俺は紅華に案内され、聖堂の奥の扉に進んだ。紅華によると、この奥にシャーロックがいるらしい。
通路の床は排水溝にかけられるような格子組の耐蝕鋼に変わっていき、左右の壁は電子盤がアクセスランプをチカチカさせている。まるで近未来だな。
「本当にアリアを連れてこなくて良かったの?」
俺の横を歩きながら尋ねる紅華。
「ああ、あいつは弾もなかったしお前に左肩ぶち抜かれてたしな。それに俺は義父のところに君を貰いに行くんだ。他の人を入れるべきじゃない」
「なるほど。前者が建前で後者が本音ってことね」
降参という意味で両手をあげる。
ここに来る前、アリアを引き返させた後、俺は水の矢で抜かれた左肩と桜花で自損した右腕を紅華の治癒術で治してもらった。
まあ前者が建前ってことは紅華じゃなくてもわかるよなそりゃ。
その近未来的な通路を歩いて行った先にあった、ラジオハザードマークが描かれた厚い隔壁の少し手前で紅華は止まった。
「キンジ、もう一回言うけど…」
「シャーロックは強い。わかってる」
紅華から俺に告げられたのはシャーロックと99回戦い、99回負けているということだ。
そのシャーロックは俺を殺そうとしているらしい。だから紅華が俺たちを追い返すために戦ったと。
だからこそ、やってやる。
紅華をイ・ウーの下から解放し、普通の女の子として人生を歩ませるために。
「じゃあ行くよ」
「ああ」
目の前の隔壁が静かに開き、その向こうに広がっていた光景に俺は言葉を失った。
今までで一番広大なホールにはパルテノン神殿のように数本の巨大な柱がならんでいる。
いや、あれは柱じゃないぞ。
ICBM。
世界中どこからでもどこにでも狙える大陸間弾道ミサイル。それの上部だ。
下の部分は床に開けられた深穴に収まっている。数は8本。
おいおい…弾頭の性質次第では大国すらも一日で滅ぼすことができるぞ。
そんな中を紅華はまるで木が生えてるだけというように歩いて行く。
BGMのように後ろから音楽?が聞こえてきた。音量が上がっていくと、それは
「音楽の世界には、和やかな調和と甘美な陶酔がある」
ICBMの柱の陰から、イ・ウーのリーダーにして最高の名探偵、そして紅華の父親のシャーロック・ホームズが姿を現した。
「僕らの繰り広げる戦いの混沌と美しい対照を描くものだよ」
「まあ、このレコードが終わる頃には戦いも終わっているだろうけどね」
俺たちの方に歩いて来るシャーロックに対して同じように数歩だけ歩み寄る紅華が答える。
「そう、この戦いは君たちが奏で始めた協奏曲の序曲の終わりにすぎない」
「?」
紅華も今度はその意味がわからないらしく、頭に疑問符を浮かべた。
「まあそれはそれとしてだ、紅華君。僕は君にキンジ君を倒すように命じた。それなのに2人一緒に並んで戻ってくるとは一体どういうことだい?」
「私は父さんの存在を心の中で乗り越えた。愛の量はもともとキンジの方が多かったわけだし。今の私は血が繋がったお父さんにだって矛を向けることができる。ここまで展開は
紅華の言葉にニヤっと笑ったシャーロック。
「そうだね。これぐらいは推理の初歩だ。君たちは子供だが、男と女。女というものは、どんなに男に酷くされてもとことんまで男を憎しみきれるものじゃない。君たちの絆も深まったことかもしれない」
「何もかもお前の推理通りってことか。シャーロック」
俺が紅華の横に並びながら、シャーロックを睨み付けると
「もう一度言おう。そのとおりだ」
シャーロックは古風なパイプを懐から取り出し、マッチで火を点けた。
「そして、キンジ君。僕は君に紅華君を渡すつもりはない」
「それはイ・ウーのリーダーとしてか?それとも父親としてか?」
「どちらともといえるが、僕の気持ちを占めているのはどちらかというと父親としてだ。彼女は僕の大事な1人娘。17年平和な極東の島国で生きてきた君にあげるのは僕としても嫌なんだ」
「ねえ……お父さん。一つ聞いていい?」
「なんだい、紅華君」
シャーロックは紅華に尋ねられパイプを咥え直した。
「お父さんが言っていた『緋色の研究』に私は利用されたわけでしょ?お父さんの視点で見ると私はもうキンジには必要ない存在。なのになんでキンジと私の絆を深めるようなことをしたの?」
『緋色の研究』…?必要ない存在?どういうことだ…?
「紅華君。君は勘違いしている。僕はアリア君に緋弾を継承するつもりだが、色金の力は君にも授けたいのだよ。しかし、君の中にある緋緋色金の量は僅かだ。いかに色金が『一にして全。全にして一』であり、君が『北条の一族』であろうと、覚醒は時間がかかる。だから、僕は完全な絆を作るために君とキンジ君を戦わせたのだよ」
「なるほど…さっきの力の解放はそういうことだったのね」
色金?
「簡単にいうとだねキンジ君。僕は君を、紅華君の力の覚醒に利用したのだ。もう不要だがね」
紅華のなんらかの力を覚醒するために俺を利用したってところか?だが、もうその力が覚醒した今、俺は用済みらしい。まったく…書籍にある通り自分勝手な男だぜ。
「シャーロック。ただで利用するのは良くないぜ。日本にはないが、外国ではチップやらなんやらあるだろ?」
俺の浅い海外知識を繰り出すと
「確かにそうだ。じゃあ、君は何が欲しいのか。推理するまでもないけどね」
「ああ、お前の推理通りさ。俺は利用料として紅華を貰っていく」
俺がそう言い放つと奴の纏うオーラが一段と強くなった。
「私もキンジについて行く。キンジと私の出会いはお父さんの推理通りかもしれない。だけどキンジを想うこの気持ちは本物。誰かに作られたものじゃない」
「それだったら、君たちはどうするというのだね?」
「ここでお前を倒して」
「私たちは2人で生きて行く」
俺たちの言葉を聞いてシャーロックは杖の位置を直した。
「先に忠告しよう。紅華君は僕に0勝99敗。一度も勝ったことがない。僕は150年以上、世界で凶悪かつ強靭な怪人たちを数多仕留めてきた。一方君たちはたかだか17年しか生きていない子供だ。そんな未熟な君達が僕に勝とうというのかね?」
「ああ、俺たちは偉大な名探偵様からしたら未熟かもしれない。だがな、俺たちは足りないところを補うことができる。それが俺たちにはできる。1人のお前にはできないところだ」
「そうか。ならおいで。2人まとめて相手にしてあげよう。遠慮はいらないよ」
シャーロックはステッキを掲げた。
「心配するなシャーロック。俺は武偵だ。武偵の任務は無法者を狩ること」
言って、俺はベレッタでシャーロックに狙いをつけた。
「任務は遂行する」
バシュゥ!
俺の残り少ない残弾の1発がシャーロックに迫る。
ギィン!
シャーロックは当たり前のようにステッキを突き出し防いだ。
金属音が上がり、その先端ぶつかった銃弾が天井に飛んでいく。
「シャーロック!」
俺はシャーロックが銃弾を防いだ隙に床を桜花気味に蹴り近づく。シャーロックに急接近した俺は左手に持ったバタフライナイフを亜音速の桜花で振るった。切っ先はシャーロックに近づくが
ギイイイイン!
シャーロックは再びステッキで防御する。
「!」
シャーロックの反応にニヤリと笑う俺。
なぜなら俺の後ろから迫るのは荊の大群。もちろん紅華が作り出したものだ。
その荊を前に、シャーロックが口を開いた。
「それじゃあ復習、そして予習といこうか」
俺は身の危険を察して、空中に飛び上がった。
その次の瞬間
パキパキッパキッ!
俺の後ろから迫っていた荊が一瞬で凍りついた。
あれはジャンヌの
その美しい氷の範囲から急いで出ると、シュ!
と風の音が凍った荊を切り裂いた。
おそらくあれは風の刃。鎌鼬のようなものだろう。
そう思っているうちにいつのまにか濃霧が俺を囲んでいた。これも超能力か!?と思った次の瞬間
「--
強風が霧を吹き飛ばした。払われた霧の向こうには、厳しい顔をしている紅華と余裕の笑みを浮かべているシャーロック。
「知恵を回したものだね。君達は2人なのを利用して、キンジ君が近接戦で私を足止めし、紅華君の超能力で決める。それは合理的な作戦ではあるが、推理不足だったようだ。僕は近接戦をしながら超能力を使うこともできる」
紅華曰く、超能力を使うには集中力が必要で、片手間でできるものじゃないらしい。
だから俺が接近戦を挑み、隙をみて紅華が超能力で仕留めるといった作戦だったのだが、まあ流石に無理だったか。
「じゃあこれならどう?」
そう言った紅華が
ざあっ。
砂金になって崩れ落ち、その砂金が小さな弾丸となりシャーロックに襲いかかる。
紅華は先ほどの濃霧の隙にパトラの技で作った砂金のダミーを置いていたらしい。
「面白いことをするね紅華君」
シャーロックはステッキをバトンのようにグルグルと回転させ、砂金を完全に弾き飛す。
だが俺の桜花、紅華の砂金攻撃を食らったステッキはバキイイィィン!と粉々になり--中から仕込まれていた一振りの刀が現れた。
わずかにそったその刃が一目で名剣とわかる眩い光を放つ。
強襲科の副読本で読んだ。細身になっているはが、直刀に近い形状は多分スクラマ・サクス。
ヨーロッパで作られた強靭な片手剣だ。
俺はシャーロックが防御に気を取られてる間に後ろに回り込み、バタフライナイフで再び桜花。
だがその斬撃を
バチィィィン!
「惜しかったねキンジ君」
シャーロックは受け止めた。
自身の最も得意とする技--格闘技で。
俺がジャンヌ戦で編み出した片手真剣白刃取り。
防御に回っていたシャーロックが反撃の一閃。
それを俺も--バチィ!と音を立てて止める。
同じく人差し指と中指の片手白刃取りで。
「惜しくねえよ」
お互いの刃をお互いの手で止め合う形となった。
千日手。
俺とシャーロックはどちらも動けない状態になったのだ。
「そう来ることはわかってたんだからなッ!」
「--!」
シャーロックが驚愕で顔を上げるのが見えた。
この技は俺が考えた銀華に勝つ技。
まあ銀華には使うことができなかったけどな。
先祖代々石頭の遠山家に伝わる本当の必殺技はこれなんだよ!
ガスウウウ!
俺の頭突きがシャーロックの世界最高の頭脳に炸裂した。
世界最高の名探偵はぐら、と真後ろに頭を倒し、ゆっくり倒れていく。
俺も石頭だがお前もすげえ石頭だなシャーロック。頭割れるかと思ったぜ。
「もう一度言おう。惜しかったねキンジ君」
--!?
頭上からかけられた声に俺と紅華は慌てて顔を上げる。
「キンジ君。君の一撃は昔の私なら推理できなかっただろう。君は賞賛されるべきだ」
倒れていたシャーロックが、ざあっ。
砂金になって崩れ落ち、シャーロックが頭上―――ICBMの上から飛び降りてきた。
こいつも紅華と同じように、最初から砂金のダミーだったってことか。
フワリと重力を感じさせないで着地したシャーロックは床に落ちた剣を拾い上げる。
「前、銀華が使ってた剣と違う剣だな」
「ああ、前君の前で銀華君が使っていたのはエクスカリヴァーンだったね。でもこの刀もいい刀だ。銘は聞かない方がいい。これは大英帝国の至宝。それに歯向かったとなったならば、君は後で誹りを受ける可能性があるからね」
………おい。
前白雪と銀華が戦った時、銀華が使ったのエクスカリバーだったのかよ!
いやすごい剣だとは思ったけどさ。
「まあ名前なんかに興味はない。前銀華が使ったのがエクスカリバーならお前が使う剣はラグナロクか?」
皮肉でそう言ってやると、シャーロックは驚いたように眉を上げた。
「すごい推理力だ。君には名探偵の素質があるよ」
「あんたも適当な人だな…」
「でも君は紅華君のことは推理できていなかったようだね」
「……?」
シャーロックの言葉を疑問に思い、振り返ると
「キンジ、ごめん…」
本物の紅華が肩で息をしていた。
そうだった…!
超能力は魔力、ゲームでいうMPを使って放つ魔法のようなもの。強力な超能力は魔力の消費が激しい。
俺との戦闘と治癒、今の大技の連発で魔力が尽きかけているらしい。超能力に疎いのもあり紅華に無理をかけてしまった…!
「いいや俺が悪い。君は悪くない」
「紅華君のことを考えていない君に紅華君を渡すことはできないな」
イ・ウーのリーダーとしてでもなく、世界最高の名探偵シャーロック・ホームズとしてでもなく、紅華の父として俺にそう言ってきた。
「ああ、今の俺は紅華の婚約者失格だよ…」
俺はシャーロックと向かい合いながら後ずさりし紅華の元に寄る。
「でも俺は紅華のことをもっと知りたい。もっと新たな一面を見たい。だって俺は紅華のことが好きだから」
「……!」
「お前が許さないと言うなら、力ずくで奪い取る」
「力ずく?二人ならまだしも紅華君はガス欠。君一人で僕に勝とうと言うのかね?」
「シャーロック、名探偵のくせにそんなことも推理できないのか?」
俺の言葉にシャーロックは片眉を上げた。
片膝を突いていた紅華をお姫様抱っこする。
やっぱり銀華に比べたら軽いね紅華は。
そしてその抱っこされた紅華の顔はこれから起こることが推理できているような顔だ。
ちょっと恥ずかしそうな顔をしているけどね。
「戦うのは俺一人じゃない」
俺は紅華の顔に自分の顔を近づけ、紅華も顔を近づけてきて……
「「二人だ」」
キスした。
紅華との初めてのキス。
さわやかな菊の香りが流れ込んできて、体の真芯がさらに熱くなるのを感じる。
体に力がみなぎって行くのがわかる。
俺はなっていた。
「さあやろうぜシャーロック。
ヒステリアモードを持つもの同士がお互いでヒステリアモードになり共鳴する事で起こる、夫婦のヒステリア・リゾナ。
俺と紅華はそれになっていた。
「ふむ、なるほど。紅華君が戦えないから紅華君の力をキンジ君が受け継いだってことか。僕の目からは些か強引に見えたがね」
「シャーロック、一つ講義してやろう。
リゾナはリゾナンス、共鳴というところから名前が来ている。共鳴しなければリゾナにはならない。実際、銀華が俺に隠し事をしていて精神状態が不安だっただろうブラド戦の後なんかは、共鳴できずリゾナにはならなかった。
「…キンジ…頑張って……!」
弱々しく笑う紅華は庇護欲をそそる応援をしてくれる。彼女を守ってあげなくてはいけない。
こんな応援をされたら世界が相手だって戦ってしまうね。
「ありがとうキンジ君。僕はそこまで知らなかったよ。なぜなら…」
「--!?」
ビリっという悪寒が、全身を走る。
さっきまでのオーラと比べ物にならない存在感をヤツは放ち始めた。
(ど、どういうことだ?)
あの感じ……あの気配は……
あれはヒステリアモード…!?
「僕は自分でリゾナになることができる」
シャーロックホームズは間違いない。
なっている。ヒステリアモード、それもリゾナに。
どうやったんだ。
100歩譲ってヒステリアモードならまだわかる。
だがリゾナ、それにどうやってなったんだ!この状況で!
「わからないという顔をしているね。僕は長年好きな女性がいなかった。だが、僕はある女性に恋をした。僕はそこで初めて本当の愛というものを学んだ。文献では知っていたがね。その彼女が蘭華君。紅華君の母親だ」
紅華の母親。父親がシャーロックホームズということは母方が北条家の人間ということになる。
ヒステリアモードの血を持っているだろうが……
「目の見えない僕は、その美しい彼女をどんどん自分の中で作った。そしていつしか彼女は僕の中で存在するようになった。僕はその彼女との行為を想像しお互いにヒステリアモードになった」
………
かっこいい言い方してるがそれって結局
「その……そういうことを想像しただけってことか?」
「そういう認識で構わない」
「……」
自分の中に自分の妻を作るって、ただの想像力の無駄遣いだろそれ。
それでHなことを想像するって男子高校生かよお前は。
銀華も想像力豊かな頭お花畑なところがあったが……父親のお前からの遺伝だったのかよ…
「もう時間もない。すぐ終わらせよう」
ICBMの噴射炎で照らされる室内が明るさを増し、足元に流れる白煙を踏み越え歩いてくる。
「俺もそのつもりだ。気があうな」
紅華を優しく下ろして、俺もシャーロックに近づいていく。そして残り5mまで近づいた俺たちはお互いに駆け、激突した。
ヤツの刀と俺のナイフが切り結んだ場所から火花が上がり--バチィィィ!
前触れなしに出現した雷球に真後ろに吹っ飛ばされる。
雷か。
紅華は使わなかったが想定の範囲内だ。
リゾナの反射神経で直撃は避けたがシビれたな。
だがまだだ。と両手でバネのように跳ね上がると、濃霧が俺を囲んでいた。
これは紅華が使った水の攻撃!
ピシュ!
体を跳ねさせ、俺のいた位置を通過する何かをかわす。体勢を崩したところに
ブンッ!
霧をかき分け飛び込んできたシャーロックが宝石のように煌めくスクラマ・サクスを振るってきた。
ギイィィィン!
激しい火花を上げ、俺はなんとかナイフで切り結んだ。
スクラマ・サクスは特殊な金属でできてるのか、見た目以上の重量がある。
「--!」
跳ね返されたナイフの勢いで俺は車に撥ねられたように真横に吹っ飛ばされる。
なんとか壁に叩きつけられずに済んだが、シャーロックが追撃をかけにきている。
剣の構えは片手平突き、狙いは俺の左胸。
その突きを俺はもう一度ナイフで受けた。
その瞬間、攻防が入れ替わる。
『絶牢』
遠山家の秘技のカウンター技で俺が狙うは奴の左肩。
ゴスゥゥゥ!
今までにない手応えがあり、俺の拳をうけたシャーロックは宙返りして後退した。
-…
その時、室内に流れるモーツァルトの『魔笛』が…
--
華麗なソプラノパートに入った。
「どうやっている?」
表情が硬いのはシャーロックの方だ。
「このオペラが独奏曲になる頃には君を地に伏させるつもりだったのだがね。僕が推理したよりも長い時間を戦い抜いた。僕に1発攻撃をいれるぐらいにね。リゾナにはまだ僕の知らない上があるってことかもしれないね」
たしかに。シャーロックの言う通り。
今のリゾナはいつものものより倍率が高い。
俺はその理由がわかっていた。
リゾナは『夫婦のHSS』と言われている。
この本当の意味がわかった。
なぜ恋人ではなく夫婦なのか。
リゾナの倍率が人によってまちまちなのは、リゾナが変化するヒステリアモードであるからだ。
夫婦になるとは自分の人生を相手に預ける行為だ。それには信頼が必要になる。
『信頼』
銀華はもちろん、紅華も俺に完全な信頼をくれた。
もちろん俺は銀華のことを信頼している。
その信頼により、共鳴はより大きくなり、よりリゾナを強くする。
「僕に一撃入れた君の賞賛をしたいところだが、申し訳ない。この独奏曲は最後の講義『緋色の研究』についての講義を始める時報なのだよ。それにこれはテストでもある」
(緋色の研究…?)
再び出されたその言葉に眉をひそめる。
それに対しシャーロックの周囲に、ボンヤリと……
光が見え始める。なんだあれ…?
信じられないが、ヤツが光り始めた。
シャーロックは何かの能力を使おうとしている。
その光はみるみるうちに勢いを増し、緋色に変化していく。
「僕がイ・ウーを統率できたのはこの力があったからだ」
俺はあの光を見たことがある。
シャーロックではない。アリアがパトラ戦で見せた緋色の発光。これはあれと全く同じ現象だ。
「だがこの力を無闇には使わなかった。緋弾の研究が未完成だったからね」
ヤツが抜いた銃は--アダムズ1872・マークⅢ。
大英帝国陸軍でかつて使用されていたダブルアクション拳銃。
「あれを撃てるのか、お前も」
「君が言っているのは、おそらく違う現象のことだろう。アリア君が撃ったのは緋弾ではない。『緋天・緋陽門』という緋弾の力の一つに過ぎない」
そしてシャーロックは--ちゃき。
弾倉から1発の銃弾を取り出した。
「これが緋弾だ」
それは燃える炎、薔薇のような、緋色をしている
「形はなんでもいい。これは日本では緋ヶ色金と言われる金属なのだ。峰・理子・リュパン4世が持った十字架もこの弾丸と同族異種の色金を含んでいる。色金とはあらゆる超能力がまるで遊びに思えるような超常を与える物質なのだ」
理子の青い十字架を思い出す。理子はあの金属を持ってる時だけ髪を動かすことができた。ヤツの話を類推するに、色金ってやつは、普通の人間を強力な超能力者に変える金属ということだ。
「これだろう?君が見た現象は」
シャーロックの体を覆っていた光がこちらに突き出した人差し指に集まっていく。
(あの時と…同じだ…!)
これもアリアがパトラを光弾で撃った時と同じ光景だ。
あのパトラのピラミッドを吹っ飛ばした艦砲射撃みたいなものをシャーロックも使えるのか。
まずい。まずいぞ。
あの光弾を撃たれたら終わりだ。
今までの俺の技じゃ防ぐことはできない。
どうする…
生唾を飲んだ俺の背後から
「……?」
緋色の光が放たれ始めた。
振り返ると今度は紅華から。
「紅華!」
急いで近づいた俺の眼前で、光が紅華の右手の人差し指に集まっていき--シャーロックと同じように輝き始める。
「これは『
言いながらシャーロックは、人差し指で俺と紅華に狙いをつける。
「キンジ君。ここでテストだ。僕はこの光弾を君に撃つ。僕が知る限り、それを止める方法は同じ緋天の光弾しかない。そして、その光弾が衝突すると『暦鏡』なるものが発生するらしい」
「それがどうしたんだよ」
「僕はその暦鏡を使い、『過去のアリア君を撃つ』」
「……!?」
過去のアリアを撃つだと…?
どういうことだ…?
「信じられないという顔をしているね。じゃあなぜ紅華君、そしてアリア君の背丈が小さいか。それは緋緋色金を継承しているからさ。色金が体内にあると成長が緩やかになる。今の僕が若いままであるようにね。紅華君と銀華君の姿が違うのは、紅華君に緋緋色金を撃ち込んだから。もともと姿形は同じだったんだよ」
俺はその言葉を聞いてピンと閃くものがあった。
「お前が紅華に色金ってやつを埋め込んだのと同じく、過去のアリアにはその『緋弾』を撃ち込もうってわけか」
「理解が早くて助かるよ」
そこでシャーロックは一旦区切り…
「キンジ君、これはテストだ。君は紅華君を守るために全てを捨てる覚悟があるかね?ここで紅華君が光弾で防がなければ君達はこの光弾で撃たれる。しかし、紅華君が光弾を撃つならば暦鏡が発生し、アリア君が撃たれる。君たちはどちらを選ぶんだい?」
俺たちを守るには紅華が光弾を撃つしかないが、関係ないアリアが代わりにあの緋弾で撃たれる。
世界最高の名探偵様は性格が悪いぜ。
「…キンジ……」
ヒステリアモードもあり、俺の目の前にいる紅華は弱々しい。
「日本では夫が決断しなくてはいけないことが多いらしい。だから選ぶんだ。君達の未来のために。紅華君を守るために」
シャーロックの言いなりになるようで癪だが、俺の答えはこれしかない。
「シャーロック、俺は……」
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チュンチュン。
「むぁ……」
俺は一つ伸びをしてから起き上がる。
何か長い夢を見てた気がする。
ダブルベッドで寝ていた俺の横にはすでに起きた跡があり、温もりの具合から結構前にここを出たことがわかる。
時間を見るに午前7時。
ベッドから出て防弾スーツに着替えていると、小さい足音たちがパタパタとなる。
どうやら
階段を降りていくとご飯や味噌汁の香り、そして笑い声が聞こえる。
廊下を歩きリビングのドアを開けるとそこにいたのは、銀髪の少女、黒髪の少女、そして…
「おはよう、あなた」
少し青みがかった銀髪を持つ美しい女性。
その朝の挨拶に俺はこう返した。
「おはよう、
ここまでお読みいただきありがとうございました。
感想や裏設定などは活動報告にて。
みなさん気になっているらしい続きがどうなるかだけ言いますが、続きます