ヒカルの指導碁   作:ひょっとこ斎

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ヒカルの指導碁

 GW明けの放課後、私が部室に入ると、先輩と同級生が対局しながら北斗杯の話をしていた。

「北斗杯見た?」
「見ました。2勝するって、やっぱり塔矢アキラは凄いですね」

 荷物を置いて、挨拶しながら話に混ざる。

「北斗杯って、GWにやっていた団体戦ですよね?」
「ああ、見た? 塔矢アキラも凄かったけど、俺は進藤ヒカルの方が凄かったと思うぜ」
「進藤? でも2敗でしょ?」

 ムッとして言い返そうとすると、先輩が先に反論した。

「バーカ、結果しか見えてないのかよ。中国戦の追い上げも凄かったけど、それよりやっぱり韓国戦だな。捨て石にされたにも関わらず、高永夏相手に半目差だったんだからな」
「へぇ」

 酷い! 勝手なこと言っちゃって!

「先輩、ヒカルは捨て石なんかじゃありません! ちゃんと実力で大将になったし、勝つ気だったんだから!」

 やっちゃったー! 大人しくしてて、声を荒げたりなんてしてなかったから、二人だけじゃなく、部室中から注目を集めちゃってる。
 すみませんと謝るより先に、同級生が首をかしげた。

「ヒカル? もしかして、進藤ヒカルと知り合い?」
「えぇ、まあ」
「へー、すげぇ。指導碁打ってもらったこととかあるの?」

 頷きながら、そういえば、と記憶を探る。卒業式の時に、暇な時なら教えに来てくれるって言ってたな。

「もしかしたら、ヒカル連れてこれるかも」
「えっ! 本当に?」

 ザワッと周りが驚愕に包まれる。あれ、そんなに?
 と、言った私が驚いていると、先生もキャーキャー言いながら混ざってきた。

「藤崎さん、一応部外者の立ち入りは許可がいるから、日取りが決まったら教えてくれる? ……絶対にその日は他の用事を入れないようにするから」

 先生、本音が漏れてますよ。でも、ヒカルの指導で伸びる人もいるかもしれないし、近いうちに聞いてみよう。


 翌日がヒカルの手合いがない日をインターネットで調べて、ヒカルの家に行ってインターフォンを鳴らす。

「あら、あかりちゃんいらっしゃい」
「こんばんは。ヒカルいますか?」
「ええ、部屋にいるわよ。ちょっと待ってね。ヒカルー、あかりちゃんよー!」

 下からお母さんがヒカルを呼ぶ。おー、と返事が聞こえて、数分待つと降りてきた。

「わり、ちょっと検討中だったから」
「ううん、全然構わないよ。ちょっと相談があるんだけど、いいかな?」
「おう。ついでに一局打っていくか?」
「いいの? ありがとう」

 わーい、久しぶりにヒカルと対局だ。去年の塔矢くんとの対戦前に打ってくれたのが最後だから、半年以上前だ。
 置き石を置いて、対局を始める。ゆっくりと落ち着いた、丁寧な碁。一手を大事に、無理な打ち方をせずに誘導してくれる。
 本当に昔とは大違いだ。

「そんで、相談って?」
「前にね、高校に指導に来てくれるって言ってたの覚えてる?」
「ああ、卒業式の時な。そういや、そろそろ馴染んだ頃か?」
「うん。それと、北斗杯の話になって、ヒカルと知り合いって言っちゃって。もし行ける日があれば、お願いできるかなあ?」
「知り合い、ね。まあいいか。来週だと、そうだな……」

 スケジュールを確認して、行ける日を教えてもらう。
 指導碁を終えて家に帰り、お風呂でゆっくりと気持ちを落ち着ける。
 知り合い。友人。幼なじみ。どれも正しくて、どれも物足りない。
 もっと押しが強ければ、用事がなくても会いに行けるんだろう。でも、押していって嫌われたら? 特に最近、高段者との対局も増えてきて忙しそうだし、煩わしいと思われたら大変だ。
 まだまだこれから。囲碁で言うと布石の段階だと思おう!


 ヒカルが来る日。放課後、正門に迎えに行くと、ヒカルが先に着いていた。帰宅部の子がヒカルをチラチラと見ている。
 大人っぽいとか、格好いいとか。
 同年代だけど大人に混ざって碁を打っているせいか、貫禄出てきてるんだよね。

「ヒカル、ごめん、待った?」
「いや、大丈夫。そんじゃ行こっか」

 こっちだよ、と玄関の方に案内すると、ヒカルがクスッと小さく笑う。
 振り返って首をかしげると、とんでもないことを口にした。

「いや、さっきのやりとり。まるで恋人みたいじゃん」
「なっ、えっと、その」

 言われてみれば確かに。どうしよう、顔が赤くなる。

「いや、わりぃ。あ、玄関にいるのは囲碁部の先生?」
「あ、うん。顧問の先生」

 ペコリとヒカルが頭を下げて、先生も返す。
 先生のところに行って、簡単な手続きを済ませる。
 ヒカルが靴を履き替えるのを見て、私も昇降口に回って靴を履き替えて、合流する。
 そのまま先生について、囲碁部の部室に向かった。


 部室に入ると、私以外の6人がすでに揃っていた。

「こんにちは」

 ヒカルが声を出すと、キャーッと女子生徒が歓声を上げる。ヒカルがギョッとした顔になる。挨拶で黄色い声が上がるとは。

「こら、落ち着きなさい」
「でも先生、生進藤ヒカルですよ!」

 ぎゃいぎゃいと言い合っているのを横目に、ヒカルに声をかける。

「部員は、これで全部。秋にある団体戦に向けて練習中なの」
「ふうん。あかり以外が6人か。3人ずつ、2回にわけて指導碁を打つ感じでいいですか?」

 ヒカルが先生に聞くと、頷きつつも何か言いたそうだ。

「先生、どうしました?」
「いえね、もし無理じゃなければ、なんだけどね。私も指導碁を打って欲しいなって」

 驚きつつも納得だ。先生もプロに打ってもらう機会なんて、そうそうないだろうからね。

「いいですよ。じゃあ、ついでにあかりも入る? 4人ずつで打つよ」
「4人同時に!? そんなの出来るんですか」

 部長が驚いた声を上げると、ヒカルが笑って頷く。
 さすがはプロ、と感心の声が上がるけど、本当に凄いよね。
 前半は先生に入ってもらい、後半に私が入る。
 先生が三子で、部長が四子。私はいつも通りの数で対局する。


 四面に増えても、ヒカルの碁は変わらない。一手ずつ丁寧に、無理のない手。悪手をとがめるというより正着を教えてくれる。
 周りで見ている子たちも、ほぉっと感嘆のため息を吐いた。
 そうしているうちに終局して、検討に入る。

「ここはちょっと急ぎすぎましたね。先にこっちをとがめておかないと……」

 しばらく検討を続けていると、下校時刻になる。若干駆け足で、後半の3人分を終わらせる。

「あかりの分は、帰ってからやる?」
「うん、今は時間が厳しいもんね。後でお願いしていい?」
「オッケー」

 私たちの会話を聞いた同級生が、がっかりといった風に肩を落とした。そんなにヒカルと検討したかったのかな? やっぱりプロって凄い。
 なんか部長が、高嶺の花だから諦めろとか言ってるけど。確かに、ヒカルはそうそう呼べないもんね。
 皆ちょっと騒ぎすぎで、先生から怒られるかと思ったら、先生も嬉しそうな顔でヒカルに声をかけている。
 先生、そういえばヒカルと塔矢くんのファンって言っていた気がする……。


 帰り道、久しぶりにヒカルと一緒に歩く。えへへ、中学時代に戻ったみたい。

「ヒカル、本当に今日はありがとう。皆凄く嬉しそうだったよ」
「うん、それなら良かった。俺もあかりの囲碁部を見られて良かったよ」

 他愛のない会話も楽しい。あぁ、私、ヒカルが好きなんだなぁ。
 こんな日が、ずっと続けばいいな。

「今日、このまま家に行っていい?」
「あ、そうだな。日が変わったら、俺はともかくお前、対局内容忘れそうだし」
「もうっ、一日で忘れたりしないよ!」

 と言ったは良いものの。翌朝になったら、対局内容はおぼろげになっていた。ヒカルの読みは、正しかったみたい……。






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