「もうやめよう--
俺が放った言葉に2人の少女が固まる。
「……銀華ってどういうことよ?」
先に動けるようになったアリアが未だ動かないクレハに警戒しながら、俺に問いかける。
「そのままの意味だ。クレハは銀華の別の姿。いや銀華がクレハの別の姿かもしれないけどな」
目をまん丸にした驚愕の表情でアリアがクレハの方を見る。
それもそうだろう。先ほどまで戦っていた相手が、自分を変えてくれ、一緒に仲良く過ごした……銀華と言われたのだから。
先ほどのシャーロック・ホームズが生きていたと同じに近い衝撃に違いない。
「あ、あんた……本当に銀華なの?」
アリアの質問にクレハは俯いたまま答えない。この場合の沈黙は肯定。
「……いつから……いつ、気づいたの。
声を震わせてクレハが俺に問いかけて来た。
その答えにはせっかくだし、銀華の親の言葉を使わせてもらおうかな。
「銀華と……いやクレハと初めて会った後と言いたいところだけど、二回目、ランドマークタワーで会った後。簡単な推理だったよ」
クレハがリーダーの娘ということはホームズ2世ということ。まさか銀華とアリアは親戚だったとはな。
「…その推理の内容をきかせてくれない?」
「簡単なことさ。まず一つは昔の銀華と似ていたところ」
初めて銀華と会った時と同じ衝撃をクレハと初めて会った時に受けた。クレハの口癖も昔の銀華に似ている。
「2つ目は俺たちをイ・ウーから遠ざけるような要求。あれは俺たちを助けるために言ったんだろう?」
「……」
イ・ウーの敵である俺たちをイ・ウーに近づけさせないようにするには、別にこんな回りくどい要求をする必要はない。ブラド戦で傷ついた俺たちをボコボコにすればいいだけだし、その前にメイドの時にいくらでも後ろから
なぜそれをしなかったのか?
しなかったんじゃない、できなかったんだ。
なぜなら彼女はクレハであると同時に銀華だったんだから。
「まあ理由は他にもたくさんあるが…何より……」
銀華は俺に実家を教えてくれない。中学生以前の過去が不明。イ・ウーの連中と戦う時、銀華は毎回俺たちと共に戦うことはなかったなどの根拠もあったが……そんなものより……
「どんな姿になっても自分の婚約者のことがわからないなんてありえない」
どんな姿でも銀華は銀華だ。
銀華のことがわからない訳ないだろう。
「まあ……あんたたちらしいわね」
やれやれという風に首をアリアは振っている。対してクレハは俺の言葉を聞いてうつむきながら…
「私は……」
「もういいんだ…銀華」
「私は………」
おかしい。
電流のような悪寒が全身を走った。
肌が切れるかのような鋭い殺気。
俯いていたクレハから今まで以上の圧倒的な存在感が甦っている。
(ど、どういうことだ……!?)
あの感じ……あの気配は……
ベルセ…!?
「私はクレハ・ホームズ・イステル。イ・ウーのリーダーの娘で銀華じゃない」
荊の壁の向こうで、彼女の周りを守るように荊が再び展開され始める。
先ほどの荊の壁とは比較できない。近づくことはおろかクレハを目視することができない量だ。
間違いない。ヒステリアモードになっている。どう--やったんだ。
ヒステリア・ベルセは自分以外の同性に対する憎悪や嫉妬といった悪感情で発言するものだ。銀華は軽いベルセならある程度コントロールできていたが、今のベルセは過去最高級のベルセで制御できているようには思えない。一体何に嫉妬したんだ!?
「キンジ、苦しいかもしれないけどやるわよ」
クレハの殺気を感じ取ったアリアが気を引き締めるよう俺に言ってくる。
クレハは明らかに今までで最強の敵だ。そいつが更にヒステリアモードになった。先ほどまでの甘いクレハとは違う。ベルセに侵されたクレハは本気で俺らを倒しに来るクレハだ。迷いがあったらこちらがやられる。
「今の私は、世界最強の魔女。この状態の私は誰にも負けない。負けるはずがない。イ・ウーのクレハは誰にも負けない」
自分に言い聞かせるように呟く声がした後、壁の向こうで球体状の荊に守られたクレハは空中に飛び上がった。
だがクレハは落ちて来る様子はない。空を飛ぶ、いやスキップするように跳ねる。
パキン!パキパキッ!と、足下に七色の光が飛び散るのを見るに、足が宙を踏むたびに見えないキューブのような踏み台がそこに生じているのだ。この超常現象。さっきアリアが放ったピラミッドを吹き飛ばした緋色の光と同じように見える。
「理論上はできたけど、この状態にならないと使えなかった。感謝するよ、遠山」
先ほどのアリアとの戦闘で赤色だけになったステンドグラスの下ではなく前で立つクレハ。
俺は非現実なムードに押されて、身動きが取れなくなっていく。ヒステリアモードといえどもただの人間。同じヒステリアモードを操り、なおかつ超能力を使うクレハとは格が違う。それを痛感させられる。ただ、その佇まいを見ただけで。
「キンジ!」
パァン!
銃声と同時に聞こえる声。
「あんたがそんなんでどうすんのよ!銀華はあんたの大切な人でしょ!あんたが飲まれててどうすんのよ!」
そうだ。アリアの言う通りだ。
「ありがとうアリア。おかげで目が覚めたよ」
俺は空中に佇むクレハを見る。
クレハは俺たちと物理的だけじゃなく精神的にも壁がある。
--ああ、わかったよ。
クレハが苦しんでいる理由。
「アリア。どうにかしてクレハを俺の近くに誘導してくれないかい。そこからは俺がなんとかする」
「わかった…私は一度だけチャンスを作れるものを持っているから。それを活かしなさいよ。あんたの大切な人のために」
アリアと戦った時はアリアの体すら狙うことができなかった俺だが、何か策があることがわかったのか、首を縦に振る。
「クレハ。俺は君を救い出すよ」
バァンバァン!
俺がそう言い放ったと同時にアリアがガバメントでクレハに発砲する…が、さきほどと同じく周りを守る荊の壁を貫通するには至らない。
まず、あの荊の壁を攻略しなくては。
と思った矢先、地面から生えていた荊の一本が俺を貫こうと接近し……
--フォンッ--
寸前で避けた荊が俺の耳元を貫き風をきる。
その避けた荊が地面を貫くと……
(まじかよ…!)
荊が分裂し、再び俺に襲いかかって来た。その数4本。
法化銀弾をクイックリロードした俺は荊を撃つが止めることができたのは2本。
残り2本が俺に襲いかかってくる。
その2本を俺はバク転しながらの空気弾『
「アリアッ!」
着地と同時に叫ぶと、アリアは壁に向けて発砲した。
これまでと同じく銃弾が荊の壁に防がれた瞬間、
ドオオオオォン!
爆炎が荊の壁を襲い、その余波が俺たちを包む。
「きゃあっ!」
体重がないアリアは自分が起こした爆風に吹き飛ばされそうになっており、俺も思わず腕を交差し、爆炎の熱を防ぐ。
なんて威力だ。
まるで、強襲科で見学させられた
みたいな威力じゃねえか。
その爆煙の中を俺は突っ切る。
よし。
クレハのまず一つ目の荊の壁を突破できたぞ。
クレハは推理できなかったのだ。
兄さんからアリアに渡すよう武偵弾をもらっていたことまではできていたかもしれないが、ここまでの威力があることを--俺もアリアも知らなかったのだ。
だから新たな防御の壁を作らなかった。
兄さんはもしかしたら、俺では武偵弾でクレハを撃つことができないと思ってアリアに渡したのかもな。
(……っ!)
だが世界最強の魔女と言われるだけありクレハの反応も早い。爆煙の中を抜けクレハに近づいた俺に突き刺さそうと再び荊が接近する。それを俺は
(秋水!)
銀華が初めて見せてくれた遠山家の技・秋水の拳を迫り来る荊の横から当てることで撃退する。
俺と空中にいるクレハの距離は7m。
(兄さんが俺にこれを託した理由はこういうことだろ?)
俺は空中に浮かぶクレハの足元に向かって
パキンッ!
と足下で銀色の光が弾け、クレハが小さくバランスを崩す。
つんのめったクレハがもう一度踏もうとしていた見えないキューブにも、同じように法化銀色を放つ。
「……っ!?」
やむなく降りてきたクレハとの距離は残り3m。クレハの周りを守る球体状の荊の壁のみが俺とクレハの間を阻んでいる。
しかしこの壁は銃弾すら防ぐ強度を持っている。それに相手はホームズの娘・クレハだ。
並のことなら推理しているだろう。
だが相手はクレハでありながらも銀華だ。
銀華を救う為なら…
「負ける訳にはいかないよな!」
クレハを倒すならば、銀華にも話したことのないこの隠し技を出すしかないだろう。
ヒステリアモードの反射神経は爪先で時速100km、膝で200km、腰と背で300km、肩と肘で500km、手首で100kmと瞬発的な速度を生み出すことができる。それらをほんの一瞬同時に動かせば時速1200km。
音速の一撃になるんだ!
パァァァァァァン!!
銃からバタフライナイフに持ち替え音速で振るった右手から銃声のような衝撃音が上がる。
ナイフの背から桜吹雪のような
同時に超音速による衝撃波で俺の右腕から鮮血が飛び散る。
『桜花』
--まるで桜の花びらが散るように。
「うおおおおおおっ!」
右腕を犠牲にする一撃。
聡明なクレハには推理できなかっただろう。
バシュウウウウウウ!
隕石が地面に衝突したかのように、荊の壁に穴が空いた。
その穴から顔をのぞかせたクレハは
--笑っていた。
楽しそうな笑みではなく、人を倒すことに快感を覚えているような獰猛な笑みで。
「キンジのことを一番見てたのは誰だと思ってるの?」
クレハは自分の眼前に再び荊の壁を張る。
荊の壁を展開するには種を蒔く必要があるという点からあらかじめなんらかの方法で俺が自分の荊の壁を突破してくるとは推理していたのだろう。
自分が推理できないことを推理することによって。
昔のクレハ、いや銀華だったらこんな推理の仕方はしないだろう。
自分の推理に絶対の自信を持っていた今のシャーロックのような銀華ならば。
銀華は俺や白雪、アリアなどの東京武偵高のみんなと触れ合い変わった。
「そっくりそのまま返すぜ。
「…っ!?」
銀華なら俺が想定外の行動をしてくるとは推理できるだろう。その推理から何か対処してくるだろうと。それを俺は推理しただけだ。
こんな推理ができるのは銀華に対してだけだ。銀華と出会ってからは、一番身近にいた人は銀華だった。
同じ年で同じ体質を持つ異性。
自分のことより銀華のことの方がわかるかもしれない。
これぐらい対応してくるのは不可能じゃない、可能だ。
「おおおおおおおおっ!」
俺は叫びながら今度は左手を動かす。
衝撃の力--撃力とは、実践上、激突するものの重さと速度により決まる。
先ほどの音速の一撃は実は実験材料だったのだ。次のこの攻撃のための。
俺は腰と背、肩と肘、そして手首で超音速ではなく亜音速の『桜花』を放つ。
桜花の二連撃。
先ほどの桜花から速度の足りない分は秋水で全体重を左拳に乗せることによって補った。
二連撃目の桜花でもう一度開けた荊の穴の向こうでは、今度は銀華が驚愕を露わにしている。
俺はその銀華、いやクレハを
グッ!
血で汚れてない左腕で自分の胸に引きつけた。
「離して!」
俺の胸で小さな身体を使い暴れるクレハ。
超能力者としては超一流かもしれないが、身体能力は見た目通り小学生低学年と変わらない。
「私はイ・ウーのクレハ・ホームズ・イステル!武偵の北条銀華じゃない!私は貴方達の敵なの!」
「我慢しなくていいんだ、クレハ。自分の本当の気持ちを出せば」
「私に
なかなか強情な子だね。こういうところはちょっとアリアに似てるかな。
こういう強情な子には直接、直球に言ってあげる必要があるだろう。
「君のことが好きだ」
その言葉を聞いたクレハは暴れていたのをやめ、身体を硬直させた。
アリアばりの急速赤面術で顔を真っ赤に染める。
「キンジが好きなのは銀華でしょ。クレハ・ホームズ・イステルの私じゃない」
「いいや、君のことだ」
「嘘。口だけならなんとでも言える。それに私のことが好きってもしかして浮気?」
「違う。だって君は俺の大事な婚約者だからな」
「………は?」
クレハは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。よく見たら…いやよく見るまでもなく銀華の驚いた時の顔とよく似ているね。
「何寝言言ってるの?キンジの婚約者は私じゃない。北条銀華なのよ」
「いいや、君さ。クレハと銀華は同一人物の別の姿。もう一つ君の新たな一面を知れたのが嬉しいぐらいだ」
「……」
「俺たちはもうすでに互いの
そもそも俺たちは
「キンジは怖くないの?」
「何がだい?」
「こんな能力を使う私がよ」
世間--一般人の方がマジョリティーであるこの世界では、超能力者は恐れられ差別される。
現に俺も最初の頃は理子が念力のような超能力で自らの髪を動かしたのも恐れた。
彼らが一般民衆と友好的になれなかったのは魔女狩りなどの歴史から明らかだ。
そして口調から察するに、魔女のクレハも
「私は世間から隔絶された。イ・ウーで生まれイ・ウーで育ったというのは聞こえはいいけど、世間から隔離されただけ。私のことを知るとみんな恐れる。恐れないのは同じ超能力者か私のことを知らない人か無邪気な子供だけ」
クレハは同じ様な超能力者が集まるイ・ウーにしかいれなかったのだろう。銀華の時はその鬱憤を発散していたのかもしれない。
「それでもキンジは私を怖くないというの?」
この質問の答えなど即答だ。
「怖いわけないだろ?こんなに可愛い俺のお姫様なんだから」
俺の答えにクレハは目を逸らす。
「俺は君の全てを受け入れる。それが愛するってことだろ?」
クレハは銀華に嫉妬していたのだ。
愛して欲しいのに愛されない自分と愛されるもう1人の自分を比べて。
俺がそう言うとクレハは顔を背けながら袖でゴシゴシ目を拭うと、今までで一番の笑顔を俺に向け、赤い花を胸ポケットにさしてきた。
これは……紅菊。
ああ…なるほど。
意味がわかったのでもう一度クレハの方を見るとギュッと今度は向こうから抱きついてきた。
本当に可愛いな俺の婚約者は。
紅菊の花言葉。その花言葉は--
--貴方を愛しています
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