機動戦士ガンダム鉄血のオルフェンズ~悪魔と英雄の交響曲~   作:シュトレンベルク

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厄祭戦3

 最初のガンダム・フレーム────ガンダム・バエルが完成した。そのテストパイロットは当然の如く、アグニカが務める事になった。アグニカはバエルとの出会いを後に運命と語った。

 バエルの性能テストは突如出現したモビルアーマーとの戦闘に変化した。練習すら挟めない完全なぶっつけ本番となった性能テストだったが、アグニカはこれを好都合だと思っていた。

 

「結局はモビルアーマーどもを殺すんだ。その予定が早まっただけだろう?」

 

「そういう問題じゃないだろ……いいか、アグニカ中佐。このバエルにはとあるシステムが搭載されている。モビルアーマーに反応して出力制限を解放するシステムだ」

 

「なんだよ、じゃあ普段は出力制限してるって事か?なんでそんな無駄な事を」

 

「人間を生態ユニットとして扱っている以上、当然の処置だ。常時出力制限がない状態だったら、阿頼耶識で繋がっている人間は数回乗っただけで廃人になるわ」

 

「しょうがねえなぁ……それで?」

 

「阿頼耶識側のリミッターは解除しておく。動かす時には邪魔になるだけだからな。だが、その分戦闘終了後にどうなるかは分からん。それだけ覚悟しておけ」

 

「この機体に乗れば何とかなるんだろ?だったら、問題ないさ。逆にモビルアーマーに見せつけてやるさ。人間の力って奴をな」

 

「勝手にしろ。生き残れるように努力するんだな」

 

「誰に物を言ってやがる。俺があんな鳥もどきにやられてたまるかよ」

 

 その戦闘でバエルは本領を発揮した。神と敵対する悪魔の王はその名に違う事なく、天使殺しを成し遂げた。当時、百体以上のモビルスーツが二割近くを犠牲にする事で漸く一機倒せる、というレベルのモビルアーマーを単騎で。それだけの偉業を成したが故か、バエルはボロボロの状態だったが。その惨状を見た整備班の人間は悲鳴を上げた。

 

「はぁ……出来立てだったってのに、たった一戦でこの有り様か。あいつがマトモな操縦をするとは思ってなかったけど、これはこの先頭が痛くなるな」

 

 軍人にとってその戦果は嬉しくとも、整備士にとって戦果の結果がこの有り様ではたまった物ではない。なにせ、右腕はもげているし、背部に設置されたスラスターは半壊、左足は着地の衝撃でもげていた。直せなくはないが、時間がかかるのは分かりきっている。

 それでも、単騎によるモビルアーマー撃破は快挙であると言わざるを得ない。今まで一本筋で固まっている火星側以外にモビルアーマーを撃破できていない。即ち、アグニカの戦果が地球側初のモビルアーマー撃破だった。これに軍が興奮しない訳がない。

 

「主任、どうするんですか?」

 

「どうすると言われてもな……研究の続行を命令されている以上、止めることはできない。他のガンダム・フレームの開発と並行しながらバエルの修理をしていこう。どうせ、あの英雄様に振り回される事は確定してるんだ。俺たちは俺たちなりにやっていくしかない。まずはバエルの足回りの復旧だ。立たせられないとどうにもならん」

 

「了解です。聞いたな、お前ら!まずはぶっ壊れちまった左足から取りかかれ!舐めた仕事したらぶっ飛ばすぞ!」

 

『はい!』

 

「悪いけどお願いします、整備長。後で軍資金を用意しますんで、俺の研究室に来てください。その金で呑みにでも行ってください」

 

「聞いたか、テメェら!主任が金を用意してくださるそうだ!労働の後の美味い酒が俺らを待ってるぞ!」

 

 整備長の言葉でテンションの上がった整備士たちの仕事ぶりはシリウスも見た事がない程だった。実に無駄のない仕事ぶりに苦笑を浮かべながら、医務室に向かった。そこでは戦闘で負傷(かすり傷程度だが)したアグニカが頭に包帯を巻いていた。

 傍にはテストパイロットたちがおり、医師は若干迷惑そうにしていた。確かに大勢がいるべき場所ではないのに、更に人が増えただから仕方がない。けれど、シリウスにとっては火急の要件だった。

 

「おう、シス。どうかしたのか?」

 

「後遺症について、と言えばお前には分かるか?」

 

「ああ、それな。どうも左手が上手く動かないんだよな。殴るとか叩くとかそういう大雑把な動きはできるんだが、細かな動作は出来そうにないな」

 

「なるほど。思っていたよりは軽い症状だな。初回故のサービスなのか、それともお前がバエルに気に入られたのか……どっちにしても今回きりだろうな」

 

「……どういう事なんだ?俺達には理解しきれないんだが」

 

 そう言ったのはギレド・ボードウィン少佐。カールがかった紫色の髪が特徴の青年だ。他のテストパイロットたちも困惑した表情をしており、アグニカとシリウスを見つめていた。他の者たちも同様に意味が分からないという表情を浮かべていた。

 

「……アグニカにはもう伝えたが、他の皆にも伝える必要はあるな。皆、俺の研究室に来てください」

 

「ここでは説明できないのか?」

 

「出来ない訳ではないが、無関係の人間がいる場所で話すような事でもない。アグニカの件も合わせて報告する必要があると思っただけです」

 

「まぁ、良いじゃねえか。こんなところでグダグダしてても解決しないんだ。だったら、さっさと行こうぜ」

 

「カイエル中佐、あなたは怪我人なんですから、もう少し大人しくしておいてください」

 

「心配ご無用だって。この程度のかすり傷、少し待ってりゃ治るよ。それにこの話は大事な事なんだろうしな」

 

 アグニカの視線にシリウスは見返すだけで大した行動は取らなかった。しかし、それだけで理解したのかアグニカは立ち上がった。重心が取りにくいのか、少しふらついたが指し伸ばされたシリウスの手を取って立ち上がった。

 一行がシリウスの研究室にたどり着くと、シリウスはアグニカをその辺に置いてある椅子に投げ飛ばした。そしていくつかの資料を机の上から取り出し、ホワイトボードに貼り付けた。他の面々も置いてあった椅子を取り出し、ホワイトボードの前に座った。

 

「全員が知っての通り、阿頼耶識は人体をモビルスーツの生態ユニットとする事でより高度な動きを可能にするシステムだ。モビルスーツから膨大な量の情報を叩きこまれる代わりに、モビルスーツを手足のように動かす事が出来るようになる」

 

「それは知っている。でも、それがどうしたんだ?」

 

 そう言ったのはウェンデル・バクラザン大佐。テストパイロットたちの中ではトップの階級であると同時に年長だが、有事の際などを除けば上下関係を気にしない人物。アグニカを中心に据えたとするなら、陰の立役者と称されるような人物である。

 

「諸君はシュミレーターで動かした事があるから、分かるだろう?阿頼耶識の手術を受けただけで、モビルアーマーと戦えるようになるか?」

 

「ならない、わね。確かに普通のパイロットよりも技量的な意味では成長したけど、それでもモビルアーマーに勝てるとは思わないわ。でも、それをどうにかするためのガンダム・フレームなんじゃないの?」

 

 そう言ったのはクェス・イシュー中佐。貴族の出でありながら、誰かのために戦う事を旨としている。本人は騎士となる事が夢だと語っているが、周りの人間に引き留められている。名家の出故の柵という物を抱えている。

 

「イシュー中佐の言う通り、阿頼耶識だけでは埋めきれない差を埋める物がガンダム・フレームだ。しかし、だ。具体的にどうすれば良い?災厄の名を冠するモビルアーマーの戦闘力は伊達ではない。高度に発達したAIも厄介に過ぎる。では、どうする?」

 

「それは……」

 

「モビルアーマーに反応して出力を始め、反応速度などを上昇させる。分かりやすく言えば、モビルスーツと一体化した上で出力を上げる事でモビルアーマーを圧倒できるほどの戦闘力を得る、という事だ」

 

「そんな事ができる物なのか?言葉にするのは簡単だが、そんなシステムを組む事ができるとは思えないのだが」

 

「条件付けを出来れば、不可能ではありませんよ。モビルアーマーの存在を確認すれば、ガンダム・フレームは全力を引き出そうとする。たとえ、パイロットを廃人にしたとしても――――ガンダムはモビルアーマーたちを殺すために、その力をパイロットに与える。それはお前が一番よく分かっているだろ、アグ」

 

「ああ、もちろんだ。あいつは言ったよ。力をやるから、お前を寄越せよ――――ってな。俺はそれに喜んで応じたよ。当たり前だよな。あいつらを、モビルアーマーを殺す事は俺にとって絶対の目的だからな」

 

「……お前ならそう言うと思っていたよ。バエルは調整するがな、あまり整備班の人間を困らせてくれるな。まさかテストであそこまでボロボロにされるとは思わなかったぞ」

 

「相手が相手なんだからしょうがないだろ。精々、整備班の連中には頑張ってもらうだけさ」

 

「まったく……俺はこれから火星側と連絡を取って、阿頼耶識の問題を何とかする。医療側と提携すれば不可能ではない筈だ。他のガンダムの開発も適宜開始される。ロールアウトには時間がかかるだろうが……軍高官側の手応えは良かった。残りも問題なく開発できる筈だ」

 

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 

「どうかしたのか、クジャン」

 

「どうかしたのか、ではありません!そんな非人道的なシステムを積んでいる機体に、我々も乗れと言うのですか!?」

 

「当たり前だろうが。何を言ってる?」

 

「ですが!」

 

「あのなぁ、舐めた事を口にしてんじゃねぇぞ。確かに、ガンダムに搭載されているのは危険なシステムだ。本領を発揮すればするほどに、悪魔に人間としての機能を奪われちまうんだろう。だがな、結局は戦わなくちゃいけないんだよ。幾らか性能が良い程度の機体で勝てるほど、モビルアーマーは甘くねぇ!それはお前だって分かっている事だろうが!」

 

「そ、それは……」

 

 ニースも理解はしている。テストパイロットたちもモビルスーツに乗り込んで戦闘に参加していた。バエルの圧倒的な戦闘力も、モビルアーマーの強大な戦力も理解している。だが、それでも、乗る度に四肢のどれかが使えなくなってしまうと言われて、平常でいられる程図太くはないのだ。それは他のテストパイロットたちもそうだった。

 

「……ガンダム・フレームに乗るのは絶対ではありません。テストパイロットを辞退していただいても構いません。しかし、モビルアーマーを斃したと言っても人間側の戦果は、全体の一割にも満たない。地球側はただでさえ、互いに足を引っ張り合っているせいで火星側に戦果という意味では後れを取っています。

ガンダムはそれを打開するための一手だ。この馬鹿は一人でモビルアーマーと戦う、なんていう馬鹿をやった所為でモビルスーツもボロボロですし肉体に支障が出るほどの負荷を受けました。モビルアーマーと戦う以上は同じようなことは避けられないのかもしれません。しかし、我々は全力を尽くして皆さんをサポートします。どうか、私たちに力を貸してください。お願いします」

 

 シリウスは頭を下げた。その真摯かつ真剣な雰囲気にニースを始めとした全員が口を閉じた。アグニカはそんなニースたちを黙って眺めていた。ニースたちがいかなる道を選んだとしても、アグニカの道は変わらない。バエルに乗ってモビルアーマーを殺し尽くす。その為に、アグニカはシリウスに力を求めたのだから。

 

「……分かりました。このニース・クジャン、力なき人々を守るために全力を尽くす事をお約束いたします。ダルク博士、弱音を吐いてしまった自分をどうかお許しください」

 

「そうだな。確かにクジャンの言う通りだ。俺たちは人々を守るために軍人になった。そんな我々が我が身可愛さに尻込みしていては、誰も人々を守る事などできん。あのモビルアーマーどもを斃す事ができる力が手に入るのなら、それは本望というべきだろう」

 

「そこまで言ったんだから、私に相応しい機体を用意しなさいよ。心配しなくても、私は他の連中とは違って離れていったりはしないわよ。騎士に二言は無いんだからね」

 

「それを言うなら、武士に二言はないでは……?」

 

「え、ちょっと待ちないよボードウィン。武士って何?」

 

「うわ、藪蛇だったか。助けてくれ、エリオン」

 

「自分で話を振ったんだから、ご自分で何とかしてください」

 

「ちょ、おま、切り捨てるのが早すぎるだろう!?」

 

 全員が部屋から出て行く事なく、寧ろ乗り気な状態だった。その姿にシリウスは呆気に取られていたが、アグニカに肩を叩かれ笑ってしまった。何も持っていない孤児であった頃では考えられない光景だった。力こそが絶対であり、弱みなどみせよう物ならその瞬間に食われてしまうのがオチ。そんな頃では目の前の光景にはとても想像できなかった。

 

「皆さん、これからもよろしくお願いします。一先ず――――今日は飲み会といきましょう。地球側(俺たち)が初めてモビルアーマーに勝ったお祝いとして」

 

「そりゃあ、良い。是非ご相伴に預からせてもらおう。よく考えると博士と一緒に飲んだ事はなかったな。今日は楽しみにさせて貰おう」

 

「そんな事言っても、俺は乗せられませんよ。ファルク少佐。まぁ、そういう話は後ほどという事で」

 

 シリウスとテストパイロットたちを眺めながらアグニカは笑っていた。その時、アグニカが一体何を考えていたのかは誰にも分からない。けれど、少なくともアグニカ自身は笑っているシリウスの姿に満足していた事だけは確かだろう。

 そしてこれがシリウス・ダルクとアグニカ・カイエル、そしてセブンスターズの面々が本当に絆を深めたとされる出来事である。これ以降、シリウスはセブンスターズの面々と名前で呼び合い、本当の意味で仲間として行動し始めるのだった。




オリジナルキャラクター紹介
ギレド・ボードウィン:ボードウィン家初代当主。資産家の息子であり、家を出奔する形で軍に入った。幸いにもパイロットとしての資質はあったため、軍人として活躍する事ができている。若干、口が軽い癖がある。

ウェンデル・バクラザン:バクラザン家初代当主。テストパイロット組の中では唯一の年長であるが、年齢としては三十路前後とまだまだ若い。既に結婚しているが、まだ子供は出来ていない。

クェス・イシュー:イシュー家初代当主。銀髪で気の強い女性という点は子孫であるカルタと同じだが、今回の一件で日本かぶれになる。しかし、騎士の夢も捨てられないという事でシリウスに無茶振りを仕掛けてくる。

アマデウス・エリオン:エリオン家初代当主。ラスタルの若い頃と激似。本人の資質としてはパイロットよりも軍隊の指揮や政治などの方が上。それでもテストパイロットとして選ばれる程度には実力もある。

マルクス・ファルク:ファルク家初代当主。原作ではお前いる意味あるの?と言いたくなるほど話している回数の少ない人。作者的にはクーデリアの父親並みにいた意味が分からない。

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