忠夫が布団を蹴っ飛ばし、Tシャツにトランクス一丁のダラシない格好で眠っていた。シャツは捲れあがり丸出しの腹を無意識の行動で掻きながら、ぐふふふっと不気味な笑いを漏らしている。どんな邪な夢を見ているのだろうか? まあ現実では叶わないのだから、夢くらいは良い思いをしても許されるのかもしれない。
しかしその幸せすらも、直ぐに奪われてしまう。忠夫の部屋がある二階にも響き渡る様な爆発音が、階下より届いたのだ。
「なんだ、なんだっ!? ねえちゃんの胸が爆発しおった!? これがほんまの、爆乳なんかっ!?」
夢の中でどんな目にあったか分かりやすいセリフを叫びながら、慌てて飛び起きた忠夫が獣の槍を握り締めて、ドタバタと階段を駆け下りてゆく。
忠夫が階段のすぐ脇にある居間に飛び込むとそこには、不思議そうな表情を浮かべてキョロキョロと辺りを見渡す金色の獣、そして真っ二つにされ煙を吐き出す無残な姿をさらしているテレビがあった。
「あれぇ? あのサムライ……どこに行きやがった?」
とらが壊れたテレビを持ち上げた。どうやらテレビに映っていた時代劇のサムライを探しているようである。
「ここかぁー?」
「ここかぁー、じゃねぇーーー!!」
壊れたテレビを見て固まっていた忠夫が、とらの脳天に獣の槍を叩きつけた。
「いってーーーーーっ! なにしやがるーー!!」
槍の刃先ではなかった為にとらが滅びる様なことはなかった。それでも妖怪にタンコブを作る位の威力は出た様である。とらの脳天が見事に腫れ上がった。流石は? 最強の退魔の槍であった。
「なんて事しやがる、このバカ妖怪!? テレビ壊しやがって、これからどうやってビデオ見りゃいいんじゃあ!!」
忠夫がはらはらと涙を流してテレビの前で項垂れた。テレビよりもビデオが見れない事に悲しみをおぼえる忠夫。彼がここまで嘆くビデオの内容は推して知るべしであった。
忠夫はそんな朝の様子を思い出し、登校中の路地を歩きながら、はぁーと深いため息を吐いた。
ため息の元凶ともいえるとらは、取り憑いた相手のそんな様子には御構い無しに、忠夫の肩の上に乗っかりながら、登校の風景を物珍しげにキョロキョロ眺めている。気分が良いのか、とらの尻尾がゆらゆらと揺れていた。
「おお、美味そうなガキどもが、わんさかおる。……こんなにいるんだ一人位は喰ってもかまわんだろ!」
とらが鋭い牙が生えている口を開き、舌舐めずりをした。そんなとらに対して忠夫がジロリと睨みつける。
「アホな事ゆーなっ! そんな事してみろ、冗談抜きに滅しちゃるぞ!! テレビの怨みもあるんだからな!」
「てれぴんっつうと、あの小さいサムライが暮らしていた箱の事か? あんな小さくなれるようになるとは、人間も進歩したもんだな」
朝の事を思い出し、感心したようにうんうんと頭を振るとら。
「あれは、テレビの中にいるんじゃねーよ! というかお前はなんでオレの肩に乗っかてやがるんだよ!」
忠夫が言葉と共に刃先に布を巻き付けた槍をとらに向かって振るう。しかしとらはそれをひらりと飛び上がり避け、今度は忠夫の頭に着地を決めた。
「ふん、重さはかかっとらんのだから、つべこべ言うんじゃねえよ。それにワシはおめえに取り憑いているんだぜ。忠夫っつたか……勘違いするなよ。隙があればワシはおめえを喰らってやるんだからな!」
邪悪な笑みを浮かべて、とらが宣言した。そんなとらを忠夫は一瞥すると、愚痴を零した。
「うう……ほんま、なんで取り憑いたのが、こんな獣なんや……美女のオバケならバッチ来いなんにな〜〜くそっ、神なんぞ信じてやらんぞ!」
「……な〜んか、こいつは調子が狂うんだよな」
とらは邪悪な表情を浮かべ喰ってやると宣言した相手の呆れた反応に肩透かしをくらってしまった。上機嫌に揺れていた尻尾と鬣に隠れている耳も垂れ下がってしまう。
ブツブツと文句を零しながら、肩を落として歩いていた忠夫の背中に突然痛みが走った。
「なに、背中に丸めて歩いているのよ! シャキッとしなさいよ、シャキッと!」
昨日、芙玄院を訪ねて来た少女達の元気な方、麻子が忠夫の背中をパンッと叩いたのだ。
「痛ってえっ、なにするんだよ、麻子!」
「あんたが腑抜けていたから、喝をいれてあげたのよ!」
ふふん、と麻子が胸を張る。
忠夫は麻子の言葉には応えず、じーっと胸を張っている彼女のその胸部を凝視する。麻子がそんな忠夫の視線に気が付き、顔を赤くさせて、慌てて両手で胸を隠した。
「な、なにを、見てんのよ!? このスケベ!?」
「目の前で見せ付けられたら、見ん訳にはいかんじゃろう! これに目をそらすようだと、男じゃねーーーー!!」
熱く吠える忠夫。とりあえず落ち込みからは、脱出したようである。
「そ、そうなの?」
忠夫の熱い叫びに、麻子が毒気を抜かれ納得しそうになった。しかしそれも忠夫が口を滑らせなければだったが……
「そんなんじゃ! ただ惜しむべきは、もうちょいボリュームが…………あっ」
ついつい思った事を口に出してしまい。やっべっ!? と言った表情を浮かべる忠夫。
「…………ボリュームが、なんなのかしら?」
拳をポキポキならし、薄ら笑いをを浮かべる麻子。その背後には阿修羅の幻が見えそうな迫力を醸し出していた。
忠夫はダラダラと冷や汗を流しながら、素早い動きで、その場に土下座した。
「す、すいませんでしたぁーーーー!!」
「許すわけないでしょうがぁーーー!!」
土下座する忠夫に対して、麻子が忠夫の頭を掴み、こめかみに拳を添えて、ぐりぐりと圧迫していった。
麻子のウメボシにより、忠夫が悲鳴を上げていると、背後から息を切らせた少女が二人に話しかけてきた。
「もう…ひどいよ、麻子。先に……行っちゃうなんて、いくら横島くんがいて…嬉しいからって……」
「な、なに言ってんの、真由子!? 先に行っちゃたのは、悪かったけど……」
顔を赤く染めた麻子が、忠夫の頭から手を離し、急いで真由子の口を抑えにかかった。
とらはその人間模様を面白そうな顔つきで上から見下ろしていたが、肝心の忠夫本人は麻子のそんな様子には気が付かず、こめかみを一生懸命揉みほぐしていた。
「うぅーっ、真由子おはよう。来てくれて、助かった」
「あははっ、おはよう、横島くん! また麻子を怒らせちゃったんだね」
忠夫の挨拶に苦笑を浮かべながら、真由子が応えた。
「たはは〜面目ない」
「ふんっ!」
頭を掻きながら、忠夫が困ったように笑う。そんな忠夫に対して、麻子はそっぽを向いて、まだ怒っている事をアピールする。二人のその様子を見た真由子が苦笑を浮かべながらフォローを入れた。
「麻子もいつまでも怒ってないで学校行こっ! 横島くんはしっかり反省しないとダメだよ!」
真由子に促された麻子が諦めたようにため息を吐いた。
「…………はぁーっ、わかったわよ! 次は許さないからね、忠夫!!」
「うぅー、許してくれるんか! もう二度とせん、誓うぞ!」
感激に涙を浮かべて麻子の手を握る忠夫。
「はいはい、そうゆうのはいいから。さっさと手を離しなさいよ。学校行けないでしょ」
麻子はつれない態度で応じた。しかし自分から手を離さないあたりに複雑な乙女心を感じるのであった。
「おう、じゃあ行こうぜ!」
麻子の手を放した忠夫が、先ほどの落ち込んでいた時と一転して、元気に歩き始めた。
繋がれていた手をグーパーして見つめたのち、麻子が忠夫の後を追いかける。
「ふふふっ、良かったの麻子?」
一部始終を見守っていた真由子がクスクス楽しそうに笑いながら麻子に話しかけた。
「……なんのこと」
「あはっ、ごめん。なんでもない。ふふっ」
麻子は不満げな顔をして真由子を睨みつける。その麻子の眼光に真由子が謝るも、楽しげな表情に変化はなく、どうみても反省しているようには見えなかった。
「おーい、お前ら来ないのか?」
話す事で歩みが遅くなってしまった二人を忠夫が振り返りながら呼びかけた。
「ごめ〜ん、いま行く〜! さっ行こ、麻子!」
「ふんっ」
忠夫に返事をしながら真由子は麻子の手を握って走り始めた。
からかわれ過ぎた為、不機嫌な返事をする麻子。しかし麻子が真由子の手を振り払うような事はなかった。それはなんだかんだ言い合いながらも二人の関係の良さを示していた。
「そういえば横島くん、今日は朝早いね〜どうしたの? わたし達は図書委員会で仕事があって早く来たんだけど」
学校が見える距離に近づいた時に、真由子が問いかけた。
「あーーー、実は朝早くに……テレビが爆発してなーーー」
また朝の出来事を思い出して忠夫が苦い顔をする。
「ああっ、あんたそれでさっき凹んでいたのね!」
「だ、大丈夫だったの横島くん!?」
納得顔の麻子と心配気な真由子、対照的な反応の二人であった。
「おう、オレは怪我一つ無いし、被害もテレビだけだったんやけど、テレビ無いのはな〜。金も無いし、オヤジも帰ってこんしな〜」
はぁー、とため息を吐く忠夫。
「う〜ん、テレビ無いのはキツイよね〜」
うんうんと両手を組み頷く真由子。
「テレビねえ〜、あっ、そうだ! 物置に古いテレビがあったわ! たしかあれまだ動いたはず」
麻子がポンと手を叩いた。
麻子の言葉に忠夫がクワッと反応を示した。
「そ、それはくれるっちゅう事かっ!?」
「え、ええ、もう使わないしあげるわよ」
忠夫の勢いに後ずさる麻子。しかしさらに間を詰めた忠夫が麻子の両手を握り、ブンブンと振り回した。
「ありがとう。ほんま、ありがとう! これでビデオが見れる!!」
忠夫はビデオの為と答えてしまったが、両手を握られて焦っている麻子は気がつかなかった。もしエッチなビデオが目的とわかったら、きっと麻子がテレビを渡す事はなかっただろう。
「ちょっ、放してよ!? べ、別に使ってない物だし、むしろ最近は処分にお金が掛かるから、こっちも貰ってくれたらありがたいんだから、そんなに感謝しなくてもいいわよ!」
「いやいや、ほんとにありがたいし、嬉しいからな! 麻子、ありがとな!」
忠夫が満面の笑みを浮かべた。
「麻子…いいな〜。私も古いテレビ捨てなければ良かったかな〜」
真由子が羨ましそうに呟いた。
「麻子、真由子、おはよ〜委員会始まっちゃうよ〜! うげっ、横島!?」
学校前で騒いでいた三人に背後から眼鏡をかけた真面目そうな少女が呼びかけてきた。どうやら同じ図書委員会のようである。
年頃の少女として『うげっ』はどうかと思うが、思わずそんな反応が出てしまう忠夫の学校での評価がきっと問題なのだろう。
「うげってなんじゃ、うげって!」
「あっ、もうそんな時間! 委員会行かなきゃ!?」
「ごめんね、横島くん! また後でね!」
慌てて二人は、文句を言っていた横島を置いて走り出した。
「まったく……お前ら委員会がんばれよー!」
少女の『うげっ』に納得いかない顔をしながらも、忠夫は走っていく二人の後ろ姿にエールを送った。
「さて、ちっと早いけど教室行くか……」
麻子と真由子を見送った忠夫がキョロキョロと周りを見渡すが、いつもと違う登校時間の為か? それとも偶々タイミングが合わなかったのか? 友人はいなかった。
独り言を漏らしつつ、校舎へ向かう忠夫。ただ忠夫の独り言に応える存在がいたのだった。
「教室ってのは、この砦のような建物の事か?」
「違げえよ。これは学校っつうんだ。教室はその中のひと部屋の事だよ」
「そうなのか。忠夫おめえは何しに学校ってのに来たんだ?」
「勉強だよ、勉強! したくねーけど、子供はみんな学校行って勉強しねえといけないんだよ」
校庭を横切りながらとらの質問に答えてやる忠夫。とらは忠夫の頭の上で、もの珍しげに辺りを見渡している。いまは特に部活の朝練を感心した風に眺めていた。
「はぁ〜、おでれいた。この大きさで寺子屋かよ。どおりでガキどもが多いわけだ」
「それにしても、とらお前急にうるさくなったよな? まああいつらがいる時に騒がなかったのは、ありがたかったけどな」
「ああ、昨日の女どもか? あいつらも美味そうだよな」
とらがそう呟いた瞬間、忠夫の纏う空気が一変した。獣の槍が忠夫の感情に反応してキィーンと共鳴する。
「あいつらに手を出したら、絶対許さねえぞ」
「……ケッ、いいぜ約束してやるよ。てめえの女どもには手を出さねえよ」
忠夫の雰囲気に表情を変えたとらだったが、まだ勝ち目は無いと思い、彼女たちには何もしないと諦めて返事をした。
「べ、別にオレの女じゃねーよ!? あいつらは子供の頃からの幼馴染ってだけなんだよ。……そうなんだよな〜ただの幼馴染……」
段々と喋りながら落ち込んでいく忠夫。
「そうかぁー? わしの見たとこ、おそらく二人ともおめえを憎からず思っておる……って聞いてやがるか、忠夫?」
「あいつらがあんなに可愛ゆくなるなんて……なんで小学校の時にオレはアプローチしておかんかったんじゃあ〜! オレのバカバカ、いまから急に態度も変えられんしぃぃぃ!!」
せっかくのとらのアドバイスも自分の世界に籠ってしまい頭を掻きむしっている忠夫には聞こえていなかった。
『また横島が騒いでるよ』『うえ〜また横島』『まっ、いつもの事だろ』『そう言われたら、そうね。いこっか?』学校内で突然叫びを上げても周囲の反応はいつもの事かと流している。彼は普段どんな学生生活を送っているのだろうか?
「ダメだ。こいつは……」
とらが呆れてはぁ〜と嘆息を吐いた。
久々の投稿なのに全然話が進まなくてすみません。
まさか登校だけで話が終わってしまうとは……
リアルが忙しくなってきて、なかなか投稿できませんでした。
なんとか投稿はしていきたいとは思うので、見捨てず気長にお待ちください。
m(_ _)m