東方日妖精   作:空色空

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第五話 悲鳴死花

 炎天下の中、空を飛ぶこと暫く。今回の目的地である館が見えてきた。

 其処は、吸血鬼の姉妹が住まう館。

 その館は、吸血鬼の恐らく姉のほうの趣味だと思われるが、外も中も真っ赤に染まっている。ずっと見ていると目が痛くなりそうだ。良く此処で生活しようなんて思うものである。私にはあまり理解は出来ないが、まあ、人それぞれとか言うやつだろう。

 

 さて。なんで私がそんなところに来ているのかと言うと。一言で表すとするならば、涼みに来たのだ。

 

 

 今日。何時もの如く暇だった私は、何とかこの暑さから逃れる方法がないものかとしきりに考えていた。

 考えて考えて、そして漸く出た答えは、涼しそうな場所に行こう。だった。

 そんな答えが出てしまい、次に、何処か涼しそうな場所かを考えてみた。

 しかし、残念なことに中々思い当たる場所がない。これは如何したものかとなった時、思い出した。

 

 

 私が今いる湖の近くに建っている、ある建物のことを。

 其処には、吸血鬼が住んでいる……つまり、涼しそう。

 

 

 

 

 

 

 

 と、まあ、後から冷静に振り返ってみれば、何ともアホっぽい理由でこの館、紅魔館に来てしまった訳である。

 だって吸血鬼って何処となくヒンヤリしたイメージがあるんだもの。仕方がないね。

 

 丁度良い場所まで来たので、門の前に降りる。

 降りた先には、門に寄り掛かってスヤスヤと眠る、一人の女性の姿が。名前を、紅美鈴。紅魔館の門番をしている。

 ……ああ、また眠ってしまっているのか。この子は。

 毎回、私が来る度に寝ている気がするが、これでも、この紅魔館唯一の門番なのだから驚きである。

 たった一人しかいない門番がこのザマとは。紅魔館のセキュリティもたかが知れている。

 

 しっかし、どうしようか。

 このまま美鈴を放っておいて、中に入る方法もある。

 気持ち良さそうに眠りこけているし、むしろ起こす方が可愛そうな気もするが……いや、やっぱり起こそう。

 人様の家には正規の手順を踏んで入りたいものだ。不法侵入は流石にマズい。

 

 と言うことで。私が早速美鈴を起こそうと、近付いたときだった。

 

 何処からともなく、何かが高速で飛んできた。

 何かはそのまま美鈴の頭に直撃。美鈴は起きることなく倒れた。頭には一本のナイフが。

 

「全く。紅魔館の門番ともあろう者が……」

 

 そんなことを言った声の主を発見。

 メイド服を着た女性だった。

 

「やあ、咲夜」

「あら。其処にいるのは千九咲様。紅魔館に何の御用で?」

 

 おお、『様』なんて呼ばれた。新鮮な響き。

 てか、美鈴大丈夫なのかな。思いっきり、深々とナイフが突き刺さってしまっているけど。

 

「今日はねぇ。あっついから涼ませて貰おうかと思って来たんだ」

 

 ヤバい。さっきから美鈴がピクリとも動かない。死んだんじゃないのかな。誰も助けなくて良いのだろうか。

 

「そうでしたか。中が涼しいか如何かはわかりませんが……まあ、上がっていってください」

 

 それじゃあ、お言葉に甘えさせて貰おう。きっと、外にいるよりは涼しい筈だから大丈夫だ。

 では、お邪魔しまーす。

 

 

 

 

 

 

「ねえ。美鈴は放っておいて良いの?」

「ご心配なさらず。何時ものことですので」

 

 

 さらに心配になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 咲夜の後に続き、紅魔館の中に入る。

 予想通り、やっぱり中は涼しかった。うむ。快適快適。

 

 ……ふぅむ。さて、これから如何しようか。

 私の目的は紅魔館へ来ること。だから、もうこの時点で目的は達成してしまっている訳だが……

 ただ来ただけと言うのもなぁ。折角ならもっと遊んでいきたいものだ。

 

「あっ、そう言えば。パチュリー様が貴方様の手を借りたがっていました」

 

 パチュリーが私の手を?

 珍しいこともあるものだ。あの魔女が、私みたいな妖精の力を借りるとは。

 てっきり、妖精には興味なんて全くないものかと思っていた。

 

「ふぅん。それじゃあ、パチュリーのところまで案内して欲しいかな」

「承知しました。それでは此方へ」

 

 う~ん。パチュリーのお願い事かぁ。正直、そんなに良い予感はしないけど……

 ま、何とかなるでしょ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つきましたよ」

 

 再び咲夜の後をついて行き、目の前には、大図書館へと繋がる扉が。

 

 何度も図書館には来ているけれど、如何にも、此処までの道筋を覚えられそうにない。

 紅魔館の中がかなり複雑なせいで、まるで迷路を進んでいるみたいな気持ちになる。紅魔館は、咲夜が能力で何かをしてしまっているせいで外から見た大きさと、中の大きさが全く合っていないのだ。

 この前、掃除が大変だなんて咲夜は愚痴っていたけれど、不便ならもっと中を狭くすれば良いと思う。

 

「咲夜、案内ありがと」

「いえ。何かありましたら、またお呼びください。では」

 

 そう言うと、一瞬で咲夜の姿は目の前から消えた。この光景も、最初はビックリしていたけどもう慣れたものだ。

 もしかしたらお掃除の途中だったのかもしれない。もしそうなら、ちょっと悪いことしちゃったかな。

 

 見送ろうにも見えなかったが、此処まで案内してくれた咲夜に感謝しつつ、私は扉を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 扉をくぐると、椅子に座って本を読む、パチュリーの姿が。

 しっかし、何時見ても此処の本には圧倒される。凄い量だ。

 

「……ん。誰かと思えば草妖精じゃない。丁度良かった」

 

 パチュリーが此方に気付き、本から目を離す。

 

 パチリューってば、私の名前は千九咲だって言っているのに、何回教えても私のことを『草妖精』って呼ぶ。

 折角の名前なんだから呼んでくれたって良いじゃないか。

 

「パチュリー。用事って何?」

「……あら、もう聞いていたの。なら話が早いわ。貴方、確か、植物を操ることが出来たのよね」

「うん。私の能力のことでしょ?」

「そう。その能力を使って、ある植物を土から抜いて欲しいの。魔力の実験に使えそうだから」 

 

 植物を抜くって、そんなこと? 別に私じゃなくても出来そうな頼みだけど。

 しかも、私の『植物を操る程度の能力』を使ってだなんて。

 パチュリーが何を考えているのかわからない。

 

「別に良いけど。あ、何て名前の花なの?」

「マンドラゴラよ」

「え」

「マンドラゴラよ」

 

 一気に帰りたくなった。そんなものの処理を私に任せるんじゃない。

 

「伝説上の植物の筈なんだけど……」

「マンドレイクに色々と魔力を浴びせていたら出来たわ」

 

 

 マンドレイク。別名、マンドラゴラ。和名ではマンドレークとも。

 根茎が幾重にもわかれ、個体によっては根の形が人の姿のように見える。

 マンドレイクの根には、幻覚作用を引き起こし、時には人を死に至らしてしまうほどの強い神経毒がある。昔は麻酔として用いられていたそうだ。

 根が大量でさらに複雑に絡み合っているため、引き抜く際にはかなりの力が必要で、根が千切れる音が物凄い。

 そんな特徴から、引き抜くと悲鳴を上げ、聞いた者の命を奪う花。と、伝説では言い伝えられている。

 花言葉は、『恐怖』と『幻惑』。怖いものだねぇ。

 

 とまあ、そんな花な訳だけど。

 

「ほら、これよ」

 

 パチュリーが持ってきた植木鉢の中には、青い花を咲かせる小さい植物が、元気に鉢の中を移動していた。

  

 畜生。本物じゃねーか。

 

 嫌だなぁ。花だけで見たら可愛いのになぁ。

 

「早く抜きなさいよ」

 

 勝手なことを言うパチュリー。人の気も知らないでさ。

 そのくせ、自分はちゃっかり離れたところに避難までしているのでたちが悪い。

 後で覚えてろよ。

 

 

 ……はあ、仕様がない。それじゃあ、やるか。

 

 

 

 移動するマンドラゴラの茎をがっしりと掴む。

そのまま、意識を集中させて、能力を使用。

 取り敢えず、抜いても悲鳴を上げないように操ることにしよう。

 

 って、ヤバい。全然言うこと聞かないぞ、この花。

 さっきから全力で操っているのに抵抗が凄い。これ、かなり厳しいかもしれん。

 

「どうかしら?」

「ちょっ、今話しかけないでっ!」

 

 結構ギリギリなんです。

 

 まあ最悪、此処にはパチュリーと私。魔女と妖精しかいないのだから、マンドラゴラが悲鳴を上げても大丈夫な気もする。

 でも、それはやっぱり嫌なので全力を尽くすことにしよう。

 

 何とか花を抑えつけて、引き抜く。

 ズボッ、と言う音と共に、人の顔と形をした根が出てくる。

 おお、抜けた。可愛くねぇ。

 

 

 まあ、花の見た目は放っておき、無事に抜くことが出来て一安心。

 多分気を緩めたら泣き出しちゃうだろうから、能力はまだ維持したままで――

 

「千九咲様。飲み物をお持ちしました。――うわ、何ですかその花。きも」

 

 突然、私の隣にジュースを持った咲夜が現れた。

ジュースには氷が浮いていて、冷たくておいしそう……

 ってそうじゃない!

 

 ちょ、超ビックリした! い、今は駄目でしょ咲夜! 

 予期せぬタイミングで現れた咲夜に驚く私。幾ら慣れたとは言え、こんな不意打ちはどう仕様もない。

 

 とその時、私の手に、何かが動く感触。

 

 まさか……

 

 

 直ぐに持っていたソレに目を向ける。

 

 其処には、今にも泣き出しそうな顔をしたマンドラゴラが。

 

「まずっ」

 

 驚いていたので、一瞬能力が弱まってしまった。

 私とパチュリーだけなら最悪泣いても良いかとも思ったが、人間である咲夜が来てしまった以上、そうもいかない。人間が聞けば間違いなく絶命する。

 私なら死んでも蘇るし、パチュリーは魔女だから大丈夫なようなそんな気がする。

 しかし咲夜は駄目だ。人間である以上、生き返る手段も持たない。

 

 ……なら仕方がないか。

 

 今から能力で抑えようとしても間に合わない。なら、

 

『キイイィィ………』

 

 能力を使用。今度は抑えるのではなく、マンドラゴラを破裂させる。

 

 あ、あぶね。ちょっと泣きかけてた。間に合って良かった。

 

「良かった……けど、貴重な実験材料が……」

 

 そんなパチュリーの残念そうな呟きが聞こえた。

 まあ、咲夜の命が助かったってことで、良しとしてくれ。あの状況で何とかする余裕は私にはなかった。流石伝説の植物。抵抗力がハンパじゃなかった。もう二度と相手にしたくない。

 

 状況が良く分かっていないのだろう咲夜が、コテリと首を傾ける。君今、命の危険があったからね。大分危ないところだったからね。

 

 

 

 そんなまあ、何とも肝が冷える経験をした今日。

 冷えたは冷えたが、紅魔館で私がしたかった涼み方は、決してこんなのじゃない。

 

 どうしてこうなった。

 

 




 


 今回の花は、あの有名なマンドラゴラ。
ちゃんと実在する花だったのには驚きました。



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