個性永久借奪措置   作:hige2902

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不快にさせる表現、展開が出てくる 可能性 があります。

現実の法や政治体制をフレーバー目的で引用していますが、現実のそれを否定や肯定する主張のものではありません。現実の国が舞台ではありません。どこでもいいここではないほかのどこかです。

当時、原作六巻の時点で組んでいたプロットを今さら書き起こしたので、現行の原作とは矛盾があります。

あらすじ苦手なんであんなんですみません。

試験的にMT.事務所の事務員 原作で小言を言ってたあいつ を取って付けたようにあなたと呼称しています。楽しいかなあって。思ってましたがやめました


第一話 強力な生き物

「岳山さん、今後はなるべく建築物を壊さないように戦ってくださいよ。まだ活動間もないのに」

 

 とMt.事務所の事務員は困り顔で言った。山、という漢字をモチーフにしたマスクを被っているので、肝心の困り顔は見えない。

 

 何の変哲もないテナント事務所のワンフロア。活動間もない、と言うわりにはデスクや棚、応接室を区切るパーテーションには年季を感じられる。つまりは駆け出しがアウトレットで手に入れたという訳。

 とりあえず緑を置いとくかという気配を感じられる、取って付けたような観葉植物も当然にある。

 

「保険が降りたんだからいいじゃない」 と岳山と呼ばれた女性。パトロール後、コスチュームからジャージに着替えるなり早早の小言にめんどくさそう。何を隠そう、彼女こそが今を時めく説明不要の新人女性ヒーロー、MTレディなのだ。

 

 どっかりと応接室のソファに身体を預けた。

 

「岳山さんは警察に提出する損害書類を書かないから、そんな事が言えるんですよ。被害範囲が大きすぎて書類の量が膨大なんですあまりにも。ビルの四階から貯水タンクまでとか雑に書けないんですから! 犯人が壊した所と区別しなきゃいけないし。それに今のところ、セメントスさんの好意でなんとか復元工期の短縮ができているからいいようなものを、保険会社もいい顔しませんよ」

「それがあなたの仕事じゃない。保険会社は、そうね……うーん、いつか手を切られそう」

 

「そうなったら損害を補てんするお金はどうやって。ああ、なんでこんな大変な事務所に入社したんだろう」

「そんなの……わたしの収入で賄えばいいじゃない!」

 

 事務員は、颯爽と立ち上がり腰に手を当て自信満満のMTレディの顔を見やるが、どうにも不安だった。ラフなジャージ姿も相まる。

 大丈夫だろうか。感情的になりすぎると巨大化してしまうので、事務所は基本的に一戸建てか自社ビルが望ましい。だが前の事務所を巨大化で壊してしまったので、次の事務所が見つかるまでの間はこのビルのワンフロアでなんとか凌がねばならないのだ。

 いっそ事務仕事なんかはキャンピングカーで済ます事にして、空き地で青空事務所の方が経済的なのでは……

 

「こ、のお。何だその落胆はぁ!」

「いだ、いひゃいい」

 

 仲がいいのか悪いのか、頬を引っ張られる。

 

「面接の時、わたしの前向きで向上心のある志に共感して志望しましたとか言ってたじゃないの! あと長所は素直で実直な性格だとか何とかあ! 趣味は読書と映画鑑賞! 商社を辞めてまでヒーロー活動を手伝いたいっていうあんたの意気込みを買ったのにい!」

「あんにゃの就活のテンプレれふよ!」 ふがふがと言ってMTレディの手を振り払う。 「まさかこんな自転車操業のような経営になるなんて」

 

 しかしこんなはずでは無かった、というのは彼女も同じ所。「ぐぬぬぅ」 と拳を握りしめる。

 

 いや、でもまあ野心的な所を尊敬しているのは本当です。ヒーローの資格を得て即、サイドキックなしで事務所旗揚げは。と、事務員は思ったが気恥ずかしかったので口にはしなかった。

 

「すみません、雇用主に向かって失礼な事を」

「んむむ……まあ、いいわ。わたしもちょっと感情的になりすぎちゃった。ごめん」 それにしても、と溜息を吐いてソファに腰を落とす。

「どうかしたんですか」 事務員は小型冷蔵庫からスポドリを差し出す。

「ありがと。やっぱり大手はサイドキックが多いから、かち合っちゃうのよね。事件とか、パトロール先とかで。わたしの個性の関係で、裏路地とかに行って何かあっても対応しにくいから大通りをメインにしてるってのもあるけど」

 

「さっきはああ言いましたけど、外注してるグッズとかの収入も同期に比べると格段に多い方ですから、そう悲観する必要はないのでは。先日のひったくり犯のデビュー戦も評判良かったですし」

「ううーん」

 

 ビッグになりたい。有名になって、たんまり稼いで、誰かに憧れを抱かれるような。

 

 ヒーローとしてその欲求を満たす事を不快に思う人間がいるのは知っている。

 だが、だから何だというのだろうか。人人を助けて感謝されるならWIN-WINの関係ではないか。だいたい、身の危険がありながら薄給なヒーローなど、誰が目指すのだ。どうやって食っていけばいい? 副業感覚でやれるほど社会は緩くない。ヒーローとは羨ましがられる存在であるべきだ。でなければ後続は生まれない。

 

 誰かの為の職業に就くのが聖人だけならば、その業界は衰退の一途をたどるだろう。ボランディアのみで成り立つ組織でない限り。

 というのが岳山の自論だ。

 

「話は変わるんだけど、ヒーロー会議ってあるじゃない、警察と合同でやる。あれ、ほぼほぼエンデヴァーが仕切っちゃってるのが気に入らないのよね」

「オールマイトさんが教師に身を置いているので、実質的なナンバーワンヒーローですから。そんなもんじゃないですか?」

「わたしの発言権があんまりないのよ、いずれはわたしがトップに立つ意味でもこれは大事だと思うの。舐められたくない」

「新人ですし」

 

「あと雰囲気が堅苦しい。反対意見が言いにくい空気っていうか」

「シンリンカムイさんとかにはズケズケ言うのに? それは岳山さんの勇気の問題では」

「よし、あんた減給」

 

 そんなー、とアホなやり取りをしていると固定電話が鳴った。はいMT事務所です、と事務員が受話器を取る。

 

「え、と」 と顔を強張らせる。 「あ、はい。ただ、わたしの一存ではちょっと、ええ、折り返し……その時間でしたら……はい。では失礼いたします」

 

 動揺を隠せない事務員に不遜な気配を感じ取って岳山が言った。

「何の電話? 誰から?」

「警察から、です。塚内と名乗る」

「はあ?」

 

 

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「組長、ここいらが締め時だと思うワン」

 

 都内の閑静な住宅街で一際目立つ高い塀と大きな門、広い敷地に構える落ち着いた日本家屋の一室で、面構犬嗣 ――保須警察署署長―― が言った。たっぷりとしたソファに腰掛けていても分かる程に大柄で、頭が犬だ。両耳から目までが黒く、センターは白い。 ――イングリッシュ・セッター?―― 。ま、だから語尾にワンと付けるのだ。

 

 組長と呼ばれた男はローテーブルのグラスを眺めている。

 面構の隣に座っている暴力団対策課 ――いわゆるマル暴―― の課長が耳の裏を掻きながら、つまらない話をするように口を開いた。

 

「なんか、警告があったのは知ってるはずだがな。立法府に食い込むなら、こっちも手段は選べなくなるって」 ちらと室を見回した。暴力団幹部が数人と多くの警官が立ったまま成り行きを見ている。 「中堅議員を十数人も飼われちゃあね、そりゃこうなるよ。シノギが減って困窮してるのはどこの組も同じなんだから、堪えりゃいいのに」

「やかましいわ」 組長の隣に座っていた若頭がドスを利かせて言った。 「けちな使用者責任なんかで引っ張ろうとしやがって」

 

 警察の予想に反して、反社会的組織の個性犯罪件数は時間と共に減少した。いわゆる、有名ヒーローは学生時代に逸話を残したという話が蔓延したからである。

 

 主流の、口座を使わず直接に金銭を受け取るタイプの振り込め詐欺の受け子が、現行犯逮捕される報が相次いだのが切っ掛けだった。

 ヒーローに憧れる孫の逸話を作るために、親や祖父母が詐欺に引っかかった振りをして子に捕まえさせるという。

 個人の力量差の均衡は、個性の一側面である事例だ。

 なにが悲しくて子供の逸話作りの踏み台にならにゃあならんのだと、受け子をやる人間は減った。反社の大きな資金源の一つである振り込め詐欺を、じゃあ一昔前の口座を使用する型に戻そうにも上手くはいかない。既にATMや行員にはその手の防犯知識が備わっている。

 

 タコツボに放り込んでも個性で逃げられるし、恫喝も個性によっては反撃される。ヤクの売人もスリに適した個性持ちに狙われてはと消極的になる。

 なにより産業廃棄物の違法処理が、今まで発注していた企業内社員の個性によって従来とは比較にならないほど低コストで出来てしまうのが痛かった。 ――正規に企業内で個性処理するなら役所に申請が必要――

 

「まあ、強欲な中堅議員にはいい薬だったワン」

「使用者責任じゃないよ。逮捕状は、いくつかある。ストックしてた事件の内のいくつかから選んできたから、面子が立ちそうなやつを」

「は? いつからここは司法取引がまかり通る国になったんだ? おい、聞ぃてんのか! クソデカ」

 

 興奮する若頭をよそに、組長がゆっくりと言った。

「……証拠はあんのか、その事件をおれがやったっつう。あるいは指示したっていう」

 

「あるよ。後日法廷で見せる」

 

 そのそっけない課長の答えに、若頭はいきり立った。

 

「てめぇこのやろう造りやがったな! 恥ずかしくねえのかバカヤロー!」

「証拠の真贋を別にしても、事実だろうがよ」

「大事なのは、組長が法廷で一切の反論無く全面的に罪を認めるかどうか。かつ立法府に金輪際干渉しないかどうかだワン。新米議員とつるむならともかく、政治に介入しようとしたのは、わが国の許容臨界線に触れるワン」

「立法介入や地下に潜ってマフィア化するなら、より厳しくなる。お互い、リスクが増える」

 

「わかった飲むよ」

「親父!」

「飲まなきゃ組が今まで以上に、急速に痩せる。敵対組織の餌とこいつらの実績になるだけの話」

「では日時は後ほど連絡しますワン」

 

 面構と課長は、出されたお茶請けなどを口にすることなく席を立った。二人を囲むようにして移動する警官を、幹部連中がねめつける。

 

「今回の件で指揮を執ったのは」 と組長が課長の背に投げかけた。 「誰だ。おまえじゃねえな」

「さあ、どうかな」

「おまえには無理だ、慎重派のおまえには。おれの立法介入が行政府に露見するのは時間の問題と考えていたし、だから情報が漏れたと思われる時期もおおよそ掴んでいた。だが、そこから今日に至るまでが急速に過ぎる」

「課長、行きましょうワン」

 

「例の塚内とかいうやつか?」

「誰だって」

「芝居はやめろや。そっちの内情に顔が利かんおれじゃない事くらい知ってるだろ。他意はねえ。面の一つでも拝んどきたくてよ。この場にいねえって事は、つくづくやりにくい相手だろう。おまえにとっても」

「有能だよ」

 

「塚内もおまえの事をそう考えてるといいがな。部下に奢られた気分はどうだ」

 

 課長はほんの少しの不快感を鼻で笑いすごして、家屋を後にした。

 

 

 

 後日、都内最大勢力を束ねる組長の自宅の玄関前から駐車場出口まで、ぎっしりと人が詰まっていた。玄関側には黒スーツが大声でヤジを飛ばしており、駐車場出口側からは警官が正当性を口にしているようだ。

 ぐよぐよと動く二つの集団の境界線を、マスコミがヘリを飛ばして撮っている。

 

 塚内はしばらくして出世する事無く捜査七課 ――軽個性犯罪全般、あるいは個性が絡むと考えられる事件を取り扱う―― に出戻りし、後に警部に昇進した。

 

 

 

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「じゃあ、きみの意思でやったんじゃないって事? 飲酒運転して、民家の塀に突っ込んだのは」

「信じてくださいよ。誰かに操られてたんですって。気づいたらエアバックに顔を埋めてて、身体も痛むし」

「最近の車はよく出来てる、軽症だよ。で、その誰かはどうやってきみを操ってたんだ、何の為に」

「そりゃ、何らかの個性ですよ。だと思いますよ。おれは嵌められたんです、意味の無いいたずらか何かかもしれない。真犯人を捕まえてください」

 

 灰色の取調室で、被疑者はちらと対面の男を見やった。感情の無い大きな目に反して口元は朗らかだ。そのギャップが途方もなく不安にさせる。

 調書を作っているのか、男はノートパソコンのキーを叩きながら口を開いた。

 

「いいよ。真犯人を探そうか。いつから操られてたの」

 

 あっけない了承に被疑者は面食らったが、希望が見えた。

 

「それは……憶えてません」

「じゃあまだ操られてる可能性があるな、操られているかどうか自分でもわからないなら。だとすると、いま犯行を否定してるのも、きみの意思じゃないかもしれないって事か? 本当はきみがやったのに」

「そんな、何の為に」

 

「わたしを嵌めようとしているのかも。きみの言葉を信じて取り調べを諦めればわたしの落ち度だ。公務員でも足の引っ張り合いくらいある。あるいはきみの言う通り、意味の無いいたずらか何かかも」

「違いますって」

「コンビニでワンカップとチューハイ、アイスを買ったのはきみの意思か?」

「あー、そこまでは」

 

「ふぅん、覚えているじゃないか。そこからは? 何味を食べたんだ」

「えーと、被個性時に食べたらしいのでわかりません。瞬きしたら事故ってました、くらいしか」

「今は操られてない?」

「完全に自分の意思で無実を訴えています」

 

「そう言い切れる根拠は」

「被個性時の意識や記憶は無いので、逆説的にリアルタイムで自分の意識を知覚できている現在は被個性状態では無いかと……主観的な物なので証明はできませんが」

 

「大丈夫。それは理解しているし、かまわないよ、どんな些細な情報だって必要だ。操られた時ってどんな感じ」

「乗っ取られるというか……例えば自分が椅子に座っている時、誰かが膝に座わってくるような……抗おうにもどうにもできないというか、頭痛がしたような。おれがもっとしっかりしていれば。頑張ったんですけど」

「自分を責めないで。わたしはきみの味方だ……しかし、どうにもできない、ね。乗っ取りに抗おうという意思はあった訳だ。さっきまできみは、()()()()()()()()事故ってて、しかもその操られてる間に酒とアイスも食べてたって言ったんだっけ? 新事実だな。どの段階で抗おうという意思は発生したんだ?」

「車に乗った時……」

 

「うん? 意思があったのは会計を済ませるまでって言ったような。なんで車に乗るまでは意思があった事になってるの」

「すみません、ちょっとまだ動転してて。買い物を済ませた時点で既に、はい」

「いいけど。どれくらいの時間、精神的抵抗をしてたか憶えてる? さっきは頑張って抗ったとかなんとか言ってたけど」

「数秒、くらいです」

 

「最初、瞬きの次には事故ってたって言ってたよね。それとも、数秒間は精神的に抗った次の瞬間に事故ったの。どっち」

「え、いや、瞬きの方です」

「じゃあ操られた時の感覚ってのは嘘ってこと? なんで嘘ついたの」

 

「違うんです。あくまでおれの主観的な体感時間ではたしかに数秒程の抵抗を試みたんです」 被疑者は次第に息巻いた。 「でもそれは、客観的な実経過時間ではほんの一瞬にも満たないんです!」

「なるほど確かに、体感時間と実経過時間は違うし、その絶対的な差や比率は誰にも知る事が出来ない。と言いたい訳だ」

「そうです、そのとおりです」 疲れたと言わんばかりに顔を伏せ、ちらと対面の男の顔色をうかがう。顎に手をやり、もっともだといった表情。僅かばかりの安堵感を覚える。

 

「もっともだなあ。わたしもそう考えるがしかし、じゃあなぜきみは、体感時間で抗った数秒が実経過時間で一瞬にも満たないと断言できるんだ?」

 

 被疑者は固唾を飲んだ。狩られている錯覚に陥る。じっとりと脇腹に汗をかき、貧乏ゆすりをする自分の太腿をじっと見つめる以外にどうしようもなくなった。

 

「どうした? 具合でも悪いのか」

「……黙秘、します。あの。黙秘権」

「構わないけど、なんできみが黙秘権を行使するんだ。真犯人を捕まえてくれと言ったのはきみで、わたしは今それに協力しているんだよ。これじゃあまるで――」

 

 はっはっはっ、と男は取って付けたような笑い声。ゆったりと椅子に背を預け、肘掛けに腕をやって指を組む.

 

「――まるできみが存在しない第三者をでっち上げ、罪を逃れようとしていて、わたしはそれを取り調べているみたいじゃないか。捕まえるんだろう? きみに個性を使って操った、加個性者を、存在する第三者を、真犯人を。弁護士、呼ぶ?」

 

 

 

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「あっという間でしたね。塚内さん。助かりましたよ、こんな夜更けに手を貸してもらって。コーヒー飲みません?」

 

 猫の五体をした男、三茶が、ばったりと出会った上司に口を開いた。

 塚内と呼ばれた男は、何の事は無いといった口調で答える。

 

「いや、いい。今から朝食だし、蕎麦でも食べようかなって気分なんだけど、仕事残ってないなら三茶くんも来る? たまには取り調べとかやらないと、勘が鈍るから。第三者の個性のせい、という手はもう古いよ。二権の混迷期ならいざ知らず」

「そう言ってもらえると助かります。ぺこぺこなんで行きます行きます。ちょうど一段落ついたんで」

 

 二人は警視庁本部を出て十分ほど歩いたところの立ち食い蕎麦屋に入る。奥に座敷もあったが、手っ取り早く済ませたい。速さが売りの一つだけあってすぐに出来上がった。

 揚げたて茹でたてが、やわらかな湯気をたゆたわせている。

 

 

 

「……って噂、知ってます? 塚内さん」

「いや知らん」 ふぅふぅと蕎麦を冷まして啜る塚内が、飲み下してから水を一口やって言った。 「食べなよ三茶、冷めるよ」

 

 三茶は猫の手で器用に箸を持ってかき揚げをざくざくとやる。猫舌なんで、とは面白くないので絶対に口にしない。ウケ狙いなのか事実なのか微妙な表情で返されるのがオチだから。

 まだ少し肌寒さが残る季節、朝食代わりの立ち食い蕎麦には得も言われぬ魅力がある。

 

「でも興味ないですか? 仮に事実だとしたら、かなり上層の意思だと思うんですけど」

「そりゃ、ま、急に携帯端末に着信があって、捜査の全権を委任されて、現実として組織を動かさなきゃならんなんて噂が事実なら。な」

「何の為にそんな事してるんですかね」

「さあ? すみません、かつ丼セットを一つ追加で」

 

「前から思ってたんですけど、よく食べますね」

 

 注文待っている間におにぎりをぱくつく塚内に対して、三茶は純粋に頼もしく思えた。

 三茶にとって食欲とは、古くは飢えぬための狩りであり、生存競争能力を如実に表している指標だ。多く獲物を狩らねばならぬ故、保持している戦闘能力もそれに準ずるはずである。だから沢山食べる生き物は、ただそれだけで強力に見える。食べ方も綺麗なので見ていて楽しさすら覚える。

 組織犯罪対策部、いわゆるマル暴でヘマをやらかして七課に出戻りしたと小耳に挟んだ事はあるが、三茶にはどうしても事実とは思えなかった。

 

「朝はしっかり取らないとね」

「たびたび昼夜食を一緒させてもらってますけど、しっかり取らない日ってあるんですか?」

「あー、どうだろ。無いかな」

 

 勘定を済ませて店を出ると同時に、塚内の個人携帯端末が振動した。画面を見ると知らない番号だ。着信を認める。ええ、あーはい、了解しました。じゃあ取り急ぎ所轄司令所に……あとパトカーを一台回してもらって……

 

 は? 今なんて? 背伸びしていた三茶は耳を疑う。

 通信を切った塚内が走り出す。慌てて三茶は追いかけ、言った。

 

「ちょちょっと何があったんですか」

「ひったくり犯らしい」

「へーそりゃまずいですね」

「実態はもっとまずいかも」

 

「え?」 食べたばかりの全力疾走で横腹が痛い。どーして塚内さんは平然としてるんだ? 「実態? 実際には、じゃなくて」

「件の噂だ。わたしに都内警察の、警視庁の指揮全権が委任された。今回のひったくり犯にのみ有効らしい。少なくとも電話口の相手はそう言っている、真偽はわからんが」

「はああ!?」

 

 三茶が瞠目している間にサイレンが近づいている。どうやら塚内は近くのパトロール中のパトカーを呼び出しつつ、向かっていたらしい。すぐに捕まった。

 

「七課の塚内だ、悪いが後部座席に移ってくれるか? やはり降りてくれ、中個性犯罪に発展するおそれがある。危険だ」 乗っていた警官に手帳を見せつつ、肩越しに振り返って言った。 「三茶、きみはどうする」

「じぶんも行きます。運転させてください」

「いや助手席に乗れ」

 

 すまんな、と降車した警官に塚内が詫びると、所轄司令所から指示が出ていますから。と返ってきた。どうやら噂は事実らしいと塚内は独り言ちる。となると……無茶をやらなくてはならない。

 アクセルを踏み、田等院駅方面に向かう。すぐに無線が入った。

 

『所轄司令所から06へ。ひったくり犯が原動機付自転車で国道沿いを逃走中、田等院駅を南下、ナンバーは保須市、英語のえ、ひと、に、さん、よん。個性の使用確認は無し。現場に向かえ』

 

 片手運転で塚内が応答する。

 

「こちら06了解。対象の個性の有無は」

『現在住基ネットと照合中、照合終わり。対象と原動機付自転車の所有者名義が同じなら個性は怪物化。十五メートル前後まで巨大化し、頭部はサメのような形態を取る。注意されたし。中個性犯罪の前科有り』

 

 注意ったってな。助手席の三茶が小さくぼやいた。次いで、いました、と囁く。

 

「06了解。対象を発見、追跡する。近場のヒーローは」

『その場合の対応可の報を受けているのは三件だが場所は不明、対象の個性を鎮圧できる個性かも不明』

「対象の個性使用の可能性を考慮して駅ターミナル付近での捕縛を提案する、いや、そうする。一般人を退避させろ」

 

 全権を委任されているなら提案ではなく決定が可能なはずだ。それに、人的被害が一番少なく済むのがそこだ。

 

『了解。付近の一般人の退避運動中。追い込め』

 

 前方の原付が赤信号を無視して十字路を左折する。交通量の多い三車線で車に紛れるつもりなのだろうか。突然の左折に直進していた大型トラックがクラクションを鳴らす。

 その状況に塚内はサイレンを切った。ちょっと大丈夫なんですか、と三茶が焦るが、気にもしないで大型トラックの後ろにつくと車間距離を詰め、短くクラクションを鳴らして警察手帳を見えるように咥え、前方を指さす。

 その様子をバックミラーモニターで確認した運ちゃんは気が気ではなかったが、示されるがままにアクセルを踏み込んだ。法定速度を九キロほど超えた速度。雑なクラクションで前方車両をどかす。

 

「バレたら始末書ですよ。路地に入られるとまずいですね」

「所詮はチンピラだ、怪物化という個性を狭い場所で使う肝は無い。それに怪物化の個性の使用で前科が重個性犯罪でなく中、ということは損害が少なかった、つまり現場は閉所ではなかったという事だ。大通りを逃げ回るさ。あとこれ」

 

 と塚内は上着の内ポケットからテーザー銃を三茶に手渡した。

 

「え、塚内さんって普段もこれ吊ってるんですか」

「さっきの警官に借りた。威嚇でいいから。銃身を車窓から出すなよ」

 

 ひったくり犯は唐突に鳴り止んだサイレンに訝しんでミラーで後方を確認すると、やかましくクラクションを鳴らす先ほどの大型トラックだ。根に持っているのかと左に寄せる。そこで仰天した。後ろにピッタリとくっついたパトカーが再びサイレンを点ける。相対速度を合わされ、助手席の三茶がテーザー銃を向けて警告を叫んだ。

 

「止まれ!」

 

 驚きはしたものの、犯人はそれで止まるわけがない。走行中の人間にテーザー銃を打ち込めば確実に転倒する。近くの通行人に原付が衝突するかもしれないし、最悪死ぬ。だから撃てない。こちらが個性を使用している危険状態なら別としてだが。

 上記のロジックで冷静さを取り戻すと小ばかにするように笑って左折する。後輪のタイヤ痕が道路に残った。パトカーは対応できずに直進。だがそれでよかった。

 

「こちら06、所轄司令所へ。対象を駅ターミナルへ追い込んだ。以上」

『所轄司令所、了解。対象の捕縛に備えて現場で待機済み』

「了解」

 

 もしも、と無線を聞いていて三茶は思った。もしも警察の個性使用が認められていたら既にあの犯人は。

 既にその時は警察という組織の終わりだろう。犯人を殺傷する可能性を少しでも減らすという利点もある。だからこのままでいいんだ。

 敵受け取り役と揶揄されても問題はない。

 手持無沙汰から、なんとなく単発式テーザー銃の点検をおこなった。銃身が部分的にイエローで塗装されており、カートリッジ式だ。通常の物よりも一回り大きいのは、対象の個性がテーザーを無効化する場合のゴム弾を発射する機構も備わっているからだ。スライドを少し後退させて水色の執行ゴム弾を視認し、軽快な硬質摩擦音と共にマガジンを排し、全弾を確認して装填する。

 

 現在の警察の標準装備で、帯革の左側に吊られている。

 二権の混迷期に、最も心身を疲弊したとされる庁の強い要望で通った法案によるものだ。

 

 塚内はその辺の路肩に一旦パトカーを止め、三茶に運転を代わってもらった。一応現場に向かう。

 

「塚内警部は……」

「ん?」

「いや、何でもありません。あの運ちゃんから苦情来ますかね。あとその、言いにくいんですけど、ひったくり犯を相手にやりすぎでは」

「あれでいいんだよ。確認する必要(・・・・・・)があったから。苦情は、どーかな……」

 

「確認?」

「おー見ろよあれ。あれが怪物化ってやつか。服も一緒に巨大化してるのか」

 

 信号待ちの間に駅方面をみやると、三階建てのビル程の大きさの怪物が暴れている。

 

「ばかだなあのチンピラ、よりにもよって駅で暴れるとは。高くつく」

「そこに追い込んだのは塚内さんでは」

「個性を使うか使わないかはあのチンピラの意思だよ。公園ならともかく、まさか駅で怪物化するほどのオツムだとは……わざとかな」

「なんでそんな事……」

 

「んー。ま、いくつか仮説があるが、いいか。交通量の多い大通りで怪物化されるよりかは。わたしは駅で適当な警官にパトカーとテーザーを返したらデザートを食べるけど、きみはどうする」

 

 仮説がある、とは。三茶は何とかバレないようにと考えながらゆっくりと固唾を飲んだ。たかがひったくり犯を相手にここまでやる必要があったと言ってのけるのだから、きっとそうなのだろう。そうだとしても、仮に自分なら実行できるかと問われれば否だ。

 隣で車窓に頬杖をつき、デザートの事を考えてのんきしてる男は、顔色一つ変えることなくそれが出来る。その後も対応処理も。じぶんには、無理だ。

 

 塚内直正は強力な生き物だ。

 

「わたしも、行きますよ」

 

 三茶はときどき不安になる。この男は必要ならば冷静と打算を箸に、何でも合目的的に包んで食う。それは必要とあらば、部下であるじぶんでさえ例外ではないだろうという事を実感させられるので。

 

 

 

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 発光する赤子が確認される。

 

 後に個性と命名される超能力が老若男女を問わずに発現する。

 立法は公務員の個性を原則使用禁止にする事を綱領に決定。

 個性を使用した犯罪が増加。個性犯罪者をヴィランと呼称する事がネット上で定着する。

 治安の悪化に伴い、個性を使用する自警団が発生。当初は地域住民に迎え入れられるも、戦闘の副次的損害の責任所在が不明瞭かつ、自警団内部で不正を働く者が確認される。

 

 オールマイトが世に認知され始める。しばらくして、不正自警団員を目標とした超連続殺害事件 ――未解決―― が起こる。

 自警団のあり方に反発し、単独でヴィランに抵抗、災害救助に向かう個性使用者をヒーローと呼称する事がネット上で定着する。

 

 著しい秩序の低下を受けて不信任決議案が可決。前与党は選挙で惨敗。

 現政権により自警団の解体、ヒーローの国家資格が認められる。警察組織の標準装備にテーザー銃が加わる。裁判の証拠に、犯行に使用された個性と被告人の個性の類似性が、一定の法的信用度で与えられる。

 

 これまでの期間は司法行政、二権の混迷期とされる。

 

 また、二権の混迷期に最も心身を疲弊した庁は、公にはその事実を明かされない。

 




次回 一週間後

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