立花くんのゾンビな日々   作:昼寝猫・

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「もし私が神だったら、私は青春を人生の終わりにおいただろう」
                  ~アナトール・フランス~


愚かであれ

 

「ようすけくん、あそぼー!」

「うん、ちょっと待ってて!」

 

 家の外から可愛らしい声が聞こえてくる。その声に応えるとキッチンに入り、女性の背中にしゃべりかける。

 

「お母さん、行ってきていい?」

 

 口から出た口調が自分でもわかるくらいに浮ついていて、少しばかり気恥ずかしい気持ちになる。

 食器を洗う手を止めると女性は振り返り、ニッコリと笑った。

 亜麻色の髪をハーフアップにくくり、白のセーター、檸檬色のプリーツスカート履いた美人だ。目の覚めるような、というわけではないが泣きぼくろが可愛らしい雰囲気を醸し出させる。

 でも実は、見た目に似合わず負けず嫌いで、それでもって結構活動的な人だ。

 

 少しタレ目のその美人は、三十代だとというのに、まだ二十代前半にしか見えない。

 

「うふふ、洋介ちゃんと冴ちゃんはホントに仲良しねぇ。暗くなるまでに帰ってきてね?」

「う、うん。夕ごはんまでには帰ってくるね?」

「いってきま~す!」

 

 浮かれた気分を見抜かれたような気恥ずかしさと、外で遊ぼうとはやる気持ちが抑えられず、思わず駆け足で家の外へと向かう。

 うしろから、あらあら、という声が聞こえた気がしたが、無視してしまう。

 

 玄関に急ぐと、目の前に中々重厚な作りの樫のドアが現れる。

 それほど重いモノでもないが厚さがあり、子供の体で開けるには少し力がいる。

 

 まどろっこしく感じた僕は、玄関脇のフックにかかっていたショルダーバッグを手に取ると、体当たりをするようにドアを跳ね開けた。

 そして同じように、うずうずとしながら待っていただろう友達に声をかけた。

 

 友達はセミロングの艶やかな濡れ羽色髪を、ストレートにおろしている。

 真っ白なシャツと、膝丈にすこしスリットの入った形吊りの落ち着いた紺のジャンパースカートが、髪によく映えている。

 

「お待たせ!どこに遊びに行こう?」

 

 それにこたえる友達、冴子ちゃんのうきうきとした満面の笑顔がとてもまぶしい。同じ気持ちだったことがうれしい。

 

 

 今僕はとても子供っぽい行動していると思う。

 

 

    だが誰が構う事か、今まさしく僕は子供なのだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕は今、沖縄から引き上げ床主市の実家で生活している。

 元々父親の事業の一貫で沖縄に行っていた(相変わらず都合の良い特典だ!すごく助かる!)わけで、それがひと段落ついたために帰ってきた形になっている。

 

 空港では毒島親子がまた迎えに来てくれたわけだけれど、結局「え、あ、うん」としか言えず、母親にはしゃんとなさい!とどつかれてしまった。何を言おうか色々考えていたのに、いざ目の前にして、すべて頭の中から消え去っていたのだ。

 しかし前回のやりとりを覚えていないのか、そこまで大した意味出なかったのか、僕の一人相撲だったようで、冴子ちゃんは普通に、また会えたこと喜んでくれた。

 結果として特にいざこざも無く僕は、冴子ちゃんとは仲直り?することが出来た。

 

 でもなんだか、正直いろいろ心配して損した気分だ。もにょる・・・。

 

 

 

 なんにせよ、そんなわけだ!

 こっちに来てからは、学校が始まるまでひと月後あるためここ一週間、毎日のように冴子ちゃんと遊び倒しているわけである。そういう事なのだ。

 

 

 

「ようすけくん、今日は公園にいこ?」

「公園?」

 

 何をしようかと問いかけると、冴子ちゃんから提案があった。

 うちと冴子ちゃんの家の近くに公園は無い。もしかするとベッドタウン側にある公園だろうか?

 もっぱら近場の空き地や、お互いの家で遊んでいたため、今まで行ったことは無い場所だ。

 

「うん、今まであきちばっかりだったでしょ?なら公園でびゅー!してみようよ!」

「いいけど?」

 

 なんだか胸を張りつつ、天高らかに拳を振り上げ宣言する冴子ちゃん。

 

 でびゅーって・・・なんだかとりあえず使ってみた響がある。

 

「・・・あ、もしかして昨日の朝やってたやつ?」

 

 不意に僕の頭に、考えが横切った。テレビ番組だ。平日の朝八時のニュースの後にやる、30分くらいの流行モノ特集番組がある。

 

 そしてそういえば昨日の朝のそれでは、主婦の公園デビューに関するモノをやっていた。

 意外と面白くまとめられていたため、僕も最後まで見てしまったのだが、冴子ちゃんもアレを見たのではないだろうか?

 

 考えた事を聞いてみると、元気に手を振り上げた状態のまま固まってしまった。目も泳ぎ回っている。

 

 数秒固まっていたが「早く来ないと、おいてっちゃうよ~!」と言いながらベッドタウンの方へ駆けて行ってしまった。

 

 どうやら図星のようだね。

 

 

 たぶん意味はよくわかっていなかったが、何をするかは分かったので使ってみた、そんなとこだろう。

 

 走って行く冴子ちゃん追いながら、そんな子供っぽいやり取りも楽しく感じている自分を強く感じた。

 

 

 

 

 

 結局2キロもある公園までの道のりも、その途中に寄る場所にも止まらずに走って行けるわけも無く、途中で歩きながら行くことになった。

 

 ばつの悪かったらしい冴子ちゃんは、しばらくは目を合わせてくれなかったが、なだめすかしているうちにどうにか機嫌を直してくれた。今はいつものように、二人でおしゃべりをしながら歩いている。

 

「でね!この前お父さんから褒めてもらえたの!」

「へ~、まあでも錬成大会でそれだけできるのはすごいね!」

 

 いったい何がそれだけ凄いというのか。いや、もちろん小学生剣道錬成大会で上位というのは、とてもすごい。

 そうではなく、小学生は使える語彙が少なくて本当に困る。時々だが、自分がものすごくバカになった気分になる。褒めてるのに、褒め切れた気がしない。しかし褒めてるのに「それどういう意味?」と聞き返されるのはもっと間抜けな気がするのだ・・・。

 ある意味では楽なのだが、周りに合わせてフィーリングだけで会話するのは少し疲れる時がある。もう五年はこの感覚と、どうにか付き合ってくしかないのだろうな・・・。

 

「でしょ~、もう小学2ねん生なんだから!」

 

 むふー、と得意げな冴子ちゃん。大人ぶりたい年頃なのだろう、「ボク」と「俺」との距離感が掴めてからは僕も割とそういうところがある。

 ようするに大人ぶりたいのだ。

 ほほえましいし、その方が社会としては健全だ。大人が子供になりたがるよりは、よっぽどいい。

 

 

 

 それはそうと、冴子ちゃんは自分の家にいる間はお嬢様然としているが、外で遊んでいるときはそうでもないことが多い。むしろ・・・アクティブな分多少おてんばにも見える。

 

 僕だけが知ってるホントの顔!とか思えれば楽しいのだが、見た感じどちらも好きでやっている部分がある。

 たぶんどっちも素だろう。

 

 そりゃあ将来「女の義務」なんて語るお人だからと言って、小学生からそんなんなわけがないはな。

 それでも人前に出た時の楚々とした所作を見るに、素養は十分にありそうだけれども。

 

 もちろん教育の賜物なのだろう。

 健吾さんが海外でも指導しようとするオープンな人なのに対して、おじい様、おばあ様がガチガチの昔かたぎらしい。僕もおじい様の方には会ったことがあるが、御留流を継承しただけあって、酸いも甘いも嚙み分ける一本芯の通った頑固親爺だった。

 

 たまに冴子ちゃんも不満を漏らしている。曰く、大好きだけどうるさい、一緒にいるのはいいけどくっつくとおじい様のお部屋匂いがして嫌、とか。

 

 ・・・確かにあの爺様昭和というより、大正な気質の人だが、女の子には躾け以外大甘な人でもある。そんな言葉聞いたら卒倒するんじゃないだろうか?そんなニュアンスの事を言う時は、オブラートに包むように言っておいたがどこまで耐えられるやら・・・。

 

 

 そんな益体の無い事をつらつら考えながら、僕はしばらく自慢げな冴子ちゃんをほめ続けた。

 はにかむ彼女は本当にかわいいのだ、褒めるだけで見ることが出来るなら安いものだ。かわいいは正義である。

 

「えへへ・・・あ、着いた!早く、早く!」

「いや、約束してるんだから逃げないってば!」

 

 公園までまだあと半ばの住宅街にある、目的地にたどり着いた。インターホンのブザーを鳴らすと「ピンポーン」と電子音が家の中から聞こえてきた。

 

「どちらさまでしょう?」

「こんにちは、ぶすじまさえ子です」

「立花洋介です」

「あら!冴子ちゃんと洋介君いらっしゃい。中に入って待っててもらえる?」

 

 ぺこりと頭を下げながら僕と冴子ちゃんが答えると、薄く茶色がかった髪の女の人が中に入れてくれる。

 女の人は僕達をリビングに通すと、コースターとガラスコップを取り出してどうぞと言ってジュースを注いで机に置いてくれた。部屋は白い壁の、キッチンと一体型の、いわゆるリビングキッチンになっている。家具やドアなどは全体的に木目調だ。

 

 見回すと、人が出入りできる大きな掃出し窓があり、対面にソファーがくの字に置かれている。落ち着いた薄いグリーンの遮光カーテンと、レースのカーテンが中々にお洒落だ。

 そのまま女性は、呼んでくるから待っててね~、と言って扉の向こうへと行ってしまった。

 

 ただ立って待っているのもなんなので、冴子ちゃんと並んでベージュ色のソファーに座ってしまう。目の前にはジュースの置かれたテーブルとテレビがある。結構大きなテレビが据えられていて、今は朝のバラエティーが掛かっている。この前来た時はブラウン管テレビだったが、今はやりのプラズマテレビだろうか?

 

 「早く来すぎちゃったかな?」

 「う~ん・・・」

 

 チラリと時計を見ると、もうそろそろ十一時になりそうだ。さほど変な時間というわけでもないだろう、現に僕も起きて待っていたのだから。

 

「そんなに早くないと、僕は思うけどね?」

「ならよかったのかな?その・・・すごく、楽しみだったから」

 

 そういって照れる冴子ちゃん。

 咄嗟になんと返せば良いかわからなくなってしまう。

 

 チラリとのぞき見ると、俯く冴子ちゃんの頬も少し赤い。

 

 

   カラリ。

 

 

 コップの中で氷が解けて滑り、やけに音を響かせた。

 

 何も言わない冴子ちゃんと、何を言ったらいいかわからない僕だけがいて、しばらく食洗機とテレビから漏れてくる音だけが部屋に響き渡った。

 

 なんだか気恥ずかしい・・・。

 

 

 

 あ~・・・これは何か言った方がいいのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 結局なにも思い浮かばないまま時間が過ぎてしまった。

 




 書き方を変えて見ました。

 あんまり詰まってると読みにくいかな?とか思ってたんですが、こっちの方がいいかな?と思い、直してみました。
 そしたらスッキリした気がするんですよ!サブタイとは相反しますが、なんでも試してみればいいってものじゃねぇなと、そう思った次第でw

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