あの鬱陶しい暑さも、少しは和らいで来たような気もする時期となった。
この暑さとも、あとちょっとでお別れが近い筈だ。よーし、これから頑張るぞー。
……いや、一体何を頑張るのかは良く分からないけれど。
さてさて。
立ち止まって空を見上げてみる。其処には、真っ暗な景色が広がっていた。まあ、つまりは、夜だ。
現在地は人里。真っ暗な空とは反対に、今日の人里はやけに明るく眩しいくらいに輝いていた。
それに、何時にも増して賑やかだ。彼方此方から、客寄せの声や楽しそうな声が聞こえて来る。確か喧騒と言う奴だった気がする。
普段から活気が溢れている場所ではあるが、今この時ばかりは、何時もの人里など比べ物にならないだろうなぁ。
そんな人里には、幾つもの屋台が立ち並び、其処からは提灯が下がっている。夜の闇にも負けない明るさだ。
屋台が並ぶ場所を見てみると、人間以外の種族も沢山いた。
人里とは、その名の通り人が住んでいるところなのであって、本来は妖怪などは立ち入ることが出来ない場所ではある。だけれど、今日に限ってはそんな決まりごとは関係無く、妖怪だろうが神様だろうが、みんなが入れるようになっている。
それに今日、こんなところで問題を起こすような奴は、幻想郷にはいないだろう。
私としては、うるさいの苦手だけど、
「おじちゃん。りんご飴ちょーだい!」
賑やかなのは嫌いじゃない。
「あいよ、りんご飴ね。……はいどうぞ」
それに、今日は折角の祭りの日なんだ。騒ぎに紛れて全力で楽しまなければ損と言うものだ。
私は、歩くにつれて高まっていく気持ちに、逆らうことなく身を委ねることにした。
――――――
今日は年に一度しかない夏祭りの日。
こんな楽しそうなイベントを、私が逃すわけにはいかないだろう。全力を以って遊びつくしてやろうじゃないか。お金はありったけ持ってきた。
因みに、今のところ、私は一人で行動している。
当初の予定では、私はチルノと一緒に色んな屋台を巡る筈ではあったのだが、忙しいからと断られ、今の状況に至る。
しかし、チルノが忙しいとは、一体何の予定があったのだろうか。
何度もチルノに聞いてはみたが、全て「秘密だ!」と言われ突き返されてしまった。
果たして何を考えているのやら……
と、そんな時にふと、氷、と書かれた垂れ幕が目についた。
氷、まあ、かき氷のことだろう。
細かく砕かれた氷に、イチゴとかメロンとかのシロップをかけて食べるアレだ。甘くて美味しアレのことだ。
ふむ。かき氷か。やっぱり、夏と言えばかき氷と私の中では決まっているんだ。これはもう買わずにはいられない。全ての味を制覇してやろうか。お腹を壊す未来しか見えないが。
良し、かき氷を買おう。味は何が良いかな。まあ最初はイチゴ味でも。
「すいませーん。かきご……」
「お客!! やった――ってなんだ、チクサか」
こいつ、何処かで見た顔だと思った。
チルノだった。
……見なかったことにして良いだろうか。あっ、ダメですかそうですか。
先程悩んでいた疑問の答えが今、目の前にはある訳だけれど。凄く信じたくない。
だってあのチルノだよ? あのチルノだよ?
お金の計算が出来るのか怪しいし、そもそも、マトモなかき氷を作れるのかどうかすら危ぶまれる。
「えっ、チルノって屋台やってたの?」
「そうだ! スゴイだろ!!」
チルノはえっへんと胸をはった。
ああうんすごいねーすごいすごい。うん。
いや、しかし如何しようか。
私としては全力で此処から立ち去りたいところではあるが、もうチルノにはロックオンされてしまった。
これは商品を買っていかないことには帰してくれないだろう。
だが、チルノのかき氷か……
まあ、良いや。
此処は友達として買ってあげようじゃあないか。
もしかしたら、案外味は悪くないかもしれない。それに、氷精であるチルノが作る、かき『氷』なのだ。氷の扱いはチルノの専門分野。其処を考えると、自然と期待してしまう。
ってかアレ? 意外といけるかもしれんぞ。氷くらいならチルノは簡単に出来るし、シロップだって間違えようがないだろう。まさか変なものはこない筈。
おお、大丈夫な気がしてきた。
「チルノ、此処のかき氷は何味があるの?」
「えっとね、水味だよ!」
ああ、水味か。水味ね、うんうん水味。
……は?
いやいや待て待て私。
確かにチルノは水味と言った。聞き間違いでもなんでもなく本当に水味と言った。
み……水? 水なの? 水ってつまり、ウォーター?
そもそも水に味とかあるのとか、それってただの氷じゃね? とか思ってしまうけれど。
「……え、えっと……じゃあかき氷一つ」
取り敢えず買った。
幾らか不安は残るが、取り敢えず買ったかき氷を一口食べてみる。
チルノの屋台だけ異様にお客が行かない原因が分かった。
金返せや。
とまあ、『チルノ特製水味かき氷』のおかげでテンションはだだ下がったが、まだまだこれからだ。私は、全ての屋台を回り尽くさなければいけないのだから。
気を取り直して次行ってみよー。
「む。其処の妖精」
行こうとしたところでそんな声をかけられた。辺りには妖精はいない訳だし、きっと私のことだろう。
声のした方を向いてみる。
九本の尻尾が生えた狐の妖怪が立っていた。
「君は……ああ、えっと確か、藍だったよね。紫から聞いてるよ。彼奴の式神でしょ?」
「……私のことを知っているのなら話は早い。紫様がお呼びだ。ついてこい」
何この人。ちょっと私に対して当たりが強くない?
まあ良いや。腑に落ちないところもあるけど、其処は我慢してあげようじゃないか。私は大人だからね!
藍に連れられ向かった先は、あのお祭囃子とは離れた場所。あれだけ聞こえていた喧騒は、少し遠いところに行ってしまった。
「ついたぞ。此処で待っていろ」
「ん。ありがとう藍。もし良かったら今度尻尾モフモフさせてね」
「なっ……!」
はっ、いけない。つい心の声が。
正直、藍の後ろをついていっている時も、左右に揺れる大きい尻尾が気になって仕方がなかった。是非モフらせて欲しい。絶対に気持ち良いと思うんだ。
「って言うか今直ぐモフらせろー!!」
「なにっ!?」
もう辛抱たまらん。
私は藍に飛びかかった。
一瞬驚いたような藍だったが直ぐに落ち着きを取り戻し、しっかりと此方を見据え、私をかわした。
くっ……やるな。流石は紫の式神と言うだけのことはある。急に飛びかかられてパニックを起こさないとは。
くそっ、もう一度だ。
両足に力を込め、地面を思いっきり蹴る!
地面の反発を貰い、私は藍に向けて跳躍する。狙うはあの大きな九本の尻尾。
再びの跳躍に対して、先程のように回避をしようとする藍。私の軌道を予測し、其処から自分の体を外そうとするが、
「なっ……!?」
藍の足には大量の植物が巻き付き、動くことが出来ない。
どうだ! これが私の能力だ! 雑草ごときと侮ったな? たとえ雑草でも、ソレは立派な武器となるのだ。
……決して、これは能力の無駄遣い等ではない。正しい使い方だ。
私をかわすつもりだった藍も、自分の足が動かないと言う事態には対応しきれなかったようだ。
少しの隙が出来る。
それは一瞬の隙だっただろうが、残念ながら、一瞬でもあれば十分に間に合ってしまう。
飛びかかってくる私を、隙を晒してしまった藍は避けることが出来ず……
「えーっと……今はどんな状況なのかしら」
スキマ妖怪――紫の声が聞こえた。人を呼んでおいで今頃来るのか。
まあ、今の私はそれどころではない。
「ちょっ……止めてください千九咲様ぁ!!」
「んー? 聞こえないなぁ。あっ、今の反応からして……此処だな?」
「――ひゃんっ!? そ、其処は駄目ですぅ……」
藍の尻尾をモフることに必死なのだ、此方は。
逃げようとする藍を、能力を使って草で縛る。フハハ! 逃れられまい!
例え一本では細く非力な草だとしても、束となってしまえば、それは強靭な蔦となるのだ。
「……ほら千九咲。其処までにしといてあげなさい。それ以上やると、この小説に新しい警告タグを付けないといけなくなるわ」
「むっ、それは困るなぁ」
紫の言葉を聞き、渋々とだが押さえつけていた藍を解放する。
先程のまでの行いは尻尾をモフモフしていただけなのです。東方日妖精は小さな子供でも読める健全な小説です。
よしっ、弁解終了。
「それで? 紫は私になんの用なの?」
藍が私から距離を取って、乱れた服を直しながら涙目で睨み付けてくる。そんな顔をされるとまた虐めたくなっちゃうじゃないか。冗談です。
まあ、取り敢えず謝っておこう。ごめんねー。
「別に。大した用事じゃありませんのよ」
しかし、紫は胡散臭いなぁ。その笑みと言動が原因だと思うけど、どうしてこんな風になってしまったのやら。
最初会った時はこんなのじゃなかった筈なんだけどなぁ。
「貴方と一緒に花火でも見ようかと思いまして」
そう言った紫の顔は、珍しく素直な笑みに見えた。
……なんだ。そんな顔も出来るんじゃん。
「ん、良いよ。じゃあ三人で見ようか。ほら、藍もおいで……なんでそんなに嫌がっているのさ」
「十中八九貴方のせいでしょうね」
なんのことでしょう。身に覚えがありませんね。
「…………」
「ほ、ほら! そろそろ花火始まるんじゃない!?」
視線に耐えられなかった為、頑張って話を反らしてみる。
そう言った直後、大きな音と共に、黒い夜空に、一輪の赤い花が咲いた。
図らずとも、タイミングは完璧だったようだ。
「……おお、きれい」
「……ええ、そうね」
「はい……綺麗です」
最初の一発に続いて、二発目、三発目が上がる。
次々と打ち上げられていく花火を見ていると、その周りに、小さい星やキラキラと光る氷などが見えた。
ふふっ。アレは多分、チルノと魔理沙かなぁ。何とも面白いことを考えてくれるものだ。
「ねえ、紫」
「何かしら、千九咲?」
――幻想郷、作って良かったね
「……ええ」
皆、この幻想的な景色に見入っているのだろうか。
あれだけ聞こえていた声は、すっかり静かになってしまっていた。
私も、紫も、藍も。
私達三人はずっと、終わるまで、咲き誇る花に見惚れていた。
藍しゃまの尻尾をモフモフしたくて仕方がない。
残念ながら僕には出来ないので、代わりにやってもらいました。作者の願望が駄々漏れですね。