帰世
鐘の音が遠くなる。
汽笛の音が遠くなる。
景色が、歪む、変わる。
レンガ造りの景色から、見慣れた懐かしい景色へと変貌を遂げる。
電車の走る音が響く。
扉の閉まる無機質な機械音が大正駅のホーム全体に響いていく。
空気が変わる。
人々の喧騒が熱気に変わり、11月の秋空を塗り替えていくようだ。
「帰って、きたのか…」
イヴに迷い込んだのは8月。
真夏の気温から秋の気温へ、時間の流れを感じさせるには充分な要素である。
未だに実感を持てないのはあまりにも現実離れした状況を受け入れられてないのか、はたまた泡沫の夢のように一瞬にして覚めてしまったような夢心地だからか。
ポケットにはイヴで買った切符が残っている。
これだけでも夢でないことがわかる。
世界の移動は一瞬だった。
それこそ、最初に迷い込んだ時のようにいつの間にか、そこに立っていたというのが適切だ。
レキ達は今頃どうしているだろうか、さっきまでそこにいたはずなのに、今となっては少しばかり名残惜しい気持ちになってしまってるのもたしかである。
「─おいあんちゃん!そこ、ボーッと突っ立ってるな!邪魔や!」
「わ、悪い」
スーツを着た柄の悪いビジネスマンがぶつかってくる、こういったことも懐かしく感じる。
ビジネスマンは急ぐように紙の地図を持って、そそくさと駅の外へと行ってしまった。
変わらない、大正駅の景色に─
「……ん?」
─違和感を覚えた。
自動改札が、ない。
そう、イヴの世界でも用いられていた切符を手渡して印を付けてもらうもの。
しかし、蓮見の知る限り今や日本のよほどの過疎駅でない限り、自動改札は導入されている。
ここ大阪の中心で自動改札がないなんて、それこそ─
それに、何かが足りない。自動改札だけじゃない。
この違和感がなんなのかはわからない、しかし毎日のように仕事で来ていた大正駅には何かが足りなかった。
まるで、昔父親に聞かされた─
そこで、蓮見はハッとした。
探すのは、カレンダーと時刻表。
そう、どこか懐かしいという感傷。
三ヶ月少々離れたくらいでそう感じるものだろうか、感じるかもしれないがそれでも慣れ親しんでるものに感じることには違和感がある。
まるで、子供の頃に見たような懐かしさ。
欠伸をしている駅員に声をかける。
「な、なぁ!今日って何年の何月何日だっけ!?」
蓮見の剣幕に駅員は呆気に取られながらも、不思議そうな様子で返事をする。
「えっと、西暦でええなら、1980年の11月10日ですけど…」