2015年のサクラが咲いていた時期に書いたみたいです。
化粧をし着飾った姿は、想像以上に綺麗だった。写真で見るのと実際に見るとではまるで違う。
思わず目を見張れば、得意そうな顔をして言った。
「兄の腕をなめてただろ」
自慢げに話すのは歳相応の姿で、それはディーノがよく知っているサクラだった。
ディーノはこっそりと息を吐き、いつものように声をかける。
「ああ。綺麗だぜ」
嬉しそうに笑うサクラを見て、これでいいと心の中で頷く。焦りすぎて、怯えさせるわけにはいかない。端から長期戦の予定だ。
「痛くなったらすぐに声をかけろよ?」
「ん、わかってる」
さりげなく荷物を預かり、手を握る。歩き出した時にほんの少し躊躇したが、顔が赤くなることはなかった。着物の時にいつも桂がしているのだろう。
普段より、ゆっくり歩く。そして、いつも以上に周りを警戒する。慣れない着物に意識が向いているサクラのために。
きっかけは些細なことだった。
サクラの兄の桂から写真が送られ、直接この目で着飾ったサクラを見れなかったのがとても残念に思ったのだ。
なぜそんなにも残念に思えたのか、ディーノは不思議でしかない。
1つの可能性もあったが、それはないと判断した。サクラは中学生で、自身は大人だ。いくらなんでもそれはありえない。
だが、可愛い妹分の着飾った姿が見れなかったというレベルの残念感でもない。ディーノは首を傾げるしかなかった。
「ボス、今年のホワイトデーはどうするんだ?」
「ん? 全部ロマーリオ達に任せるぜ」
ボンゴレは日本と関係が深い。そのためバレンタインは男性からだけでなく、女性からも送ることがある。送られてきた場合は、ディーノは日本の習慣に合わせお返しをいつもしている。といっても、指示を出すだけで用意は部下がしているのだが。
「……いいのか?」
「ああ、任せた」
再び悩み始めたディーノは、ロマーリオが確認した意味に気付かなかった。
ディーノが気付いたのはホワイトデー当日だった。女性に頬を染めてお礼を言われ、更に期待するような目で見られた時にサクラの顔が浮かんで思い出したのだ。
やんわりかわし、ディーノはすぐさまその場から去る。確認したいが、人目を避けた場所でなければならない。
「ロマーリオ! あいつのホワイトデーはどうした!?」
やっぱりこうなったかと思いながらも、ロマーリオは正直に答える。他の者と同じように返した、と。サクラの物だけ特別にするのはロマーリオの一存では出来ないのだ。
しまったとディーノは頭を抱える。部下達のことだから、サクラが好みそうなものを送っているだろう。だが、ディーノの予定ではちゃんと自身が選ぶつもりだった。ディーノのためにあのサクラが走ってまで取りに行ったのだから。
今から間違ったといって新しいものを用意することは出来ない。サクラが喜んで受け取ってる姿が想像できるから尚更だ。
部下が用意した物で喜んでるのも、どこかモヤッとする。もちろんサクラはディーノが用意したと思っているのだから、サクラが悪いわけではないのもわかっている。しかし、モヤッとするのはモヤッとする。
ただ、その感情が何かはわからない。
いろんな感情が渦巻いてるディーノを見て、ロマーリオは日本に行く時間があると教えたのだった。
慌てて日本に来たディーノだったが、答えはまだ出ていない。普段なら素直に謝るのだが、サクラの反応が予測できずに出来ないのだ。
しかし正確には、サクラの反応を見て、自身がどのようになるかがわからないからだった。
ここまでディーノが疎いのは、ディーノが無意識にサクラをそういった対象に見ないようにしているからである。年齢差、守るべき対象、ボスという立場……いろんな要素が絡み合い、頭の中で否定する。
「ディーノさん、どうかしたんですか!?」
ツナの声で顔をあげると、サクラも一緒だった。弟分達を心配させないようにいつも通りに返事をしたつもりだったが、ツナに何があったかと聞かれてしまう。そのため、サクラに目を向けてしまった。
サクラはわかりにくいが、ディーノを心配そうに見ていることがわかった。自身の中で悩んでるだけで、心配させる内容ではない。だから何でもないと答えた。ただ、何でもないならサクラが帰ってしまのは予想外だった。
サクラの足ならすぐに追いつくだろうと考え、ツナ達を再び安心させるように声をかけ、サクラに会いに来たことを説明し別れた。案の定、サクラが家に着くまでに追いついた。
声をかけようとした時、サクラが鼻をすする音が聞こえ、気付けば身体が勝手に動いた。
ポトリとそれは落ちた。
サクラの様子を見ると、急に肩を引っ張ったことに驚き、涙は完全に引っ込んでいる。だけど、泣いていた。自身が知らぬ間に泣くようなことが起きていたのだ。
何も知らないことに。何も話さなかったサクラに。……何より、先程全く気付かなかった自身に。腹が、立った。
この後すぐに勘違いとわかったが、新たな疑問が増える。
感情の制御が出来なかった。
いつ振りだろうか。
キャバッローネを継いで、真っ先にリボーンに鍛えられたはずだ。感情だけで動くのは危険だからだ。特にディーノはキャバッローネの財政を立て直さなければならなかった。感情だけで何とか出来ることではない。
……ああ、そうか。
ストン、とディーノの中で収まった。
サクラはもう未来がわからない。関係者なので守る対象に入るが、命の危険は格段に減った。桂の協力がある今、ディーノが――キャバッローネのボスが直々に守る案件ではない。
もう言い訳できなくなった。
ただディーノがサクラを守りたいと思ってるだけなのだ。まして他の誰かに任すなんて、絶対に嫌なのだ。
この感情をディーノはシマの住人から聞いたことがあった。ボスの自身には縁のない感情だと思っていた。
だが、知ってしまった。あんなにも悩んでいたのがウソだったように、落ち着いた。
この感情を捨てなければ問題はたくさん起きるだろうが、覚悟の上だ。
気付かなかった頃には、もう戻れない――。
もっとも、腹をくくって1番最初にすることが、関係のやり直しだとはディーノも予想外だった。
ディーノは桜に見入ってる彼女に声をかける。しかし、反応がない。普段は名前で呼ばないため、呼ばれていると気付いていないのかもしれない。
握っている手に軽く力を入れると、振り返った。不思議そうにしている彼女にディーノはもう1度声をかける。
「サクラ、綺麗だ」
ボッと顔が赤く染まる。その反応を見て、ディーノは満足そうに笑ったのだった。