Fate/Smith Order   作:色慾

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第5話

ーー枯れた荒野

薄暗い地下牢ーー

ーー木霊する銃声

響く嘲笑ーー

ーー血に染まった白い毛皮

切り落とされた皺くちゃの手ーー

ーー捕らわれた

祝(のろ)われたーー

ーー報復せよ

絶望せよーー

ああ二度と、

ーー駆ける事は叶わない

走る事はできないーー

 

気付けば、いつほどぶりか、涙が立香の頬を濡らしていた。くそったれ!心の中で叫ぶ。憐憫をすべきではない。無自覚な傲慢さに立脚した憐憫こそ、人を傷つける事を、立香は知っている。抗う彼女の瞳も、見下ろす断罪者の瞳も一様に美しい琥珀色である。だが両者が真に分かり合うことは、永劫に訪れる事は無いだろう。数億、数兆分の一で現れる奇跡のかけらを拾い集めればあるいは。

 

「先輩っ!!」

 

「ああああああああああっ…」

 

遠くで、首なし騎士に必死に盾を打ち付けるマシュの叫びが聞こえる。憐れむのではなく、認めた上で相対する事が、立香のできる唯一の行いなのだ。自から呼び出した以上は、自ら終わらせるべきなのは言うまでもない。腕を交差させ、必死に噛み付かんとする狼に抗う。息苦しさに視界が霞む。だが、それでも諦めるわけにはいかない。

 

「ア〝アオオオオーーーーーーーーーーーーーーーーン!!」

 

「ゲホッ、ゲホゲホッ…」

 

遠吠えを一つ。突如として、のしかかっていた重圧が消えた。立香は思わず体を丸めて咳き込む。翳った視界は、同じく黒衣の騎士の拘束を逃れた、マシュが庇うように盾を構えたためだと気付いたのは、その数瞬後であった。背中をさするマシュの手が優しい。肩を借りて、立ち上がる。品定めをするように細められた獣の瞳をまっすぐ捉える。

 

「君は私の命が欲しいのか。生憎と、くれてやる安い命など一つもない。だが、その上で私は君の在り方を肯定する。君が何を行おうと、君は私のサーヴァントだ!」

 

地を這うような低い唸り声のが響いた。怨嗟、いや、それは紛う事なく嗤い声だった。銀色の獣が喉を鳴らして笑っている。震える立香の指先を見咎め、恐怖におののきながら啖呵を切る卑小な道化を笑っている。殺意はもうなかった。

 

「先輩、無茶が過ぎます!」

 

『…っ本当だよ!心臓が飛び出ると思った。でもすごいな!アヴェンジャーを手懐け「がるるるるるるるる…」いや、なんでもない』

 

「ただのヤケクソですよ。ロマン、これからの方針は?」

 

『そうだった。今日はもう夜だし、2人ともも休息が必要だ。当面必要な物資を転送するから、周囲を探索してシェルターとなるところを探してほしい。この異変の調査は、明日からでも遅くないからね』

 

「分かった」

 

「はい、マシュ・キリエライト、先輩のお役に立てるように頑張ります」

 

『じゃあ、本格的なバックアップ体制ができたらすぐ連絡するから!くれぐれも無理せず慎重にね!』

 

プツリと通信が切れる。倒壊した建物だとしても、せめて雨宿りができる場所が欲しいところだ。基点に設定した此処は、視界が開けた土地で、周囲に建物は何もない。ともかく移動しなければ。しかし、予想に反して、初めの一歩は踏み外され、上体がぐらりと揺れた。緊張から解放されて、一気に疲れが押し寄せたせいか、うまくバランスが取れない。

 

「わっ…」

 

幸いにも、地面とコンニチハする事態は避けられたようだ。すでに定位置に戻った首無し騎士が引っ張り上げてくれたようで、気付けば一緒に銀狼の上に飛び乗っていた。当の獣の方は、何か言いたげな一瞥をくれただけで、器用に鼻を鳴らして見せた。どこか心当たりでもあるのか、軽快そうに小走りで走り出した狼を、マシュが慌てて追いかけた。


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