賑やかである。
笹川京子達が来るだけでこんなにも変わるとは思わなかった。ラル・ミルチが苛立ち面倒をみようと思ったのもわかる気がする。まぁこれでもカレーの鍋を焦がすのは防いだのだが。
「サクラちゃん、どこに行くんですか?」
「……私にしか出来ないことをしようと思って。だから家事は君達に任せたい」
彼女達が頷いたので私は部屋を出ることにしたが、足を止める。
「どうしたの?」
「手を出してくれ」
ポケットに入っていた飴を彼女達に全て渡した。ランボに目を向けながら、驚いている彼女達に説明する。
「少ないけど、ないよりはましだろ」
「すっごく助かりますー」
「それで全部だから」
「わかった。でも、全部もらっていいの?」
頷く。私は我慢出来るし、私がランボに渡す機会が少ないしな。すると、彼女達はもう1度私に礼を言った。本当に助かったのだろう。普段の行いが少しは役に立ったと思いながら、今度こそ私は部屋から出たのだった。
用意された部屋に戻り、自己嫌悪に陥る。
私は沢田綱吉が怪我をして戻ってきたことに安堵した。
間違ってはない。原作通りの未来に進んでるということだからな。だが、正しいというわけでもないだろう。
これ以上考え込むと危険な気がして、ベッドに寝転ぶ。バラの匂いがする。枕元に花を飾ったのは私なので、匂いがするのは当然と言えば当然なのだが。枕を探り、兄から預かった袋を覗く。
「どういうつもりで渡したんだか……」
袋の中には匣兵器があったのだ。兄はパンダを出した時に『この匣も渡しておくから、炎を注入してもらうといい』と言った。そう、『この匣も』と言ったのだ。つまり兄は間違って渡したわけではないということだ。
沢田綱吉に頼めば開けれるかもしれない。リングのない私がこの匣兵器を持っているよりは有効活用できるだろう。しかし、私はこれを彼に渡すつもりはなかった。渡したくなかったといった方が正しいかもしれない。
悩んだ末、ポケットに空きができたので、そこに入れておくことにした。
作業が終わり机に突っ伏す。肩がこった気がする。少し身体を伸ばしているとノックの音が聞こえた。「開いている」と声をかければ、顔を覗かせたのは沢田綱吉だった。
「晩ご飯、食べない……?」
もうそんな時間がたったのか。どうやらかなり集中していたようだ。慌てて机の上を片付ける。
「悪い、待たせた」
「何してたの?」
「出来るだけ君達が怪我をしないように、と思って」
「え?」
「……肩、痛むか?」
原作と違い、彼は三角巾で固定していない。兄の匣兵器のパンダが治療してくれたのだ。それでもしばらくは無理に動かさない方がいいらしいが。それに、ほぼ治ったといっても怪我をしたことには変わりない。
「大丈夫だよ! もう普通に動かせるし!!」
必死に元気とアピールする沢田綱吉に「傷が開くぞ」と苦笑いしながら注意する。どこかホッとしたような沢田綱吉の様子を見て思う。原作では彼は自身のことでいっぱいいっぱいだったが、兄のことを聞いたため、私の心配をしているようだ。
私のことに気を遣えば、ディーノのようになる――。
そう注意しようとしたが、言えなかった。口に出すのが辛かったのだ。
――――――――――――――――――
ツナは朝からトイレの場所を探していると、リボーンとジャンニーニが居た部屋にたどり着く。彼らの話によると外にはミルフィオーレのブラックスペルが大量にいるということだった。
突如、機械音が鳴り響く。救難信号をキャッチしたのである。画面に映ったのは雲雀が飼っているヒバードだった。このヒバードには発信機がつけられていたのだ。
音を聞きつけ、次々に人がこの部屋に集まってくる。その時、弱まっていた発信機の信号が並盛神社で完全に消滅する。外に敵がウジャウジャいるが、唯一の雲雀の手がかりになる。このまま指をくわえているのはもったいない。
「……サクラはまだ寝てるのか?」
ふとリボーンが口にする。この騒ぎにサクラが現れないこと疑問に思ったのだ。
「あの……」
恐る恐る声をかけた人物に一斉に目を向ける。注目されたことで再び口を開こうとすれば、大きな声がさえぎった。
「ツナさん! 大変です!」
さえぎったのは慌てて走ってきたようで息を切らした三浦ハルだった。
「京子ちゃんがいないんです!!」
「そこにいるだろうが」
「はひ? 京子ちゃん!!」
獄寺の呆れたツッコミだったが、京子の姿を見つけて歓喜する。
「良かったですー! 置手紙があるから心配しましたよー」
「ごめんね、ハルちゃん。お兄ちゃんが心配で……でも、外に出る前にサクラちゃんに止めらたんだ」
「そうだったんですかー」
ほとんどの人物が2人の会話に違和感を持たなかったが、リボーンがあることに気付く。
「京子、詳しく話せ。京子は外に出ようとしたのか?」
あまりにも真剣なリボーンの様子に京子は足元に視線落とす。迷惑をかける行為だったと自覚しているのだ。
「み、未遂だったんだし……そんなに怒らなくても……」
「ありがとう、ツナ君。でも、私が悪いの。……ごめんなさい。私、どうしてもお兄ちゃんのことが心配で外に出ようとしたんだ。でも出来なかったの。サクラちゃんに気付かれちゃって扉の前で声をかけられて怒られたの……」
ツナはそこまで京子が追い詰められていたことを気付かず、驚く。そして、サクラが止めてくれたことに安堵した。
「京子を止めた後、サクラはどうしたんだ?」
「えっと、私が出ようとした入り口は壊れてるから、簡単に出れるんだって。だから私が出ないように見張ってるから、リボーン君にこれを渡してって」
京子の手には手紙があった。リボーンはすぐにそれを受け取り、一般人の京子達を部屋から追い出した。嫌な予感がしたのだ。
「……おめーら、まずいことになったぞ」
手紙を読み終えたリボーンが呟いたことで、彼らは疑問を浮かべる。
「サクラが外に出た」
「ちょ、どういうことだよ!!」
「ジャンニーニ、1つだけ出入り口が壊れてるんだろ?」
「……は、はい。先程まで私もすっかり忘れてまして……D出入り口の内側からのロックを修理中でした……。調べた結果、開いた形跡が――」
驚いているツナ達をラル・ミルチは一括で静まらせ、リボーンに確認した。サクラは裏切ったのかと――。
「裏切ったとか何だよ! そんなことより、早くサクラを見つけないと!」
「相手に渡る前に急いで見つけなければという意味では沢田と同じ意見だがな。それほどあの女は危険だ」
口論になりそうだったが、リボーンからの殺気で静まる。場が落ち着いたことを見計らい、リボーンはツナに声をかける。
「ツナ、サクラは不完全だが未来がみえる」
「え……?」
「恐らく今回はその力をつかって外に出た。サクラにはどの扉が壊れてるかはわからなかったが、京子が出る扉が壊れてるというのはわかっていた。だから京子の後をつけた」
リボーンの推測どおり、サクラの知識ではD出入り口の扉が壊れてることはわかるが、正確な場所はわからなかった。場所を確認するのは怪しまれる行為になるため、京子の後をつけたのだ。
「この手紙にはヒバードの救難信号の意味が書いてあった。他にもおめーらが強くなるためのアドバイスもあった」
ツナは息を呑む。昨日の夜にサクラが何をしていたのか聞いた。その時に、ツナ達が怪我をしないようにと言っていたのだ。恐らくその手紙を書いていたのだろう。つまり、その時から外に出る気だったということだ。
「ちょっと待ってください! あいつはボンゴレ狩りが起きる未来がみえていたのに、オレ達に黙ってたってことスか!?」
「獄寺、落ち着けって」
「これが、落ち着いていられるかよ!?」
「……サクラがみえる未来では、サクラとおめーらとは一緒にいねーんだ。おめーらも心当たりあるだろ。おめーらと距離を置こうとしていたことに……。あいつはわかっていたんだ。おめーらと一緒に居れば、未来がかわる。それはいい方向にとは限らねぇ。実際に10年後のサクラはミルフィオーレに捕まっていた」
ツナは思いだす。気付けば、距離が開いていた。仲良くなってからも、いつの間にか距離が出来そうで必死になったことを――。
「サクラは……苦しんでたの……? どうして、どうして教えてくれなかったんだよ!! リボーン!!」
「オレもディーノも、サクラを泣かせた。そんなつもりはなかった。何をきっかけに追い詰めるかわからなかった」
リボーンは悩んだ末、精神安定剤を投与したことを話さなかった。そこまで話してしまうと、ツナ達が立ち直れるかわからないと判断したのだ。
「サクラはおめーらに生きてほしいと思ってる。外に出たのは恐らく誤差を減らそうとしたんだろう」
「誤差……?」
「サクラが関わったことで、確実にずれているとわかることがあるからな」
「神崎、桂――」
先程まで黙っていたラルが口を開いた。もし今までの話が本当だとすれば、神崎桂がミルフィオーレにいるのはサクラのせいである。サクラのために桂は入隊したのだ。確かにサクラなら止めれる可能性はある。だが、ボンゴレアジトにサクラを避難させたことを考えると止めれる可能性はかなり低い。
「……助けなきゃ! これ以上苦しめちゃダメだ! オレ達が強くなればいいだけなんだ!」
ツナの言葉に獄寺と山本は頷いた。
「なら、急ぐぞ。サクラが無茶する前に……!?」
リボーンが気を引き締める言葉をツナ達にかけたとき、再び緊急信号の機械音が響き渡ったのだった――。