クラスメイト K [本編&おまけ完結]   作:ちびっこ

150 / 153
リクエスト作品。
切りどころが難しく長くなりました。


嫁入り日

 私の場合、嫁入り日というのはいつなのだろうか。籍をいれてからドタバタとイタリアと日本を往復していたので、よくわからない。でも多分日本で結婚式後に、ディーノの家に来た日だと私は思う。本格的に住むのはこの日からだし。

 

 だからその日の今日は多分大事な日だと思う。私とディーノにとって。

 

「さぁ行こうか! 新しい僕達の愛の巣に!」

「……うん、空気読め」

 

 思わずツッコミした私は悪くないと思う。そもそも兄は私達を日本の空港で見送ったよな。なぜプライベートジェットに乗った私達をイタリアの空港で出迎えることが出来るのだ。

 

「ディノ、ごめん」

「気にすんな。遅かれ早かれこうなっていただろーし、それに本当は桂が居て心強いだろ?」

 

 残念というより、兄がいてディーノは安心していた。緊張し過ぎで寝付けれなかったのがバレているのかもしれない。

 

「サクラ、ディーノ、早くしたまえ!」

 

 肩の力を抜いた私は兄の腕に捕まる。そして、もう片方の手を伸ばせばディーノは私の隣に来てくれたので、ディーノの腕にも捕まった。

 

 

 空港から真っ直ぐ車でディーノの屋敷にやってきた。いつ見ても大きい。ディーノと結婚したが、自身の家という感覚はまだない。いつかは慣れるのだろうか。

 

「サクラ?」

 

 ディーノに声をかけられ、なんでもないと首を振る。しかし寝付けなったことを察していたディーノが、私の誤魔化しに気付かないわけがなかった。安心させるように頭を撫でてくれた。

 

「大丈夫だ」

 

 手を差し伸べられ、しっかりと握る。なんとなくこれが私達の第一歩だと思った。

 

 緊張しながらも玄関をくぐる。私は集まる視線に覚悟していた。いくらディーノの部下が好意的でも、今日の私の態度は重要だと理解していたのだ。だからこそ、出迎えにロマーリオしか居なかったことに驚いた。

 

「……ったく、そういうことかよ」

 

 ディーノの少し苛立った声にビクッと肩を跳ねた。

 

「ディ、ディノ……」

「わりぃ。怒っているわけじゃねーから」

 

 ポンポンと頭を撫でられたが、全く安心できなかった。好意的だと思っていたが、ディーノの部下に嫌われていたのかもしれない。

 

「桂、すまん。オレの部下の仕業だったみたいだ」

「……僕が思った以上にサクラは彼らに好かれているみたいだね。少しは安心したよ」

「お前がそう思ったなら、あいつらも嬉しいだろうよ」

 

 兄とディーノの会話についていけない。なぜ兄とディーノは私と正反対の印象をもったのだ。疑問でしかない。

 

「目を白黒させるサクラも可愛いのだけど、説明してあげたほうがいいと思うよ。サクラは出迎えがないことで嫌われたとショックを受けていたようだからね」

 

 兄の言葉にディーノだけじゃなく、ロマーリオも焦った声をあげた。どうやら、本当に私の勘違いだったようだ。

 

「違うからな! あいつらサクラのことが好きすぎるぐれーだからな! 今、居ねーのは空港からここまでの道を警備していたからだ」

「警備?」

「ああ。ただの一般人と結婚しねぇと疑ってるところが多いんだ。まぁ実際間違いじゃねーけどよ。今はそれはいいか。つまりサクラのことを探ろうとしていたんだ。空港からずっと視線は感じでいたんだぜ?」

 

 ……全く気付かなかったな。これでも視線に感じやすくなったと思っていたのだが。

 

「向こうもプロだ、サクラが気付かなくても仕方ねーよ。それより問題は視線を感じでいたのに、途中で消えるんだ。ある程度は探られるのはわかっていたから無視していたんだけどよ、それが急に消えるのは不自然だろ? オレも桂も警戒していたんだ」

「……つまり、警備していたみんなが捕まえた?」

「そういうことさ!」

 

 私がたどり着いた答えに、ディーノとロマーリオはあからさまにホッとしていた。……なぜ兄はドヤ顔なのだ。ツッコミはしないぞ。

 

「あいつらもあいつらだぜ。オレに黙っている必要ねぇだろ」

「……なるほど。怒っていたんじゃなくて、スネていたのか」

 

 図星だったのか、ディーノの頬が赤くなった。珍しい反応に思わず笑ってしまった。

 

「ボスも惚れた女の前じゃ形無しだな」

「ロマーリオ、黙ってろっ」

「サクラには黙ってろとは言えないのだから、言われても仕方ないと思うよ」

 

 私もなんだか恥ずかしくなってきたぞ。とばっちりである。

 

「お、お兄ちゃん、部屋に行こう!」

「サクラの誘いを断るわけにはいかないね。ディーノ、悪いが僕達は失礼するよ!」

 

 いつものように兄のエスコートに身を任せていたが、「やっちまった」というディーノの呟きが聞こえたので振り向く。ロマーリオが肩を置いて慰めていたので、大丈夫だろう。私には「やっちまった」の意味がわからないし。

 

「ディーノが気になるなら、ひと段落した後にサクラが顔を出せばいいさ」

「ん?」

「サクラが恥ずかしがると僕の方へと逃げるとわかっていたのに、そっちに誘導してしまったからね」

 

 だから「やっちまった」なのか。よく理解出来た。

 

「……それならディノじゃなくて、お兄ちゃんがトドメを刺した気がするぞ」

「協力関係ではあるけども、僕とディーノはライバルでもあるのだよ。サクラに選ばれるように駆け引きするのは日常茶飯事さ」

「ディノが不利すぎるだろ」

 

 呆れたようにツッコミすれば、兄は少し驚いた顔をした後、嬉しそうに笑った。

 

 兄の部屋は今日も綺麗である。定期的に掃除してくれているのだろう。

 

「ここがお兄ちゃんの部屋だぞ」

「サクラが選んだのかい?」

 

 家具のことを言っているのだろう。兄が好きそうなデザインばかりだからな。

 

「嫌だったか?」

「嬉しくて言葉が出ないぐらいだよ。時間がない中、大変だっただろう?」

「んーん。ディノが絞ってくれてて、私は選べば良かっただけだったから。お兄ちゃんの好みをディノが理解してくれたから大変だと思わなかったのかも」

「僕の部屋に泊まったことがあるといっても、普段からよく見ていなければ出来ないだろうね」

 

 感心したように兄はいろいろと見ていたので、私はベッドに寝転がることにした。一番最初に私が使っても兄は文句は言わないだろうし。

 

「ふかふかっ」

 

 私が感動していると兄も興味を持ったのかベッドに腰をかけた。しかし、それは私の勘違いだったらしい。兄はベッドではなく私の頭を撫でたから。ベッドのふかふか具合といい、気持ちよくて目を細める。

 

「サクラはこれより大きな部屋で眠ることになるんだね……。これから1人で大丈夫なのかい?」

 

 父との約束がある以上、今まで通りディーノと一緒に眠ることはないだろう。だからこそ、兄は心配し声をかけたのだと思う。目をそらせば、後で泣くのは私だから。

 

「どうだろ、わかんない」

 

 強がりでなく、正直な気持ちだ。兄がいる内は大丈夫だと思う。問題は兄が日本に帰ってからだ。その時にならないとわからない。

 

 先日は慣れない日常で疲れてぐっすりと眠れた。が、兄が心配する通り、寂しくて眠れなくなるかもしれない。もしくは中学の時のように大丈夫かもしれない。……まぁあれは精神的に疲れていたし、ホテル感覚もあったからだと思うが。

 

「恥ずかしいのなら僕からディーノに言ってもいいのだよ? 彼は僕らから離れる寂しさには気付いているだろうけど、部屋の広さから来る寂しさには気付かないだろうからね」

 

 そうだろうなと思う。彼は鍛えているのでどんな環境でも眠れるが、一番落ち着くのはこの屋敷で眠る時だろう。私からすれば広すぎる部屋も、彼……いや、彼らにとっては普通なのだ。

 

「慣れるしかないから、いいよ」

 

 たとえ兄が言ったとしても、私が狭い部屋に移動するわけにはいかないのだから。

 

「サクラ、知っているのと知らないでは話が違ってくるのだよ。……そうだねぇ、僕が彼の立場なら大きなヌイグルミを送るよ!」

「部屋の半分がヌイグルミに占拠されそう」

 

 想像が出来るからか、笑ってしまった。

 

「知らなければ、ディーノは今の僕みたいにサクラが眠るまでは側にいるだけだよ」

「え? ほんとか?」

 

 そんなことをしてくれると思わなかったので、ちょっとテンションがあがった。一方でなぜか兄は額を手で押さえていた。

 

「お兄ちゃん?」

「……僕というより、ディーノが悪いのさ! 甘やかし度が低いのだよ!」

 

 落ち込んでいたと思えば、プンプンという擬態語が聞こえそうなぐらい兄は怒りだした。意味不明である。

 

 

 夜には歓迎会のパーティを開いてくれた。パーティという言葉に尻込みした私だが、部下達が参加するのでツナ達とするような和気藹々としたパーティだった。

 

 しかしまぁ、わかっていたことだが部下が多い。かなりの数が参加しているように見えても、警備をしているものもいるので全員ではないのだ。果たして私は彼らの名を覚えきれるのだろうか。

 

「ゆっくりでいい。あいつらはサクラに名前を覚えてもらいたくて必死みてーだけど、気にすんな」

 

 ディーノは私が必死に名を呟いていたから言ってくれたのだろう。言った途端に部下からブーイングされていたが。それでも互いに笑っていたので、ディーノの発言には賛成のようだ。

 

 一通り回ったのか、皿に料理を大量に乗せて兄が帰ってきた。私のもあるようで有り難く受け取る。兄のと違ってこっちは綺麗に盛り付けられていた。……ちなみにディーノの分はない。どっちも気にしていないようなので、食べることにする。

 

「ディーノ、女性が少なすぎるよ!」

「オレもそう思うんだけどなー」

 

 もぐもぐと食べながらジッと2人を見つめていれば、なぜかワタワタし出した。

 

「違うよ! 僕はサクラ一筋だからね!」

「桂『は』ってなんだ!? オレもそうだかんな!」

 

 落ち着くように口に含んでいるものを飲み込んでから声を出す。しかし感情は隠しきれなかったようで、笑顔になってしまった。

 

「大丈夫。わかっている。後で彼女達の紹介をしてくれれば嬉しいな」

 

 動かなくなった2人を見て、不思議に思いながらも食事を再開する。

 

「……これはきつい」

 

 ロマーリオの呟きに、再び口を開く。

 

「今日が無理なら今度でもいいぞ。でも早く顔合わせしたいな。彼女達は私の護衛につく可能性が高いんだろ?」

 

 兄が少ないと言ったんだ。交代のことも考えれば、女性のほとんどは私の護衛につくことになるだろう。どんな人だろうか、楽しみである。

 

「……確かに、『わかっている』な」

「ん?」

「いや、こっちが深読みしただけだ。悪いが、あの2人にもう一度それを説明してやってくれないか?」

 

 ロマーリオが新しい料理を取りに行ってくれるということなので、その間に頼まれたことをしよう。しかし、なんで2人は固まってるのだ。謎である。

 

 とりあえずディーノからでいいか。兄はうるさそうだし。

 

「ディノ、ディノ」

「…………サクラっ!」

「うぐっ」

 

 抱きしめられた恥ずかしさはなかった。力が強くてちょっと痛いから。

 

「オレはお前が好きなんだ!」

「お、おう。ありがと。でもちょっと緩めてくれれば嬉しいな」

「わかってねーだろっ」

「いや、痛いから! 地味に痛いから!」

 

 微笑ましいと思っていた部下達だが、本気で痛がってる私の様子に慌てて動き出したようだ。が、その前にゴンッという大きな音が響く。

 

「……容赦ないな、フミ子」

 

 威張ったように腰に手を当てポーズをとったパンダは、ついでとばかりに兄の頭も思いっきり殴りに行った。もちろん私は止めなかった。ディーノでこれだったのだ、兄は怖すぎる。

 

 頭にたんこぶを作ったディーノとバツマークをつけた兄は一度殴られたからか、冷静に私の話を聞いてくれた。なぜか2人とも正座していたが。

 

「すまない、僕達の勘違いだったようだね」

「ああ。サクラ悪かった。痛かっただろ?」

「大丈夫。それより立って」

 

 いい加減、注目を集めて嫌なのだ。誰も止めようとしないから余計に。兄はまだしも、君達のボスはそれでいいのか。私が心の中でツッコミしている間に2人は立ち上がった。

 

 そういえば言い忘れていたことがあったな。ディーノに耳を貸せと手招きする。

 

「どうした?」

「浮気すれば離婚だからな」

 

 再びディーノが固まった。あれだけ何度もヒントを出して気付かないと思っていたのか。さっさと復活させるために意地悪する。

 

「なんだ、する気だったのか」

「しねぇよ」

 

 ニヤニヤしながら言ったので、冗談だとちゃんと受け取ったらしく、苦笑いしながら答えてくれた。

 

 ……しかし、本気で彼が誰かを好きになったなら私はどうするんだろうな。

 

 ちょっと想像つかないなとボンヤリしながら思っていると頭を撫でられた。チラッと視線を向けると、余計な心配はしなくていいと目で言われた。恥ずかしい。

 

「サクラ、ロマーリオが新しい料理を持ってきたぜ」

 

 兄のところへ逃げようとしたところで、ディーノに引き止められた。恥ずかしさを隠すように食事に集中する。ふとあることを思い出し、再びチラッと視線を向ければ、ディーノは兄にドヤ顔していた。

 

 ……ついロマーリオの近くに移動した私は悪くないと思う。私で遊ぶな。

 

 

 

 

 

 その日の深夜に思わず呟いた。

 

「……まいったな」

 

 兄の言った通り、ディーノは私が眠るまで側にいてくれた。とても気持ちよく眠りにつけたはずだが、夜中に目が覚めてしまったのだ。

 

 ……うん、これはきついな。

 

 起き上がり、家から持ってきたお気に入りキャラのぬいぐるみを掴む。しょぼい装備だが、ないよりはマシだ。主に精神面で。

 

 部屋の鍵を開け、キョロキョロと見渡す。誰もいないことを確認して、外に出て鍵を閉めた。

 

 それにしても、廊下も広くて長いからか、ちょっと怖い。

 

 一度隣のディーノの部屋に視線を向ける。電気は漏れていないので、眠っているのだろう。

 

 では、当初の予定通り兄の部屋へ向かうことにする。

 

 兄の部屋は残念ながら階が違う。といっても、私の部屋からは近い。ディーノと私の部屋が大き過ぎて、隣より階段を下りた方が早いからその場所にしたようだ。まぁ私とディーノの部屋の扉は近い分、どうしても間取りの関係で隣の部屋は遠くなってしまうからな。

 

 廊下をちょっと歩き、階段を下りようとしたところで足を止めた。誰かがのぼってくる気配がする。慌てて部屋へと引き返す。

 

「誰だっ!」

「うわっ!?」

 

 戻ろうとしたところで、廊下からも人が来るなんて卑怯である。バタバタと駆け寄ってくる足音がする。挟み討ちとか酷い。ちょっと半泣きだ。

 

「警戒を解きたまえ。その子はサクラだよ」

「お兄ちゃんっ!」

 

 なんと、階段からやってきたのは兄だった。思わず飛びついた。

 

「大人しく僕が来るまで待てば、騒ぎにならなかったのだよ?」

 

 私に上着を被せながら、慰めるように兄は言った。恐る恐る顔をあげれば、結構な人数が集まってきていた。もちろんその中にもディーノの姿もあった。……本気で泣きそうである。

 

 部屋が広過ぎて寂しくなったから、兄の部屋に向かったという情けない私の行動を兄の口から説明された。黙秘を貫き通したかったが、流石にここまで騒ぎを起こしたのだから、説明しないわけにはいかなかったのである。一応私もわかっていたので、兄が話す邪魔はしなかった。兄の背にガッシリと抱きついていたが。

 

「……とりあえず、寝直すか」

 

 何か言われると思っていたが、ディーノの一言で解散になる。予想外の流れで謝罪するタイミングも失ってしまった。

 

「サクラ、どうする? 桂と寝るか? それともオレと寝るか?」

 

 ディーノが近づいてきたので、無言で更に兄に抱きつく。

 

「そうか、わかった」

「そうだね。サクラはディーノと眠りたいようだから頼んだよ!」

「は?」

「おや? わからなかったのかい? まだまだだね!」

「いや、でもよ……」

 

 乗り気じゃないディーノをみて、諦めた。兄が察してくれて便乗しようとしたが、流されてくれなかったようだ。

 

「お兄ちゃん、ディノが嫌がってるから……」

「そのようだね。サクラ、僕と一緒に寝ようか」

 

 コクリと頷き、動きにくいと思って一度兄から離れる。その瞬間、抱きあげられた。

 

「ディノ?」

「一緒に寝ようぜ」

「や、でも嫌なんだろ?」

「なわけねーだろ。桂、悪い」

 

 兄はおやすみの挨拶をして去っていった。なぜか威張りながらだったが。

 

 抱き上げられたままディーノの部屋へ行き、ベッドまで運ばれた。……改まって一緒に眠るとなると思ったより緊張する。仕方ない状況とはいえ、何度も一緒に寝たことはあるのに。

 

「目が覚めちまったかもしれねーが、寝ねーと明日に響くぜ。明日は桂と一緒に出かけるんだろ?」

「……ん」

 

 謝るタイミングは今しかない気がする。

 

「あの」

「謝る必要はないぜ」

 

 ゴニョゴニョしていると先手を打たれた。

 

「これから何度も価値観が合わないことが起きる。それは当たり前のことで、どっちが悪いとかじゃないんだ。みんなもそれがわかっているから、何も言わなかったんだ。……どっちかつーと、気付いてやれなかったことに落ち込んでるな。まっそれはオレも含めてだけどな」

「や、ディノ達は悪くないぞ!?」

「な? そう思うだろ? オレ達もそう思うんだぜ? 今回のは生活環境が変わって、相手に合わせようとして起きた問題なんだ。妥協点を探しても、怒ることじゃねーよ」

「……私なら怒るぞ」

 

 そこまで私は出来た人間じゃない。自身のことを棚にあげて、なぜ言わなかったんだと絶対に文句を言う。

 

「そこも価値観の違いだな。気付かなかったことに落ち込むが、どこかで嬉しいんだ」

「嬉しい?」

「ああ。無理してまでオレと一緒に居ようとしてくれてるって思うんだよ。だから嬉しいんだ」

「……私には出来ない」

 

 ディーノが無理しているのを後から知ったら、恐らく言わなかったことに腹が立ち、さらに能天気に浮かれていた自身がバカじゃないかと思うだろう。

 

「オレはオレの考えが正解だと思ってねーよ。……そうだな。シンプルに考えようぜ。サクラはオレの持っていない考えがあって、オレはサクラの持っていない考えがある。だから気になって惹かれ合うんだ。でも完全な正反対なら反発しあって合わないだろ? 同じ考えもあるから上手くいくんだぜ。今、少しでも上手くいくようにオレ達は、譲れるところは譲って少しずつ反発する箇所を減らしているんだ。それをどう感じているかの差だな。努力して嬉しいなと捉える奴もいるし、無茶するなと思う奴もいる、それは当然だって思う奴もいるな」

「……その人とは関わりたくないな」

 

 そう言いながらも、私はどこかで当然だと思ってる節がある。これが同族嫌悪なのかもしれない。

 

「それがよ、努力している自分が好きっていう奴とか、尽くしてやりたいとか、そう考える奴となら合いそうだと思わねーか?」

 

 ……兄が完全に当てはまってしまった。

 

「本当はもっと複雑なんだろうけどよ。オレの場合、価値観が違って起きた問題なら、そこまで腹が立ったりしねーし、謝ってほしいとも思わねぇんだ」

「……なるほど。道理で雲雀恭弥と上手く付き合えるはずだ」

「なんでそこで恭弥になるんだ……」

 

 落ち込んだ姿を見て、思わず笑ってしまった。

 

「まっいいか。後はそうだなぁ……。そこまでねぇって言っても、オレが怒ることもあるからな。気をつけろよ?」

 

 ……嫌な流れな気がする。

 

「なんとなくオレが怒る時はわかってんだろ? 怒られたくねーなら、ちゃんと話すんだぜ」

「スイ……」

 

 おかしい、いつの間にそんな流れになったのだ。ガンガンと釘を刺されてしまった。

 

「じゃ、今度こそ寝よーぜ。部屋の問題はなんとかすっから、気にすんな」

「え? なんとかって? 私の部屋を狭くするのは無理だろ?」

「まぁ任せとけって。明日話してやるから、今は寝ろ」

 

 ディーノがそういうなら大丈夫だろう。安心した私はポンポンと背を叩かれた結果、簡単に眠りに落ちた。

 

 

 次の日、約束通りディーノの話を聞いた。どうやら私の部屋を間切るようだ。どの部屋も私の部屋なので表向きは問題なく、広すぎて落ち着かない私の願いも叶えられる素晴らしい案だった。流石である。

 

 ディーノが張り切ったのか、私が起きた時にはもう間取り図は完成していた。やはりセンスがいいのか、完璧だった。それでも一日で工事は終わらないので兄の部屋にお邪魔することになった。

 

「お兄ちゃん、本当にいいの?」

「こんなイベント、逃す理由がないよ!」

 

 まぁ兄ならそう答えるか。迷惑なら恥ずかしいがディーノの部屋にお邪魔しようと思っていたが、その案は必要なかったようだ。

 

「それに眠れないのは可哀想だからね……」

 

 どこか遠くを兄は見ていた。昨日の私の行動を思い出しているのだろうか。

 

「サクラ、今度新しいマンガを買ってあげるよ」

「え? ほんと?」

「本当だとも。いつもより少し大人っぽい感じの漫画だけど、面白かったからね」

 

 どんな漫画だろうか、楽しみである。

 

「あ。大人っぽいってグロい系じゃないよな?」

「安心したまえ。過激なものはサクラにオススメしないさ」

「それもそうか」

 

 苦手分野の漫画を送ってきたら、しばらく無視をする自信がある。楽しみにしていた分、怒りもそれに比例するのだ。

 

「……僕もサクラに嫌われたくないのだよ、許してくれたまえ」

「許すも何も、面白くても薦めれば私に嫌われるとわかってるなら、薦めなくていいから。私だって、そんなことでケンカしたくないし」

 

 なぜか兄は笑いながら、優しく私の頭を撫でたのだった。

 

 

 無事に工事も終わり、兄が帰ってしばらくすると、約束通りマンガが届いた。ただし大量に。

 

「なんつーか、凄い量だな」

「私もちょっと驚いてる」

 

 あの時のオススメがどれかわからないな。まぁとりあえず全部読んでから考えよう。そうしよう。……ああ、ニヤニヤが止まらない。

 

「……サクラ、デートしようぜ」

「え? 予定があるんだろ? 昨日誘わなかったし」

「あるっちゃあるが、すぐに終わらせる」

「そうか? じゃそのつもりでいる」

 

 とりあえず出掛ける準備を終えて、待ってる間にマンガを読むことにするか。

 

「ん?」

 

 ふと違和感がして周りを見渡した。よく見るとマンガを運ぼうとしているみんなの肩が震えている。

 

「なんかあったのか?」

「……こいつらのことは気にすんな。準備するんだろ? 部屋まで送るぜ」

 

 私も手伝おうと思っていたのだが、ディーノにエスコートされて断念する。私たちが角を曲がると部下達の笑い声が聞こえてきた。

 

 ……読めたぞ。このマンガは兄のトラップでもあるのか。

 

「や、流石にマンガよりディノを取るぞ?」

「……すまん。割り切ってるつもりだったが、嫉妬した」

 

 この場合、マンガじゃなくて兄にということだろう。

 

「その、なんだ。兄もディノとの駆け引きを楽しんでるみたいだし、私は別にいいと思うぞ? 決定権は私みたいだし」

 

 ……うん、改めて考えると傲慢で酷い。

 

「本当に、いいのか?」

「ディノこそ、いいのか?」

 

 思わず2人で笑った。私達はそれでいいのだろう。さりげなく、髪の毛にキスを落としたディーノは仕事を片付けに向かった。……私も準備するか。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。