『サクラがうまれて本当に良かったよ』
『……そうね。あのままお兄ちゃんが成長すれば、心配だったもの。サクラちゃん、ありがとうね』
小さい頃、頭を撫でられながら両親によく言われた。意味はわからなかったが、褒められてることだけはわかった。
『サクラ! 今度はあれで遊ぼう!』
『お兄ちゃん、待って!』
兄に誘われ、両親から離れる。兄は私が来るまでずっと待ってくれた――。
目を開ける。懐かしい夢を見た気がする。
「良かった! 目が覚めて!」
ぼんやりとしながら、声をする方を向けば沢田綱吉がいた。
「夢――じゃないか」
沢田綱吉の後ろに10年後の山本武が居るのを見て、あれは現実だったと理解する。恐らくここはボンゴレアジトだろう。クロームが運ばれる部屋に似ている。
周りを見渡すとバラの花と袋、匣兵器がベッドの横に置いてあった。あのパンダは私を運んだ後に戻ったのだろう。と思ったが、私のお腹近くでモゾモゾと何かが動くので布団をめくれば、50cmほどのパンダがいた。……小さくなってる。
「そいつはおめーを運んだ後に縮んだぞ」
私の疑問に気付いたのか、リボーンが教えてくれた。しかし、そんな匣兵器があるのかとツッコミしたい。まぁこの時代でも匣兵器はよくわかってないことなのだ。気にするだけ無駄だろう。
「神崎、桂に会ったのか?」
10年後の山本武に聞かれたので頷く。彼は何があったのか知ってるはずだ。
「てめぇ! いい加減にしろ!!」
怒鳴る声が外から聞こえたと思えば、扉が開いた。そこにはラル・ミルチと焦ってる様子の獄寺隼人がいた。
「どけ。この女を生かしておくのは危険だ」
ラル・ミルチが私に武器を向ける理由を察してしまった。乾いた笑いが出る。全部私のせいだ。
少し考えれば、すぐわかることだった。私は兄がミルフィオーレにつくための人質だ。あの扉の問題は全て『サクラちゃんクイズ大会』に出題されたものである。以前、その大会の存在を知った私が興味本位で聞いて、記憶が残るほど兄に熱弁された。私から話題を出したため、あまりにも嬉しそうに話をする兄を止めることが出来なくなったのだ。だから、私はスラスラと答えることが出来た。兄は必ず答えれるだろう。本当に皮肉な話である。
「今ならまだ間に合う。殺せ――」
次に気付いた時には頬に痛みがあった。目を見開く沢田綱吉を見て、驚いてるのは私だけじゃないらしい。私を殴った男は一言だけ呟いた。
「周りをよく見ろ」
言われたとおりに見渡す。沢田綱吉達の心配そうな顔を見て、少し冷静さを取り戻す。そして、私の頬にパンダが触れるのを感じ、抱きしめる。パンダの目が悲しんでるように見えたのだ。その目が兄を思い出させた。抱きしめていると、頬に触れたパンダの手が暖かくなる。兄の炎は晴だった。治療しているのかもしれない。
「もう大丈夫。ありがとう、リボーン」
嫌な役だったと思う。女性に優しいリボーンが叩かなければならないほど、私の発言は彼らを動揺させるものだった。もちろん私の心配をしているのもあるが。
「ラル・ミルチ。さっきのは前言撤回させてもらうぞ」
「……どうしてオレの名を知っている!!」
「コロネロと反応が似ているな」
すぐに武器を構えるところや怒るところなんてそっくりだ。私が1人で感心しているとリボーンが同意した。沢田綱吉達はなぜコロネロの名前が出たのか疑問に思っているようだが、スルーすることにした。今すぐ重要なことではないからな。
「守護者を集めることは話したのか?」
「ああ」
つまり、ボンゴレ狩りのことを知っているのだろう。沢田綱吉達がアジトにいる時点でも思ったが、私は随分と眠っていたようだ。
「話は明日でも出来る。君達もゆっくり休め。いろいろあったんだろ?」
「で、でも……!」
心配そうな顔をする沢田綱吉に苦笑いする。まだ先程の言葉を気にしているらしい。しょうがないので、デコピンをお見舞いした。
「うわっ!?」
「10代目!? 神崎、てめぇ!」
急にデコピンされショックを受けた沢田綱吉と怒る獄寺隼人を見て、いつものように思えた。もう大丈夫だろう。
「サクラの言うとおりだ。おめーら、今日はもう寝ろ」
リボーンの後押しが聞いたようで、彼らはしぶしぶ眠ることにしたようだ。だが、部屋に出て行こうとしたはずの沢田綱吉が急に振り返り私を見た。
「神崎さんはオレ達と違って、誰かに10年バズーカを当てられてこの時代に来たんだよね? その、助けてって――」
驚いて沢田綱吉の顔を凝視する。そして、彼らと家族を天秤にかけたことを思い出し、顔を伏せる。目を合わせることが出来なかったのだ。
「や、気にしなくていいよ! 覚えてないのなら、しょうがないし!」
彼は私の反応を見て、手がかりがわからないことに落ち込んでると思ったようだ。違うのだが、否定せずに頷くことにした。しばらくの間、沢田綱吉はオロオロしていたが、リボーンに蹴られたため出て行った。
顔をあげ、もう1度まわりを見渡す。私が沢田綱吉達に眠れと話題を出した意味に、彼らは察しているようだ。
「兄がミルフィオーレについた理由は見当がつく。だからこそ知りたい。私の身に何があったんだ」
「待て! お前の知ってることを先に吐け!」
山本武を見ていたが、ラル・ミルチに顔を向ける。私を警戒しすぎの彼女を見て苦笑いが出てくる。彼女の反応が普通なのだろう。沢田綱吉達が特殊すぎるのだ。
「全てを話すことは無理だ。理由は君達のため」
「ふざけるな!!」
これでは話が進まないと肩をすくめ、リボーンに助けを求める。
「サクラはオレ達が未来に行くことを知っていたのか?」
「知っていたといえば、君は怒るか?」
「オレを見くびるんじゃねーぞ」
リボーンの反応に私は吹きだす。リボーンの質問は私が知っていたと確信していた気がした。だから私は質問し返したのだ。すると、まさかこんなにも男らしい返事がかえってくるとは思わず、吹きだしてしまったのである。
私達の会話に驚いたのはラル・ミルチだけじゃなかった。どうやら10年後の山本武も私のことを知らなかったらしい。
「未来がみえる力があるわけじゃない。でも、知っている未来がある」
「本当か……? 神崎」
「この状況でウソをついてどうするんだ」
山本武に呆れたように言えば、「それもそうだよな」といい、笑った。10年たっても彼の雰囲気は変わっていない気がした。
しかし、私の発言で怒る人物がいた。やはり沢田綱吉達が特殊すぎるのだと再確認した。
「ラル、落ち着け」
「お前らはなんで落ち着いているんだ! こいつはこの状況を知っていて黙ってたんだぞ!!」
「サクラの力は家光も知っていた。それに――……」
ラル・ミルチは家光が知っていたことにも驚いた。が、その後にリボーンの続けた言葉を聞いて、呆気にとられている。
「彼女が驚いて声も出せなくなったぞ」
「サクラはオレ達の呪いがとける未来にいきてーと思ってるのは事実だからな」
間違ってはいないが、溜息が出る。肝心なことを話していないのだ。
「私が知っている未来では私が存在していない。それと、私が呪いを解きたいと思ってるのはこの時代の君達じゃなく、10年前の君達。理由は罪悪感がうまれるから」
「ってことは、この時代はその呪いっていうのを解くのが無理なのか?」
10年後の山本武はリボーン達の呪いを知らないらしい。この時代に来たことで知ったのだから、当然かもしれない。笹川了平すら話してもらえなかった内容だしな。
「いや、可能性はある。この時代には匣兵器があるからな」
ボンゴレリングはないが、予備の炎を蓄える匣兵器があるのだ。出来なくはないだろう。
「だから私は知りたいんだ。私の身に何かあったのか」
「わかった。オレが知っていることを話すぜ」
話が戻ったことに安堵する。呪いを解くために知りたいというのはウソではないが、一番ではないのだ。そのことに罪悪感を覚えながら、私は山本武の話に耳を傾けたのだった。
話を聞いたが、山本武も詳しいことを知らなかった。私はリング争奪戦後に姿を消したらしい。だが、律儀に月に1度は手紙と写真を送っていたようだ。そういえば、10年後のイーピンが「お久しぶりです。お元気でしたか?」と私に聞いたことを思い出す。ランボが私を見ても泣き出さなかったのは、手紙が届いてるためそこまで心配していなかったからだった。もっとも、手紙から私の居場所を調べてはいたが、見つけることができなかったらしいが。
そして、兄は私を探す旅に出ていたようだ。
「オレも詳しくはわからねぇんだ。だけど多分、神崎のことはディーノさんがずっと前から知っていた」
「ディーノが協力してたってことか……」
リボーンの呟きになるほどと納得した。お人好しのディーノのことだ。私が何も話そうとしなくても手を貸してくれたのだろう。
「ああ。それに、オレ達が神崎の行方を知ったのはディーノさんからの連絡からだ」
「なら、ディーノと連絡を取ってくれ」
今、彼は第14トゥリパーノ隊と戦っているが、話ぐらいは出来るだろう。詳しいことは彼が来てからでもいいしな。
「…………」
山本武の返事がなく、首をひねる。
「ボンゴレ狩りが起きてるのは知ってるが、連絡ぐらいは取れるだろ」
何か迷ってる様子の山本武を見て、アジトが危険になると判断したなら無理にしなくてもいいかと思い始めた。私の行方を知った後からの方が問題だと思うしな。
「後で合流するはずだから、その時に聞く。話を進めてくれ」
ディーノは沢田綱吉達の修行を見なければいけないので、時間があるかはわからないが、何とかなるだろう。
「――神崎、話は出来ないんだ。キャバッローネは壊滅した……」
「は?」
山本武の顔をジロジロと見る。何を、言ってるんだ。
「お前の兄が殺したんだ」
混乱する頭の中で、ラル・ミルチの声だけがはっきりと聞こえた。