これは1話目です。
崩れ落ちたサクラをディーノが支え、顔を覗く。
感情が見えない。
泣くことも出来ないほど、サクラは傷ついてしまったのだ。
もしサクラから話を聞いていれば、笑い飛ばせる内容だったかもしれない。が、桂さえもこの隠し事に気付かなかったのだ。回避するのは難しいことだった。
「しっかりしろ!!」
ディーノが声をかけても無反応で、それを見た男は笑い出した。とても嬉しそうに。
しかし男の反応を見ても誰も動けなかった。男の手の上に桂の魂があるからではない。本物の魂かわからないものに躊躇はしない。ただ、男の威圧が強まり動けないのだ。手を出せば殺されると本能が、魂が訴えているのである。
「やめなさい」
鈴のような声が聞こえ、ツナ達は息を吐く。呼吸を忘れるほど、男に飲まれていた。
ツナ達が我に返り声の主を探せば、目に包帯をした少女がサクラの隣に居た。そしてふわりと笑った少女に目を奪われる。しかし奪われた時間は一瞬で、急に現れた少女に警戒し始める。包帯に目がいったが、少女は刀を持っていたのだ。特に男の姿を見えなかったはずのヴァリアーやアルコバレーノが男と少女に殺気を放っていた。
2人はそんな彼らの態度を無視し、互いに対峙する。先に口を開いたのは男の方だった。
「誰だ」
「あの人の代理よ」
「ああ!?」
とても嬉しそうに笑っていた男だったが、突如怒鳴り声をあげる。しかし、ツナ達は先程のように呼吸を忘れるほど男に飲まれなかった。理由は男の視線が少女に向けられていたからだ。少女はそのことをわかっているのか、男をさらに挑発しだす。
「あの人はとても忙しいからね。あなたなんかに時間を割いていられない、私1人で十分よ」
「……はっ。眷属程度でオレに敵うと思ってるのか」
少女の魂胆に気付いたのか、男は冷静になり嘲笑う。が、少女は全く気にせず、まるで見えてるかのように周りを見渡した後、ディーノに顔を向ける。
「大丈夫よ。ちゃんと届くから。あなたの言葉も、あなた達の言葉も」
「本当に……?」
そんな言葉をかけられるとは思わなかったディーノは言葉につまり、ツナが先に反応したのだった。そのため少女はツナの方へ向きなおし、声をかけた。
「もちろん。サクラちゃんにとって、あなた達と過ごした日々は掛け替えのないもの。だから声をかけてあげて」
なぜかその言葉にツナ達は大丈夫だと思え、サクラの名を呼ぶ。その姿に少女はとても嬉しそうな顔をし、声をかけない人物達に顔を向けては苦笑いした。
そして少女は深呼吸し、再び男に向き直った。
「高みの見物のつもり?」
「そんな余裕はない。オレはお前を使ってどうやってあいつを引きずり出すかを考えることに忙しいからな。……お前には遠慮はいらない」
口角をあげた男の表情が見えてるのか、少女は眉間に皺を寄せた。不快なものを見ているようだった。
「手を出さないでね」
釘を刺した後に「まぁそんなスキないと思うけど」と呟きながら、少女は刀を抜く。そして男に斬りかかったのだった。
――――――――――――――――――――
何も聞きたくない。
何もいらない。
違う。私には何もない。
お兄ちゃんと過ごした日々が偽りなら、私には何も残らない。お兄ちゃんと過ごした思い出しかないのだ。もちろん両親との思い出はある。が、そこには必ず兄がいた。
私には何もないのだ。
――本当にかい?
お兄ちゃんの声が聞こえた気がして、顔をあげる。しかし、倒れている兄しかいない。
やっぱり何もないのだ。
「サクラ!!」
再び目を逸らそうとしたが、誰かが私を呼んだ気がする。
「サクラちゃん!!」
ほら、また。
「戻ってくるんだ! みんなと一緒に過去に帰るんだ!」
みんなって誰だろう。兄はもういない。過去に戻ったとしても、良いことがあるのだろうか。過去に戻れば、兄は全て知ってしまう。
怖い。
兄が冷たい目をして私を見ても耐えられる。伸ばした手が届かないことも耐えられる。だけど、伸ばした手を払われると耐えられない。
戻りたくない。
そう思ったとき、誰かに手を掴まれた。
「桂と会うのが怖いなら一緒に行こう。だから、戻って来い! サクラ!!」
「大丈夫だよ! またみんなで雪合戦とかしようよ!!」
「……うん」
気付けば、勝手に返事をし涙が出ていた。
彼が着いてきてくれるなら会えると思ったのだ。それに、みんなと会いたい。私に出来た初めての友達に。
「あんまり心配かけるなよ」
ディーノは私の手を握り、もう片方の手で私の頭をガシガシ撫でていた。だから簡単に口から出た。
「……ごめんなさい」
私が素直に謝ったことに驚いたのか、ディーノは言葉に詰まっていた。それだけなら許せるが、少し顔が赤いのはなぜだ。笑いを耐えてるなら殴るぞ。
「邪魔しちゃうのは心苦しいけど、ちょっといいかしら?」
いつの間にか私の隣に息を切らした女の子が居た。誰だろうか。それに、彼女が乗ってるスケボーは見覚えがある気がする。
「ああ、これね。ちょっと借りてるの」
視線がスケボーに向いていたからか、私の疑問に返事をしてくれたようだ。
それにしても彼女が話しながら刀を振り回してるのはなぜだろうか。少し疑問に思ったが、よく見ると男が攻撃を防いでるような動きをしている。私には見えないが、何か攻撃をしているのだろう。
「ごめんなさいね。今なら私の言葉が届くと思うから、危険を承知でこっちに来たのよ」
誰だか知らないが、何か私に言いたいことがあるらしい。
「彼の魂があそこにあるから、本気を出せないの。だから助けてくれない?」
「……どうしろと?」
ディーノが話を聞いてから返事しろと言ったが、無視する。兄の魂が関係しているなら、手を貸してもいいと思えたのだ。
「あなたが思ってるほど彼とあなたは繋がっていないわ。ただ、ほんの少し魂が惹かれあう」
上手く返事することが出来なかった。彼女はいったい何を知っているのだろうか。
「よく考えて、あなたが今ここにいるのはあなたの意思よね? 記憶を得て関わると決めたのはあなたのはずよ」
彼女の言葉は間違ってはいない。最初は彼らと関わる気なんてなかった。だが、「また明日」とツナに言ったのは私だ。
「彼も一緒よ」
ふわりと笑って言った彼女は目の前から消えた。視線をあげれば、あの男と戦っているようだ。はっきり見えないが、音でわかる。それより彼女の言葉だ。
兄は、気付いていたのだろうか……?
答えはわからない。だが、知りたいと思えた。過去に戻り兄と話したい。
「お兄ちゃん……。お兄ちゃん! お兄ちゃん!!」
上手く説明することは出来ないが、兄にすがって名を呼んだ時とは違った。ディーノもそう感じたのか、私を応援するかのように手を力強く握ってくれた。
そして、幻想のような時間がやってきた。
男の手元にあったものが、私の声に導かれるように目の前に来た。恐る恐るだが手を伸ばす。触れているような触れていないような不思議な感覚だった。
私はディーノから手を離し、そっと両手で包み込む。壊れないように。離れていかないように――。
「……ガキが!」
男から向けられたのは憎悪だった。だが、死んでも離さない。
「あなたの相手は私よ」
彼女の言葉が聞こえると同時に、風が吹き溢れる。これだけの風が吹けば立つのも辛いはずなのに、しっかりと地面に足がついていた。風は嵐になり、空には分厚い雲が増え、気付けば雨が降り、雷が鳴っていた。
「この世界ごとオレを消すつもりか!? ここはあいつが執着した世界だろ!?」
男は舌打ちし消えた。が、すぐに現れた。私にはよくわからない。ただ彼女が刀を振ると、空気――空間が斬れたように見えた。
風などで周りがよく聞こえないはずなのに、彼女の声ははっきりと聞こえた。
「あなたが悪しき力を使えば、その分だけ私達も力を使える。この世界を壊さないために。それ以上の力を私達が使うと、この世界に悪影響が出てしまう。だからあなたを捕まえることが出来なかった。この世界を守ることを優先したから」
この現象は彼女が力が使ったからだろう。だから男は焦っている。本来なら私も焦らないといけないのだが、なぜか大丈夫と思えた。
「だからあなたは安全地のこの世界に逃げ込んだ。神崎桂の魂を使って」
手元を見る。彼女の話が本当なら、この手の中にあるものを守らないといけない。もう私はこれが兄の魂にしか思えないのだ。
「でもその選択は失敗よ。この世界には彼らがここにいる。記憶と魂が惹かれあう力だけで十分で、残すことが出来た」
「……計算があわねぇだろ。これだけの力を残すなんて無理だ! それにあいつの目もあるだろうが!!」
男は動けないのか、喚き散らす。その分、冷静な彼女の声は耳に入ってきた。
「私はあの人の眷属じゃない。私は神と人との間に産まれた子ども。だからとても歪で、天候を狂わせるなんて簡単なこと。神の力なんて、あなたを閉じ込める時にしか使っていない。彼女の目は私の目をあげただけ」
ぎょっとした。男の早とちりであっさりと捕まえることが出来たのかと思っていれば、最後に聞き流せない言葉があった。
「気にしなくていいわよ? 私は見えなくても問題ないの。他の方法ではっきりわかってるから」
そういえば、彼女が見えないと思わなかった。普通に刀も振るって戦っていたのだから。たとえ、これが彼女のウソだとしても、私より強そうである。それに返してといわれても、断るぞ。
気にするのをやめようと思ったとき、男が叫ぶ。聞くに堪えない暴言の嵐だった。彼女はブツブツと何か呟いていたので、男をどうにかする準備に入っているようだ。気付けば、彼女の背には翼が生えていたしな。
もう少しの辛抱かもしれないが耳をふさぎたい。が、残念ながら私の両手はふさがっている。
「これ以上、聞かなくていい」
そういって私の耳をふさいだのはディーノだった。
……ああ、そうか。やっと気付いた。あの手はディーノだったのか。夢で私の目をふさいだのは――。
「『神』の名に誓い、私は彼を『抹消』する!」
「バカな、そんなことをすればお前も……!」
「さようなら♪」
こうして、あっけなく男は消えた。
消えた時にラスボスっぽい癖にすぐに終わったと思ったが、空気をよんで黙っておいた。