ヌンク。
私がここに来て一番に降り立った巨大な街であり、どうやら最も加護の影響が大きな街のようだ。
それを証拠に大樹がよく見える。駅も他の街とは比べものにならないほどの大きさを誇っている。
かの辰野金吾が設計した東京駅のような造りをしたヌンクの駅は我々の世界を彷彿させるものも感じられる。
人の行き来も大正、昭和期の東京駅周辺のようだ。そう、その何もかもが史実にある通りなのだ。
この世界は実に興味深い。まだ調査が必要だろう。
–––迷い込んだ冒険家R.K
※
フィガロの街道を歩くこと、大体四十五分。蓮見とレキの二人はヌンクに到着した。ヌンクに着くまでの間、周囲を観察し蓮見は大きく三つの点に気がついた。
まず、時間は蓮見の知っている二十四時間であること。暦はグレゴリオ暦をモデルにしてるようでこの世界独自の暦となっていること、365日周期なのは変わらないが、西弐歴なんて暦は蓮見は耳にしたことがない。ちなみにレキによると現在は西弐歴23年のようだ。ヌンクに近づくにつれて時計の数が増え、レキに今日は何月何日か問うたら8月19日と気がつけば日を跨いでいた。最後に時計を見たときの時刻は1時28分であった。
二つ目はこの世界において駅の名前が街の名前になっているということだ。
まだ蓮見自身はフィガロとヌンクにしか足を踏み入れたことがないが、フィガロの街、ヌンクの街という表現が使われておらず、あくまでも駅という表現が使われていることに気がついた。
念のためレキにも尋ねてみたが、何を当たり前をみたいな顔をされた。小馬鹿にされた気がして解せなかった。
最後に蓮見とレキの身体能力の差が激しいということ。蓮見はバツイチで38のおじさんであり、レキは花も恥じらう19歳である、なんとまだ十代なのだ。
倍近い歳の差があれば運動能力に差が出て当たり前なのだが、それを差し引いてもレキの身体能力はおかしかった。歩幅は蓮見よりも狭いのだが、歩く速度が蓮見よりも2.5倍くらい速い。これが現代人の運動不足なんたらの弊害なのか、それとも黒森レキという少女が単に運動に秀でているのかはまだ蓮見にはわからない。
時間が変わっても空の色にあまり変化はなく、黄土色が一色広がっているだけだ。朝になっても変わらないのだろうか、そうなればこの世界において時計は必需品となってくる。
「黒森、今の時間ってわかるか?」
「今?今ね、今は1時54分」
レキはポケットから懐中時計を取り出してパカっと開ける。銀色の装飾が彫られたロケットサイズの小さな懐中時計だった。
「......お前、時計持ってたのかよ」
「持ってるよー、これがないと時間わかんなくなっちゃうし」
「そ、そうか」
「ていうか、蓮見さんが私に聞かなかったのがいけないんじゃないの?時計持ってるかなんて質問されてないよ」
「お、おう」
レキの言ってることが正論すぎてぐうの音も出なかった。
ヌンクの街、いや、ヌンクの駅と言うべきか。ヌンクの駅に入ってから時間帯は夜であるにも関わらず多くの人々が往来している。
「そういえば黒森、こんな時間でも図書館は入れるのか?」
「問題なしよ、館長さんがある意味夜行性な人だから」
「へー」
一応昼と夜の概念は存在するらしい。
蓮見が生活してた世界では閉館時間なるものに追われる勤勉な少年少女が通うところが図書館というイメージがあるが、どうやらこっちに閉館時間という概念は存在しないようだ。
本屋で働いている蓮見にとってこっちの世界の書籍というものがどういったものでどのような内容なのか少し気になるところではある。
街を見渡すと色々な露店がある、その看板の文字全てが日本語ではなく見たことも読んだこともない文字であるに関わらず、蓮見は全て読めてしまう。この感覚がまだ蓮見には慣れなかった。実に奇妙な感覚である。
「おう、そこのお二人さん!酒でも飲んでいかないかい?」
「すみません、未成年なので」
レキが断りを入れると、店員のおっちゃんもしつこく勧めてくることはなかった。
どうやらこの世界にも酒に関するルールがあるようだ、蓮見は少し飲みたい気はしたが、自重した。こんなところで飲んで倒れてしまえば元も子もない。そんな蓮見の様子にレキは申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「もしかして、蓮見さん飲みたかったですか?お酒」
「いや、そ、そんなことねぇぞ」
「すみません。今、手持ちが全然なくて」
「そっちかよ」
まさかの一文無しだった。
「と、とにかく図書館を目指そう!蓮見さんも慣れない環境で大変だろうし!」
「別にそこまで急がなくてもいいぞ。むしろ、休憩を入れてもいいくらいだ」
何せ蓮見はフィガロの駅、もっというならこの世界に迷い込んだ時から何も食べていない。簡単な腹ごしらえは済ませたいところだ。
適当なベンチを見つけて蓮見はレキを呼ぶ。レキは少し焦ってるようにも見えたが、何か焦らなくてはいけないようなことでもあるのだろうか。
蓮見は鞄から夜食用に買っておいたメロンパンを取り出し、半分にちぎってレキに渡す。
「ほら、食いな。俺だけ食うわけにもいかねぇし」
「......これは?」
「メロンパンだ、もう時間経っちまって少し湿気てるかもしれねぇが我慢してくれ」
「......」
蓮見から受け取ったメロンパンを凝視するレキ。色は若干淡い緑の混じった小麦色、表面には焦げた傷跡のような切れ込みが刻まれており、それでいて半分になった部分はふっくらとしている。
レキがメロンパンを凝視してる間に蓮見は少しパサパサし始めてるメロンパンを口に放り込む。半分にちぎったとはいえ、サイズはそこそこある。さすがに一口でペロリと平らげれることはない。
レキも蓮見に続くように一口パクリとメロンパンを口にする。彼女にとってメロンパンは珍しいものなのか、いや、もしかしたらこの世界にとってメロンパンは珍しいものなのかもしれない。
–––瞬間、レキは大きく目を見開いた。
「–––ッ!!?」
口の中に広がるはふっくらとした柔らかい生地、噛んだことによって包まれてたメロンの味が弾けて口内に広がり菓子パン独特の旨味がさらに引き立った。しかも、噛めば噛むほど味はさらに濃厚に甘みととろみが広がっていった。レキは口元を手で抑えながら大興奮する。
「......お、おいしい!ナニコレ、めっちゃおいしい!!!」
「お、おぉ、そっか」
そこからレキの食べる速度は目を見張るものでバクバクバクバクバクバクバクバク、と手に持っているメロンパンは跡形もなく消え去った。口周りについたメロンパンのカスもペロリと舌で一舐めして回収した。
「はぁ〜、幸せ〜」
「そんなに気に入ったんなら半分じゃなくて黒森に全部あげればよかったな」
「それはダメ!それだと蓮見さんとこの味を共有できないじゃん!私独り占めとか、したいけど、したいけど、そんなのダメ!」
「そ、そうか」
何やら自分ルール的なものがあるのだろうか。そこんところ蓮見にはイマイチ理解することができなかった。
メロンパンも食べ、休憩を終え、二人はまた石畳の大地を歩き始める。心なしかレキの頬が緩んでいる気もする。蓮見はそんなレキを微笑ましく見ていた。
蓮見は周囲に見られる露店の看板やチラシ、文字という文字に目を通す。その全てが蓮見の知らぬ言語だが、蓮見は何故か日本語に変換し読み上げることができる。
【辣油】【雑貨屋】【道具屋】【魔法屋】【奴隷屋】【カジノ】【銀行】【花屋】【図書館】......
「着いたよ」
「ここか」
造りは煉瓦、しかもこれは普通の煉瓦ではなく横浜で見られる赤煉瓦倉庫に酷似している。建物一つをそのまま図書館にしたと言った方がよさそうだ。
瓦葺の何とも日本らしい屋根で大きさはフィガロの駅を優に超えている。
灯りも点いており、まだ中に人がいるということを示している。
「......はぁ、やっぱり憂鬱」
「そんなに嫌なら俺一人で行くぞ、ここまで案内してもらっただけでもありがたいんだしさ」
「そんなわけにはいかない!至高の食べ物(メロンパン)の恩も返せてないし!」
「よっぽど気に入ったんだな」
蓮見を先頭に図書館の扉を開く。扉自体は倉庫の扉をそのまま使っているわけではなかったので、そこまで大きくはなかった。
開くとカウンターと思わしき場所にバタフライマスクを着けた美人さんが立っていた。その格好はとても際どいものでラバースーツとレオタードを混ぜたような、腰と足の付け根にはフリルがある。金髪ショートの巻き髪の美人さんがこちらに気がつく。
「ようこそ、貸し出しでしょうか?ご返却でしょうか?閲覧でしょうか?」
「......え、閲覧で」
「左様ですか、それではごゆっくりどうぞ」
もう蓮見は何もツッコミはしなかった。できることならこの場から、正確に言うならばあの受付の美人さんから距離を取りたくなったのだ。座れるスペースにまで移動した蓮見は小声でレキに話しかける。
「おい黒森」
「そう、あれ、ここの館長さんの趣味」
「......さて」
本当ならマナー違反なのだが、ポケットからダイスを取り出す。迷ったり困った時はダイスに頼るのが一番いい、何やかんやで今までうまくやってこられたのだから、今回も大丈夫なはず。
レキも何も言ってこないことから何かを察したようだ。
奇数が出れば図書館を出る、偶数が出れば図書館に残り情報を集める。
せっかく案内してくれたレキには悪いが、早々にここは退散すべきだ。何か嫌な予感しかしない。
ピンッ、とダイスを弾き宙に飛ばし、いつものようにダイスが降りてくるのを見守っていたが、いつまで経ってもダイスは落下してこない、代わりに背後から声が聞こえた。
「–––全く、図書館でサイコロなぞ使うんじゃない。隣のカジノ施設ってお誂え向きの施設があるだろうに、なぁ、若僧」
低いアルトの掛かった男の声だった。
闇よりも深く色濃い真っ黒な髪の左右の垂髪には血のように霞んだ赤のメッシュがあった。司書員と同じようにバタフライマスクを着けており、黒いスーツを身に纏っている。
そして、何より目に付くのが背中から生える六枚の黒い大きな翼である。
「俺はここの館長だ、その気になればお前たちを出禁にすることだってできるんだ」
「茶番はいいから蓮見さんに早くそれ返してあげてください館長」
「おいおい、そんなこと言うなよレキちゃん。せっかく威厳ってのを出そうとしたのにサ」
館長、と呼ばれた男の白い瞳がバタフライマスク越しに細くなる。
「初めまして、来訪者。俺の名はアレイスター、ここの館長をしている。そして、この世界を誕生から見守ってきた者だ」
「–––あと、女の子しか雇わない変態」
「そうさ!俺は、変態だッ!」
ついには開き直った。
「館長。館内ではお静かに」
「おっと、こいつは失礼した!では君のお尻に免じて勘弁してもらおう」
「ちょ、ひゃ!?」
「アンタ、一体何しとんだ!?」
思わず蓮見が声を荒げてしまう。アレイスターと名乗った館長は悪びれる様子もなく、ただ笑っている。
「ね、蓮見さん。私が会いたくないって言った理由わかった?」
「後悔もしてるよ」
よく見れば今セクハラ被害にあった美人さんはさっきの美人さんと違って綺麗な銀髪のロングヘアだ。このままじゃ話が進まない気がして、蓮見が適当なところで会話に混じる、しかなかった。
「で、アレイスターさん。あんたには色々と聞きたいことがあるんだが」
「フム、では館長室で話そうか。ここでは人の目もある」
「......あんたがセクハラしなきゃこんな冷ややかな視線を向けられることはなかったんだろうけどな」
蓮見とレキはアレイスターに連れられるがまま、図書館の三階にある館長室へと向かう。道中、蓮見はアレイスターにダイスを返してもらった。できることならばこのダイスはあまり他人に触れられたくないのだ。蓮見にとっての思い出の品でもあり、大事な物であるから。館内の様子も見てみたが、時間帯のせいなのか、それとも単純に来館者が少ないだけなのか、図書館内は司書員以外に人影は見られなかった。
館長室のソファに座り、バタフライマスクをした司書員にお茶を持ってきてもらった。やっぱりというか、館長室にいる司書員も美人さんばかりで全員が全員ぴっちりスーツだ。
「......あの服装は、ここの制服って認識でいいのか?」
「ノープロブレム!」
「聞いてよ蓮見さん、この変態さん四年くらい前から私にあれを着せるためにここに雇おうとしてくるんですよ」
「......なんか、ホントごめん」
持ってきてもらったお茶を一口飲む。ホットでいい茶葉を使っているということがわかる、蓮見の知る市販のものとは明らかに味が違う。
「それで、まずは何を聞きたい?来訪者」
「.....聞きたいことは山ほどあるが、まずこの世界は一体何なんだ?」
「フム、いきなり核心を突いた質問だ。そのことに答えるならばそれ相応の時間と歴史、俺の生涯を辿らねばならん」
「できれば手短に頼みたい、手っ取り早く元の世界に帰る方法だけでも聞けたらそれでいい」
「元の世界、来訪者よ。お前はここが異世界だと認識できているのか?」
「ん、まぁ」
そういえば、アレイスターの前でもレキの前でも自分が別の世界からやって来たなんて一言も言わなかった。
それなのに、アレイスターは蓮見のことを「来訪者」と呼んでいた。あれは図書館への来訪者という意味ではなく、この世界への来訪者ということを指していたようだ。
一瞬、アレイスターのバタフライマスクの下にある白い瞳が大きく開いたようにも見えた。
「なるほどなるほど、そうか」
「......?」
「失礼、それでこの世界から出る方法だったな?」
「あぁ」
「実はこの世界から出る方法はそんなに難しいことではない、こちらに迷い込んでくる方が難しいと言ってもいいくらいだからな」
アレイスターがお茶のお代わりついでに司書員の胸を鷲掴みしながら続ける。レキの視線が痛い。
「ペドラ、ヌンク、メロン。この三つの駅が示す指定時間に切符を持ち改札を潜ることだ。60秒、つまり1分間だけ世界が繋がる」
「その、指定時間ってのは?」
「こいつが中々の曲者でね、日を跨げば変わってしまう。そして三つそれぞれ共通した時間を示さず、それぞれが異なる時間帯を示す」
「......」
「あと、切符を買うのはもちろん有料だ。どこへ行くにも500エバ必要となる」
「......エバ、ってのが通貨っていうのはわかったが、その、稼ぐにどのくらいの時間が必要なんだ?」
蓮見には1エバの価値がわからない。彼の知る円に換算して一体いくらになるのか、どれだけの時間を掛けて労働すればそれに見合う給金を受け取ることをできるのか。
「職種にもよるが、そこまで時間は必要じゃない。最近湧いてる麻薬犯でも捕まえて署に出せば3万エバ出してもらえて、一瞬だ」
「そいつは魅力的な仕事だが、俺は武闘派じゃないんでね」
「ならカジノで荒稼ぎか?来訪者はギャンブルに詳しそうだ」
「あいにく賭博事に興味はなくてね」
「フム、それは残念だ。レキちゃんがうちで働いてくれれば500エバくらい出すんだがな」
「こんなセクハラ職場で働くくらいならスラムに行くわ」
「おっと、残念」
アレイスターがやれやれ、と両手を上げる。蓮見にとって帰り道がわかっただけでも大きな収穫だ。
つまり、この場からもう去っても何の問題はない。
「行こう黒森、必要な情報は手に入った」
「わかった」
「おいおい、つれないな、もう少しお話ししようぜ」
「俺もできることなら早いとこ元の世界に戻りたいからな。500エバが必要なら適当に稼ぐさ」
「フム、して来訪者よ。どこで雨風を凌ぐつもりかね?」
「降らなきゃ何の問題もねぇよ」
蓮見とレキが立ち上がり、早々に館長室を後にした。
一人、部屋に残されたアレイスターは薄く笑みを浮かべながらレキの飲んでいた茶を飲み干す。
「フム、俺も嫌われたものだな。一体何がいけなかったのだろうか?」
「館長のセクハラではないかと」
※
図書館を出た蓮見とレキは先ほどメロンパンを食べたベンチにまで一旦戻っていた。
「さて、勢いよく飛び出したはいいがこの先どうするか」
「考えてなかったんだ」
蓮見にとって必要な情報は手に入った。
まず、ここは異世界であるということは間違いないようだ。そして、戻ることはできる、これは大きい。職場の後輩が都市伝説!都市伝説!と騒いでたことを思い出した。もしかしたら関係あるかもしれない。
次に戻るためには切符を持って改札を潜る必要がある。そういえば蓮見がここに来るときは久々に切符を買ったのだった。ちょうど定期を職場に置いて帰ってしまったからである。
「黒森、お前500エバ持って、ないよな」
「持ってたら蓮見さんに何か色々奢ってるよー、移動も汽車使ってるし」
「それもそうか」
どこかで稼ぐ、それで元の世界に戻ることが当面の目標だ。現在時間は3時5分、いい加減どこかで体を休めたい。今すぐに元の世界に戻れそうにもないので簡易にはなるが、拠点も必要になりそうだ。たしかにアレイスターの言う通り、どこか雨風を凌げる場所は欲しい。
「そういえば黒森、お前たしか家出中って言ってたけど今どこで暮らしてんだ?」
「ん、あー、あ、えっとね、知り合いの家を転々とさせてもらってる」
「なんて迷惑な奴だ!」
思えばレキは一文無しだ。どこか宿に泊まるなんてこともできやしない。
ガリガリと頭を掻きながら蓮見は悩む、そういえばあれからシャワーも浴びてないから全身に汗がびっしょりだ。もう一度アレイスターの所に戻るわけにもいかない。
–––こういう時こそ、ダイスで決めるべきだ。蓮見はポケットから愛用の六面ダイスを取り出す。
「奇数が出れば宿探し、偶数が出れば図書館に戻る」
「......ちょっと待って蓮見さん、本気?」
「本気だ、このままベンチで無駄な時間を過ごすわけにもいかんだろ」
「気持ちはわからんでもないが」と付け足し、蓮見はダイスを天に向けて弾き飛ばす。何度も何度も繰り返しやってきた洗練された動作に迷いと無駄はなかった。
蓮見がダイスを手に取る。親指で抑えてる面は、三。
「喜べ、宿探しだ!」
「おー!」
とは言ったものの、宛はないのでレキの知り合いにしらみ潰しに声をかけるということになった。だが、もう夜中の3時、こんな時間までウロウロしてるような人がいるのだろうか。
蓮見自身こんな時間までウロウロしてるので人のことは言えないが、そこは目を瞑っていただきたい。
あまり長時間動くのも蓮見の体力的にも厳しいのでなるべく早いところ見つけたいのだが、そううまくいくものだろうかと剃り忘れた髭を摩りながら歩く。
–––街灯の近くで酔い潰れてる女性を見かけたのは歩き出して5分が経ったくらいのことだった。
「......黒森、あの人お知り合いか?」
「い、一応」
「うぉー、レキじゃん!なになに、そのとなりのイケてるおじさんは!?どこでひろったのー?そんでもってどったのー?」
「ジャンヌさん、今日は何本飲んだんですか?」
「にほんにほん!」
「飲み過ぎですよ!」
「二本で!?」
よっぽどお酒に弱い人らしい。
「よいっしょ、と、ジャンヌさん!家まで送ってあげますから一晩泊めてもらってもいいですか?」
「えーよえーよ、そこのイケおじさんもとまってきなーさい!ジャンヌ姉ちゃんがとめちゃるから!」
「あ、どうも」
こうして、ジャンヌと名乗る女性の家に泊まることになった。彼女の家はヌンクの中心から少し離れた所に二階建ての一軒家が建っており、そこがジャンヌの家だった。マナーはどうやら西洋風を採用しており、家の中でも靴を脱ぐ風習はないようだ。相手は酔っ払いだが、蓮見はずっと気になっていたことを聞いてみる。
「なぁ、もしかしてあんたってジャンヌ・ダルクって名前なんじゃ......」
「おー、せいかいせいかい!おじさんエスパー?」
ご本人(?)だった。
オルレアンの聖女、一部で魔女と呼ばれ語り継がれてる銀髪セミロングヘアの酔っ払いはジャンヌ・ダルクだった。ジャンヌの家に到着してからレキは家主を部屋にまで連れ込んでベッドに寝かしたようだ。
「まるで自分家みたいだな」
「よく泊まらせてもらってるので!」
そう言ってレキは戸棚を漁り出す。この娘は遠慮という言葉を知らないのか、戸棚の中が酒ばっかりなのも少し気になるが詮索してはいけなさそうだ。レキはりんごを一つ手に取ってシャリシャリと食べ始める。
「さて、家主さんも寝ちゃったし、私らも寝る?」
「......できたら、シャワー浴びたいんだけど、そこまでするわけにはいかねぇよな」
「あぁ、シャワーならキッチンの手前の扉を開けて廊下を進んで左ね。私は朝にもらうから蓮見さん行ってきたら?」
「やっぱいいや」
なんか、元々申し訳ない気持ちでいっぱいだったのにさらに申し訳なくなってきた。適当なところに腰掛けて寝ることにした。レキはソファを独り占めしてる、本当に図々しいことこの上ない。
※
目を覚ますと時計の針は7時になっていた。あれから3時間ちょっと眠ってたようだ。ソファでレキはまだ丸まって寝てる、家主のジャンヌが起きた様子もない。
何か、食べ物か飲み物を口にしたいが家主の許可なく台所を漁るなんてことはできない。そういえば、シャワーはあるんだな。この世界の文明がどこまで進んでいるかはわからない、だが、冷蔵庫やコンロといった電子機器は見当たらない。そういえば駅のホームで改札も見当たらなかった。駅員が切符をチェックしてたシステムだったはず。どうせ行くことになるのだからその時に確かめればいいか。
蓮見がどうしようか、と思索していると上の階からトントントン、と足音が聞こえてきた。どうやら家主であるジャンヌが目を覚ましたようだ。
ジャンヌは降りてくるとリビングの扉を開けた。
「あ、昨夜のおじさん」
「記憶あんのか」
「か、辛うじて」
白い花の刺繍をしたピンク色のワンピースの寝間着を着たオルレアンの英雄さんは恥ずかしそうに顔を俯かせた。
「改めて思うと、私は、醜態を晒してしまったの、だよ、な?」
「ベロンベロンに酔ってたな」
「う、うぅ」
「ていうか、そんなに酒強くないのになんであんなになるまで飲んでたんだ、あんな時間に」
「なっ、私は弱くないぞ!」
「二本飲んでダウンしたって言ってたぞ、昨夜」
実際度数やら量やらは明確にわからないので二本といってもどれだけ飲んだかはわからない。ポリポリと頬を掻きながら恥ずかしそうにジャンヌは言う。
「......し、仕事仲間と酒の付き合いというものをしてみたくて鍛えてるんだ、これでも飲めるようにはなったのだが」
「......あんまそういうことは無理してするもんじゃないぜ、酒の飲める量ってのは一要因として体質があるんだ。飲むほど慣れるってやつはあれは感覚麻痺してるだけだ、別に人間関係は酒だけじゃない」
蓮見は昔から酒は馬鹿みたいに飲んできたので飲めない人物のことはよくわからないが、彼の父親は酒にかなり弱かったようだ。身近にいたからこそ、わかることだ。
「そ、そうだが、私は酒が飲みたい!」
「まぁ、そこは深く言わねぇよ、本人の自由だし」
「だけど、貴方の意見もたしかにそうだ、ありがとう。えっと...」
「そういえばまだ名乗ってなかったな、俺は蓮見だ」
「私はジャンヌ・ダルク、改めてよろしく」
「そうだ、ジャンヌ。あんたに聞きたいことがあるんだ」
そう、彼女がもし蓮見の知る史実に出てくるオルレアンの英雄、聖女ジャンヌ・ダルクであるならばあり得ること。このデタラメな世界の中で蓮見とのあの共通点があり、あのことも詳しくわかるかもしれない。
「あんた、元々こっちの世界の人間か?」
感想、評価、批評、罵倒、その他諸々お待ちしてます(^^)