機動戦士ガンダム鉄血のオルフェンズ~悪魔と英雄の交響曲~ 作:シュトレンベルク
その事をどうかご了承ください。
モビルアーマーの暴走から早5年。戦況は瞬く間に悪化の一途をたどった。高度に発達したAIを搭載したモビルアーマーたちはプルーマと呼ばれる子機を操り、人を虐殺していった。その進行は留まることを知らず、地球圏と火星圏の間にあったコロニーは次々と被害にあった。
遠隔操作されている無人機であるモビルワーカーにはモビルアーマーたちが一切見向きしないからだ。その結果、物量に押し切られて人が次々と死んでいった。モビルアーマーの開発者たちもその多くが前線にいたため、ほとんどが殺されてしまった。
モビルスーツの製造も急がれているが、そのために必要な物は多くあった。モビルアーマーたちに負けない戦力と匹敵するだけの固有戦力だ。最早、国家だけではどうにもならない状態になってしまっているが、国家間の足の引っ張りあいは止まらなかった。地球側が完全にまとまりを失くしている中、火星側は強力なカリスマ的な存在がいるせいなのか、一つの勢力として固まっていた。
地球側と同じ様にモビルスーツを開発している火星側において、画期的なシステムが提唱された。人体にナノマシンを埋め込む事で空間認識能力を増大させる、という謳い文句のシステム――――阿頼耶識システムを身体に埋め込む事でモビルアーマーに対抗する戦力として活動していた。
「シス、お前は阿頼耶識についてどう思う?」
「また急な質問だな。どういう意図で質問をしているんだ?」
シリウスはモビルスーツや艦隊に使用されているエイハブ・リアクターを調整する技師として、軍事基地を訪れていた。まだアグニカの要望に応えられる機体は完成していないが、煮詰まってしまっていたので一先ずコンペで合格されたモビルスーツの確認に来ていた。
シリウスが恩師として仰いでいたのがエイハブ・バーラエナ教授――――エイハブ・リアクターという相転移変換炉……分かりやすく言えば、稼働している間は半永久的にエネルギーを生み出し続ける機関の開発者だ。開発者に色々と教わっていたため、エイハブ・リアクターに関する事柄に関してはとても詳しかった。その関係もあり、偶に基地や工場などを訪れていた。
「そのまんまの意味だよ。軍事的に使えると思うか?」
「……まぁ、使えない事はないんじゃないか?空間認識能力の拡大って言うのは、モビルスーツ戦で重要なファクターになると思うよ。モビルワーカーと違って、モビルスーツは直接乗り込むからな。阿頼耶識搭載型は要するに、モビルスーツにパイロットを疑似的に投影するって事だからな」
どんな技術でも良いところばかりではない。阿頼耶識にも勿論デメリットはある。MSクラスの機体から送られてくる処理情報が脳に与える負担は大きく、後々障害が生まれてしまう可能性がある。現在研究中ではあるが、今の段階では基本的に子供以外適合していないので、大人の阿頼耶識保持者がいない。中には無理に阿頼耶識を打ち込んだ結果、半身不随になってしまった被験者もいる。
「だが、まだ実用段階の技術じゃないぞ。火星圏だって孤児の子供たちを被検体にしている訳だからな。大人でも使えるようになるまで、
「ない訳ないだろ。このご時世、力はあって困るようなもんじゃないだろ?手っ取り早く強くなれるなら、それに越したことはないだろ」
「はぁ……お前らしいことだよ。お前の注文が多いせいでエンジニア側はてんてこ舞いだってのに、呑気なもんだ。そういえば、お前が前に出してきた要望書の件だけど……本当にアレで良いのか?」
シリウスがアグニカの望むモビルスーツを作る際、どんなモビルスーツが良いのかを要望書で提出するように言っていた。その内容を先日確認したのだが、効率的ではあるが狂的な事が書かれていた。思わず、顔を合わせると確認したくなるほどに。
「ああ。速度特化で装備はブレードだけで良いぞ」
「お前、モビルアーマーの性能は知ってるだろ?攻撃を喰らったらひとたまりもないぞ」
「分かってるって。でも、あいつらの主兵装はビーム兵器だろ?ナノラミネートアーマーがあれば、その辺は大丈夫だろ?」
「大丈夫って、効果がない訳じゃないんだぞ?それにビーム兵器を躱しても、その後は近接戦闘だ。攻撃を受けたりすれば、さしものナノラミネートアーマーでもやられかねないぞ」
「距離さえ詰められれば問題ないって。その後はあいつらの攻撃を躱しつつ、こっちの攻撃を当てれば良いんだからな」
シリウスもアグニカとは長い付き合いである。元々、二人ともスラムの出でありアグニカはスラムの一大勢力として名を挙げ、シリウスはその側近として行動していた。スラムを潰される際、運よく二人とも拾われた。そこでアグニカは軍隊に進み、シリウスは大学に進む事になった。その間も二人の関係は途絶える事なく続いていた。だからこそ、お互いにお互いの気性をよく理解していた。
それ故に、アグニカがふざけている訳ではなく真面目に言っている事をシリウスはよく分かっていた。普通のエンジニアに似たような事を言った場合、まず間違いなく取り入れられない事も分かっている。昔、パイロットになりたての頃に似たような事を言った時にふざけているのかと怒鳴られたという話を聞いていた。ちなみにその時は本気ですと言い、マジかこいつ……というリアクションを取られていた。
「まぁ、それは別に良いけどさ……お前、シュミレーターの限界以上の性能を引き出すとか止めてくれよ。あんな成績だと現状のモビルスーツでお前が満足できる機体なんてないぞ。なんだよ、シミュレーターで操作する機体がパイロットの操縦に耐えられないって」
「そんな俺のモビルスーツを作るのがお前なんだろうが……何言ってんだ?」
「くぁ~!腹立つ事を堂々と言うな!現行のモビルスーツの限界値を易々と突破する奴が、この世の中にそうそういて堪るか!」
「いるじゃん、ここに」
「ああぁぁぁぁぁぁっ!なんだよ、お前!エイハブ・リアクターが一個じゃ足りないってか!?二個搭載した機体でも容易すれば納得すんのか!?あぁっ!?」
「あ、そうだ。何で今のモビルスーツってリアクターを一個しか載せてないんだ?どう考えたって二個載せた方が強いだろ」
「……ああ、そうだったな。お前、馬鹿だったな。いや、でも予想外だったぞ。お前がそんな常識的な事も知らない馬鹿だったとは」
「あぁ!?馬鹿馬鹿うるせぇぞ、この野郎!」
「あのなぁ!エイハブ・リアクターってのは一基あれば十分なんだよ!二基のエイハブ・リアクターの並列起動ってのは、現在の科学力ではまだ達成してないから無いんだよ!分かったか、この馬鹿が!」
「じゃあ、お前がやれば良いじゃん。それぐらい出来んだろ?」
「はぁっ?お前、人の話を聞いてたのか?エイハブ・リアクターの二基同時の並列起動って言うのは、現在の科学力じゃまだ……」
「だから、お前がそれをやってのければ良いだろ?大体、モビルアーマーの脅威はすぐそこまで迫ってるんだ。出来るとか出来ないとかじゃなくて、やらなくちゃいけないんだよ。お前だって分かってるだろ?」
「それは……そうだけどな」
アグニカの意見は正しい。モビルアーマーという最大の脅威に対して、出来る出来ないは関係ない。やらなくてはならないのだ。それがどれだけ無茶で無謀であったとしても、やらなくてはならない事に変わりはない。どれだけ不平不満を言ったところで、モビルアーマーが消える訳ではないのだから。
シリウスもそれは分かっている。今、アグニカに対してどれだけ不満を言っても、結局は自分がやらなくてはいけない事に変わりはない。だが、それをさも当然の事のように言っているアグニカがムカつくだけだ。最後にはきっちりやり遂げるが、その努力を当然のように言われる事には納得できない。感謝はしなくても良いが、せめてもうちょっと殊勝な態度を取れと思ってしまう。
「くそっ……一度製造されたリアクターってのは、並列起動するのに向いてない。それはそもそも単体で使用する事を前提に作られているからだ。かと言って、二基同時に稼働させるためのリアクター研究なんて許可が下りる訳がないし……教授に相談してみるか?」
バーラエナ教授の下で色々と教わったシリウスだが、エイハブ・リアクターの発する磁気嵐――――通称、エイハブ・ウェーブの発する固有周波数の調整をした事はない。教わりはしたものの、調整済みのエイハブ・リアクターにしか触った事がないからだ。いや、そもそも普通の技師であれば調整済みであっても、エイハブ・リアクターに触る機会などないのだが。
「お久しぶりです、バーラエナ教授」
「おぉ、久しぶりだねダルク君。君がアポなしで私の元を尋ねてくるとは珍しいね。どうかしたのかい?」
「はい。実は教授にご相談したい事が……」
シリウスは有休をとり、大学を訪れていた。普段は事前にアポを取った上で教授の許を尋ねていたのだが、今回はそんな普段であれば当たり前な事も思いつかない程に焦っていた。シリウスの能力ではどうしても、エイハブ・リアクターの並列起動式が分からなかったからだ。しかし、エイハブ・リアクターの生みの親であるバーラエナ教授であれば、と一縷の望みをかけていた。
「ふむ……エイハブ・リアクターの並列起動か。不可能ではないよ」
「本当ですか!?」
「本当だとも。ただね……君も知っている通り、エイハブ・リアクターは普通一基もあれば十分だ。エイハブ・リアクターの並列起動が難しいのは、何も技術的な観点だけではない。
「出力が大きすぎる……」
「そうだ。扱えない機体を一機用意するぐらいなら、扱える機体を二機用意した方が効率的だ。そうだろう?」
「それは……確かにそうですね。教授、実は今こいつのための機体を作ろうとしているところなんですが、何かご意見をいただけますでしょうか?」
シリウスが取り出した資料を受け取ったバーラエナはその数字に目を開いた。その資料に書かれているのは、アグニカがシミュレーションで叩き出した数字だ。従来のモビルスーツパイロットの約二倍以上の数字が書かれていた。俺も実際に叩き出した姿を見ていなければ、数字のテコ入れをしたのではないかと疑いたくなるような数字だ。意味が分からないレベル、という表現でも構わない。
「信じがたい数字が並んでいるけれど……これは本当に?」
「……ええ、本当なんです。これが」
「ふむ……確かにこれならば二基のエイハブ・リアクターを使った機体でも操りきれるかもしれないね。でも、これだけの能力を持つ人間にしか使えないようでは、軍からの許可は得られないだろう」
「やっぱりそうですよね……教授、これが火星圏で使われている阿頼耶識システムを使うとどうなるでしょうか?」
「阿頼耶識を?ふむ……私にも分からない。しかし、この機体と優れた阿頼耶識持ちのパイロットであれば、その性能を発揮できるかもしれない」
「ありがとうございます。後は軍の人間とコンタクトを取らないといけないし、出来れば火星圏の阿頼耶識持ちのパイロットを呼びたい。他にもこのシステムに耐えられるフレームの構築……やる事がいっぱいだな」
「軍の関係者へのコンタクトは私がやっておこう。先方もこのシステムが実用可能となれば、喜んで出資してくれるだろうからね」
「ありがとうございます、教授!」
「いや、教え子が頑張っているんだ。私にも協力させてくれたまえ」
「……本当に色々とありがとうございました。それでは本日はこれで失礼させていただきます。先生、もしこの戦争が終わってお互いに無事で生きていられたら一緒にお酒でも飲み交わしましょう」
「ふっ、そうだね。それも良いだろう」
エイハブ・バーラエナは後もシリウスに力を貸し続けたが、厄祭戦が終わる前に死去。この約束が果たされる事は二度とないのだった。