兄に治療してもらい、復活した私はまず水で口をすすぎ顔を洗った。話すべきことはあるのだが、このままだとホラーにしか見えないと思ったのだ。
「ゴ、ゴメンよ。説明してもらってもいいかな? 確かに心臓にナイフが刺さったと思うんだけど……」
彼らは様子をうかがっていたのだが、代表して入江正一が聞いてきたようだ。
「レディの扱いがなってないね! 男は黙って待つものだよ。サクラの声を聞いて安心したい気持ちはわかるけどね!」
なぜだろう。元に戻ったはずなのに、兄は大丈夫なのかと考えてしまう。
若干遠い目をしながら、私は口を開く。これ以上引っ張れば、トリカブトが仕掛けてくるだろう。
「チェルベッロ」
「はい」
「私達の失格負けだ」
驚いた声をあげたのは誰だろうか。複数いた気がする。兄は少し眉間に皺がよっていた。恐らく刺した記憶は残ってるので全て覚えてるのだろう。
「……説明してもらってもよろしいでしょうか?」
「ん。私達はルールを破り、途中からもう1人参加している」
「え? ど、どこ?」
ツナがキョロキョロし始めたので、幻覚で隠れているのと思ったようだ。
「フィールドには入ってないぞ。だが、私の治療――生命維持をしたんだ」
「……私達では判断ができません」
わからないなら、話さなくても良かったのかと一瞬だけ思ったが、兄と私はもう殺し合いが出来ないのでどちらが折れるしかないのである。それに降参が出来ない可能性が高いので、真実を話すのがいい。
「フミ子」
私の呼びかけに姿を現したため、この場にいる全員が驚いたようだ。まぁフミ子がリングに変わってるとは思わなかったのだろう。
「まさか、サクラ……」
「そう、お兄ちゃん達の研究を完成させたんだ。死ぬ気の炎の譲渡――つまり、匣兵器を使って私は生命エネルギーをもらって生きながらえた。もらった相手は観覧席にいるから反則負けってことだ」
こんな強引な手段だと思わなかったのだろう。彼らは言葉を失っていた。兄だけはいつも通りだった。
「よく頑張ったね、サクラ」
「ヒントがあったんだ。それに……お兄ちゃん達がほとんど完成させてたからだし」
兄に頭を撫でられたが、私1人では完成することは出来なかった。ヒントはもちろん、完成までもう一歩のところまで迫っていたのだ。なぜなら大きくなったフミ子は、生命エネルギーを譲渡することが出来るのだから。
死ぬ気の炎というのは生命エネルギーである。だから垂れ流し続けると下手をすれば死ぬ。兄はこう考えたのだろう。渡し続ければ生き続けるのではないのか、と。
問題は受け取ることが出来ないということだ。そこでフミ子という匣兵器を間に挟んで解決させた。しかしここで新たな問題が起きる。フミ子が治療すると、急激な晴の活性により身体がついていかず眠りに落ちる。その能力を改造させたので、生命エネルギーを渡しても眠ったままになってしまったのだ。これでは私を目覚めさせることは不可能だったため、兄は実行できなかったのだ。
本当に実行できなくて良かったと思う。渡し続けるということはフミ子に注入し続けなければならない。本来なら起きるはずがない私を無理矢理起こすのだから。つまり死ぬ気の炎を灯すことが出来なくなれば、私は再び倒れる。
ここで私は気付いたのだ。未来に来てすぐ、兄は私に何かあったときのために、生命エネルギーを譲渡していたことに。もし何かあって私自身が生命活動を停止しても、兄からもらった生命エネルギーで維持している間にフミ子が治療すれば死ぬことはないからな。
ただ、兄と別れてからボンゴレのアジトまで何分かかったのか。大量に死ぬ気の炎が流れている兄が注入したにも関わらず、フミ子は大きくなっていた時間は短い。普段のフミ子が2日ちょっと活動出来たことを考えると、効率が悪すぎるのだ。
目覚めれることが出来れば、果たして兄はどれだけ死ぬ気の炎を注入していただろうか。もし死ぬ気の炎を灯すことが出来ないほど消耗してしまった時、目を覚ました私を見てしまった兄は命を削ってでも炎を注入し続けるのではないのだろうか。
だから、誰も――10年後のディーノが使えないようにしたのだ。
そして医療が発達し、本来の方法で私が目覚めた時に、大空のディーノでも治療できるようにフミ子を改造し残そうとしていた。
「……知ってしまったんだね。サクラ、ゴメンよ。僕にはこの方法しか思いつかなかったんだよ」
「お兄ちゃんのバカ!」
「僕でもこれは少し胸にこたえるよ」
少しなのか。もっと反省しろ。言いたいことは山ほどあるが、我慢する。実行しなかったし、倒れた私も悪いのだから。
チラリとチェルベッロを見る。そろそろ決断してくれないだろうか。
「大丈夫さ。僕の計算では問題ない時間だよ」
ホッと息を吐く。観覧席から連絡を取れない状況では確認しようがなく、どれだけディーノが無茶をしたのかわからない。兄はそんな私の気持ちに気付いたのだろう。
「性能はあまり変わらなかったんだね」
「そうなんだ。その代わりに対のリングになってて、どちらかの生命エネルギーが切れかけると炎を吸い取るようになってるんだ。出来るだけ無駄な消耗は抑えれると思う。10年後の私には微妙だけど、今の私にはちょうど良かったから」
「元々、僕らは奇跡を起こそうとしていたからね。それが正しい進化だったんだよ」
「……ん。ただ、これを使うには互いとフミ子との信頼関係が必要なんだ」
他の人ではフミ子が拒絶するのだ。こっそり改造し、フミ子が身振り手振りで私に教えた時はショックを受けた。死ぬ気の炎がフミ子を経由して命を支えあうシステムなので当然のことかもしれないが、ディーノ以外が使えないとなると実行する気にはならなかったのだ。だから問いだされるまで黙っていた。
また私の気持ちを察したのか、兄がポンポンと頭を撫でる。
「僕のせいで辛い思いをさせてしまったね」
無言で首を振る。決めたのは私だ。
――お兄ちゃんが元に戻れたなら、それでいいんだ。
そう言葉にしたかったのだが、口には出せなかった。恥ずかしかったわけじゃない。怖くて言えなかったのだ。
「ボンゴレファミリーのルール違反により、勝者は――ミルフィオーレファミリーです!!」
チェルベッロの声で現実に戻される。
それにしても入江正一の過去の話を先に話してもらって良かったと思う。私のせいで話すタイミングが完全になくなったからな。
チェルベッロが宣言したため、観覧席でいた彼らが合流する。心配しているであろう彼らに手を振る。ディーノも思ったより元気そうで安心した。少し話したかったが、非常に残念なことに彼らが来たということは白蘭達も来るということである。
「いやぁ、予想外なことが多くてすっごく楽しめたよ」
パチパチと手を叩きながらやってくる白蘭はニッコリと笑っていた。激情するより怖く感じるのは気のせいだろうか。
「サクラ、僕から離れてはいけないよ」
兄の言葉に素直に頷く。多分私は1番白蘭の怒りをかっている。
「サクラちゃんが桂を元に戻すなんて思いもしなかったよ。本当に――」
私を守るために兄が前に出てるのだが、ガタガタと震えてしまう。見えていないのに、ネットリ絡み付くような視線を感じるのだ。
「僕達の愛は不変だからね。羨ましいと思っても君には一生経験できないことさ」
兄が前を見ていて良かった。私は多分泣きそうな顔をしている。
「でもまぁ君達の負けだよ。約束は守ってもらうよ。ボンゴレリングは全ていただいて、君達は――」
「待ってください! 白蘭さん! 約束なら僕らにもあったはずだ!」
「いや――」
「大丈夫! 僕に任せて!」
負けるのが正解と言ったので、入江正一は再戦できると思ってるようだ。止めようとしたが、元気いっぱいの入江正一は話を進めていく。……ああ、非常に残念なことになるぞ。
案の定、断られた。
「ええ!?」
断られるとは思わなかったのだろう。入江正一は驚いた声をあげた。
「……私が悪かった。チョイス自体が無効になるんだ」
「やだなぁ、サクラちゃん。大好きなお兄ちゃんが戻って、喜びすぎて妄想に取り付かれちゃったのかなぁ」
兄の後ろからちょっとだけ顔を出し、白蘭を見る。私の見せ場かもしれないが、怖くてこれ以上は無理なのだ。
「君ならわかるだろ。チョイスを無効に出来る人物が1人いることに」
「……姫」
いち早く彼女が現れたことに気付いたのはγだった。
彼女の歩みはとてもゆっくりだった。だが、誰も止めないし急かさない。それほど彼女が纏ってる空気は特殊だった。そんな中、γだけは彼女が止まるであろう場所の近くで膝をついていた。話したいこともたくさんあるのだろう。本当は抱きしめたいのであろう。それでも膝を突き、彼は待っていた。そのことに愛を感じた。
「遅くなりました」
「……問題ないぜ、姫」
交わした言葉は少ないのに、通じ合ってる2人はとても神聖で思わず見惚れてしまった。
「……何をしている?」
「今からでも間に合うと思うのだよ」
いきなり膝をついた兄はとても残念だった。
「……おかえり」
「待たせてしまったね、サクラ。本当にすまなかったよ」
「……ん」
兄のワガママに付き合ってあげた私は出来た妹だなと自身で思ったのだった。