「ねぇ、幽香。なんか面白いことない?」
「……いきなりにもほどがあるわよ」
気温も低くなり、冬が近づいていることを知らせてくれる。そんな秋の季節。
現在、幽香の家で暖まらせて貰っているところです。
いやぁ、あったかい紅茶の美味しいことと言ったら。
「そう言えば思い出したけど、山には行ったの? そろそろ紅葉が綺麗な時期だと思うけれど」
「あっ」
そう言えばそうだ。私としたことがうっかり忘れてしまっていた。
秋と言えば紅葉だ。――いや、他の人にはそうじゃないのかもしれないが、少なくとも私にとってはそうだ。
この幻想郷で一番紅葉が綺麗なのは妖怪の山。
毎年、私は其処に赤や黄色に変わった葉を見に行く。
「妖怪の山かぁ……」
其処には天狗やら河童やらが住んでいて、人間は立ち入り禁止となっている危険な場所。危険なのは主に天狗の縄張り意識が高いせいだ。侵入者には問答無用で襲いかかって来る奴等だし。
さて、そんな場所に私一人で行くには、些か不安を覚える訳で。
「幽香、私と一緒に「いやよ。外は寒いじゃない」
「ババア調子のってんじゃね
――少しの話し合い(と言う名の喧嘩……にすらなっていない余りにも一方的な暴力)の結果、私は一人で行くことになった。
もうちょい手加減してくれたって良いじゃないですか……
――――――
「止まれ! 貴様何者だ!」
これだよ。
妖怪の山に踏み入れた途端、一匹の白狼天狗が空からやってきてそんなことを言った。
もう随分と長い間来ているのだから、そろそろ顔パスが通じて来ても良い頃だと思うのに。
話し合いをしようとしても無駄なことは前から知っている。
さぁてどうしたものか。
「むっ? ……貴様何処かで……」
ありゃ? ひょっとして前にも会ったことがあったっけ? 天狗の顔なんて一々覚えてはいられないからなぁ。
「……はっ!? 貴様まさか、あの時の!」
おお? ホントに会ったことがあるみたいだ。
丁度良い。他の天狗に私を攻撃しないで貰うように頼んで――
「ゆ、許さん! 積年の恨み!!」
天狗が此方に向かってきた。
刀を構えながら。
な ん で そ う な っ た
おかしい。これはおかしい。
だって私、何もした覚えないもん。意味がわからない。
――取り敢えず仕方がないので……
「退避!!」
それから暫くは、天狗とのおいかけっこに興じていましたとさ。
――――――
「あやや。珍しいこともありましたねぇ」
時刻は昼頃。
紅葉に染まった木々を眺めながら歩いていると、上からそんな声が聞こえた。
ああ、これはまた、うるさいやつに見つかったものだなぁ。
「こんにちは。文」
「はいこんにちは。千九咲さん」
久しぶりに会った文は、前に会った時とまったく同じ格好をしていた。
手に、“カメラ”とか言う真っ黒い機械を持って、今日も今日とて元気な様子だ。こいつは昔っから変わりないなぁ。
「さて。今日は一体どのような用で来たんですか? まさかですが! 私にわざわざ会いに来たりくださったり」
「するわけない」
「ですよね」
分かってるなら聞くなよ……
「紅葉を見に来たんだよ。此処のは毎年綺麗だからさ」
「はあ、そうでしたか」
私の話に、何処か気のない返事が帰ってくる。
「何? その返事」
「とは言われましても、私は生まれた頃から見てきた訳ですし。紅葉はもう見慣れてしまいましたねぇ」
まあ、確かに文は昔から此処で暮らしている訳だし、今まで散々見てきたんだろうなぁ。そして、これからもずっと見ていくことになるんだろう。天狗はこの妖怪の山で生きていくものだから。
でも、だからこそ。
「折角、こんなに綺麗なんだからさ。少しは楽しんで見ないと損だよ」
じゃなきゃ勿体ない。
私からしてみれば、こんなに良いものがずっと身近にあるのだから、羨ましかったりもするほどなのに。
「ところで。良く此処まで来れましたね。昔のこともあって、貴方に恨みを抱いている者も少なくありませんよ?」
「あ~、そうらしいね。私そんなに悪いことしたっけ?」
さっきも天狗に襲われてきたばかりだし。
さっぱり見に覚えないんだけれども、何かあったかなぁ?
私が天狗にしたことなんて…………ん~?
「では、ヒントをあげます。貴方個人は、天狗に何もしていません」
何だソレ。なぞなぞ?
突然に始まったなぞなぞ、一つだけヒントを貰うことは出来たけど、それでもいまいちピンとこない。
私は直接何もしていない。けれど、天狗達が私を恨むようなこと。
「いやぁ、アレには困りましたねぇ。本当に。今までの生活が一変してしまいましたから」
文はそれでヒントを出しているつもりなのか? 益々分からなくなっているような気も……
「まだ分かりませんか?」
「うん。私が此処に鬼を呼んだのは違うでしょ? それ以外となると……」
「答え分かってるじゃないですか」
そんなことを言う文。
えっ。まさかこのことなの?
「……天狗って心狭いなぁ」
「――いやいやいやいや! 誰だっていきなりあんなの呼ばれたら困りますよ! 何ですかあれは!! 何ですか!? 直ぐ暴力に訴えてくるし、いっつもお酒呑んでるし! 鬼の宴会、片付けるの私達よ!? しかも呑む量が馬鹿みたいに多いから片付けも大変だし。いざ恨みで復習をしようにも、私達が束になっても勝てないくらいに強いと来てる! ……ホントに何アレ!! 意味分かんないわよ! ああああああああ」
「……どうどう。落ち着け落ち着け」
文が鬱憤を爆発させている……! 最早敬語もやめて素が出てしまっているのでホントに落ち着いてください。
まあ、鬼の素行が悪いのは今に始まったことじゃないけどね。基本、自分が良ければそれで良しって言う性格してるからなぁ。面倒くさいやつらだ。
「はあ……はあ……」
「いやなんかホント……ごめん」
良かれと思ってやったことだったんです。まさか、天狗と鬼が此処まで相性悪いとは思わなかったんだ。
……本音は、いっつも私のところに来やがる鬼共が鬱陶しかっただけなんだけど。
はい、面倒くさいので押しつけました。すみません、でも反省はしていない。
仕方がないよね!
「……因みに、どうやって此処まで来たんですか? 一応、私以外は真面目に働いている筈ですよ」
漸く落ち着いた様子の文さん。
私以外って……もうつっこまないことにするけど。
「私に歯向かう愚かな天狗どもはボッコボコにしてやったよ!」
「実際は?」
「逃げてる途中で椛に助けて貰ったよ!」
――まあ、そうですよね。
文が呟いた。
だって仕様がないじゃないか。私一人の力でこんなところまで来れる訳がないよね。うん。
「……さて。紅葉狩りは済んだことだし、私は帰ろうかな」
「あや? もう帰ってしまうのですか?」
「うん。他にやることもないし、外は寒いし」
暑いのは苦手だけど寒いのも苦手なんです。
「それだったら、椛も呼んでお酒でも呑みません? 久しぶりに会ったのですから」
いや、君は仕事しなさいよ……
と言っても、どうせこいつはしないんだろうなぁ。天魔が問題児扱いする訳だ。
「じゃあ、ご馳走して貰おうか」
「はい! ……とは言っても、場所は私の家じゃありませんけどね。椛なら嫌そうな顔するだろうけど、料理はきちんと作ってくれるだろうし。と言うことで、早速椛を捕まえてくるとしましょうか」
そう言って、文はもうスピードで飛びたっていった。
椛には、心の中で合掌するしか出来なかった私である。