機動戦士ガンダム鉄血のオルフェンズ~悪魔と英雄の交響曲~ 作:シュトレンベルク
モビルアーマーとの最終決戦を半年後に控え、ギャラルホルンの生産体制は最高状態に達していた。生産体制だけではなく、訓練プログラムもモビルスーツを操縦する物にシフトしていた。毎日のように演習を行い、モビルスーツが動かせない時にはシミュレーターによる戦闘演習が行われた。
セブンスターズやアグニカ、シリウスもシミュレーターによる特別演習に参加。それによって一般的なパイロットも新兵同然のパイロットも、瞬く間に力量を伸ばしていった。これは火星圏ともダイレクトリンクしており、どちらのパイロットも操縦技術を磨いていた。この演習にはジャンヌも参加しており、優秀な成績を残していた。地味にシエルが参加している戦闘もあり、負けた兵士たちは膝を折っていた。
「おら、どうしたどうした!?この程度で終わってんじゃねぇぞ!」
「お前は、いい加減に止まれ!」
アグニカがシミュレーターでやり過ぎた場合、それを止めるのはシリウスかセブンスターズの役割となっていた。互いに武器をぶつけ合い、高速で戦闘を繰り広げていった。それを見ていた新兵たちは唖然としていたが、先輩たちに怒鳴られて戦闘に参加していた。先輩たちもまったく、と言いながらアグニカとシリウスの戦闘をチラ見した後、戦線に戻っていった。
しかし、これは無理らしからぬ事だった。とある一線を越えた戦闘は人々の視線を魅了する。それがギャラルホルンの誇る悪魔の王と英雄の物であれば、尚更の事だろう。モビルアーマーをギャラルホルンにいる誰よりも多く狩り殺してきた二人だからこそ、互いに並び立てる者が数少ない。彼らはお互い以外の存在を対等だとは思っていない。それは、スラムの時代からずっとそうなのだ。
シリウスに勝てるのはアグニカしかいないし、アグニカに勝てる可能性があるのはシリウスしかいない。お互いにそうだと思っている。それが事実で、間違えようのない真実なのだと信じきっている。そうだと思っているからこそ、お互いに遠慮がないのだ。自分の思っている事をぶつけ合える。そんな稀少な親友なのだ。
「ちょっと妬いてしまいますね……」
「男なのに二人でいちゃついちゃってねぇ。あの二人、自分たちが妻帯者だって事を忘れてるんじゃない?」
「イシュー公……」
「クェスで良いわよ。思えば、こうして二人だけで話すのは初めてね。ジャンヌ、と呼んでも良いかしら?」
「はい、大丈夫ですよ。クェスさんはもう結婚されていらっしゃるんですか?」
「ええ。私の部下でね。独身時代はよくぶつかってきたものよ。理由を訊けば、私に認められたかったとか言ってたけどね。丁度、今あそこの仮想戦場に参戦しているわ」
シリウスがアグニカの相手にかかりきりになっている中、副官の人物が巧みに部隊を指揮していた。どちらの軍も実力が拮抗しているせいか、まだ大きな戦況の変化は見られない。そんな停滞した戦場に劇物を投じるように、ガンダムが戦場に現れた。それを抑えるようにヴァルキュリアが動き回り、最早戦場は完全な泥沼と化していた。
「とんでもないわね……あ、キマリスだ。ボードウィンも大変ね。あんなの無視して放っておけばいいのに」
「クェスさんは参加されないんですか?」
「自分よりも強い相手と戦うというのも大事よ。弱いなら弱いなりに立ち回りを考え、敵を倒す方法を考える。そういう思考を鍛える事も出来るからね」
「なるほど……クェスさんは今回の戦いどう思いますか?」
「……そうね。これまでも厳しい戦いがあったけれど……それとも比較にはならない程の厳しい戦いになると思っているわ。まぁ、でも、大丈夫でしょう」
「それは、何故?」
「……?当然でしょう。私たちにはガンダムや精鋭と言える兵士たちもいる。それに何よりアグニカにシリウスがいる。バエルとジークフリートがいれば、たとえ《セラフ》が相手でも後れを取る事はないでしょう」
「……本当にそうなんでしょうか」
「え?」
「確かに、バエルとジークフリートは強力な機体です。それを操る二人もまた優秀なパイロットです。それはこれまで繰り広げてきた戦果、そしてこの眼で見てきた戦闘からしても明らか。それは分かっています。でも……なんだか嫌な予感がするんです。あの二人が、あの人が帰ってこないんじゃないかって、そう思えてしまって……」
「……軽々しく言うつもりはないけど、あなたの気持ちも分かるわ。なにせ、相手はまだ私たちが相手にした事がないほどに強力な相手よ。あの化け物集団のトップに位置する奴らと戦わなくちゃいけない。そんな今まで見た事も聞いた事もないような相手が待ってるんだから、そう思ってもしょうがないのかもしれない。
でもね、あなたが信じなくてどうするの?誰よりもあの男の隣であの男を案じていたあなたが、彼の事を信じなくてはいけないのでしょう?あなたが真っ先に彼の勝利を祈らなくてはならない。私でも、他のセブンスターズの連中でもない。あなたが、ジャンヌ・ダルクが信じなくて誰が信じると言うの?」
「それは……」
確かにその通りなのかもしれない。しかし、ジャンヌの心からは不安が拭えなかった。それはアグニカやシリウスを妄信している訳ではないジャンヌの心にのみ存在する感情だった。ジャンヌは本部にいる人間たちほど、アグニカやシリウスと付き合いがある訳ではない。だからこそ、彼らの事を客観的に見る事ができた。
これまでずっと勝ち続けてきた事は、これからも勝つ事とイコールではないのだ。どんなに強い人間でも、負ける時は負けるのだ。一騎当千と呼ばれる英雄も、少し不意を打たれた程度で死んでしまう事もある。ジークフリートがハーゲンに弱点の背中を突かれて死んでしまったように、死ぬ時は死んでしまう物なのだ。
「……まぁ、そういう問題は私じゃなくてもっと相談するべき相手がいると思うけどね。精々、後悔の無いようにしなさい。今回の戦いが私たちにとっても、世界にとっても大きな戦いとなるわ。私もあなたもどうなるか分からない以上、やり残しなんて物は早めに解消しておきなさい」
そう言うと、クェスはシミュレーターの方に戻っていった。その場には不安に胸を押し潰されそうになっているジャンヌが残され、ジャンヌはただじっとバエルと剣をぶつけ合っているジークフリートを見ていた。お互いに負けて堪るかと言わんばかりに剣を、頭をぶつけ合っている。その苛烈さときたら、お互いに他の仲間を認識しているかどうか怪しいレベルだ。
こいつに勝ちたい、こいつには負けたくない。そういう意志がぶつかり合っているのだ。だからこそ、その戦いは周囲の目を惹く。生死を掛けた物ではなかろうとも、これは彼らにとっては立派な勝負なのだ。故に、手を抜くような事は絶対にしない。そんな事をしている余裕は彼らにはないのだ。少し注意を逸らしただけで次の瞬間には殺されているかもしれない。そう感じるだけの迫力が相手にはあるのだ。
「ハッハッハッ!どうした、シス?そんな物じゃないだろ、お前はよ!」
「喧しいぞ、この問題児が!これはお前の欲求を満たす物じゃなくて、兵士たちの練度を上げるための物だって本当に理解しているのか、お前は!?」
最終的に、事前に副官に自分の手が空かなくなった場合の対処方法を教えていたシリウス側の勝利となった。周囲から攻撃を受け、少し意識を逸らした瞬間に手元にあったブレードでコックピット部分を潰されていた。演習が終わり、シミュレーターから出てきたアグニカは叫び、疲れ切っていたシリウスはジャンヌの傍まで歩き座り込んだ。
シリウスとしても、アグニカの相手は大変なのだ。獣じみた反応速度で動かれるため、一瞬後には負けているかもしれないとなれば疲労も倍増してくる。演習で勝ちこそしたものの、実戦ではきっと敵わないだろう事をシリウスは自覚していた。なにせ、このシミュレーターにはバエルの意志が宿っていない。だからこそ、アグニカも自分の本領を発揮できていない。それはシリウスもそうだが、本当のバエルに乗っていれば間違いなくシリウスと戦いながら部下たちの攻撃を捌ききったであろう事は間違いない。
「あぁ~……疲れた」
「お疲れ様です。大丈夫ですか?」
「大丈夫かそうでないかで話をしたら、大丈夫じゃないな。あいつ、これで決まったと思った攻撃をとんでもない速度で反応したり回避したりするからな……他の戦線をきちんと確認しないといけないし、やらなきゃいけない事が多すぎる。さしもの俺も疲れるよ……いや、本当に」
「確かに、多くの兵士の皆さんがあなた達の戦いを気にしていましたからね。それも仕方のない事かもしれません。今は休んで下さい」
「ああ、そうさせてもらう。……ジャンヌも話があるようだけど、今は休ませてもらうよ」
「えっ……」
「分からない訳がないだろ?あの会議の時、ジャンヌだけは顔を曇らせてた。それ以降もずっとだ。この戦争に対する不安か悩みかはよく分からないが、言いたい事があるんだろう?だったら、俺に言えば良い。良い意見を言えるとは限らないが、それでも聞くだけなら出来るからな」
シリウスはジャンヌの事をよく理解していた。どんな悩みを抱えているのかは分からずとも、悩みを抱えている事は分かる。それが恐らく、今回の最終決戦に関わる事であろうという事も、分かっていた。だからこそ、シリウスは待っているのだ。ジャンヌが自分にその悩みを話してくれる時を、自分に頼ってくれるその時を。
「……はい。家に帰ってから話しましょう。これまで話さなかった事を、これまで知ろうとしなかった事を。お互いの事をよく理解するために、必ず」
「ああ。俺も君もお互いの事を見てきたようで、その実あまりお互いの事を知らないからな。思えば、結婚してからそういう昔の話はあまりした事がなかったな。前にやったお茶会でジャンヌの話は聞いたが、俺の話をした事はなかったな。その時に聞かせてやるよ」
「ええ、楽しみにしていますね」
「ああ。君に渡したいと思っていた物もやっと準備が終わったからな。丁度良かったよ」
「渡したい物……ですか?」
「ああ。それと悪いんだが、先に帰ってもらっても良いか?俺はこの後、ちょっと寄る所があるからな」
「それでしたら、一緒に行きましょうか?」
「いや、俺の個人的な用事だからな。まぁ、後のお楽しみとでも思っておいてくれ。後で用事が何だったのかも教えるからさ」
「……分かりました。それじゃあ、楽しみにしていますね」
「ああ、是非とも楽しみにしていてくれ。まずは目の前の仕事を片付ける所から始めるとするさ」
そう言いながら、シリウスは立ち上がりシミュレータールームを出て行った。兵士たちがシミュレーターを動かすだけでも金はかかるものだ。更にモビルスーツの開発などで金をかけている。現在は戦時特需という事で経済を回しているが、それが終われば確実に経済活動に問題が生じてしまう。それをどうにかするため、戦後の対策も考えていた。
セブンスターズやアグニカに武官たちの教育を任せ、シリウスは文官たちや経済学者を纏め上げて戦後の対策をも考えていた。他にもギャラルホルンが厄祭戦以降も存在するために必要なルール作りに加え、セブンスターズの各当主が引き継ぐ業務内容など、決める事は多岐に渡っていた。同時にモビルスーツや決戦兵装の製造状況を確認したりと、シリウスは忙しい時間を過ごしていた。
その日の夕方、ジャンヌが家に戻るといつもジャンヌが戻ってくると迎えてくれた使用人たちがいなかった。それに、シエルの姿も見えず、何故かと思いながら食堂に向かうと――――爆音と紙吹雪がジャンヌの顔面を叩いた。ジャンヌは唐突に起こったソレにパチクリと瞬きをしていた。
『ママ(奥様)、誕生日おめでとう(ございます)!』
「えっ……」
ジャンヌが食堂を見ると、色紙などで様々な装飾がされていたり部屋の奥には『ママ、お誕生日おめでとう!』と書かれた横断幕が立て掛けられていた。そこで漸くジャンヌは今日の日付を思い返し、自分の誕生日である事に初めて気付いた。
その用意されたセットに驚いていると、後ろからジャンヌの肩を掴んでいるシリウスがいた。そのままジャンヌの身体を押してゲスト席に座らせた。そして手を挙げると、ごくごく普通のケーキが置いてあった。それこそ普通のケーキ屋にも置いてありそうな、ごく普通のホール。そこにロウソクを置き、着火する。そしてバースデーソングをその場にいた全員が歌い始めた。
ジャンヌは思わず涙を流してしまった。何とか抑えようとするが、どうしても収まらず嗚咽を漏らしてしまう。ジャンヌが泣いてしまった事に周りは焦っていたが、シリウスは慌てずに抱きしめた。そして、ポンポンと頭を叩きながら撫でた。そのシリウスの仕草にジャンヌの堤防は決壊した。
「大丈夫だよ、ジャンヌ。皆、ここにいる。お前を置いて消えたりはしないよ。だから、落ち着いて」
「う、うううう……ああああぁぁぁぁぁぁっ!」
「まったく、しょうがないなぁ。しばらくこの胸を貸してやるから、次に顔を上げる時は笑顔を見せてくれ。それが俺たちに対する最大の返礼だ。皆、お前の笑顔が見たくてこういう事をしてるんだからな」
ジャンヌは泣きながら頷き、シリウスはそんな愛しい妻を黙って抱きしめていた。暫くすると、ジャンヌは泣き止んだ。そしてジャンヌが顔を上げるのとほぼ同時に、シエルが二人の間に突っ込んできた。ジャンヌの涙に引っ張られたのか、その顔は泣き顔になっていた。シリウスとジャンヌは顔を合わせた後、シエルを抱きしめた。そんな二人にシエルはまた泣き始めたのだった。
それからしばらくした後、シエルもジャンヌも泣き止んだのを確認すると改めてロウソクに火を点けた。今度はキチンと火を消し、誕生日会が始まった。ご馳走にはしゃいで口元を汚すシエルの口元を拭ったり、ジャンヌは大変だったが楽しかった。シリウスは楽しそうにしている二人を見て、優しく笑っていた。
シエルを寝かせると、ジャンヌはシリウスと共に庭を歩いていた。シリウスが連れて行きたい場所があると言い、ジャンヌはシリウスの後ろを歩いていた。そして連れてこられた場所は――――格納庫だった。普段はジークフリートの整備などでシリウスしか使っていないため、ジャンヌはここに近付いた事がなかった。
しかし、ここにそんなに面白い物があっただろうか?と首を傾げていると、シリウスは扉を開いてジャンヌを招いた。そこにはジークフリートともう一機、別のモビルスーツが立っていた。全身を真っ白に染め上げ、ところどころに赤い花模様の意匠が入ったモビルスーツ。ジークフリートが武骨な機体だとすれば、この機体は華々しい機体だった。
「この機体は俺が受け取ったヘルヴォルを改修した機体だ。ジャンヌ、俺はこれを君に託したい」
「……どういう事ですか?これはあなたが乗るために作ったんじゃ……」
「ハハハッ、俺はこんな華々しい機体には乗れないよ。これは最初から君のために作ったモビルスーツだ。俺やアグ、そしてセブンスターズの連中とは違って、ジャンヌには艦隊の指揮を任せる事になると思う。俺はしても小隊から中隊規模に留まる。前線で戦わなきゃならないからな。
だから、ジャンヌには旗頭になってもらいたいんだ。今回の一戦では本部も火星支部も共同して事に当たらなくてはならない。仲違いなどしている余裕はないんだ。だからこそ、君に託したい。火星を守り導いてきた君に、この仕事を託したいんだ」
「で、でも……!」
「ジャンヌ。俺は君に会えて本当に良かったと思っている。俺が生きていたと思えるのは間違いなく、君のおかげなんだ。俺はこれからも君と一緒にいたいと思ってる。だから、この機体を預かってくれ。君が生き残れるように、俺たちも最善を尽くすから」
「どうして!そんな遺言みたいな事を言うんですか!?聞きたくない!私はそんな言葉、聞きたくないんです!」
「ジャンヌ……」
「私はあなたと一緒にずっと生きていきたいんです。これまでも、これからも!あなたと一緒の時間を歩いて、あなたと一緒に死にたい!あなたの命が明日までなら、私の命も明日までで良いんです!」
「……そんな事を言わないでくれ、ジャンヌ。俺は勿論生き残るつもりだ。それでも、万が一はある。俺は君が生き残るために、そしてシエルを始めとした未来の子供たちに希望という名の未来を託さなくてはならない。俺は俺ができる最善を尽くさなくてはならないんだ」
それがシリウスの願いだ。愛する妻が、愛する娘が生きるために必要な事をしなくてはならない。万が一に備えて行動しなければならない。それがどれだけ不謹慎な事であったとしても、未来へのバトンを繋げなければならない。それはこれまで多くの人間の力を借りてきたシリウスの役目なのだ。
「ジャンヌ、この機体の名前はヘルヴォル・ゼラニウム。『軍勢を守るもの』という名前を与えられた戦乙女であり……俺の君への想いを託した機体でもあるんだ」
「……え?」
「俺らしくもなく花言葉の辞書とか引いてさ、色々と調べたんだ。総てのゼラニウムに共通している花言葉は真の友情」と「尊敬」と「信頼」だ。でも、赤いゼラニウムはそれだけじゃない。赤いゼラニウムの花言葉は――――」
――――「あなたがいて幸せ」だ。
「……………」
「そうだ。俺は君といれて幸せなんだ。君が繋いでくれた様々な物が、俺は幸せなんだと気付かせてくれた。アグでも、セブンスターズの連中でもない。君なんだよ、ジャンヌ。だからどうか――――この花を受け取って欲しい」
そう言ってシリウスが取り出したのは青色のバラだった。かつて、青色のバラは不可能な代物だと言われてきた。そんな物が存在する筈がない、そんな物が出来る筈がないと、そう言われ続けてきた花だ。それでも、人の奇跡ゆえかそれは成った。
「君との出会いこそが俺にとっての奇跡であり、言いたくはないが神様からの祝福なんだ。どうか、俺に君の幸せを祈らせてくれよ。かつて、君が俺の事を案じてくれた時のように、君の幸せを俺に祈らせてくれ」
「ひどい……あなたは本当にひどい人です。そんな事を言われたら、私はもう断る事も出来ないじゃないですか!」
「そうだよ。俺は是が非でもこの機体を君に渡す。何よりも大切な家族のために、誰よりも愛しい我が最愛の人を守るために。俺はこの機体を君に渡す。乗らなくても良い。ヘルヴォルには悪いが、乗らない方が本来は良いんだよ。だから、お守り程度に思ってくれ。それだけでも、俺は十分に嬉しいから」
大切な命の輝きを守らんがため。シリウスはいかなる努力でも成し遂げると決めた。だからこそ、彼は戦うのだ。死んでしまう事は怖い事だけれど、大切な人を守れない事はもっと怖い事だ。そんなことは出来ない。彼は世界にとってはちっぽけな命のために、その身命を賭す覚悟を決めたのだから。
「勝とう、ジャンヌ。俺たちの子供が明るい未来を歩けるように。俺たちがこれからの時間を本当に楽しいものだったと思えるように……な?」
「……分かりました。勝ちましょう、必ずや。これからの未来を守るために。だから、勝ったら私を愛してください。苦しくなるほどに抱きしめてください。あなたの愛を私にください」
「俺の愛は全部ジャンヌに捧げたつもりだったんだが……分かった。この戦いに勝ち、俺は君に俺の愛を渡そう。世界すらも溺れさせるほどの愛で、君を愛そう。だから、どうか生きてくれ。それだけが俺の願いなんだから」
ジャンヌとシリウスは抱き合い、どちらからともなくキスを交わす。この夜の後、二人は公的な場で言葉を交わす事はなかった。それでも、お互いが勝利した上で生き残るために最善の努力を始めたのだった。