東方日妖精   作:空色空

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今回は花解説がないので、『偶にはこんな話も~』です。


第七話 偶にはこんな話も悪くない ~火の花~

 

 

 

 

 

 あの鬱陶しい暑さも、少しは和らいで来たような気もする時期となった。

 この暑さとも、あとちょっとでお別れが近い筈だ。よーし、これから頑張るぞー。

 

 ……いや、一体何を頑張るのかは良く分からないけれど。

 

 

 さてさて。

 立ち止まって空を見上げてみる。其処には、真っ暗な景色が広がっていた。まあ、つまりは、夜だ。

 

 現在地は人里。真っ暗な空とは反対に、今日の人里はやけに明るく眩しいくらいに輝いていた。

 それに、何時にも増して賑やかだ。彼方此方から、客寄せの声や楽しそうな声が聞こえて来る。確か喧騒と言う奴だった気がする。

 普段から活気が溢れている場所ではあるが、今この時ばかりは、何時もの人里など比べ物にならないだろうなぁ。

 

 そんな人里には、幾つもの屋台が立ち並び、其処からは提灯が下がっている。夜の闇にも負けない明るさだ。

 屋台が並ぶ場所を見てみると、人間以外の種族も沢山いた。

 人里とは、その名の通り人が住んでいるところなのであって、本来は妖怪などは立ち入ることが出来ない場所ではある。だけれど、今日に限ってはそんな決まりごとは関係無く、妖怪だろうが神様だろうが、みんなが入れるようになっている。

 それに今日、こんなところで問題を起こすような奴は、幻想郷にはいないだろう。

 

 私としては、うるさいの苦手だけど、

 

「おじちゃん。りんご飴ちょーだい!」

 

 賑やかなのは嫌いじゃない。

 

「あいよ、りんご飴ね。……はいどうぞ」

 

 それに、今日は折角の祭りの日なんだ。騒ぎに紛れて全力で楽しまなければ損と言うものだ。

 

 私は、歩くにつれて高まっていく気持ちに、逆らうことなく身を委ねることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 今日は年に一度しかない夏祭りの日。

 

 こんな楽しそうなイベントを、私が逃すわけにはいかないだろう。全力を以って遊びつくしてやろうじゃないか。お金はありったけ持ってきた。

 

 因みに、今のところ、私は一人で行動している。

 当初の予定では、私はチルノと一緒に色んな屋台を巡る筈ではあったのだが、忙しいからと断られ、今の状況に至る。

 しかし、チルノが忙しいとは、一体何の予定があったのだろうか。

 何度もチルノに聞いてはみたが、全て「秘密だ!」と言われ突き返されてしまった。

 果たして何を考えているのやら……

 

 と、そんな時にふと、氷、と書かれた垂れ幕が目についた。

 氷、まあ、かき氷のことだろう。

 細かく砕かれた氷に、イチゴとかメロンとかのシロップをかけて食べるアレだ。甘くて美味しアレのことだ。

 

 ふむ。かき氷か。やっぱり、夏と言えばかき氷と私の中では決まっているんだ。これはもう買わずにはいられない。全ての味を制覇してやろうか。お腹を壊す未来しか見えないが。

 

 良し、かき氷を買おう。味は何が良いかな。まあ最初はイチゴ味でも。

 

「すいませーん。かきご……」

「お客!! やった――ってなんだ、チクサか」

 

 こいつ、何処かで見た顔だと思った。

 チルノだった。

 

 ……見なかったことにして良いだろうか。あっ、ダメですかそうですか。

 

 先程悩んでいた疑問の答えが今、目の前にはある訳だけれど。凄く信じたくない。

 

 だってあのチルノだよ? あのチルノだよ?

 お金の計算が出来るのか怪しいし、そもそも、マトモなかき氷を作れるのかどうかすら危ぶまれる。

 

「えっ、チルノって屋台やってたの?」

「そうだ! スゴイだろ!!」

 

 チルノはえっへんと胸をはった。

 ああうんすごいねーすごいすごい。うん。

 

 いや、しかし如何しようか。

 私としては全力で此処から立ち去りたいところではあるが、もうチルノにはロックオンされてしまった。

 これは商品を買っていかないことには帰してくれないだろう。

 だが、チルノのかき氷か……

 

 

 

 まあ、良いや。

 此処は友達として買ってあげようじゃあないか。

 もしかしたら、案外味は悪くないかもしれない。それに、氷精であるチルノが作る、かき『氷』なのだ。氷の扱いはチルノの専門分野。其処を考えると、自然と期待してしまう。

 ってかアレ? 意外といけるかもしれんぞ。氷くらいならチルノは簡単に出来るし、シロップだって間違えようがないだろう。まさか変なものはこない筈。

 おお、大丈夫な気がしてきた。

 

「チルノ、此処のかき氷は何味があるの?」

 

「えっとね、水味だよ!」

 

 ああ、水味か。水味ね、うんうん水味。

 

 ……は?

 

 いやいや待て待て私。

 確かにチルノは水味と言った。聞き間違いでもなんでもなく本当に水味と言った。

 

 み……水? 水なの? 水ってつまり、ウォーター?

 

 そもそも水に味とかあるのとか、それってただの氷じゃね? とか思ってしまうけれど。

 

「……え、えっと……じゃあかき氷一つ」

 

 取り敢えず買った。

 

 幾らか不安は残るが、取り敢えず買ったかき氷を一口食べてみる。

 

 

 

 

 

 チルノの屋台だけ異様にお客が行かない原因が分かった。

 

 金返せや。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とまあ、『チルノ特製水味かき氷』のおかげでテンションはだだ下がったが、まだまだこれからだ。私は、全ての屋台を回り尽くさなければいけないのだから。

 

 気を取り直して次行ってみよー。

 

「む。其処の妖精」

 

 行こうとしたところでそんな声をかけられた。辺りには妖精はいない訳だし、きっと私のことだろう。

 声のした方を向いてみる。

 九本の尻尾が生えた狐の妖怪が立っていた。

 

「君は……ああ、えっと確か、藍だったよね。紫から聞いてるよ。彼奴の式神でしょ?」

「……私のことを知っているのなら話は早い。紫様がお呼びだ。ついてこい」

 

 何この人。ちょっと私に対して当たりが強くない?

 まあ良いや。腑に落ちないところもあるけど、其処は我慢してあげようじゃないか。私は大人だからね!

 

 

 

 

 

 

 

 

 藍に連れられ向かった先は、あのお祭囃子とは離れた場所。あれだけ聞こえていた喧騒は、少し遠いところに行ってしまった。

 

「ついたぞ。此処で待っていろ」

「ん。ありがとう藍。もし良かったら今度尻尾モフモフさせてね」

「なっ……!」

 

 はっ、いけない。つい心の声が。

 

 正直、藍の後ろをついていっている時も、左右に揺れる大きい尻尾が気になって仕方がなかった。是非モフらせて欲しい。絶対に気持ち良いと思うんだ。

 

「って言うか今直ぐモフらせろー!!」

「なにっ!?」

 

 もう辛抱たまらん。

 私は藍に飛びかかった。

 

 一瞬驚いたような藍だったが直ぐに落ち着きを取り戻し、しっかりと此方を見据え、私をかわした。

 くっ……やるな。流石は紫の式神と言うだけのことはある。急に飛びかかられてパニックを起こさないとは。

 

 くそっ、もう一度だ。

 

 両足に力を込め、地面を思いっきり蹴る!

 地面の反発を貰い、私は藍に向けて跳躍する。狙うはあの大きな九本の尻尾。

 

 再びの跳躍に対して、先程のように回避をしようとする藍。私の軌道を予測し、其処から自分の体を外そうとするが、

 

「なっ……!?」

 

 藍の足には大量の植物が巻き付き、動くことが出来ない。

 どうだ! これが私の能力だ! 雑草ごときと侮ったな? たとえ雑草でも、ソレは立派な武器となるのだ。

 

 ……決して、これは能力の無駄遣い等ではない。正しい使い方だ。

 

 私をかわすつもりだった藍も、自分の足が動かないと言う事態には対応しきれなかったようだ。

 少しの隙が出来る。

 それは一瞬の隙だっただろうが、残念ながら、一瞬でもあれば十分に間に合ってしまう。

 

 飛びかかってくる私を、隙を晒してしまった藍は避けることが出来ず……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えーっと……今はどんな状況なのかしら」

 

 スキマ妖怪――紫の声が聞こえた。人を呼んでおいで今頃来るのか。

 まあ、今の私はそれどころではない。

 

「ちょっ……止めてください千九咲様ぁ!!」

「んー? 聞こえないなぁ。あっ、今の反応からして……此処だな?」

「――ひゃんっ!? そ、其処は駄目ですぅ……」

 

 藍の尻尾をモフることに必死なのだ、此方は。

 

 逃げようとする藍を、能力を使って草で縛る。フハハ! 逃れられまい!

 

 例え一本では細く非力な草だとしても、束となってしまえば、それは強靭な蔦となるのだ。

 

「……ほら千九咲。其処までにしといてあげなさい。それ以上やると、この小説に新しい警告タグを付けないといけなくなるわ」

「むっ、それは困るなぁ」

 

 紫の言葉を聞き、渋々とだが押さえつけていた藍を解放する。

 

 先程のまでの行いは尻尾をモフモフしていただけなのです。東方日妖精は小さな子供でも読める健全な小説です。

 

 

 よしっ、弁解終了。

 

「それで? 紫は私になんの用なの?」

 

 藍が私から距離を取って、乱れた服を直しながら涙目で睨み付けてくる。そんな顔をされるとまた虐めたくなっちゃうじゃないか。冗談です。

 まあ、取り敢えず謝っておこう。ごめんねー。

 

「別に。大した用事じゃありませんのよ」

 

 しかし、紫は胡散臭いなぁ。その笑みと言動が原因だと思うけど、どうしてこんな風になってしまったのやら。

 最初会った時はこんなのじゃなかった筈なんだけどなぁ。

 

「貴方と一緒に花火でも見ようかと思いまして」

 

 そう言った紫の顔は、珍しく素直な笑みに見えた。

 ……なんだ。そんな顔も出来るんじゃん。

 

「ん、良いよ。じゃあ三人で見ようか。ほら、藍もおいで……なんでそんなに嫌がっているのさ」

「十中八九貴方のせいでしょうね」

 

 なんのことでしょう。身に覚えがありませんね。

 

「…………」 

「ほ、ほら! そろそろ花火始まるんじゃない!?」

 

 視線に耐えられなかった為、頑張って話を反らしてみる。

 

 そう言った直後、大きな音と共に、黒い夜空に、一輪の赤い花が咲いた。

 図らずとも、タイミングは完璧だったようだ。

 

「……おお、きれい」

「……ええ、そうね」

「はい……綺麗です」

 

 最初の一発に続いて、二発目、三発目が上がる。

 

 次々と打ち上げられていく花火を見ていると、その周りに、小さい星やキラキラと光る氷などが見えた。

 

 ふふっ。アレは多分、チルノと魔理沙かなぁ。何とも面白いことを考えてくれるものだ。

 

「ねえ、紫」

「何かしら、千九咲?」

 

 

 

 ――幻想郷、作って良かったね

 

 

「……ええ」 

 

 皆、この幻想的な景色に見入っているのだろうか。

 あれだけ聞こえていた声は、すっかり静かになってしまっていた。

 

 私も、紫も、藍も。

 

 私達三人はずっと、終わるまで、咲き誇る花に見惚れていた。

 

 




藍しゃまの尻尾をモフモフしたくて仕方がない。

残念ながら僕には出来ないので、代わりにやってもらいました。作者の願望が駄々漏れですね。


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