TS、憑依もの。
間桐雁夜という人間をご存知だろうか。
私はこの人物のことを怪奇小説、Fate/Zeroに登場する人間の一人として記憶している。
彼は何でも叶える聖杯を巡る魔術師たちの殺し合い、聖杯戦争に参加する一人だ。
魔術師としてはほぼ素人で、血肉と引き換えに魔力を生成する虫を体内に入れることで、無理やりに魔術を行使している。
そんな彼の願いは、魔術の家に入れられた養子を救い出すこと。
最期は、救おうとした養子の目の前で、何も果たすことなく、絶望の中で死んだ。
彼の評価は大きく二分される。
ある人は、彼は正義に殉じた可哀そうな人だと言う。
またある人は、為すべきことを為さなかった愚か者だと言う。
さて、私はこの場合、どうなるのだろうな?
ああ、私の身に起こったことを話しておこう。
私は、間桐雁夜になってしまった。
神様転生なのか、憑依なのか、はたまた何か根源的なものなのかは分からない。
ただ、気が付けば私は、間桐の家に赤ん坊として生れ落ちていたのであった。
私と私の知識にある間桐雁夜との差異があることを示しておく。
まず第一に、間桐雁夜は女性である、ということだ。
つまり、雁夜おじさんでなく、雁夜おばさん、ということになる。
第二に、間桐雁夜は魔術を嫌って家出していない、ということだ。
これは私にとって、魔術は避けられない問題であったからだ。
この世界の裏で神秘というものが跋扈している以上、対抗策は持っておきたかったのである。
まあ、私の場合、最も身近で危険な神秘は家の虫爺な訳なのだが。
そう、私の最大の問題が、間桐家当主である間桐臓硯。
身体を虫に置き換えることで生きながらえている、御年五百にもなる大妖怪だ。
性格は外道にして残忍。
こいつからいかにして解放されるかが、私の人生の課題である。
臓硯を殺そうとするのはあまり現実的でないようだ。
彼は慎重だ、その慎重さをかいくぐって暗殺、となると私には骨が折れる。
それに、五百年分の神秘を甘く見ることはしたくない。
しかし、どうにかするための戦略は立ててある。
私の戦略は、いかに臓硯と共存関係を築けるか、ということに重きを置いている。
つまりは、魔術師としての関係を築くのだ。
臓硯の目的を達成することを対価に、家督を望めばいい。
幸いにも臓硯の目的は明確でわかりやすく、なおかつ成功の兆しのあるものだ。
その目的は、不老不死の実現。
これが魔術師としての最終目標である根源を目指すとかであれば、無理難題であっただろうが、この願いは十分達成が可能であろうと思われる。
鍵は、間桐雁夜が参加することになる第四次聖杯戦争。
聖杯戦争では、英霊を使い魔に落とし込んだ存在である、サーヴァントを召喚し、使役することができる。
これを利用しない手はない。
今、私はとある住宅街の真ん中にいる。
冬木の街を騒がせている殺人鬼の犯行現場、と言えばピンとくるだろうか。
そんな家の中に男と女が一人。
一人は私で、もう一人は殺人鬼である雨生龍之介である。
私はこの男が、サーヴァントキャスター、ジル・ドレェのマスターとなることを知っていた。
現にこの男の右の甲にはマスターの証である令呪が刻まれている。
だからこそ、私はこの男を利用することにした。
この男が、冬木の街に入ってきたのを見計らい、私はこの男を捕まえた。
そして臓硯と共にいくらかの魔術的な細工を施した上で、この男を放し泳がせた。
そうしてこの男に令呪が刻まれたのを確認した上で、私は臓硯に自らの令呪を受け渡し、この男の令呪を奪ったのだった。
臓硯と計画した作戦はこうだ。
二つのマスターを得た間桐の陣営は、
そして私がバーサーカーのマスターになることで、間桐の家は”バーサーカー”を召喚したと錯覚させる。
そうして私が時間稼ぎをしている間に、キャスターで臓硯の目標を達成する、というものだ。
当然、キャスターは不老不死が実現できるものを召喚する。
英霊の中に、つまり様々な伝承の中には、不老不死を実現したものは意外と多い。
アーサー王なんかはそうだし、日本で言えばかぐや姫に登場する帝も不老不死を手に入れた男であろう。
しかし、彼らはいずれも不死を手放す運命にあるのだが。
そうでなくとも、疑似的な不老不死に近いものも多い。
つまりの所、年をとったり死んだりしても元に戻せるなら不老不死と言えるだろう、ということ。
それができるのは、有名どころであれば死者蘇生を行った医神、アスクレピオス。
そしてその師である射手座のケイローン、こちらは不死について知っていても可笑しくはない不死身の存在である。
次点で魔女の窯による若返りの術を持つ、裏切りの王女、メディア。
そして、第三魔法“魂の物質化”、つまりは死者蘇生を行うという、アインツベルンの魔法使い。
すまない、実の所ここら辺は、どこぞの紅茶の魔術師由来の付け焼刃なのだが。
いい案を思いつかなくて本当にすまない。
でも、実際有効だと思うのだ。
聖杯戦争について臓硯に聞かされた時、この辺りを説明したのは間違っていないと思う。
それ以降、臓硯の態度が甘くなったし。
おかげで家にインターネットを引いたり、好きにできたんでな。
臓硯がキャスターを召喚する訳だが、私は詳しい所は聞かされていない。
だが、あの様子なら何を召喚されても、そう悪くはならないだろう。
キャスターと上手くいって不老不死を実現されるも良し。
キャスターとの仲が上手くいかずに、臓硯が殺されるも良し。
あるいは、アインツベルンの魔法使い等が呼ばれて、臓硯が過去の目的を思い出すも良しだ。
上手くいかなくても、第五次でまた別のサーヴァントを呼べばいいだけだしな。
さて、時も満ちた。
私はバーサーカーの召喚に集中すべきだろう。
バーサーカーの選定は結構悩んだところだ。
幸いにして、臓硯のおかげで選択肢には困らなかったが。
候補としてはいくつかあったが、その中でベストと思われるのを選んだつもりだ。
第一の選定基準としては、そこそこ戦えることと、扱いやすいということが重要だった。
それなりの戦闘力は言わずもがな、扱いやすいということは大事だろう。
まず燃費。
残念なことに間桐雁夜は魔術師として三流でしかない。
そんな私でも扱える格の英霊であることが望ましい。
そして、狂った上で明確な指向を持っているか、あるいは命令に従うしかないほど狂っている必要がある。
スパルタクスや呂布のような危険な英霊も多いだろうが、それでも要件を満たす英霊はそれなりにいる。
最初に考えたのは、フランケンシュタインの怪物である。
その強さにより勝利は望めないだろうが、逸話的にも“しぶとさ”があるだろうし、時間稼ぎにはなるだろう。
あるいは、八極拳の使い手である李書文。
彼は思考もできないほどに狂っていて、戦いだけを望んでおり、そして 狂ってなおその武は冴えわたる。
その格を考えれば十分に強い。
やはり勝利は厳しいが、単純なぶつかり合いではセイバーとも渡り合えるはずだ。
と、そんな風に考えていたのだが。
聖杯戦争に向けて準備を進めていた所、ある問題が発覚した。
聖杯戦争における御三家、アインツベルンの用意したマスター、衛宮切嗣の存在だ。
衛宮切嗣、魔術師殺しと呼ばれる魔術使い。
魔術師に似つかわしくない現代の武装をしていて、大のためなら小を苦渋に切り捨てる、そんな男だ。
私は彼への対策を考え、戦術と戦略を学んでいたのだが。
そうして出た結論は、彼に出会ったら私は殺されてしまうだろう、ということだ。
仮に彼の目の前でサーヴァントを失ったら、私の命は確実にない。
どっちかというと学者肌な私では、どうしても戦う者として二流だった。
現代兵器や戦術について学べば学ぶほど、彼との差が明らかになるばかりだった。
出くわさなければどうということはないが、間桐雁夜の持つ不運を考えると、もしもが起きなければいいでは済まないような気がするのだ。
サーヴァントも問題だった。
女だったアーサー王、セイバー、アルトリア・ペンドラゴン。
彼女は生半可なサーヴァントでは太刀打ちできないので、どうしても サーヴァントを当てるざるを得ないこととなる。
そうなれば、マスター同士の戦いとなる訳で、衛宮切嗣と戦わなければならない訳で。
じゃあマスターが、アルトリアと戦えばいい?
それが間桐雁夜にできれば、まず臓硯をぶっ殺しているわ。
―冗談じゃない、私は生きのびて魔術を悠々と探求するのだ。
という訳で、急きょ彼とアルトリアの対策になるサーヴァントを探すこ とになった。
これが第二の選考基準である。
とはいえ、そんな都合の良い英霊がそんなにいる訳ではない。
アルトリアと衛宮切嗣の二人を同時に相手取れる英霊となると、どうし てもヘラクレスやカルナのような超級のサーヴァントになる。
で、そんなサーヴァントを私が呼べば、すぐさま私は干物だろう。
とても呼ぶことはできない。
誰か、誰かいないのか。
そう思い、私は近くの本屋で子供向けの偉人の伝記集を眺めていたのだが。
そこで私は、運命と出会った。
―この英雄なら、衛宮切嗣とアルトリアの二人を同時に相手取れる。
「患者は何処ですか?」
私はこのサーヴァントを呼び出したことに、少しだけ後悔することになる。
続かない。