クラスメイト K [本編&おまけ完結]   作:ちびっこ

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別離

 息を潜めながら、頭の中で入江正一に文句を言い続ける。

 

 指示通り動き、私は待ち合わせ場所の森の中に無事たどり着いた。が、しばらくすると現れたのは、ボンゴレ関係者ではなく、ミルフィオーレだったのだ。

 

 今はなんとか隠れてやり過ごしているが、私は木に埋もれるようにしゃがんでるだけなのだ。いつまで持つだろうか。誰でもいいから早く迎えに来てくれ。

 

 ガサリという音が背後の方から聞こえる。頼むから味方であってくれと願いながら、恐る恐る振り返る。目があった人物を見て、私は声を出すことが出来なくなった。しかし、それはお互いのようで時間にしては数秒だと思うが、見つめあった――。

 

 先に現実に戻ったのは相手のようで私の目の前に一本バラの花を差し出して言った。

 

「僕たちの出会いの記念に――」

 

 当然、私はそれを無視し受け取らない。私は他のことに頭がいっぱいなのだ。

 

「出会ってすぐに伝える言葉じゃないかもしれないが、僕は運命を感じたんだ」

 

 なぜ入江正一と同じ服を着ている。まだ黒の方ならば、理解できたかもしれない。いや、どっちを着ていたとしても私は同じような反応をしただろう。

 

「僕と結婚してください」

 

 10年たったとしても私が見間違うわけがない。自信を持って言えるからこそ、その服装を着ていることが信じられないのだ。

 

「さぁ、僕に欲情したまえ!」

 

 スパーンと頭を叩いて一言。

 

「いつまで妹を口説いてるんだ!」

 

 ピクピクと倒れている兄を見て、溜息しか出なかった。だが、どこか安心した。ホワイトスペルの服を着ていたが、10年たっても兄は兄のようだ。

 

「サクラ、すまなかったね。理想の女性にめぐり合えたと思ったのだよ」

 

 いつの間にか起き上がった兄が私に謝っているが、10年前にも同じようなことを言っていたぞ。やはり兄は変わっていなかった。素直に喜べないのは気のせいだろう。

 

「……ふむ。ついにあの計画が始まったんだね。でもどうしてサクラが――」

 

 急に兄がブツブツと呟き始めた。かなり怪しかったが、気になる言葉があった。私の姿を見て、『あの計画が始まった』と言った。兄はタイムトラベルが起きることを知っていたように聞こえるのだ。

 

「サクラ、ここまでどうやってきたんだい?」

 

 真面目に聞かれたので、答えることにした。兄には本当のことを話しても大丈夫だろう。兄だからな。

 

「入江正一に助けてもらった」

「……ああ、そうか。彼はボンゴレ側の人間だったのか。それは、悪いことをしたね」

 

 よくわからなくて首をひねっていると兄に抱きしめられた。

 

「な、なんだ! いきなり!」

 

 意外にもあっさりと兄は私を解放した。普段ならば、もっと長いのだが。……物足りないという意味ではないぞ。ただの疑問である。

 

「サクラ、少し痛いかもしれないが我慢してほしい」

 

 いつの間にか注射器を持っている兄を見て後ずさる。勘弁してくれ。痛いのは嫌だ。

 

 結局、あまりにも兄が真剣だったので、渋々腕を差し出す。なぜ、こんなことになってるのだ。「うぅ」と情けない声が出たのはしょうがない気がする。

 

 注射しているところを見るのが嫌で目をそらしていると、針が刺さっていた場所が急に温かくなった。いったいなんだと思って目を向けると、兄の手から炎が出ていた。

 

「は?」

「これでもう病気に罹らないよ」

「ん?」

「ああ、そうだ。これはサクラが持っている方がいいかな?」

 

 兄に布袋を渡され、受け取る。袋に入ってるが、手のひらでも持つことが出来そうな大きさだ。持ちにくいので中身は出さないが。

 

 それにしても、さっきからよくわからないまま話が進んでいく。1度、私が理解する時間を貰おう。

 

「ちょっと――」

 

 声をかけようとしたが、言葉が止まってしまった。なぜなら、兄がリングに炎を灯し、匣を開いていたのだ。いったいどうなってる!?辛うじて出た言葉は――。

 

「パンダ?」

 

 そう、私の目の前にパンダがいるのだ。私と同じぐらいの身長でかなり大きい。

 

「可愛いだろ? この匣も渡しておくから、炎を注入してもらうといい」

 

 再び兄から受け取る。右手に布袋、左手には匣兵器。入江正一の手紙はポケットにしまって正解だった気がする。

 

「おっと、先程のバラも忘れないでくれたまえ」

「増えてないか!?」

 

 さっきは一本だったはず。しかし、なぜか花束のような量になっていた。右手で布袋を持ちなが花束を支え、抱えるように持つ。恐らく傍から見ればかなり怪しいだろう。

 

「サクラ、元気に過ごすのだよ」

「……どういう意味だ? うわっ!?」

 

 浮いたと思えば、パンダにお姫様抱っこされていた。触感はもふもふである。

 

「心配しなくても大丈夫さ。ただのパンダじゃないからね。もちろん白蘭に気付かれないよう細工しているから、堂々と外でも使えるよ。だから、いつでも出しておくがいい。きっと役に立つ」

 

 何か、何か雲行きがおかしい気がする。

 

「ちょっと待って」

「サクラ、幸せになるのだよ」

「ちょっと待ってってば!! お兄ちゃん!!」

「……さぁ、行くがいい!」

 

 離せともがいても、このパンダは私を離そうとしない。兄にいたっては、私がこれだけ叫んでるのにも関わらず、見向きもしない。今までこんなことがあったのだろうか。

 

「待って! 嫌だ!! お兄ちゃん!!!!」

 

 ボロボロと涙を流しながらずっと叫んでいると、パンダが「パフォ」と鳴いた。すると、身体が温まってきて、私は眠りに落ちた。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――

 

『お兄ちゃん!!』

 

 とっくの前にサクラの声は聞こえなくなっていたが、桂にはいつまでも聞こえていた。サクラの叫びを無視したため耳から離れないというのもあったが、サクラの声を聞いたのも久しぶりだったのだ。いつまでも耳に残るのは当然のことだった。

 

 桂は頭を振って切り替える。いつまでも余韻に浸りたいが、一刻も早くサクラの安全を確保しなければならない。

 

 サクラにはワクチンを打ったが、元凶を取り除かない限り、安心は出来ないのだ。

 

「白蘭……!」

 

 桂の濃厚な殺気が広がり、鳥がいっせいに羽ばたいた。

 

「――そうだった。彼らを処理しないとね」

 

 今まで我慢していた殺気を出したことにより、桂は少し冷静さを戻し、サクラと気付いた瞬間に捕まえていた存在を思い出した。今までサクラが叫んでもミルフィオーレが現れなかったのは、桂が行動を起こしていたからである。

 

 

 

 

 桂が向かった先には一種の造形作品のようにバラが咲いていた。ただし、バラのツルがいったい何に巻きついているかを見てしまうと、綺麗とは口が裂けても言えなくなる。

 

「た、隊長……どうして……」

「僕が思ったように絡まないのが難点だね」

 

 1人の男の口が上手くふさがっておらず、耳障りな声が聞こえたため、桂は愚痴る。

 

 元々、ツルバラは枝を誘引しなければ巻きつかないものである。しかし、急激な成長のせいでバランスを保つために巻きつくのだ。もっとも、折れることがないほどにバラの枝が活性しなければ起きない現象だろうが。

 

「そういえば、どうしてって言ったかい? 答えは簡単だよ。僕は1度も君達の仲間になった覚えがないだけさ」

 

 桂は指を弾き、彼らに仕掛けていた罠を発動させた。すると、彼らの身体から植物が生え始め、彼らから生気が消える。桂は最初から彼らを殺すつもりだった。先に動きを封じたのは、殺して血の匂いが充満すればサクラに気付かれるというだけの理由だった。

 

 桂は顔色を変えず、その様子を見ていた。もう嫌悪感すら抱かない。だから、桂はサクラと一緒に居ることができなかった。

 

「最期にサクラと話せてよかった……」

 

 そう呟いた桂はケイタイを取り出し電話をかけ始める。相手がすぐに出たため、桂は話し始めた。

 

 用件を伝えると相手は怒った。が、桂は無視をしそのまま切る。そして、そのケイタイを壊した。もう連絡をとる必要はなくなったという理由で。

 

 桂はサクラが去っていった方向をジッと見つめた。匣兵器を渡したことを考えれば、サクラが無茶をしなければ大丈夫である。桂の匣兵器は賢く、必ずサクラをボンゴレアジトまで届けるだろう。もちろん桂もサクラの安全のために行動するつもりだが。それにもしもの時を考え、電話をかけたのだ。ここまで対策すれば大丈夫だろう。

 

 しかし、それでも桂は自身がそばについて守れないことが不安なのだ。たとえそれが自身で選んだ道であっても。

 

「本当に図々しい願いだよ。僕がしたことは許せることじゃないとわかってる。だけど、サクラを守ってほしい――」

 

 桂は今までつけていたリングを捨て、懐に隠していたリングを取り出しつける。今つけたリングも悪くはないが、ランクは先程までつけていたリングの方が良かった。だが、そのリングはミルフィオーレから渡されたものである。白蘭を倒すためだとしても、桂はもうそれをつけたくなかったのだ。何より、今つけたリングはサクラが倒れた時に治療に役立つかもしれないと預かったものである。桂にとって大切なリングだった。

 

 ふと桂の表情が緩まる。このリングを預かった時のことを思い出したのだ。

 

「彼は僕にあげたつもりなんだろうね。もう直接は叶わないけど、必ず返すよ。――ディーノ」

 

 桂はサクラと違う道を歩き出す。もう振り返ることはなかった――。

 


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