機動戦士ガンダム鉄血のオルフェンズ~悪魔と英雄の交響曲~   作:シュトレンベルク

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厄祭戦・10

「モビルアーマーとの戦い……厄祭戦と呼ばれるこの戦争が開始してから既に地球や火星、月にコロニー……半分以上の人々がモビルアーマーの犠牲になった。我々は彼らの遺志を無為にしてはいけない。これから生まれ、生きていく子供たちにこれ以上の地獄を味合わせてはならない!そのためには、最早地球や火星という枠組みに縛られていてはいけない。

 我々は、地球圏独立治安維持組織アスガルドと火星圏独立治安維持組織アルタイルの統合を――――ギャラルホルンの設立を、ここに宣言する!同時に、我々はモビルアーマーに対する総力戦を此処に宣言する!我々は民衆諸君らに約束しよう!我々は必ずや、モビルアーマーを一体残らず掃討する事を!」

 

 厄祭戦が始まってから五年の月日を経て、アスガルドとアルタイルは共に歩むことを決めた。世界治安維持組織であるギャラルホルンがこの世に誕生。同時に行われた総力戦宣言により、ギャラルホルンはその総力を持って智天使たちの討伐作戦を開始した。人の数を利用した人海戦術により、エイハブ・リアクターの放置されたデブリ帯に隠れていた智天使を発見。これを討伐した。

 プルーマによる物量戦が停止した事によって、地球圏と火星圏の治安は瞬く間に回復した。モビルアーマーの散発的な活動もギャラルホルン内に新設された月外縁軌道統合艦隊《アリアンロッド》と地球外縁軌道統制統合艦隊の活動によって、コロニーで生活している人々の安全も確保されつつあった。

 

「現在、地球圏と火星圏を始めた圏外圏の治安は急速に回復しつつあります。先日のバクラザン公の討伐されたモビルアーマーによって、開発された総数の四割を切ったそうです。このままであれば、十年以内にモビルアーマーは討伐される見込みです」

 

「このままであれば、か……本当にそう思うか?」

 

「モビルアーマーどもがそんな自然的な消滅を良しとするのであれば、我々はここまで彼奴等に苦しめられる事はなかったでしょう。間違いなく、もう一悶着あるものと考えます」

 

「やはり、か……これまでのモビルアーマーの討伐箇所をレポートにしてまとめておいて貰えるか?どうも嫌な予感がするんだ」

 

「かしこまりました。急ぎでご用意させていただきます」

 

「急ぐ必要はないが、なるべく早めで頼む。下手な事があってもらっては困るからな」

 

「はっ、了解いたしました」

 

 シリウスは書類を片付けながら、指令を下していく。次々とこなされていく書類の中で、シリウスはどうにも不安が絶えなかった。まず間違いなく、これからモビルアーマーとの戦闘では間違いなく、激闘と呼ばれる物が存在するとシリウスは考えていた。何故なら、まだモビルアーマーたちのトップ――――《セラフ》が戦場に現れていないからだ。

 モビルアーマーの中でもトップクラスの能力を持っている《セラフ》。今までその存在は確認されていないが、それぞれの軍部で開発された天使たちの資料にしっかりと記載されている。それぞれの戦闘力は記載されていないが、スペックから鑑みるに実に厄介な存在であると認識している。それは五年経ってもまだ一度も発見を赦していないという所からも明らかかもしれないが。

 

「決戦兵装の使い心地はどうだ?」

 

『一般兵士たちが使う分には実に使える物と認識しております。後はガンダムやヴァルキュリアのパイロットたちとの連携を考える必要がありそうです』

 

「分かった。引き続き、そちらはモビルアーマー専用の決戦兵装の開発を急がせろ。相手がどんな手段を取ってくるか分からない以上、いくら用心してもし足りないという事はないだろうからな」

 

『はい。このまま開発と練度の向上に努めさせていただきます』

 

「そう言えば、君の名前はウォーレンで良かったかな?確か、アスタロトを預けたパイロットだと記憶しているが使い勝手はどうだ?」

 

『問題なく稼働しております。ただ、セブンスターズの方々の様に上手く扱えている自信はありません』

 

「はははっ、それは仕方があるまい。俺たちは君よりもはるか前からガンダムに触れているんだ。当然慣れという物もある。それにこのシステムは慣れない方が身のためという物さ」

 

『そうでしょうか?』

 

「ああ。迷惑をかけたな。もう良いぞ」

 

『はっ、失礼させていただきます』

 

 通信が切れると、シリウスは立ち上がって外を眺めていた。真っ青な空がそこにあり、その向こうではモビルアーマー討伐部隊とモビルアーマーの苛烈な戦いが繰り広げられているとは思えないぐらい、平和な青空だった。その空をシリウスはじっと見つめていた。そして掌に視線を落とし、じっと見つめていた。

 

 シリウスは遠征に同行してジークフリートに搭乗して戦っている。その度に自分の身体がジークフリートに侵食されているような気がしていた。正確に言えば、ジークフリートの元となったアガレスにと言った方が正しいだろう。ジークフリートは装甲もフレームも異なるとはいえ、その機体を動かしているのはアガレスのリアクターなのだから。

 悪竜の血を取り込む事で英雄となったジークフリートの様に、シリウスも悪魔の力をその身に宿すジークフリートと一体化する毎に、そちらに近付いているような気がしていた。それぐらい身体の調子が乗る前と後では異なっているのだ。もちろん、実際に身体能力が変化している訳ではない。しかし、充実度とでも言うべき物が桁違いな物になっているのだ。まるで、本当に人の身から離れているような――――

 

「……今更か、そんな事は」

 

 天使ども(悪竜)を皆殺しにする為に、俺は力を求めた。そうであるのなら、ただの人のままでいられる訳がない。人の枠から外れなければ、あんな化け物どもを皆殺しになど出来る訳がない。そうであると定め、そうであろうと決めた以上は進む以外に道は存在しない。シリウスはそう思っていた。事実として、彼は人ではなくとも化け物ではない。

 帰るべき場所がある。戻るべき場所がある以上、シリウスは自分を自制する術を知っている。本当に踏み越えてはいけない一線を踏み越えずに耐え抜く覚悟を、シリウスは持っているのだから。だからこそ、彼は致命的な間違いを起こす事はないだろう――――そう、()は。

 

『宰相閣下、奥様がお見えになっておられます』

 

「うん?ああ、もうそんな時間か。分かった。これから向かうから応接間の方に通しておいてくれ」

 

 ジャンヌは昼時になるとシリウスのために弁当を持って訪れていた。シリウスが本当に朝早くから家を出る必要があるため、弁当の類を持っていない。結婚する前は食堂などで適当に済ませていたが、結婚した後は「そんな健康的じゃない生活は駄目です!」とジャンヌにダメ出しをくらった。なので、ジャンヌが用意した弁当を一緒に食べるのがシリウスの日課になっていた。

 

「待たせたか?」

 

「いいえ、大丈夫ですよ。シエルも先程までは起きていたんですけど……」

 

「いいよ、気にするな。まだ生まれたばかりなんだから、そこまで頑張らせる必要はないさ。来てくれただけでも有難いさ」

 

 シエル・ダルク。シリウスとジャンヌの間に生まれた子供であり、生後半年程度のまだまだ世話のかかるお年頃の赤ん坊だ。シリウスが初めてシエルを抱きしめた時、思わず涙を流してしまいアグニカに揶揄われながらも幸せを感じていた。親に捨てられた自分が親になる、というのは中々に来るものがあるんだなとシリウスは思っていた。

 まだぷにぷになシエルの頬を撫で、ソファに座り込みジャンヌが用意した弁当を手に取る。おかずの一つ一つを丁寧に味わい、そこに籠もっている感情も咀嚼するように噛みしめる。本当にジャンヌの事を考えていると理解しているので、ジャンヌも黙って見つめていた。そして食べ終わると、ジャンヌの胸元の抱っこ紐に吊るされているシエルを抱きかかえる。

 

「それにしても、こういう事をした事がないからよく分からんが、これで合ってるのか?」

 

「ええ。あなたは立派にお父さんしていますよ」

 

「……そうか。俺もそういう存在になったんだな。何とも感慨深いものがあるよ。この子も本当に可愛らしい。願わくば、お前似であってほしいな。俺に似たら暴力的な性格になってしまうかもしれないからな」

 

「別にそれでも構いませんよ。きっとあなたに似たら賢い子になりますから。より大勢の人を導く……そんな子になってくれる事でしょう」

 

「……そうだと良いんだがな。俺みたいな奴よりはジャンヌみたいな美人さんになって欲しいと俺は思うがね。娘にはそう願うのが当たり前だと思うぞ?」

 

 その時のシリウスの顔は、一緒に働いている人間は思わず目を疑ってしまう程に穏やかな物だった。手つきは柔らかく、シエルを見つめる眼差しは慈愛に満ち溢れていた。ふと時計に視線を向けると、ため息混じりにシエルをジャンヌに渡した。昼休みが終わる時間に差し掛かっていたからだ。本当に名残惜しそうにしていたが、何とかジャンヌに手渡していた。本当に口惜しそうにしているシリウスの姿にジャンヌは苦笑を浮かべていた。

 ギャラルホルン内において、トップは最高司令官であるアグニカ・カイエル。次に宰相のシリウス・ダルク。その次にセブンスターズと続き、七星番外家としてダルク家が機能している。本来、この役職は兼任する事ができないのだが、ジャンヌに子育てに専念してもらうためにシリウスは宰相としての仕事とダルク家当主としての仕事を兼任している。

 

 そのため、シリウスの忙しさは他家の比ではない。にも関わらず、定時で総ての仕事を終えてしまうという辺りがシリウスの優秀さを証明している。しかも、飲み会の類もほぼ参加しない上に朝帰りなどまずあり得ないという生活を送っている辺り、家族に対する愛情はかなり深い。それを周りも理解しているので、基本的に飲み会に誘う事がない。精々、新年会や忘年会などの季節の節目に誘うぐらいだろう。

 

「ダルク公、歓談中に失礼します。会議の時間ですので、参上いたしました」

 

「……ああ、今行く。誰か、ジャンヌたちが帰るから車を出してやってくれ」

 

「大丈夫ですよ。偶にはゆったりと歩いて帰ります。それに、SPの方々も一緒ですから」

 

「……そうか?いや、やっぱり車には乗っていけ。下手な事を考える奴はどこにでもいるからな。お前やシエルに万が一があっては、俺も気が気ではいられないだろうからな」

 

「……心配性ですね。分かりました。それではご厚意に預からせていただきます」

 

「そうしてくれ。……また後でな、シエル」

 

「あう……パァパ」

 

 シエルが言った言葉にシリウスは思わず目を開き、ジャンヌを見た。ジャンヌ自身も驚いていたが、それ以上に驚いていたシリウスを見て笑みを浮かべた。それぐらい、シリウスの顔は驚きに満ちていたからだ。

 

「あら……パパですって。良かったですね」

 

「……ああ、そうだな。それじゃあ、行ってくる」

 

「行ってらっしゃい。シエルと一緒に待っていますね」

 

「頼んだ。俺は俺の仕事を果たすとするさ」

 

 シリウスはジャンヌとシエルから離れ、部下を引き連れて会議室に向かった。これは最高司令官から七星番外家の当主がそれぞれの現状を報告する場となっており、基本的には各家の当主同士による話し合いとなっている。定期報告を含め、話を聞いた宰相が情報を纏めて各支部に命令するようになっている。その定期報告会議が今から行われようとしていた。

 

「さて、それでは定期報告会議を始める訳だが……あの馬鹿はどこへ行った?確か、遠征部隊は火星で補給を受けている筈だろう?」

 

 定期報告会議と言っても、基本的に宇宙を飛び回っている人間が多い。なので、何人かはいない事が多く、その場合はテレビ会議となる場合が多い。最近ではほとんどそうであり、全員揃っている事などまず無いと言って良い程に忙しい。それでも、基本的に全員揃って行っているのだ。しかし、その場にアグニカは訪れなかった。

 

『そ、それが……私に任せたと言って火星の街に降りてしまって』

 

「はぁ?世界に名だたるギャラルホルンの最高司令官だぞ!?そんな呑気な事をしていて良い訳がないだろう!即刻、連れ戻せ!どうせ、その辺で買い食いをしているかお土産を買っているぐらいだろからな!」

 

『は、はい!すぐに命令します!』

 

「まったく……あいつは自分が世界でもトップクラスで偉い立場についているという自覚があるのか……?」

 

 シリウスは思わず額を抑える。最高司令官なんていう立場についても、アグニカは相変わらずだったからだ。良い大人なのだから、もう少し大人しくなってほしいと心底思っていた。欲を言うなら、もうちょっとこちらの言う事も聞いて欲しいと思っている。そんな事はあり得ないんだろうけどなぁ……とため息を吐いているシリウスにその場にいたセブンスターズたちは合掌していた。

 アグニカが戻るまでの間に他のセブンスターズたちの定期報告を聞き、会議を続けていた。すると、画面の向こうが騒がしくなっていた。その声にシリウスは顔を歪めた。部下に引きずられる形でアグニカが会議室の席に座らされていた。

 

『なんだよ、クジャンがいれば俺必要ないじゃん……』

 

「そういう問題じゃねぇだろうが。一組織のトップともあろう者が会議をサボるな。嫁さんにまたどやされるぞ。言っておくが、今回は庇ってやらねぇからな」

 

『そうは言うけどさ……一体何を話すって言うんだよ。いつも通り、遠征に出てこれから数週間ほど火星圏のパトロールをする。これぐらいしか言う事ないんだぜ?それぐらいの報告なら、クジャンだけで良いじゃん』

 

「こういうのはする事に意味があるんだ。お前は大雑把だからそんだけしか言う事がないだけだろ。それで、実際のところはどうだったんだ?クジャン公」

 

『はい、火星支部の人間に話を聞いてみたところ、付近にあるデブリ帯で何やら怪しい動きアリという事です。おそらく、海賊組織が根城にしている可能性があります。……これは勘になりますが、周囲にモビルアーマーの気配を感じた者がいるそうです』

 

「ほう……?そのパイロットと言うのは?」

 

『火星支部でパイロットをしている新月・オーガスという人物です。現在はバルバトスを操縦しているようです。火星支部でも指折りの実力者という話です』

 

『へぇ、バエル以外で唯一残るファーストシリーズのガンダムのパイロットか。それで、どう思う?こいつは当たりか、それとも外れか』

 

「私見で言えば、恐らく当たりだろうな。その宙域には間違いなくモビルアーマーがいる。しかも、エイハブウェーブの磁気嵐を貫通してくるほどの気配……いるならば間違いなく大物だ。クジャン公、決戦兵装の使用を許可する。総力を持ってモビルアーマーを潰せ」

 

『よろしいのですか?』

 

「構わないさ。バルバトスに気に入られるパイロット……間違いなく、感覚器官はかなりの物だろう。ジークフリートではないが、人間よりも獣に近いからなバルバトスは」

 

『了解いたしました。それではすぐに準備に移らせます』

 

「頼んだぞ。アグもあんまり遊んでないでクジャン公を手伝ってやれ。お前とバエルの待つ闘争はすぐそこだ。それまで大人しく待っていろ」

 

『……ああ、分かった。その後は好きにして良いんだろ?』

 

「大物が相手だった場合、補給は必要だろうからな。修理の邪魔にならないなら好きにしていろ」

 

『了解。さて、どんな奴かな~?』

 

 そう言いながら、アグニカは通信を切った。真っ暗になった画面を凝視しながら、シリウスは次の作戦を考え始めていた。モビルアーマーの動きから推測し、奴らが何をしようとしているのかを考えていた。嫌な考えが一つだけ浮かんだものの、まさかそれは……と思い思考から外した。よもやその思考が当たっているとは、この時のシリウスは気付く由もなかった。

 


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