これは2話目です。
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男が消えた後、ゆっくりと天候が戻っていく。あれほど荒れていたのがウソのようだ。そして、雲の割れ目から出てきた太陽に照らされた彼女は、翼のこともあり天使に見えた。また翼の色が銀のせいで、輝いているのもある。
私がボーッと彼女を見ていると、微笑んで降りてきた。
「彼の魂を守ってくれてありがとう」
無意識だった。あれほど守ろうと思っていたのに、手を広げ彼女に見せた。
「私が責任を持って……といいたいけど、それは難しいの。でも私の父が、必ず」
「……ん、わかった」
私が返事をした瞬間、空に向かって飛んでいった。今度は引き止めず、無言で見送る。
「もう大丈夫。父が受け取ったわ。これで彼の魂は父が記憶した。だから彼の魂は必ず父の元に戻る」
「……そう」
兄の魂は受け取ったのになぜそのような言い方をしたのだろうと一瞬考えたが、理解できた。不安を取り除くためだろう。過去にいる兄、パラレルワールドの兄は生きているのだから。
「聞きたいことは? あなたは権利がある」
「特に」
もしかすると彼女の父があの男が言っていた「あいつ」のことかもしれない。が、聞くのはやめた。いろいろ言いたいこともあったのだが、どうでも良くなったのだ。
兄が救われたならいい。あの男の手元から離れただけで私は十分で、彼女の父なら大丈夫と思えた。
「……少し昔話をするわ」
別にいいと言ったのだが……と思ったが、それは私だけだったようだ。だから彼女は語った。
「何でも出来る優秀な神がいた。そしてそれを妬んだ神がいた。妬んだ神は優秀な神を困らせようとした。優秀な神は怒り、その神の力を落とし閉じ込め異変を対処し戻すことができた。
それからいくつもの時が流れ平和だった。しかし、優秀な神を妬んだのは一人ではなかった。
解放された妬んだ神は、過去に戻った。力を取り戻すために。結果、妬んだ神は完全ではないが、力を取り戻すことができた。
その影響で1つの世界が歪み、時の流れも狂った。
居場所がなくなった魂はあふれ出した」
彼女は淡々と過去形で話していた。だが、ここで口調が戻った。
「当然よね。その世界は急に過去に戻ったもの。今まで生きていた人たちは過去では生まれていない。維持しようとしたけど、敵わなかった」
今まで淡々と話せていたのは関係なかったから。恐らく彼女が維持をしようとしたのだろう。
「もうその後は想像できると思うわ。溢れた魂を使って妬んだ神はこの地に下りた。その時にその魂は優秀な神の管理から外れてしまった」
その魂が兄だったのだろう。それで、私という存在がうまれた。
「どうしても1度は父の元へ返さなければいけなかった。……ごめんなさい」
頭を下げた彼女を見ても、怒りは沸いて来なかった。どちらかというと、これで良かったんだと思えた。
「……君は、どうするんだ?」
自身でも口から出た言葉に驚いた。なぜそのようなことを聞いたのだろうか。似たようなことを考えたからかもしれない。彼女も自身の事を歪と言ったから。
「父の元へ行くわ」
歪かもしれないが、居場所はあったようだ。……私と一緒で。
すると、ガシャンという音が聞こえた。何が起きたか理解したと同時に、唖然とした。
いったい何をやってるんだ、彼は……。そんなに巻き込まれたことに苛立ったのか?
彼女の反応を見ると苦笑いしていた。驚いた様子がないところを見ると、わかっていたのかもしれない。
「ねぇ、君が存在していた世界は消えたんだよね?」
思わず首をひねる。なぜ彼はそう思ったのだろうか。確かに、当事者のように維持した時の話はしていた。だが、その世界で彼女が存在していたと普通考えるだろうか。彼女の父をサポートしていたという風に捕らえるはずだが。
「……そうか。1度目の異変の時か」
ディーノが何か気付いたようなので、説明しろと袖を引っ張る。
「外から戻せるなら、お前が苦労する必要なかっただろ? だから1度目の異変を戻したときも誰かいたはずなんだ。こいつ以上に適任はいないだろ。こいつの話が本当なら人の血も、神の血もひいているからな。……それだけ1度目の異変の大きさが異常だったってことだけどな」
ディーノが最後に呟いた言葉に目を見開いた。彼女はどれだけの苦労したのだろうか。
「あなたの方が大変だったと思うわよ。彼の使った力が多ければ多いほど、父は私を通して力を振るうことが出来たから」
……それは聞きたくなかった。なぜなら私が弱くて彼女が強いのも、そういうことなのだろう。悲しくなってきた。
「早く答えなよ」
私が落ち込んでることをスルーするとは、相変わらず扱いが酷い。
「この世界に私は存在しない」
下を向いていたが、思わず顔をあげた。とても残酷なことを彼女がはっきりと言ったから。
「大丈夫よ。父の元へ行くから」
彼女は笑っていた。維持できなくなったときから、わかっていたことなのかもしれない。だが、気付けば口を開いていた。
「……それでいいのか?」
「ええ。影響でこんな姿に戻っちゃったけど、私は十分生きたから」
つまり見た目と年齢があってなかったらしい。ふと彼女が空を見た。それだけで時間がもう残ってないことに気付いた。
「この刀とスケボーは返します。この世界のものだから。……離してもらえますか?」
しばらく2人は見つめ合っていた。しかしなぜ彼女は無理矢理外さないのだろうか。彼女なら、出来ると思うのだが。外すために彼が歩き出したので、気にするだけ無駄かと判断した。
しかし彼は何を思ったのか、グイッと手錠を引っ張った。
「~~~~っ!?!?!?」
声にならない悲鳴をあげた。だが、それは私だけじゃなかったらしい。誰もが驚き、口をパクパクしていた。
とりあえず背伸びをし、ディーノの頬をつねる。反応はない。夢だったのだろうか。
……そうである。彼があんなことをするわけがない。
「あ、あなた達の幸せを願ってます」
気のせいだ。彼女の顔が真っ赤になり、逃げるように空へ飛んでいったのも、全部気のせいだ。現に彼は何もなかったように平然として、どこかへ行ったじゃないか。
ただ、思った。
「今までで1番の悪夢を見た」
「……そうか。あれは夢か」
私達はなかったことにした。
起き上がり身体を伸ばす。今日でこの部屋ともさよならだ。
「……電話しよう」
私はこの世界でやり残したことを考えた時に、両親の顔が浮かんだのだ。関係を修復するのは未来の私の役目だが、兄が死んだことは私が伝えるべきと思ったのだ。
ロマーリオに連絡方法を聞き、電話をかける。手は震えていた。
『はい。もしもし?』
反応からして私からとは聞いていないようだ。お母さんの声は10年前とあまり変わらなかった。
「……私、サクラ」
『…………』
しばらく待ったが返事がない。聞こえなかったのだろうか。もう1度伝えようとしたら、父の声が聞こえてきた。
『……本当にサクラなのか?』
「ん。……ごめん」
過去の私にはあまり実感がなかったため謝るのが遅れてしまった。だが、10年も会っていないというのは2人を苦しませるには十分な時間だった。お母さんの泣き崩れた声やお父さんの震えた声で私を呼んだだけで理解できた。
2人がこんな状態なのに兄のことを話していいのだろうかと一瞬頭をよぎったが、兄の最期は私にしか伝えることが出来ない。
「お兄ちゃんがさ、死んだんだ」
もっと何か言おうと思っていた。しかし口から出るものは簡単な言葉だった。
『……桂はサクラに会えたのか?』
「うん。いっぱい、いっぱい、助けてもらった。最期の最期まで」
『……そうか。それなら、桂は幸せだったね』
言葉が上手く出なかった。どこかで私は責めてほしかったのだ。
『サクラ、桂の最期の言葉は?』
「僕を受け入れてくれてありがとう、とても楽しかったって……」
『うん。そうだろうね』
お父さんの優しい声が胸に響く。
「お父さん、お母さん……、ごめんなさい……」
『桂のことで謝ったなら、お父さん達は怒るよ』
「だって……」
『だって、じゃない。桂はとても楽しかったと言ったんだろ? サクラが謝るのは間違っている』
グズグズと鼻をすすりながら、お父さんの言葉を必死に考える。
『それにね、桂はサクラが桂のことで謝る姿なんて見たいと思ってないよ。幸せになってほしいと願ってるはずだよ』
「……言わ、れた。幸せに、なれ、って」
ああ、そうか。今気付いた。お兄ちゃんは過去の私と会った時から、考えていたんだ。ユニの代わりに死ぬことを……。
『もうわかるね?』
「……う、ん。あのね、お兄ちゃん、とっても、カッコよかったよ。知らなかった、ところでも、いっぱい、助けて、くれてた……」
『桂らしいね。お母さんも頷いてるよ』
私が知る限りの未来の兄のことを両親に話した。途中からはお母さんも会話に参加し、お兄ちゃんのバカな話で一緒に笑った。
電話が終わり部屋から出ると、予想通り彼は居た。
「ありがとう」
私は誰も近づかないように配慮してくれたディーノに笑顔で礼を言ったのだった。
過去に帰るため、匣兵器と別れの言葉を交わしている彼らを横目に見ているとツナに声をかけられた。
「サクラはしないの?」
「当然だろ。過去に連れて行くことになるし」
「ダメだよ。正一君が過去に存在しない匣兵器を持ち帰るのはよくないって。……あれ? もしかして……!」
「ん、ヴェルデのサービスらしいぞ」
喜んでる彼らを見た後、私は視線を落とす。
『パフォ!』
私の足元にふっつく2体のパンダに苦笑いする。まさかもう一体いるとは思わなかった。
全て終わった後にユニが抱いていたのを見たときは、フミ子にしか見えなかった。そのため声をかければ落ち込むので不思議でしょうがなかった。
「ほんと、お兄ちゃんらしい。……フミ子、エリザベス。これからもよろしく」
『パフォ!』
元気に返事をした2体のパンダを見て、今度は声をだして笑ってしまった。
笑いすぎて目元を拭っていると、未来の物を持っていることを思い出した。他の物はアジトに置いてきたのに、これだけすっかりと忘れていた。
「入江正一」
「どうしたの?」
「これ、未来の私に渡してくれないか。未来の私の大切な物なんだ」
「うん。わかった」
高そうな物というのもあってか、大事に預かってくれた。
それにしても未来の私は、素直じゃないらしい。貰えるものなら貰うタイプの私だが、高そうなものは躊躇するはずだ。まして保護してもらってる立場なのだから。
使っていたということはそういうことだ。
彼はみんなにバレバレと言っていたが、未来の私にもバレていたのだろう。だから、未来の私は受け取ることが出来たのだ。
「ん? 何かいいことがあったのか?」
「別に」
彼を不憫にするのは私なんだなって思っていたのはヒミツだ。