新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ(完結済み)   作:KITT

11 / 29
第九話 回転防御? アステロイドリング!

 

 冥王星基地攻略を成功させた進とアキトは、翼を開いて冥王星の空を飛ぶヤマトへと無事に帰艦した。

 サテライトキャノンの1撃による大爆発とダブルエックス帰艦の報告を受け、ヤマトの艦内は勝利に沸いていた。

 地球と人類をギリギリの所にまで追い込んだ憎き冥王星基地を攻略したと言う事実は、人類にとって吉報である。

 これを喜ばずして、何に喜べと言うのかと言わんばかりに沸き上がっている。

 

 この事実は速やかに地球に届けられ、ヤマトがガミラスに通用する力であると改めて知らしめる結果となった。

 

 その報告の中には占拠された市民船を止むを得ず破壊したと言う事実も含まれていたが、ヤマトの英雄性を損なうとして政府によって公表はされず、ヤマトクルーと一部の軍・政府の高官のみが知る事実として闇に葬られた。

 表向きはヤマトが調査した段階ですでにガミラスによって破壊され、木星に飲まれたと報じられる。

 波動砲の発射は、試射を兼ねて木星圏に現れていたガミラス艦隊を屠るための物だった、という形で歪められ、ヤマトクルーにとっては苦々しい結果となってしまった。

 

 地球でその事実を知った秋山源八郎は受け入れ難い事実に涙を流したものの、苦しい決断を強いられたヤマトクルーを労い、軍人として自分を律する。

 そうする事が出来たのは、ヤマトの決断を受け入れる事が出来たのは、ヤマト艦長ミスマル・ユリカの人柄を知っていて、決して本意ではなかったであろうと察する事が出来た事も大きい。

 それに木星と言う国は滅んでしまっていても、生き残った同胞達が生きて行くためには、権力を持つ秋山が頑張らねばならない。

 

 彼はそう思う事で、ヤマトを恨むことも無く、己の職務に打ち込むことで悲しみを乗り越えたのであった。

 

 

 

 新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ

 

 第一章 遥かなる星へ

 

 第九話 回転防御? アステロイドリング!

 

 

 

 無事に任務を遂げて格納庫に戻ったアキトと進は、すぐに同僚の戦闘班や格納庫内で機体の整備を担当している工作班のクルー達にもみくちゃにされた。

 やれ「よくやった!」だの「木星の敵を取った!」だの「ガミラスの連中め思い知ったか!」等の歓声を受けながら何とか格納庫を脱出して第一艦橋に上がる。

 

 「……凄い沸き様ですね……」

 

 「……まあ、地球を追い込んだ前線基地を叩いたんだから、当然かもね……」

 

 2人そろって揉みくちゃにされたのでかなり疲れた。ただでさえ単独作戦行動――休み無しで5時間以上神経を張っていたと言うのにこれはキツイ。

 しかも、1時間は敵前線基地に忍び込んでの工作に従事していたのだ。神経はすっかりくたびれきっている。

 

 「でも、これが希望に繋がると言うのなら、個人的な感傷は抜きにして誇りたいと思います。復讐は終わっても俺達の戦いは終わっていない……地球を救うその日までは……!」

 

 改めて志を語る進にアキトは拳を掲げて応える。進は掲げられたアキトの拳に自分の拳を打ち付ける。

 2人はこの作戦を通じて互いを理解し合い、互いに無二の存在と認め合っていた。

 2人を乗せたエレベーターが第一艦橋に到達し、ドアが開く。その視線の先に飛び込んで来たのは……。

 

 

 

 「はあ~。ルリちゃん良い子良い子ぉ。本当によくやってくれたよぉ~」

 

 「ちょ、ユリカさん苦し……」

 

 ユリカに抱き締められ、頬擦りプラス頭を撫でられているルリの姿だった。

 しっかりと抱え込まれたルリの顔はユリカの胸元に埋まっている。痩せたとはいえまだまだボリュームのある胸元に顔を押し付けられたルリは、軽く呼吸困難に陥っている。

 恥ずかしいのか嬉しいのか、果ては苦しいのか。顔を赤くして手をぱたぱたと振っているがそれほど抵抗しているわけでもない。

 何とも微笑ましい光景だ――ラピスが羨ましそうに見ているのが気になる。

 

 「おっ! お帰り2人とも。大金星だね!」

 

 2人に気付いたユリカがぱっと明るい顔を向けて大きく手を振る。だがルリは解放されない。

 釣られて手を振り返した2人は、こちらに来れないだろうユリカの為に自分から近づく。

 

 「ただいま帰艦しました。冥王星前線基地破壊任務、無事に成功です」

 

 敬礼と共に進が報告すると、ユリカはそれはもう嬉しそうに頷いた。

 

 「さっすが進君とアキトだね。もうホントに私の自慢だよ!」

 

 うんうん、とルリを拘束したまま頷くユリカ。

 ルリは今度こそ間違いなく恥ずかしさで顔を真っ赤にしてジタバタと暴れ始める。

 それでもユリカをぶったりしないように色々と気を使っているのがわかるが、そんな抵抗で脱出出来るほど甘い拘束ではなかった。

 

 「ユリカさん、お願いですからもう放して下さい……!」

 

 ちょっぴり焦ったような恥ずかしいような、そんな声色で暴れるルリを、ユリカは名残惜しそうに放す。解放されたルリは乱れた髪を手櫛で直してコホンと1つ咳払い。

 すでに威厳もへったくれも無いだろうが形としては主オペレーターであり電算室室長の立場であるので、形だけでも威厳を持たねばという涙ぐましい努力が伝わって来て、進もアキトも心の中で涙がちょちょぎれる思いだった。

 

 「お、お疲れさまでした。おかげで私達も命拾いしました」

 

 「結構大変だったけどね……そうだルリちゃん。施設内に侵入して色々漁って来たんだ。映像データと探知機の解析データ、何かの参考になるかもしれないから――おっと、そうだそうだ、一応ガミラス兵が持ってた携帯端末らしきものも分捕って来たんだった。これもね」

 

 と、アキトは小型カメラと探知機、それにガミラス兵が持っていた端末をルリに手渡す。ルリは貴重な資料を得られたことに喜びも露にする。

 アキトの手癖の悪さを突っ込んだりはしない。というか、そんな考えに至るよりも先に貴重な資料を得られた喜びが頭を占めてしまったのだ。

 

 「ありがとうございます! この資料を解析して、ガミラスのシステムへの理解を深めたいと思います!」

 

 ルリは小躍りしそうなほど喜んで、すぐに電探士席に座ると解析作業を始めるための準備を電算室に依頼する。

 この調子だとすぐに自分も電算室に移動するつもりなのだろう――フリーフォールはいい加減慣れて来たらしい。

 

 「ともかくご苦労様。2人ともゆっくり休んで良いよ」

 

 満面の笑みを浮かべるユリカに進はつい嬉しくなって、

 

 「はい! ありがとうございます、お母さん!……あっ!?」

 

 と盛大に自爆した。頭の中で「やっちまったぁ~~~!!」と叫ぶが時すでに遅し。

 

 

 

 しばらく第一艦橋の時間が止まった。

 

 

 

 ユリカは目をぱちくりと大きく瞬いて、両手で目を擦ってから進を凝視し、耳が詰まってないかと両手の小指で耳穴をグリグリ。詰まってない。

 

 「進、今私の事、お母さんって……」

 

 ユリカは両手を胸の前で組んでおずおずと座席から身を乗り出すようにして進に迫る。その目は確かな期待を湛えて輝いている。

 その眼差しを裏切る度胸を、進は持ち合わせていない。よって、返答は1つしかなかったわけで……。

 

 「え、と。その――はい。呼びました」

 

 進が照れ臭そうにそっぽを向いて後頭部を掻きながら答えると、ユリカは渾身の力で進にダイブを敢行。

 姿勢が低かった事と、筋力不足が祟って進の鳩尾に頭から突っ込む形になる。

 

 「げふぅっ!?」

 

 凄まじい呻き声を上げて進は第一艦橋の床に沈む。

 一撃KO、見事な頭突きだった。

 

 「うれしい! 進! もう私達家族だね!」

 

 と、進の胸に抱き着いているユリカを呆れ顔でアキトが見下ろす。

 

 「おいユリカ、のびてるぞ」

 

 アキトの声も聞こえないのか白目を向いて痙攣している進に抱き着いたまま、ユリカは本当に嬉しそうにしている。

 やれやれとアキトは首を振る。

 事前に進の気持ちを聞いていただけにアキトは今更驚きはしないが、改めてこういう場で口にされるとむず痒い気持ちになる――まあ良いか。ユリカも喜んでるし、進にとっての幸せに繋がるなら問題無いか。

 と、進がのびている現実から目を背けながら自己完結する。

 

 ルリも「ご愁傷さまです」と進の今後を考えて胸の前で十字架を切った。

 だがルリも嬉しい気持ちが溢れている。

 ルリも進に対して心を許しているし、家族の事でお互いに弱みを吐き合った関係だ――思い返してみればルリが一方的にぶちまけている事が多かった気がするが気にしない気にしない。

 

 (進さん、歓迎しますよ――後は、貴方が兄なのか、それとも弟なのかを決めるだけです)

 

 歓迎する気持ちに偽りは無いが、妙な対抗心が頭を覗かせる。

 ……自分ですらユリカとアキトを「母」「父」と呼べていないので、進に先を越されたようで悔しいが、実際に自分にそれが出来るのかと問われると、恥ずかしくて出来ないだろうと思って頬を赤くする。

 でも、今度チャレンジしてみようかなとか考えたりする。

 

 今は困窮しているピースランドの遺伝上の両親には悪いが、ルリにとって“家族”と呼べるのはアキトとユリカであり、そう呼ぶのであればこの2人以外に思い当たらないのである。

 

 喜びと気恥ずかしさを覚えているルリに対して、ラピスは何となくムズムズする気持ちだ。

 進の事は好きだし、ユリカが散々「息子」と公言していたので、進が感化されたとしても今更驚きはしない。そもそも実験体として生み出され、遺伝子提供者が不明なラピスにとって血縁関係は正直どうでも良い。

 将来的に自分が子供でも産めば話は別だろうが、大事なのは当人同士の意識だとユリカとエリナからも教えられたので、ラピスはそれが正しいと信じている。

 ――ただ、

 

 (羨ましい。私だって、頑張ってるのに……)

 

 ラピスにとっては地味に深刻な問題らしい。

 元々まともな家庭環境に置かれた経験が無いラピスは、感情の発露を覚えたことをきっかけに愛情に飢え始めた。

 エリナは勿論ユリカにも甘えたい時は甘えたいし、当然ながら頑張ったら褒めてもらいたい、認めてもらいたいという欲求もある。

 そうやって自己を固めている最中なのだ。

 だから、進が家族になるのは良い。でも進ばかり(ルリもだけど)褒められているのはラピス的には面白くない。

 気絶していなければ、その進が褒めてくれたかもしれないのに。

 てな感じで頬をぷくぅ~っと膨らませていたら……

 

 「お? ラピスどうした、可愛い顔が台無しだぞ」

 

 と気づいたアキトがラピスの頭を撫でて「初めての艦隊戦お疲れ様。疲れただろ」と労ってくれた。

 アキトもラピスにとっては大切な家族であり、父でありお兄さんと言える存在なので嬉しくないわけが無い。

 それでご機嫌になっていると、「あ~! 私もなでなでするぅ~!」と進をホールドしたままのユリカがアピールを始める。

 

 ……気づいてくれなかったのはユリカ姉さんなんだよ。と思いもしたが、ここで拗ねるのは損はあっても得は無いと考え、静かに席を立ってユリカの下に足を運ぶ。

 

 すぐにユリカに抱き締められて「ん~。ラピスちゃんの髪の毛柔らかくてすべすべ~。今日はご苦労様。大変だったね」と労ってくれる。うむ、素直に応じて大正解。

 アキトにしてもらうのとユリカにしてもらうのでは微妙な違いがあって、同じ話題で2度美味しい。満足満足と、満面の笑みを浮かべるラピス。

 

 なお、ラピスがアキトやユリカを父母と呼ばないのは、同じように大切なエリナに優劣をつける様で悪いという彼女なりの配慮だ。

 エリナは気にするなと言ったのだが、ラピスは頑として拒否して今に至る。

 

 そんな光景を目の当たりにした大介は、笑って良いやら呆れて良いやらと、イマイチ判断の付かない顔で操縦桿を操っている。

 現在のヤマトは(自動制御装置がダメージを受けているため)手動制御の真っ最中なので、注意力散漫は事故の基なのだが……すぐ隣で見せつけられる家庭事情というか茶番というか、何と言って良いかわからない緩い光景に注意を向けるなと言う方が酷だろう。

 面白いし。

 

 (思った以上に感化されてたんだな古代。しかしまあ、孤独だって思うよりはマシなのかもしれないな)

 

 と考えながらも、母と慕うユリカも余命幾許も無く、イスカンダルに行ったからと言って確実に助かる保証が無い現状では、また辛い別れを経験するだけじゃないかと心配になる。

 大介は大介なりに、親友の事が心配で仕方が無い。

 

 (こいつに悲しい思いをさせないためにも、俺達航海班が遅れを取り戻さなければ……任せろよ古代。もうお前に家族を失う悲しみは背負わせないからな!)

 

 大介は決意を新たにヤマトをイスカンダルまで辿り着かせて見せると、航路計画を練り直すことにする。

 

 しかし……その前にこの面白い光景を存分に目に焼き付けておくか、としっかり観察する事を忘れない。

 後でこの話題を肴にコーヒーを楽しんでやる。

 

 ジュンは一気に緊張感を失った空気に「これで良いのかなぁ?」と思いつつも「まあナデシコもこんな感じだったかな?」と粛々と自分の仕事をする。

 要するにユリカが気を抜いている時は自分がフォローすれば良いだけだと自己完結する。

 本当に副官としては有難い存在であった。

 

 エリナは「あ~あ。これは後が大変ね」と呆れかえった表情で事態を見守っている。と言うよりも大激戦を終えた直後で疲労してるんだから騒いでないで休め、と言いたくて仕方が無いが、進だけならまだしもラピスが巻き込まれては怒鳴り込むわけにもいかない。

 まあ気持ちが休まっているのなら良いのかな、と思い直して自分の仕事をしようとコンソールに向き直る。通信士もまだまだやることが多いのだから。

 

 ハリは「進さんも大胆な自爆をするなぁ~」とユリカに抱かれて至福の表情を浮かべているラピスを眺めている。

 とても愛らしいが、個人的には先程までの皆の前で撫でられて羞恥で赤くなっていたルリの方が良かったなぁ、とか失礼な事を考える。

 あの姿も脳内フォルダーに保存済みだ。厳重にロックをかけて消去しないようにしなくては。

 正直な感想を述べるなら、ユリカには是非ともルリと絡んで今までに見た事の無いルリの一面をバンバン引き出して欲しい。眼福である。

 

 そして、真田は床でのびている進やユリカに甘えているラピスを苦笑して見ながらも、どのような形であれ進が理解者を、そして大切な人を見つけて幸せを掴もうとしている姿に内心感激を覚えている。

 そしてそれを成したのは、真田にとっても恩人と言えるユリカ達だと思うと、奇妙な縁に胸が熱くなる。

 

 (守。お前の弟は立派に成長しつつあるぞ。新しい家族も手に入れて、こんなにも明るい表情をするようになった――お前も、天国で見ているか、守)

 

 今は亡き友に心の中で報告して、真田はヤマトの被害確認に戻る。勝ったとはいえ、ヤマトは満身創痍。

 こういうささやかな幸せを護り抜く為にも、ヤマトを万全の状態に戻さなければならない。

 それが、工作班長としての使命だと、真田は被害確認に精を出す。

 

 よし、ユリカが生き延びられるようにするためにもヤマトの問題点を洗い出して、出来る範囲内で改修して行こうと固く心に誓った。

 

 そう、本格的な暴走の予兆であった。

 

 

 

 

 

 

 その後すぐ、ヤマトは冥王星を発った。

 本当なら基地から資源を漁りたかったのだが、海中にある基地の残骸を漁るのは合理的ではない。

 なので、代わりに冥王星空域で撃破した敵艦の残骸少々に研究用として反射衛星を1つ回収しながら、ヤマトは冥王星軌道の外側にあるカイパーベルトに向かって進路を取っていた。

 ここに紛れて残存艦隊からの追撃をわずかばかりでも遅らせるために。

 

 

 

 

 

 

 「カイパーベルトって何だ?」

 

 てな感じで、天体に疎いアキトが質問する。

 例によってユリカ達と食事を共にしての一時だ。今回は(強引に連れられて)進とルリとラピスと雪も囲んでいる(エリナも誘ったのだが仕事が忙しいと辞退された)。

 食事はユリカが何時もの栄養食である以外は、一律でプレートメニュー(食パン2枚、スパゲッティーサラダ、ホワイトシチュー、合成ハムステーキ、オレンジジュース)を食べている。

 

 「カイパーベルトとは冥王星軌道の外側にある小惑星帯の事です。正式名はエッジワース・カイパーベルト。わかり易く説明するのなら、火星と木星の間にあるアステロイドベルトと同じような物です」

 

 ルリがスパゲッティーサラダを口に運びながら解説する。医療室で患者の治療をしているイネスが「説、明?」と反応していたが仕事が忙しくて抜け出せずに悔しい思いをしていた。

 

 「アステロイドベルトって言うと、あの小天体が密集してる地帯の事だっけ?」

 

 アキトが確認すると、ルリは「そうです」と頷く。

 

 「小天体から鉱物資源を採取出来る可能性があるしね。ヤマトもかなりダメージを受けてるし、ミサイルも撃ち尽くしちゃったから。金属資源を補充しないと修理も生産も立ち行かなくなっちゃうよ」

 

 スプーンを口に運びながらユリカが目的を説明する。

 

 確かに今のヤマトは満身創痍だ。装甲を貫通した被害は反射衛星砲の3発に限られるが、装甲表面には大量の弾痕が刻み込まれている。

 痛んだ装甲は必要に応じて張り替えて交換し、表面が削れたり軽くへこんだだけの部分等は、補修用に開発された液体金属を流し込んで補修する。

 

 堅牢なヤマトの装甲板ではあるが、勿論修理の為に必要な溶接や溶断の為の技術も確立しているため、従来の物よりも手間がかかるが、問題無く張替え出来る。

 また、表面の防御コートがあったままだと作業が進展しないため、先ずはそれを除去する溶液を塗布してコートを剥がし、作業終了後に改めてコーティングする。

 この防御コートは塗装も兼ねているため、地球型の惑星の大気中は元より、宇宙を漂う星間物質などによる腐食等から装甲を保護する役割がある。

 後コンピューター保護の防磁作用も。

 

 被弾によるダメージも然ることながら、浸水によってエネルギーラインや電装品が負った細かい被害もシャレにならない状態であり、こちらは主に艦内作業になる為外部作業とは違った意味で大変である。

 奥まった場所や構造上どうしても作業スペースが確保し辛い場所があるため手間がかかるのだ。

 

 「修理には最低でも20日以上かぁ。装甲の交換と修理は大仕事だけど、エステバリスとかを使えるからまだ楽なんだよねぇ。と言っても、肝心のエステバリスも損傷が結構酷いし、早々修理作業に駆り出せないんだよねぇ――わかってはいたけど大損害だよ」

 

 ユリカは憂鬱そうに語る。それでもこの程度の被害で済んだのが奇跡と言える程度の激戦だったには違いない。

 普通なら返り討ちで轟沈している。これからもこの規模の戦闘が無いとも言えない以上、戦術をもう一度練り直した方が良いかもしれない。

 

 「でも今は、素直に勝利を喜びたいと思います。この宙域で散っていった、戦士達の弔いとして」

 

 進はオレンジジュースでパンを胃に流しながら、モニターに映し出される冥王星宙域を一瞥する。そこにはヤマトが撃破したガミラス艦の残骸が四散している。

 あの最後の反抗作戦と言われた艦隊戦では一方的に蹂躙された地球が、ヤマトという強大な力によってついに逆転に成功した証。

 

 ガミラスはまごう事なき敵。とは言え、人と変わらぬあの姿を見た後ではこの大量の残骸――大勢の人死の跡にはわずかばかりの感傷も覚える。

 しかし、だからと言って我々は止まれない。

 何が何でも妨害を潜り抜けて地球を救い、未来を護らなければならないのだ。

 

 「そうですね。それに、波動砲を封印しても私達は戦える。それが証明された事も嬉しいです。そうでないと私達どころか、これからの地球は波動砲の依存した防衛戦略に傾倒してしまうかもしれないですし」

 

 ラピスも進に便乗しつつ、拭い去れない波動砲への恐怖を口にする。

 幼いラピスにとって、波動砲の問答無用の威力は別格過ぎる畏怖の対象として心に刻み込まれてしまったようだ――無論、“イスカンダルの支援や異世界の先進技術を有する宇宙戦艦ヤマトが強力だったから成し遂げられた”という面が決して払拭出来ない事は承知の上だ。

 そもそも、ヤマト以前の地球艦隊では太刀打ち出来なかったのだから、そう考える方がむしろ自然であり、その事実を無視して今後の地球がヤマトで得られた技術とデータを使って強力な艦隊を整備する軍拡路線に進んだとしても、一概に間違いとは言えない。

 

 現に、地球は滅亡寸前まで追い込まれているのだ。

 

 「そうだね。波動砲に頼れば何でも解決、何てなったら嫌だもんね――スターシアも、そんなつもりで私達に託したわけじゃないし」

 

 ユリカの言い様に違和感を感じたのはルリだけの様だ。

 アキトは特別気にした節も無く切り分けられたハムステーキを口に放り込んでいるし、ラピスはスパゲッティーサラダを啜ってご満悦と言った顔をしている。意外と麺類が好きらしい――気持ちはわかるけど。

 進も特別リアクションを取ること無く隣の雪と言葉を交わしている。

 

 「ユリカさん、スターシアさんの心境がわかるんですか? まるで知り合いみたいな言い方ですよ」

 

 ルリの言葉に「しまったぁ!」と顔にでかでかと張り付けてユリカは「そ、そう思っただけよ~」と誤魔化す。

 ジト目で睨んでみるがユリカは話す気が無いらしくシカとしている。追及するだけ無駄だと諦めたルリは先割れスプーンをシチューに突っ込んで具と一緒に掬い上げる――ヤマトのランチプレートは例外なくこの先割れスプーンが採用されている。

 と言うもの食器をむやみやたらに増やせない事が原因で、極力効率化しようと思った結果がこれらしい。

 はっきり言って使い難い。

 

 とは言えこれは一般食の場合で、本来なら艦長のユリカは専用の食堂で一般クルーよりも立派な食事を摂る事が出来るのだが、肝心のユリカの容態がこれなので食事を提供する機会は皆無、艦長用の食堂はすっかり埃を被っている始末だ。

 

 そもそも食事の為だけに衰えているユリカを艦内で歩かせるのも問題視されたこともあり(その割に視察と称して動き回っているが)、食事は大抵世話役の雪かエリナ、夫のアキトを中心とした内輪の者が、艦長室で摂ることになっている。

 今回は6人と大人数なので、使おうかとも考えたのだが広さに大差無いため結局今回もお流れになった。

 流石に手狭だが、この距離感が心地良いといえば心地良い。

 

 「それにしても艦長、今日は随分と具合がよろしいようですね」

 

 この状況に内心ウキウキの雪がユリカの体調を気にして尋ねる。

 進がユリカを「お母さん」と呼んだことは瞬く間に艦内に広がり、すっかりからかいの対象となっている。

 つまり、この状況でユリカの“家族”ではないのは雪だけなのだが、ユリカは雪を進の相手役として認識している。

 つまり将来的には雪が進の家族になるための予行演習、的な思考が頭の片隅でちらついている状態だった。

 

 なお、雪は大介に意識されていることに全く気づいておらず、進しか見ていない(大介にとっては残念な事に)。

 好意のきっかけは守を失ったことに対する同情から来る保護欲であったが、ユリカと一緒に笑う進の笑顔に惹かれ、一緒になって騒いだあの瞬間が物凄く楽しかったのが決定打になった。

 

 また雪自身ユリカの影響を受けている部分が多少なりともあり、特にアキトが合流してからは世話をしている時にアキトとの惚れ気話を聞かされたり、食事の席にアキトが混ざれば時折2人の世界に突入しかけたりして、色々と熱々な空気にさらされた影響で、殊更意識している状態なのだ。

 

 つまり大体ユリカが悪い(断言)。

 

 「まあね。薬がぶ飲みしたし、戦いには勝てたし、何より進がとうとう私をお母さんって、お母さんって言ってくれたもの! もう嬉しくて嬉しくて……!」

 

 ほろりと涙を流すユリカに進は真っ赤になって俯き、先割れスプーンでシチューをかき混ぜている――観念したとはいえ、やはり面と向かって言われると気恥しいのだろう。

 

 「でも、普段からそう呼ぶのは止した方が良さそうだな。進君の精神衛生上」

 

 見かねたアキトが助け舟を出す。アキトとしてもあまり年の離れていない進に「お父さん」と呼ばれるのはむず痒いと言うか違和感を感じる事があるので、ユリカにも習わせようと思っている。

 言い方に違和感を覚えるだけで、進が慕ってくれていることは嬉しいし、頼ってくれるのであればそれに応えたいと考えるのは、アキトの生来の気質だ。

 

 それに、そうやって人を育てられると言う実感は、許されない事をしてしまったという自責の念を消せないアキトにとって、ユリカ達家族の存在とは別の意味で「ここに居て良いんだよ」と言われているような気持ちになって、とてもありがたいのだ。

 特に進は、火星の後継者の一件と関係が無いだけでなく、ナデシコAとも関係ない完全な部外者。

 だからこそ、アキトにとっての救いとなったのだ。――今は身内だが。

 

 「む~。アキトがそう言うんならそれでも良いけど。それにどう呼ばれたってもう私達の絆が途切れる事は無いからね。先人さんが言ったんだって、“絆とは断ち切る事の出来ない強い繋がり。離れていても、心と心が繋がっている”って」

 

 ユリカの発言にその場にいた全員が「へぇ~。説教臭いけど案外良い言葉だなぁ」と頷く。

 そんなこんなで食事の席は話題が尽きず、つい数時間前まで緊迫した戦いを繰り広げた戦艦の中とは思えない穏やかな時間が流れていた。

 

 話の話題は次第に予想以上の頑張りを見せるラピスに向いた。

 まさかの機関長就任から今日まで、ラピスは非常に頑張っているのはユリカも知るところである。

 

 「ホントにラピスちゃんはしっかりしてるよなぁ。エリナさんの教育が良かったのかな?」

 

 と進が感心する。この一家と付き合いがあってエリナと縁遠いという事は勿論なく、それなりに親しい間柄にある。

 以前ユリカに翻弄され続けている進の肩を無言で叩いて紅茶をご馳走してくれたこともある。ので、本当に気が利く人だと、進はユリカとは違う意味で尊敬していた。

 

 「勿論です。エリナには、出会った頃からお世話になりっぱなし――今度、何かお礼をしたいです」

 

 頬を染めて照れるラピスに進もほっこりと頬を緩ませる。ユリカのおかげで接点を持ったこの桃色の妖精を、進はそれなりに可愛がっている。

 日頃は業務や自身の鍛錬に余念が無く、接点があるように思われていないが、休憩が重なった時等はジュースをご馳走したり、密に機関長としての手腕を褒めたりしているのだ。

 そんな事もあって、ラピスは適度に自尊心を満たしてくれてアキトとは違った意味で頼れる進に良く懐いていた。

 

 「古代さんもすっかりお兄ちゃんが板についてきましたね」

 

 とはルリの感想だ。

 年下かつ立場的には同等のラピスの場合、階級や立場的にも上であったルリと違って接しやすく打ち解けやすかったのもあるだろうが、自分の時に比べてもラピスが懐くのが早い。

 これがコミュニケーション能力の差か、とルリは感心したものだ。

 是非とも自分も会得したいものだが、どうやってやれば良いのかイマイチ良くわからない。

 

 ルリがそんなことを考えている間にも、ラピスがエリナにどんな贈り物をするべきかで徐々に話がヒートアップしていく。

 

 しかし贈り物に疎い男2人とルリは話の輪から締め出され、ユリカと雪が意見をぶつけ合ってラピスがそれを拾い上げる時間が進む。

 輪から外れた3人は白熱した議論を聞きながら黙って食事を口に運んで飲み込む。ちょっぴり空しい瞬間だ。

 

 だがこの光景こそ、ユリカ達が最も求めている「平穏」と呼べる時間であることは疑いようが無い。

 ヤマトの最終目標は、この光景が日常的に行われる“平和”を取り戻すことにあるのだと、実感するのであった。

 

 

 

 なお、ラピスの贈り物は艦内で用意出来てかつ小物類と指針が決まった事もあり、最終的には有名なクラシック曲のオルゴールを制作して送るという事になった。

 真田とウリバタケの協力も仰いで用意したプレゼントは、後日メッセージカードと共にエリナに送られ、大層喜ばれたという。

 

 

 

 

 

 

 食事を終えた後、ユリカは疲労を考慮してそのままお風呂に入ってから就寝と言う事になったので、雪に世話を任せてアキト達は退室する事になった(退室時のハグはもはや恒例)。

 ラピスはエンジン周りの点検作業の視察と手伝いに、進は第一艦橋に、ルリとアキトは揃って展望室へと足を運んだ。

 

 「そう言えば、ヤマトに乗ってから2人で話すのってこれが初めてだっけ」

 

 「そうですね」

 

 展望室のソファーに並んで腰を下ろした2人は、展望室の窓から星々の海を眺めつつ言葉を交わす。

 

 「アキトさんのおかげで、ユリカさん凄く幸せそう……1年振りです、ユリカさんのあの笑顔は」

 

 「そっか。俺がいない間のユリカの様子、聞きたいとは思うけど、敢えて聞かない事にする。この1年の俺の事、あいつも聞きたがらないしさ」

 

 話して楽しい話題でないことは確かだ。

 ユリカはヤマト再建の為に文字通り命を削り、アキトは罪悪感と無気力の中で停滞していただけ。

 それを話し合ったところでそれこそ傷の舐め合いにしかならないだろうし、それは互いの望むところでは無い。

 

 「私も話したくないです――でも、未来の話はしたい。アキトさんは今回の旅が成功した後、どうされるつもりなんですか? ラーメンの屋台はそうですし、ユリカさんとの夫婦生活を再開するのはわかりますけど、それ以外に何か願望は無いのですか?」

 

 「そうだなぁ。実は俺さ、ネルガルでも軍でも良いから、パイロットを続けるつもりなんだ」

 

 アキトの告白にルリはたいそう驚いた。

 

 「パイロットって、ラーメン屋はどうするんですか?」

 

 「勿論やるよ。二足わらじを踏むんだ。今回の件で、宇宙には他の文明が幾つも存在して、それが地球にとっての脅威になりかねないってわかったからね――だから、少しでも良い、今後またあるかもしれない脅威の為の備えを残したいんだ。もう2度と、ユリカをあんな目に遭わせないためにも、引き離されないためにも、俺は必要とあらば戦場に出る事を厭わない。例えこの手をまた血に染めても構わない。ユリカやルリちゃん達は、俺という人間が本質的に変貌してしまわない限り傍に居てくれるってわかったし、こんな俺でも慕ってくれる進君みたいな子の為にも、俺は出来る事をしていきたい」

 

 そう語るアキトの瞳には強い決意が宿っていた。

 

 「――アキトさんらしいですね。でも、コックさんとしての修行も怠ったら駄目ですよ。アキトさんの本分はコックさんなんですから」

 

 冗談めかして言うルリにアキトも大きく頷く。

 

 「勿論だよルリちゃん。俺は一人前のコックになるんだ。戦いで死ぬなんて御免だからね!」

 

 ガッツポーズを取りながら語るアキトにルリは心からの笑みで応じる。

そうだ、この姿こそがテンカワ・アキト。自分が恋し、ユリカが何よりも愛する彼本来の姿。

 

 アキトが帰ってきた。改めてルリは実感する。あのシャトル爆発事件の時に失われたと思ったルリの家族は、不完全ではあるけれど確かに帰ってきたのだ。

 

 ――後はユリカだけ、ユリカの体さえ直せれば、ルリにとって最高のハッピーエンドが待っている。

 

 ラピスや進と言った新しい家族も迎えられたのだから、むしろパーフェクトエンドと言っても良いのではないだろうか。

 

 「ごちそうさまです、アキトさん。それよりその考えはユリカさんには?」

 

 「まだ誰にも言ってない。ルリちゃんが例外だ。勿論、黙っててくれるよね?」

 

 悪戯っぽく笑いながら唇に人差し指を当てるアキトの態度にルリは同じ仕草で返す。

 

 「勿論です。アキトさんが打ち明けるまでは、2人の秘密です」

 

 「ありがとうルリちゃん」

 

 2人の秘密。その言葉に少しだけトキメキを感じる。

 今更アキトに恋慕も何も無いが、やはり大切な人とのこういうフレーズは楽しいものだ。それに、アキトがユリカに打ち明けない理由も何となくわかる。

 今のユリカの前で「将来的再度危機が起こるかも」というネガティブなイメージを含む将来を語れるわけが無い。いや、ユリカ自身はとっくに想定しているだろう。

 

 だってヤマトを蘇らせたのはユリカで、ユリカはヤマトが数度に亘って地球と人類を外敵の脅威から護り抜いて来た事を知っている。

 つまり、この世界でも同じことが起きかねないという事を最初から想定しているはずだ。

 

 だがユリカは決してその事を口外しない。

 あるかどうかもわからない脅威に戦々恐々するよりも、眼前の脅威を取り除く方が先決であるし、何よりその先にある平和が不安定だと口にするのは、艦長として不適切だろう。

 

 それにユリカ自身、願うのはアキトとの幸せな結婚生活が一番で、そのためにはそのような脅威は無い方が好ましい。つか来るな、だ。

 また心血を注いで復活させたヤマトにしても、願わくばこれが最後の戦いであって欲しいと考えている様子が伺え、出来れば平和になった地球の海で永久に錨を下ろして欲しいと考えていると、ルリは聞かされたことがある。

 それが、恐らく叶わぬ願望と理解しているとも。

 

 「さて、もう少し話題が無いかな。折角の機会だから、もう少しルリちゃんとお喋りしたいな。ユリカとはべったりだけど、ルリちゃんは疎かにしちゃってるし」

 

 アキトは少し申し訳なさそうだ。確かにヤマトで再会してからアキトとルリの接点は少ない。パイロットは電算室にそれほど用が無いし、アキトは暇があれば訓練かユリカの相手をしているかで、狭い艦内だと言うのにルリとはあまり話せていない。

 とは言えこれは仕方のない事だ。ユリカのケアが第一だし、仲睦まじいこの夫婦の邪魔はしたくない。

 

 ――砂糖も吐きたくないし。

 

 しかしこういう機会もあまりないのだから、ルリももう少しアキトと2人っきりで語らいたい。

 だから、かなり恥ずかしいが自分にとって結構重要な案件を話題として提供する事にした。

 

 「そうですね。私もサブロウタさんやオペレーター仲間……は、ハーリー君とは良く話してますけど、アキトさんとはあまり機会が無いですし」

 

 ハリの名前を出す時わずかにどもってしまう。と言うのもこれは先日の艦長室でのお泊りが原因だ。

 

 

 

 決戦3日前の夜。ユリカに誘われてベッドを共にしたルリは、しっかりと抱きしめられて拘束されながら、質問責めにあっていた――何故拘束されなければならないのかと、ルリは若干理不尽な想いを抱きながら、大好きな姉であり母であるユリカの温もりを味わっていた。

 これで話題がもう少し普通だったら言うこと無いのだが。

 

 「ねえねえ、ルリちゃん。実際の所ハーリー君とはどうなってるの? 傍から見てると凄く初々しいカップルなんだけど」

 

 と目を輝かせながら訪ねてくるユリカに視線を逸らしながら、

 

 「べ、別に何ともなってないです。ハーリー君は、可愛い弟分みたいなもので、別にそういう意識は……」

 

 と否定するが、内心自分でもわからないところがある。1年前までだったらそれこそ全く意識していなかったが、この1年、見違えて成長したハリの姿を何度も見せつけられた。

 対して自分はユリカの事で弱々しい態度を取り続けていたし、ハリやサブロウタに良く慰められていた――確かに、特に頻繁に接触するハリに甘えていた自覚はある。だがそれは恋愛とは無関係なものだったはず。

 

 「そうなの? ハーリー君はルリちゃんの事好きだと思うんだけど」

 

 そう言われると心臓が飛び跳ねる。実は最近、ハリの態度は姉のような存在に対する憧憬ではなく、異性に対する恋慕ではないかと、少しだけ疑っていた。でも務めて考えないようにしていた。

 自分は17歳で、相手はまだ13歳(になったばかり)の子供なのだ。恋愛対象になるはずがない。

 

 「まあ年齢は気になるよね。でも、私がアキトに恋したのは幼稚園の頃だったんだよ」

 

 2歳しか差が無いでしょうが、と内心突っ込む。

 

 「ほぼ同年代の恋愛と一緒にしないで下さい」

 

 「え~。愛さえあれば歳の差なんて関係ないよ~。実際20歳以上も離れた結婚なんて珍しくないじゃん」

 

 「それは両方とも成人しています。ハーリー君はまだ13歳になったばかりですよ?」

 

 不満たっぷりに唇を尖らすルリにユリカは「微笑ましいなあ」と顔を綻ばせる。駄目だこの人、人の話を聞いていない。

 

 「一番大事なのは年齢じゃなくて愛だよ。ルリちゃん、ハーリー君と居る時すっごく楽しそうに見えたんだけど――なあんだ。私の勘違いかぁ」

 

 「残念残念」と話を切り上げて、「おやすみ~」とユリカはあっさりと夢の世界に旅立つ。

 

 一方的に言うだけ言って眠ってしまうとは。相変わらずと言えば相変わらずだが腹立たしい。

 

 ちょっとムカついたので頬を抓ってみるが起きる気配が無い。むなしくなっただけなので早々に止めて、自分も目を瞑る。

 

 ミナトと並んで自分に大きな影響を与えた女性に抱きしめられて、ルリは幸福だった。彼女の安らかな寝息と心臓の鼓動を感じて心が休まるのを感じる。

 

 (私、何時からこんな甘えんぼさんになったのかな?)

 

 もう17歳だと言うのに。少し恥ずかしいかも知れないが、ユリカ相手に遠慮するだけ馬鹿らしいと思い返して自分からもユリカに抱き着く。痩せた体の感触が物悲しいが、かつてと変わらない温もりを一杯に感じ取る。

 この旅の終わりにはきっと、彼女の体は元通りになる。そうしたら、今度こそ元気一杯の在りし日のユリカが帰ってくるはず。

 

 漠然とした、過大とも言える希望が現実になりそうな予感を胸に秘め、ルリはユリカの温もりに包まれて夢の世界に旅立った。

 

 

 

 幸運な事に、普段寝相の悪いユリカもこの時ばかりはお行儀良く寝てくれたので、ルリはヤマトに乗ってから最も安らかで、充実した睡眠を貪る事が出来たのである。

 勿論、最近良くあった“大好きホールド”からの窒息または呼吸困難の展開も無かった。

 

 ただし、それはそれで残念だったかも、とか思っていたりもするのだが。

 

 

 

 しかし、ここでユリカに意識させられたせいか、仕事中ならともかくプライベートな時間ではハリをまともに見れない。

 言われたから意識しているのか、元々その兆候があったのか、自分では良くわからない。

 折角の機会なので、アキトにこの事を話してみた。

 相談されたアキトはそれはもう困った顔で、

 

 「ごめんルリちゃん。俺恋愛沙汰には疎くてさ。ユリカくらい解り易ければともかく、ハーリー君とは接点も乏しいし、アドバイス出来ないや」

 

 と頭を掻きながらルリに答える。

 

 「それに関しては最初から当てにしていません」

 

 ルリはばっさり切り捨てる。そもそもナデシコ時代から色恋沙汰で優柔不断な態度を取り続け、天然ジゴロとも捉えられかねない言動や態度を取った事もあるアキトに恋愛相談など、馬鹿のする事だと断定している。

 自覚があるとはいえ、ばっさり切られたアキトの頬がやや引き攣る。ちょっぴり傷ついた様子。

 

 「ただ、アキトさんには知っていて欲しかったんです――その、もしも本当に私がハーリー君を好きになったんだとしたら、しょ、将来的には、その……」

 

 ごにょごにょと言葉を濁す。顔は酔っ払いすら連想させてしまうほど赤く染まっていて、アキトにとって初めて見るルリの表情に驚きと共に感動を覚える。

 

 (ルリちゃん。俺がいない間に、こんなにも感情豊かに、普通の女の子に育ったんだね)

 

 その成長を見届ける状況に無かった事が、改めて悔やまれる。

 

 「それから先は、今後の楽しみだね――俺も、少しハーリー君と話してみようかな。何だかんだでルリちゃんをここ1年の間支えてくれたお礼もしたいし」

 

 そんなことを言ったらルリはさらに恥ずかしくなったのか頭を抱えて蹲ってしまう。アキトはそんなルリの様子にユリカとの語らいとはまた違った充足感を得る。

 

 ナデシコ時代の無機質染みた少女は、愛さえも理解する感情豊かな女性へと成長した。

 一緒に居た時間は決して長いとは言えないし、酷い仕打ちをしてしまった自覚もある。だが、家族の確かな成長を見る事が出来てアキトは喜びを感じる。その成長に、自分が少しでも関与出来ているのだとしたら、こんなにも嬉しい事はそう無いだろう。

 

 (ユリカとの間に子供が生まれたら、またこんな感動を味わえるのかな?)

 

 今は閉ざされたままの未来の予想図。だが何時かは実現する可能性のある未来だ。

 

 (そっか、俺とユリカの子供だけじゃない。ルリちゃんが、ラピスがいずれ誰かと結婚して、子供を産んだら、その子の成長も見届ける事が出来るんだな)

 

 そうやって家族の輪は、人の愛は広がっていくのかと考えると、アキトは急に視野が開けた錯覚すら覚える。

 

 

 

 やっぱり、帰ってきて良かった。この人の環こそが、愛こそが人を幸せにするのだと――これ以上無く感じられた瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 次の日。ユリカは雪を伴って医療室に足を運んでいた。

 ここは第二艦橋直下の医務室と違って重病者の治療や手術等を行うための場所で、先の冥王星での戦いで発生した重傷者が多数治療を受けている。

 流石にベッドの数が足らないため、程度の軽いクルーは自室に戻されているが、今もなお、生死の境を彷徨うクルーが、自室に戻せないと判断されたクルーがベッドの上で苦しんでいる。

 

 ユリカはそんなクルーの1人1人を丁寧に見舞い、励ます。

 

 「冥王星前線基地は壊滅した。これでもう地球に遊星爆弾は降らないし、太陽系からガミラスを追い出せた。貴方達が頑張ってくれたからだよ」

 

 と、言葉を変えつつ傷を負いながらも職務を果たしたクルーを励まし、犠牲となった数名のクルーの葬儀も慎ましやかに行う。

 ナデシコの時の様に個人個人の要望に応じた派手な物は出来ないが、カプセルに収められたクルーの遺体を宇宙に放出する宇宙葬で弔っていく。

 

 頭上に向かってレーザーアサルトライフルで弔砲を放ち、ヤマト後方の宇宙へと消えていく仲間達の遺体を皆で見送る。

 宇宙で死んだ仲間は宇宙に還す。

 以前のヤマトで行われている方法であり、遺体を保存して置く余裕の無いヤマトにとって、最も効率的な葬式であった……。

 

 

 

 葬式を終えた後、アキトは偶々食堂で食事を摂っていたハリと遭遇する。

 艦長として今日くらいは喪に服すと言い出したユリカの気持ちを汲み取って、今日は一緒に居ないように心掛けたアキトは食堂で昼食を摂りに来たのだ。

 

 アキトが壁に設置された自動配膳機のスイッチを押すと、配膳機の自動ドアが開いて中からプレートに乗った食事がベルトコンベアに乗って手元に流れてくる。

 省スペース化と徹底した衛生管理を考えた事もあり、ナデシコのような厨房を覗ける食堂ではない。

 貴重な食材を無駄なく活用するための綿密な計画に基づき、生活班が考案したセットメニューを朝・昼・夕の三食、日毎にローテーションして提供される。

 

 無論、事前に注文をすれば多少のオーダーには応じてくれるが、食材運用計画から大きく逸脱したメニューの注文はそもそも出来ない。

 精々雪が艦長室で良く食べているサンドイッチなどの軽食や、ちょっと体調が悪い時用のおかゆやオートミール程度だ。

 料理人としてのアキトはこの温かみを感じない食事の提供には眉を顰めたが、ヤマトの特殊性と食糧事情等を考えると文句ばかりも言っていられないと妥協する。

 とにかく余裕が無いのだ。

 

 アキトは食事を手に取るとハリの向かいの席に向かう。

 食事時でそこそこ混んでいるためさほど不自然では無いし、スペースの有効活用と効率良くクルーを捌く為、食事の相席はヤマトでは日常的に行われている。

 余程の理由が無い限りは断らない様にと通達もされている。これは人間関係は円滑にするようにとのお達しでもある。

 幸い、現時点ではクルーの間で目立った対立やいじめ問題等も発生していない。

 

 「ここ、良いかな?」

 

 「良いですよ」

 

 だからアキトが向かいに座っても良いかと尋ねても、ハリは快く応じる。と言ってもその表情は微妙に緊張しているようにも見える。

 惚れた女性の父親代わりの様な人物相手に緊張するなと言うのが無理か、とアキトは思いながら腰を下ろす。

 

 「こうして話すのは初めてだね。ルリちゃんの事、ありがとうな」

 

 「いえ、僕は、その、当然の事をしたまでですから。それに、サブロウタさんもいましたから」

 

 照れたような怒ったような、曖昧な表情のハリ。

 ルリを置き去りにして悲しませた自分に対しての怒りがあり、ルリの事で礼を言われたことに対する照れが綯い交ぜになっているのが良くわかる。

 真っすぐな子だ。

 

 「だとしても本当にありがとう。こういうのも変かもだけど、これからもルリちゃんの事、よろしく頼む」

 

 「そ、その言い方だと、まるで娘をお嫁にやるち、父親みたいじゃないですか……!」

 

 上擦った声でハリが指摘すると、アキトは「そういう捉え方もあるのか」と納得した様に頷く。

 

 「でも、ハーリー君にその気があるんなら、俺は構わないと思うよ。少なくともハーリー君はルリちゃんを支えて来たんだし、きっとこれからも大丈夫だと思うから」

 

 昨晩のルリとの会話を思い出して、アキトは暗にハリとルリがそうなっても良いと認める。

 殆ど親らしいことを出来ていないが、一応は親代わりの立場にある。

 ……余計なお世話かも知れないが。

 

 「ほ、本当ですか?」

 

 アキトの反応が予想外過ぎたのか、ハリはつい嬉しそうな声を上げてしまう。

 

 「まあ、ルリちゃんを振り向かせる事が出来たら、だけどね。頑張れよハーリー君」

 

 アキトは心からのエールを送ってからようやく食事に手を付ける。

 ハリは顔を真っ赤にして先割れスプーンで食事を突いたりして戸惑っているが、頭の中では「アキトさんに認められた。こ、これは物凄いチャンスかも!」とルリとの今後の進展の妄想が止まらない。

 

 そんなハリの様子に苦笑しながら食事を終えたアキトは、「早く食べないと後が支えるよ」と声を掛けてから食器を返却口に放り込んで食堂を後にする。

 この後は格納庫でダブルエックスの整備の手伝いをする予定だ――流石のダブルエックスも間近で水蒸気爆発に巻き込まれたら全くの無傷とはいかず、衝撃で内部メカが少し損傷している。

 ――小しで済んでいること自体が異常だとリョーコ辺りからツッコミがあったが。

 

 現在ヤマトは戦闘能力をほぼ喪失している。

 艦の損傷を鑑みれば波動砲は論外、主砲や副砲のエネルギーラインやコンデンサーも点検作業が長引いていて、無傷の第一副砲も使用不可。

 パルスブラストは幾らか使えるが対艦攻撃には心許ない数で、ミサイルは在庫ゼロ。

 

 となると、残された戦力は艦載機のみだが、こちらも対艦攻撃用装備の大半を使い果たしてしまったので、現在まともに戦えるのはGファルコンDXだけだ。

 しかし、この機体ですら巡洋艦までが限度で、サテライトキャノンを除外すれば戦艦クラスに適正と言える火力は無い。

 となればやはり……。

 

 「サテライトキャノン。波動砲と同じ大量破壊兵器。使わないに越した事は無いんだけど」

 

 甘い事を言っていられる程状況が芳しくない事がなおさら癪に障る。

 

 このような兵器は、本来あってはならないはずなのに。

 

 

 

 それから間も無く、傷ついたヤマトはようやくカイパーベルト近くに到着する。

 後は有用な資源を有する小惑星を見つけて採掘を行い、その陰に身を隠しながらヤマトの補修を終わらせる作業に入る。

 問題は、それを敵が黙って見逃してくれるかだ。

 アキトと進がもたらした「ガミラスは地球人と変わらない姿形をしている」と言う情報は、艦内で混乱を招いたがそれもユリカの、

 

 「姿形で差別しちゃいけないよ。相手が知的生命体なのはわかりきってたことだし、どんな理由であれ戦場で相見えるなら、せめて相手も人だって忘れないようにしよう」

 

 と言う発言で鎮静化した。

 確かに相手がどんな姿をしていようとも、ヤマトは障害を跳ね除けて進むしかないのだ。

 

 

 

 

 

 

 その頃、冥王星基地を脱出したシュルツ達は、何とか体制を整えた後、血眼になってヤマトを探していた。

 

 ヤマト撃滅無くしてガミラス星への帰還が許されない彼らは文字通り必死だった。

 

 「未確認飛行物体発見!」

 

 「司令、ヤマトでは?」

 

 「ヤマトに違いない……!」

 

 司令のシュルツを始め、全員が額に玉のような汗を浮かべてレーダー画面を睨みつける。あれだけの猛攻を凌いだヤマトを残存勢力で叩き潰せる確たる自信は無い。

 

 だがやらねばならなぬ。本国への帰還が果たせずとも良い。だがガミラス帝国の障害となるあのヤマトだけは、ヤマトだけはここで潰さなければならない。

 ましてや相手は手負いだ。この千載一遇のチャンスを逃すわけにはいかない!

 

 「全艦に告ぐ。ヤマトと思しき艦影を発見した。これより全速で接近する! 一時隊列を崩して、各々別航路を取って目標地点に結集せよ!」

 

 シュルツの指令に従って残存した冥王星基地の艦艇が散らばってヤマトへと向かう――そしてこの事実に、ヤマトはまだ気づいていなかった。

 

 

 

 

 

 

 「カイパーベルトに到着しました」

 

 操縦補佐席のハリがユリカに報告する。ヤマトの修理は昼夜問わずに続いているが、現在の復旧率はあまり高くない。

 冥王星基地攻略作戦の直後から不眠不休で工作班らを働かせるのは酷過ぎる、と言う判断もあり、現在はローテーションを組んで、手が空いている他の班のクルーも動員して何とか回している状態だ。

 

 「ありがとうハーリー君。大介君、カイパーベルトの運航周期に合わせて。少しでも敵の目を欺きたいの。エンジン停止、エネルギー反応も極力抑えよう――でも、すぐに再始動出来るようにしてね」

 

 テキパキと指示を出しながらも、かつてのトラウマが蘇ってちょっぴり弱気に指示を出す。ラピスはすぐに、

 

 「了解。機関室、エンジン停止。緊急時に速やかに再始動出来るよう、準備をお願いします」

 

 艦内通話で機関室に指示を出す。大介も、

 

 「了解、メインノズル噴射停止。カイパーベルトの運航周期に合わせます」

 

 命令に従ってヤマトの速度を姿勢制御スラスターで調整してカイパーベルトの運航周期に合わせる。

 これでヤマトは晴れて小天体の仲間入りを果たす。周囲には直径数m程度の岩石や直径が数㎞、数百㎞にも達する小天体も無数に点在していて、迂闊な操艦はそのまま衝突に繋がるような密度の高い空間だ。

 そこでエンジンを停止してエネルギー反応を抑えているため、早々に敵に発見される事は無いだろう。

 もっとも、光学センサーの類までは誤魔化せないので、すぐにでも身を隠す必要がある。

 何しろ、冥王星前線基地から脱出した艦隊が傍に居ないとも限らない。警戒を怠れるような状況ではないのだ。

 

 「では真田さん、例のアイデアを早速試してみましょうか」

 

 ユリカが促すと真田はそれはもう頼もしい笑顔で「了解」と頷く。

 

 「古代、中距離迎撃ミサイルランチャーを起動してくれ。ターゲットはこちらで選定済みだ」

 

 真田の要請に進は頷いて、冥王星の海中で止む無く使用した中距離迎撃ミサイル発射管――通称ピンポイントミサイルのハッチを開放して、中に収められていた新型弾頭を撃ち出す。

 弾頭はダーツの矢のような装置が7本纏められたもので、ピンポイントミサイルが1セル辺り4発発射出来ることから、32発もの弾頭が打ち出された計算になる。

 

 発射された弾頭は入力データに基づいて各々異なる軌道を描いてカイパーベルトの中を飛び、所定の位置でダーツの矢のような装置を切り離し、周囲にばら撒く。計224基の矢のような装置が散らばる。

 それらの装置は近くにある岩石に次々と突き刺さり、後方にあるアンテナを展開して起動する。

 

 「よし、反重力感応基全て異常無し。ホシノ君、電算室から制御を頼む」

 

 「了解。続けて岩盤装着開始します」

 

 ルリの操作に合わせて岩石に撃ち込まれた反重力感応基が重力制御を開始、ヤマトに向かって岩石を引き寄せ始める。そのままヤマトはあっという間に岩石に包み込まれてしまう。

 第一艦橋から上とバルバスバウ部分、メインノズルとサブノズルの噴射口を除いて細かな岩石に包まれた姿に変貌した。

 バルバスバウを覆わなかったのは、この部分がセンサーユニットの塊だからだ。

 さらに、剥き出しの第一艦橋と艦長室の照明は落とされて、灯火管制も実施。これで早々発見される事は無いはずだ。

 有視界での索敵も並行したいため、各窓には防御シャッターを下ろさず、岩石で覆い隠しもしない。

 

 「このまましばらくカイパーベルトに流されます。敵に発見される前に資源を得られそうな小惑星を発見し、その表面に偽装毎張り付きます」

 

 ユリカの指示に従ってヤマトは敵に発見されないように慎重に近くの小惑星を解析する。

 

 ヤマトが今使った装備は「反重力感応基」と呼ばれる、かつてのヤマトでも使われていた特殊装備である。

 「アステロイドシップ計画」。要するに小天体を遠隔操作してヤマトの身を隠すための隠蔽、場合によってはアップリケアーマーとして使うために継続装備された。

 使用するためには周りに岩石などの小天体等が必須なため、使える状況は限られるが、使い方次第ではヤマトの戦術バリエーションを大きく増やせる装備だ。

 

 ユリカなどは、かつてのヤマトでの運用データを見るよりも先に自分なりの活用方法を幾つも編み出していて、その検証にルリも何度か付き合っている。

 ルリも自分なりに色々考えたものだが、大体ユリカと被っていたので検証は恐ろしくスムーズかつ効率的に行え、今その成果を垣間見せている所だ。

 

 「艦長、資源を得られそうな小惑星を発見しました。楕円型の小惑星で、大きさは大きなところで約600㎞、ヤマト右舷前方、包囲右18度、上方35度、距離12000㎞です」

 

 ハリの報告に「ハーリー君仕事速い!」と喜びも露に、ユリカはその小惑星に向かって微速前進を指示する。

 ヤマトの補助ノズルが弱々しく噴射して、岩石を纏ったヤマトをゆっくりと前進させる。

 今この段階でメインノズルを点火すればガミラスに発見される恐れがあるので、隠蔽優先でメインノズルは使わない。

 ヤマトは補助エンジンを点火して初速だけ稼ぐと、後は慣性航行で小惑星に接近する。

 その時、ヤマトのパッシブセンサーが接近中のガミラスの艦影を補足した。

 

 「うえぇ~。何でこう嫌なタイミングでばかり」

 

 物凄く嫌そうな顔でマスターパネルに映るガミラス艦を睨むユリカに「いや、それ基本中の基本でしょ」とジュンが突っ込む。

 突っ込みながらも副長席のレーダーモニターに真剣な眼差しを送る辺り、彼もかなり度胸が据わってきたようだ。

 

 「艦長、やはり主砲と副砲へのエネルギー供給は現状では無理です。思った以上に被害が大きくて……」

 

 と機関制御席のラピスが申し訳なさそうな顔でユリカに謝る。

 「気にしない、気にしない。ラピスちゃんは悪くないもん」と務めて明るく対応する。

 実際この損傷では武器が使えたとしても全力逃走以外に道は無いのだし。

 

 「とりあえずこのまま小天体のふりして移動しましょう。アステロイド・シップ状態のヤマトをすぐに発見出来るとは思えないし」

 

 ユリカは緊迫感を全く感じさせない声で適当な指示を出す。

 ヤマトはそのまま慣性航行を続け、何とかガミラスに発見されること無く目的の天体に接近することに成功する。

 小天体が密集していてレーダーだけでは探索が難しい宙域であることが幸いした。

 勿論、狙ったが。

 

 「んじゃ、ロケットアンカー発射」

 

 ユリカの指示で、ヤマト右舷のロケットアンカーが岩盤の隙間から飛び出して小惑星に撃ち込まれる。

 慎重に鎖を巻き上げてヤマトはゆっくりと小惑星の表面に接近する。

 こういう時、地味に便利な装備だと実感させられると同時に「錨があると船って感じするよね~」という意見がちらほら出る、とてもアンティークな装備だ。

 

 「岩盤解除、プローブを発射後、簡易ドックに再構築します」

 

 ルリは電算室で反重力感応基を制御する傍ら、部下のオペレーターにプローブの射出を指示する。

 最大搭載数である6基全部を発射、反重力感応基を利用してその位置関係を制御しつつ、1度はヤマト覆った岩盤をドーム状に再構成、岩盤の合間に展開前のプローブを植える形で設置してから展開。

 

 これで、ヤマトは小惑星の表面に簡易ドックを設営する事が出来、かつプローブをドック表面に設置することで索敵機能を阻害されること無く本体を完全に覆う事が出来る。

 その気になれば繭の様にして宙を漂う岩石にもなれる。

 

 これが、ユリカとルリが共同で考え出したアステロイド・シップ計画の活用方法だ。

 旧来のヤマトでは単に身に纏う偽装としてしか使わなかったが、制御装置の技術が一段上の新生ヤマトではこんな複雑な制御も容易くこなせる。

 

 「真田さん、修理作業と天体からの資源採掘をお願いします。必要なら手の空いてるクルーに応援を頼んでも構いませんので、慌てず急いで正確にお願いしま~す」

 

 ユリカの命令に真田は「お任せください艦長!」と頼もしく頷き、早速悪友となったウリバタケにも声をかけて自身も第一艦橋を飛び出す。

 

 こうして、ヤマトの本格的な修理作業が開始された。

 

 真田とウリバタケはそれぞれ役割分担して作業を進める。

 

 真田は主に資源採掘と補修用の部品の製造を一手に引き受け、ウリバタケはヤマト本体の点検と修理作業を全て引き受けた。

 ウリバタケはこの手の実作業には強いが、真田程効率的に部品の製造ラインや採掘作業を指揮出来ないので、妥当な配置であった。

 ついでに、冷静沈着な真田に対して、無駄にテンションの高いウリバタケの指揮する修理陣は士気が妙に高く、妙に迅速な修理作業を実現していることもあって、最近では真田が直接修理現場に顔を出すのは、構造が複雑な特殊機構の部分か、ウリバタケに呼び出されて修理と並行した改修案を吟味する時くらいになっている。

 

 互いに強い信頼関係を結んだこともあり、仕事外でも釣るんで色々と話し合っている様子を目撃されている。

 

 問題はその会話の中に「主砲で実体の砲弾撃ちたい」「弾薬庫と給弾装置のスペースがなぁ~。やっぱボソンジャンプ給弾か?」とか「第三艦橋を独立運用出来るように改造したい」「あのデザインだと単独移動しても違和感ねえしなぁ。改造しちまうか?」等の物騒な話題が混じっていたとかいないとか噂されている事だろう。

 時折その場にイネスも混ざってさらに怖い話題が飛び交っているとか噂されている。

 その中に「艦長アンドロイド化計画」なるものが存在していると、密やかに噂になっていた。

 

 本当に恐ろしい話である。

 

 

 

 

 

 

 ヤマトが姿を隠して8時間余りが経過した。

 順調にヤマトを追いかけていたと思ったシュルツは、ヤマトが脇目も振らずカイパーベルトの中に入り込んだ事に歯軋りし、すぐにその消息を追わせた。

 

 「まさか、ワープで逃げたのか?」

 

 言葉に出してその可能性を追求してみるが、ガンツが調べた限りではワープの形跡は全く掴む事が出来ない。

 

 そもそも時空間を歪めて跳躍するワープ航法はその瞬間にかなりの痕跡を残す。

 そのため、ワープを使用して隠密に対象に接近する事は、相手のセンサーがワープの痕跡を捉える事が出来ない程劣悪でない限り、不可能と言われている。

 特に真正面からワープアウトを観測すると、高確率でワープの距離やジャンプ開始地点を計算する事が出来る程だ。

 

 カイパーベルトの中に身を隠したとはいえ、ヤマトがワープすればカイパーベルト内部を捜索中の艦隊に捕捉されない訳が無い。

 そもそも、小天体の集まりとは言えカイパーベルト内でワープするのは重力場のバランス的にもリスクがあるし、周辺に障害物があるとワープインの際に巻き込んでワープ中やワープアウト時に激突してしまう危険がある。

 安全にワープしたいのなら、ヤマトは艦隊の目を盗んでカイパーベルトを離脱し、その外側でワープする必要があるはずだ。

 その場合も、やはり痕跡を測定出来ない訳が無い。

 

 「やはり、ヤマトはカイパーベルトの中に身を潜めたとしか考えられん! ガンツ、ヤマトの最終確認地点はどこだ?」

 

 「はっ。ヤマトはこの地点で姿を眩ませたと報告が重複しております」

 

 ガンツはレーダーモニターに映るカイパーベルトの1点を指さして報告する。シュルツはその地点を中心にヤマトの捜索包囲網を形成することを指示する。

 

 「早く発見せねばならぬ。ヤマトの修理が進めば進むほど、あの波動砲の威力が物を言うのだ」

 

 冥王星でヤマトは波動砲を使わなかった。

 勿論使われないようにシュルツなりに作戦は練ったが、恐らくヤマトは冥王星を破壊する可能性のある波動砲の使用を自粛したのだろうと、見当はついている。

 だがここはカイパーベルトだ。

 確かに波動砲の威力で天体のバランスが崩れ、地球に何らかの影響が生じる可能性はあるが、冥王星を砕くに比べれば幾分対処しやすいはず。

 

 ヤマトが波動砲を有する限り、正面から艦隊決戦を仕掛けるのはリスクが高過ぎる。

 それに、ボソンジャンプを使ってこないという保証がイマイチ得られないのも気がかりだ。

 

 「しかし、ボース粒子反応も検出されていないし、ヤマトは今まで1度たりともボソンジャンプを使っていない。やはり、波動エネルギーの影響で不安定なジャンプしか出来ないからか?」

 

 シュルツは顎に手を当てて考えるが、答えを導き出すことは出来ない。

 ボソンジャンプを利用する事は出来なくなって久しいガミラスだが、対策の為の基本知識くらいは持っている。

 実際ジャミングにしても、主に波動エネルギーの時空間歪曲作用を利用して出現座標を狂わせることで行われている。

 ランダムに狂わすことも、ある程度制御することも出来るため、特に帝都ではそれを利用して安全を保っている。

 しかし、連中はボソンジャンプを利用していたのだから、波動エネルギーの影響下でも正確に跳べる可能性を捨て去ることは出来ない。

 それ故にシュルツはヤマトに対して慎重に接してきた。

 超兵器波動砲、ボソンジャンプ、それらを抜きにしても圧倒的な性能を誇り、120隻もの艦隊に包囲された状態で生き延びた。それを実現した指揮官の采配の素晴らしさも忘れてはならない。

 そして当然艦を操る制御システムやクルーの練度の高さは疑う余地が無い。

 

 悔しいがヤマトは強い。生半可な手段と覚悟では勝てない。

 故にシュルツはヤマト攻略のための手段として、奥の手を使う覚悟を固めていた。

 

 「何としても探し出せ! 星の裏も表も全て調べ上げろ! 我らの命に代えてもヤマトはここで叩かねばならんのだ!」

 

 シュルツの剣幕に部下達は必死になってヤマトの姿を追い求める。シュルツの焦りは艦隊全体の焦り。

 あの激戦でヤマトの脅威は身に染みている冥王星基地の面々にとって、ヤマトは命と引き換えにしても叩き潰す必要のある、祖国の脅威と認識されている。

 全員が必死になってヤマトを探す。文字通り目を皿のようにして、僅かな痕跡すら見落とすまいとレーダーを睨み、双眼鏡片手に窓から有視界で探す。

 

 

 

 捜索が始まって2時間余りが経過した頃、ガンツは光学モニターに映る1つの小惑星を目に留めた。

 

 「シュルツ司令! 不審な小惑星を発見しました!」

 

 頼れる副官の声にシュルツは即座に駆け寄りモニターに詰め寄る。

 

 そこに映し出されているのは何の変哲もない小惑星。だがその表面に妙な膨らみがある。

 その膨らみの表面は非常に荒く、まるで岩石を無理やり寄せ集めたような不自然さを感じる。

 だがそれも注意して見ていればの話で、注意を払っていなければ見逃しかねない程度には自然だ。

 

 「ガンツ、あの不審な膨らみを拡大しろ」

 

 シュルツの命令に従ってカメラの倍率を拡大する。

 岩石の隙間に埋められるような形で、カメラやアンテナが一体になった装置が確認出来る。

 巧妙に隠されているが、外部を監視する役割を持つ装置だけに、完全に覆われておらず辛うじて視認する事が出来た。

 

 「あれは探査プローブの一種だな……だとすれば、ヤマトはあの中に居るはずだ!」

 

 どうやったかは知らないが、発見を避けるために周りを漂う小天体を寄せ集めて偽装に使用したらしい。

 中々頭の回る連中だ。しかし、冥王星前線基地艦隊を舐めて貰っては困る!

 こちらとて、必死の覚悟で挑んでいるのだ!

 

 「全艦集結せよ! ヤマトに対し、最後の攻撃を仕掛ける!」

 

 

 

 

 

 

 少し時を遡り、岩盤の中に身を隠したヤマトの中では。

 

 「しっかし派手にやられたもんだぜ。俺達が居なかったら修理出来なかったかもしれねえな」

 

 宇宙服を着込んで船外作業に従事するウリバタケが愚痴る。百戦錬磨の名メカニックの目から見ても、ヤマトの損害は目を覆わんばかり。無事な場所を探す方が大変な位だ。

 とは言え、

 

 「まあ、沈まなかっただけ運が良かったか――そういう意味じゃ、確かにお前さんは伝説の艦で、ナデシコの魂も継いでるって事か」

 

 ウリバタケは独り言ちる。

 

 ヤマトの戦歴に関してはすでに目を通している。詳細な戦闘データこそ残されていなかったが、大まかな経歴を知るには十分な資料が遺されていた。

 ウリバタケはそれを捏造だとは疑わなかったし、実際にヤマトに触れてそれが嘘偽りの無い物だと確信した。

 

 ウリバタケとてメカニックの端くれだ。艦体構造や改修内容から、ヤマトが潜り抜けてきた修羅場の数々が窺い知れると言うものだ。

 

 再建に伴ってヤマトの艦体は大部分が組み直され、新造パーツの割合が増えてはいるが、再建前のヤマトのデータにも目を通せば容易に判断出来る。

 完成された後、幾度にも渡って手を加えられた故の歪さと不完全さが同居しながらも、それらを踏まえて徹底的に性能を底上げしていったヤマトの歴史。

 ウリバタケはそう言ったメカニック達の壮絶な戦いにも、同じメカニックとして敬意を表す。

 

 それに、ヤマトに比べれば戦績は劣るかも知れないが、かつての乗艦ナデシコも相応の修羅場を潜り抜け生還した艦なのだ(と言っても現存しているのはブリッジ部分だけだが)。

 

 ウリバタケにとって思い入れのあるナデシコを引き合いに出すのは当然の流れだろうし、戦いの規模が違えど同じように修羅場の数々を潜り抜けた名艦2隻に関われた事は、メカニック冥利に尽きるとも考えている。

 

 しかも、戦いにおける立場としては揃いも揃って「初めて敵に正面から対抗出来る戦艦」の立ち位置にあるのだ。

 この因縁故に、ウリバタケだけではない、初代ナデシコのクルー達はヤマトを「違う形で登場したナデシコの跡継ぎ」と考えている節がある。

 

 そう考えるのが自然だと言わんばかりに、ヤマトとナデシコの立ち位置は似通っている。

 強いて違いを挙げるなら、ヤマトは常に目的を完遂してきたが、ナデシコは目的を完遂出来ずに敗退した事がある、ということくらいか。

 

 そんなことを考えながら、ウリバタケは部下達に細かく指示を出しながら自身も破損個所に取り付いて、壊れた装甲板の切除や溶接、その前に外部から作業した方が早いだろう内部構造の修理を的確にこなしていく。

 

 「セイヤさん、この装甲はどこに運べば良いんですか?」

 

 宇宙服の内蔵無線からアキトの声が響く。

 早々に修理を終えたダブルエックスと一緒に修理作業の手伝いに駆り出されたアキトは、ヤマト艦首の左右に搭載された資材運搬船と協力して装甲等の大きな部品の運搬作業や、装甲の張替え作業の手伝い等に従事している。

 生憎と他の機体はまだ修理が十分ではなく、ナデシコからお馴染みの3人娘と、今回出撃しなかった進のコスモゼロ(アルストロメリア)くらいしか稼働状態に無い。

 

 今回ダブルエックスに白羽の矢が立ったのは、そのハイパワーもそうだが、仮にこのまま戦闘に突入しても、固定武装である程度対応出来るので即応性が高いからだ。

 これがエステバリスだと、戦闘用装備への換装から始めないといけないので、不意の戦闘に備える機体と分けなければならないのだ。

 よって、3人娘は愛機のコックピットで絶賛待機中である。

 

 「おう! それは右舷展望室下の装甲板だな。張替え作業を手伝ってやってくれ! 雑な仕事すんじゃねぇぞ!」

 

 ウリバタケの指示に「はい!」と応じてアキトは慎重にダブルエックスを操る。戦闘用の機体の癖に、案外手先が器用なダブルエックスによる修理作業は手早く精密だ。

 修理作業を円滑にするために、わざわざルリに頼んで制御プログラムも組んでもらったから間違いない。

 このある意味無駄とも言える技術の結晶は、真田とウリバタケの技術者の意地とプライドをかけた張り合いの結果であることを――知る者は少ない。予想したものは多数だが。

 

 そんなこんなで8時間ほど修理作業が続いたが、そこで第一艦橋のエリナから無線でガミラス接近の警告が届く。

 ユリカからも警戒体制に移行するので修理作業を中止する様にと通達される。

 

 「ちっ、しょうがねえな。全員艦内に避難だ!」

 

 ウリバタケは渋々修理作業を中断して作業員を引き揚げさせる。

 勿論作業艇や工作機械の類も一緒に引っ込めるが、剥がしたばかりだったり、これから溶接するところだった装甲板は置き去りだ。

 何かあってロストしたら貴重な資源を無駄にすることになる――何事も無く過ぎ去って欲しいものだが。

 

 

 

 「ガミラス艦隊は、真っすぐこの小惑星を目指している模様です。後方にも展開を確認、囲まれました!」

 

 電算室でプローブからの情報を解析するルリが緊張を滲ませた声で報告する。

 

 「あちゃ~。敵さんの執念を侮ってたよ。こんなに早く発見されるなんて」

 

 ユリカがぺちっと額を叩く。もう少し位粘れると思っていたのだが、流石に見込みが甘かったか。

 いや、素直に敵の執念深さに敬意を表するべきだろう。ヤマトが回復する前に決着を付けたいと考えること自体は、当然の事だ。

 

 「艦長、どうします? ヤマトの武装はほとんど使えませんよ」

 

 戦闘指揮席で進が額に汗を滲ませる。

 各砲へのエネルギーラインの修理は順調に進んでいるが、まだ取り付け作業と点検が終わっていない。この状態で無理に発砲してエネルギーが暴発でもしようものなら、ヤマトは一巻の終わりだ。

 元々機関部から直接エネルギー伝導管を引っ張っている構造であるわけだし、リスクを避けるのは当然の判断である。

 おまけにミサイルは全て打ち尽くしたまま補充されていない。

 

 「だいじょぶ、だいじょぶ。アステロイド・シップ計画に死角無し。ルリちゃん、いよいよ本番だよ。心の準備はOK?」

 

 「はい、任せて下さい艦長。ヤマトは私達オペレーターがきっちりしっかり護って見せますとも」

 

 ルリは不敵な笑みを浮かべて部下達に指示を出す。普段目立たない縁の下の力持ち達にスポットライトが向けられた瞬間だ。

 と言っても、ルリは常日頃から目立っているが。

 

 「偽装岩盤解除、ヤマト浮上後、岩盤を回転させます」

 

 「了解!」

 

 4人の部下達がそれぞれ応じ、今後の作戦に合わせてコンピューターを操作する。

 

 「大介君、偽装解除と同時にヤマトを小惑星から浮上させて。このカイパーベルト内でガミラス艦隊を迎え撃ちます!」

 

 ユリカの頼もしい声に大介を始め、第一艦橋の面々が真剣な眼差しで各々の計器類に目を向ける。

 

 「了解。機関長、メインエンジン点火準備願います」

 

 「了解。機関室、メインエンジン点火準備。偽装解除後、ヤマトを小惑星から浮上させます」

 

 大介の要求を得て、ラピスは頼もしい部下達に命令を下す。

 幸いな事にエンジン自体にはダメージは無く、反射衛星砲で大打撃を受けた出力制御系統の修理は真っ先に終わらせてある。

 攻撃能力こそ喪失しているとはいえ、ヤマトは身動きを封じられたわけではないのだ。

 

 「反重力感応基、動力伝達を確認。岩盤解除15秒前」

 

 ルリの報告を受けてラピスも「メインエンジン点火10前」と指示する。ルリのカウントダウンは続き、カウントがゼロになった瞬間大介はスロットルを押し込む。

 

 「メインエンジン点火。ヤマト、浮上します」

 

 ヤマトをドーム状に覆っていた偽装岩盤が解除され、その中からメインノズルを噴射したヤマトの姿が浮上する。

 

 

 

 

 

 

 「ヤマト、自ら姿を現すとは潔い奴だ」

 

 モニターに映るヤマトの姿にシュルツは気を引き締める。

 

 「シュルツ司令、ヤマトはどうやら反射衛星砲のダメージがまだ回復していない様子です。一気に畳みかけるのが最善かと」

 

 ガンツはヤマトの姿を拡大するや否や、シュルツに意見具申する。モニターに映るヤマトは反射衛星砲だけでなく、その前の艦隊戦で損傷したであろう装甲板の処置が終わっていない。

 部分的には内部構造を露出した大穴が開いているし、張り替えたばかりで塗装すら終わっていない部分が散見される見ずぼらしい姿だ。

 勝機があるとしたら、今しかない。シュルツは決断した。

 

 「全艦に告ぐ。全砲門を開いてヤマトを撃滅せよ! これが最後のチャンスだと思え!」

 

 シュルツの号令に応じて各艦が隊列を整え照準をヤマトに向ける。一斉攻撃の構えだ。

 

 

 

 

 

 

 「ガミラス艦隊より射撃用レーダーの照射を確認。攻撃態勢に入った模様です」

 

 反重力感応基の制御で手一杯のルリに変わり、副オペレーター席に座った雪が第一艦橋に報告する。

 その報告にユリカとルリと真田以外の全員が額に汗を滲ませる。

 

 殆ど攻撃能力の無いヤマトでは到底凌げない。

 その中で進だけがすぐに格納庫に連絡してダブルエックスのライフルとシールドを取り付けたGファルコン、3人娘のエステバリスの出撃準備を整えさせる。事前に備えていたので後はカタパルトに乗せるだけだ。

 対艦攻撃がメインになる以上、主力はノンオプションでそれが可能なGファルコンDX。

 エステバリスはその補佐と目くらまし要員だ。

 ……残念だが大型爆弾槽も残っていないし、信濃も波動エネルギー弾道弾を撃ち切って戦力外だ。

 

 問題があるとすれば、このような障害物の密集した場所だと自爆の恐れがある為サテライトキャノンが使い辛いということだ。

 幾ら全長40㎞近いスペースコロニーをも一撃で消滅させるサテライトキャノンも、そのくらいの規模の小惑星が点在しているアステロイドベルトの中では流石に分が悪い。

 ついでに、整備の都合からエネルギーパックの充電が終わっていなくて、ヤマトからの重力波ビームの照射が必須になっている。

 こんな障害物だらけの空間で受信している余裕なんて無いだろうから、アキトはこの戦いでは使わずに気合いと実力でどうにかするつもりだった。

 

 

 

 すぐにカタパルトにGファルコンが乗せられ、出撃したままのダブルエックスに向けて自動操縦で射出される。

 アキトはそれを確認するとすぐさま展開形態でドッキング。

 

 伸長したサテライトキャノンを肩越しに前方に向け、リフレクターを後方に倒したダブルエックスに、GファルコンのAパーツが機首と翼を畳んで胸部に被さり肩関節の下にあるドッキングロックで固定、Bパーツが背中のドッキングロックに接続、Bパーツ中央ユニットに内蔵された大型マニピュレーターが腰に接続されてBパーツを起き上がった状態で支える。

 合体完了後すぐにカーゴスペース内に吊るされていた専用バスターライフルと小型シールド――ディフェンスプレートを両腕に装備して戦闘態勢を整え――たがカーゴスペースにちゃっかりGハンマーが吊るされている事を確認――ウリバタケめ、試せというのかこの状況で。

 今のGファルコンにはエネルギーパックが装備されていない、身軽な姿だ。

 充電が終わっていないパックはデッドウェイトにしかならないし、そもそも純粋な戦闘機動を優先すると邪魔になる。

 今回は身軽さを優先して一気に有効射程に捉え、持ち前の火力で叩き潰す。

 

 「さあかかって来い。ヤマトは、俺達の希望はそう簡単にはくれてやれないぞ」

 

 静かに闘志を高めるアキトに進から通信が入る。

 

 「アキトさん、ヤマトはまもなくガミラスへの対処行動に入ります。それに合わせてリョーコさん達と協力して対艦攻撃を願います」

 

 「了解」

 

 短く応じるとすぐにヤマトから今後の作戦プランに関する資料が送られてくる。

 簡潔に記された内容にアキトは開いた口が塞がらなかったが、すぐにニヤリと笑う――これは、相手の意表を突ける良いアイデアかも知れない。

 

 

 

 その頃電算室では、反重力感応基を撃ち込まれた岩石の位置情報を完全に把握したルリが、ユリカと考え出した活用法の為に部下達と念入りに周辺情報を探る。

 ドームに埋め込んでいたプローブもついでに解き放ち、傷ついたヤマトのレーダーシステム代わりに使ってガミラスの動向をを正確に捉える。

 ここまで情報があれば十分だ。

 

 さあ、思い知るが良いガミラス。私達家族が力を合わせれば、この程度の脅威は脅威でなくなるのだと!

 

 「ルリちゃん!」

 

 「はい! 岩盤回転! アステロイド・リング形成!」

 

 ルリの意思がIFS端末を通してオモイカネに、ヤマトのコンピューターに送り込まれる。それは個々の反重力感応基に伝わってその動きを一括制御する。

 

 偽装ドームを解除されて周辺に散らばっていた岩石が反重力感応基に操られ、ヤマトの周辺に再集結して左回りに高速回転する帯を形成した。

 

 

 

 

 

 

 「ヤマト、そのようなコケ脅しが通用すると思っているのか! 全艦砲撃開始!」

 

 シュルツの号令でガミラス艦隊は次々と重力波とミサイルを放ちヤマトを宇宙の藻屑にせんと火力を叩きつけてくる。

 たかが岩石、これだけの火力を叩きつけてやればあっさりと消滅してヤマトは宇宙の塵と消えるはずだと、誰も疑わなかった。

 

 

 

 

 

 

 ヤマトはアステロイド・リングを操作して襲い掛かってくる重力波とミサイルを次々と受け止める。

 時に帯の様にヤマトを包み、時に回転する盾の様に形成したりと、変幻自在の動きで適切な防御力を各所に展開してヤマトを護る。

 

 本来ただの岩石で防げる重力波砲ではないが、反重力感応基は小型のディストーションフィールド発生機が内蔵されている。

 そこにヤマトからの重力波ビームを受けて、重力制御とフィールド用のエネルギーを確保して機能する。

 波動エネルギーの恩恵を直接受けられず、装置の規模から強度も十分とは言い難い、心許ない出力……だが、数が揃えば相互作用で補える。この辺の技術はすでに確立済みだ。

 それに装置が回転しているのもミソで、一種のフィールドアタックの様にミサイルだったり重力波を横殴りに殴りつける事で、フィールド強度以上の攻撃を凌ぐ事が出来る。

 ここにヤマト本体のフィールドを加えて二重に防御幕を展開する事で、ヤマトの防御力を飛躍的に強化出来るのだ!

 

 だが、それだけではいずれ押し切られて岩盤が失われてしまうので、ここでルリとユリカが考案した次の行動が真価を発揮する。フィールド発生装置はこのためのおまけに過ぎない。

 と言うよりも、ビームではなく重力波砲をガミラスが備えていた時点で、ユリカは防御システムとしてのアステロイド・リングにある程度見切りをつけていた。

 勿論ミサイルなら問題無く機能するのでそちらも考慮はしたが、本命はこれから行う行動にこそある。

 

 「ルリちゃん、勢いつけてぇ~~」

 

 「何時もより多く回しております」

 

 ユリカの指示を受けてルリはアステロイド・リングの回転速度を最高にまで上げる。

 リングはヤマトの喫水線と平行になるような位置で回転し、凄まじい運動エネルギーを蓄える。その姿はまるで天体の膠着円盤の様。

 そして、ガミラス艦の位置情報や周辺環境データを、雪達オペレーター達が改めて処理してルリの手元に送り込む。

 

 準備完了!

 

 「やっちゃえーー!」

 

 「投擲開始!」

 

 ユリカの命令でルリは回転するアステロイド・リングから次々と岩石がガミラス艦目掛けて射出される。

 その様はまるでピッチングマシーンの様で、ヤマトの前後左右からランダムに岩石が飛び出す。

 

 ガミラス艦は想定外の事態に狼狽えながら迎撃や回避行動に映るが、間に合わずに岩石の直撃を受けて損傷した艦が次々と出現する。

 元々ディストーションフィールドは質量を持った攻撃に弱い。おまけに、重力波ビーム範囲内ではフィールドを身に纏っているのだ。

 フィールドを纏い高速で飛来する質量弾を防ぎきる事はガミラス艦でも出来ず、あっさりと突破されてダメージを負う。

 

 これが、ただの岩石では十分な防御力を得るのが難しいと考えたユリカの考えを、ルリの技術で形にしたアステロイド・ノック戦法だ。

 

 当時のやり取りを抜粋すると、

 

 「どうせ岩石じゃグラビティブラストを満足に防げないんだよね? だったら、今までは防御用か欺瞞用だったアステロイド・リングを攻撃に転用すれば死角も減るし、ヤマトの消耗を極力抑えられて一石二鳥じゃないかな?」

 

 と言うユリカの発言に、

 

 「良いですねそれ。私とオモイカネならその複雑な制御を共同でこなせると思います。場所や状況が限定されるとはいえ、上手く活用すればヤマトの戦術バリエーションに華を添えられると思いますよ」

 

 てな感じでルリが食い付いた事から、冥王星前線基地攻略までの合間も含め、ルリは反重力感応基の制御プログラムをオモイカネとハリの協力を得て完成させていたのだ。

 

 まさか周辺の岩石を制御して武器に転用するとまでは考えなかった冥王星残存艦隊は、たちまちパニックに陥った。

 

 

 

 

 

 

 「や、ヤマト。何という攻撃手段だ……!」

 

 シュルツは急な回避行動で揺れるブリッジで近くの物にしがみ付きながら戦慄する。

 周りにあるものをこれ以上無く有効活用して、僅か一手でこちらの体制を崩されてしまった。

 全くもって恐ろしい艦、そして奇抜な発想を現実のものとする指揮官とその部下達。

 常識に縛られることを良しとしない、型破れな相手だと改めて戦慄する。

 

 本当にどこまで非常識なのだ!

 

 「しゅ、シュルツ司令! あの人型が向かってきます!」

 

 ガンツが示したモニターの中で、冥王星基地をただの一撃で葬り去った人型機動兵器、GファルコンDXが迫ってくる。

 その威力を味わった彼らは、ヤマト同様の脅威を感じ速やかに迎撃姿勢を取ったが、それで止まる程GファルコンDXは甘くなかった。

 

 

 

 

 

 

 アキトはGファルコンを装備して完全状態になったダブルエックスを駆り、手短なガミラス駆逐艦に襲い掛かる。

 ヤマトに繋いだままの通信からは、

 

 「やったぁ~! ルリちゃん流石ぁ!」

 

 とか、

 

 「いえいえ、私達電算室オペレーターズのチームワークです」

 

 とか、

 

 「艦長! アステロイド・シップ計画は完全に成功しました!」

 

 とか、

 

 「凄いなこれ! 島、いっそこれからは岩石を身に纏ったまま航行するのもありじゃ……」

 

 とか、

 

 「馬鹿言うな! 積載量が増えて航行に支障が出るだろうが!」

 

 等のやり取りが聞こえてくる――このノリは本当にナデシコだな、とか考えながらも千載一遇のチャンスと襲い掛かる。

 体勢を立て直す時間は与えてやらない!

 少し遅れてリョーコとヒカルとイズミのエステバリスもアキトが狙いを定めた艦のすぐ近くの艦に襲い掛かる。

 

 GファルコンDXは、既存機の比ではない推力を最大限に生かした機動で、岩石をぶつけられて弱ったガミラス駆逐艦に接近、爆発に巻き込まれる事の無い距離から収束モードの拡散グラビティブラストと専用バスターライフルを計12発叩き込む。

 相手のフィールドを食い破ったビームと重力波は、破損部からたちまちガミラス駆逐艦の内部構造を破壊、破壊されて暴走した機関部の爆発で内側から引き裂かれてカイパーベルトの一部と成り果てる。

 

 撃沈を確認したアキトは機体を翻し、リョーコ達が注意を引いている別の艦に即座に発砲、最初にブリッジを叩き潰して指揮系統を混乱させ、それに便乗した3人娘のエステバリスが機関部に取り付いて、手持ちのレールカノンとロケットランチャーガンにGファルコンの火力を全力で叩き込んで沈める。

 息の合った連係プレイにガミラス艦隊はさらに浮足立つ。

 

 それを確認するが早いか、アキトはまた別の艦艇に目標を定めて最大戦速で急襲、今度は左手でハイパービームソードを抜刀し、装甲が比較的薄い艦底部に突き立てるように押し付ける。

 密着しなければ役に立たない剣状の武器ではあるが、ビームの収束率と突破力はバスターライフルを上回るだけに、僅かな抵抗で敵艦のフィールドを突破して装甲に突き刺さる。

 ビームジャベリンが通用した以上通用するとは思ったが、機体出力の差がもろに反映されたのか、こちらの方が突破が早い。

 粒子が激突する際に生じる熱と衝撃で見る見る内に装甲が融解して穴を開けていく。

 そのままでは致命傷を与えられないためビームソードを引き抜くと同時に左の拡散グラビティブラストを発射、追い付いた3機のエステバリスもダブルエックスに便乗して次々と砲火を叩き込んでいく。

 

 情け容赦ない攻撃に碌な抵抗も出来ずに破壊されたガミラス駆逐艦の残骸を尻目に、GファルコンDXとGファルコンエステバリス達は更なる獲物を求めてカイパーベルトの間隙を飛び回る。

 ついでにサービスとして右手のライフルをGハンマーに持ち替え、ワイヤーを伸ばした後機体をコマの様に急旋回! スラスターで加速したフィールドコーティング済みの鉄球を駆逐艦に叩きつける!

 棘付き鉄球は予想通りというかそれ以上と言うべきか、駆逐艦のフィールドをあっさり突破して装甲にめり込む。フィールドを解放してやるとその部分の装甲が拉げて開口部に変じる。

 容赦なくグラビティブラストを叩き込むと思った以上に手早く処理出来た。

 

 (……うん、使い難いけど対艦攻撃には使えるかもしれないな、これ)

 

 アキトは心の中のメモ帳にそう書き留めた。少しだけ、ウリバタケの評価を上向き修正しても良いかもしれない。

 

 でももっと使い易くて効果的な武器を作って欲しい(切実)。

 

 ネルガルがこの世に生み出した最強の人型機動兵器は、その称号に劣らぬ獅子奮迅の活躍を持ってガミラスを恐怖させる。

 まさに「機動兵器版ヤマト」の異名に恥じない、常識破りの活躍であった。

 

 

 

 

 

 

 予想を遥かに超えるGファルコンDXの戦闘力に顔面蒼白になったシュルツは、いよいよ最後の手段に訴える決意をした。

 

 (たかが人形と侮っていたが、あの新型は危険だ。まさか単独で我が軍のデストロイヤー艦に匹敵する戦闘能力を持っているとは……! だが、所詮は艦載機。母艦を失えば何も出来まい!)

 

 「ガンツ、最後の手段に出るぞ……体当たりだ!」

 

 「えぇっ!?」

 

 「ヤマトはここで潰さねばならんのだ! この命と引き換えにしても、デスラー総統に近づけるわけにはいかん!――ガンツ、生き恥を晒させるようで悪いが、お前は脱出してヤマトとその搭載機との交戦データを本国に伝えるのだ」

 

 シュルツの命令にガンツは反発する。

 冥王星基地以前から慕ってきた、共に戦ってきた上官に一緒に死なせてくれと切実に訴えたが、シュルツは頑として首を縦に振らなかった。

 

 「お前まで死んだらヤマトの脅威を伝えるものが居なくなってしまう――行けガンツ! 我らの戦いを無駄にするな!」

 

 敬愛する上官の檄に、ガンツは涙を溢れさせながら心からの敬礼を捧げ、脱出艇に走る。

 その姿を見送りながらシュルツは損傷が無く近くに位置していたデストロイヤー艦1隻に戦域を離脱してガミラス本星に戻る様に伝える。

 例え極刑に処されたとしても、データだけは渡すのだと言うシュルツの懇願に近い命令に、そのデストロイヤー艦の艦長と部下達も熱い涙を流しながら応え、屈辱に紛れてでもヤマトとの交戦データを伝えると確約する。

 

 まもなく、シュルツの乗る戦艦から飛び出した脱出艇が、離脱を受け入れたデストロイヤー艦に収納される。

 脱出艇を受け入れた後、その艦は速やかに反転してカイパーベルトを離脱していく。

 

 その姿を見送ったシュルツは、無線機を手に取って指揮下にある全ての艦、全ての部下に最後の命令を下す。

 

 「全艦に告ぐ。冥王星前線基地司令のシュルツだ。ヤマトはここから1歩も外に出すわけにはいかん。最後の決着をつけるのだ!――諸君。長い様で短い付き合いだった。これより、ヤマトへの体当たりを敢行する。これ以外に活路は無いのだ……諸君の未来に栄光あれ。冥王星前線基地の勇士達よ、覚えておきたまえ……我らの前に勇士無く、我らの後に勇士無しだ!」

 

 シュルツの最後の演説に全員が涙を流して震えていた。

 

 それは死ねと命令されたことに対する悲しみでも反発でもなく、祖国に殉ずるために全てを投げ出す覚悟を掲げ、我ら冥王星前線基地一同を最後まで大切に思ってくれたシュルツへの感謝、最後の瞬間まで付き添う覚悟、そして強敵ヤマトをここで葬り去り、祖国への脅威を取り除こうとするガミラス軍人としての誇りで、身を震わせていたのだ。

 

 「……さあ行くぞ! 全艦突撃開始!!」

 

 シュルツの号令でガミラス艦隊は砲撃しながらヤマトに体当たりすべく突き進む。

 そこに一切の恐れは無く、ただただ祖国への忠誠と、敬愛する上官を寂しく逝かせまいとする覚悟のみがあった。

 

 

 

 

 

 

 「艦長! 艦隊が真っすぐ突っ込んできます!」

 

 電算室でルリの補佐を務めていた雪が、ガミラス艦の行動を速やかに第一艦橋に報告する。

 

 「ルリちゃんリング解除! 大介君、身軽になったらすぐに回避行動に移って! 体当たりするつもりよ!」

 

 敵艦の動きからその目的を悟ったユリカがすぐに決断する。使い方次第ではとても有用なアステロイド・リングにも1つ弱点がある。

 ヤマトの全力機動に追従出来ないのだ。

 リング形成中は急激な機動をすると、追従出来なかったリングがヤマトに激突する危険性があり、リングを解除して身に纏っても、重量増加で機動力が落ちる二重苦を抱える、防御性能の向上と引き換えに機動性能を半減させる、防御特化の戦術なのだ。

 

 「了解、リング解除!」

 

 「了解、取り舵一杯! 回避行動に移ります!」

 

 命令を受けた全員の行動は素早かった。

 ルリはすぐにまだ残っていた岩石を敵艦隊の進路に向けて狙いも定めず放出、ハリは大介の操縦を補佐すべく電算室から送られたデータを頼りに敵艦の進行方向からヤマトを外すための行動プランを選出して送る。

 送られたデータを頼りにヤマトを操る大介、その行動を確実にするために機関コントロールに余念の無いラピス。

 全員が一丸となってヤマトを操る様は、まさに一個の生命体と言うに相応しい。

 

 

 

 ばら撒かれた岩石に激突したガミラス艦は、ヤマトという1点を目指していたが故にたちまち僚艦と衝突を繰り返して次々と沈んでいく。

 それは、単純に砲火で沈むよりも凄惨で物悲しい光景であった。

 

 さらに、ガミラス艦の行動を阻止すべくアキト達も決死の覚悟で敵艦の機関部を破壊した。

 ガミラス側も艦載機に構っている余裕が無いのだろう。対空砲火も疎らでヤマトに突っ込む事しか考えていない。

 

 そうやって熾烈極まる攻防で艦隊が壊滅していく中、シュルツの乗る戦艦だけはヤマトに肉薄することに成功する。

 

 

 

 

 

 

 「デスラー総統バンザァァァァイッ!!!」

 

 シュルツは仕えるべき主の名を叫びながらヤマト向かって突き進む。そこに死への恐怖は無い。ただただ祖国の脅威を取り除かんとする、戦士の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 「進! ロケットアンカー!」

 

 「はい! ロケットアンカー発射!」

 

 ユリカの命令に進は疑問を挟むことなく即座に応じる。彼女が何を狙っているのかを直観的に理解したのだ。

 

 進の操作で撃ち出された右舷ロケットアンカーは、ヤマトに突っ込もうとしていたシュルツ艦の横っ腹に苦も無く突き刺さる。

 アンカー自体に高密度のフィールドを収束させ、ディストーションアタックと同じ事をしたのだ。

 アンカーは命中と同時に内部でフィールドを解放して小規模な爆発を引き起こす。

 戦艦を動かすには非力なはずの1撃だが、ヤマトの回避行動を成功させるには十分だった。

 

 本来ならヤマトの右舷にぶつかる事が出来たであろうシュルツ艦は、僅かに軌道を逸らされヤマト右舷のコスモレーダーアンテナを2枚とももぎ取って、その下にあるマストウイングの先端や対空砲の砲身の幾つかをへし折る事には成功したが、ヤマト本体への追突は叶わなかった。

 

 そして、深く突き刺さったロケットアンカーの鎖が伸びきり、1度ピンッと張った後千切れる。

 その反動で姿勢制御を誤ったシュルツ艦は、空しく小惑星に激突して宇宙に散った。

 

 その爆発の光に垂らされながら、千切れた鎖を漂わせるヤマト。

 

 物言わぬ戦艦のその姿は、死力を尽くして向かってきながらも儚く散った強敵に対して、哀悼の意を捧げているような物悲しさがあった。

 

 小惑星に激突して宇宙に散ったシュルツ艦の姿を見送ったユリカは、ガミラスの残存艦艇が居なくなったことを確認した後、全乗組員に黙祷を命令する。

 

 「皆さん。彼らは地球を追い詰め、我々と砲火を交えた、紛れもない敵です――しかし、祖国の為、命を捨ててもヤマトを討ち取ろうとしたその忠誠心に、愛国心に、同じく祖国の命運を背負った戦士として、哀悼の意を捧げましょう……全員、黙祷!」

 

 誰もその命令に逆らうものはいなかった。

 確かに地球を破滅寸前まで追い込んだ怨敵ではあるが、最後の特攻の瞬間、確かに感じたのだ。

 祖国の為に脅威足りえるヤマトを何としても討ち取らんとする凄まじい気迫を。

 

 それは、自分達が地球を救うべくヤマトで戦う理由と……気概と同じだと。

 

 だから、ヤマトのクルー全員が死力を尽くして戦った冥王星前線基地艦隊の戦士達に心から哀悼の意を捧げ、その健闘と生き様を称える。

 

 護るべきモノの為に命を賭した、戦士たちの冥福を祈って。

 

 「黙祷、終わり!」

 

 傍から見れば敵対した兵士に対しても礼を護ったに過ぎない行為であった。

 

 しかし、ガミラス侵攻の事情を知らない大多数のヤマトクルーにとって、進達が持ち帰った地球人と変わらぬ姿を持ち、そして祖国の為に命を賭せるメンタルを持つ行動を見せつけたシュルツ達の姿は、同じメンタルを持つ“人”なのだと改めて認識させるのに十分過ぎるものだった。

 ユリカを始め事情を知る一部の者も、それは同じだった。

 

 そう、ヤマトクルーの意識を変えた。それは、シュルツが命と引き換えに成した、小さな……だが大切な一歩だったのである。

 

 

 

 弔いを終えたヤマトは、改めてカイパーベルトの小惑星に取り付いて資源の採掘と、傷ついた艦の修理作業に没頭する。

 念のためにと、なけなしの反重力感応基を使って再びドームを形成した。

 

 ヤマトの修理完了予定まであと25日。それが完了するまでは、ヤマトは太陽系に足止めを食らう羽目になった。

 

 それは、冥王星前線基地の執念と祖国への忠誠心が成した成果。

 ヤマトクルーは、その事を深く心に刻み、これからもあるであろう妨害を掻い潜ってイスカンダルに辿り着くと、気を引き締めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 太陽系に入り込んだガミラスの軍勢を辛くも壊滅させたヤマト。

 

 だが、その前途は未だ険しい。

 

 地球絶滅の危機を刻々と迎えている人類を救えるのは、宇宙戦艦ヤマト。

 

 その愛と知恵と勇気しかない。

 

 急げヤマト、その日まで!

 

 人類滅亡と言われる日まで、

 

 あと354日。

 

 

 

 第九話 完

 

 次回 新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ

 

    第一章 遥かなる星へ

 

    第十話 さらば太陽系! いつか帰るその日まで!

 

    全ては、愛の為に


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。