ツナは現れた人物を見て、ホッと息を吐いた。それは相手も同じだったようで、ツナ達の顔を見ると警戒を解いた。
「……なるほどな。必要なピースはお前だったのか」
同じジッリョネロファミリーの自身が声をかけたとしても、スパナは動かなかっただろう。サクラがツナに任せたのも頷けた。
「え? 必要なピース?」
「この戦いでこいつを味方につけねぇと負けるって言ったんだよ。アイツが」
アイツと言われ、ツナはすぐにサクラを思い浮かべた。
「ツナがここに来ることになるのも知っていたのか」
「ええー!!」
リボーンの言葉にツナは声をあげる。先程はそうだったんだと納得しただけで、そのことまで気付いてなかったのだ。そしてあまりにも驚きすぎて、この場に居るはずもないリボーンと会話していることにも気付かない。
「騒ぐな」
「ひぃ!」
再びスパナに銃を向けられ、ツナは怯える。そしてその様子を見てゲタゲタと野猿が笑い出し、太猿に大声を出すなと怒られていた。
少し前と違い、温かい雰囲気が流れている。
改めてツナは実感する。サクラの言うとおりγ達を仲間にして正解だった、と。彼らはボンゴレ狩りを実行し、京子達にも手を出した。しかしそれは理由があったからだ。本来の彼らの性質は今のような温かいものなのだ。
サクラのおかげで気付けたとツナは思っているが、そのことをサクラが知ればそれは違うと断言する。サクラは知識があるからγ達を信用できた。それでもツナが居なければ味方にしようと考えなかっただろう。1度敵対した相手でも包み込むことができる大空のツナがいるから、サクラは安心して動けるのだ。
この温かい雰囲気が流れるのはツナが居て、初めて成り立つものである。新参者のγ達ですら気付き始めているにも関わらず、本人は全くわかっていなかった。
二手に分断されてしまい、山本とラルは話し合っていた。作戦通りに白い装置を目指すのは当然だが、サクラの話では未来が読めなくても幻騎士との戦いは避けられないと言っていたのだ。無鉄砲に飛び出すわけにいかない。さらに彼らはサクラ達と違い、研究所が近かったため、真っ先に動かされ床のズレが起こらなかった。正一の思惑通りに動かされたと思ってしまい、慎重に動く道しか残されていなかった。
「作戦を優先する。どちらかが研究所に辿りつけばいい」
「そこはみんな一緒なのな。オレ達は誰かを犠牲にして進むつもりはないぜ」
普段は天然の山本だが、ラルの言葉の意味を理解し反論した。それにサクラの話だと、幻騎士は10年後の雲雀より強いだろうと言ったのだ。1人も見逃すとは思えない。
「1人で勝てねーなら、みんなで勝つんだ。野球と一緒でチームプレイだぜ」
笑いながら話す山本をラルは観察する。
山本は修行の試験に合格した後、リボーンから告げられていたのだ。幻騎士には勝てない、と。もちろんそれをリボーンに教えたのはサクラである。そして、伝えるかの判断をリボーンに任せていたのだ。
基地に乗り込む前日に教えれば、士気が下がるのも理解している。強さを数値化しても伸び盛りなツナ達には関係ないというのもリボーンは理解していた。それでも伝えたのだ。
このままでは本当に勝てる見込みはゼロだと判断して――。
リボーンには剣士の世界がわからない。そのため精神や身体を鍛えることは出来るが、剣士として育てることは出来ない。手は全て打っておくべきなのだ。
「どれだけつえーのか、楽しみだな!」
「気を抜くな。行くぞ」
リボーンから話を聞いていたラルだったが、前向きな山本を見て大丈夫そうだと判断し歩みを進めたのだった。
そして2人は再び入江の研究所の近くまでやってきた。あっさりと来れたのは、サクラから1度目の地震では入江の研究所の移動はないと聞いていたからだ。さらに入江の匣兵器を知っていたため、感覚でどの方向に移動させられたのか覚えていたのだ。
余談だが、2人が気付いたということは、ディーノも当然移動されたおおよその位置もわかっていた。しかしそれでも困ったと思ったのは、完璧に移動が終わらなかったからである。ディーノ達がいるところは中途半端に移動しているので、進んだとしても行き止まりにあう可能性が高い。壁が壊れるならいいが、耐炎性の壁だと無理に突破出来ない。尚且つ、サクラがいるのだ。派手な行動をし、敵に気付かれたくないのもあった。もしサクラがルートを理解出来なければ、いったいどうなっていたのか。地図が必要といった言葉が頭をよぎるなというのは無理な話である。
その点、山本達は多少派手な行動をしても問題はなく、場慣れしているラルが先行し見に行くことも出来た。敵と出会わなかったのもあるが、サクラ達ではこうもうまくいかなかっただろう。
ここまで順調に進んでいた山本達だったが、とある部屋の前で足を止まる。濃厚な殺気が漂っていたのだ。
2人は顔を見合わせ、いつでも逃げれるように警戒しながら部屋を覗く。
「!?」
飛び出したのは同時だった。互いに出し惜しみもせず、仕掛ける。
ラルが霧ガントレットを使い、6本の炎の弾を撃つ。雲蜈蚣を使わなかったのは相手が手足れで、避けられる可能性も考え追尾機能のある方を選んだからだ。もちろんラルはこれが決定打になるとは思っていない。かすり傷を負わせれば十分だろうと判断している。ラルがこの技を使ったのは防御しなければならないからだ。炎を出すにしても、剣で斬るにしても僅かだが必ずスキが生まれる。もちろん幻騎士の足元近くにいる者に被害を出すようなヘマをラルはしない。
次に繋ぐ。
ラルは自身の戦い方を熟知している。自身が強力な一撃を放つよりサポートに回る方が勝機を見出せ、必ず山本が敵に突っ込むと判断したからだ。たった一瞬で、だ。
このラルによる判断力の高さのおかげで、山本は何もためらいなく相手の懐に潜ることが出来た。
鮫衝撃――。
山本はスクアーロの技を使った。時雨蒼燕流を使わなかったのは、スクアーロの言葉が浮かんだのも選んだ理由の1つだ。突っ込みながら相手が恐いと感じていたが、是が非でも勝たなければならないと思ったのだ。幻騎士の足元近くには仲間の獄寺が倒れているのだから。
剣が交わる音が響く。
獄寺に止めを刺すために近づいていたため、幻騎士は本物だった。雨の炎による沈静と技の効果によるマヒにより動きが鈍くなった幻騎士を、山本は斬り飛ばすことにした。このまま戦闘すれば、仲間に被害が及ぶ。
山本の攻撃の効果と自らの状況を察知したのか、咄嗟に幻騎士は剣を手放し、器用に足で掴み投げる。あっさりと山本に防がれていたが、沈静の効果で動きが鈍った攻撃が有効打になるとは幻騎士も考えておらず、距離を取ることを目的としていた。その結果、次に山本が仕掛けるにしても再び突っ込まなければならない位置まで下がった。
山本は追撃は出来なかったものの、獄寺を救うという本来の目的は果たすことができ、図らずも距離をとることが出来たのだ。その距離をいかせる技の燕特攻を放つ。
そして、山本が作ったスキをラルが見逃すわけもなく、距離をとった幻騎士に雲蜈蚣を使い、逃がさぬよう動きを封じる。
コンビネーションは最高だった。やはりラルのサポートが良く、山本がのびのびと動けたのだ。地味にサクラが個別に特訓する助言をしなかったので、ラルが山本の動きを良く知っていたのが効いていた。
何より、相手が強敵というのも大きい。本来の力より発揮することが出来た。
が、1つの判断ミスをしていた。
山本の初手は鮫衝撃ではなく、時雨蒼燕流・十の型、燕特攻を使うべきだのだ。
あの時、仲間の危機に雨燕を出す時間が惜しかったのもあるが、燕特攻の技の性質上、幻騎士の足元近くに居た、獄寺を巻き添えにしてしまうため出せなかったのが一番の原因だろう。
結果、山本の技は外れた。
厳密に言えば少し違う。雲蜈蚣に捕まえられていた幻騎士は本物ではなかったため、当たるはずもなかったのだ。
山本達は驚き、目を見開いた。
入れ替わったタイミングは予想できる。雲蜈蚣が転がってるところから見て、捕まえていた時点で幻覚だったのだろう。そして、鮫衝撃の攻撃は山本の感覚では本物だった。つまり後ろに回避した時に幻術で偽物と入れ替わったことがわかる。問題はいつ入れ替わったか、気付かなかったことだ。
ラルのゴーグルでも炎の気配を察知することが出来なかった。機器を騙すほどの腕だということだ。つまり幻騎士の幻術を見破るすべを山本達は持ち合わせていない。
ここで経験の差が浮き彫りになる。ラルは雲蜈蚣でシールドをはることが出来た。対して山本は必ず決まるという油断が僅かにうまれてしまった。
――爆音が鳴る。
幻騎士の幻海牛。
シールドをはったラルはなんとか防ぐことが出来た。山本はというと……。
「油断するんじゃねぇ……。野球バカ」
獄寺のSISTEMA C.A.I.のおかげで危機を回避することが出来た。獄寺は山本達が来る前に幻海牛を見ていたのである。なぜなら獄寺は至近距離で戦うことを避けたため、幻騎士が使っていたのだ。
少し時間をさかのぼる。
サクラの予想と違い、入江が先に幻騎士と遭遇させたのは獄寺達だった。なぜ彼らを選んだかというと、獄寺達の方が研究所に近かったからに尽きる。
入江も獄寺達より剣士の山本に幻騎士をぶつけたいと思っていた。しかし中途半端に移動したせいで、このままでは経験を積まずに研究所にたどり着いてしまう。元々獄寺達には別の相手をぶつけようとしていたが、それが叶わなくなったのもある。その知識がサクラにはなかったので、予想が外れたのだ。
恐らくサクラがこれを知っていれば、心の中で兄に対して文句を言い続けていただろう。もっとも、桂がもし怒られたとしても『それは、悪いことをしたね』とサクラの前で言っただろう?と開き直っていただろうが。
そんな経緯もあり、獄寺達は幻騎士と遭遇したのである。
前衛は了平、後衛に獄寺という形が自然と決まった。
以前誰とも組めなかったことで戦闘に参加出来なかったことがあったため、意外にも共闘することに獄寺の抵抗がなかったのだ。作戦会議でサクラが幻騎士を警戒し続けていたのもあっただろうが。
――戦いはすぐに苛烈になった。
了平はたとえ相手が剣の武器だとしても、高速治癒をフル活用し果敢に拳で攻め、獄寺も幻騎士の死角に周り多彩な技を繰り出したのだ。超攻撃タイプの2人が揃えば、苛烈にならないわけがない。
リングに差がある了平が幻騎士と渡り合えたのは、治癒の力があったのも大きいが、大技に頼らず細かく攻撃をし続けたからだ。もしここで大技を使えば、一瞬で幻騎士にやられていただろう。もちろんジワジワと削られていくことになるが、その分獄寺が生きる。SISTEMA C.A.I.は防御も出来るが、まともに剣士と戦うには相性が悪いのだ。了平が居なければ、恐らくすぐに決着がついていた。
そのことを理解していた了平が、幻騎士に幻術を作る時間を与えるはずもない。
体術に自身がある幻騎士でも、鍛えた肉体に自信があり、尚且つ怪我を省みずに着実に攻め続けることを覚悟した相手をすぐに倒せはしない。
そして獄寺の存在だ。霧の炎は硬度が低い。5つ波動を操る相手の技を片手間で防ぐのは困難だ。了平にぶつけ自滅してくれれば楽だったのだが、獄寺の攻撃は計算されている。当たるはずもない。もっとも了平の動きを計算できる獄寺だからこそ上手くいったのだろうが。
そこで幻騎士は幻海牛の匣を使ったのだ。幻術で隠すことは出来なかったが、獄寺の攻撃回数を減らす効果はある。
この勝負は時間との戦いだった。了平が倒れるまでに決着をつければ、獄寺達の勝利である。
そして僅かな差で獄寺達は負けたのだった。
獄寺達は負けてしまったが、山本の危機を救えたのは匣兵器の存在を知るまで追い詰めたからだ。そして獄寺が怪我を負いながらも再び起き上がることが出来たのは、ほとんどの時間を了平が幻騎士を引き受けたからだろう。
といっても、状況は悪い。
幻騎士を倒すには幻術をどうにしかしなければならない。そしてそれを防ぐ手段はないといっていい。怪我を省みず鍛え抜かれた肉体で戦える了平や、10年後の雲雀のような処理できなくなるほどの技術・強さに、まだ山本は達していない。戦い続ければその領域に辿りつくポテンシャルがあるが、獄寺達との戦いで幻騎士は幼いといって侮ったりはしない。ラルの呪いが影響なく、獄寺も元気ならば可能性はあったかもしれないが。
原作より命の危機が迫っていた。
たった一人の男の存在で勝機が見えない。敵ながらあっぱれである。
そんな圧倒的不利な状況の中、場違いな獣の鳴き声が聞こえ始める。互いに警戒を怠らず、発信源に目を向ける。
カンガルーの中からそれは現れた。
「瓜……なのか?」
ボロボロになった獄寺を守るように現れた一体の豹。
了平がリングの差で倒しきれない可能性を考え、漢我流で瓜を成長させていたのだ。
幻騎士にむかって唸り声をあげる瓜。山本達はほんの僅かに見えた勝機にかけたのだった。
今の私の腕で書いた精一杯の戦闘描写でした。