新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ(完結済み)   作:KITT

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第五話 悲しき決断! 超兵器波動砲!

 

 「何? ヤマトが火星にワープしただと?」

 

 地球を死の淵へと追いやる大ガミラス帝国。その総統・デスラーは本星の執務室にてその報告を受けていた。

 端正な顔立ちで柔らかそうな金髪を揺らし、かなり若く見える男性だが、その雰囲気は一国の長に相応しい重みを持っている。

 

 「はっ! 冥王星前線基地司令のシュルツが、一部始終を目撃したとのことです」

 

 相も変わらず神経質そうな面構えの副総統・ヒスの言葉に、デスラーはくつくつと笑う。ヒスが渡したメッセージカプセルが映し出すスカイウィンドウにも、事細かな観測データが記されている。

 疑う余地は無いのは明白だ。

 

 「ワープくらい出来なくてイスカンダルにはたどり着けんよ。全くもって可愛いやつらだ、今頃未熟なワープの成功に湧き上がっている頃だろう。失われたボソンジャンプ技術を有しているだけでは、イスカンダルまで辿り着くのは未熟な文明人には不可能だろうからな」

 

 しかし、とデスラーは思考を巡らせる。この状況を覆すイスカンダルからの救援ともなれば、持ち出したのはあのコスモリバースシステムか。

 ガミラスには無いイスカンダル独自の超技術の結晶ではあり、ガミラスとしても欲しいシステムではあるが、デスラーは力尽くでイスカンダルからシステムを取り上げるつもりはない。

 

 それにあのシステムを確実に機能させるには幾つかの条件があったはずで、今のガミラスではそれを満たせない。よって、ガミラスにとっては無用の長物に近いのも理由の1つだ。

 

 だがイスカンダルが地球に提供するとすれば、その要件を満たすために必要なあのシステムも提供していると考えるのが妥当だろう。

 

 しかしなぜスターシアは地球に手を貸すのだ。一体どこで接点を持ったと言うのだろうか。彼女は我々の行動を非難してはいるが直接行動に出たことは1度もない。

 

 一体何が、彼女を動かした。

 

 「ヒス君。シュルツに伝えてやれ、ヤマトにはイスカンダルから受け継いだ超兵器が備わっている可能性が高いとな」

 

 とヒスに命じてデスラーはメッセージカプセルを握り潰す。

 

 コスモリバースシステムであの地球を救う為には、今現在ガミラスでも開発中のあの超兵器をシステムの一部として使う必要があるはず。だとすればヤマトもそれを有している可能性が高い。

 デスラーとてイスカンダルの過去の文献で目にしただけの、波動エネルギーを直接兵器転用したとされる超兵器には詳しくないが、波動エネルギーの性質を考慮すればその威力は――。

 

 ヤマトとかいう艦がどこまで逆らえるかは読み切れないが、あれを装備しているのならたかが戦艦1隻と侮るには少々危険か。

 

 「さて、未熟な文明に使いこなせるのかな……タキオン波動収束砲は」

 

 

 

 新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ

 

 第一章 遥かなる星へ

 

 第五話 悲しき決断! 超兵器波動砲!!

 

 

 

 宇宙戦艦ヤマトは、木星に向かって静かに星の海を航行していた。ワープで一気に移動することも考えられたが、エンジン補修用のコスモナイトが不足している現状ではエンジンに負担をかけるのは得策ではないと、通常航行で移動となる。

 

 とはいえ、ヤマトの巡航速度は凄まじく、木星まで移動するのに1日程度と従来の宇宙戦艦では考えられない加速性能を示していた。

 

 

 

 「何で木星なんかに行くんだ? 素直に太陽系を出た方が早いんじゃないのか?」

 

 と、艦長室でユリカと昼食を共にしているアキトが質問する。

 

 

 

 最初はユリカの食事の内容に面食らって、自分の昼食であるプレートメニュー(パン2つ、ホワイトシチュー、バターを乗せたハンバーグと付け合わせのレタスとフライドポテト、レタスの葉の上にポテトサラダ、オレンジジュースを乗せた日替わり定食の1つ)に手を付けるのも忘れて、

 

 「それ、美味いのか?」

 

 とかつての進のような質問をしてしまう。対してユリカはと言うと、

 

 「アキトと一緒に食べるから美味しいよ!」

 

 と満面の笑みを浮かべて答える。アキトからすれば到底美味そうには見えない。匂いだってどこか薬臭いのだから。そんな食事の前で、ちゃんとした食事を摂られては決して気持ちの良い物ではないだろうに。

 

 それでも、自分と一緒だと美味しいと言ってもらえるのは素直に嬉しく思う。誰かに必要とされると言うのは、やはり気分が良いものだ。

 

 あんな事件があった後でも、変わらぬ愛情を示してくれるユリカが愛おしくて、ついつい頬に触れて撫でてみたりする。

 そんなささやかな触れ合いも、ユリカは本当に嬉しそうに受け入れる。以前の艶と張りを失った肌が物悲しくもあるが、妻との触れ合いはアキトの心も暖かくしてくれた。

 

 ――帰ってきて良かった。この温もりを取り戻せて。

 

 やっぱり、この女性と結ばれたことは自分の人生の中でも特別幸福なことかもしれないな、とアキトは考える。

 

 だからこそ、絶対に救って見せる。

 

 この航海を持って、火星の後継者の呪いを断ち切って、今度こそ平穏な生活を取り戻して見せると、アキトは誓いを新たにする。

 

 

 

 「理由は簡単。木星に何かしら資源が残っているかもしれないから。ヤマトの補修用の物資は潤沢じゃないし、もしも木星で使われたプラントだったり採掘施設に少しでも使えそうなものがあったら回収しておくに越した事は無いでしょ? 本当は遠回りになるんだけど、木星で用を果たしたら反対方向の土星にも行かなくちゃ。木星だとコスモナイトが手に入らないからね」

 

 スプーンを口に運びながらユリカは説明する。

 

 「コスモナイト?」

 

 「波動エンジンのエネルギー伝導管とかコンデンサーに使う、地球外鉱物資源ってところかな。あれが無いとエンジンの負荷に耐えられる部品が作れないの。元々ヤマトにも少しは在庫があったし、復元したエンジンもコスモナイトを主体とした部品が使われてる部分もあるからね。装甲にも使えるんだ。耐熱・耐圧性能も高いし、グラビティブラストみたいな重力波兵器にも、理屈はよくわからないけど耐性があるみたい……私がタイタンから持ち出したコスモナイトも、ヤマトの再建作業で使い切っちゃったから備蓄が乏しいし、ヤマトも地球もカツカツだよ」

 

 あむ、とスプーンを加えながら溜息にも似た息を吐くユリカに、アキトも思案気な顔を見せる。

 

 「他にもヤマトの機能自体ちゃんと働くか未知数だからねぇ。今回のパワーアップは必要な事なんだけど、物凄く背伸びしてるから技術的に未熟が目立つこと目立つこと。多分だけど、ヤマト以外の艦だったらワープどころか発進の時点で失敗してるかもねぇ」

 

 と言うか、エネルギー伝導管の小規模な破損と装甲板の亀裂で済んだこと自体が奇跡だと、ユリカは心の中で断言する。

 

 「ヤマトだから耐えられてるってことか? 確かに実績はあるんだろうけど、それは万全の状態の時の話で、今それほど関係ある事なのか?」

 

 とアキトは怪訝そうな顔をする。アキトはユリカと違ってヤマトの活躍のイメージを受けていないため、当然の疑問だ。と言うよりも、これはアキトに限らず他の全ての人に言える事でもある。

 

 「うん。ヤマトはね、生きてるから」

 

 「は?」

 

 「生きてるの! 確かに喋ったりしないし擬人化した妖精さんとかも出てこないけど、ヤマトはちゃんと命がある。意思がある。だからこんな短時間でちぐはぐな再建を成し遂げられた。ヤマトがそれを望んだから――ヤマトは人の手で制御されてこそ力を発揮するからそれ単体では何も出来ない……でも、ヤマトと目的を同じとする、心通わせる人が乗って操れば、常識を超えた力を発揮する。アクエリアスの水害から地球を守るために波動砲で自爆しても原形を留められたのは、まだ自分の力が必要だって感じて根性で耐えたの。そして、必要とされてるこの宇宙に来た。別の宇宙であっても、愛する地球と人類の為に、生まれ変わる時に捧げられた大いなる祈りのために――それが、ヤマトの強さだよアキト。ヤマトは260年もの長きに亘って存在し続けてきた。だからそう、一種の九十九の神みたいなものなんだよ――だから、ちょっと気が咎めたんだけど、この世界の大和の残骸の一部も再建にあたって使ってるんだ。ヤマトに改造することは出来ないけど、せめて一緒に戦おうって」

 

 と、ユリカは嬉しそうにアキトに語る。そんな様子に「夢物語」と否定的な感想を抱けるはずも無く「そっか。だったら、俺もちゃんとヤマトに向き合わないとな」と肯定する。

 実際、ヤマトに乗っているとどこか暖かいものを感じる。

 それがそうなのだとしたら、ヤマトが数多くの奇跡を起こしてきた理由が、何となくわかる気がする。

 

 何度も地球を救ったと言う艦がどうして壊れて漂着したのかについては、クルーを含めたヤマト計画に参加している全員が知っている。

 そうでなければ絶対の守護者と言われたところでヤマトが信用されることは無かったろう。

 

 「それに、ヤマトは冥王星の基地を叩いてから太陽系を出る。これはもう決定事項だから色々とテストしたり、先立つものを蓄えておかないと」

 

 「――噂に聞いたガミラスの前線基地。叩けるのか?」

 

 ユリカの大きな発言にアキトは不安げに尋ねる。アキトでなくても戦艦1隻で前線基地を叩くと言われたら誰だって不安になる。

 

 「出来る出来ないじゃなくて、やるの。後顧の憂いを立つためにも、これ以上地球を汚させないためにも、ここでやらなきゃ」

 

 とユリカはスプーンを握り締めて力説する。握られた手が白くなっている所を見ると、相当気合が入っていることが伺えるし、彼女自身勝てないとわかっていた戦いとは言え、なす統べなく敗退したことが悔しいのだろう。

 アキトはそんなユリカの手をそっと握って頷いた。

 

 「わかった。俺も頑張るよユリカ。ダブルエックスなら基地攻略作戦に向いてるしな……どうせこの人数だ、制圧なんて出来ないから破壊するんだろ?」

 

 「まあね。出来れば残骸からデータくらいは欲しいけど、まずは破壊が優先――ヤマトが太陽系を去った後は、2度と地球に遊星爆弾は降らさせない!」

 

 

 

 その後はユリカに薬を服用させた後、少しの間だけハグしたり軽いキスをしたりと夫婦のコミュニケーションを楽しみ、休憩時間が終わったユリカにロングコートを着せて艦長帽を渡し、座席毎第一艦橋に降りるのを見届ける。

 それから食事の後片付けをして、ようやくアキトは格納庫に向かう。

 

 副長命令としてユリカの世話――と称して一緒にいてあげなさいと命じられたアキトは、時間が空いていれば食事だったりユリカが艦長室に戻っている時に限っては、こうやって2人で過ごす様にしている。

 今回も医務室に寄ってイネスからユリカ用の食事を受け取って、注意点を聞いてから艦内食堂で自分の食事をテイクアウトして艦長室に来ている。むろん、廊下ですれ違ったクルーには冷やかされるのだが、そこには不思議と嫉妬とかは含まれていないのが助かる。

 

 まあこれは副長命令が艦内に知れ渡っている事や、絶大の人気を誇るルリが「決してお2人を邪魔しないで下さい、お願いします!」とあちこちに頭を下げて回ったことも多少影響している。

 一番の理由は痴話喧嘩からの仲直りの一件で、火星の後継者事件の詳細も知れることになり「身勝手な正義で引き剥がされ、それが原因で死に別れようとしている悲劇の夫婦」として同情を集めた点が大きい。

 そうでなくてもあの痴話喧嘩からの仲直りを聞いてなお邪魔をするような無粋な人間が、ヤマトに乗っていなかった、それだけの事だ。

 

 

 

 ただし口から砂糖を吐きそうになったり壁をぶん殴りたくなった人間は多数だった様子。

 

 頼むから、眼の前でイチャイチャしないで欲しいです……。

 

 

 

 

 

 

 アキトはコミュニケで予定表を呼び出しながら格納庫に向かって移動を続ける。

 

 「えーと、あと20分でシミュレーション訓練開始か。急がないとみんなに悪いな」

 

 と足早に艦内を駆ける。スペースが乏しく搭載機数が多いヤマトでは、ナデシコのようなシミュレータールームの確保が難しかったこともあり、機体自体をシミュレーションマシンに接続してコックピットを使用したシミュレーション訓練が行われている。

 慣性制御機構を上手く活用すればそこそこのGも再現出来るので、省スペース化にはもってこいだ。

 

 アキトもダブルエックスの専属パイロットとして他の面々と一緒に訓練に励んでいる。今もその訓練に参加するために格納庫に向かっているのだ。早くみんなと打ち解けて連携を取れるようにしないと、今後の作戦行動に支障が出る可能性がある。

 

 何としてでもヤマトはイスカンダルへ行き、地球とユリカを救わねばならないのだ。その足手まといになる事だけは許されない。

 

 その後アキトは遅刻もせず格納庫に集合し、隊長であるリョーコと仲間たちと一緒に訓練内容の最終確認。

 その後各々の機体に駆け寄り、格納スペースの脇にあるコンソールを操作して機体をシミュレートモードに設定してあるかを確認、それが終わったら機体に乗り込んでコックピットの電源を入れて訓練を開始する。

 

 

 

 シミュレーションデータ上ではあるが、アキトはダブルエックスを駆り他の航空隊の面々と共にガミラスとの戦闘を重ねる。

 

 「アキト、対艦攻撃だ遅れるな!」

 

 「了解、隊長!」

 

 アキトはリョーコ達のエステバリスに続く形で対艦攻撃に参加する。今はダブルエックスもGファルコンを装備した姿に変貌している。背中の砲身を伸長させて正面斜め上に伸ばし、リフレクターユニットを後ろに寝かせた状態でGファルコンのA、Bパーツに胴体前後を挟まれた展開形態と呼ばれる姿だ。

 これに対し、リフレクターを下に倒し切り、縮めた状態の砲身を頭上に向け、Gファルコンで上下に挟んだ姿を戦闘機形態の収納形態と呼ばれている。

 相転移エンジン搭載型のダブルエックスとGファルコンが合体しているだけあって、出力は重力波ビームを併用したアルストロメリアの合体形態すら圧倒的に凌ぐ。その出力は戦艦、それもナデシコ級に匹敵する大出力。

 

 そのためノンオプションで対艦攻撃に使えるほぼ唯一の機体として重宝されていた。

 

 

 

 余談ではあるが、設計段階ではダブルエックスは対機動兵器戦闘から対艦・対要塞攻撃性能の全てを単独で盛り込む予定だったのだが、結果的に単機に全ての機能を盛り込むことが不可能と判断され、過度な大型化を避けるために一部の機能をGファルコンという形で分離した、と言う経緯がある(サテライトキャノンを単独運用出来ないのはこのため)。

 そういう意味ではGファルコンDXの姿こそが、真のダブルエックスと言えなくもない。ちなみに追加パーツで完成させると言う発想はブラックサレナと高機動ユニットやらの経験が反映されているんだとか。

 その意味では、この機体はブラックサレナの系譜を受け継ぐ機体としての側面も持ち、アキトが乗る事が運命付けられているかのような機体だった。

 

 

 

 アキトのGファルコンDXは他の機体が敵艦を攪乱している内に急接近し、収束射撃モードの拡散グラビティブラストと専用バスターライフルを、最大出力で装甲が薄い下部から機関部に連続して叩き込む。流石に単発では撃破が難しいが、GファルコンDXの出力ならこれだけでも通用する。

 GファルコンDXの攻撃に耐えきれずにガミラス駆逐艦が爆散する。他の機体ではほぼ接射に近くないと通用しないのに、ダブルエックスはそれなりの距離があっても通用する。

 それだけでも、Gファルコン装備のダブルエックスが桁違いの出力を持ち、それを活かせる火器を装備している事が伺える。他の機体では現状真似出来ない芸当だった。

 

 「目標の撃破を確認。次に移る」

 

 アキトの報告に、シミュレーションながらリョーコも心が沸き立つのを感じる。これが新型の力か。

 この機体を活かす事が出来れば、ガミラス相手でも不足無く戦える。

 まさに機動兵器版宇宙戦艦ヤマトではないかと、リョーコのみならず参加している全てのパイロットが高揚する。

 

 「よしっ! 良いぞアキト、全機続け!」

 

 リョーコの指示に従って隊列を組んだコスモタイガー隊が次の目標に向かって襲い掛かる。アキトのGファルコンDXも何とか隊列に合わせて行動するが、動き自体は少しぎこちない。

 それでもリョーコの指示を上手く汲み取って可能な限り足を引っ張るまいと食らいつく。

 呑み込みの早さと真摯さに他のパイロットもアキトの実力を認めて対等に扱うようになったが、事はそこまで簡単ではなかった。

 

 そんなシミュレーションを数回繰り返してから全員で休憩に入る。

 

 

 

 一応サテライトキャノンのシミュレーションも組み込んでみたが、やはり相応に運用が難しい事が判明する。

 元来が戦略砲撃用で、戦術レベルの戦闘に持ち出す兵器でないことを差し引いても運用が難し過ぎる。

 

 まず第一にチャージに数十秒と言う時間が必要で、その間は一切の火器も使えず何とディストーションフィールドすら展開出来ない。

 幾ら度を越した機体強度と装甲強度を持つダブルエックスと言えど、棒立ちで集中砲火を浴び続ければいずれ決壊する。

 

 第二に、発射形態に変形したダブルエックスはどうしても装甲を開いて各種装備を展開する必要があり、そこが無防備になる。

 尤も、チャージがある程度進行すれば、放出した余剰エネルギー等の影響である種の防御フィールドを展開するのだが、万全と言えるほどの強度は無い。

 

 第三に、発射後はエネルギーが殆ど無くなる為、Gファルコンと合体していないダブルエックスは身動きもままならなくなる。

 合体していたとしても、Gファルコン側の出力だけでは満足に戦えないし、ダブルエックス自体も放熱の都合から最長5分間出力回復の見込みがないため、発射前後の時間の安全確保が重要となる点だ。

 

  また、攻撃範囲が過大で加減も利かないため、迂闊に発砲すると味方を巻き込みかねない危険性もあり、生かさず殺さず立ち回るのは、至難の業だった。

 

 

 

 アキトはダブルエックスのコックピットから這い出して大きく息を吐く。ダブルエックスのコックピットハッチは既存の機体と違って胸部――と言うより襟元に備わっている。

 頭部がわずかに後退し、上部のハッチが解放され、胸部中央ブロック自体が前方に倒れるようにスライドした後、シートが昇降してパイロットが乗り降りする形になっている。だからヤマトの格納庫では、固定ベッドに仰向けに寝かされる形で格納されている機体への乗り降りが他の機体よりも幾分楽である。

 ちなみに完成状態だと格納スペースのサイズをオーバーしてしまうため、格納中はリフレクターとサテライトキャノンは根元のブロックごと外され、格納スペースの壁に固定されている。

 

 アキトは機体を降りた後梯子を使って格納庫の床に降りると、訓練を終えた他のメンバーの所に集合して反省会に参加する。

 やはりと言うか話題に上るのはダブルエックスだった。アキトの技量については意外な事にそれほど問題ならなかったが、ダブルエックスの機体性能が隔絶し過ぎていて、下手に隊列に組み込むと性能を活かすことが難しく、かと言って単独行動をさせ過ぎると各個撃破されかねない、と言う問題に直面した。

 

 「くそっ。古代の言う通りダブルエックスは扱いが難しいな。アキト、お前の手応えはどうだ?」

 

 「そうだね、機体性能が高いから多少俺が遅れても着いてはいけるけど、速度を合わせたりすると性能を抑えてる感じがしてちょっともどかしいかな。ただ、火力に関しては折り紙付きだから、それを活かすためにもみんなと行動したいと思う。連携した方が攻撃しやすいし、こっちから皆をフォローするにもあまり離れるのは得策じゃないと思うんだ。流石に単機で敵部隊を退けられるような機体でもないし」

 

 と率直な感想を言う。リョーコを始めとするパイロット達も難しい顔で頭を捻る。

 

 「まあ確かに凄い機体なんだよな、凄過ぎて活用が難しいってのは贅沢な話かもしれないが」

 

 とパイロットの1人が自分の考えを述べる。それにシミュレーションではそこまで極端ではないが、ダブルエックスは機体のデザインからして悪目立ちする機体なので、実戦でその威力を見せつければ恐らく集中的に狙われる。

 それをフォローするのもコスモタイガー隊の課題ではあるが、ダブルエックスに追従出来なければフォローどころではないのは明らかだ。

 

 「いっそ、真田さんに頼んでエステバリスの性能向上を図るとか? 部品が共通してるならアルストロメリアの部品を組み込めるんじゃ?」

 

 「でも実働28機だぞ。その数を改造するのは結構手間じゃ?」

 

 「それに根本的な性能だからなぁ。改造でどうにかなる問題か?」

 

 「いっそダブルエックスはGファルコンを外して運用するとか? でも勿体ないか、Gファルコン無しで対艦攻撃はちょっと火力が足らないしなぁ」

 

 と意見は次々出るがどれもあまり現実味がない。そもそもGファルコンDXに追いつけないのは機体出力の問題と言うよりも推進装置の問題だ。

 

 エステバリスの場合はウイングユニットを下に向け、ブースターユニットを後ろに向けているため推力が分散してしまっている。さらにエステバリスのメインスラスターと言うべき重力波ユニットを取り外していることが原因だ。

 対してダブルエックスはGファルコンのスラスター6基が一方向に向いている上、相転移エンジン搭載機故に単独でも高推力なダブルエックスの推力を足す事が出来る。

 

 これが、エステバリスとダブルエックスに決定的な機動力の差を生んでいた。合体方式がダブルエックスと同じであるアルストロメリアはまだマシだが、それでも機体自体の推力差から追従は難しい。

 おまけに、ダブルエックスはB級ジャンパーが搭乗していれば短距離ボソンジャンプも実行出来るのだ。

 エステバリスでは勝負にならない程、隔絶した性能差がある。

 

 「となると、やっぱり運用方法を構築するしかないってか――おいサブ、何か知恵無いか?」

 

 と待機中のサブロウタに話を振る。待機組故にシミュレーションには参加せず、外部からモニターしていた。

 

 「と言われてもねぇ。いっそテンカワをもっと勉強させて、無理に部隊に組み込むんじゃなくて、単独行動でダブルエックスを活かしながら、状況に応じてこっちをフォローして貰うとか? 最悪テンカワはボソンジャンプも出来るし、そっちから合わせるのは然程難しく無いだろ――ただ、俺達の行動をフォロー出来るように全体を見通す視点が必要になるけど。幸い単独での作戦行動経験が豊富だし、俺達との信頼関係の醸成が進めばそれほど難しくは無いと思うぜ」

 

 とサブロウタは真面目な顔で顎に手を当てて悩む。こういう時はチャラい態度を取ることは少なく、真面目な軍人としての視点で語ってくれるため、リョーコとしても有難い。

 ――普段からこうであれば有難いのだが……。

 

 「まあ、それも手だな。それならアキトの単独行動で鍛えた手腕が活かせるか?」

 

 とリョーコも頷く。

 

 「そうだね。そのためにももっと部隊行動を学んで、皆がどんな時にどうするのか、何が出来るのかを把握しないと。リョーコちゃん、他に妙案も浮かばないしとりあえずはこのままの方向で訓練を続けよう。もっと互いに理解し合わないと作戦行動が成り立たないしさ。みんなもよろしく。俺、もっとちゃんとついていけるようにするから」

 

 とアキトは他の面々に頭を下げる。他のパイロット達も「おうよ。ダブルエックスが俺達の要だしな。よろしく頼むぜ!」と好意的に応じてくれる。勿論アキトが謙虚にしているのもそうだが、ここまで生き残ってきたパイロット達だけあって、輪を乱すような奴は生き残れないと知り尽くしている。

 だからこそわざわざ輪を乱すような事はしなかった。それに、アキトにとってもこの航海の成功が第一だという事は、散々見せつけられたのだ。それを信じてやるのもベテランの器と言うものだろう。

 

 ――本当はリア充爆発しろ、と言いたくもなったが相手が我らの艦長、しかも本当に死にかけともなれば口を噤むしかない。本当に爆発、と言うかいなくなられたらヤマトの今後が危ういのだ。

 それに合わせてアキトの苦難の道程を考えると、くだらない嫉妬で逆恨みするのは筋違いだと誰しもが感じている。

 

 でも目の前でイチャつくのだけは目の毒だから止めろ!

 

 「にしてもダブルエックスって本当にゲキ・ガンガーみたいだね。いやぁ、ロマンの塊ですなぁ」

 

 と、これまた待機組だったヒカルが楽しそうにアキトに話題を振る。

 

 「言われてみればね――ガイの奴が生きてたら、乗りたがったろうな……少なくとも、この状況に燃え上がってたのは間違いないか」

 

 ふと、ナデシコで最初に仲良くなった友人の事を思い出す。思えば、ダブルエックスの原型と言うべきXエステバリスと共に散ったムネタケ・サダアキ提督も、ガイの事で罪悪感を抱えてた様子だった、とアキトは思い返す。

 

 だとすれば、自分がダブルエックスに乗るのはある種の因縁なのだろうか。最後まで分かり合えずにいたムネタケ提督ではあったが、今の自分なら彼が最後に暴走してしまった理由がわかる。

 

 もしも出会い方が違っていたら、もしも自分が少しだけでも大人だったら、分かり合うことも出来たのだろうか。

 当時は鬱陶しい、威張り散らすだけの嫌な大人としか思えなかったムネタケ提督。

 当時分かり合えなかったことが、今になって無性に寂しいと感じるとは、考えもしなかった。

 

 「ムネタケ提督……正直、俺達最後まで分かり合えなかったけどさ、あんたが守ろうとした正義は、地球は俺達が絶対に救って見せる――だから見ててくれ。あんたが乗った機体と同じ、Xの称号を受け継いだこいつと、ヤマトの活躍をさ」

 

 

 

 

 

 

 「――以上が航空科からの要望です。どう思いますか、真田さん?」

 

 「う~ん。確かに想定よりもダブルエックスの出来が良いな。このままでは確かに部隊行動に支障をきたしかねん」

 

 第一艦橋で進からの報告を受けた真田が苦い顔で唸る。ダブルエックスが参加したことで航空戦力の打撃力が増したのは喜ばしいのだが、今度はエステバリス側の性能不足が露呈してしまうとは。

 

 「全面改修をする余裕はヤマトには無いが、部分的に手を加えればもう少し性能を上げられるかもしれん。本体に下手に手を加えるよりも、追加のスラスターを付けて機動力を上げることが先決だな。上手くすれば、ダブルエックスに追従出来る機体になるかもしれない。しかしそれをするにも資材が足りないな――艦長、木星で資材を入手出来た場合、エステバリスの改造計画を練っても構いませんか?」

 

 と真田の進言を受けてユリカも難しい顔で考えた後、「そうだね」と頷く。

 

 「何があるかわからない旅だし、部隊行動もそうだけど、長期戦とか変わった環境での運用とかを要求されるかもだし、備えておくのは悪い事じゃないと思う」

 

 と前向きな意見を口にする。問題は、木星にそれだけの資材があるかどうかと、実際の作業にどの程度の時間を取られるかにかかっている。

 

 「とりあえず事前計画だけは練っておいて。エステバリスは各パーツのブロック化が進んでるし、パーツ交換で済む程度の改造なら、それほど掛からないでしょう?」

 

 「わかりました。機械工作室に降りて計画を練ります」

 

 真田はコミュニケを起動してウリバタケにも連絡を入れるとそのまま機械工作室に降りて行った。

 

 「あっ!」

 

 とユリカが突然声を上げたので、第一艦橋の面々はびくりと体を揺らす。一体何事だと言うのだろうか。

 

 「ルリちゃん! 波動砲の説明、まだみんなにしてなかったよ!」

 

 とユリカが言うとルリは露骨に嫌そうな顔をした。

 

 「まさかまたやるんですか? 私はちょっと……」

 

 「嫌なら変わりましょうか? ルリ姉さん」

 

 嫌がるルリにラピスが助け舟を出す。が、可愛い妹を晒しものには出来ないと、ルリは思い悩んだ末、結局応じた。

 

 「じゃあまたイネスさんに連絡して、と。真田さんは仕事中だから……そうだ、進君行ってみようか! 進君にばっちり関係あるしね!」

 

 「えぇっ!?」

 

 巻き込まれた。

 

 

 

 

 

 

 あの後ダブルエックスの運用について全員で意見交換をした後、待機室でオモイカネに用意して貰った戦術のいろはに関する資料を読みながら過ごしていたアキトは、一通りの勉強を終えて伸びをしていた。

 

 正直頭が痛い。進の言った通り、ダブルエックスは単独行動に慣れたアキトに向いた機体と言われた理由がますますわかった。

 高性能過ぎて歩調が合わせられない、目立つ、1度存在が露呈したら最優先で攻撃される的。

 単独行動とか一対多数戦闘に慣れていないと運用し辛い。

 

 確かにこの機体なら、ブラックサレナで火星の後継者と戦った経験が活かせる。

 Gファルコンは高機動ユニットだと解釈すれば、あまり馴染みの無い他のパイロットよりも素直に扱えるし、ダブルエックスならある程度無線操作でもGファルコンを制御出来る。

 人型の特徴である手足を有効に使えなくなる展開形態も、追加装甲で四肢を固定するようにしていたブラックサレナの感覚に慣れ親しんだアキトには然程問題にならない。

 むしろブラックサレナよりも使えるのに使わな過ぎている、と指摘される位だ。

 

 「うぅ~ん、っと。流石に勉強続けると頭が疲れてくるなぁ」

 

 「そうだな、思ったよりも難しいぞあの機体。いっそ月臣にも相談してみたらどうだ、師匠なんだろ?」

 

 リョーコが相槌を打つ。月臣がかつて九十九を暗殺したことはリョーコも一応知っている。その事について思う事はあるが、現状では仲間であるし脛に傷を持つのはアキトも同じと割り切って極々普通に応じていた。

 事実頼れる腕利きではあるので事実を知らない面々は勿論頼りにしている。まあ元々木星ではエースパイロットとして名を馳せていたわけで。

 今は飲み物を求めに部屋を出ているが、待機組なのですぐに戻ってくるだろう。

 

 「そうだなぁ。月臣に頼るのも悪い事じゃないか。体も治ったし、感覚のずれを補正する意味合いも込めて、また少し稽古して貰うかな」

 

 と、アキトが椅子から立ち上がろうとした時だった。突如としてウィンドウが艦内の至る所に起動して使用されていなかったモニターに灯が灯る。

 そして流れ出す軽快な音楽。

 その時点でアキトは嫌な予感がした。

 

 

 

 「なぜなにナデシコ~~!!」

 

 

 

 続けて流れてきたユリカとルリの声にアキトは盛大に椅子から転げ落ちた。強かに打ち付けた左肩が痛むが、視線は開いたウィンドウに釘付けのまま剥がせない。

 

 「お、おーいみんな、あつまれぇ~。なぜなにナデシコの時間だよ~!」

 

 「――あ、あつまれぇ~……」

 

 最早恒例のウサギユリカと(前回以上に恥ずかし気な)ルリお姉さんに、巻き込まれたのだろう、進お兄さんもいた。

 ルリとお揃いと言うか、体操のお兄さんのような格好をさせられて顔を赤くしながらも、(自分が解説したくなる的な意味で)台本通りに動かない真田と違って、一応真面目に台本通りに動いている。

 だが不憫だ。

 

 背景には「なぜなにナデシコ ヤマト出張篇その2~初めての波動砲~」と書かれている。

 

 この瞬間、艦内では拍手喝采でなぜなにナデシコの放送を歓迎していた。可愛らしい艦長とオペレーターの姿、さらには生贄1名を見る事が出来ると言うのが大半の理由だが、説明される内容がヤマトへの理解に繋がるとなれば見ない理由もない。

 

 そもそも娯楽に乏しい宇宙戦艦の中で、これほど娯楽性の高い放送は人気が出ないわけが無いのだ(暴論)。

 

 「あ、あ……あのバカぁぁぁっ!!」

 

 叫んでアキトは待機室を飛び出して中央作戦室に向かって全力疾走を始める。1度ならず2度までも、普通の体ではないと言うのに何故安静に出来ないのかと、妻の暴挙に怒りを露にしてアキトが駆ける! 焦り過ぎてよろめいて壁に激突しながらも走る走る!

 

 可愛いからと、ちゃっかり前回放送分の映像ディスクを宝物として懐にしまい込んだことも忘れて、アキトは走る!

 

 「ユリカぁぁぁぁ~~~っ!!」

 

 廊下から叫び声が聞こえてくる。まるで地球でヤマトの帰りを待っている義父、コウイチロウが乗り移ったかのような叫び声だ。

 

 怒りと共に泣きが入っている当たりが複雑なアキトの心境を的確に表していると言えよう。

 

 「あ~あ。俺は知らねえぞユリカ」

 

 頭の後ろで手を組んでリョーコが呆れ顔で呟く。

 

 「何だ、また始まったのか――テンカワが走ってたのはこれが原因か」

 

 飲み物を片手に戻ってきた月臣がウィンドウを見ながら独り言ちる。意外な事に月臣はあまりなぜなにナデシコを笑っていない。多少面食らったが思いの外解り易く色々説明してくれるので、むしろ有難がっている。

 ――ただ木連時代だったら怒っていたかもしれないな、とは本人の弁。

 

 「まあなぁ。全くユリカもよくやるよ。付き合わされるルリも可哀想に……もっと可愛そうなのは古代かも知れねえけど」

 

 羞恥を堪えながら、画面の中で波動砲の仕組みについて台本通りのセリフと、用意された映像などを駆使してルリお姉さんと一緒に説明する、直属の上司であるはずの進お兄さんの姿に、リョーコは深~く同情した。

 

 

 

 同情しただけだが。

 

 

 

 結局中央作戦室に飛び込んだアキトは、待ち構えていたゴートの奇襲の前に遭えなく拘束され、猿轡を噛まされた上で簀巻きにされた。アキトの行動を読み切ったユリカの勝利である。

 そして着替えを手伝ったのだろうエリナが、それはもう申し訳なさそうな顔でこちらに手を合わせながらも、ヨタヨタと動くユリカの姿をハラハラと見守り、原画協力として待機室を抜けていたヒカルも、その手伝いとして同行したイズミも簀巻きにされたアキトをそれはもう楽しそうに弄り、メガフォンを構えて演出に余念がないイネスは一瞥も寄こさない。

 ユリカはカメラに映らないところでアキトの姿を認めて笑顔で手を振ってくるがそういう問題じゃないめっちゃ可愛いけど。

 アキトに気づいたルリは「お願いだから見ないで下さい」と言わんばかりの目線でアキトを責めるが悪いのは俺なのかと理不尽な思いをする。

 進も「止められません、無理」と目線で訴えるのみで可哀想だなお前。

 

 

 

 結局なぜなにナデシコ第2弾も好評の元に終了し、ヤマトのクルーは最終兵器である波動砲に対する理解を得たが、軽めのノリに反してその威力の凄まじさに全員が震えあがったのもまた、事実である。

 

 

 

 波動砲。正式名称は「タキオン波動収束砲」。ヤマトに装備されたそれはトランジッション波動砲と呼ばれている。

 

 それはヤマトの最終兵器にして地球人類が手にした火砲の中でもトップクラスに強力な代物だ。

 波動エンジン内で生成される波動エネルギー=タキオン粒子をエネルギーに変換せずそのまま発射装置に強制注入、圧力を限界まで高めて出力を上げ、“タキオン波動バースト流”の状態で一気に前方に開放する、ヤマトの必殺兵器。

 

 このタキオン波動バースト流は時空間そのものを極めて不安定にする性質を持つ。そのためこの奔流に飲まれた時空間は時間連続体を歪められる。空間が消滅したり穴が開く程ではないが、そこに物体があればもれなく消滅すると言う寸法だ。

 また、触媒となるのは波動エネルギーなので、何かしらの物体に命中してエネルギーが拡散すると二次被害を起こす。さらに厄介なことに、物体をただ消滅させるのではなく、その熱エネルギーとの相乗効果なのか“爆発”と形容しても差し支えない強烈な反応を生む場合も多く、その場合はエネルギーが飛散して広範囲を破壊してしまう場合がある。

 

 事実、過去に強力なミサイルの迎撃と艦隊攻撃を目的として発射された波動砲のエネルギーがミサイルの爆発で拡大し、艦隊を丸呑みにしてしまったこともあった。

 

 一応ヤマトの波動砲はエネルギーが集約しているため、通常射線自体は戦艦1隻飲み込めるかどうかと言う狭い範囲でしかない。

 が、撃ち出されたエネルギーの周囲の空間にも破壊作用は広まっているため、掠めた程度でも宇宙艦艇くらいなら容易く破壊する。

 

 さらに、破壊力も1発でオーストラリア大陸クラスの小天体を容易く消滅させるレベルと、ある意味では相転移砲すら凌駕しかねない禁断の兵器であることも、ここで改めて示される。

 

 新生したヤマトはそれを6発まで連続で発射出来るのだ。そのため本来は不向きなはずの広範囲攻撃も限定的ながら可能としている。

 

 その威力は地球の月すらも消滅させると言う。

 

 ついでに語られた豆知識によれば、外敵な力で月を消滅させるには今なお最強の核兵器である、水素爆弾の2兆倍もの威力が必要と言われているため、ヤマトはそれに匹敵、あるいは凌駕する破壊力を有している事になる。

 

 とはいえデメリットも相応にあり、発射体勢に入るとエンジンはエネルギーの生成を停止して発射装置への供給モードに切り替わってしまう。

 

 ヤマトの主動力は波動相転移エンジン、相転移エンジンを利用して波動エンジンの出力を大幅に強化した、複合連装エンジンシステムを採用しているのだが、発射体勢に切り替わると相転移エンジンから波動エンジンへの供給が停止し、波動エンジンもエンジン内のエネルギーを電力などに変換しなくなる。

 ヤマトの各機能はこの時点で半分麻痺する。

 

 その状態で各々エンジン内部の圧力を十分に高めた後、6連炉心の中央にある動力伝達装置とも呼ばれる波動砲用の薬室内にて、小相転移炉1つの全エネルギーと波動エンジン総量1/6の波動エネルギーを融合、6連炉心部が前進して突入ボルトに接続してそのエネルギーを流し込む。

 後は波動砲の発射口まで繋がる長大なライフリングチューブと、その中にある波動砲収束装置、最終収束装置を経て収束と増幅を繰り返して発砲される。

 使用する小相転移炉は6つ円周上に並んだ炉心の頂点に位置する炉で、発射の度に炉心が回転してエネルギー回路を切り替える構造を有している。これがトランジッション、“切り替え”と名付けられた由来だ。

 

 従来の艦首にある発射装置にエネルギーを誘導した後、ストライカーボルトで遊底を押し込む方式だと複合炉心でも連射が困難と判断され、改定された構造だ。

 

 そして、1発撃つ毎に小相転移炉心1つがエネルギーを空にしてしまうため停止する。基本的に6連炉心は信頼性を高めるため、それぞれに出力を補完する構造になっていない。1つが停止したからと言って、残った炉心からエネルギーを融通してすぐに再起動することは出来ないのだ。

 また、相転移エンジンからの供給が滞れば相転移エンジンの供給で稼働する波動エンジンの出力も低下する。

 ヤマトの波動エンジンは相転移エンジンとの連装型に改造されているため、稼働に必要なエネルギーは全て相転移エンジンからの供給で賄われている。

 

 そのため相転移エンジンが停止すると、稼働に必要なエネルギーを得られず停止してしまう。補助エネルギーで相転移エンジンが再起動しないと波動エンジンが再び動き出す事は無く、ヤマトの全機能が停止してしまう。

 

 そのため、波動砲の発射は例え1発であってもヤマトの機能を損なう諸刃の剣であり、その威力と合わせて安易に発砲出来るような武器ではないのである。

 

 

 

 この説明によってクルー一同、使いこなせれば頼もしい力になると同時に、一歩間違えれば自分達もガミラスと同等の存在に墜ちる可能性を示されて、顔が青褪めるのであった。

 

 

 

 んで、なぜなにナデシコ終了直後。

 

 「お前と言うやつは! 自分の体の事をわかってるのか!?」

 

 と激怒したアキトがユリカに説教を開始していた。

 

 「でもでも好評だったし、波動砲の事は乗組員全員が理解してくれないと困るのよ~」

 

 「だったら別の人にやらせりゃ良いだろうがっ! 俺は心配で心配で……」

 

 「ううぅ、ごめんなさいアキトぉ」

 

 アキトに真剣に怒られてはユリカも立つ瀬無い。ウサギユリカの格好のまましょんぼりと身を小さくする。やっぱり艦長の威厳が無い。

 

 「まあまあアキトさん。落ち着いて下さい、あんまり怒ったら却って艦長の体に障りますよ、“一応”病人なんですから“一応”」

 

 衣装を着替えていない進がフォローに回る。気持ちは十分に解るが一応病人なのだと抑える。そう、“一応”病人だと。

 要するに「本当に重病人なんだけどなんかそういう扱いするのが馬鹿らしい。心配してない訳じゃないけれど」と口外に語っていた。

 本当に染まったものである。

 

 「そうですアキトさん。止められなかった私達にも非があります。御免なさい」

 

 「御免なさいアキト君。その、ユリカの無茶を止められなくて」

 

 ルリお姉さんとエリナまでもがユリカを庇いに入る。こうまでされては流石に叱り続けるわけにはいかず、アキトは不満と一緒に怒りを飲み込むことにする。

 実際アキトに怒られたユリカは半端じゃなく気落ちしていて見ていてこっちが嫌になってくる。

 

 「まあ良いじゃない。怒る気持ちもわかるけど、ガス抜きは誰にも必要なのよ。大丈夫、彼女の体調は私が保証するわ――それに、アキト君が戻って来てから彼女本当に調子が良いのよ」

 

 薄く笑いながらイネスが場を収めに掛かる。最後の言葉に顔を赤くしながらもアキトはユリカに向き直って、

 

 「もういい――でも、あんまり無茶するんじゃないぞ。もう1人の体じゃないんだから」

 

 「うん、ごめんねアキト、心配させちゃって」

 

 涙声で謝罪するユリカをぎゅっと抱き締めて円満に終わらせることにする。周りが見てるが知るかそんな事。スキンシップは夫婦円満の秘訣、だとかアカツキが言っていた。

 

 ――あいつ未婚のはずだけど。

 

 「おっ……?」

 

 「? どうしたのアキト?」

 

 何故か手をわさわさと動かして体を撫でるアキトの行動を疑問に思ったユリカが問う。人前で体を撫でまわすなんてアキトらしくない。

 

 そういうのは2人っきりの時に是非とも裸で思う存分に隅々まで堪能して欲しい――って出来ないんだった今の体だと。恨めしいな本当に……!

 

 「いや、この着ぐるみすっげぇ手触りが良い」

 

 と抱きしめて思いの外気持ち良かったのかアキトの顔が綻ぶ。

 

 「そ、そう? あんまり気にしてなかったけど」

 

 「いや凄いってこれ。クッションとかにして配ったらストレス解消用に丁度良いんじゃないか」

 

 感激の声を上げるアキトにユリカが閃いた!

 

 「そっか! じゃあ艦内の空気が悪くなったら、私がこの格好で艦内歩き回ってハグしてあげればいいんだ!」

 

 「そういうのは止めておけ!!」

 

 アキトとエリナとルリとイネスから即座に突っ込みが返ってきた。

 

 

 

 

 

 

 「アキト君、ちょっと良いかしら?」

 

 ユリカを艦橋に送り届けた後、エリナが声をかけてきた。

 

 「――良いですよ」

 

 アキトは少し戸惑ったが応じる事にする。2人はそのまま第一艦橋と第二艦橋の間にある後方展望室に足を運んだ。

 本来は後方監視用の展望室なのだが、何故かクルー達の憩いの場として活用されることも多く、互いが気になる男女が2人で立ち寄って良い雰囲気になる事があるとかないとか噂になっている。

 

 「エリナ……その、俺――」

 

 2人きりになった途端、謝ろうとしたアキトを遮る形でエリナの拳が鳩尾に突き刺さる。「かはっ……!」と呻いてアキトが鳩尾を抑えて立ち尽くす。

 

 「余計なことは言わなくてよろしい。最初からわかりきってた結果でしょうに。私はただ自暴自棄になってた貴方を慰めてあげただけ。ユリカから奪おうとか、責任を取って欲しいとかは考えてないわよ。と言うか、私はそんなに女々しい女じゃない」

 

 笑みすら浮かべた顔でアキトに宣言する。別の話をしたかったが、アキトの性格だと絶対にこうなるだろうと思って先制攻撃したのだ。大成功。

 

 「貴方は愛すべき女性はユリカだけ、勿論責任を取るのもね――もうこれ以上泣かせちゃ駄目よ。とってもお似合いなんだから」

 

 優しい声色でアキトを諭す。奇襲を受けて苦しんだアキトも、これ以上はお互いの為にならないと悟った。

 

 「あ、ありがとうエリナ。感謝、するよ」

 

 苦しみながらも礼を言う。これで、アキトとエリナの男女関係の清算は完全に終わった。

 

 「最も、友人としての関係はこのまま続けさせてもらっても良いわよね? あんたたち、放っておくと何しでかすかわからなくて心配なのよ……全く、質の悪い夫婦と仲良くなったものよね」

 

 苦笑するエリナにアキトもバツの悪い顔をする。

 

 「で、本題なんだけど。貴方アカツキ君からどれくらい聞いてるの?」

 

 「どれくらいって、ユリカがヤマトの再建に尽力した事と、余命が半年だってこと……それと、イスカンダルの事」

 

 万が一誰かに聞かれても困らないように、敢えてぼかして話したアキトだが、それだけでエリナは全てを察した。

 

 「そう、文字通り全部か。あの人も大胆ね、下手したらアキト君が潰れてもおかしくない、残酷な事実なのに」

 

 はあっ、と額を抑えて首を振る。この言い方でも特におかしな点は無い。アキトがユリカの近況を知らなかったのは事実だから、この言い回しならユリカの近況を知る事を指しても不自然さは無い。

 

 「……まあショックだったよ。でも、あいつが助かる可能性が万に一つでも残ってるんならそれに賭ける。俺は絶対にユリカを諦めない。一緒に生きていくって約束したんだ」

 

 アキトの静かな決意にエリナもニヤリと笑って応える。

 

 「なら私達に出来る事は」

 

 「ユリカを全力で支えてイスカンダルに辿り着かせることだ。ヤマトなら出来る」

 

 「ええ、この宇宙戦艦ヤマトなら出来る。ネルガルもそれしきの事が出来ない柔な戦艦に社運を賭けたりしないわよ」

 

 2人は静かに視線を交えて拳を打ち合わせる。

 

 「そうと決まれば話は早いわ。詳細は知らされてないけど、ユリカの世話役の森雪にもちゃんと顔見せして仲良くなっておくように。幾ら夫でも艦内の風紀を考えると入浴とかの介助は務まらないでしょ? 一応私と雪で交代で務めることになってるから」

 

 「わかった。にしても風呂も1人で入れないなんて、思った以上に弱ってるんだな。やっぱりなぜなにナデシコは今回で最後にしておくべきなんじゃ」

 

 アキトの心配はそちらに向く。騒いだ直後だと言うのもあるが、着ぐるみ着用で動き回るのが今のユリカにとって負担にならないわけがない、と言うのがアキトの考えだから当然の事だ。

 

 「それについては何とも言えないわね。ユリカの事ばかり考えて、クルーの精神衛生を無視するのも悪手だし。実際凄く受けが良いのよ。凄く不思議なんだけど。ユリカがあんな体なのは周知の事実、それで不安に思ってるクルーも多かったんだけど、出航前の演説もそうだけど、なぜなにナデシコでのギャップ、ついでに貴方とのラブロマンスで人気を掻っ攫って行ったんだから。だからこそ彼女が病床の身を押してでもイスカンダルに行きたがる理由も知れたようなもんだし、この間の冥王星海戦の判断についても知れているから、何とか信頼を得られているのよ」

 

 「そんなに受けてるのかよ……イスカンダルの薬を使ってるにしても、どの程度抑えられてるんだ?」

 

 アキトの質問にエリナは「そうね、私も専門家じゃないけど」と前置きした上で告げる。

 

 「今の所は軍に復帰する前の、集中治療室を出た直後とあまり変わっていないわ。むしろナデシコC乗船後、2回の大規模ボソンジャンプを実行した時よりはマシなぐらいよ」

 

 「つまり、多少は持ち直してるのか。でも、これ以上の治療は出来ないから、極力負担を掛けないように平時においては周りがサポートするしかないのか」

 

 エリナは「そうよ」と肯定する。

 

 「わかった。今後ともよろしく頼むよエリナ。頼りにして良いんだろ?」

 

 「当然」

 

 不適の笑みで頷くエリナにアキトも同じ顔で返す。それは2人の関係が形を変え、新たな絆として生まれ変わった瞬間でもあった。

 

 

 

 

 

 

 翌日、宇宙戦艦ヤマトは木星近海に到着した。艦内は俄かに慌ただしくなり、資源を得るためにどの場所に行くのが効果的かを調べるべく調査活動を開始した。

 

 つまり、新設された電算室とそのオペレーター達、新装備の出番である。

 

 「ルリちゃん、プローブ発射」

 

 「了解、プローブを撃ちます」

 

 第三艦橋の電算室に(フリーフォールで)移動した(涙目の)ルリは、コンソールから指示を出して第三艦橋に備えられたプローブの発射管を解放する。

 

 従来の第三艦橋では6つの窓の様に見えた部分の内、2つが展開して中から各種高感度センサーを満載したプローブがそれぞれ1基づつ、計2基が発射される。

 

 発射された魚雷型のプローブはしばらくロケットモーターで推進した後、先端の天体観測レンズ部分を残し、前半分の外装がばっと開いて電磁波探知アンテナ群を瞬時に展開する。

 

 たちまち電算室にプローブが収集したデータが送り込まれ、オモイカネとルリ達オペレーターが各々の担当データの解析作業を始める。今回は補助として雪も副オペレーター席に座って解析作業を手伝っている。

 

 プローブが収集したデータが電算室の高解像度モニターやウィンドウに所狭しと表示される。

 ルリ達オペレーターはその情報を種類毎に分別し、解析して最終的な回答を導き出していく。

 地球では名の知れたルリは勿論、そのバックアップを務めるオペレーター達も選りすぐりの才女達だった。

 

 「艦長、解析結果出ました。第一艦橋のマスターパネルに映します。オモイカネ、よろしく」

 

 ルリの指示に従ってオモイカネが第一艦橋正面のマスターパネルに解析結果を表示する。その結果を見て真田が唸る。

 

 「やはり、木星の居住区はあらかた破壊されてしまっているようだな。備蓄されていた資材が残っているかどうかまでは外部探査ではわからんか……艦長、敵影も無いようですし、最寄りのガニメデに寄って資源の確保に掛かりたいと思います――最悪、破壊された居住区の残骸を回収して資材に加工しましょう。心が痛みますが、ヤマトには必要です」

 

 沈痛な面持ちで訴える真田にユリカも神妙な顔で応じる。

 

 「わかりました。ではコスモタイガー隊から選抜して真田技師長の護衛を頼みます。工作班も総出でかかって下さい。出来るだけ短時間で終える必要がある為機動兵器を使用しての解体作業も許可します。ダブルエックスは必ず連れて行って下さい。それと、資材運搬のために作業艇は勿論、Gファルコンも忘れずに」

 

 と命じる。真田も敬礼を持って応じてすぐに工作班に招集をかけて自身も艦橋を飛び出す。

 

 その後、ヤマトは慎重にガニメデまで移動すると地表から10㎞の地点で停泊、ヤマトから資材運搬のための作業艇が数隻と、コスモタイガー隊の隊員が操るGファルコンが15機、エステバリスが3機、ダブルエックスが発進する。

 

 ヤマトは他の星での資材採取を考慮されていることもあり、そのための作業艇が搭載されている。搭載場所は第三主砲とメインノズルの間にある甲板下の専用格納庫で、カタパルト移動用のハッチを解放した後さらに内側のハッチを解放することで発進する。

 他にも第三艦橋両脇のバルジ部分にも上陸用の地上艇が格納されている。

 

 ヤマトを立った作業艇と艦載機は、ガミラスを警戒しつつ可能な限りの隠密行動で地表の元居住区画に侵入すると、すぐに資源確保のための調査に入る。

 ガミラスの攻撃で破壊された居住区に生存者は無く、僅かながら期待を持っていたヤマトクルー達の心に影を落としたが、幸いにも使えそうな資材が幾許か残されていた。他にも居住区を構成していた残骸の幾つかを解体して、ヤマトに積み込むべくピストン運輸を始める。

 

 ここで役に立ったのが、ダブルエックスが装備するハイパービームソードと呼ばれる武装だ。ビームを剣状に収束させた近接戦闘武器で、高収束率もそうだが、ビームの粒子を猛烈な勢いでまるでチェーンソーの様に循環させることで、ディストーションフィールドにも通用する破壊力を有する。

 収束率を上げて破壊力をもたらすため、横から見ると少々幅があるが、正面からでは細い線にしか見えないビームの刃は、居住区の残骸を容易く切断して運搬しやすい大きさに切り分ける。

 ダブルエックスと作業艇が協力して次々と使えそうな資材を掘り当て、切り分け、運搬の準備を整える。

 

 なお、対ガミラス戦が前提でGファルコンとの合体を含めて、射撃戦が主体な設計のダブルエックスにこんな武装が用意された理由は「人型なら剣が欲しいでしょう」という真田の一言のせいだ。

 ちなみに使い方次第では対艦攻撃にも使える威力を叩き出したのは真田のロマン追及の結果だったりする。

 なお、他の武装の開発に感けて意見を出し損ねたウリバタケは、それこそ唇を噛んで悔しがると同時に、真田が自分に似た人種であることを即座に理解して一気に打ち解ける切っ掛けとなった。

 

 ダブルエックスがこのような作業に積極的に駆り出された理由の1つがハイパービームソードの存在もあるが、重力波ビームもGファルコンも無しで長時間行動が出来るスタンドアローンタイプの機体であり、その動力が生み出す大出力と、それを活かしきれる破格の機体強度とパワーは、戦闘のみならずこの手の土木作業にも適しているためだ。

 

 逆にエステバリスはこのような障害物が多い、Gファルコンとの合体が出来ない状況での作業には正直向いておらず、今は補助バッテリーを接続して物資の積み込み作業に専念している。

 

 切り分けられた資材は、そんなエステバリスの手で纏められてGファルコンのカーゴスペースに収めれ、ヤマトに向かって運ばれる。

 機動兵器を格納するためのスペースは、その気になればこのような運搬作業にも使えるし、規格を合わせたコンテナを収めての人員移動、さらには武器を満載して補給機や爆撃機としても使える。

 この汎用性の高さも、Gファルコンが正式採用機としての地位を得た理由である。

 

 そうしてGファルコンが運んだ資材は艦尾甲板、第三主砲後部の左右に存在する搬入口に運び込まれる。その後は対空砲群の前後にある大規模な倉庫に運び込まれる。

 さらにそこから専用の運搬路を使用して、下部の工場区画に運び込まれて加工される。

 工場で生産された部品等はさらに専用の運搬路を通って艦内の各所、場合によっては艦外に運び出されて使用される。

 

 今回は保守点検部品の生産が主だったので、それらに加工されてから改めて倉庫等に運搬され、有事に備えると言う形になる。

 

 

 

 その後、ガミラスの妨害を受けることなく倉庫を満たす事が出来たヤマトは、出撃していた作業艇や艦載機を全て格納し、ガニメデを離れて木星圏の調査活動を開始してた。

 

 戦争開始早々に滅ぼされ占領されてしまった木星圏に、ガミラスの前線基地が無いかどうかが気がかりだったためである。

 もしも基地の類が残っていたらヤマトが去った後の地球がどうなるかわからないどころか、下手をすると後ろから撃たれたり、太陽系帰還後の安全の確保が難しくなる。流石に事細かに調べ上げる余裕は無いが、全く調べもせずに去ることも出来ないと言うのが、メインスタッフの総意だ。

 

 ルリは第三艦橋内の電算室で、追加で射出した探査プローブを駆使して木星圏の情報収集に努めている。プローブとて消耗品ではあるが、出し惜しみをして見落とししてはいけないと、さらに2基を追加しての調査。

 ルリを含めた6人のオペレーターとオモイカネが集めた情報を解析、さらに航法補佐席のハリがその情報を以前の木星圏の情報と照らし合わせ、その解析結果をまた電算室に送り返しを繰り返して最終的な回答を導き出していく。

 

 それを1時間も続けた頃だろうか、とうとうそれらしきものを見つけた。

 

 「艦長、木星の市民船と思しき物体を発見しました、パネルに出します」

 

 とハリが解析されたデータとプローブのレンズが映し出した映像を重ねてマスターパネルに投影する。

 マスターパネルに投影された市民船は、かつて木連の居住区として使われていた、言うなれば国土の一部。戦争開始と共に真っ先に攻撃され破壊されたか、住人を皆殺しにされたと聞いているが、何しろ圧倒的なガミラスの力の前に這う這うの体で逃げ出すのが精一杯だったため、細かな状況が伝わっていない。

 

 そのためその存在を認めたユリカは、淡い期待を抱くのを止められなかったのだが……。

 

 映し出された市民船はヤマトの1000倍では済まされないような、もはや小天体と言っても過言ではない凄まじい大きさで、その表面には戦闘によるものと思われる傷が無数に付いている。幾つかの傷はかなり大きく内部構造を露出させている部分がある。

 その市民船の周囲にはガミラスの艦艇が複数駐屯している。恐らく内部にも、相当数の艦艇が居てもおかしくない。

 

 その市民船が6つ並んでいる。

 

 「これって、もしかしなくても市民船を……拠点にしてる?」

 

 ユリカが呆然とした声で確認するように声に出す。

 

 「恐らくそうです。流石に内部までスキャンは出来ませんが、周囲にはガミラスの駆逐艦クラスが80隻、空母も18隻はいます。内部にもいるかもしれませんが、外部からでは確認出来ません」

 

 と航法管理席でハリが報告する。電算室からのデータを参照する限りではどの程度の艦艇が居るのかはわからない。

 そもそも太陽系に入り込んだガミラスの総数すらわかっていないので図りようが無いのも事実だが。

 

 「くそっ。ガミラスの奴らめ!」

 

 進が苦々しげに吐き捨てる。木星に必ずしも良い感情の無い進であっても、滅ぼされた挙句蹂躙される木星と言う国家に深い悲しみが生まれ、ガミラスに対する怒りが燃え上がる。

 

 「ルリちゃん、市民船のコンピューターにハッキングして、中を見れたりしない?」

 

 「結果だけを申し上げるなら可能です。ただ、そのためにはもう少し接近しないといけませんし、何より私のハッキング戦法はすでにガミラスに筒抜けです。下手に仕掛けるとヤマトの所在が露呈する恐れがあります。それに、ヤマトはナデシコCと違って電子戦――と言うよりも掌握戦術に特化した仕様ではないので、あれだけの物体を掌握して解析するのには、かなりの時間がかかります。出来たとして内部のカメラやセンサー類がどの程度生き残っているのかが不明ですので、知りたい情報が手に入る保証も無いです」

 

 専門家としてルリが答える。もうルリは、ユリカが何を気にしているのかを察して、暗澹たる気分になっていた。

 せめてもう少しガミラス側の情報がわかれば、システム掌握の精度を上げる事が出来るのだが。

 

 「艦長、市民船が完全に破壊されていない以上、もしかしたら生存者がいるんじゃないですか?」

 

 大介が疑問を呈する。そう、それがユリカの気にしている事だった。

 

 「確かに可能性がある。元々全滅か奴隷か何て言ってた連中だ。捕まって奴隷にされている人がいるかもしれないし、もしかした逃げ延びて助けを待ってる人がいるかもしれない……! 艦長、市民船を奪還しましょう。見過ごすことは出来ません!」

 

 進が血気盛んに吠えるが、ユリカは首を横に振る。

 

 「そうしたいのはやまやまだけど、ヤマトの戦力でどうやって奪還するつもり? 敵の総数もわからないし、艦隊戦力を叩いたところで内部にどの程度ガミラスが入り込んでるのかわからない。それに小天体にも匹敵するような市民船を、300名足らずの私達でどうやって掌握するの? 6つもあるのに」

 

 冷静な意見に進は言葉を繋げない。言われてみればそうだ。ガミラスに対抗出来る戦力と言っても、所詮は戦艦1隻と30機ばかりの航空戦力を有しているだけ。

 艦隊戦なら戦いようがあっても、この手の施設制圧等はとにかく人手が必要な事案だ。

 

 例えば敵の基地だったり宇宙要塞に対する破壊工作ならやりようはある。むしろ少数先鋭でもやり様では完遂出来る事は、ヤマトの戦歴が証明しているようなものだ。

 

 だが中に“居るかどうかもわからない”要救助者を探し出して保護し、さらに敵兵を駆逐するような救出作戦を展開出来る余力は、ヤマトには無い。

 

 市民船が大きすぎる。

 

 それに、救出したとしてもヤマトで受け入れることは出来ないし、アキトやイネスがピストン運輸しようにも、全ての木星人がジャンパー処理をしているわけではない。

 そしてボソンジャンパーを失った地球がここに迎えに来るのは、とても時間がかかる。

 それまで生き延びられる保証も無い。

 そもそも迎えをよこす余裕は、地球には無い。

 

 「しばらく様子を見ます。メインスタッフは中央作戦室に集合。対策を考えます」

 

 

 

 中央作戦室に集結したユリカ、進、大介、真田、ハリ、エリナ、ラピス、ゴート、ジュン、そしてアキトと月臣とサブロウタが呼ばれていた。ルリは電算室で情報解析をしながら通信で参加している。

 

 「アキト、ボソンジャンプで内部に入り込んでの調査は無理そう?」

 

 ユリカの質問にアキトは心底困った顔で、

 

 「ボース粒子反応を検知されたら発見されるだけだろうな。探知システムくらい持っていると考えるのが妥当だし。それに、このサイズの構造物を調べるのはヤマトの人数じゃ無理だろう。居住区画自体はたぶん制圧されているだろうし、メンテナンスハッチとかカメラの無い場所とかに隠れられてたりしたら、俺1人じゃどうにもならないよ――仮に月臣とか、木星出身者であっても、あんな物体の隅々まで詳細に記憶してはいないだろうから、人海戦術を取るか、膨大な時間を使って調べ上げるか、どちらにせよ現実的じゃない」

 

 と断言する。ユリカもわかりきっていたが、諦めきれずに聞いただけなので「そう」と短く答える。

 

 「俺も調査には反対だ。流石に規模が大き過ぎる。ヤマトの戦闘班を総動員しても手が全く足りない。不必要な犠牲を招くだけだ」

 

 ゴートもアキトを援護する形で反対を表明する。が、やはり苦い顔をしている。

 

 「俺にとっては祖国の大地だ、解放してやりたい気持ちはある。だが、この状況でそれを求めることは、俺には、出来ん……!」

 

 辛そうな月臣の姿に誰もが掛けるべき言葉を見つけられない。

 

 「残念ですけど、俺も月臣少佐と同じです……本当、胸糞悪いですけどね……」

 

 サブロウタも気落ちを隠せず、何時もの軽いノリは鳴りを潜めている。

 

 「航海班は、市民船攻略作戦は反対です。ヤマトの航路日程にはあまり余裕がありません。すでに火星での停泊で1日ロスタイムを生じていますし、これから土星のタイタンでのコスモナイト採掘作業を考慮するのであれば、ここは見過ごすのが得策かと思います」

 

 大介が心を鬼にして職務を優先しようと意見する。人道としては捜索すべきだと心が訴えるが、それでは本末転倒だと、理性が釘を刺す。胸の痛みを我慢して、大介は意見する。

 

 「何を言うんだ島! 生き残っている人がいるかもしれないんだぞ! それに、ここに敵戦力を残していくのは、後顧の憂いを立つという意味でも看過出来ん! 艦長、せめて艦隊戦力だけでも叩きましょう!」

 

 と熱く進が語るのを、ユリカは表情を変えることなく受け止める。彼の性格からすればこのような反応をするのは初めからわかっている事だから。

 

 そして、大介も進も自分の意見を訴えてくるが、意図的に口にしていない意見があることは明らかだ。

 

 「だが古代君、ここで戦闘をして時間もそうだが、ヤマトに傷を負わせて消耗させるのは得策じゃないぞ。多少の資材を確保することには成功したが、ヤマトの今後を考えると余剰は無いんだ。太陽系を出た後で資材の補充が出来るかどうかも、わからないままなんだぞ――事前計画で決まっている、冥王星基地攻略を忘れたのか?」

 

 とジュンが逸る進を抑える。「しかし……!」と進も食い下がろうとするが、ジュンの言っている事の正しさも理解しているためそれ以上言葉を繋げなかった。

 

 「古代君のいう事も尤もね。ここにあんな戦力を残していくのは不安なのも事実。とは言え、ヤマトを消耗させること無くあれを叩く方法何て……」

 

 エリナも難しい顔で床と空中に表示されている市民船のデータを睨みつける。本当はここにいる全員がわかっている。今取るべき最良の手段を。だが、実行したくないのだ。

 

 「――波動砲、しかないね」

 

 と、誰もが口に出したがらなかったキーワードをユリカが告げる。特に月臣とサブロウタの体がはっきりと震えた。

 その反応はわかっていた。だが、ヤマトの艦長として、逃げるわけにはいかない。

 

 「波動砲で市民船を消滅させる。艦隊毎全部、纏めて……」

 

 静かな口調の中にも諦めと悲しみが混じっているのがわかる。そう、波動砲で全てを消滅させる。

 それならヤマトへの負担を最小限に抑え、かつ不安材料を文字通り消滅させる事が出来るのだ。

 

 しかし、それが意味する事とは――。

 

 「それでは、それでは生き残っているかもしれない人達を見殺しにしてしまいます!」

 

 進が強く反発する。護るべき市民が残っているかもしれないのに、無視して波動砲で粉砕するなど到底承服出来ないと、感情も露にユリカに突っかかる。

 そんな進の姿に胸を痛めるユリカだが、それ以外の道は無いとその頭脳が訴えている。

 

 「居る、と言う確証があれば波動砲を使う事は無い。でも、確証は無いしこのまま放置も出来ない、かと言って制圧作戦を実行することも出来ない。だとすれば、ヤマトの航海の安全に繋がる手段を選択するしかない……違うか?」

 

 ユリカの隣で苦々しい表情のアキトが続ける。アキトだって本当はこんな手段を肯定したくはない。自分の罪を思い出して辛くなる。しかし、ここまで追い詰められた状況下で手段を選んでいられないのも事実。

 苦渋の決断なのだ。

 

 「それに、波動砲の試射も出来れば今の内にしておきたい。使うかどうかは未定だけど、予定している冥王星前線基地攻略の前に、それを抜きにしても補給の利きやすい太陽系内でテストを済ませて、万全の状態で外宇宙に出たいの」

 

 ユリカも心苦しさを顔中に張り付けながら、断言する。

 

 「工作班も波動砲の試射“には”賛成します。補修用の資材を確保する当てがある今の内に、ヤマトの全機能を試しておく必要があると判断します」

 

 「機関班も同意します。ワープでのトラブルを鑑みると、波動砲でもエンジンに何らかの反動が生じることが予想されます。コスモナイト補充の当てがある今の内にテストして、タイタンにて可能な限りの改修を行う方が今後の為になると思います」

 

 と、真田とラピスがそれぞれの部署の統括者として賛成の意を示す。ただし、その表情は見てわかる程暗く、苦しげだ。誰もが波動砲で市民船を撃つことを認められないでいるのは明らかだ。

 そう、言い出したユリカですらも。

 

 「僕は、波動砲の使用に反対です。ヤマトへの反動もそうですけど、古代さんと同じ理由です」

 

 ハリが悲しそうな顔で反対を表明する。まだ12歳の子供には酷な現実に全員が顔を俯ける。

 

 「ルリちゃん、波動砲で市民船を破壊するとしたら何発必要?」

 

 「――破壊するだけなら1発でも足ります。ただ、1発で2つ以上の破壊は恐らく無理です。直線に並んだ状態なら1発でも全て破壊出来るかもしれませんが、距離がありますし、どの方向から狙っても直線に並べる事が出来ません。複数回の発射は、必須だと判断します」

 

 ルリの回答にユリカは目を瞑って天を仰ぐ。僅かな沈黙の後顔を下げ、目を開くと決断する。

 

 「波動砲、6発全部を使用して市民船毎敵艦隊を消滅させます!」

 

 ユリカの指示を聞いて真田とラピスが目を見開いて驚く。

 

 「艦長、危険過ぎます! 試射もしていないのに全力射撃はリスクが大きすぎます!」

 

 「でも真田さん、いずれは試さなければならないことを考えると、今がチャンスなのでは? 今駄目なら改修の余地もありますが、これを過ぎればチャンスが無いかも知れません」

 

 真田がリスクを訴えるのに対し、ラピスは驚きながらもいずれは試すのだからと使用を消極的に肯定する。

 ――標的が何であるかはわかっている。だから、目には薄っすらと涙が浮かんでいる。

 

 「進君」

 

 静かなユリカの声に進は姿勢を正して聞きの姿勢を取る。

 

 「嫌なら私が波動砲の引き金を引く――どうする?」

 

 「――やります、やらせて下さい。せめて、せめて忘れないことが、逃げずに向き合うことが、彼らに対する弔いだと、考える事にします」

 

 進は辛そうな声で、しかししっかりとした姿勢で波動砲の発射を受け入れる。もうこれ以上議論余地は無い、今出来る事をするしかないのだと、受け入れる。

 

 「艦長、古代。俺は、決して貴方達を恨まないことを誓う――侵略者に蹂躙される位ならいっそ、ここで終わらせてやって欲しい。これ以上の辱めを、受けさせないでやってくれ」

 

 悔し涙を浮かべながら月臣は頭を下げる。足元にポタポタと垂れる涙がその心情を物語っている。サブロウタも言葉なく、月臣に倣って頭を下げる。

 

 誰もが、この決断に心から納得など出来ない。

 

 ハリもそんな月臣の態度に覚悟を決めたのか、もう反対をしなかった。メインスタッフ全員が、この業を背負って先に進む決意を固めたのである。

 

 「エリナ、艦内放送の準備を頼みます。木星出身のクルーにも、理解を求めます」

 

 「……わかったわ。今準備する」

 

 エリナは暗い顔のまま中央作戦室の通信システムを起動して艦内の全員にユリカの言葉を伝える。

 

 「ヤマトの皆さん、艦長のミスマルです。たった今我々メインスタッフ一同、木星の市民船を占領するガミラスに対する対応の議論を行いました」

 

 ユリカの言葉にヤマトのクルー一同姿勢を正して耳を傾ける。特に市民船の単語が出た瞬間、木星出身者が動揺する。

 大介が気づいたように、もしかしたら生き残り無いし捕縛された市民がいるかもしれないと言う考えに行き着いたからだ。

 

 「議論の結果、市民船の奪還、および生存者の捜索は行わず、波動砲を持ってガミラスの拠点となっている市民船毎、占拠しているガミラスを排除することを、決定しました」

 

 ユリカの言葉に木星出身者は絶望と怒りを覚える。しかし続く言葉にそれも萎んでしまった。

 

 「理由としては、ヤマトの戦力で6つもの市民船を奪還および捜索するには、莫大な時間を浪費してしまう事、かと言って放置して進めば、ヤマトが去った後の地球の危機に繋がるかもしれず、ヤマト自身が後ろから攻撃される恐れもあり、またイスカンダルからの帰路で妨害を受ける可能性もあります――よって、後顧の憂いを立つため、予定していた波動砲の試射も兼ねて……市民船とガミラスの部隊を殲滅します……木星出身のクルーの皆さんは、ご理解のほどよろしくお願いいたします」

 

 ユリカは命令を下すが、その声は物悲し気で、自分でも納得していないと雄弁に語っていた。

 

 「木星の同胞諸君。月臣元一朗だ。我らの故郷は、すでにガミラスに滅ぼされたのだ。この悔しさを、怒りを叩きつけるべき相手はガミラスなのだ! ヤマトは土星での補給を終えた後、冥王星の前線基地を叩く予定だ。我らの屈辱は、その時に晴らす! どうか、艦長を恨まないでやって欲しい」

 

 放送に割り込んだ月臣が同胞達に頭を下げ、ユリカを庇う。その姿に木星出身のクルーは受け入れ難い残酷な現実に涙し、そもそもの元凶となったガミラスへの怒りと憎しみを滾らせ――業を背負うことを決めた。

 決断したユリカへの怒りが湧かないわけではない。しかし、彼女自身がこれを不服と考えていることは明白で、怒りをぶつける事が憚られた。

 

 それに自分達は約束してきたのだ。

 

 絶対に地球を救って見せると。

 

 国としての木星が滅ぼされた時、励まし、手を取り合おうと言ってくれた友人達に、地球に逃げ延びて、ヤマトを信じて送り出してくれた同胞達に。

 

 人類にとって母なる大地を必ず救って見せると。

 

 その障害となるのであれば、割り切る他無い。すでにガミラスに滅ぼされて、蹂躙された姿を見るくらいならと。木星出身のクルー達は自分達に言い聞かせた。

 心の中で泣きわめき、この現実を呪いながら、彼らは決断したのだ。

 

 

 

 故郷の地を破壊することを。生きているかもしれない同胞を見殺しにすることを。

 

 

 

 自分達が、残してきた人たちが生き延びれるように。

 

 

 

 

 

 

 「司令、ヤマトが接近中です」

 

 市民船を占領し、拠点にしているガミラスの司令官に部下が報告する。

 

 「何だと? 例の地球艦か。すぐに艦隊を差し向けろ、ここを奴らの墓場とするのだ」

 

 司令官はすぐに部下にそう命じる。占拠した市民船に陣取ったガミラスは瞬く間に接近中のヤマト迎撃の為の用意を始める。

 ガミラスは地球に対する威圧も兼ねてまず木星を攻略した。市民船やコロニーに対しては冥王星基地の惑星間攻撃を可能とする超大型ミサイルを使った先制攻撃を加えて壊滅させた。その大きさ故に完全破壊を免れた市民船は、制圧して太陽系での活動拠点として運用している。

 住人はすでに全員処刑している。この市民船にいるのはガミラスの兵士のみだ。

 

 本当なら住人は労働力として使いたかったところだが、太陽系に侵入したガミラスの総力では到底御しれない数の住人が居たため、少々惜しかったが全員処刑と相成った。

 

 そもそも市民船の住人はやたらと反抗的であったし、複雑な市民船での土地勘で勝る相手だけに油断して足元を掬われるのも馬鹿らしかったので全滅して貰う方が都合が良い。だから中央制御室を乗っ取って大気循環システムを停止した。

 後は放っておくだけで窒息して全滅する。それを黙ってみていればいいだけなので、後先考える必要がある地球攻略よりも楽なものだ。

 死体は残しておいても不衛生なだけなので木星に捨て去った。

 

 今は市民船内部の工場区画や資源を利用して地球占領の為の下準備をしている。ここをヤマトに潰されるわけにはいかないが、戦艦1隻でどうにかなるような戦力ではない。

 

 そもそも、戦艦の火力でこの船を破壊することは出来ない。それが6つだ。どうせ義憤に駆られて向かってきているのだろうが、自殺行為でしかない。

 

 ガミラスの司令官は余裕を持ってモニターに小さく映るヤマトの姿を見て薄く笑う。さて、無様に沈む様を見せてもらおうか。

 

 

 

 

 

 

 ヤマトは市民船とガミラス艦艇から離れる事100万㎞の地点にあった。比較的木星の大気層に近い位置ではあるが、出来るだけ発見されずに近づきたかったので危険を承知で接近した。

 丁度ヤマトは眼下に木星の大気層を見下ろす形になっていた。マスターパネルに移る市民船の姿を目に焼き付けたユリカは、意を決して命令を下す。

 

 ただしその声は、何時もと違って非常に重苦しいものだった。

 

 「波動砲発射用意。艦内電源カット」

 

 「――了解、艦内電源カット」

 

 機関制御席のラピスが艦内の電力供給を必要最低限の生命維持システム以外、全てカットする。艦橋も計器類の明かりを残して照明が落ち、艦内全体が暗闇に墜ちた。

 そうすることで少しでも予備電力を確保し、エンジンの再始動を速やかに行うための処置だ。

 自沈直前のヤマトでは不要になっていた措置だが、今回は新生した後初めての発射という事で意識的に行っている。

 

 「相転移エンジンと波動エンジンの圧力上げて、非常弁全閉鎖」

 

 「エンジン圧力上げます。非常弁全閉鎖」

 

 ユリカの指示に合わせてラピスが機関室に指示を出しつつ機関制御席のコンソールでエネルギー制御を開始する。

 

 「非常弁全閉鎖。エンジン圧力上昇中」

 

 機関制御室の山崎が指示に合わせてコンソールパネルを操作、波動砲の発射準備を進める。操作に合わせて相転移エンジンと波動エンジンが唸りを上げる。

 

 「波動砲への回路、開いて」

 

 「波動砲への回路、開きます」

 

 ラピスの指示を受けて太助が山崎と並んで波動砲の発射準備を進めていく。

 

 「全エネルギー波動砲へ。強制注入器作動」

 

 計器を読み上げながらラピスが口頭報告を続ける。報告を受けたユリカが1つ頷いて指示を続ける。

 

 「波動砲、安全装置解除」

 

 「安全装置解除、最終セーフティーロック解除」

 

 ユリカの指示に合わせて進が戦闘指揮席から波動砲の安全装置を外していく。進の操作を受けて6連炉心の前進機構のロックが外されて、突入ボルトへの接続機能が解禁される。

 同時にヤマトの波動砲口奥のシャッターが開いて発射口を解放する。

 スーパーチャージャーから発射口手前の最終収束装置にエネルギーが送り込まれ、内部に波動エネルギーを制御するためのフィールドが形成、発生した光が発射口から外部に漏れる。

 

 戦闘指揮席の波動砲トリガーユニットが起き上がり、進の目線の高さまで持ち上がる。ごくりと唾を飲み込んだ進がトリガーユニットに恐る恐る手を伸ばし、両手でしっかりと掴む。

 

 「大介君、操艦を進君に渡して」

 

 「了解――渡したぞ、頼むぞ古代」

 

 「ああ、任しておけ!」

 

 迷いを振り切り力強く頷いて、トリガーユニットとコンソールを併用してヤマトの姿勢を制御する。

 

 「進君、6連射の反動もあるだろうから主翼を開いて。重力スタビライザーの機能もあるから、こういう時の安定感を増す分には真空でも有効よ」

 

 「はい、主翼展開します」

 

 進の操作でヤマトの中央、喫水線の部分から赤く塗られたデルタ翼が出現する。4つのパーツに分解された翼は展開と同時に組み立てられ、その姿を露にする。

 本来は大気圏内航行用または宇宙気流内での安定化装備であるが、改良型の主翼では宇宙空間での姿勢安定用にも使えるように重力波放射器としての機能も有していた。小回りが利かなくなる代わりに艦の姿勢が安定しやすくなるため、精密砲撃時に展開される。

 

 特に、波動砲発射時には有効な装備だ。無くても問題無いと言えば無いが、今回は初めての運用という事もあって展開する。

 

 「艦首を市民船に向けます。ターゲットスコープオープン、電影クロスゲージ明度20。ルリさん、市民船の正確な位置情報を頼みます」

 

 「――了解。市民船の正確な位置情報を送ります」

 

 電算室から送られてきた位置情報を頼りに波動砲の狙いをつける。収束型のヤマトの波動砲では広がった敵艦隊を一挙に撃滅することは出来ない。だが、背後にある市民船に巻き込む形なら話は別だ。

 

 今回はこれを狙う。

 

 ガミラス艦艇は特に広がりもせず一丸となってこちらに進路を取っている。これなら直線型の波動砲でも十分に巻き込む事が出来る。

 市民船に向けて発砲するだけでケリがつく。

 進は位置データに合わせて6発分の照準を設定し、射撃順序を組み立てる。

 

 「タキオン粒子出力上昇。出力120%に到達」

 

 ラピスが静かにエネルギーが十分な出力に達したことを報告する。

 

 「発射15秒前。総員、対ショック、対閃光防御!」

 

 ユリカの指示に合わせて艦内全員が安全ベルトの装着や手短な物にしがみ付く。同時に艦橋要員全員が対閃光ゴーグルを被って備える。

 本来なら防御シャッターを下ろして窓を閉鎖することが望ましいのだが、今回だけは、その成果を肉眼で見届ける必要がある。

 

 自分達の業を、その目に刻むのだ。

 

 「発射10秒前、8、7、6、5、4、3、2、1、発射!!」

 

 進はカウントが0になると同時に引き金を引く。トリガーユニットのボルトの前進と同じくして、エンジンルームの6連相転移炉心が前進して突入ボルトに叩き付けられる。

 同時に莫大なエネルギーが発射装置内部に一気に押し流され、ライフリングチューブ内を駆け巡る! 

 

 2つの収束装置を通過したタキオン波動バースト流がわずかな間をおいて轟音と共に艦首の砲口から撃ち出された! 

 1度ではない。

 2発、3発と6連炉心が頂点を入れ替えながら突入ボルトに激突し、その度にヤマトの艦首からタキオン波動バースト流が放出される!

 

 入力された照準に基づいて主翼の重力波放射推進器と各部の姿勢制御スラスターがわずかに作動して艦の姿勢をコンマ単位で制御、入力された照準通りに計6発のタキオン波動バースト流を撃ち切った!

 

 

 

 「な――――」

 

 ガミラスの指令はヤマトの急激なエネルギー反応の上昇に驚き、詳細を確かめようとしたところで消え去った。

 

 光よりも速いとされるタキオン粒子の奔流は、発射とほぼ同時に手前にあったガミラス艦艇を飲み込みつつ市民船に命中した。

 

 命中したタキオン波動バースト流の奔流に晒された市民船は、抵抗すら出来ずに歪んだ時空間に飲み込まれて素粒子レベルで消滅していく。

 命中と同時に飛び散り広がったタキオン波動バースト流の作用で、小天体にも匹敵すると言われる6つの市民船は跡形も無く、爆発するかのようにこの宇宙から永遠に消え去った。

 その爆発に飲み込まれたガミラス艦隊は、離脱する事叶わず宇宙の藻屑となる。

 

 そして、市民船とガミラス艦を消滅させてなお衰え切らなかったタキオン波動バースト流は、自然消滅するまで宇宙を切り裂いていった……。

 

 

 

 衝撃的な光景に第一艦橋の全員が言葉を失う。あそこにはまだ、守るべき市民が居たかもしれないのに。

 仮に居なかったとしてもガミラスを退けた後、再び戻る事が出来たかもしれない、木星人にとって故郷の地なのに。

 

 自分達が消し飛ばした。塵さえ残さずに。

 

 かつてその威力故に条約で禁止された相転移砲にも劣らない、場合によっては上を行くとユリカが語った波動砲。その威力をヤマトクルー全員が目の当たりにした結果、その言葉が誇張でも何でもなかったことを思い知らされる。

 しかも、市民船のサイズはヤマトが今まで波動砲で消し飛ばしてきた物体の中でも中堅に過ぎない。

 はっきりしているだけでも、ヤマトはこれよりも大きいオーストラリア大陸に匹敵する浮遊大陸なるものを1撃で破壊することに成功しているのだ。

 

 それが、ヤマトは6発も撃てるのだと、改めてその威力を見せつけられ、その責任をクルーに突きつける。

 

 「は、反則だ、こんなの……」

 

 そんな陳腐な感想しか浮かんでこない。ハリは目の前の光景が信じられない気持ちで一杯だった。

 こんなもの、宇宙戦艦が備えて良い装備ではない。

 

 波動砲の強烈な閃光も消え去り、計器以外の明かりが消えた艦橋の静けさが戻ると、ユリカは対閃光ゴーグルを乱暴に取り払って床に叩きつけようとして、止めた。

 流石に艦長として、この決断を下した人間として、そんな子供染みた真似は出来ないと自制する。

 

 しかし、予想以上の破壊力だ。

 

 (波動砲。やっぱりこれは、人類が持つべきではない禁忌の力なのかもしれない)

 

 改めてヤマトの持つ力に畏怖を感じる。

 

 (でも制御しなきゃ、使いこなさなきゃ。この力を使わない限りヤマトは勝てない。この星をも砕く禁忌の力を、人の心で制御して見せなきゃ!)

 

 ユリカは改めて波動砲と向き合い、御することを心に誓う。

 

 その時強烈な振動がヤマトの艦体を襲った。

 

 「状況報告!」

 

 慌てて叫ぶユリカにハリが叫び返す。

 

 「木星の重力に捕まりました! 艦体がどんどん引き寄せられています!」

 

 「艦長、波動砲の反動を吸収しきれなかったようです! ヤマトは反動で木星に突っ込みかけているんです!」

 

 真田が艦内管理席から叫ぶ。モニターは本来波動砲の反動を吸収して空間に固定するための重力アンカーが、正常に作動しきれなかったことを示している。

 

 そこでユリカは気づいた。6連射したことで都度の反動が加わって、従来の波動砲のデータを基に復元された重力アンカーがキャパシティオーバーしたのだ。

 そして、反動と閃光、そしてその威力に唖然としていたクルーはヤマトが木星に接近した事に気づくのが遅れた。

 

 ナデシコならオモイカネの自動制御もありえただろうが、ヤマトではオモイカネはあくまで電算室の一員であってメインコンピューターではない。

 その規模も幾らか縮小されて搭載されているので、ナデシコの様に艦全体を支配して制御することは出来ない。

 

 なお悪い事に木星の自転方向とヤマトの艦首方向が一致してる。反動で吹き飛ばされたという事は当然自転方向とぶつかり合う形になる。

 そのせいで反作用による加速が木星の自転速度で中途半端に相殺され、木星に引き込まれる形になったのだ。

 

 「エンジン再始動急いで!」

 

 ユリカの絶叫に応えるようにラピスも機関制御席から補助エンジンの出力を最大にするように指示を出し、自身もエネルギーを巧みにコントロールして推力を確保すると同時に波動相転移エンジンの再始動を開始する。

 

 「島さん! オーバーブーストを使って! 補助エンジンが焼けても構いませんから全力噴射を!」

 

 余裕なく叫ぶラピス。大介も操縦桿を巧みに操り何とかヤマトが木星の大気に沈まないようにコントロールを試みる。

 ヤマトの補助ノズル2つから強烈な噴射が始まるが、補助エンジンの出力では木星の重力場に勝つ事が出来ない。徐々にヤマトの艦体が木星のガス雲の中に飲み込まれつつある。

 

 「大介君、艦首を持ち上げつつ木星の自転方向に乗せて主翼で滑空して! 無理に噴射しても逃げられない!」

 

 「りょ、了解!」

 

 ユリカの指示に従い大介は主翼とメインノズルに3本備わった尾翼を制御、空力制御を利用して艦の姿勢を制御しつつ、足りない推力を補って何とかヤマトが没しないように懸命に舵を操る。

 大介の懸命な努力の甲斐もあって、ヤマトは辛うじて木星の雲の中を、それ以上沈まずに水平飛行している。が、このままではいずれ失速して飲み込まれてしまうのは明らかだった。

 今も、徐々に速度が落ちて行っている。

 補助エンジンの推力が限界に近い。元々微速前進や最大速度を出すための補助機関でしかないのだから、オーバーブーストの持続時間はメインエンジンよりも短いのだ。

 

 「こちら機関室、相転移エンジン再始動! 波動エンジン点火20秒前!」

 

 と太助の絶叫じみた報告がラピスに届く。

 ラピスも機関制御席のスイッチ類を操作し、計器に映るエンジンの状況をモニターして大介に告げる。

 

 「波動エンジン点火15秒前! 島さん!」

 

 「了解! 10、9、8、7、6、5、4、3、2、1、点火!」

 

 大介が操縦席のスロットルレバーを押し込んでメインノズルの噴射を最大に設定する。

 轟音と共にメインノズルからタキオン粒子の奔流が噴き出し、失速しかけていたヤマトを加速させ、木星の重力場を振り切るに十分な力を発揮する。

 大介は操縦桿を引いてヤマトを上昇させ、そのまま木星の引力権を離脱させることに成功した。

 

 

 

 何とか重力の魔の手から逃げ果せたヤマトの中で、クルー一同が安堵の息を吐いていた。

 エンジンの再始動があと一歩遅ければ、ヤマトは木星の圧力に押し潰され、鉄屑となっていただろう。

 

 「あれが、波動砲の威力」

 

 進の呟きに真田が反応する。

 

 「我々は、身に余る力を得てしまったのかもしれない。このような武器が、果たして本当に必要なのだろうか」

 

 自ら再建に携わったヤマトの威力に、真田も恐怖を隠し切れない。

 追い込まれた地球を救い、ガミラスを退けるためには必要だと開発時には懸念を抱きながらも修復、強化した波動砲だが、実際にその威力を目の当たりにすると許されないことをしたのではないかと後悔の念が浮かんでくる。

 

 「波動砲は私達にとって、この上の無い力となることが実証されました――ただし、使い方を誤るとありとあらゆる物を破壊してしまう恐るべき破壊兵器であることもまた、実証されたのです――今後の使用には、細心の注意を払うべきでしょう。この星すら砕く力を、我々人間の心の力で、良心で押さえつけ、正しく使うように心掛ける以外ありません……恐らく我々人類は、もう波動砲を捨てる事が出来ないでしょうから」

 

 と、ユリカが締める。その声ははっきりとわかるほど暗くて重い。普段の彼女とは正反対の様子に、波動砲の使用が極めて重大な責任を伴う事を嫌でもわからせる。第一艦橋の面々は、今後安易な気持ちで波動砲を使用することはしまいと誓いを立てる。

 

 しかしユリカの言うように、迫りくる脅威に対して使用を戸惑って敗北を喫し、護るべきものを失うような結果を招くことも避けなければならないと、否応無しに波動砲と向き合うことを余儀なくされた。

 

 星すら砕く禁断の力。それを制御するのは結局人間なのだとユリカはクルーに突き付ける。

 

 そして地球人類はすでに恒星間航行を実現した文明の軍事力に対して大きく劣っていることが露呈し、破滅寸前に追い込まれた以上この力を決して手放しはしない。むしろこの力を使って身を護ろうとすることをも、ユリカは指摘した。

 

 その力を使って人類が将来、侵略者にならない保証はどこにもない。

 

 なら今の自分達に出来る事は何なのか。もしも将来、地球人類が侵略者になる可能性があるのだとすれば、ここで滅ぶべきなのだろうか。

 

 

 

 元々ヤマトに備わっていた装備ではあるが、イスカンダルから送られてきたデータにも波動砲が含まれていたのは事実だ。

 

 

 

 だとすれば、イスカンダルは何故この力を託したのだろうか。人類がガミラスのような侵略者にはならないと言う確証があったのか、それとも別の何かがあったのだろうか。

 

 ヤマトのクルー達は、そんな答えの出ない問題に直面して悩みながらも木星圏を後にする。

 

 

 

 ユリカと秘め事を共有する、僅かな共犯者を除いて。

 

 

 

 宇宙戦艦ヤマトよ。16万8000光年の前途は長い。

 

 君に与えられた時間はわずかに1年。

 

 地球では絶滅の恐怖と戦いながら、コスモリバースシステムの到着を待っている。

 

 人類滅亡の時言われる日まで、

 

 あと、363日しかないのだ!

 

 

 

 第五話 完

 

 次回 新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ

 

    第一章 遥かなる星へ

 

    第六話 氷原に眠る

 

 

 

    全ては――愛の為に。


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