悪いことをしているわけではないが、キョロキョロと周りを見渡し部屋に入る。いつもならディーノの近くに居ることにしているが、今日は別行動である。
彼は今、沢田綱吉の試練に付き合っている。私はあれを間近で見る勇気がなかったのだ。他にも私がそばに居れば、ディーノが強くなってしまうので、試練の妨害をする可能性もあるしな。
「……困った」
しばらく機械と睨めっこしていたが、操作方法がよくわからない。まず、電源を入れるのはあってるだろう。その後がサッパリである。もうスタートボタンを押してもいいのだろうか。
「どうしたの?」
声をかけられ、咄嗟に持っていたものを身体で隠す。
「いや、その……」
挙動不審だったと思うが、笹川京子はずっと私の言葉を待っていたので観念し、隠したものを笹川京子に見せる。
「大丈夫だよ。みんなのと一緒に洗えるよ」
なぜか悪いことをして汚してしまった物を恐る恐る差し出してる子どものような気持ちになった。……そうじゃないのだ!
「その、自分で洗って返したいんだ……」
キョトン?というような表現がしっくりくるような表情を笹川京子はしていた。ちなみに私はそれをみて視線が泳いでしまった。
「手洗いしよっか」
「……手洗い?」
「うん。手で洗うんだよー。簡単だよ?」
簡単という言葉に飛びついて、私は首を縦に動かしたのだった。
笹川京子が「ちょっと待ってね」と声をかけたので大人しく待っていると、三浦ハルとイーピンがやってきた。なぜ人数が増えたのだ。簡単と聞いたはずなのに不思議である。
「ハル達も一緒に頑張りますよー!」
今日の洗濯物のタオルを手洗いすることになったらしく、気合をいれた三浦ハルを横目に、私は笹川京子の指示を待つ。
「汚れが取れにくいかもしれないから、ちょっとつけよっか」
洗剤が入った水にしばらくつけておくらしい。ジッと見つめているのもどうかと思ったので、三浦ハルの手伝いをした方がいいのだろうか。イーピンも頑張ってるが、泡だらけになってるしな。声をかけよう。
「はひ! 手伝ってくれるんですか?」
「……練習」
私の言葉に彼女達がクスクスと笑い出したので、誤魔化したのがバレているようだ。
彼女達にはアイロンの仕方まで教えてもらったので、無事に任務が達成した。もっとも、本人に返すという1番の難所が残っているが。……ポケットに入れておこう。
ドクン――。
急に心臓の音が大きく感じた。1度ではない、継続している。
……気持ち悪い。
壁に手をつき、ゆっくりしゃがむ。深呼吸した方がいい気がする。
「サクラ!?」
沢田綱吉の声がする。ドタバタと駆け寄ってくる音が聞こえたと思うと近くで止まった。すると、背中をさすってくれた。少しずつ楽になる。
「悪い、助かった……」
「本当に大丈夫?」
心配している沢田綱吉を安心させたいが、無理はせずに休むことにしよう。1人で部屋に戻ろうとしたが、彼は送ると譲らなかったので甘えることにした。
彼と会えたということは、試練は無事に終えたのだろう。しかしそんな言葉を話す余裕も無かった。
部屋に入ると転がってるディーノが居て、久しぶりにドジを発動しているのを見た、とのんきに思った。もっとも私を見たので、彼はすぐさま復活するだろうが。
「悪い、ちょっと気持ち悪い……」
ディーノが起き上がったのを見て、私は意識を手放した。
「いやあああ!!」
悲鳴をあげ、起き上がる。
「大丈夫か!?」
カーテンが開くと、ディーノとリボーンの姿があった。2人とも寝巻き姿だったので、もう夜中なのだろう。どうやら私の悲鳴で起こしてしまったようだ。息を整えながら、心配している2人に声をかける。
「……怖い夢を、見ただけ」
「何をみたんだ?」
リボーンに聞かれたが、首を横に振る。忘れたわけじゃない、言いたくないのだ。
「誰かに話した方が楽になるって言うだろ?」
「……私が死ぬ夢を見ただけだ。シャワー浴びてくる」
彼らの声が詰まったスキに早口で言い。私は部屋を出たのだった。
歩きながら先程の夢を思い出す。本当に嫌な――ありえない夢を見た。
「お兄ちゃん……」
頭を横に振り、考えを打ち消す。早くシャワーを浴びて、忘れよう。そう心に決め、私は早歩きしながら向かったのだった。
シャワーから戻ると2人は起きていた。心配したのだろう。申し訳ない気持ちになる。
「ただの夢だから」
「詳しく教えてくれねーか?」
リボーンの言葉に首をひねる。なぜ詳しく話さないといけないのだろうか。本人が大丈夫だと思ってるんだぞ。
「頼む」
しかし、ディーノが真剣に言ったので諦めて口を開く。私の話を聞けば、ありえないと思うだろうからな。
「お兄ちゃんに刺された」
淡々とした口調で話したつもりが、彼らは妙に真剣なオーラが漂い始めた気がする。……これは夢の話だぞ。
呆れながらベッドに入れば、ディーノがもっと詳しく話してくれと言う。溜息を吐きながら話す。今日は妙に眠いのだが。
「夢だから場面が飛ぶぞ。景色は洋風な感じだったから、日本じゃない気がする。ディーノが居たと思う。その次にはミルフィオーレの本部っぽいところに居た。で、兄がいたから駆け寄れば刺された。……そうそう、白蘭のニターと笑った顔を見たから飛び起きた気がする」
そうだった。あまりにも兄に刺されたことがありえないことだったので、いつの間にかそっちに意識を向いていた。私は白蘭のニタッとした笑いに嫌悪感を抱いて起きたのだ。なぜ忘れていたのだろか。あれほど気持ち悪くなる笑い声はなかった。
「ん……?」
「他にも何かあるんだな」
「大したことはないぞ。声がなかったのに、白蘭の顔を見たときは笑い声が聞こえたな、と思って」
それに妙に頭に響いた声だった。今思うと、白蘭の顔より声に嫌悪感を抱いたのかもしれない。
「違う。あれはあいつの声か」
白蘭の声と思っていたが、雲戦で見た変な男の声だった。あの男は妙に存在感が薄い。いや、認識すれば誰よりも濃いのだが。事実、すぐに思い出せなかった。
「あいつって誰だ?」
「イレギュラーな存在。多分、あいつのせいで私が存在している気がする。『素晴らしい愛だ。精々、楽しむがいい』って言われたしな」
「なんでそんな大事なことを黙っていたんだっ!?」
あの時、あいつの存在に気付いたのは私だけだったしな。雲雀恭弥は見えなかったと思うし。言い訳は出来るが、私のためにワナワナと震えているディーノを見て、すぐに話せば良かったと反省した。
「ディーノ、落ち着け」
「……っ。そいつについて教えてくれ」
教えるほどの内容もないが、私が知っていることを教える。
「――という感じで、あれほど印象に残っていたのに、夢を見るまで忘れていたんだ」
私の話を聞いて2人は悩みだした。恐らく雲戦の時に彼らも気付かなかったため、難しい問題になってるのだろう。
「そいつは何もしてこなかったんだな」
「ん。声だけ」
そうなのだ。あれほど恐怖を覚えたのだ。あの男が何かすれば簡単に原作が崩壊するはずだ。気になるといえば、私が嫌な夢を見る時は必ずあの男がいる。
「サクラ、体調がわりーのに遅くまで悪かったな」
やっとリボーンが私に気を遣ったようだ。さっさと眠りたかったので助かった。
「ん。おやすみ」
再びカーテンを閉め、今度こそ寝ることにする。布団に潜った時にはまだ薄く明かりがついていたので、2人はまだ起きているつもりかもしれない。そう思いながら、私は眠りに落ちた。
……が、悪夢を見続け、私は数時間おきに飛び起きることになった。
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鼻歌を歌い、どこか機嫌の良さそうな白蘭にレオナルド・リッピに憑依している骸は話しかけられた。
「……は?」
「だからさ、彼は取り扱いが難しいんだ」
「元、第14チリエージョ隊の神崎桂氏のことでしょうか?」
「そうだよ♪ 彼って強いし、頭もいいでしょ? 操り人形にするにはもったいなくてさー」
骸は白蘭に返事をせず、よくわからないという顔をする。資料を見れば、妹を人質にとったことで桂は操り人形になっているとしか思えないのだ。
「今の彼はまだ意思を持ってるからね」
つまり白蘭は桂がもし力がなく頭が悪ければ、ユニのように扱うつもりだったということがわかる。もっともその場合では目をつけられることもなかっただろうが。
「壊し方を間違うと面倒なんだよねー。だからさ、彼が基地に来た時は真っ直ぐ僕のところに連れてきてね。これは命令だよ♪」
「それは……!」
反対意見を出す間もなく部屋を出ていく白蘭を骸は慌てて見送った。
ディーノの生存情報が流れたと同時に姿を消していた桂が、動き出した。なぜ数日たった今、動き出したのかはわからない。
考えられるとすれば、今じゃなければならなかった――。
しかし、それは憶測にすぎず、もっとも重要な理由が不明だ。
骸は少し悩んだが、桂のことは放置することにした。桂を助ければ、自身の計画が崩れる可能性が高い。この選択が後に自身の計画を潰すことになると気付かずに――。