いし、大丈夫だよそれで」

「小声しかできないんだ」

「できないん"です"」

「小声しかできないんです」

「逆転の発想だよキンジ。小声しか出さなくていいんだよ。日本では声の小さい女の子は可憐って言われる場合もあるし」

 

可憐ってそんな要素いらないんだけど、

 

「よし、クロメーテルちゃん。女の子同士お稽古するよ〜」

 

銀華に姿見の前まで移動させられ約半年前と同じように立つが、半年前と同じ感想しか出てこねえ。

やべえ…めっちゃカワイイ…死にてえ…

 

「はい、泣き顔」

 

…こうかな?クッソ可愛い。

 

「はい、楽しそうな顔」

 

…こ、こう?うわ、なにこの美人さん。

マジで神様はなんでこんな無駄な能力を俺に付けたんですかね…

 

 

とうとう3学期授業の初日がやって来た。俺史上最低最悪の朝だ。これより下が来ないことを祈るばかりだぜ…

支給された『横浜女子中学』、略して『横女』の制服に着替える。当然下はスカートだ。胸は…あんぱんでも入れとくか。

 

「じゃあ行ってくる」

「キンジ似合ってるぞ。気をつけてな」

 

自身も女装する兄さんが見送ってくれる。

遠山兄弟どっちも女装が趣味になったら家系図で見た時やばい一代になっちまうな…女装の金一金次とか書かれても、あの世からだったらその不名誉な肩書きを消すことはできん。

 

(こんなにも緊張する外出は初めてだぜ…ッ!)

 

駅まで行く道にも普段挨拶するようなおじさんおばさんがいる。

いつ誰に「こいつ男だぜ」などと言われて人生が終了するんじゃないかと怖くてビクビクだ。

怯えるクロメーテルさんは学校に向かう電車に乗るときも…目立たないよう、車両の端っこにいる。もし痴漢とかにあったら一巻の終わりだからな…

最寄駅の改札をくぐっても誰も俺が男子と気づいていないようだ。女の子としか思われていない。

最寄駅で銀華と合流し、他の同じ制服を来た女子生徒と共に学校に向かう。

初登校した横浜女子中学はいかにもお嬢様学校といった風情があるな。秘密基地みたいな武偵中とは大違いだぜ。

いつ女の直感とやらでバレるかもわからない恐怖に俺はビクビクと怯えながら上履きに履き替え、銀華と共に職員室に向かう。

1組に配属された俺は2組になった銀華としばしの別れ。

周りの人間に顔を見せないように下を見ながら引率してくれる俺の担任の先生についていき、先生がドアを開けるような音がした。どうやら俺のクラスに着いたようだ。

 

「みなさん、HRを始めるんで席についてくださーい」

 

そんな武偵中なら誰も座らないような軽い注意をすると…さっと、クラスにいた生徒は席についたようだ。武偵中との格差をこのほんの一コマでわからせられた気がするな。

 

「みなさんに転校生を紹介しまーす。じゃあクロメーテルさん、自己紹介して」

 

自己紹介のために顔を上げ前を見ると…

女子、女子、女子。

当然、一面女子しかいない…

一刻も早く逃げ出したい気分だが、退路はない。行け、頑張るんだ、クロメーテル!

 

「…オランダ出身の、クロメーテル・ベルモンドです…日系人です。よ、よろしく願いします」

 

カナと銀華が考えてくれた名前と設定を使い、小声で自己紹介すると……

キャーと、クラスの女子たちが謎の歓声。

な、なんだ。バレた?と額に汗を流している俺を

「キレイ」

「かわいい」

「美人」

「守ってあげたい!」

 

クラス中が褒め称えている。皮肉ではなくマジで。

 

「じゃあ、何か質問ある人ー?」

 

武偵中の入学当初から不特定多数の前で自分のことを語るべからずと叩き込まれたので、偽のプロフィールしか言わなかったが、ここではそれは通用しないようだ。速攻挙手が始まっている。

 

「前どこに住んでたの?」

 

い、いきなり困る質問がきたな…

 

「う、生まれはオランダですけど、育ったのは日本です。前は九州にいました」

 

設定決めてなかったが、それっぽい設定にしといた。オランダ語喋って、とか言われたら困るしな。

 

「特技は?」

「…と、特に何も」

「趣味は?」

「…映画鑑賞とかだと思います…」

 

定番ぽい質問に、面白みのない答えしか返すことができない。こういう時なんて答えるのがいいのかな。銀華に聞いとけばよかったぜ。

 

HRが終わってから、授業が始まるまでの短い休み時間に入ると、携帯が震える。メールだ。

お嬢様学校だからか知らないがこの学校では携帯の持ち込みが許可されている。

送信主は…やっぱり銀華か。

 

『キンジ大丈夫?』

 

大丈夫じゃねえよ!お前のせいで絶賛鬱病進行中だよ!と返したいが後が怖いので書くこともできん。

『大丈夫ではないが大丈夫だ』と自分でもよくわからない文を返しておく。まあ、今のところバレてないみたいだしな。俺の心の傷以外は大丈夫だろう。

 

「クロメーテルちゃん、放課後どこか行かない?」

 

唐突にクラスの女子から声をかけられビクッ!となった俺はばたん!と携帯を閉じる。

 

「あっ、ごめんね。大丈夫だよ。メール見てないから」

 

後ろに立っているのはクラスメイトの女子。クラスには女子しかいないけど

 

「ひょっとして彼氏さんからですか?かなり慌てていましたけど?」

 

ば、爆弾を投げ込んできたな…他のクラスの女子も真剣にというか興味津々の目でこっちを見てるぞ…

 

「ち、違います…い、いないです…彼氏はいません……というか一生いらない」

 

テンパったクロメーテルさんは余計なことまで喋ると

 

「ええ、そうなの!?」

「美人なのに勿体無い!」

「一生彼氏がいらないという話を詳しく」

 

クラス中が大盛り上がりだ。な、な、なんなんだ。武偵中では俺の声より蚊の羽音の方が目立っていたのに、なんでこんなにクロメーテルちゃんが話すと盛り上がるんだ!?

クラスメイトの喋り声を聞いてみると、どうやらこのクラスには彼氏持ちはいないらしい。お嬢様学校だし親が厳しいとか、もしかしたら女子校だし男と接点がないのかもな。目の前にいるクロメーテルちゃんは男だけど。

 

 

 

お誘いは上手く断り、授業が始まる。

一般校の授業は…難しかった。

武偵中のレベルはやっぱり低いんだな…少しでも目立たないように頑張らないと。

心にそう言い聞かせつつ

 

「水溶液中に溶けている物質を溶質といい…」

 

理科の先生の授業を聞いているが、少し眠くなってきたぞ。銀華先生の授業に慣れちまったせいだな。

 

(銀華なら眠くならないように教えれるんだろうな…)

 

あいつは勉強が苦手な俺にもわかりやすく眠くならないように教えてくれるからな。銀華のありがたみを感じるぜ。

…あいつは上手くやれているのかな……

まあ心配するほどでもないか。

あいつの社交性は俺と違ってピカイチだからな…って普段の俺が女子のことを気にかけるようになるなんて思ってもみなかったぜ…

 

はあ…とよくわからない気分で溜息をついた俺が、授業も終わったので教科書を片付けていると、周りの女子が立ち上がり、い、いきなり服を脱ぎ始めたぞっ!?

 

「あ、クロメーテルさん。今、更衣室が改装中で教室で着替えることになっているんだよ」

 

急なことに驚いている俺に対して、横の席の女子が事情を説明してくれる。そうか女子しかいないから教室で着替えても問題ないのか。

……って冷静に聞いている場合じゃない!

俺は体操服を取り出すふりをしながらクラスの女子から視線を外す。最後尾で助かった…

その俺の背後では

 

「体育久しぶりだね。いつ以来だっけ?」

「前あったの11月だった気がする」

「私たちが怪我とかして、責任取らなくていいようにかな?確か、授業の数は決まってたはず…あっ、明日香ちゃんのパンツかわいいー!」

 

女子たちがお、お、着替えを始めているぞっ……!

……こ、これ…大ピンチじゃないですか?!

振り返るな。絶対に振り返るな。振り返っちゃいけないぞクロメーテル。

こんなシュチュエーション下で、しかもクロメーテル状態でヒスったら、何がどうなるのか女装の神にすらわからん!

 

(どこかに逃げないと…!)

 

窓からワイヤー使って降下するのは目立ちすぎて論外。

トイレに逃げるか。いや、女子トイレには入れないし、男子トイレに逃げ込もうにも、そもそも男子トイレこの学校にあるのか?

もし仮にあったとしても男子トイレに堂々と駆け込んだら痴女呼ばわりされてお嫁に行けなくなっちゃうよ。そもそも行けないけど。

 

「どうしたの、クロメーテルさん?」

「顔真っ赤だよ?もしかして…女子同士なのに恥ずかしいとか?」

「もしかして体調悪い?お腹痛いの?」

 

女子たちが集まり始めた…!それも何人かは下着姿で…!

だが死中に活あり。さっきの発言で仮病という案を思いついた俺は、腹を抱えてしゃがみこむ。

 

「…」

 

仮病は小さい頃から得意な俺に、一般人の女子たちが引っかかってくれたのか、何やら納得したムードで俺を気遣うような、何か話をしているぞ?

そしてクラスの保健委員の女子が、

 

「体育の先生には私が連絡しておくね。大丈夫。こういう時は見学でいいって不文律があるから。毎月大変だよね」

 

と謎の発言。なんだ?一般人のお前たちには毎月何か問題が起きるのか?ちゃんと体のメンテナンスはしないとダメだと思うぞ。

とはいえ、謎の不文律のおかげで着替えずに済みそうだな。事なきを得たぜ…

そう思うと、心拍数も落ち着いてきて、俺は教室の隅っこで教科書で視線を隠しながら拷問タイムが過ぎるのを待つ。

早く終わってくれと考える俺の耳に…

 

「クロメーテルさんって美人だし、お淑やかだし、モテそうだよね」

「わかる。理想の女性像って感じ」

「いいなー、あたしもクロメーテルさんを目標にする」

 

俺が男だった武偵中では褒め言葉なんて一切聞かなかったのに、クロメーテルさんはとんでもない高評価を得ている。もしかして俺、クロメーテルの姿で生きていくべきなのか…?

 

 

 

目の焦点を壁に合わせ、心を無にしながらキャピキャピとバスケをする女子たちの姿から目と意識を逸らし、体育というか壁の観察を終えた。

その後、次の授業ギリギリに戻り英語の授業。そしてやっと昼休みだ。

銀華が弁当を作ってきてくれたらしいので、フラフラとゾンビのように教室を出る。

向かうは校舎に挟まれた中庭の一角にあるベンチ。俺はヨロヨロと中庭まで歩いていくと、銀華がベンチに座り、寒いからか手に息を吹きかけながら足をパタパタさせながら待っていた。中庭に入ると銀華は気づいたようで

 

「あ、クロちゃん。こっちこっちー」

 

ちょっとご機嫌な様子で俺を呼び止めた。てか、なんだその愛称…クロちゃんって。

というか冬で寒いからか中庭には俺たち以外誰もいないな。俺にとっては嬉しいことだが。

 

「待たせたな」

「待たせた"ちゃったね"」

「…別にいいだろ。2人っきりの時ぐらい」

「ダメ。『これは任務なんだから』」

 

後半は瞬き信号で送ってきた。確かにそうか。一応これは任務だったな。俺は任務以前にバレないように精一杯なんだが…

そう言った銀華は気を取り直したようにバッグの中をゴソゴソしだし

 

「はい、これクロちゃんの分ね」

 

と可愛らしい弁当の容器を渡してくる。普段の俺なら恥ずかしくて受け取れないが、今の俺はクロちゃん。ありがたく受け取るわ。

弁当を開けてみると中には玉子焼きや煮物、鮭の塩焼きのような和食がぎっしり詰まったお弁当であった。すげえな…これ普通に金取れるレベルだぞ。

 

「さ、さ。食べて食べて」

 

銀華が促すように言ってくるので手を合わせ頂きますと言い、玉子焼きを口に運ぶ。

玉子焼きは……普通に美味い。どこか婆ちゃんの味と似てるな。ちょっとアレンジ加えてあるみたいだが。

そんなことを考えながら無言で箸を進めていると

 

「ど、どうかな?」

 

いつになく、緊張した面持ちで銀華が聞いてきたので、

 

「ん、おいしいよ」

 

と答えると銀華は手を合わせて喜んでいる。幸せ一杯といった笑顔で。

や、やばいって。俺は銀華の自然な笑顔や動作にヒス的に弱いことがこの約一年の経験上わかっている。

だが、ここでヒステリアモードになるわけにはいかない。頑張れ…抑えるんだ…キンジ!

 

「だ、大丈夫?やっぱり味付けがよくなかった?」

「大丈夫…」

 

なんとか堪えながら銀華の問いに答える。

というか、いつもの余裕はどこいったのか結構銀華も慌てているな。いつもならニヤニヤ顔でわかってますといった顔をするところなのに。

 

「それならいいけど。私あんまり料理得意じゃないから…」

「本当?すごく美味しいんだが…美味しいんだけど」

「和食は上手く作れるんだけど、その他になると壊滅的なのよね…」

 

和食しか作れないことを結構ガチ目な悩みとして抱えてるらしい。銀華はそれぐらい料理に自信ないんだな。だからいつもの余裕がなかったのか。

 

「それでもいいと思うけど。おれ…私は銀華の和食好きだし。それにそんなに料理に自信がないなら私がお前の料理の練習台になってあげる」

 

そんなことを言うと銀華は目をぱちくりさせ、少し照れるように顔を赤くした。

 

「じゃあ今度協力して貰おうかな」

「任せとけ」

 

銀華の飯が美味くなることは俺にとってもいいことだからな。まあ、この和食の美味さだったら洋食も壊滅的とはいうものの食べれないってことはないだろ。

 

 

 

 

2人で並んで銀華が作った弁当を食べ終わり、校舎に戻ってきたらーー

一階の小教室から、弁当を食いながら談笑している声が聞こえる。外は誰もいなかったがこういうところを使えばよかったな。外はやっぱり寒かったし。

と、会話を聞くとはなしに聞きつつ歩いていると…

 

「1-1と1-2にすごい美人が入ってきたらしいよ?1年の間ですごい話題になってた」

「クロメーテルさんと銀華さんだっけ?日系オランダ人とクォーターの。掲示板で学校ランキング1.2位をもう占めているらしいよ」

「あの白黒コンビ最高だよね。クロちゃんは恥ずかしがり屋さんで伏し目がちなクセ、シロちゃんはめっちゃ話しやすいらしいし、甲乙つけがたいね。あとあの2人昼食も一緒に食べてたらしいよ、掲示板にタレコミがあった」

 

白黒コンビって…変な愛称つけんな。というか昼食一緒に食べてたことがもう知れ渡ってるのか….武偵中より情報回るの早いんじゃないか…?

 

「もしかしてあの2人、できてるのかも?」

 

ええーーーー!と小教室の女子たちは盛り上がっているができてるってなんだ。何か女子の間でしか伝わらない暗号なのか?

それを聞いた横の銀華は呆れたような照れるような顔をしている。クロちゃんはわからないんだけど…

 

「だけどクロメーテルさん、彼氏一生いらないって言ってたらしいから十分その線あるよ」

「美人同士だしお似合いだよね、だけどワンチャンぐらい私たちにも欲しかったなあ」

「シロちゃんならいけるかもしれないけど、クロちゃんは無理無理。難攻不落らしいよ」

「それを攻め落とすのがいいんじゃん」

 

そんな俺たちの話をしているのを聞いていると銀華がグイグイと小教室から引き離すように手を引っ張った。ど、どうしたんだ?

そのまま銀華と俺はたまたま空いてた小教室に入り、ドアを閉めた。

というか本当に銀華どうしたんだ?今の銀華はなんかいつもと違うぞ。いうなれば俺がヒステリアモードになった感じか。

 

「クロちゃん。女の子に迫られてもホイホイ付いてっちゃダメだよ」

「は、はい」

 

圧倒的威圧感に思わず怯えて敬語になってしまう。銀華がなんでこうなったかわからんし、女はよくわからんことばっかりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




銀華の半分の血はイギリス。つまり洋食の腕は…

というかキンジがヒステリアモードになる回数より女装した数の方が多いって流石にやばいな…次回は後編です

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