機動戦士ガンダム鉄血のオルフェンズ~悪魔と英雄の交響曲~   作:シュトレンベルク

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厄祭の始まった日

 とある晴れた日の昼下がり。二人の青年が川辺に座り込んでいた。片方は手元の資料を見ており、もう片方は雲一つない空を見上げていた。

 

「なぁー、シス」

 

「なんだ、アグ。俺は資料を読むので忙しいんだが」

 

「最近さ、面白い話を聞いたんだ」

 

「無視かよ……」

 

 手元の資料を呼んでいる青年――――シスは視線を寝転んでいる青年――――アグの方には一切向けていないが、資料片手でも相手をしていた。アグは相手の事を一切気にせずに語り始めた。アグ自身も別に聞いて欲しい訳ではなく、ただ少し思った事があるので話しかけただけだからだ。それが分かっているシスも手元の資料を眺めている。

 

「最近入ってきた新米が言ってたんだよ。この世には生まれ変わりがあって、俺たちは死んでも別の存在に生まれ変わるんだと」

 

「ふ~ん……で?」

 

「シスはどう思う?生まれ変わりなんてもんがあると思うか?」

 

「この世に存在する大凡の事は科学的に解明されている。解明されてないんだから、ないんじゃねぇの?あったとしてもどうでも良いけどな」

 

「夢がねえなぁ……」

 

「当たり前だろうが。死んだ後の事なんて誰にも分からないんだから、信じられる訳がないだろうが。もし、死の淵から蘇る前にそういう事があった、って言うなら話は別だ。だがな、そうでもないなら信じられる訳がないだろう。大体、今を生きるだけでも必死なのに、死んだ後のことなんて考えてどうする。死んでからの事なんて死んだ後に考えればいいんだよ」

 

「そりゃあそうかもしれないけど……なんか思うことはないのかよ?」

 

「あのなぁ、アグ。お前はなんだ?軍人だろうが。戦うことが仕事であるお前が、死後の事なんて考えてどうする?俺だって科学者の端くれなんだ。俺たちの仕事は今やるべき物なんだ。そんな事を語っていても時間の無駄なんだよ。死後の事なんてのはな、宗教家どもに語らせておけば良いんだよ」

 

「ロマンがないな。お前らしいとは思うけどな」

 

 つまらなさそうにそう語るアグに対し、シスは資料から目を離して空を見上げた。雲一つなく穏やかとも言える気候がどこまでも果てがないかのように広がっていた。周りを見渡せばその陽気に誘われたのか、昼寝をしたりいちゃついたりしているカップルの姿を見る事ができた。

 

「科学者がロマンを求めてどうする?俺たちはリアリストであらなくちゃならないんだ。ロマンチストになったって、目の前にある問題は解決しないからだ」

 

 シスはロマンチストを気取るつもりは一切ない。目の前にある問題に挑戦し、人間の文化の発展に貢献する事こそが科学者の役割だからだ。そこには希望的観測ではなく、現実的な視点が必要となってくる。そんな自分(シス)がロマンだのなんだのを求める資格はない。

 

「そもそも、だ。もし生まれ変わりがあったって、それがなんだと言うんだ?死ぬ事が怖くなくなるのか?死んでも次があるから、どうでも良くなると思い込めるとでも言うのか?」

 

「……いや、そんな事はないな」

 

「だろう。意味が無いのなら、そんな事を思考する時間の方が無駄だ。寝るなり学ぶなり好きにすればいいが、俺の邪魔はするなよ」

 

「ん~……まぁ、それもそうかもな。じゃあさ、今回の戦争についてはどう思う?」

 

「火星の移住民との戦争のことか?」

 

 昔から語られてきた火星への移住。火星をテラフォーミングする事で可能になったソレは、火星圏に移り住んだ人々と地球圏で生きる人々の間に軋轢を生んだ。地球圏側の火星で暮らしている人々に対して行われている搾取は火星圏で暮らしている人々の地球圏に対する反発を強くした。

 地球で暮らしている人々も、火星圏の人々から搾取する事で良い生活を送っている。だからこそ、搾取を止める事ができない。距離が生んでしまったすれ違いは今や大規模な抗争へと変化し、それぞれの国家が軍を動かさなければならなくなるほどの物になっていた。

 

 互いが人型のモビルワーカーを遠隔操作で動かし、大規模な戦闘になる事も今となっては多くなってきている。アグも偶然非番であったためにこうしてのんびりしているが、出動要請が入れば即座に基地の方に戻らなくてはならない。こうして外でのんびりしているのもいざという時に動きやすいように、というシスの配慮であった。

 しかし、現在はモビルアーマーと呼ばれるAI搭載型の機体が主流となりつつあり、遠隔操作型であるモビルワーカーに乗る者は少なくなっている。パイロットたちも有事に備えて訓練を行ったりはするが、本当にモビルワーカーを操縦した者は数少ない。

 

「それ以外に何があるんだよ?」

 

「……きな臭い、という一言に尽きるな。今回の抗争に関しては簡単に予想できたことだ。あれだけ暴利を貪れば至極当然のことだ。そういう人間の集まりだからな」

 

「火星で一旗揚げようと思っていた連中だもんな……なぁ、シス。なんだか嫌な予感がするんだ。この戦争が何かおかしいって思うお前の意見には賛成だ。この戦争は何かおかしい。何がおかしいのかまでは分からないんだけどな」

 

「だからどうしようと言うんだ?まさか、相手の錦の御旗────白き革命の乙女のような存在になろう、とか言うつもりか?」

 

「まさか。ただ……この戦争は何か致命的な物を生み出すような気がするんだ。それが何かは分からない。だけど、

俺たちは戦わなくてはならない事だけは確かだと思うんだ。だから、お前に頼みたいんだ────シリウス」

 

 アグ――――アグニカ・カイエルは真剣な表情でシス――――シリウス・ダルクを見つめていた。お互いに子供の頃から知っているが故に、シリウスにはアグニカがどれぐらい本気であるのかが理解できた。孤児であった頃から、アグニカは変わっていないのだから。

 

「頼むのは結構だがな……俺にどうしろというつもりだ?俺は確かにパラエーナ教授のもとで色々と学んできた。他の奴よりもそれなりに博識であるという自負もある。だが、それでも俺にできる事などそう多くはない。そんな俺に、何を頼もうって言うんだ?」

 

「お前は俺よりも新開発されているモビルワーカーに詳しいだろ?俺の全力を発揮できるような、そんな凄い奴を作って欲しいんだ」

 

 アグニカは軍の中でもエースパイロットと呼ばれているが、鋭敏すぎる操縦センスに機体がついて来れない程の腕を持っている。だからこそ、アグニカは求めている。自分の持っている力を最大限に発揮することのできる機体を。それを作れとシリウスに言っているのだ。

 

「新開発されているモビルワーカー?……ひょっとして、モビルスーツの話か?あんなの、まだ構想段階の代物でしかないぞ。そんなのを使いたいのか?」

 

「ああ。お前も知ってるだろ?モビルワーカーじゃ、俺の全力について来れないんだ。俺には力がいる。なんでか分からないけど、そう思うんだ。だから……」

 

「ああ、分かった分かった。まったく……お前の全力について来れる機体ね。とんでもない注文を付けてくれたもんだ。どうなっても後悔するなよ?」

 

「もちろんだ。お前が俺の期待に応えてくれるなら、俺は何だってしてやる。だから、一緒に行こう。俺たちのあるべき場所へ」

 

「はっ、ふざけた事を言ってんじゃねぇよ。俺たちのあるべき場所だって?そんなもんがあるって言うなら、連れて行ってみせてくれ。その為だったら、お前の期待ぐらい応えてやるさ」

 

『カイエル中佐!至急基地に帰還してください!緊急事態です!』

 

 アグニカの胸元の印章から通信が届いた。出動の要請か何かかと思っていたが、様子がおかしかった。分かりやすく言うと、起こるはずのない事が起こってしまったかのような……そんな焦り方だった。アグニカも眉を顰めながら確認を取った。

 

「一体何があった?火星圏側が本格的な侵攻でも始めたのか?」

 

『戦闘中であった我が方と火星側のモビルアーマーが……前線基地に攻撃を開始しました!』

 

「なに……?そんな馬鹿な。一昔前の映画じゃあるまいし、そうならないようにプロトコルを組んでいた筈だろう!?」

 

『こちらも詳細は不明です!他のモビルアーマーにも同様の反応が見られており、このままでは双方共に甚大な被害が齎されます!こちらの自爆指示も拒絶されてしまって……現在、軍上層部はモビルワーカー隊を使ったモビルアーマーの破壊作戦を準備中です!カイエル中佐も有事に備えて戻って下さい!』

 

「分かった。俺もすぐに基地へ帰還する。モビルワーカーの整備を進めておいてくれ!」

 

『了解しました!』

 

 これが厄祭戦と呼ばれた人を殺すバケモノであるモビルアーマーと人間同士が相争う地獄の戦争が始まった、つい数分前まで存在した平和が木っ端微塵に砕け散った一日の始まりだった。


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