機動戦士ガンダム鉄血のオルフェンズ~悪魔と英雄の交響曲~   作:シュトレンベルク

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厄祭戦・4

 ガンダム・フレームの開発が本格的にスタートし、それぞれのガンダムを開発作業がスタートした。ソロモンの七十二柱の悪魔を参考にして開発された悪魔たち。それぞれが悪魔としての力を遺憾無く発揮した。アグニカほど無茶苦茶ではなくとも、部下と共にモビルアーマーの討伐に成功している。

 ガンダム・フレームの本領を発揮する度に、パイロットは傷ついていく。しかし、才能のあるパイロットが貴重である以上、使い物にならなくなったら切り捨てていては、すぐに良質なパイロットはいなくなってしまう。そんな状態ではモビルアーマーに対抗する手段などすぐに無くなってしまう。

 

 そう考えた結果、シリウスはモビルスーツのログを基に阿頼耶識開発チームと協力してパイロット用の装置を開発した。阿頼耶識で繋がっている間は四肢を自由に動かす事ができる。その状態を日常的に再現する事が出来るように、それぞれに専用として設計された。その形はまるで首輪のような形をしていた。

 まるで犬のように感じられはしたものの、それを付けることで普段通りに四肢を動かす事ができる。それ故にアグニカ以外のテストパイロットたちは付けることを了承した。しかし、どうしてもアグニカはその首輪を嫌がった。ガンダムの開発をしているシリウスの研究室を訪れ、首輪を摘まんでいた。

 

「本当にこれを付けないといけないのか?」

 

「別に付けなくても構わんぞ。強制している訳じゃないんだから、好きにすれば良い。常にバエルに乗れる訳じゃないんだから、いざという時のためにつけておいた方が良いと思うがな」

 

「ぐぬぬ……」

 

「そもそもお前は操縦が荒すぎるんだ。毎度毎度出る度にバエルをボロボロにしやがって……整備班と俺の気持ちも考えてもらいたいもんだがな」

 

「しょうがねぇだろ?モビルアーマー相手に適当な戦いで何とかできる訳がないんだからさ。モビルアーマーをぶっ殺すためならあれぐらいなっちまうさ」

 

「それでも、だ。毎回あんな風にされては困る。お前の操縦が乱暴だから、あんな風になっちまうんだろう。実際、他のテストパイロットはお前ほど酷くはないぞ」

 

「それは分かっているけどな……」

 

「確かに、単騎での戦果という意味で言えばお前の存在は大きい。元々、プロバガンダ的な物があったしな。しかし、もうちょっとどうにかならんのか?」

 

「う~ん、俺もあいつもまだすり合わせの最中だと思うんだ」

 

「あいつ?バエルの事か?」

 

「ああ。俺はまだあいつがどれだけの能力を秘めているのかを知らない。あいつもまた俺がどれだけの能力を持っているのか分からない。

 だからこそ、ぶつかり合いながらお互いの能力を確かめているんだよ。暫くはこんな事が続くかもしれないが、それでも俺は俺の力を手に入れてみせるさ」

 

「ご大層な事だ。それが何時になるかは知らないが、出来る限り早くそうなる事を願っているよ」

 

 気のないような返事だが、シリウスは実際アグニカに期待していた。バエルのシステム面を担当しているシリウスだからこそ分かる事だが、今バエルのシステムは急速に変化している。もちろん、シリウスは何もしていない。バエルが考え、自らの手で行動しているのだ。少しでもアグニカの力となれるように、一体でも多くの天使を狩るために。

 それに、シリウスはガンダムの声を聞く事ができる。その所為か、バエルが作業中のシリウスに話しかけてくるのだ。その行動に一々足を引っ張られ、中々作業が進まないので困っている。シリウス自身もシステム面に手を加えようとするのだが、その度にバエルが介入してくる。その所為で作業が遅々として進まない。今となってはバエルが改変したシステムをシリウスが確認するだけに留めている。

 

「それにしても、お前は本当に被害が少ないな。もう両手を超える回数はバエルに乗っているというのに、まだ(・・)片腕だけで済んでいるんだな」

 

「まあな。際限無く力を引き出してる訳じゃねぇし、こんなもんなんじゃないか?他の連中はどうだったっけ?」

 

「クジャン、バクラザンは左足。ファリドは左腕と左目。イシューは右腕。ボードウィンは味覚。エリオンは右足。ファルクは痛覚の麻痺。お前、これ片手で数えられる回数の被害だからな?バエルとお前の相性どんだけ良いんだよ」

 

 ガンダムに乗ってモビルアーマーと戦う度にパイロットは傷ついていく。アグニカの試運転後、阿頼耶識の数を二つに増やしたテストパイロットたちはガンダムと意思疎通を計れるようになったが、ガンダムのじゃじゃ馬ぶりに翻弄されていた。モビルアーマーが人を殺す使命を帯びているなら、ガンダムはモビルアーマーを殺す使命を帯びている。モビルアーマーを前にして、ガンダムは落ち着いてはいられないのだ。

 モビルアーマーを、自分たちに仇なす天使どもを殺す。それこそが、悪魔の名を冠するガンダムたちに与えられた至上にして絶対の命題なのだ。製作者であるシリウスや整備員、そしてパイロットたちの憎悪や敵対心を飲みこむ事で、ガンダムは完全なる悪魔としてこの世に誕生するのだから。そこには慈悲など一切として存在していない。

 

「どうせ余計な事を考えてるんだろ?俺たちは軍人であり、モビルアーマーどもを絶対に殺すガンダムに乗ってるんだ。だったら、あいつら畜生どもをぶっ殺す事だけを考えていれば良いんだよ」

 

「お前らしい事だ。そんな風に単純に考えられたら誰も苦労はせんだろうな。人は獣みたいに単純ではいられない物さ。たとえ、その果てが同じ事だったとしても、方法を考えてしまうのが人間なんだよ」

 

「そんなもんかねぇ……随分と平均的なモビルスーツだけど、何なんだ?」

 

「ASW-G-08ガンダムバルバトス────総てのガンダムの雛形とも言えるモビルスーツさ。癖のある一桁台の中で唯一、誰でもコンスタントに性能を発揮できる。そういうコンセプトで造られたモビルスーツだよ」

 

「ふ〜ん……でも、それって弱いって事じゃねえのか?誰でもある程度の戦果を挙げられるって事は、ある程度しか戦果を出せないって事だろ?」

 

「さて、それはどうかな。実際に乗ってみれば分かると思うが、あいつは中々に凄いぞ。あいつのモビルアーマーに対する憎悪は、他の一桁台のガンダムにだって劣るもんじゃない。素直な奴だからな」

 

 シリウスは感づいていた。バルバトスはパイロットの求めに応じる。いや、応じすぎる。普通、ガンダムも他のモビルスーツの例に漏れず、パイロットがいなくては力を振るえない。だからこそ、奪う物と与える力を天秤にかけて与える力の量を調整する。

 しかし、バルバトスはそんな事はしない。パイロットの求める力をそのまま与える。もし、パイロットが廃人になっても構わないから力を寄越せと言われれば、バルバトスはその願いを叶える。純粋な者、強欲な者ほど、バルバトスとの相性がよく、同時にその命を落とす確率をはね上げる。バルバトスはそういう機体なのだ。

 

「ガンダムの開発も進んでいるし、少しずつではあるがモビルアーマーの討伐も進んでいる。後は地球圏におけるゴタゴタさえどうにかなれば……な」

 

 地球圏で最大の被害はモビルアーマーではなく人災━━━━即ち戦争である。これによって地球の人口は厄祭戦の始まる前の半分ほどまで減少した。その代わり世界の国々は少しずつ統合され、現在では4つの経済圏が確立されつつあった。

 

 それがアーブラウ・SAU(STRATEGIC ALLIANCE UNION)・アフリカンユニオン・オセアニア連邦の4つである。

 

 世界大戦と遜色ない戦争によって地球はあまりにも疲弊してしまっている。それ故にシリウスたち実験部隊はいつの間にか各経済圏から独立した組織として扱われるようになった。しかし、独立部隊としてはあまりにも人の手が足らないため、続々と各経済圏から人手が送られていき果てには巨大軍事組織となった。

 

 当初の予定よりも巨大化した組織に危惧する人物はいたが、各経済圏の人々はこれ幸いとその組織を地球圏で唯一の軍隊とすることにした。これは先の大戦のような事態を防ぐためというのと、モビルアーマーという巨大な敵と戦うためには一致団結する必要があるとされたためである。

 このトップにシリウスは据えられそうになったが、アグニカの人気を利用してアグニカに押し付けた。後で取っ組み合いの喧嘩になったが、しょうもなさすぎるのでここでは記述しないでおこう。

 

 アグニカをトップに据え、シリウスは参謀役というスラム時代の再現とも言える状態になった。その下にテストパイロットたちセブンスターズが着いた。この組織がいずれギャラルホルンと名付けられる組織の前身━━━━アスガルドである。

 この組織の登場により、地球圏の周辺に存在するモビルアーマーの掃討作戦が開始された。大戦によって多くの被害を出した地球圏としては痛い出費ではあったものの、これによって地球周辺の安全が確保される事となり、コロニー製造計画を進めることが出来るようになった。

 

 その代わり、破壊され尽くしたガンダムたちにシリウスと整備員たちは悲鳴をあげることになったが。特にイシューの乗っていたガンダムアガレスの大破具合は酷く、四肢欠損はおろか顔面まで破壊されていた。

 

「イシュー!お前、ちょっとこれは酷いぞ!四肢欠損はともかく、顔面まで破壊されるってどんな戦い方をしてるんだよ!?」

 

「五月蝿いわね。壊れてしまったものは仕方がないでしょう?あれだけの被害が出てしまうような戦いだったのだから、このぐらい当然でしょう。……それで、この機体は直るの?」

 

「直ると思うか?」

 

「いいえ、まったく。一応聞いてみただけよ。直るのなら、また一緒に戦いたいと思っただけよ。この子も私の戦友なんだから」

 

「ここまで酷いと直すより、改めてフレームから造った方が早いだろうさ。幸い、エイハヴ・リアクターはまだ動かせるからな。どうする?そちらが要望するなら改めてフレームから造るけど?」

 

「そんな暇がある訳がないでしょう?この宇宙にはまだ多くのモビルアーマーがいる。新しくフレームが出来るのを待っていたら、それだけ多くの被害が生まれてしまう……それは軍人として許すわけにはいかないのよ」

 

「……分かった。だったら、新しいガンダムにデータを入力しておく。完成し次第模擬試験を行っておいてくれ」

 

「分かったわ。それじゃあ、私は休ませてもらうから」

 

「ああ、分かった」

 

 その後、テストパイロットたち改めセブンスターズの機体状況を確認した。その結果、ほぼ全員が別の機体に乗り換える必要があることが判明した。ソレの指示をしていると、声が聞こえてきた。何かと思っていると、イシューの乗っていたアガレスから聞こえてきた。

 戦いたいと。殺したいと。あの天使どもをこの世から根絶やしにしてやりたいと、そう叫んでいるアガレスの呪いじみた声がシリウスには聞こえてきた。そんな最早残骸という名が相応しいアガレスに近づいて、シリウスは言った。

 

「まだ戦いたいか、アガレス」

 

 勿論だと、アガレスは言った。こんな道半ばで終わりたくはない。まだあの天使どもを殺したりないのだと、アガレスは叫ぶ。

 

「たとえ、今の己ではなくとも連中を殺したいとお前は願うか?」

 

 それで更なる力を手に入れ、あの憎き天使どもを根絶やしにできるなら構わないとアガレスは言う。憎しみもここまでいけば流石だと、シリウスは素直にそう思う事が出来た。

 

「ああ、俺がお前の願いを叶えてやる。お前に新しい力と身体を用意してやる。その代わり、お前はアガレスとしての名を失うだろう。その事に後悔はないか?」

 

 ────ない。そんな物、あろう筈がない。自分の、悪魔の兵器としての使命を果たすことが出来るのだ。その使命を果たせなくなる事に比べれば、名を失うことなどほんの些細な事だ。重要なのは、あの憎き天使どもを根絶やしに出来るかどうかだけなのだから。

 

「……分かった。お前がその使命を果たせるように、俺も全力を尽くしてやる。お前が次に目を覚ました時、そこに大公アガレスはもういない。そこにいるのは……そうだな。人に仇なす竜ならぬ天使どもを鏖殺する英雄であり、人を新時代へと導くための礎となる者────ジークフリートだ」

 

 ここに契約は結ばれた。悪魔の王の名を冠するガンダムと共に並び立つ竜殺しの名を冠する機体がこの世に誕生する。父祖たる悪魔(オーディン)の住まうアスガルド()を守るため、鋼の英雄を手繰るはあり得べからざる存在。

 その果てが如何なる物となるのか……この時は誰にも分かっていなかったのである。


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