クラスメイト K [本編&おまけ完結]   作:ちびっこ

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時期はサクラが中2です
2015年のバレンタイン企画で書いたっぽい。


バレンタイン

「サクラ、準備はいいかい?」

「……ん」

 

 家でバレンタインのチョコを作るレベルなのに、なぜ兄はコック服を着ているのだろうか。ただのエプロンしかしていない私の方がやる気がないように見える。

 

 ……ツッコミはしないけどな。フリフリのエプロンとか渡されたくはない。私は家庭科実習で作ったエプロンで十分である。

 

「では、美味しいマドレーヌを作るためにまずは準備しようか」

「準備?」

 

 手洗いはしたし、昨日のうちに軽量は済ませ、卵は常温に出しているはずだが。

 

「型にバターを塗ったりだよ」

 

 納得した。兄に言われたとおり、型にバターを手で塗る。兄いわく、ハケを使って溶かしたバターを塗ると書いてるのもあるらしいが、それは手間がかかるだけという話だった。そして、ちょっと多めに塗っても問題ないとか。

 

「ちょうどいいぐらいだね。冷蔵庫に冷やしたまえ」

「冷蔵庫?」

 

 本にはそんなことは書いてないのだが。

 

「冷蔵庫でギリギリまで冷やしたほうが、型からはがしやすいのだよ」

 

 ……不親切な本である。

 

「ちなみに強力粉をまぶすのは型に入れる直前だよ。これも同じ理由さ。それと強力粉がなければ、薄力粉でも大丈夫だよ。その分、ちょっとはがしにくいけどね。後、まぶすときにも説明するけど上手くできる自信がない時は茶漉しで一個ずつふればいいんだ。今回、サクラは茶漉しバージョンでするよ。まぶせば粉が飛び散って汚れるからね」

 

 とりあえず頷く。またその時に説明してもらえるだろうし、汚せば掃除する時が大変だ。

 

「次はバターを湯煎にかけて、あわせた粉をふるんだよ。バターは混ぜる時にあったかい状態の方がいいかな。後、粉はふるう前に泡だて器で混ぜ忘れちゃいけないよ」

「後で混ぜるなら一緒じゃないのか?」

 

 『合わせてふるった粉類を~』と書いていたので、同じ容器に薄力粉とココアパウダー、ベーキングパウダーを入れて量ってはいる。が、それをわざわざ混ぜる必要があるとは思えない。ふるってる途中でも混ざりそうだしな。

 

「ココアパウダーの粒子が細かいのだよ。後で綺麗に混ざるためには1度泡だて器で混ぜてから、ふるった方がいいんだ。製菓本で『合わせてふるった粉類』と書いていれば、数種類の粉を泡だて器で混ぜてからふるったものという意味と考えればいいさ」

 

 ……何度も言うが、不親切な本である。

 

 兄の言ったとおり粉類を混ぜる。綺麗な混ざったと思ったので、ふるいにかけた。

 

「ふむ。大丈夫だね。作り始めるよ」

「ん!」

 

 準備が長かった。やっと作れる。

 

 卵を軽く混ぜて、塩、グラニュー糖、オレンジの皮を入れて混ぜる。

 

 オレンジの皮はなければ無理して入れなくても大丈夫らしい。卵臭さを消すためだけのようだ。元々ココア生地は味が強いため消えやすいみたいだ。無理して入れなくていいというのは、普通に売ってるオレンジは農薬がかかってるから。しっかり洗えば問題ないが風味が消えて意味がない。だから製菓材料店にあるオレンジの皮を使うらしい。気になるなら、普通の店で売ってるバニラエッセンスを入れればいいみたい。

 

 それにしても本に書いていないことが多すぎる。マドレーヌは簡単だよ。と言っていたが、兄が居なければ失敗すると思う。

 

「サクラ、マドレーヌは空気を入れないほうがいいんだ。グルグルと円を書くように混ぜればいいよ」

 

 ほらな。合わせてふるった粉を入れて混ぜていれば、すぐに注意を受けた。

 

「最後は溶かしバターだよ」

「……ちなみに、あったかい方がいい理由は?」

 

 混ぜながら聞いてみた。

 

「このバターが冷えるとどうなるか知ってるよね?」

 

 何を当たり前なことを言っているんだ。思わず睨んでしまった。

 

「もし卵が冷たくて、混ぜている途中でバターが冷えればどうなるかわかるかい?」

「……固まる?」

「そういうことだよ。ダマになっちゃうのさ」

 

 なるほど。いろいろ理由があるようだ。

 

「今回は卵をちゃんと常温にしているから大丈夫だけどね。念のためにやったのさ。それにあたためるのであって、熱くしちゃダメだからね。今度は卵に火が通ると固まってしまう」

 

 ダメだ。混乱してきた。私には難しすぎる。

 

「まぁさっきも言ったけど、本当にこれは念のためだよ。この後、冷蔵庫で冷やして寝かせるからね。あったかすぎるバターを入れれば、冷えるまで時間がかかる」

 

 よくわかった。私にはお菓子作りは向いていない。

 

「ちゃんと混ぜ終わったようだね。2時間ほど冷やそうか」

「ん」

 

 洗い物をし、絞り袋などを用意し終わると暇になった。これだけ時間が余るなら、型にバターを塗るのは後でも良かったんじゃないのだろうか。

 

「間に合うよ」

 

 兄に聞いてみれば、予想通りの答えがかえってきた。

 

「でもサクラはまだすることがあるだろ?」

 

 首をひねる。兄が言った準備は全部したはずだが。

 

「これは保存剤が入っていないんだ。そんなにも長い間、持たないよ」

 

 ……作った意味がない。結局買えってことだったのか。

 

「買ったものを今から送っても、いつごろ着くか知ってるのかい?」

 

 ……明後日。というのは、ないか。……間に合わないじゃないか。

 

「それに輸送費のことは考えていたのかい?」

 

 …………。

 

 ぐうの音も出ないというのはこういうことだったようだ。

 

「そんなサクラのために、僕はちゃんと解決方法を用意してあるよ」

「お兄ちゃん!!」

 

 さすが、兄である。バカな私のためにちゃんと考えてくれていたらしい。

 

「サクラ、ケイタイは?」

「ん」

 

 兄に見せる。これをどうすればいいんだ。

 

「ここには連絡先が入ってるよね? 今から連絡すれば、14日には着くよ」

「……お兄ちゃん」

 

 それはない。チョコを渡すから日本に来いと言えるわけがないだろ。

 

「サクラは渡したいと思ったんじゃないのかい? だからお年玉で材料を買ったんだろ?」

「……そうだけど……いいよ」

 

 相手がイタリアに住んでると忘れていた私が悪いんだ。

 

「せっかく作ったのに?」

「……その分は、私が食べる」

 

 視線が下がっていく。すると、優しく頭を撫でられた。

 

「焼くまでまだ時間がある。ゆっくり考えればいい」

「……部屋にいる」

「わかったよ。……サクラ、後悔しない道を選ぶんだよ」

 

 ずるい。階段を登りながら思う。兄に言いたいことをいわず、私が未来で後悔したと兄は知っているのに。

 

 ボスンッとベッドに倒れこむ。

 

 一体どれぐらいの時間をとらせ、お金がかかるんだ。たいした内容じゃないのに、ディーノにきてくれなんて頼めるわけがない。

 

「たいした、内容じゃない……」

 

 グスッと鼻をすすりながら、自身に言い聞かせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やっぱり今日は一年で1番嫌いな日だ。

 

 靴箱や机に勝手に置いてある兄のチョコを見ながら思う。

 

「大丈夫……?」

「……ん」

 

 今年もツナが心配し、声をかけてくれたようだ。

 

「あ、そうだった。これ義理チョコ」

「はは……。ありがとう」

 

 面と向かって義理チョコと言えば、苦笑いされた。それでも最後には笑って受け取ってくれた。ついでにチビ達の分もお願いする。今日は外に出る気がしない。

 

「兄がついてくれてたから味は大丈夫」

「もしかして手作り!?」

「ん」

「サクラ、ありがとう」

 

 手作りだから改めて礼を言ったのだろうか。ほんの少し、心が痛んだ。

 

 

 放課後になり慌てて帰ろうとすれば、靴箱で風紀委員がチョコを回収していった。……彼は覚えていたらしい。

 

「ツナに預けなくて良かったのか」

 

 チョコがなくなり、荷物が軽くなったので問題なかった気がする。

 

 ……まぁいいか。家に帰って食べよう。

 

 靴を履きかえ帰る。なぜか視線が勝手に下がる。

 

「よっ」

 

 兄はチョコの受け取りで忙しいから、紅茶は私が入れないとダメなのか。しょうがない、兄の分も入れてあげよう。疲れてると思うし。

 

「おーい」

「……なに?」

 

 振り向いて首をひねる。なぜ、いるんだ。

 

「荷物はないのか? お前の兄貴に頼まれたんだが……」

「……雲雀恭弥が気を利かせて届けてくれた」

「恭弥が?」

「ん」

 

 思わぬ人物の名前で驚いてるようなので、ちゃんと首を縦に振って説明する。

 

「去年、私が酷い目にあったのを覚えてたみたい」

「そっか」

 

 教え子の優しさを感じ、彼は気分が良さそうだ。残念だが、彼は風紀のために動いたと思うぞ。

 

「……ディーノ」

「どうした?」

「マドレーヌ、食べれるか? その、実は余ってるんだ。味は大丈夫だぞ。兄が見てたから。……無理にとは言わない」

「ちょうど小腹が減っていたんだ。サンキュ」

 

 ポンポンと頭を撫でられ、泣きそうになった。意地でも涙は流さないが。

 

「……ちょっと取ってくる」

 

 ディーノが何か呼んいたが、私はもう走り出していたので止まることは出来なかった。

 

 家の前では兄がチョコを受け取っていた。相変わらず何人いるんだ。そう思いながら横切り家に入る。が、入る直前に足を止めた。

 

「お兄ちゃん、ありがとう」

「玄関に置いているよ」

 

 ありがとう。

 

 今度は心の中でいい、私は玄関の扉を開けたのだった。 

 


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