……もう少し休息がほしいと切実に思う。
実際のところ、薄々気付いていた。雲雀恭弥が骸と会えなかったことからフランスに行っただろうと私は判断したのだ。つまり、クローム髑髏が転入してくる時期がきてもおかしくないのだ。
「はぁ」
大きな溜息を吐き、私はケイタイを持って立ち上がる。そして、らしくはないが教室から出て行く前に声をかけることにした。
「しっかりしろよ」
「え……?」
「ただの助言」
「サクラちゃん!」
クローム髑髏と一緒に居た笹川京子に呼ばれたが、振り返りもしない。これ以上は私が言っても意味がないからな。
「……ありがとう」
ただ、その後続いた2人の言葉に一瞬だけ足が止まってしまったのは仕方のないことだと思った。
屋上にはツナ達が集まっているので、中庭へと向かう。ここならまだ人通りが少ない方だろう。
『どうした? なんかあったのか?』
日頃の行いなのか、用がないと電話をかけないと彼は思っているようだ。……間違ってないか。
「悪い、そっちは夜中だろ」
『これぐらいならいつも起きてるぜ』
「……君が起きそうな時間にかけ直す。寝ろ」
言うだけ言って私は切った。眠っていたなら、軽い気持ちで話せたのに……。
「まぁそうだよな」
ケイタイの着信を見て、思わず呟いてしまった。
「身体壊すぞ」
『そんなヤワな身体してねーよ。で、どうした?』
むぅと眉間にシワが寄る。
「言いたくなくなった」
『桂に話せないことなんだろ? 待ってろ、そっちに行くから』
「急にリボーンに呼び出されて、また日本に来ることになるから、そのつもりで準備した方がいい。……それだけ」
早口で言った。私はただ、シモンのことでディーノに負担をかけたから、心構えしていれば少しは違うだろうと思って電話をしただけなのだ。ディーノが来ては本末転倒である。
『……そうか。だからオレが遅くまで起きてるって知って、後にするって言ったのか』
「ごめん」
『なんでお前が謝るんだ、お前はオレのことを思って電話かけてくれたんだろ?』
「だって、毎日こんな遅くまで起きてるなんて思わなかった……」
睡眠時間を削って今少し無理をすれば、後が楽になると思っただけなのだ。私が頼るから、彼はずっと無理をさせていたのかもしれない。ディーノのボスなのだというのをもっと自覚しているべきだった。彼は私と出会う前から忙しい立場の人なのだ。
『そんな寂しいこと言うなって』
「……私は何も言ってないぞ」
『ああ。でも考えたろ?』
言葉に詰まる。そもそもなぜバレているのだ。
『距離なんて取ろうとしないでくれ。寂しいだろ? な?』
……寂しい、か。兄はいつも私の側に居るから、ツナ達と出会わなければ、理解出来ないことだっただろうな。
「じゃぁ君の要望通り、無理難題をふっかけることにする」
『ああ。任せろ』
「君の言葉に甘えてさっそく。眠ってから動き出せよ」
『……わーったよ』
不貞腐れたようなディーノの反応に思わず、クスクスと笑ってしまう。
「残念だったな。兄も似たようなことするから、慣れているんだ」
私のためにと無茶をする時が何度かある。緊急事態などの余程な理由じゃなければ、私がちゃんと頼めば兄は必ず休んでくれるからな。
『桂と一緒の扱いかよ……』
「私に弱いという意味では君も一緒だ」
『ちげぇねぇ』
「いつもありがとう。おやすみ」
『気にすんな。オレが好きでやってんだ。じゃぁな、おやすみ』
流石に私に嘘をついてまで動こうとはしないだろう。ホッと息を吐いて顔をあげる。そろそろ戻らないとチャイムが鳴ってしまう。
「ねぇ」
「うわっ」
……いつから居たんだ、雲雀恭弥。ちょっとしたホラーだぞ。そもそも最近遭遇率が高すぎじゃないか?
「今の跳ね馬?」
「そうだが?」
「そう」
彼の中で納得したらしく、私の疑問は無視された。相変わらず、扱いが酷い。……折り返し電話して、雲雀恭弥が君の存在を気にしていたとディーノに伝えた方がいいのか?
「……授業始まるから」
もっとも、今は雲雀恭弥から逃げるべきだろう。風紀を乱さないためだと訴えるように私は彼を横切る。
「待ちなよ」
しかし彼からは逃げられない。これがレベルの差である。仕方なく視線を向ける。すると、私を呼び止めたくせに、雲雀恭弥は周りを見ていた。用がないなら、戻らせてくれ。
「……君の兄は近くにいないの?」
「ん? 兄に用なのか? 悪いが、私の頼みで昨日から家にいない」
周りに目を向けていたのは、兄を探していたからなのか。……雲雀恭弥にも兄が私をストーカーしているとバレているようだ。恥ずかしい。
「放課後に合流する予定だから、伝えるぞ?」
「それじゃ、遅い」
そこまで急ぎの用なのか。兄のテンションは疲れるから避けていたが、仕方ない。電話をかけるしかないか。
しかし、私が懐に手を伸ばすよりも早く、雲雀恭弥は電話をかけていた。今の流れから相手は兄だろう。……兄の番号を知っていたことに驚きだ。
『やぁやぁ雲雀君! どうかしたのかい?』
私の耳にも兄の声が聞こえた。もう少し声を抑えろ。雲雀恭弥も物凄く嫌そうにケイタイを耳から遠ざけてるぞ。
「僕の気のせいじゃなければ、君の妹……身体壊してるよ」
「は?」
雲雀恭弥の言葉に驚き、思わず額や頬を手で触り確認する。
「いや、問題ないぞ!?」
確認が終わればすぐにツッコミしたが、兄との通話は終わっていた。今から私が何を言っても、飛んで帰ってくるぞ……。
遠い目をしていると、雲雀恭弥は歩きだした。一向に動こうとしない私に向かって彼は言った。
「荷物取りに行くよ」
「だから問題ないぞ?」
「早くしなよ」
私の話を聞け!と思わずツッコミする。もちろん心の中である。大人しく動くから、トンファーをチラチラするのは止めてくれ。
私と雲雀恭弥が言い合ってる間に授業が始まっていたので、静かに教室の扉をひらく。
「遅い! 授業が始まって何分たっているんだ!」
扉が開いた音で反射的に怒ったようだ。このまま怒られ続けられるのは理不尽だったので、つい呟いてしまった。
「不可抗力」
私が反論したことで、顔を真っ赤にした教師が一瞬で真っ青になる。どうやら、廊下にいる雲雀恭弥の姿を見たようだ。慌てて頭を下げ始めた教師を素通りし、私は自分の机へと荷物を取りに行く。
「サクラ、どうしたの?」
荷物を片付けていると、ツナがこっそり聞いてきた。私もこっそり返事をかえす。
「雲雀恭弥が早退しろって。彼の目には私の顔色が悪くうつっているらしい」
「え? 大丈夫なの?」
「今のところ、問題ない。彼が兄に電話していたから、どのみち帰らされるから帰る感じ」
「そうなんだ……」
興味津々な周りの目と違って、ツナは私の体調が本当に大丈夫なのかと真剣に観察するような目だった。そしてそれはツナだけじゃなかった。……いつの間にか随分と増えたな。
「じゃ、また」
「うん。ゆっくり休んでね。お大事に」
……いや、だから体調は悪くないんだが。もうツッコミする気力もなかったので、私はコクリと頷いて教室から出た。
私が教室から出ると雲雀恭弥は歩きだした。……距離が離れすぎると彼の足が止まることから、これはついていくべきなんだろうな。
結局、雲雀恭弥から数メートル離れた距離感のまま家まで歩く羽目になった。もちろん数メートル離れているので会話はない。しかしここまで離れていれば、会話がなくても気まずい思いはしなかった。
「えーっと、ありがとう」
もうちょっと何とかならないのか。目を泳がせながら、礼を言った自身にツッコミをいれる。せめて、えーっとは止めろ。
雲雀恭弥は軽く溜息を吐いて去っていった。その後ろ姿を見て、パチンと自身の頬を叩いた。
「今日だけじゃない。この前も、ありがとう! おかげでまた学校に通えた!」
よく考えると私は継承式編の礼を1つもしていなかった。雲雀恭弥にとって、メリットはほとんどなかったはずだからな。唯一あったとすれば骸との再戦だが彼は居なくなったし、結末で偶然得れたものだった。つまり兄の言葉もあながち間違いじゃなかったのだ。風紀の乱れを直すために動いたという前提があるにせよ、私のために彼がわざわざ動いたのは事実だ。
「……何かあれば、言いなよ」
足を止め、ポツリと彼は言った。
ああ、そうか……。彼が連絡先を教えたのは私の身の安全のためでもあったのか。今、やっと気付いた。彼の連絡先を知っていれば、会いに行かなくても休学の許可を得られただろうしな。
私の返答を期待してなかったのか、彼はそのまま去っていった。兄やディーノとは違い、素直に雲雀恭弥に頼るイメージは全くつかないが、身の回りにはもっと気を配ろうと思った。
家に入るとドアの音に反応したのか、母親が玄関にやってきた。
「……あらあら、大変だわー。ゆっくりベッドで休みなさい」
母親がおっとりすぎて、全く大変だと思えないが、親の目から見ても私は体調を崩しているらしい。熱はないと思うのだが、大人しくベッドで寝よう。
部屋に入り、楽な格好に着替えてベッドに潜る。いつもなら、鍵を閉めているが今日は開けっ放しでいいだろう。入れなければ、兄が騒ぐと思うし。
ピピっという機械音がしたので、ベッドに入った時からつけていた体温計を外す。
「36度3分……」
やはり熱はないな。だが、ここは大人しく眠ろう。
すぐに寝付けなくゴロゴロしていれば、ドタバタと足音が聞こえてきた。近づいてくるなと思った時には、勢いよく扉が開かれていた。……カギを閉めなくてよかったな。兄に壊されるところだった。
「サクラァ!!」
「ノック」
定番化しているツッコミに兄は見向きもせず、不安そうな顔をして私の手を握った。
「……お兄ちゃん、大丈夫だから」
「…………これでもエリザベスのことは信用していたんだよ。でも雲雀君の言葉を聞いて、いてもたってもいられなかったのだよ」
普段の態度からは想像つかないが、兄もトラウマになっているのかもしれない。
「少し疲れてるだけだ。お兄ちゃんの体質と匣兵器のおかげで、私はそう簡単に死なないから」
存在ごと消されるというような理不尽がなければ、もう少し兄を安心させることが出来る言葉をかけれたが、これが精一杯だ。
「お兄ちゃんこそ、気をつけて。これ、一方通行でしょ?」
「……気付いていたのかい?」
「今まで1度も私から無理矢理奪うなんてことなかったのに気付かないと思ったの?」
呆れながら言った。匣兵器を改造出来る兄が、フミ子の形態変化と同じシステムのままにするわけがない。それにもしフミ子と同じなら、ずっと私につけるように兄が言うはずがない。もし兄が怪我して治るまでの僅かな間に、私が生命力を吸われて死ぬかもしれないからな。
フミ子の形態変化が使える条件が難しいのは当然だ。片方に何かあれば、生きながらえるかもしれないが、どちらも死ぬこともある。生半可な覚悟では使えない。……使ってはいけないものなのだ。だからフミ子は互いの覚悟を感じ取って、使用できるかの判断もしている。フミ子が親しくなければ判断出来ないから、未来ではディーノ以外が使えなかったのだ。
そこまでわかれば、エリザベスの形態変化が未来でユニに使えたのは、一方通行だったから。兄の意思でしか外せないのは、兄の覚悟だけが必要だから。あの時が特殊だっただけで、普通は相手側にデメリットはないからな。
「気付いていて、つけてくれたんだね」
「それでお兄ちゃんが安心できるならいいと思えたんだ」
笑みがこぼれる。情けない笑みだ。本当に私達兄妹は歪んでいるんだなと改めて自覚したのだ。
「お兄ちゃん、大丈夫だよ。私は外してって言わないし、外そうと画策しないから。今回はまだエリザベスが発動するほど体調を崩したわけじゃなかったからだよ」
はっきりと声に出したことで、もう戻れないだろうなと思った。私には兄が必要で、兄には私が必要なのだ。
「僕はそんな関係お断りだよ」
「……えっ、なんで?」
兄の拒絶の言葉に悲しみなどの負の感情は浮かばず、驚きしかなかった。それほど兄の反応は予想外だったのだ。
「僕はサクラのお兄ちゃんなんだよ。サクラが心配なのは兄として当たり前の感情で、深い意味なんてこれっぽっちもないよ」
兄の顔をジッと見たが、ウソには思えない。私は自身の指にはめてあるリングを見る。
「サクラが気に病むというなら、今すぐ外すよ」
「本当に……?」
「もちろんだとも。このリングはサクラを守るためにつけてもらったんだよ! このままだと本末転倒だからね!」
兄を見ながら、リングを外してみる。
「とれた……」
「くっ!」
リングに意識を向いていると、兄が声をあげて手で顔を覆いだした。
「お兄ちゃん?」
「すまない。僕が思ってた以上に、悲しくなってしまったのだよ……」
兄の言葉にすぐに嵌めようと決意する。
「これでサクラに『お兄ちゃんのおかげで助かったよ。ありがとう』とハニカミながらお礼を言ってもらえる機会がなくなるかと思うと……!」
「……おい」
思わず低い声が出た。
「僕の出番が少ないのだよ! 最近サクラはディーノにばかり頼るからね。そのリングが使えないとなると僕の存在意義に危機が迫ってきているのだよ!」
兄の必死さに引いた。私には幻覚はきかないはずなのに、血の涙が流れているように見える。
「……いや、まぁ体調崩してるみたいだし、お兄ちゃんがいいならつけるけど」
「もちろん、いいとも!」
「えーっと、じゃあ」
おかしい。まさか外して数分後につけることになるとは思わなかった。
「サクラ、僕は頼りになるだろう!?」
「そうだねー」
棒読みだったが、兄は喜んでいた。兄のテンションが面倒になったので、寝るといい追い出した。ウソではないしな。
眠ったのが良かったのか、眠ってる間に匣兵器が発動したのかわからないが、次の日には家族が心配している雰囲気はなくなった。
そのため、学校行く前に兄にリングをかえすことにした。
だが、何も言わなかったからか、もしくは何もなかったからか、あまりにも兄がショボンとするので、またリングをはめてしまった。
「……おかしい、結局いつもと変わらない」
はぁと軽く溜息を吐いてから、私は軽い足取りで学校に向かったのだった。
余談だが、数日後にディーノがやってきた。どうやらツナから私が体調崩してたと聞いて、駆けつけてきたらしい。もちろん、しばらく離れても問題ないように全て片付けてからだが。同じ失敗は繰り返さなかったようで何よりである。
「人の心配より、自分の体調に気をつかえよ? な?」
ただ、説教は勘弁だ。
「お前は身体が弱いんだからな?」
私の身体が弱いわけではなく、ディーノ達がおかしいのだ。そこのところをしっかりと理解してほしい。……面倒なので何も言わないが。とりあえずディーノの話に合わせて頷く。
「……聞いてねぇだろ。ったく」
途中から聞き流したのがバレたようだ。
「心配かけたのはちゃんと理解している」
「それならいいんだ」
褒めるようにディーノが頭を撫でたので、プィっと横を向いた。
「反抗期か?」
笑いながらツッコミされ、「べつに」とスネたように返事をかえす。ディーノに頭を撫でられるのは好きだが、子ども扱いはしないでほしいのだ。
「なんつーか、恭弥と反応が似てきたな」
ガーンとショックをうけた。
「す、すまん。そんなに嫌だったのか……」
「当たり前だろ。これでも私は女だぞ。可愛くないと思われたくない」
「ん? 可愛いぜ?」
……無自覚で誑したぞ。これだから、鈍感タイプの主人公属性は厄介なのだ。こうやって天然でハーレムを作っていくからな。モブの敵、滅びろ。
「顔真っ赤だぜ!? まだ体調が治ってねーのか!?」
「……フミ子」
「パフォ」
相変わらず、自由気ままな匣兵器である。主はディーノのはずなのに私が呼べば出てくるし。
「一発ぐらい殴っといて」
「パフォ!」
「なっ、フミ子っ!?」
私は頭を冷やすために、コンビニにアイスでも買いに行ってくるか。フミ子の分も用意してあげよう。……ついでに彼の分も。
近づき過ぎた2人の関係を桂さんが戻すために、頑張ってサクラを誘導しました。
ちなみに、ディーノさんが桂さんを殴らなければ、この兄妹は歪んだまま進みました。