第3話
杖をつき、藤丸立香は必死に火の手が回る廊下を歩く。走れない己に歯がゆさが募るが、焦る感情を必死に押さえつけて、一歩ずつ確実に管制室に近づく。
「せ…んぱ。い、……」
焦熱地獄と化した管制室から、微かに呻き声を聞き取る。踏み入れた立香の足元に、爆発に巻き込まれたのか、血みどろのマシュが横たわっていた。何らかの機材が倒壊したのか、その下敷きになったマシュを何とか引っ張り出そうとするが、徒労に終わった。
「早く、逃げ…僕はもう……」
「それはできないよ、マシュ。君は私と一緒に歩いてくれるんだろう?」
アメジストのような澄んだ瞳が、大きく見開かれ、そして細められた。
『観測スタッフに警告ーーによる観測データをーーます。人類の生存は確認できません。人類の未来は保証できません。ーー封鎖します」
「カルデアス…真っ赤だ。先輩は、……バカです…こんな、ぼく、の……」
「ずいぶんな言われようだ。大丈夫。私はここにいる」
『レイシフトーー員に達していません。マスターを検索ーー者あり。ーー再設定ーー霊視変ーーを開始します」
「手を…」
「うん」
差し出された手を握る。不思議と恐れはない。
「ーー完了、
レイシフトを開始します。
ーー3
ー2
1」
眩い光とともに、藤丸立香の意識は閉ざされた。
「……ぱい、先輩!…いえ、マスター!起きてください、死にたいのですか!」
余りにも必死な呼び声に、立香の意識は急浮上した。すぐ視界に飛び込んだのは、涙に滲んだ紫色の瞳だった。上体を起こした瞬間、ガバリと力強く抱きしめられる。
「本当に、良かった」
「フォーウ!」
いつの間にか忍び込んだのか、フォウくんが肩に飛び乗った。思考が追いつかない。何故マシュや自分が生存しているのか、何故マシュは自分のことをマスターと呼んだのか。なによりーー
「マシュ、その装備は……コスプレ?似合うけど」
そう、マシュは先ほど管制室に居た時の服装ではなく、中世ヨーロッパの、紺色のプレートアーマーのようなものを身につけて居た。近くには十字架のような紋章のついた、マシュの身丈くらいの、大きな盾まである。
「実はーー説明は後で。敵襲です、先輩、いいえ、マスター、指示を」
マシュの手を借り、立ち上がる。いつの間にか、骸骨の形をした化け物に囲まれて居たらしい。緊張した面持ちで大盾を構え、マシュが一歩前に出る。余り戦い慣れて居ないのだろう、鈍重そうな盾を振り回し、力任せに敵を打ち砕いている。視野が狭く、前面の敵に気を取られているため、背後を取られやすい。
思った通り、撃ち漏らしたらしい一匹が、マシュの背後を襲う形で立香の前に躍り出た。くるりと反転し、立香は杖を握りしめる。逆手に持つ形で、杖に仕込んだ小太刀を振り抜く。素早い一閃が骸骨兵を武器ごと切り裂いた。
「先輩っ!?すみませんっ」
「大丈夫、集中して。マシュが背中を守ってくれるなら、こっちから近づいた敵くらいは受け持つよ」
「はい、心強いです!」
一層勢いを増した打撃でマシュが周囲の敵を盾で薙ぎ、払い、そして粉砕する。だが後から後から敵が湧いてくる状況では、戦闘が長引けば長引くほど不利だ。
「キリがない。本当は粗方始末したら離脱したいところだけど」
思わず歩くのさえままならない左足に視線が行く。最悪自分を切り捨てて、マシュだけでもーー
「なら僕の背中に乗ってください。絶対に、守り抜いてみせます」
「ふふ、マシュは頼もしいな。10秒だけ隙を作ってくれないか。そうしたら、マシュは私の後ろに、いいね?」
「了解です、マスター。マシュ・キリエライト、行きます」
まるで考えを見抜いたかのように釘を刺される。思いの外強い眼差しを受け、立香は思わず笑ってしまった。離脱準備のため、マシュに前に出て敵を集めてもらい、ポケットに忍ばせた金槌を取り出す。豪奢な紋様の刻まれたそれに左手を沿わせ、内なる炎を呼び覚ます。
『ーー鋼鉄を鍛えし賢者
ーー大河を焼きし勇者
ーー我が身は神の栄光を示すもの
ーー我が手は人の武勲を作るもの
ーー豪炎よ来たれ』
「マシュ、今!」
「はいっ!」
『
素早く背後に下がったマシュと入れ替えに一歩踏み出す。立香が炎を纏った金槌を振り下ろす動作をすると、骸骨兵らは足下に走った亀裂から吹き出した炎に飲まれ、跡形もなく消え去った。
「マスター、離脱しましょう」
暫く呆然とその光景を眺めて居たマシュだったが、素早く立香を背負うと、一目散に駆け出した。