ーーーメロスは、役が分からぬ。しかし、国士無双の気配には人一倍敏感であった。

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ツモれメロス

―――メロスは激怒した。

 

必ず、かの邪知暴虐の王を飛ばさねばならぬと決意した。メロスには役がわからぬ。メロスは、村の雀士である。牌を打ち、雀卓を囲んで暮らして来た。けれども国士無双に対しては、人一倍に敏感であった。

なにやら街が寂しい。老爺に問い詰めたところ、老爺はあたりをはばかる低声で、わずか答えた。

「王は、人を飛ばします」

「なんの役で飛ばすのだ。国士無双か」

老爺はコクリと頷く。

「積み込みをしている、というのですが、誰もそんな、技術を持ってはおりませぬ」

「たくさんの人を飛ばしたのか」

「はい、はじめは王様の妹婿さまを。それから、御自身のお世嗣を。それから、妹さまを。それから、妹さまの御子さまを。それから、皇后さまを。それから、賢臣のアレキス様を。」

「驚いた。国王は乱心か」

「いいえ、乱心ではございませぬ。配牌を、信ずる事が出来ぬ、というのです。このごろは、臣下の手牌をも、お疑いになり、少しく派手な役を組む者には、点棒ひとつずつ差し出すことを命じて居ります。御命令を拒めば対面にかけられて、飛ばされす。きょうは、六人飛ばされました。」

聞いて、メロスは激怒した。

「呆れた王だ。生かして置けぬ。」

メロスは、単純な男であった。妹の嫁入りのため用意した雀卓を背負ったままで、のそのそ王城へ入って行った。たちまち彼は、巡邏の雀士に捕縛された。調べられて、メロスの懐中からは牌が出てきたので、巡邏の雀士は卓を用意した。

「―――勝てば、見逃そう」

「それはありがたい。では―――」

 

 

 

「く・・・・・」

「役も分からぬ田舎者め」

メロスは、王の前に引き出された。

「この牌で何をするつもりであったか。言え!」

暴君ディオニスは静かに、けれども威厳を以て問い詰めた。その王の顔は白のように白く、眉間の皺は、八索のように深く刻まれていた。

「市を暴君の手から救うのだ。なんのための平和だ。自分の親を守るためか」

メロスは悪びれずに答えた。

「だまれ、下賤の者。おまえだって、いまに、ハコシタになってから泣いて詫びたって聞かぬぞ」

「ああ、王は利口だ。己惚れるがよい。私は、ちゃんと飛ぶ覚悟で居るのに。ハコシタからの継続など乞いは決してしない。ただ―――」

と言いかけて、メロスは手元の牌に視線を落とし、瞬時躊躇い、

「―――ただ、私に情けをかけたいつもりなら、卓に座るまでに三日間の猶予を与えて下さい。たった一人の妹に、亭主を持たせてやりたいのです。三日のうちに、私は村で結婚式を挙げさせ、必ず、ここへ帰って来ます。」

「ばかな。とんでもない嘘をつくわい。逃がしたロンが帰ってくるとでもいうのか」

「そうです、帰ってくるのです」

メロスは必死で言い張った。

「私に、三日間の猶予を下さい。そんなに信じられないのなら―――この市にセリヌンティウスという雀荘の店長がいます。私の無二の友人だ。あれを、人質としてこの卓に置いていこう。私が帰ってこなかったら、あの友人を飛ばしてください。」

王は、残虐にほくそ笑む。帰ってくる筈がない。きっと、その婿とやらと徹夜で麻雀した挙句酒に溺れ、醜態をさらすに違いない。

「いいだろう。その雀士を呼ぶがよい。三日目の日没までに帰ってこい。遅れたら、その身代わりを飛ばすぞ。国士無双でな。ああ、少し遅れてくるがいい。おまえの手番、永遠に許してやろうぞ」

メロスは口惜しく、地団駄を踏んだ。ものも言いたくなくなった。

深夜、店員に店を任せたセリヌンティウスは、王城に召された。佳き友と佳き友は、二年ぶりに逢った。委細を知ったセリヌンティウスは無言でうなずき、メロスをひしと抱きしめた。友と友の間は、それでよかった。セリヌンティウスは卓に座った。メロスは出発した。初夏、満点の星である。

「ところで、王よ。三日後の日暮れに私を飛ばすというのなら、それまでこの卓を持たせるということになるが、大丈夫なのですか」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あっ」

 

 

 

メロスは村へ到着した。駆け寄る妹を制し、市で買った雀卓を見せた。

「市に用事を残して来た。またすぐ市に行かなければならぬ。あす、おまえの結婚式を挙げる。早いほうがよかろう。綺麗な牌も買って来た。さあ、これから行って、村の人たちに知らせて来い。結婚式は、あすだと。」

そうして、結婚式は行われた。まず新郎新婦が卓に座り、残り二席を列席した人々が代わる代わる打つ。狭い家の中で、蒸し暑いのもこらえ、陽気に鳴き、手を拍った。メロスも満面に喜色をたたえ、しばらくは王との約束さえ忘れていた。しかし、約束は守らねばならぬ。メロスはわが身に鞭打ち、出発を決意した。明日の日没までにはまだ時間がある。ちょっと東場を打って、それからすぐに出発しようと考えた。

「花婿よ、私から手向けられるものといえば、この雀卓と牌のみだ。これを使って、私と一局お願いしたい」

役を知らずとも、麻雀は出来るのだ。世界の広さを、弟となった眼前の男に見せようではないか。

 

 

 

メロスは跳ね起きた。結局、半荘までやってしまった。寝過ごしたかと思ったが、今からならば間に合う。メロスは両腕をまわし、お守りの牌を持ち、矢の如く走り出した。私は今宵、飛ばされる。飛ばされるために走るのだ。身代わりの友を救うために走るのだ。王の国士無双を打ち破るために走るのだ。走らねばならぬ。そうして、私は飛ばされる。野を越え山を越え、濁流を越え、道半ばまで辿り着いた。しかし、休むことはできぬ。メロスはえいと一声気合を入れ、走り出す。しかし峠を登り切った矢先、突然目の前に一隊の山賊が躍り出た。

「待て」

「何をするのだ。私は日の沈まぬうちに王の下へ行かねばならぬ」

「どっこい放さぬ。持ちもの全部を置いて行け。」

「私には点棒とこの牌の他には何もない。牌ならくれてやるが、点棒は王へ差し出さねばならぬ」

「その、点棒が欲しいのだ」

「さては王の命令で、私を飛ばしに来たな?」

山賊たちは、物言わず雀卓を用意した。メロスはひょいと卓に座り、点棒を置く。

「なんの真似だ」

「貴様ら山賊には、五千点で十分だ!」

メロスはたちまち幺九牌を捨て、リーチされようと構わず鳴き、安手で東場を終わらせた。山賊たちが怯む間に、奪った点棒を握りしめて峠を駆け下りてゆく。我が友、セリヌンティウスよ、おまえの指南が役に立ったぞ・・・・・!

 

 

 

一方そのころ、王とセリヌンティウスは。

「王よ、しっかりと意識をお持ち下さい。あと少しで三日目の日暮れです」

「Zzz・・・・ハッ!くそ、メロスめ。まさかこれを見越して・・・・!というか貴様、なぜ二徹で麻雀を打ち続けて平気な顔をしていられる!?」

王は、疲労困憊であった。そもそも、まだこれは南場である。まだ半荘も終わっていないのだ。南三局、それもこれも、セリヌンティウスの打ち筋が成したものであった。

「―――そこの家臣、ひとつ問うぞ。これは何本場だ。」

「七本場にございます。東一局から全て、七本場で親が流れております」

「貴様ら、組んでおるなっ!?」

「いえ王よそんなことは断じて!上がらぬよう打ってはいるのですが、どうしてもテンパイまで辿り着いてしまうのです!」

「降りればよかろう!?」

「そ、そこは雀士の本能が・・・・・」

それこそが、セリヌンティウスであった。雀士の間では、安手のセリヌンと揶揄される男であったが、その実は他人の牌ですら操る策士である。誰も飛ばぬよう、役満とならぬ限界まで本場を稼ぎ、次へ流す。配牌を信じず、積み込みを疑う王でさえ勘付くことのない―――積み込み。セリヌンティウスは、今まさに、自らに課した禁じ手を行使していた。

(ふ・・・・・メロスが知ったら激怒するだろうな。しかし、これは君のための戦いだ。そうであるのなら、私は悪に落ちてでも約束を果たそう―――!)

 

 

 

メロスは、限界だった。フラフラと足取りはおぼつかず、地に倒れ伏した。今、ここで、疲れ切って動けなくなるとは情無い。愛する友は、おまえを信じたばかりに、やがて飛ばされなければならぬ。いくら自分を叱りつけても、足は一切動かない。セリヌンティウスよ、ゆるしてくれ。君は、いつでも私を信じた。私も君を、欺かなかった。私たちは、本当に佳い友と友であったのだ。君は私に麻雀を教えてくれた。役を覚えることは叶わなかったが、それでもなんとか打てるようになった。役を知らずとも、並み居る雀士を渡り合うことを教えてくれた。ああ、悔恨で心が満たされている。セリヌンティウスよ、私も飛ぶぞ。君と一緒に飛ばせてくれ。ふと、牌の声が聞こえた。腰に忍ばせたお守りの牌だ。何と言っているかは分からない。だが確かに、牌は私を激励している。足を踏みしめる。よろよろと立ち上がる。そうだ、立て。走れ。走れ!メロス!

「ああ、メロス様!」

「誰だ!」

メロスは、走りながら尋ねた。

「雀荘セリヌンの副店長でございます。セリヌンティウス店長の弟子でございます!もう、間に合いませぬ。走っても意味など―――」

「いや、まだだ!」

「おやめください!今はご自分の点棒が大事です。あの方は、あなたを信じておりました。二徹での麻雀でも、平気な顔をしておりました。今にも寝落ちしそうな王様をからかいながら、メロスは来ると言い、ツモり続けております!」

「だから、走るのだ。間に合わなくとも構わない、飛ばされようと構わないのだ。私は、雀士として一度座った卓から降りる訳にはいかないのだ!」

「ああ、であれば仕方ない。走ってください、メロス様。牌の声のままに」

走る、走る、走る。走り続けて、走り続けた。処刑台が見える。青空の下で、雀卓の緑色が映えている。背筋をピンと伸ばす我が友と、今にも突っ伏しそうな王が見える。

(あれ?もしかしてずっと打ち続けていたのか?さっき二徹とか言っていたような・・・・・セリヌンティウスまじコワイ)

場内へと入る。私はここにいる、そう叫ぼうとしたが声が出ない。喉は枯れ、限界などとうの昔に超えているのだ。メロスは群衆をかき分け、処刑台へと駆け上がる。

「私が来たぞ、メロスだ!」

「―――――!」

王が希望を見たかのような顔をする。そんなにも辛かったのか、王。確かに、本気のセリヌンティウスと一度卓を囲んだが、点棒だけでなく命すらも飛ばされるかと思ったほどだった。こればかりは同情しよう。

「セリヌンティウス!」

「おお、来たかメロス。待ちくたびれたぞ。ああ、王よ。それはロンだ」

そう言って南場を終え、立ち上がる。友はひしと抱き合い、互いの健闘を称えた。群衆の中からも、歔欷の声が聞えた。暴君ディオニスは、群衆の背後から二人の様を、まじまじと見つめていたが、やがて静かに二人に近づき、今にも倒れそうな顔で、こう言った。

「おまえらの望みは叶ったぞ。おまえらは、わしの心に勝ったのだ。だからもう勘弁して下さい。お願いします寝させてぇ!」

どっと群衆の間に、歓声が起った。そして、一人の少女が赤ドラと麻雀用のマットをメロスに捧げた。メロスは、まごついた。佳き友は、気をきかせて教えてやった。

「メロス、それが赤ドラだ。持っているだけで点数を伸ばせるぞ。あと、君は素っ裸じゃないか。それで隠すと良い。この可愛い娘さんは、メロスの脱衣麻雀を希望しているようだぞ?」

雀士は、ひどく赤面した。



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