アサシンのサーヴァントは歓喜していた。
召喚されて今日まで、一処に縛り付けられ、思うままに刀を振るう事を禁じられてきた。
その縛りが、今宵の一戦に限り解かれている。
「――――ッフ」
ランサーのサーヴァントとは、以前にも刃を交えた事がある。
あの時は足場が悪く、ランサーの方に枷が嵌められ、魔女のちょっかいが鬱陶しかった。
余計なものが全て剥がれた今、ランサーの槍は見惚れる程に冴え渡っていた。
「それが貴様の真の実力か」
「ああ、前のようにはいかんぞ」
――――お前は全員と戦え。だが倒すな。一度目の相手からは必ず生還しろ。
前回の戦いでは、そのようなふざけた命令の為に手加減を強制されていた。
だが、この戦いでは全開で戦う事が出来る。
宝具を打ち破ったアーチャーに雪辱を晴らしたかったが、これはこれで悪くない。
「佐々木小次郎と言ったな。端から飛ばしていくぜ!」
大気を凍てつかせ、槍の穂先に魔力が充満する。
「心臓を穿つ魔槍か……。ならば、穿たれる前に貴様の首級を落とすとしよう」
アサシンが一歩詰め寄り、太刀を振るう。
五尺余りもある長刀を巧みに操り、ランサーの槍を尽く受け流し、返す刃は速度を上げ、彼の首を狙う。
ランサーはアサシンの卓越した剣技に舌を巻いた。歴戦の勇者であり、無数の戦場を経験した彼ですら、これほどの剣技を持つ者を他に見た事がない。
気付いた時には防戦一方。首を狙う太刀を紙一重で躱し、反撃に転じようと思った時には躱した筈の刃が肉薄する。それを受け流せば、途端に別の角度から刃が襲う。
力で強引に弾き返そうとすれば、力が乗る前に次の一手が迫り来る。
「――――ック」
これが侍。嘗て、狭い国土の中で百年以上も内乱を続けてきた日本という国の傭兵。
西洋の騎士とは似て非なる戦士達。その得物も、重さと力で叩き切る西洋の剣とは大きく異る。一見すれば酷く脆そうに見える長刀は、速さと業で獲物を断ち切る。
新鮮さすら覚える好敵手との出会い。これこそが聖杯戦争の醍醐味だと、ランサーは凶暴な笑みを浮かべる。
否応にも血が滾る。
「ッ――――」
唐突に、アサシンの猛攻が止んだ。
戦慄が走る。アサシンは、これまでの攻防で見せた事のない構えを取っていた。
「秘剣――――」
戦士としての直感が警鐘を鳴らす。
「――――
考える暇はない。
既に魔力の充填は完了している。
「燕返し」
ランサーの宝具が発動するより一瞬早く、アサシンは刀を振るった。
長刀はありえない軌跡を刻む。
アサシンの握る刀は一つの筈。にも関わらず、迫り来る刃の数は三つ。
ランサーの槍のように、神速であるが故に同時に放たれたように見える……などという、簡単なものではない。
それは全くの同時に存在した。
――――
魔術世界において、それは頂点に位置する五つの内の一つに数えられている。
それを、アサシンは魔術も使わずに、ただの剣技で再現した。
その光景に、ランサーは嗤う。
「
ランサーが魔槍の真名を口にした時点でアサシンの死は確定した。
死者に刀を振るう術は無く、長刀はランサーの首を撥ねる直前に停止した。
「ガッ――――、カハッ、ハッハッハッハッハッハ!!」
心臓を貫かれ、アサシンは死を受け入れながら笑い声を上げた。
「……いや、楽しい一時だったぞ、ランサー」
「あばよ、佐々木小次郎」
アサシンの消滅を確認したランサーは改めてマスターの命令に従う為に遠く離れた戦場へ向かおうとした。
そして――――、
「
女の声が響いた。
★もしも、藤ねえが同い年だったら 第九話『And thus I pray, Unlimited Blade Works』
アーチャーの合流後も、戦況は明らかに不利だった。
「そうよ、バーサーカー。アーチャーなんて、無視して構わないわ。そっちの女を先に殺しなさい」
バーサーカーはアーチャーの矢を意に介さず、ひたすらライダーを狙っている。
「おい、遠坂! お前のサーヴァント、全然役に立たないじゃないか!」
『うっ、うるさいわよ、慎二!』
慎二と凛が口喧嘩を始める中、ライダーがバーサーカーに吹き飛ばされた。
「ライダー!」
彼女の体はすでにボロボロだった。
蓄積されたダメージは彼女の自然治癒力を遥かに上回り、既に彼女のスピードは最大値から大きく減衰している。
「……こっ、このままじゃ、ライダーが」
慎二はアーチャーを噛み付いた。
「おい、お前! 共闘を持ち掛けてきたのはそっちだろ! なんとかしろよ!」
「……凛。許可をくれれば、
アーチャーの顔色も悪い。退く気は無いが、このままでは状況が悪くなる一方だ。
『……他に方法はないの?』
「すまない」
『アンタ……、自分から共闘しようとか言っておいて……』
「……すまない」
凛はしばらく逡巡した後に言った。
『帰ったら、全部話しなさい。アンタ、切り札を口にするって事は、記憶が戻ってるんでしょ』
「……ああ、了解した」
『だったら、いいわ。やりたいようにやりなさい、アーチャー!』
その言葉と共に、アーチャーは詠唱をはじめた。
――――I am the bone of my sword.
それは奇妙な呪文だった。
あまりにも長く、そして、長さの割には何もおきない。
アレだけ長い呪文ならば、必ず周囲に影響を及ぼす筈だ。
なぜなら、魔術とは世界に働きかけるものだから。
――――Unknown to Death.Nor known to Life.
状況に流されるまま、何も出来ない事に苛立っていた士郎は、その祝詞に意識の全てを吸い寄せられた。
はじめて、あのアーチャーと視線を交差させた時にも感じた違和感。
明らかに異質……、だが、何かが通じる。
――――Unlimited Blade Works.
それで詠唱は完了した。
アーチャーが左手を掲げると、彼を中心に炎が走り、その場にいた全員を呑み込んだ。
咄嗟の事に、ライダーとバーサーカーの動きが停止する。
そして――――、
「これ、は――――」
誰もが言葉を失った。
夜の住宅街が、無限の荒野に姿を変えた。そこかしこには、墓標のように無数の剣が突き刺さり、曇天の中からは巨大な歯車が顔を出している。
「なんだ……、これ」
慎二は目の前の光景に呆然となった。
「……わーお。すっご―い! なにこれ!? っていうか、ほんとになにこれ!?」
「剣の……、世界」
大河と士郎も、ただただ目の前に現れた世界に圧倒された。
「固有結界……ッ、バーサーカー!!」
イリヤスフィールの声に、バーサーカーが吠える。
気付けば、それぞれの位置が変わっている。慎二達はアーチャーの背後に移動し、ライダーとバーサーカーの間にも距離が出来ている。
「ライダー! ここならば、なんの遠慮も要らん!」
アーチャーの言葉と共に、それまで上空で待機していた天馬がライダーを攫った。
「――――出し惜しみはしない。ここで倒れてもらうぞ、バーサーカー!」
その背中を見て、大河は不思議そうに首を傾げた。
「……あれ? なんでだろう」
その背中に、なぜだか見覚えがある気がする。
とても嫌な気分と、とても嬉しい気分と、とても寂しい気分と、とても頼もしい気分が胸の中で絡み合う。
そして、戦いは佳境へ向かう。