「暇人か」
そんな訳がないと理解しているはずなのに、放課後になると校門に現れるディーノに思わずツッコミをいれてしまった。もっとも私のせいで早く日本に来る羽目になり、近いうちにリボーンに呼び出されるとわかっているから戻るに戻れないだけなのだが。
「いいじゃねーか。お前は今日も用があるのか?」
「ん」
本当に用事がつまっているので、一緒に帰っているツナ達にディーノの相手を丸投げする。丸投げといっても、彼らは彼らで楽しんでいるので無理矢理押し付けているわけではない。休憩時間になるとツナ達から話を聞いているので知っているのだ。
ちなみに昨日はシモンファミリーも一緒だったらしい。継承式編で私のフォローにまわったことで、シモンの聖地へ行ったりしたので彼らと関係が深くなったのだ。たとえば古里炎真はツナと一緒で、密かにディーノを憧れていたりする。古里炎真本人は隠しているつもりのようだが、バレバレである。
私達が授業を受けている間は雲雀恭弥の相手をしたり、リボーンの無茶振りで振り回されているはずた。……休めてないな。
「じゃ」
残念ながら、ディーノのフォローをする時間もない。彼らと別れ、私は兄の元へと向かった。
……おかしい。彼らと別れたつもりなのに、なぜディーノはついてきてるんだ。
「用があると言ったはずだぞ」
「オレが一緒じゃダメなところなのか?」
足を止めて、真剣に考える。絶対にダメなのかと聞かれると多分大丈夫だ。私の勘がそう言っている。ただ……。
「ついてきても、することはないぞ?」
「それは問題ねーよ」
ディーノ本人がいいというなら、いいか。私は気にするのを止めて歩き出した。
マンションの前で立ち止まった私をディーノが不思議そうに見ているが、無視する。毎回入る前に覚悟をいれなければ辛いのだ。案の定、マンションに入るとエントランスホールにいるコンシェルジュに声をかけられる。
「おかえりなさいませ、サクラ様」
気持ち悪いから様呼びは本当にやめてほしい。これさえなければ、まだ何とかなるのに。
「おや? こちらは……」
「キャバッローネのボス、ディーノ。同盟国だし、問題ないだろ」
「はい」
もうちょっと何か言われたりするかと思ったが、簡単に通ったな。ディーノがくる可能性を聞いていたのかもしれない。……ありがたかったが、なぜかニコニコと微笑んでるイメージが浮かんでしまう。
「……行くぞ」
歩き出そうとしたところで肩をガシッと掴まれる。なんだと思って振り向けば、ディーノが項垂れていた。
「……今度は何に足を突っ込んでるんだ」
「まるで私がいつも厄介ごとに自ら進んでるような言い方だな」
「オレにはそうにしか見えねぇ……」
失礼な。どちらかというと私はツナと一緒で巻き込まれ体質である。……口に出せば虚しくなるのでツッコミはしないが。
「話は部屋に入ってからだ」
ディーノもそれはわかっていたようで、今度は引き止めることはなかった。
エレベーターに入ると、階層ボタンの下にある鍵穴に鍵をさす。開閉ボタンを同時押しながら鍵を回せば、指紋認証の機械が出てくるので手をかざす。問題なく出来たようなので、エレベーターは階層ボタンにはない地下へと進んだ。
「ツナのアジトに似てるな……」
「ん。設計者が一緒だし」
私がそう言ったところで、エレベーターの扉が開いた。
「サクラ、おかえり!」
「ただいま」
「おや? 今日は彼も一緒なんだね」
「ああ。にしても、これはいったい……」
ディーノが周りを見渡しながら呟いているのを横目に見ながら、私は簡易更衣室へと向かう。このままでは動きにくいからな。
急いで着替え終われば、ディーノは兄の邪魔をしないように離れたところから見ていた。
「ついていけないだろ」
「……ああ。あいつは何してんだ?」
「匣兵器を作ってる」
驚いたようにディーノが振り向き、私を見た。
「兄は未来で匣兵器の研究をしていただろ? その時の記憶が届いてるから、頭の中に設計図があるんだ」
「なるほど。でもそれはお前もだろ?」
「無理だ。設計図と材料がすべて揃っていたなら、わからないが……」
ディーノは大きな間違いをしている。複雑な設計図を覚えられるほど、私の頭は良くない。作り慣れていたならまだしも、一度も作ったことがないんだぞ。設計図がなければ、話にならない。
「桂が書けるなら一緒のことだろ」
「それは違う。この時代にない素材が多数ある。それを作り上げるか、代替品を探さなければならない。兄と違って私には閃きの才能がないからな。手伝えているのかも正直微妙なところ」
「そんなことはないよ! サクラがいなければ完成しそうにないんだからね!」
「そう、ありがとう」
私が礼を言ったことで、兄は満足したようで作業に戻った。気をつけないと自分を下げた発言をすれば、兄の手を止めてしまう。
「今はツナ達以上に強いやつはいないが、匣兵器を作ってマフィアに流れてしまえば、また争いが起きるだろ。だから、ここで作ってる」
「やっぱり危険なことをしていたのか……」
対策をしているのに呆れたように言われてしまった。
「私達は用が終われば、これ以上は作らない」
「あのなぁ」
説教か始まりそうだったので、慌てて口を開く。私達だってマフィアの恐ろしさを多少はわかっているつもりだ。
「だから9代目の協力を得たんだ。未来の記憶が届いてる9代目は無理に開発を進めない。それでも一部抑えられない勢力や時代の流れのために、私達は開発を終えれば、資料などをそのままボンゴレに引き渡す」
「……身の安全の交渉に使ったのか」
呆れたようにディーノが溜息を吐いた。交渉に使った時点で危険な橋を渡っていると思っているのだろう。
「そこまでして必要なことだったのか?」
「誰かが危険な橋を渡らなければならないからな」
「だったら、お前らじゃなくていいだろ……」
チラッとディーノを見て、それは無理だなと心の中で反論した。兄が私が危険な目にあうとわかっていながらも協力したのは、ディーノに死にそうな目にあってほしくないと私が心の底から思っているからだ。
「ごめん」
それでもディーノが本気で私達の心配をしているとわかっているので素直に謝った。
「……オレの方からも上手くお前らのことを誤魔化すから安心するんだ」
そう言って、ディーノは私の頭を撫でた。子ども扱いされているとわかっているが、今回はディーノの手を振り払うことはしなかった。
「おや? もう夕方なのですね」
突如聞こえてきた声にビクッと肩が跳ねた。顔を向ければ、ジャンニーニがそこに居た。彼は今日も居たのか。気付かなかった。服が汚れていることから、部屋の拡張をしていたのかもしれない。
ジャンニーニは気がきくようで、挨拶を終えればディーノにソファーへ誘導しお茶を勧めていた。今まではかなりのおっちょこちょいだったが、未来の記憶が届いて多少は改善されたらしい。そのため知識でリボーン達の呪いを解くときに居なかったのは、ボンゴレで引っ張りダコの状況だからだ。今回は9代目の依頼という形なので、最優先でこっちへ来られたらしい。
彼がディーノの相手をしてくれているので、私も作業に入る。兄が私でも出来る内容のは残してくれているからな。正直、私の手を借りなくても兄さえいれば何も問題ない気がするが、いつ代理戦争が始まるかわからないので仕方がない。それに兄にだけ負担をかけたくないし、やれることはやるつもりだ。
今日はこれ以上出来ることはないので身体を伸ばす。……疲れた。
「お兄ちゃん、どう?」
「もうすぐ、ひと段落するよ」
「そう」
「サクラはこれとこれならどっちがいいと思うかい?」
兄の両手には設計図があった。代替品を作る設計図なのだろう。
「……こっち」
「わかったよ!」
間違っていても知らないぞ。まぁ兄がやる気になったからいいか。片付けを終えたので、暇をしているだろうディーノのところへと向かう。
「ついてきても微妙だっただろ」
「そんなことねーよ。それに知らねー方が後悔したぜ……」
「そう」
私もソファーに座ろう。着替えはもうちょっと休んでからにする。リラックスしているとディーノが私の頭を撫ではじめた。思わず視線を向ける。
「嫌か?」
「……別に」
可愛くない返事だと自身でも思う。でも、子ども扱いはしてほしくない。かといって、嫌かと聞かれると嫌ではない。複雑な心境なのだ。
素直じゃない私の返事でも、ディーノは手を止めることはなかった。満足そうな顔をしているし気にならなかったようだ。
ディーノの顔をジッと見ていると、気付けば私は手を伸ばしていた。
「ん?」
疑問そうな彼の声を無視し、私は彼の左胸からそっと触れながら手を下げていき、視線も一緒に辿る。お腹近くまで下ろしたところで、我に返った。何をしているんだと私は軽く息を吐き、手を離す。
「ごめん。なんでもない」
明らかに怪しかったので、それだけでは納得しなかったようで、頬に手をそえられ視線を無理矢理合わさせられる。無理矢理といっても痛くはなかったが、無理矢理なことには変わりないので睨む。
「死なねぇよ」
「っ!」
相変わらず何も話そうとしない私を説得する言葉をかけると思い込んでいた。
ディーノはさっきの行動だけで、気付いたのかもしれない。ディーノが怪我をするかもしれない箇所を私が撫でていたことに。
「絶対にお前より先に死なねぇ」
「……君より私の方が若いぞ?」
「それでもだ」
あえて冗談交じりに答えたのに、ディーノの返事は真剣なままだった。なので、私も真面目に答えた。
「この世に絶対はない。……現にお兄ちゃんは死んだ」
私の中で兄は絶対だった。私がツナ達と仲良くなったことで殺されることになっても、私が先に死ぬと思っていた。私よりも先に兄が死ぬなんて思いもしなかった。10年後の時代の話という風に私は割り切れない。
「……そうだな」
この話は止めだとディーノの腕を掴む。いい加減、頬から手を離してくれ。
素直に下ろしたことにホッと息を吐く。どうも私は神経質になっているようだ。正直、ここまで話す気はなかった。……後で謝らないと。
やはり今回はいつもと違うのだ。毎回似たようなことを思っているかもしれないが、今回は本当に本当である。
復讐者は手段を選ばない。未来の時のように見逃せてもらえるとは思えない。今回は代理戦争中で手の内をさらしてももういいのだ。
だから白蘭の時よりも、シモンの時よりも怖い。
……せめて、あれから復讐者と協力する話を知っていれば、多少はましだったんだろうなと思う。
だからといって、ディーノは何も悪くない。私を安心させようと、頼っていいと声をかけてくれるディーノに八つ当たりのようなことはしてはいけない。
「ディーノ、その、ありがとう」
私にしてはちゃんと言えたと思う。少しは素直になって言葉にする努力の成果が出ている気がする。
「……あの時、引き止めたのはオレだったな」
思わず私は首を傾げた。私が素直に言ったのだから、ディーノは褒めたりしそうと思っていたのだ。ちょっと予想外の反応である。
「お前を1人にはしねぇよ。死ぬ時は一緒だ。……フミ子、形態変化」
目の前に2つリングが現れ、ゴクリと喉が鳴った。このリングの特性にディーノが気付いていないはずがない。
「……正気か?」
「ああ」
私は深呼吸を繰り返す。ディーノが本気で言ったなら、私はちゃんと伝えなくてはいけない。
ゴホンッと咳払いし、ディーノと向き合う。
「……ディーノ、重い」
「は?」
「だから重い。もう一度、さっきまでの自身の言動を振り返ってみればわかるはず」
わからないと怖い。
「…………いやっ、そういうつもりで言ったわけじゃっ!! つっても、そんな変わらねぇのか!?」
慌てて否定した後に、ディーノは気付いたようだ。どっちにしろ、かなりヤバイ発言にしかならないことに。
「君がこっちの道にくるなら、僕はいつでも歓迎するよ!!」
「お前、いつから居たんだ!?」
「ずっと居ただろ」
私は冷静にツッコミをいれる。兄がもうすぐでひと段落すると言ったんだ。空気を読んで黙っていただけで少し前には作業を終えていたはずだからな。
兄とディーノが騒いでる横で、私はほんの少し表情を緩める。正気かとツッコミ出来るぐらい冷静だったが、かなり嬉しかったのだ。言葉を選び間違ったりしただけで、彼が伝えたかったのはちゃんとわかったからな。
「もう皆さんは作業を終えたようですね。私はもうすぐかかりますので、こちらのことは気にせずに帰ってくださいね」
……居たのか、ジャンニーニ。
兄とディーノは言い合いで忙しそうなので、表情を戻した私が代表して返事したのだった。