【完結】もしも、藤ねえが同い年だったら   作:冬月之雪猫

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第九話『And thus I pray, Unlimited Blade Works』

 アサシンのサーヴァントは歓喜していた。

 召喚されて今日まで、一処に縛り付けられ、思うままに刀を振るう事を禁じられてきた。

 その縛りが、今宵の一戦に限り解かれている。

 

「――――ッフ」

 

 ランサーのサーヴァントとは、以前にも刃を交えた事がある。

 あの時は足場が悪く、ランサーの方に枷が嵌められ、魔女のちょっかいが鬱陶しかった。

 余計なものが全て剥がれた今、ランサーの槍は見惚れる程に冴え渡っていた。

 

「それが貴様の真の実力か」

「ああ、前のようにはいかんぞ」

 

 ――――お前は全員と戦え。だが倒すな。一度目の相手からは必ず生還しろ。

 

 前回の戦いでは、そのようなふざけた命令の為に手加減を強制されていた。

 だが、この戦いでは全開で戦う事が出来る。

 宝具を打ち破ったアーチャーに雪辱を晴らしたかったが、これはこれで悪くない。

 

「佐々木小次郎と言ったな。端から飛ばしていくぜ!」

 

 大気を凍てつかせ、槍の穂先に魔力が充満する。

 

「心臓を穿つ魔槍か……。ならば、穿たれる前に貴様の首級を落とすとしよう」

 

 アサシンが一歩詰め寄り、太刀を振るう。

 五尺余りもある長刀を巧みに操り、ランサーの槍を尽く受け流し、返す刃は速度を上げ、彼の首を狙う。

 ランサーはアサシンの卓越した剣技に舌を巻いた。歴戦の勇者であり、無数の戦場を経験した彼ですら、これほどの剣技を持つ者を他に見た事がない。

 気付いた時には防戦一方。首を狙う太刀を紙一重で躱し、反撃に転じようと思った時には躱した筈の刃が肉薄する。それを受け流せば、途端に別の角度から刃が襲う。

 力で強引に弾き返そうとすれば、力が乗る前に次の一手が迫り来る。

 

「――――ック」

 

 これが侍。嘗て、狭い国土の中で百年以上も内乱を続けてきた日本という国の傭兵。

 西洋の騎士とは似て非なる戦士達。その得物も、重さと力で叩き切る西洋の剣とは大きく異る。一見すれば酷く脆そうに見える長刀は、速さと業で獲物を断ち切る。

 新鮮さすら覚える好敵手との出会い。これこそが聖杯戦争の醍醐味だと、ランサーは凶暴な笑みを浮かべる。

 否応にも血が滾る。

 

「ッ――――」

 

 唐突に、アサシンの猛攻が止んだ。

 戦慄が走る。アサシンは、これまでの攻防で見せた事のない構えを取っていた。

 

「秘剣――――」

 

 戦士としての直感が警鐘を鳴らす。

 

「――――刺し穿つ(ゲイ)

 

 考える暇はない。

 既に魔力の充填は完了している。

 

「燕返し」

 

 ランサーの宝具が発動するより一瞬早く、アサシンは刀を振るった。

 長刀はありえない軌跡を刻む。

 アサシンの握る刀は一つの筈。にも関わらず、迫り来る刃の数は三つ。

 ランサーの槍のように、神速であるが故に同時に放たれたように見える……などという、簡単なものではない。

 それは全くの同時に存在した。

 

 ――――多重次元屈折現象(キシュア・ゼルレッチ)

 

 魔術世界において、それは頂点に位置する五つの内の一つに数えられている。

 それを、アサシンは魔術も使わずに、ただの剣技で再現した。

 その光景に、ランサーは嗤う。

 

死棘の槍(ボルグ)――――ッ!!」

 

 ランサーが魔槍の真名を口にした時点でアサシンの死は確定した。

 死者に刀を振るう術は無く、長刀はランサーの首を撥ねる直前に停止した。

  

「ガッ――――、カハッ、ハッハッハッハッハッハ!!」

 

 心臓を貫かれ、アサシンは死を受け入れながら笑い声を上げた。

 

「……いや、楽しい一時だったぞ、ランサー」

「あばよ、佐々木小次郎」

 

 アサシンの消滅を確認したランサーは改めてマスターの命令に従う為に遠く離れた戦場へ向かおうとした。

 そして――――、

 

破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)

 

 女の声が響いた。

 

★もしも、藤ねえが同い年だったら 第九話『And thus I pray, Unlimited Blade Works』

 

 アーチャーの合流後も、戦況は明らかに不利だった。

 

「そうよ、バーサーカー。アーチャーなんて、無視して構わないわ。そっちの女を先に殺しなさい」

 

 バーサーカーはアーチャーの矢を意に介さず、ひたすらライダーを狙っている。

 

「おい、遠坂! お前のサーヴァント、全然役に立たないじゃないか!」

『うっ、うるさいわよ、慎二!』

 

 慎二と凛が口喧嘩を始める中、ライダーがバーサーカーに吹き飛ばされた。

 

「ライダー!」

 

 彼女の体はすでにボロボロだった。

 蓄積されたダメージは彼女の自然治癒力を遥かに上回り、既に彼女のスピードは最大値から大きく減衰している。

 

「……こっ、このままじゃ、ライダーが」

 

 慎二はアーチャーを噛み付いた。

 

「おい、お前! 共闘を持ち掛けてきたのはそっちだろ! なんとかしろよ!」

「……凛。許可をくれれば、切り札(ジョーカー)を切るが」

 

 アーチャーの顔色も悪い。退く気は無いが、このままでは状況が悪くなる一方だ。

 

『……他に方法はないの?』

「すまない」

『アンタ……、自分から共闘しようとか言っておいて……』

「……すまない」

 

 凛はしばらく逡巡した後に言った。

 

『帰ったら、全部話しなさい。アンタ、切り札を口にするって事は、記憶が戻ってるんでしょ』

「……ああ、了解した」

『だったら、いいわ。やりたいようにやりなさい、アーチャー!』

 

 その言葉と共に、アーチャーは詠唱をはじめた。

 

 ――――I am the bone of my sword.

 

 それは奇妙な呪文だった。

 あまりにも長く、そして、長さの割には何もおきない。

 アレだけ長い呪文ならば、必ず周囲に影響を及ぼす筈だ。

 なぜなら、魔術とは世界に働きかけるものだから。

 

 ――――Unknown to Death.Nor known to Life.

 

 状況に流されるまま、何も出来ない事に苛立っていた士郎は、その祝詞に意識の全てを吸い寄せられた。

 はじめて、あのアーチャーと視線を交差させた時にも感じた違和感。

 明らかに異質……、だが、何かが通じる。

 

 ――――Unlimited Blade Works.

 

 それで詠唱は完了した。

 アーチャーが左手を掲げると、彼を中心に炎が走り、その場にいた全員を呑み込んだ。

 咄嗟の事に、ライダーとバーサーカーの動きが停止する。

 そして――――、

 

「これ、は――――」

 

 誰もが言葉を失った。

 夜の住宅街が、無限の荒野に姿を変えた。そこかしこには、墓標のように無数の剣が突き刺さり、曇天の中からは巨大な歯車が顔を出している。

 

「なんだ……、これ」

 

 慎二は目の前の光景に呆然となった。

 

「……わーお。すっご―い! なにこれ!? っていうか、ほんとになにこれ!?」

「剣の……、世界」

 

 大河と士郎も、ただただ目の前に現れた世界に圧倒された。

 

「固有結界……ッ、バーサーカー!!」

 

 イリヤスフィールの声に、バーサーカーが吠える。

 気付けば、それぞれの位置が変わっている。慎二達はアーチャーの背後に移動し、ライダーとバーサーカーの間にも距離が出来ている。

 

「ライダー! ここならば、なんの遠慮も要らん!」

 

 アーチャーの言葉と共に、それまで上空で待機していた天馬がライダーを攫った。

 

「――――出し惜しみはしない。ここで倒れてもらうぞ、バーサーカー!」

 

 その背中を見て、大河は不思議そうに首を傾げた。

 

「……あれ? なんでだろう」

 

 その背中に、なぜだか見覚えがある気がする。

 とても嫌な気分と、とても嬉しい気分と、とても寂しい気分と、とても頼もしい気分が胸の中で絡み合う。

 そして、戦いは佳境へ向かう。


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