注意 今回は花のお話ではありません。それに短いです。
「む。其処にいるのは千九咲じゃないか。如何したんだ、こんなところで」
もうお決まりとなってしまった暑さの中、人里のお団子屋で団子を食べていた私に、寺子屋教師――上白沢慧音は声をかけた。
うわ、めんどくせぇ奴に絡まれた。
慧音はことあるごとに、寺子屋に来てみないかと勧誘してくるような奴である。
その度に、そんな気はないのだと言っているが、中々向こうも引いてくれない。
どうしてそんなに寺子屋に行かせたがるんだ。全く不思議でならない。
お勉強なんて嫌いだ! 誰が行ってやるか!
「見ての通りお団子を食べているんだよ。慧音こそどうしたのさ」
「私か? 私はこれから寺子屋に行くところなのだが……」
うわぁ。これまた最悪なタイミングで出会したことで。
こうなると、此処からの流れは目に見えている。嫌なんだけどなぁ……
「ふむ。どうだ? これから――」
「嫌だ」
「……まだ本題を言ってないのだが……」
だって展開が読めてきてしまうんですもの。仕方がないね。
本題なんてどうせ、これから一緒に寺子屋に行かないか? とかそんな提案だろう。私は行く気はないとあれほど言っているのに。飽きないものだ。
「なんでそんなに寺子屋に行きたがらないんだ」
拗ねたように言う慧音。
なんでと言われてもなぁ。嫌なものを断るのに、何か理由がいるのだろうか。嫌なものは嫌だ。で良いじゃないか。
それだけで充分理由になっているような気もする。
「だって勉強良く分かんないんだもん……」
「それを分かるように勉強するんじゃないか!」
その勉強が良く分かんないだよ。分かってくれ。
慧音とも長い付き合いだが、この頑固な性格は如何にかならないものだろうか。
自分の言ったことには自信を持ち、中々意見を変えてくれない。
自分の意見より相手の意見のほうが優れていると分かれば、素直に認めてくれるのだが。
残念なことに、私の意見は慧音のより優れていないようだ。
お勉強嫌い、イヤ。だけでは駄目と言うことか。
「試しに一回来てみろ。それでお前の中で何か変わるやもしれん」
変わるとしたら勉強がもっと嫌いになるくらいだと思われる。
その後も言い合いを続けていたが、結局慧音は折れてくれず、私は寺子屋に連れていかれることになった。
私の精一杯の抵抗は無駄に終わったようだ。如何してこんな目に……
「ほら行くぞ」
「うわぁーんやだー! 慧音の鬼ー!」
「私は鬼じゃなくてハクタクだ」
「そう言うことじゃないやい! バカヤロー」
人里の人々には、寺子屋教師に抱き抱えられ、半泣きで連行される妖精の姿が目撃されたそうな。
「――だから、この式はこうやって……」
黒板に白いチョークで何か良く分からない絵を書き始める慧音。
何あれ。意味わからん。数字と文字と記号が合わさり何かの絵に見える。
アレ見てると意識が……
「ちょっ、千九咲ちゃん。起きて」
私の左隣へ座るは大ちゃん。右隣はチルノである。
何処かへ行きそうになっていた私の意識を、大ちゃんが繋ぎ止めた。
ありがとうとは言わない。チッ、余計なことを…… あのまま寝かせておいてくれたら良かったのに。
しっかしみんな、良くこんなのを真面目な顔で見ていられる。私はもうとっくに限界なのだが。
「じゃあこの問題、千九咲やってみろ。やり方ならさっき教えたし、出来るだろ」
いきなりの指名。
ビックリした。「うぇっ!?」てなった。
や、やり方なんて説明してたんですか……? 私には慧音が呪文を唱えているようにしか聞こえなかったけど。
呼ばれたものは仕方がないので、私は立ち、黒板まで行った。
みんなの顔を見渡してみると、こんな余裕でしょ。みたいな顔を浮かべていた。
は? みんなこの別次元みたいな話についてこれるの? 頭おかしくない?
くそ、私がそんなに馬鹿じゃないってことを見せてやる。
改めて、問題や黒板に書かれている恐らく解説であろう文字列を眺めみてもサッパリ意味不明だが。
チョークを持ち、問題の空欄部分に数字を書いていく。
不安そうにしない。むしろ、自信満々に。
「これで……どうだ!」
全て書き終わり、慧音のほうを向いた。
慧音は、私の頭に向けて、ゆっくりと手を伸ばし……
「お ま え は 何を聞いていたんだぁ!!」
全力でヘッドバッド。もとい、頭突きを喰らわせた。
聞こえちゃいけないような音が私の頭から響いた気がする。
「今日の授業はこれで終わりにする」
「「「ありがとうございました~」」」
「……ありがとございました」
長い長い授業は終わった。
途中からの記憶が何故か曖昧だが、きっと何もなかった筈だ。そう信じることにした。深くは考えてはいけない。
「慧音せんせーさよならー」
「ああ、さようなら」
元気いっぱいに手を振る子供に、ニッコリと微笑みながら手を振り返す慧音。
その姿は何処か嬉しそうだ。
そんな慧音ところまで近づく。
「お疲れ、慧音」
「おお、千九咲か。しかしお疲れと言うのなら、お前のほうが疲れているように私には見えるな」
ホント疲れました。
「如何だった? 寺子屋は」
「うんとね。全然楽しくなかった」
「そ、そうか……そんなハッキリ言うのか」
だって色々と意味不明なんだもの。慧音の教え方のせいもあるような気がする。慧音の説明って、分かりにくいんだもの。
まあ、慧音の本業は歴史の教師らしいから、算数は専門外って言うのもあるのだろうけど。それにしては言い方が固すぎる。もっと柔らかく説明してくれれば、もう少し理解できそうだ。
「……だけどまあ、後、数回程度なら来てあげても良いよ。寺子屋」
「――ふふっ。そうか。それは楽しみだな」
私の言葉に、本当に嬉しそうに慧音は笑った。
「慧音、これは自信あるよ!」
「ほう、そうかそうか。どれどれ……全部不正解だ馬鹿者がぁ!!」
「イッタアアアああああぁぁぁぁ!!」
今日も今日とて寺子屋には、鈍い音と悲鳴が響き渡る。
千九咲ちゃんは如何やら勉強は嫌いな様子。やっぱり子供ってそうですよね。