哿と婚約者   作:ホーラ

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入学試験編後編

注意:キンジ無双(色々と)、ラブコメ、長い、微アンチヘイト



第15話:降りやまぬ雨

(さてと。これからどうするか)

 

俺たち受験生は武偵高が指定したビルにいくつも外付けされた階段からばらばらにビル内に入っていき、俺は未だ初期位置に陣取っていた。

ちなみにここは1階。奇しくも3年前とスタート位置が同じだ。

そして試験開始ブザーが鳴ってそんなに時間がたっていないわけだが、俺の足元には……

 

「うう…」

「なんなんだお前…」

 

他の受験生がうめき声をあげて倒れたり、縛られたりしている。

試験が開始されて取ることができる行動は、二つ。罠を張ってガン待ちするか、打って出るかのどちらかだ。

1階は血気盛んな奴が多かったようで、同じ階の俺以外の全員が打って出るを選択したようだな。実際、強襲科を受験するやつで待ちを選択するやつの方が少ないだろう。というかたぶんほとんどいない。

話を戻すが、俺がこれからするべき行動はこの二択なのだが、罠を張るにしても俺の手持ちはベレッタ一丁とカナに貰った緋色のバタフライナイフのみだ。これだけではヒステリアモードの俺でも、その辺に落ちてるものを利用しようと罠を仕掛けることはできない。

閃光手榴弾(スタングレネード)でも持ってこれば良かったな。

1階にはもう敵は残っていないようだし、上に向かおうかね。銀華と戦うまでの敵は全部前菜。この試験の主菜(メイン)であるところの銀華との戦闘までヒステリアモードを持続させなければならないからね。あの銀華にはこの俺じゃないと勝ち目がない。だからヒステリアモードが切れる前にこの試験を終わらせなければならない。

そして銀華もそう思っているに違いない。

 

音をなるべく立てずに素早く階段を上り、2階の様子を窺うが、銃声や剣戟などの戦闘音は聞こえない。聞こえるのは

 

「はぁはぁ……….」

「あの女、チビのくせにバケモンかよ………」

 

拘束されたり倒れたりして聞こえるそんな声だけだ。どうやらこの階も誰かが制圧したみたいだな。

俺はその倒した誰かを探すために2階をクリアリングしていると---

バッ!

上空、つまり天井から誰かが強襲(ダイブ)してきた。ヒステリアモードの知覚能力でそれを理解した俺は、撃退せず身を翻してかわすと

ガキィィィン!

地面とナイフがぶつかる大きな音がする。その襲撃者は不意打ちが失敗したのを見ると大きくバク転を交えたバックジャンプで距離をとった。

 

「理子の不意打ちをかわすなんてなかなかやりますなあ〜」

 

こんな荒廃したところでは場違いな甘い明るく幼い声が俺の耳に届く。この声の主は知っている。というか、自分で自己紹介している。

 

「とても愛らしく可愛い君との戦闘(ダンス)をすぐ終わらしてしまったら、勿体ないからね」

 

俺の眼に映ったのはは太陽光しかないこの廃ビルの中でさえ、それ自体が光を放っているかのような金髪。それをツーサイドアップテールに結い上げ、147cm程度と思われる身長とそれと反比例するような成熟した体つきの少女。

 

「あははは、君面白いこと言うね。理子、君のこと気に入っちゃった。名前なんていうの?」

「遠山キンジだ。君は理子だよね?」

「そうだよー。フルネームは峰理子だけど、理子って呼んでね。苗字で呼んだら怒っちゃうよ。がおー」

 

先ほど先生に質問していた少女--理子であった。その理子は指でツノを作っているが、見た目通りちょっと幼く明るい子だね。

 

「わかった。でも嬉しいよ。こんな可愛らしい子の可愛い名前を呼ばせてもらえるなんて」

 

俺がそう返すと、

 

「……キーくん、もしかしてふざけてる?」

 

ちょっと赤くなりながらそんなことを聞いてくる。キーくんとはたぶん俺のあだ名だろう。

 

「いいや、俺はいつも大真面目に振る舞うようにしているよ。特に可愛らしい女性の前ではね」

「……この口調、遠山……ああ、なるほどね(Je vois)

 

目つきが鋭くなり、ヒステリアモードの聴覚でほんのかすかに聞き取れる声でそう呟く理子は何か納得しているよ。

 

「戦う前に言うのはなんだけど降参してくれないかな理子。俺は理子のような可愛い子を傷つけるのは嫌なんだ。理子も痛い思いをするのは嫌だろう?それに俺には戦わなくちゃいけない人もいるしね」

「ブッブー!!これは強制イベントだからスキップ不可!!()()()じゃ理子は弱いし、()のキーくんは強そうに見えるけど、それでも負けたりはしないのです!!」

 

理子は手でバッテンを作りながらそう言うが……まあそうだろうな。理子を短い間しか観察できていないが、彼女はなかなかの実力者だとはわかる。『あそこ』がどこかはわからないが、今の俺が強いとわかってる時点で彼我の戦闘力はわかるぐらいの実力はある。

ヒステリアモードで相手が女子とはいえ、油断したらやられるぞ。

そんなことを思った瞬間に

(……っ!?…)

地面を滑るようにして、間合いを詰めてくる。突然、()()で俺に近づいてきた理子は俺の顎めがけて掌底を放つが、その滑るように近づく技を記憶から思い出した俺のガードが間に合う。

返しにその腕をとって投げようと思ったがバックジャンプで躱されて、腕を取ることはできなかった。

 

「すごいよキーくん。これを初見でガードできちゃうんだ」

 

彼女が使ったのは俺自身も使うことができる縮地法。いや、たぶん縮地法と同じ原理だが、沖縄武術とは違う武術だろう。掌底を放つクンフーのような攻撃の仕方から見て中国武術の活歩だな。

銀華に縮地法を教わる時、これは沖縄武術で、中国武術にも活歩という同じ技があると言っていた。たぶんそれだろう。

つまり彼女は中国武術の使い手なのだが…俺は対中国武術の経験がほとんどない。

 

「知り合いに似たような技を使う奴がいるからな」

 

なので、中国武術との対戦経験があるという風にブラフをうつが……

 

「くふっ、どうせ似たような技って縮地法でしょ。中国武術を知っているにしては掌底への反応が鈍かったもんね〜」

 

看破されてしまう。理子は幼い風に振舞っているけど、もしかしたら本当は賢い子なのかもしれない。

そして、再び距離を詰めてきた理子は先程と同じ掌底も含めた、肘打ち、足技の連撃。

中国武術使い(クンフーマスター)との対戦経験がない俺はヒステリアモードにもかかわらずガードでてんてこ舞いだ。反撃のタイミングが掴めない。

一旦少し距離をとった理子は飛びかかるように1アクションで飛びかかって来る。そして着地と同時に放たれた、ゴッ!と天を突くような上段前蹴り(アッパー・フロント)--クンフーで端脚(ダンジヨ)

(--きたッ!)

掌で受ける。掌で理子の踵からの力を受け、その衝撃を使い--その瞬間、攻防が入れ替わる。

--相手の攻撃の勢いを使った、カウンターの後方宙返り蹴り(サマーソルト)

 

「ぐっ……!」

 

相手のガードした腕に()()()当てる。理子は胸部と腹部の中間辺りに俺の蹴り上げを半分は食らったが、前腕に当たったことで衝撃は分散されたのだ。腕にダメージはあっただろうが限定的になった。

この攻防一体の技は3年の始め、銀華と組手をした時銀華が使った技だ。銀華がつかう技は再現が難しいものが多いのだが、似たような遠山家の技『絶牢』があり、俺はすんなりと使いこなせるようになったわけだ。

絶牢は相手の攻撃の勢いをそのまま跳ね返すので、先ほど使った銀華の技より防御力攻撃力共に高いのだが--「人に見せるな。見せたら殺せ」と伝わっているぐらい秘中の秘技。理子だけではなく、どこからか教師陣に見られていると思われる入学試験で使うわけにはいかない。

 

「--っ……」

 

自分の攻撃を利用されカウンターをくらい、廃ビルの壁まで後退させられた理子はちょっと驚いた顔だ。

カウンターを食らったこともだろうが、そのカウンターを俺がワザと腕に当てたことを不思議に思っているんだろう。

 

「女性を蹴り飛ばすことなんて俺にはできないからね。特に可愛らしい君のような子は」

 

だから俺は、その疑問に答えてあげる。ヒステリアモードの特性上、俺は女性を戦闘不能まで追い込むことはできない。なので俺はダメージを与え続けるか投げるかして相手を拘束しなくてはいけないのだ。

 

「ふーん……じゃあ、キーくんこれはどうするのかな?」

 

さっきの攻防で一撃で戦闘不能になるほどではないが軽くはないダメージを負った理子は艶かしい太ももを俺に見せつけつつレッグホルスターから拳銃--ワルサーP99を取り出す。そしてあまり狙いもつけずに俺の真上を含む天井に弾をばら撒き始めた。

ピシピシピシピシ!

天井に弾が当たる音が響き渡り……

 

(これが狙いか!)

 

ガラガラガラガラッッッ!!

その音と比較にならないぐらいの音を伴って、天井からコンクリートブロックが俺をめがけて落ちて来る。

俺たちのいるビルが廃ビルといっても、武偵高が管理してる建物だ。たかだか俺の持つベレッタと同じ9×19mmパラベラム弾、それもゴム弾で壊れるわけがない。だが理子は壊れるのを確信しているような行動だった。それはつまり…

 

(これが理子の罠ってことか!)

 

自分が壁際まで追い詰められるほどの相手に使う罠としてはこの罠は最適だね。壁際はあえて崩していないようだし。最初天井から不意打ちしてきたのは、天井に細工を施していたからかもしれない。

そんなことを考えていると瓦礫が俺の上から落ちて来る。前後左右逃げ場はない。

普段の俺なら実際詰みだ。

だが今の俺はヒステリアモード。

 

(天下無双のヒステリアモードをなめるなよ!)

 

俺は前後左右を封じられたので、残りの()に向かってジャンプする。正確には斜め前にだ。

瓦礫はほとんど一斉に落ちてきているが、完全に一斉ではない。一斉に落ちてるように見えて拳銃の弾が当たって脆くなった順に落ちているのだ。なので空中にいる間はZ軸の関係により隙間が生まれている。その間を縫うように--八艘飛び--瓦礫を船に見たて、それを足場にして次々と飛び瓦礫を避ける。

そして瓦礫を全て避けた頃には……

 

「やあ」

 

理子の目の前、それも上空にいるって寸法さ。理子は驚いて目を見開き口を開けているよ。そして俺はその勢いのまま、理子組み伏せる、頭は撃たないようにうまく力加減をしながら。俺に拘束された理子は悔しいようなやっと見つけたというような目をしている。

何を見つけたかのかはわからないが。

ゲーム好きぽい理子に

 

「これでゲームクリアかな?」

 

ウインクを一つ決めながらそう言う。

さて次の階へ進もうか。

 

☆★☆★

 

キンジが2階で理子を退けた頃、12階では3人、1vs2で戦闘を行なっていた。すでに13階と14階は生徒が1人残らずやられており、その状況を作った銀髪の生徒が1人、対面するのは武偵高の教官2人であり、教官側が人数的に圧倒的有利な状況にあった。だが押しているのは銀髪の生徒。

 

「何が起こっているんだ!?」

 

そんな声が、試験会場の映像を映し出しているモニター室で教師の間でも飛び交っている。

教師は元ヤクザ、元傭兵、元自衛隊など戦闘のスペシャリストと言われる存在だ。それは強襲科以外の教師も同じで、強襲科の教師の大女、蘭豹には劣るとしてもまだ中学生、それも少女に武偵高の教官二人掛かりで挑んで押されるなんてありえないだろうと、そんな風に考えていた。だが、現実にはモニター内で押しているのは銀髪の少女。そんな叫び声が聞こえてもおかしくはないだろう。

教官も手を抜いているわけではない。拳銃で何度も少女を狙っているのだが、彼女を狙って撃ったはずの弾は当たっていない。画質がそんなに良くないモニターからではわからないが、彼女が発砲に合わせて発砲しているということから、おおよそ拳銃弾で拳銃弾を撃って防いでいるというのがモニター室での結論になった。

その彼女は何もない空中でビュン!と蹴りの素振りをする。それは無駄な行動に思えるのだが、……何か大きなものに突き飛ばされたかのように銀髪の少女から離れているはずの片方の教官が吹っ飛ぶ。

もう一振りするともう片方の教官も吹っ飛ばされ、完全にその場を制圧した。

 

「これはSランク確定ですね…」

「またすごい逸材がきたな」

 

戦闘不能になった教官たちには一瞥もくれることなく、モニターに映る銀髪の少女は下の階へ足を向けた。紅の瞳に嫉妬の怒りを滾らせながら。

 

☆★☆★

 

さっきの瓦礫を避ける技だけど名前をどうしようかな。遠山家の技に『潜林(せんりん)』という秘技がある。大勢の騎馬や雑兵に守られた大将の首を取りに行くために開発された、敵の足と足の間をヘビのようにはって通過する技だ。それを応用してさっきの技を考えたんだが「()に浮かぶ()(瓦礫)をかわすようにとぶ」技だから『宙船(リープ)』でいいか。

 

そんなことを考えながら、3階の理子に比べそれほど強くなかった受験生を全員無力化し、気づけば4階まで到達していた。とはいっても、景色的にはあまり代わり映えがしない。

相変わらず太陽光しか光源がない薄暗い室内。構造は戦闘訓練用として各階微妙に違うが、だいたいの造りは同じなようだ。

とりあえず人の気配はしないが…もうそろそろいいか。

 

「そこの柱に隠れている奴出てこいよ」

 

俺はそんな風に後ろに振り返りながら声をかける。俺が睨みつけている柱に人の気配はなかったが…

 

「よく気づいたな」

 

ぬるりと柱の陰から男が姿を現した。

その男はガタイが良く、顔には傷があり無精髭を生やしている。明らかに同学年の受験生ではない。

 

「あんたが今回の監視役か?」

「そうだ。その口ぶりからしていると感づいていたようだな」

「まあな。流石にモニタリングだけじゃ全員の様子を見ることはできないからな。監視役はいて当然さ。生徒の実力を測るのにもうってつけだしな」

「ほう…」

 

男は感心したように呟きながら、徒手格闘の構えを取る。日本拳法のような構えは自衛隊徒手格闘の構えだな。自衛隊徒手格闘は、日本拳法をベースに、柔道と相撲の投げ技、合気道の関節技を採り入れた内容で構成されている。憲法9条により殺しを禁じられているため、自衛隊徒手格闘は相手を戦闘不能にしたり拘束したりする能力が高く、武偵中時代にも少し基礎を学んだ。

つまり彼は自衛隊を除隊した後、徒手格闘を教えるために武偵高の教師として採用されたのだろう。

じゃあ俺も徒手格闘でお出迎えするよ。

俺は武偵中で習った格闘術、遠山家の格闘術、銀華の格闘術が混ざった防御的なカウンター気味の構えを取ると

 

「じゃあ、授業開始といこうか」

 

腰からクイックドローしたP226の装填数16発全発をこちらに放ってきた。

徒手格闘で襲うと見せかけて、拳銃で先制攻撃。卑怯といえば卑怯だが、武偵での戦闘では当然ありえることだ。

だがヒステリアモードの俺には飛んでくる銃弾の射線が見える。その射線を横にスライドするように躱す。その射線を避けた俺には当然銃弾は当たらない。銃弾は銃口の方向にしか飛ばないので、拳銃の弾は意外と簡単にかわせるのだ。

そしてヒステリアモードの優れた瞬発力で近づいた俺はリロードする間も与えず、近接戦闘に持ち込む。男も最初から仕留めれるとは思っていなかったようで拳銃から手を離し、俺の攻撃に応じる。

俺は拳や蹴りを繰り出すが相手のガードに阻まれ、有効打を与えるには至らない。ヒステリアモードは筋力を増強させるものではないので、体格差は覆せない。ボクシングなどで体重ごとに階級が分かれているのは体格差がそのまま結果として現れるからだ。

そして、俺は170cm63kg。相手は体格的に見て185cm80kgぐらいか。つまりただ殴ってるだけじゃ相手のガードは崩せない。なので俺は

バンッ!

隙を見てホルスターから取り出したベレッタで男を撃った。

 

「ぐっ…」

 

俺が発砲した弾を受けた男は呻くような声をあげる。だがまだ戦えるようで構え直す。

常に防弾服を着用している武偵同士の近接戦では、拳銃弾は一撃必殺の刺突武器にはなりえない。打撃武器なのだ。

なので拳銃弾は何発も撃ち込まないと戦闘不能にできない。さっきの理子でヒステリアモード成分を補給したものの、制限時間を持つのであまり時間をかけたくない俺は、相手が怯んでいる間に--

近くの柱に向かってジャンプする。

そして三角飛びの要領で壁を蹴り。宙返りしながら天井を蹴り、落下スピードを加速させる。

これは中学入試の時に銀華が試験官のガードを崩した技だ。体重が二倍ぐらいあると思われる相手のガードすら崩せたのだ。たかだか15キロ程度の差なら何も問題もない。

バシッ!!

俺の蹴りが男のガードを崩し、よろめいたところに

バンバンッ!

相手の膝めがけてベレッタで銃弾2発を放つ。防弾服を着てるとはいえ、銃弾の威力を殺しきれるわけではない。金属バットで殴られたり飛び蹴りをもらった時などと同様に大きなダメージを負う。そんなものを膝に受けてしまったのだ。男は膝をつくようにして倒れる。そして露わになった人体の急所の一つ、後頭部に手刀を撃ち込み…

 

「うぅ…」

 

完全に気絶させる。案外武偵高の教師も簡単に無力化できたな。まあ…ヒステリアモードがなかったら厳しかっただろうが…

 

 

 

5階にもいた試験官を同じように倒し、他に誰もいないことを確認し6階に上がると、

「………」

誰も生き残りの受験生はいない。

試験が始まって結構時間が経つのだが、逆に不気味なムードがあるな。

そのまま6階を駆け抜け、7階に出る。俺の記憶によると7階には他の階にはない大きな部屋があったはずだ。俺はその部屋に向かい、その中に入ると

 

「遅い」

 

部屋の中央部にある柱に寄りかかった銀華が目を瞑ったままそう声をかけてきた。腰まで届こうかという長い銀髪はこの薄暗い空間を照らすかのような光を放っており、その美しさで周囲を圧倒する。まるでRPGのラスボスみたいだね。

 

「すまない、女性を待たせるなんて男として失格だね。でも嬉しいよ。銀華が俺のことを待っててくれたと思うと」

「……」

 

俺の言葉を静かに聞いていた銀華は、柱から体を離し目を開ける。その目は依然として紅に染まっており、ただ目を開けただけで銀華から伝わってくる、もともと強かった殺気--それがさらに強まった気がする。

 

「人生というのは、人間が頭の中で考えるどんなことよりも、はるかに不思議なものだね」

 

銀華がそんなことを腕を組みながら言う。

確かこの言葉はシャーロック・ホームズが言った言葉だったはず。あんな殺気を発していても銀華は銀華だな。いかにもホームズオタクらしい言葉選びだ。

 

「確かに。俺と銀華が婚約者になるのは天が与えてくれた宝物のようなものだし」

「………。中学入試でも似たような状況だった。私とキンジが最後に残る。あの時はどっちも本気じゃなかった」

 

あの時でも十分強かったけど、今の姿を見たら本気じゃなかったとわかるね。あの時は俺も普段の俺だったし。

 

「そして今。私たちはここにいる。どちらも本気の姿で」

 

銀華はスカートの中にあるホルスターからベレッタM93Rを取り出す。それに合わせて俺もベレッタM92Fを抜く。

 

「さっきまで1人で考えてて気づいた。私のHSS(これ)はキンジのHSS(それ)を倒すためのモード。そしてキンジは私を傷つけられない」

 

銀華の言う通り、確かに俺のヒステリアモードは女性を傷つけることはできない。だが…

 

「知ってるかい銀華。傷つけられなくてもこのルールでは戦闘不能の他に捕縛すれば俺の勝ちなんだよ」

「…ふーん。今の私を傷つけずに捕まえられるといいたいんだね」

「そうさ。俺のヒステリアモード(これ)は女性を捕まえるのが上手いからね」

「じゃあやってみなよ!」

 

そう言って銀華の93Rが、三連バースト特有のマズルフラッシュを連ね--

3×6発の9mmパラベラム弾が一斉に襲いかかってくる。

流石銀華だ。どうやって避けても避けきれないように撃ってきている。どうやっても数発当たってしまう。なので俺は俺の体に当たるだろう6発の銃弾を…

(--銃弾撃ち(ビリヤード)--ッ!)

バチバチバチバチバチバチッ!

92FSでそれを迎え撃った。

弾丸同士が衝突する音が俺と銀華の中間で連なった。

全ての弾が四方八方に飛び散り、2人の銃口から出た煙は部屋の上部へ立ちのぼっていき

 

「……」

 

銀華は無言ではあるが、驚いたのか少し眉を上げた。

 

「……」

 

そして同じように無言で立つ俺も無傷だ。

避けられない銃弾をかわす方法。

そんなのは簡単だ。

当たる銃弾を当たらないようにすればいい。

以前、遠山家の忘年会で兄さんと爺ちゃんが銃弾を銃弾で弾く一発芸をしていたが、今回はそれを使わせてもらった。俺に当たる弾6発をビリヤードで弾を弾くように銃弾を銃弾で撃った。

普段の俺ならまず無理だが流石ヒステリアモードだな。

リゾナであればビリヤードでいう『キャノン・ショット』と同じで、弾いた弾がさらに連続して当たるように撃つことができるだろうが無い物ねだりだな。なんたって俺に撃ってきた張本人がトリガーなんだから。

 

「もう終わりかい?」

 

そう言われた銀華は――――

バッ!

 

「!?」

 

俺の目の前に、風が巻き起こった。

気がついた時には、銀華が8mほどあった間合いを一呼吸で移動していた。縮地法や活歩のように目の錯覚ではなく、本当に一瞬で。

(……間に合わない……!)

そこから銀華は蹴りを繰り出してくるのが見えるが、避けるのは間に合わない。多少のダメージ覚悟で腕を使い、ガードするが…

ゴスッッッッ!

 

「ぐほっ!」

俺は声にならない声を上げ、部屋の中央付近から壁際まで吹っ飛ばされる。寸前のところで壁にうちつけられずに済んだが、俺はそんなことより驚きの感情でいっぱいだ。

 

(あれは…しゅ『秋水』……!)

 

は、初めてみたぞ。遠山家の奥義の一つを、意外すぎるシチュエーションで。

衝撃の力ーー撃力とは激突するものの重さと速度によって決まる。なので、ボクシングなどでは『拳にできるだけ体重を乗せる』ようにするものなのだが、秋水は『余すことなく全体重を乗せる』。

そうすると、どうなるか。仮に動きがほとんどない打撃、例えばベリーショートパンチなようなものでも甚大な撃力が生じるのだ。

これは中国拳法でも寸勁(すんけい)という名前で類似する技があり、秋水はそれの極端版。要するに打撃に見えて、実は最も技術化された体当たりなのだ。

昔兄さんが分かりやすく説明してくれたところによると、8グラムしかない9mmパラベラム弾がなぜ大きな衝撃を生むかというと、速度がひたすら速いから。()()()()()。秋水はその逆。()()()()()

とまあ、理屈は知っていたのだが…

かなり難しい技であり、未だに成功したことはない。

だが銀華は自分の得意な蹴りに置き直し、速度も普通の()()()()()()()()()()()()()()として実践で使ってみせた。ばあちゃんも秋水は使える節があるし、多分家の誰かから聞いたんだろうな。

そんなことを考えながら、急いで立ち上がっていたのだが、その隙に

バッ!

再び瞬間移動のように一瞬で距離を詰めてきた銀華は俺の頭めがけて二連撃の飛び蹴りを放ってくる。それを身をかがめ、かわした後着地後の隙を見て投げからの拘束に持ち込もうとするが、

ダン!

銀華の着地と同時に地面にクレーターが生じた。いきなりのことで体勢が崩れた俺は投げをキャンセルせざるを得ない。その隙に銀華はバックジャンプで距離を取る。

いつもの銀華もそうだが人間離れした動きだな。まるで格ゲーのキャラだ。

 

「まだまだ…」

The()END(エンド)だよ」

 

また間合いを詰めてくるかと思い身構えるが、今度は距離を詰めずにビュン!とその場で蹴りの素振りをした。その直後…

ドゴッ!

俺の腹部に何か大きなハンマーで殴られたような衝撃があり、俺は大きく吹っ飛ばされ、今度は壁に打ち付けられる。

 

(痛え…)

 

どういうことだ。

発砲した様子はなかった。ガードができなかったとはいえ、さっきの秋水の半分ぐらい吹っ飛ばされたということはかなりの威力だ。

 

incessant shelling(降りやまぬ雨)、キンジの負けだよ」

 

紅の瞳を滾らせ、悠然と歩いて近づいてくる銀華がそう言う。それがさっきの技の名前か。

 

「キンジのHSS(それ)は私に勝てない。私のHSS(これ)と同じく、弱点がある」

 

それと似たようなことを前誰かと……

 

『キンジ』

 

そうだ、殉職した父さんとの会話だ。

そんな父さんとの幼い頃の会話を、脳内でリピートする。

走馬灯のようにゆっくりと。

『HSSは最強じゃない。最弱なんだ。世界の半分の人間はたやすく俺たちHSSを殺せる』

世界の半分の人間?

『それは女だ。女のためなら俺たちHSSは命を擲ってしまう』

どうしたらいいの……?

『自分を殺しにきた女を、惚れさせるのさ』

どうやって?

『愛してあげなさい』

愛して…

『それができれば、HSSは最弱から最強になれる』

 

そうか。わかったぞ。銀華に勝つ方法が。それも銀華にしか試せない方法で。

そして銀華のHSSはそれを望んでいるんだ。

 

「おやすみ、キンジ」

 

そう言って再びさっきの中距離の蹴りを放ってきたが

バンッ!バチっ、パリン!

俺の発砲音と、静かに何かとなにかがぶつかった音、何かが壊れる音がし、俺にはさっきの見えない攻撃が届くことは………ない。

やっぱりな。たぶん銀華が使ったのは空気弾。足に一瞬だけ秋水のように全体重を寄せ、足の目の前にある空気を打ち出したのだろう。

遠山家には似たような技で『矢指(しし)』って技があるから気づくことができた。

まああれは目くらましみたいなものだけどね。

 

「えっ……?」

 

俺が防ぐと推理していなかったようで、銀華は一瞬固まる。その隙に俺は

 

「うおおおお!」

 

壁に打ち付けられてしゃがんでいたのを利用して、100メートル走のスタートのように一気に銀華との距離を詰める。

固まっていた銀華だが、さすがはヒステリアモードの反射神経。それを見て反撃するために秋水を乗せた後方宙返り蹴り(サマーソルト)を放ってきた。その蹴りを俺は

ドンッ!

見よう見まねの左手で放った秋水で迎撃する。俺に後方宙返り蹴りをキャンセルされ空中に浮いている銀華を、俺は右手を銀華の背中に、左手を膝の裏に回し抱きかかえる。世に言うお姫様抱っこのように。

 

正直『愛』なんて……

よくわからないんだよ、未だに俺は。

だが銀華には他の誰とも違う気持ちを抱えているのは事実だ。

銀華といると楽しい。銀華と一緒にいたい。

そんな気持ちはあるが、それが一般的な愛かはわからない。だが俺にとっての愛はそれだ。

そんな愛する銀華に、俺が知る愛することの最上級の行為、銀華の口に俺の口を重ね合わせた。

驚きで銀華は体をビクンビクンと震わせ、目を見開いている。その目は真っ赤に燃えるような紅からいつもの瑠璃色に戻っていき、纏っていた殺気も霧散した。

やはりな。銀華の今回のヒステリアモードの根幹をなしていたのは『嫉妬』。嫉妬とは愛の保証の要求と兄さんが言っていた。

銀華の嫉妬のヒステリアモードは愛される要求、今回でいうキスで要求を満たし、解除されたのだ。

存分に銀華の唇を堪能した俺は、銀華から口を離し

 

「銀華、愛してるよ」

 

銀華が一番言って欲しかっただろう言葉を言ってあげる。一度も今まで言ったことなかったものを。それを聞いた銀華は一瞬涙を浮かべたが、その後すぐ大輪の花が咲いたような今までで一番可愛く愛らしい顔に変え、

 

「私も愛してるよ、キンジ」

 

チュッ

少し体を起こして、俺の頰にキスをした。まるでさっきのお返しかのように。

そうだよ、銀華。

止まない雨なんてないんだ。

雨はいつかやみ、そこには虹がかかるんだよ。

今の君みたいにね。

 

 

☆★☆★

 

試験が終わり、電車で来ていた俺は銀華の車で帰ることになったんだが…

 

(き、気まずい…)

 

さっきまでの行動を思い出すと、何してくれてんのヒス俺!と言いたくなり自己嫌悪に悩まされるので思い出さないことにしたのだが、問題は横の銀華だ。

モジモジしながらこちらをチラチラと見て、目があったら慌てて目をそらし、顔を真っ赤にする。どうやらあいつもキスされた後軽くヒスっていたらしく、恥ずかしいみたいだ。気持ちはすごくわかる。だがこの状況どうすればいいんだ……

社交性カンスト銀華がこれだったら、社交性マイナスの俺にどうにかできるわけあろうか、いやできない。

しばらくこんな状況が続いたが、この状況を破ったのは銀華であった

 

「あ、そういや。キンジ大丈夫なの?」

「…ん?なにがだ?」

 

頭とか言われたら、うーんと首をかしげるのだがそれ以外に思い当たるものがなく聞き返す。

 

「いや、さっきのキンジの行為、側から見たら強姦に間違われてもおかしくないなって…」

「な……」

 

た、確かに側から見たらそう見える。武偵が裁判にかけられる場合、武偵3倍刑と言われ罪が3倍になる。もし強姦に間違われた場合100%有罪だろうな。だが、ヒス俺は抜かりない。

 

「お前の降りやまない雨?を銃弾撃ち(ビリヤード)で跳ね返した時に跳ね返った弾で、あの部屋のカメラを破壊しといた。ほら、お前を拘束した後、試合終了のブザーがなるまで少し時間がかかったし、たぶん見られていないはずだ。たぶん」

「それならいいけど。じゃあ、さっきのは2人の秘密だね」

「3人ですよ」

 

うわ、突然3人目が現れてびびったぞ。そういやこの車喋るんだったな。

 

「アイは秘密が何か知らないよね?」

「知っていますよ。というか教えて貰いました。銀華様と遠山様がキスをされたんですよね?」

 

げっ!なんで知ってんだこいつ。

というか教えてもらったって誰だ。

 

「父さんめ…娘を推理するのは人が悪いよ」

 

お前もバケモンだがお前の父さんもバケモノだな。さっきの行動を推理していたってことかよ。ほぼ未来視じゃねえか。

 

「あと、先ほどの銀華様の照れていらっしゃる姿の写真も転送済みです」

「はあ!?何してんのよアイ!ていうかこの車写真撮影機能あったの知らなかったんだけど!?」

「わざとお教えしませんでした。そう命令されたので」

「父さんめ…絶対に許さないぞ…」

 

そんな銀華と車が言い合う様子を見て、高校は楽しく暮らせそうな未来が見えた気がした。

 

 

 

 

 

 




書いてる方が恥ずかしくて悶えるんですけどこれ…
キスされたら許しちゃうって銀華チョロインですね。怖いけど

理子のコンクリート落とし、武偵法9条引っかかるやろと思いながら全巻見直してたんですけど10巻でかなめにアリア、歩道橋と信号機で生き埋めにされてるんですよね。それで骨折すらない軽傷。もっとヤバいのがグレネードを受けたりジーサードに殴られて軽傷の理子。どうなってるんだこの世界。

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