応接室なう。
ノリで誤魔化そうとしたが、やはり厳しい。私の中ではこの前の休学届けを出したときが、この部屋に来るのは最後だと思っていた。いや、そもそも縁のない話だと思っていたのに、今日で3度目である。おかしい。
高価そうで偉そうな1人がけの椅子に座った雲雀恭弥から離れるように、入口の壁側に立つ。……ドアが近いのに遠く感じる。私が逃げ出すよりも先に雲雀恭弥は咬み殺せるから。
「さっさと話しなよ」
一体何をだ。主語を言ってくれ。……おい、察しなかったからと言って、あからさまに溜息を吐くな。
「別に僕は風紀が乱そうとする人物を片っ端から咬み殺してもいいんだけど? 例えば君とか」
私は悪くない。と言い張るだけで見逃してくれれば苦労はしない。だから私が死んだような目になるのは仕方ないことである。
「ディ、ディーノに聞いてくれ」
丸投げした。迷惑をかけている自覚など、消え忘れた。私の反省はいっときなのだ。自身でも思うが、性格が悪い。
ディーノを売ったのに許してくれなかったようで睨まれた。なんてことだ。
「……詳しくは話せない。今、言えるのは大量の死ぬ気の炎が必要になるということだけ」
全て話せれば楽なのだが、それは出来ないのだ。ツナが考えた方法では一番重要な役割を果たすのは復讐者が持つ第8の炎である。それを説明すれば、私の作戦が失敗した時は、直接チェッカーフェイスに実力行使に出るつもりの復讐者の計画を崩してしまう。口に出そうとすれば、私は殺されるだろう。
「そう」
チラッと視線を向ければ、雲雀恭弥は睨んでいなかった。許してくれたかは知らないが、納得したようだ。
「じゃ、私は教室に戻るぞ」
応接室から出ようとした時、ドンっ!!という音と共に私の前にトンファーが現れた。
……これが所謂トンファードンというものなのか。聞いたことねぇよ!
「どこ行くつもり?」
ビクッと肩が跳ねた。不機嫌な声にビビったような反応だが、ただ近くから聞こえた、私好みの低い声に驚いただけである。こんな状況でも自身の思考は残念だった。
「そこまでだぞ」
突如現れた赤ん坊の姿に、ドキドキしていた心臓が落ち着いて行く。自身が思っているよりも私はリボーンを信頼しているらしい。
「ヒバリ、おめーの考えてることはわかるぞ。ちょうどその話をしようと思ってきたんだ」
リボーンの言葉を聞いて、トンファーが壁から離れる。今回も何とか生還出来そうだ。
「サクラ、行っていいぞ」
「えっ、いいのか?」
「ああ」
リボーンの判断なら問題ないだろう。私も好んで咬み殺されたくはないので、さっさと去ることにする。それに何となくだが、リボーンは私に話を聞かせたくないみたいだしな。
気配を消せるわけではないが、雲雀恭弥を刺激したくないので静かに歩く。ジーっと雲雀恭弥から視線を感じたが、私は一度も振り向かなかった。リボーン、上手く彼の怒りを鎮めてくれ。
……今回も丸投げという平常運転だったな。
教室に入ると、視線が集まった。授業中に入ってきたこともあるだろうが、ちょっと多すぎる。気にはなるが、まず教師に声をかける。職員室に寄るのを忘れていたしな。
「欠席すると連絡があったと思うが、遅刻扱いでお願いします」
「ヒ、ヒバリ君が探していたよ」
視線の意味を理解した。チラッと視線を向ければ、手を合わせてツナが謝っていた。どうやら雲雀恭弥に話をしに行ったらしい。多分、ディーノも一緒だと思うが。
しかし意外だな。ツナが真っ先に彼に声をかけに行くとは。もしかするとディーノはリボーンから別件を頼まれるから、先に済ませようとしたのかもしれない。まぁ私を探していたなら、上手くいかなかったようだが。
いろいろと考えていたが、仕方なく返事をかえす。
「さっき会った」
ざわりと揺れる教室。……この反応にも慣れてきたな。ただ気分がいいものではない。
「そ、そうか。ヒバリ君と会えたならいいんだ……」
「席に座っても?」
「……ああ。もちろん」
軽く溜息を吐く。私が慣れてきたのだから、クラスメイトも慣れてほしい。いつまでも視線を送らないでくれ。
ざわりと再び教室全体が動揺したので、何が起きたのかと周りを見渡す。雲雀恭弥は現れてないぞ?
不思議に思っていると、私の机の上に黄色い鳥が現れた。どこかへ行けと手を振れば飛び上がったが、頭に重さを感じた。
首を振る。……動かない。
頭上を手で払う。飛び立ったが、しばらくすると頭に重さを感じる。君はプー助か!
「……どういうつもりだ」
席を座って数秒で立ち上がる羽目に。誰も何も言ってこないので、別にいいだろう。ガラっと勢いよくドアを開ける。物に当たっているのも、校舎を傷つけるかもしれない行為なのも自覚している。
「本当に雲雀恭弥に関わると、ロクなことがない!!」
怒り任せに声を出す。心の中で思うだけでは気が済まないのだ。
再び応接室に戻った私は、ノックもせずにドアをあけた。
「ワオ」
何がワオだ。驚いたのはこっちである。
「君の鳥が頭から離れないんだが!!」
「今日は君が面倒見てくれるって教えたからね」
「草壁哲也に頼めよぉ……」
怒りを通り越し、私は嘆きモードに入った。それぐらい、雲雀恭弥は悪びれた様子がなかったのだ。
「文句あるの?」
「あるに決まってるだろぉ!!」
叫びながら、私は走り去った。言い逃げである。どうせ押し付けられるなら文句だけは伝えたかったのである。
教室が見えたところで私は歩き出す。本気で雲雀恭弥が怒ったなら、私はとっくに咬み殺されているだろう。多分見逃された。……ヒバードが離れていないので、全て見逃されたわけじゃないだろうが。
再び教室に戻ってきた。今度は教師に声をかけずに席に座る。誰も何も言わないし、問題ないはずだ。クラスメイトが全力で視線を合わせないようにしているのも、きっと気のせいだ。
……友達が出来ないのは私自身に問題あると理解しているが、雲雀恭弥のせいもあると思う。
全く身が入らなかったが、授業が終わり放課後である。結局、私と話してくれるのはツナ達だけだった。……元々、ツナ達以外に居ないけどな。それでもこの異様な光景にも屈せず話しかけてくれたのだから、持つべきものはやはり友である。
ツナと山本武と帰っていると、校門にディーノが居た。
「よっ。……恭弥の鳥?」
「今日1日、押し付けられた」
これ以上説明は不可能である。ツナ達も苦笑いしか出来ない。本当にあれは強制イベントだった。
「あいつはわかりにくいからなー」
「えっ? ディーノさんはサクラにヒバードを預けた理由がわかるんですか?」
「まぁな」
ツナと同様に気になるという視線を送っていたのだが、誤魔化される。
「それより今日1日面倒見るんだろ? エサとかあるのか?」
「あるわけないだろ」
私の家に居るのはパンダである。それも匣兵器。鳥を飼う環境など、整っているわけがない。つまり今から買いに行くしかない。お兄ちゃんに相談しないと。お小遣いプリーズ。
「なら、オレも行くぜ」
「君はツナの手伝いだろ」
「なぁに、ツナは大丈夫だ。それに教え子が迷惑かけたんだ。師匠が何もしないわけにはいかないだろ?」
大丈夫とか言われ、ショックを受けているツナがここに居るんだが。
「それにいくら急いでも、今日はまだ集まってないだろ。ツナもファミリーに頼むなら、1人でも問題ねぇよな?」
「獄寺君達なら……。って、ファミリーじゃないです! 友達ですから!!」
「ん? ツナ、なんか困りごとか?」
山本武にまだ話してなかったのか。……休憩時間は私のフォローをしていたから、当然か。
今日は私とツナは互いに遅刻している。私の方が遅く登校したが、そこまで時間の差はなかった。ツナは先に雲雀恭弥のところを向かったようだし。そしてツナが朝から居なかったため、獄寺隼人は早退したようで、誰もツナに詰め寄らず遅刻した理由などは後回しになったのだ。……いじり体質のクラスメイトは私が一緒に居たので、そんな機会はなかったしな。
それでも今日は部活を休めないかと相談していたのだから、察しろと思う。……山本武だから無理か。
「えっと、じゃぁ……お兄さんと獄寺君に声をかけて一緒に話すね」
「おっけー。じゃ、獄寺に連絡すっか!」
獄寺隼人には山本武からではなく、ツナからの方がいいと思うけどな。……これはこれで上手くまわっているのかもしれないが。
「じゃ、よろしく」
「サクラ!!」
ディーノとペットショップに行こうとすれば、ツナに呼び止められた。
「なに?」
「あれ……? えっと……」
呼び止めた本人が戸惑ってどうする。それともボンゴレの超直感か?
「ちっと、待ってろよ」
私が何か起こるのかもしれないと警戒していると、ディーノは肩に手を置いてからツナのところに向かった。頭じゃないことに不思議に思っていれば、ヒバードが居たことを思い出す。……数時間で慣れ始めているな。私の適応能力というよりも、ヒバードが大人しいからだろう。雲雀恭弥に押し付けられたことに思うことはあるが、そこまで迷惑はかかっていないのだ。
私がヒバードことを考えていると、ディーノはツナに耳打ちしていた。残念ながら、私のスペックでは聞こえない。
「……そうだったんですね!!」
「ああ。だからツナはそっちに専念しろよ?」
「はい! サクラ、また明日!!」
「ん。また明日」
よくわからないが、ディーノの言葉でツナがいつものように戻った。その流れでツナ達に見送られ、私達はペットショップに向かったのだった。
ペットショップにつけば、店員から必要な物を一式渡された。ちなみにお金は払っていない。
「ここまで手を回すなら、説明しろよ……」
「恭弥も悪気があったわけじゃ……」
「頭に乗せているだけで、恐れられるんだが?」
「……すまん」
ディーノに八つ当たりしても意味がないと思い、息を吐き出す。ただ彼は何か察していそうなので、これ以上一緒にいれば、再び文句を言ってしまうだろう。こういう日はさっさと帰るに限る。両親に説明しないといけないしな。
ディーノに荷物を持ってもらい、一緒に帰る。黙ってることにディーノが気まずそうなので、話題を振る。
「そういや、君はホテルに泊まってるんだろ?」
「ん? ああ。長期間ツナん家に泊まるのは悪いしな」
子ども達ならまだしも、ディーノは大人だしな。……ビアンキのことはツッコミしないぞ。
「高級ホテル?」
「ああ。部下が間違って取っちまったんだ」
間違ったわけじゃないだろ。彼のファミリーの規模なら、そのレベルのホテルに泊まらなければナメられてしまう。日本は高級ホテルの数が少ないしな。
「じゃ、頑張れ」
「ん? なんでだ?」
「多分、同じホテルにヴァリアーも泊まる」
「まじかよ……」
珍しく本気で困ってそうだ。
「来るだろうと思ってたが、よりにもよって同じホテルなのか……。ある意味、良かったのか?」
「ん? ヴァリアーが来るって予想していたのか?」
確か知識では驚いていたはずだ。
「ああ。ツナレベルの炎を出せる奴ってなると、未来の経験が届いた奴になるだろうからな」
私のヒントから、かなり絞っていたのか。だからこそ、厄介なメンバーと気づいていたようだ。
「まっ説得出来れば大きいぜ。ヴァリアーだけで5人は集まるんだからな」
「……全員参加出来ればな」
ピタリとディーノの足が止まった。口にした内容が内容なので、予想していたのもあり、すぐに振り向けた。
「君も聞いていただろ。片腕がなくなるって」
僅かに目を見開いたディーノの反応を見た後、私は再び家に向かって歩き出した。
すぐに追いかけてきたディーノが何を思ったのか、私の手を握った。
「信じろ」
歩きながらも怪訝そうな視線を向けた。もっとも手を振り払う理由がないので、そのままだが。
「オレやツナ達、それに桂。そして……お前自身を。なっ?」
なぜか脱力してしまった。軽く息を吸って、ディーノと向き合う。
「当たり前だろ。じゃなきゃ、私は動こうとしなかった」
余計なことをしなければ、上手くいくのはわかっているのに手を出したのだ。彼らを信用してなければ、動かない。……信用してくれる彼らがいるから、私は自身を信じることが出来た。
でもまぁ、わざわざ言葉にしてくれたのは嬉しかったので、胸を張って笑いかけたのだった。