機動戦士ガンダム鉄血のオルフェンズ~悪魔と英雄の交響曲~   作:シュトレンベルク

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厄祭戦・7

 火星圏との会談を終え、地球と火星は正式に同盟を打ち立てた事を表明した。モビルアーマー討伐が終了するまでの間、共に手を出さずに戦うことを確約した。この同盟によって地球と火星はお互いに抱えたままであった問題を抑え、一時的な平穏を手に入れていた。しかし、その平穏もほんの一時の夢に過ぎなかった。

 

「モビルアーマーの行動パターンが変わった?」

 

「ああ。今回の遠征ではモビルアーマーの姿はなかったが、その分大量のプルーマが発生していた。俺たちだけでは抑えきれず、被害が出てしまった」

 

「モビルアーマーの姿はないのに、プルーマだけはいたなんて……今までではありえない事ですね」

 

「確かにな。そもそも、プルーマを操作しているのはモビルアーマーだろう。それなのに、モビルアーマーがいないなどという事があり得るのか?」

 

「信じがたい事ではある。しかし、エリオン卿の間違いであるとは思えない……一体、どういう事なんだ?」

 

「……どう思う?シス」

 

「どうもこうもあるものか。恐れていた事態がついにやってきた、というだけの話だ。やはり、火星との会談はやっていて正解だったようだな」

 

「恐れていた事……ですか?」

 

 セブンスターズの会議に上がった議題。それはプルーマの大量発生による被害の拡大だった。地球側は大戦によって疲弊し、火星側はモビルアーマーとの戦いによって疲弊している。どちらにとっても、今回の事態は歓迎すべからざる事だった。シリウスとしても、今回の事態は非常にまずいと言わざるを得なかった。

 

「おそらく、今回の一件を招いたのは智天使(ケルビム)の連中だろう。人を殺すだけなら、モビルアーマーが赴かずともプルーマだけで事足りるからな。モビルアーマー側の実質的な司令官であるあいつらを叩かなければ、俺たちが勝利する事は難しいだろう。ここからは完全な物量戦とかすからな」

 

 もしそうなれば、人間には完全に勝ち目がなくなる。プルーマなど、今のパイロットたちにとっては屁でもないが物量が違う。どれだけ強い人間であっても数には勝てないように、どれだけ優れたパイロットでも数の力に抗うのは非常に難しい。一般人を同時に守るのであれば尚更の事だろう。モビルアーマーは完全にシリウスやジャンヌたちの弱点を見切っていた。

 

「……やはり、以前から議題にしていた物を実行に移すしかないようだな」

 

「地球圏と火星圏の軍事力を一つにまとめた治安維持組織の設立、か……あちらは了承するか?」

 

「するかどうかではない。させるしか我々が生き残る道はないのだ。このままではなす術もなく全滅する事は必至だ。その前に、打てる手は打たなければならない。開発部門から上がってきていた決戦兵装の開発、各経済圏への根回し、組織を纏める上で邪魔な問題の解決、火星側への配慮……考える事もするべき事も山のようにある」

 

「それは、そうかもしれませんが……」

 

 地球側には火星側に対する偏見がどうしても存在した。その偏見が彼らに正しい選択をする事を阻んでいた。しかし、シリウスにはそんな物はない。何故なら、火星圏に移住せざるを得なかった者たちよりもよほど酷い生活を送っていたのだ。そんな偏見が生まれる土台など、シリウスにはない。自分たちも彼らもただ生きるために、必死だっただけなのだから。

 

「どうする?アグニカ・カイエル最高司令官。最終的に決めるのはお前の仕事だ。どうせ、俺たちはお前の決定に従うだけなんだからな」

 

「……シリウス・ダルク宰相。お前の中で、その計画の成功率はどれほどだ?」

 

「さっきも言っただろう。成功するかどうかじゃない。必ず成功させなければならないんだ。お前が望むなら、俺は必ず成功させてみせる。お前は、タダ命令すれば良いんだ。モビルアーマーどもを根絶やしにする為の一助となれ、とな」

 

「ハッ、確かにそれはその通りだな。モビルアーマーどもを根絶やしにする為なら、どんな手段でも取ってやる。それは悪魔と契約した俺たちの役目だ。そのためなら、火星の連中と手を組めばそれが可能なら喜んで手を組もう。シス、お前の言う事は絶対だな?」

 

「お前の暴力と俺の知力が合わさって出来なかった事があるか?」

 

「ねぇな。俺はお前と力を合わせてスラムの頂点に立った。お前が造ったバエルに乗る事でモビルアーマーを撃破した。俺とお前が組んで出来ない事などある訳がない。だったら――――お前ら!俺たちの役目は何だ!?」

 

 シリウスの言葉に納得したアグニカは立ち上がり、座っているセブンスターズの面々を見回した。舐めた事をほざいた奴はぶっ殺すと言わんばかりの眼光に、誰もが一瞬身を竦めた。しかし、一番最初にイグニウス・ファリドが立ち上がり、アグニカの質問に答えた。

 

「ハッ!市民を守り、それに仇なす敵を撃滅させる事であります!」

 

「そうだ!だったら、今の俺たちの敵は何だ!?」

 

「憎き天使ども――――モビルアーマーであります!」

 

 次にニース・クジャンが。

 

「そうだ!無辜なる民を虐殺し、俺たちの同胞の命を無惨にも奪っていったあいつらだ!だったら、俺たちはあいつらを絶対に赦してはならない!だが、残念なことに俺たちだけでは戦力が足りない!ならば、どうする!?」

 

「足りない物は他所から持ってくる!」

 

 次にウェンデル・バクラザンが。

 

「そうだ!自分が持ってねぇなら、他所から持ってくるのは当然だ!ならば今、それを持っているのは誰だ!?」

 

「火星の独立組織であります!」

 

 次にギレド・ボードウィンが。

 

「そうだ!幸いにも連中はガッツがある!力が足りないなりに知恵を振り絞り、ガンダムもなしにモビルアーマーをぶっ殺した!そんなあいつらはお前らが思っている程貧弱か!?」

 

「いえ!そんな事はありません!彼らは勇気ある兵士たちであります!」

 

 次にクェス・イシューが。

 

「そうだ!俺たちは彼らに対して敬意を持ちこそすれ、貶して良い道理など存在しない!ならば、俺たちはどうする!?」

 

「火星側と協力を持ちかけ、智天使などと名乗る者たちに正義の鉄槌を!」

 

 次にマルクス・ファルクが。

 

「そうだ!ガンダムという絶対の暴力を持つ俺たちと脆弱なる身でモビルアーマーを斃すという偉業を成し遂げた彼らが手を組めば、恐れる物は何もない!違うか!?」

 

「いいえ!我々の力と彼らの力が合わされば、天使どもなど恐れるに値しません!」

 

 次にアマデウス・エリオンが。

 

「そうだ!彼らと我らで力を合わせ、この戦争を終わらせる!ならば、俺たちが掲げるべき言葉は!?」

 

「――――我らに勝利を」

 

 最後にシリウス・ダルクがアグニカ・カイエルの問いに答えた。望む答えを告げてくれたセブンスターズと最も信頼する親友にアグニカは笑みを浮かべる。そう、モビルアーマーを根絶やしにした上での勝利をアグニカは求めている。そのためなら、アグニカは喜んで悪魔にその身を売り渡す。

 

「分かっているなら動け!連中は待ってくれんぞ!モビルアーマーを、あの虐殺の天使どもは皆殺しだ!」

 

『ハッ!必ずや、勝利を我らに!』

 

 ここに趨勢は決まった。これ以降、セブンスターズとシリウスは火星圏と戦力を合一化した組織のために尽力する事となった。当然、その動きは各経済圏及びアルタイルのトップであるジャンヌ・ダルクの知るところとなった。そのために活動しているアスガルド上層部――――特にシリウスの疲労具合は他とは比べ物にならなかった。

 作業している机の上にはエナジードリンクが常備されており、誰かと面会する予定がない限りは部屋に閉じこもって作業をしていた。誰かと会う際にも化粧係にクマを何とか誤魔化してもらい、多少時間はかけるがそれでも十分はかけずに誰かと会える体勢を整えていた。寝る時間もほぼなく、寝ている時間があるとすればそれは気絶している事を意味していた。そんなブラック企業も真っ青な労働環境に身をやつしていた。

 

「シリウスさん、大丈夫ですか?少しは休まれた方が良いのでは……」

 

 ジャンヌはシリウスの多忙さを知る数少ない人間の一人だった。命を救ってもらったあの一件以来、ジャンヌはよくシリウスと話していた。ごく短期間でシリウスの事を把握したジャンヌは勿論、無茶苦茶な生活を送っているシリウスの事もよく理解していた。確かに、今が大事な時期である事は確かだが、それでもあんな生活を送っていては死んでしまうかもしれない。

 火星を離れ、地球を訪れていた彼女はシリウスの家でお世話になっていた。シリウスの家で働いている使用人たちも普段は主人であるシリウスがいないので暇を持て余していたが、ジャンヌのお陰で働きがいがあった。さらに心底シリウスの事を心配しているジャンヌの姿に、もうシリウスの嫁に来てくれないかとすら思っていた。

 

「彼の労働環境はもう少しどうにかならないのですか?」

 

「う~ん、あいつは最高責任者だからさ。俺に求められているのは英雄としての象徴と組織を纏め上げるための錦の御旗なんだってよ。その分、発生する責務に関してはあいつが負担するという事になってるんだ。下手に俺が首を突っ込むと逆にあいつの負担になる可能性すらあるからな。中々手は出せないよ」

 

 ジャンヌはアグニカの元を訪れ、シリウスの労働環境の改善を求めていた。基本的には遠征部隊にいるアグニカもシリウスの現在の労働環境にはドン引きしていた。確かに、この案件は拙速を尊ぶがそれでもシリウスの行動はやりすぎだと思う。しかし、それをアグニカが止める事が出来ないのもまた事実だった。

 

「そうですか……」

 

「あいつはさ、結構万能な奴だよ。オールマイティって言った方が良いか?それが余りにも過ぎるから、誰もがあいつに頼っちまう。んでもって、あいつもその期待に応えちまう。その連鎖をどうにかして断たない限り、あいつはああやって無茶し続けるだろうさ」

 

「何でもできるが故の弊害……ですか」

 

「そう。あんただって、多くの人に支えられて今までやってきただろう?あいつはその逆。多くの人間を一人で支えられるだけの能力を持ってるんだ。万能の天才とはまさにあいつを指す言葉さ。あいつほど器用に物事をこなす奴を少なくとも俺は知らねぇな。俺みたいな一方向に秀でた、というか突き抜けた奴以外にあいつを負かせられる奴はあいつと対等にはなれねぇよ」

 

「対等な関係の人間の言う事には従うのですか?」

 

「従うって言うのは正解じゃねぇな。少なくとも一考の余地ありと判断するだろう。その上で無茶する時は無茶するし、聞く時は聞き入れるさ。それ以外じゃあ、あいつは無理矢理にでも何とかしようとするな」

 

 シリウスにとって、対等ではない存在は基本的に守る対象として認識している。敗北したことを認めているアグニカだからこそ、シリウスは守るという事をしない。シリウスにとってはアグニカは既にそういう対象ではなくなっているからだ。だが、それ以外の下っ端や部下たちは違う。シリウスにとって、彼らは守るべき対象なのだ。守るべき対象のためなら、シリウスは幾らでも無茶をする。

 

「まぁ、あんたがあいつの事を好いてるって言うなら、あんたがあいつを縛る鎖になってやれば良い。そうすれば、あいつも多少は言う事を聴くだろうさ」

 

「え……?」

 

「なんだ、違うのか?確かにこれまであいつの無茶振りに対して、俺に嘆願してきた奴は大勢いたがな。それでもあんたほど真摯かつ真剣に頼み込んできた奴はいない。特に女ではな。まぁ、端から俺らの周りにはあんまり女はいないけどな。イシューの奴は完全にストライクゾーンどころかデッドボールゾーンって感じだし」

 

 アグニカの言葉を聞きつつも、ジャンヌは困惑していた。自分がシリウスの事を好いている、という自覚が完全になかったからだ。シリウスの事を心配しているのも、常識人として彼が無茶苦茶な事をしていてそれを止めたいという想いがあったからだ。恩人であるシリウスが過労死したなどという事になっては、悔やむに悔やみきれないからだ。

 普通の人であれば、シリウスは心配されて当然だろう。シリウスの古馴染みだと言うのなら、アグニカはシリウスの暴走を止めるべきだ。だが、アグニカはそんな事をせずに彼に完全に任せきっている。シリウス・ダルクという男であれば、その程度はやってのけると本気で信じているのだ。だからこそ、アグニカはシリウスのやる事に口を出さない。そこには絶対の信頼があるからだ。ジャンヌの向ける感情とは違う物だ。

 

「まぁ、悩めよ。火星圏独立の旗頭に立てられた若き革命の乙女。あいつはともかく、あんたにはまだ時間がある。ゆっくり考えて答えを出していけばいい。まぁ、確かにあいつもそろそろ気絶させてでも寝かせるべきかもしれんしな。その辺りは俺がなんとかしよう」

 

 そう言ったアグニカの言葉もジャンヌの耳には届かず。ジャンヌはただその場に立ち竦んだまま、まとまらない思考に意識を向け続けるのだった。

 


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