腹はくくったものの、やはり雲雀恭弥に礼を言うのは気まずい。リボーンも言ったが本人は認めないと思うしな。……いつもの如く、言い逃げしよう。
向かっている途中で兄からメールが来た。兄にしては珍しく興奮していたようで、アルコバレーノは凄かったという内容がほとんどだった。どうやらなんとかなったらしい。……兄も似たようなこと出来ると思うんだけどな。
さて、もう何度目かわからなくなった応接室にやってきた。意を決して、ノックをする。
返事がない。
……ウソだろ。この流れなら普通いるだろ!?
まさか雲雀恭弥を探すところから始まるとは思わなかった。ここでリボーンと再会すれば、もっと気まずい。無性に会いたいぞ、雲雀恭弥。
……仕方ない、ウロウロするか。
「ぶほっ!」
ぶつかって変な声が出た。まさか振り返ってすぐに人がいるとは思わなかった。
「邪魔だよ。咬み殺してほしいの?」
「って、雲雀恭弥!?」
慌てて離れて道を譲る。雲雀恭弥は扉を開けていつもの席に座った。私も応接室に入り、そーっと近づいて確認する。……よく見えない。勢い良く変な声を出したけど、セーフだよな?セーフであってくれ!
「なに」
「……ヨダレがついてるかもと思って」
言えっていう圧力をかけたのは君だろ。私は悪くない。……すまん、今回は全面的に私が悪かったからトンファーはしまってくれ。
雲雀恭弥は軽く溜息を吐いてトンファーを机に置くと、シャツのボタンを外し始めた。慌てて後ろを向く。
「いきなり着替えるなよ!?」
「君が出て行けばいいだけの話だよ。ここは僕の部屋だ」
正論である。……流されるところだった。応接室は部室かも知れないが君の部屋ではないぞ。でもまぁ、ちょうどいいか。面と向かっては恥ずかしいし。
「その、今日は言いたいことがあってきたんだ」
「はぁ。今度はなに」
「屋上から見てた。……ありがと」
「なんのこと?」
「ただ私が言いたかっただけ。じゃぁ」
扉を閉めてダッシュした。これは恥ずかしい。なんかラブコメっぽかったし。……いや、雲雀恭弥に対してそういう感情は全くないんだが。
失礼なことを思ってると、私の脳内で雲雀恭弥がキレている姿が浮かんだ。それはこっちのセリフだと言いたいのだろう。現に彼が見誤っていれば、身体能力が低い私はすぐに捕まって彼女のような目に合うだろうし。
「サクラ!!」
大声で呼ばれて、急停止。この声はディーノだ。振り返れば確かにいた。が、結構な距離だった。呼び止めるために大声を出したのか。ディーノが走ってくるのですぐ合流できるだろう。私は息切れし始めていたのでツッコミの準備をしながら待った。
「名前で呼ぶな、君は教師だろ」
「問題ねーよ。それよりなんで走ってたんだ?」
問題、大アリだ。片手で数えるほどしかないが、いつからか私のことを彼は名前で呼ぶようになり、私は心臓がドキドキするけど嬉しかった。が、今は違う。ディーノが私を名前で呼べば、他の女子生徒も呼ぶきっかけを作ることになるからな!
「……セクハラになるぞ」
「げっ!? これもかよ……」
大真面目に頷く。これもというのは初日に私が気安く女子生徒の頭を撫でれば、セクハラする先生だと思い、難しい年頃の生徒からは嫌われるぞと教えたからだ。もちろん手を繋ぐことや、横抱きなど、危険そうなものはいろいろと。……ぶっちゃけディーノの格好良さなら嫌がる生徒は皆無だけどな!
「で、なんで走ってたんだ?」
人の苦労も知らないで、軽く流すな。
「……別にいいだろ」
「まだ機嫌が悪いのか?」
そう言って、ディーノは私の頭上で手を泳がしていた。いつもの癖で手を伸ばしたのだろう。結局、ディーノは行き場をなくした手で頭をかいた。……参ってそうだ。相変わらず性格が悪い。自身でも機嫌がちょっと戻ったのがわかった。
「それで何がわからないんだ。ちなみに私は要件が詰まっている」
「いや、今日はもう終わった。ユニのところに行くんだろ? オレも一緒に行こうと思ってよ」
「ツナ達と反省会はいいのか?」
「ああ。リボーンがいるから大丈夫だ」
問題がないならいいか。兄が居ないので自腹で向かうつもりだったのだ。タクシー代、奢ってくれ。
結局、タクシーは使わなかった。ディーノは車で通っていたらしく、その車で向かうことになったのだ。
「ロマーリオがお前と一緒ならいいって言ったんだ。だから助手席に乗せるのはロマーリオ以外で初めてなんだぜ」
……理由は察した。まぁ余程許可が出たことが嬉しのだろう。ご機嫌で運転している。私も女子では初ということでテンションがあがった。
それにしても仕事が溢れていたはずだが、いつの間に終えたんだ。気になったので、聞いてみた。
「一年の数学の先生だったか? その先生が代わってくれたんだ」
関わりを持ったことはないが、私もその先生のことを知ってるぞ。独自の情報網によるとしっかりした先生で面倒見がいいとか。他にも20代後半で独身とか。
「……へぇ。結構な量を見返りもなく引き受けてくれたんだ」
「いや、なんか奢ることで手を打ってくれたんだ。先生と食事ってどういうところが普通なんだ?」
「先生同士で食事するとすぐ噂になるぞ。私はオススメしない。それにその先生のことを狙っている先生も居るし、次からはやめた方がいいと思う。要らぬ誤解を立てない方が無難だ」
「そうだったのか……。なら、消え物を贈った方がいいな」
「ん。私から兄に声をかけてあげてもいいぞ。お菓子のことなら兄に任せとけば完璧だ」
「ほんとか! 助かるぜっ!」
……今までよく無事だったな、ディーノ。
「好奇心で聞きたいんだが、今までパーティーとかでパートナーをエスコートした経験はあるのか?」
「急にどうした? まぁいいけどよ……。もちろん、あるぜ。つっても、最近はねぇな。ガキの頃、よく相手のドレスにジュース零しちまってよ。今でも嫌がられてんだよなー」
私だってそれは嫌だな。せっかく着飾ったのに意味がない。それにそれがきっかけで交流をもったとしても、何度もやられれば、断る口実にわざとやってるようにも思えるし。
「オレと違ってロマーリオは人気なんだぜ! ロマーリオと一緒に居る時はキャーキャー聞こえるからな。オレはパートナー見つからねーのに、正直羨ましいぜ」
「羨ましいという割に、嬉しそうだな」
「へへっ、まぁな。それもあって今はロマーリオと一緒に出てんだ」
部下が居れば体質が改善されることに気付いた人も居るが、その流れでロマーリオがいれば良い雰囲気にはならないことも気付いてしまうんだろうな。……ディーノが残念すぎる。
「とりあえず有意義な情報だった」
「ん? それは良かったぜ」
しばらくディーノの周りは安泰ということを脳内にメモっているとディーノが私の頭を撫で始めた。
「ディーノ?」
「あ! やっちまった……」
「まぁ他の生徒や先生に見られてないなら大丈夫だろ」
「おっ、それは良いこと聞いたぜ!」
どれだけ私の頭を撫でたかったんだ……。とりあえず、頭を撫で続けるので「安全運転」とツッコミを入れた。
知識通り、大きな家だ。これを借りるのにどれぐらいかかるのだろうか。……感心しているのは私だけのようだ。ディーノは場所があっているかの確認をするだけで、家自体には反応していない。金持ちめ!
八つ当たりでポフポフ殴っていると、扉が開いた。車の音というより、この時間に来るとわかっていたのだろう。……彼女は正装だったから。
「お待ちしてました」
ディーノと目で会話し、何事もなかったように姿勢を正し挨拶した私達は家にお邪魔した。
部屋に入ると白蘭とγが居た。彼らが立っている前の席にユニが座るのだろう。ユニの対面に椅子は1つしかなかった。ディーノが来るのは見えてなかったのか?
「その悪いがもう1つ椅子を……」
「いや、そのままでいいんだ」
ユニを見るとニコリと微笑んでいる。どうやら最初からディーノが座る気がないとわかっていたらしい。
私が席に座ると同時に白蘭が話かけてきた。
「や♪ サクラちゃん会いたかったよ♪」
「白蘭! 姫の邪魔をするな!」
……やりにくすぎだろ。なぜこの中でユニは過ごせるのだ。不思議である。そしてディーノも静かにピリピリするな。そっちの方が怖いから。
「今日は桂じゃなくて、跳ね馬ディーノがサクラちゃんのナイトなのかな?」
「ああ。そうだ」
軽く溜息を吐き、私は振り向く。ディーノのことだから気付いているはずだが、視線は合わない。
「ディーノ、私は弱いんだよな?」
「ん? いきなりどうした?」
「違うのか?」
「いやまぁそうだが……」
「私もそう思う」
やっとディーノは私を見た。
「現に君は何度も守ってくれている。……正直なところ、兄と一緒ぐらい私は君の判断に任せていれば、何とかなると思っている。それぐらい君を信用しているんだ」
「それは嬉しいが……」
まぁこんなタイミングじゃ、素直に喜べないよな。
「その君が私でも察するぐらい警戒すれば、私は出来ないなりにも周りに気を配る。だけど、君と違って私は長時間の緊張状態は持たない。集中が切れて弱るのは100%私が先だろう。それだけは念頭に入れて動いてくれよ?」
「……悪かった」
ディーノが纏っている空気が緩む。だから私も肩の力を抜くことが出来た。……ディーノには悪いことをしたなと思いながら、座り直す。
「すまない、待たせた」
「いえ、ありがとうございます」
チラッとγに視線を送る。白蘭に対して警戒を解いていないだろうが、少しはユニの心労を減らすことには成功したらしい。
「……単刀直入に言うぞ。どこまで見えている?」
ジッとユニに見つめられると、目をそらしたくなるな。別に悪いことをしているわけじゃないのに不思議だ。それでも動かず我慢していると、ユニの目からポロっと涙が落ちた。
大慌てである。
「姫!?」
「ディ、ディーノ……大変だ、泣かしちゃった!」
「落ち着けって! こういう時は……」
オロオロするだけで何も出来なかったのは私だけではなかったようだ。誰もがリボーンのようにスマートにハンカチを差し出すことが出来ず、結局ユニが自身の手で目元を拭ったのだから。
「すみません。嬉しくって……」
申し訳ない気持ちでいっぱいだったが、聞こえた言葉に顔をあげる。
「全てみえたわけではありません。ですが、サクラさんと会って初めて光がみえたのです」
「……ごめん。未来をみれば君の心が痛むと知っていたのに、無理をさせた」
「いえ、感謝の気持ちしか浮かびません。サクラさんと会えてよかったです」
そう言ってユニが笑ったのでホッと息を吐く。私はユニが思っているような良い人ではないが、私がいれば安心できるならそれでいい。
「綱吉クン達と組むってことでいいのかな?」
聞こえた声に反応し顔を向けると、いつの間にか隣のテーブルの椅子に座り、白蘭はマシュマロを食べていた。
「白蘭!!」
「ん〜、ちがった?」
「違いませんよ、白蘭」
「そっか♪ みんなも食べる?」
またγがイライラしているな。椅子ごと移動しマシュマロを勧めはじめた白蘭の態度が悪いのもあるが、もうちょっとディーノを見習ってほしい。好きな人だからと甘くなっているのもあるだろうが、ディーノは私に気をつかわせずに警戒を続けているはずだぞ。試しにマシュマロに手を伸ばしてみる。
「大丈夫なのか?」
「問題ない。ディーノは食べないのか?」
「オレはやめとくぜ」
ならば、ディーノの分も私が頂こう。白蘭が他の種類のマシュマロも勧めるのでそっちにも手を伸ばす。ユニは嬉しそうにお茶を入れなおしてくると言って席をたった。白蘭を見張るためにγは残るのか。ついていくと思ったのに。……ユニに嫌われたと思ってるのもあるのか。
チラッと視線を送れば、私の行動にあきれていたのか溜息を吐かれてしまった。
「お前らは変わってねぇんだな……」
γの呟きに思わず鼻で笑ってしまった。
「喧嘩売るとは上等じゃねーか」
「売ったつもりはないぞ。君達と違って私とディーノは一緒に未来で過ごして戻ってきたんだ。一方、君達は記憶と経験だけ。だから君が彼女に未来と同程度の距離感を求めるのは酷だなと」
「……お前に何がわかる!」
「私は未だに兄との距離感を掴めてないぞ? 大切で好きだから臆病になるのはおかしな話ではないだろ」
頭を撫でられ、大丈夫だという意味でディーノに視線を送る。それでも彼は手を止めなかった。
「まだ私と兄は今まで過ごしてきた月日という実績があるから楽だ。今までの関係から新しい関係を築けるからな。君達はゼロからなんだぞ? ……下品で極端な話にはなるが、今の君は記憶と経験があるからといって、初心者の彼女に肉体関係を迫っても問題ないと思っているように取らえられても仕方がないぞ」
「犯罪だね♪」
それを白蘭が言うのかよ。思わず笑ってしまった。
「そんなつもりは……!」
下品な話をし始めたところで、ディーノの手が止まったな。まぁこれは多分私がそんな内容を口にしたからではないと思うが。
案の定、ディーノはγに声をかけた。
「……γ、追いかけた方がいいと思うぜ」
「真っ赤な顔をしたユニちゃんが走って行っちゃったね♪」
「ナンテコトダ、キカレテシマッタヨウダ」
「なにっ……姫!!」
行ってらっしゃいという感じで白蘭と一緒に手を振れば思いっきり睨まれた。あれれー?おかしいぞー?
「ったく、他の例えはなかったのかよ……」
叱りながらも彼は再び私の頭を撫でてくれた。素直に褒めてもらえるとは思えなかったし、ユニが部屋に入ろうとしたところを見て下品な話をし始めたのもあり、説教は大人しく聞いた。
説教が終わってもγ達が帰ってこないので、ディーノに座れば?と声をかける。私が再び白蘭と一緒にマシュマロを食べはじめたのも後押しになったのか、ディーノも椅子を持ってきて座りマシュマロに手を伸ばした。
「サクラちゃん、さっきのってさ〜。偶然? それとも狙って?」
「その場の流れ。ユニがみえてなかったから出来た」
みえていれば、お茶を入れなおさなかっただろうし。
「君が止める可能性もあったけどな」
「あはは。サクラちゃんは僕のことをどう思っているのかわからないけど、僕はそんな野暮なことしないよ♪」
ニッコリと白蘭が笑う姿はウソっぽいと思うのは仕方がないことかもしれない。悪い意味でその記憶が私達にはあるのだから。
「ユニのため?」
「そう。ユニちゃんのため♪」
なんてウソっぽい本心なんだ。もちろん本心なのでツッコミしない。
「お前らってまともに話すのは初めてだよな?」
「ん」
「それにしちゃぁ……」
「僕と桂があうからね。サクラちゃんとあっても不思議じゃないのかな?」
「なるほど」
「まっ適当だけどね」
「適当なのかよ……」
「うん♪」
ディーノが白蘭とのコミュニケーションに困ってそうなので、ヒントを出す。
「多分白蘭の性質はツナと似て、性格は兄の方が近い気がする」
相手を無駄に苛立たせるところとか、世界は自身を中心にまわっていると考えるナルシストなところとか、自分のペースに巻き込もうとするところとか。……好むかは別として、コツさえわかれば会話は出来るはずだ。
多分未来の白蘭は後天的であると言われている性格の、世界は自身を中心にまわっていると考えるところが行き過ぎた結果だと私は思ってる。
そして兄は持って生まれたとされる気質が狂わされ、私と触れて後天的である性格が正しく機能し始めたと考えている。
後天的だから私を忘れてしまい、私を忘れてしまったため正しく機能して今まで培ってきた性格も一緒に消えてしまった。そして狂わされている性質の部分しか残らなくなった。……私はそれでもう結論づけた。兄と一緒に居ることに、これ以上考える必要はないから。
「ユニちゃんが綱吉クンと僕が似ているっていう意味、なんとなくわかったかな」
「そう」
「なんとなくだけどね♪」
「ちなみに兄なら『なんとなくわかったよ!』って威張る」
「……よーく、わかったぜ」
今回の例えは良かったようだ。だが、褒めてくれなかった。これは私は悪くない。間違いなく、普段からディーノを振り回す兄が悪い。